神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
last update 2019/04/14 09:06
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封印してきた真実

1年半前に亡くなった義父(山本徳孝)から、「清濁併せ呑め」「そこは流させ」と口をすっぱく言われ続け、理不尽な目に逢っても決して激怒せず、常に、清濁併せ呑むようにと、言い聞かせるように、義父は僕に諭すように教えてくれました。

4年前の平成27年3月22日、石炭記念公園で開催した「県政報告会・田川の未来を語る市民との集い」での出来事です。 そうです、前回の選挙を前にした、私にとっては、ここ一番の総決起大会でした。その1年前の行橋市県議補欠選挙で、堀大助候補を応援したのをきっかけに、刺客を送り込まれ、壮絶な、死に物狂いの選挙戦でした。私は孤立無援の状態で、勝つためには、どうしても田川市の伊藤信勝市長とタッグを組み対抗するしかありませんでした。それが3月22日の石炭記念公園の集会であり、来賓として副総理・財務大臣兼金融担当大臣の麻生太郎先生、参議院議員の大家敏志先生、そして小川洋知事に出席を要望し、承諾を頂きました。
それが、当日、小川知事がまさかのドタキャンだったんです。しかも、何の連絡もなく、突然現れたのが小川知事の奥様でした。奥様は、ステージの上で、何のために来たのか、わからないような短い話で、私はステージの上であっけにとられました。奥様は直ぐにステージをおり、挨拶もできないまま、そのまま帰ってしまいました。
その後、小川知事から、お詫びなり謝罪の言葉は何一つありませんでした。選挙に立った人、選挙に携わった方ならわかると思いますが、来賓をお招きするのは多くの皆さまに来て頂くためであり、告知するためにビラを配り、捨て看板を作り、多くの人にお願いしているわけですから、何の連絡もないままのいきなりのドタキャン(欠席)は、選挙を戦う者にとっては最悪の出来事なんです。

実は、この二日前の夜に小川知事から携帯に電話がありました。県政報告会に行くようにしているが、武田良太代議士と永原譲二町長から、凄い剣幕で行くなとの圧力がかかっている。田川市長選絡みで絶対に行ってはならないと、長時間、電話で説得されているんだと。知事から、どんな県政報告会になるのか、どんなセッティングで、どのくらいの人が集まるのか、等々、30分以上の長電話でした。それで、集会の趣旨や状況を説明したわけですが、結局、圧力に屈したんでしょうか?何の連絡もないまま奥様が突然ステージの上に立っていたということです。

私は、動揺し、悔しくて、情けなくて、歯がゆくて・・・でも、義父は「逃がせ、清濁併せ呑むように」と言うんです。どんなに理不尽なことがあっても、悔しい思いをしても、いつも立場の弱い人間は、何も言えません。グッと我慢するしかないんです。その後、県議会で小川知事と普通に接してきましたが、それが出来たのは、義父の言葉と、実はそれ以上に、地元では権力者から、理不尽な仕打ちをされ続けていましたから、こんな事ぐらい大したことはないと自分に言い聞かせていたのかもしれません。

逃げる政治、矢面に立たない政治、決断しない政治、これが小川洋と言う知事の実際の姿、政治姿勢なんだということを、4年前のこの時に気づくべきでした。

「ここは、小川洋」をキャッチフレーズにしているようですが、「これが、小川洋」というキャッチフレーズを私から贈らせて頂きたいと思います。


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