神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
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母、神崎羊子 享年79歳 永眠

11月4日、午後1時50分 母、神崎羊子が逝去しました。享年79歳でありました。生前中、皆様方には大変ご厚情を賜りましたことを厚く御礼申し上げます。
あんなに元気がよかったのに、と皆様方、思われていると思います。私たち家族も、まさか、逝去するとは思いもよりませんでした。今から考えますと、兆候は半年前からありました。9月に入り、物忘れがひどくなり、何となく動作もにぶく、痴呆症なのかと思い、病院で診てもらっていました。 そんな折に、9月25日早朝に自宅の玄関の階段で転倒し、頭を切って、腰やお尻を打って歩けなくなり、入院しました。怪我以外の箇所、身体全部をCTやMRIで診てもらったところ、50万人に1人という副腎にガンが出来ていました。ガンは、7cm以上で、すでにステージ4かもしれないということでありました。あまりに進行が速いものですから、10月24日と25日に麻生飯塚病院に行き精密検査をしてもらったところ、悪性リンパ腫も見つかり、それが脊髄から髄膜へ、脳に移転していて、加えて、連続的に脳梗塞がおこっているとの診断で、余命一週間との宣告を受けました。
日に日に衰弱していく母を、妹と私たち家族が24時間寝泊りしながら、今日かもしれない、今かもしれないという想いで、看病しながら、母も懸命に頑張りました。 「ありがとう、ありがとう、4人の子どもたちをいつも見守ってくれて、本当に感謝しとるんよ」と「妹家族も含めて、みんな仲良くしていくから」と、何度も何度も話しました。母はもう話すことはできませんでしたが、目からは涙が出てきていました。元気な時に、言えばよかったと悔やんでも悔やみきれません。
最後は静かに息を引き取りました。ガンによる痛みがなく、最後まで私たちのことがしっかりわかっているのが、せめてもの救いでした。
11月5日、6日と法光寺さまで通夜・葬儀を行なわせて頂きました。葬儀は法光寺でという生前中からの母の願いでありましたので、親の願いを叶えることができたことに感謝致しております。多くの皆様方に母の最期をお見送り頂きましたことを心から御礼申し上げます。

本日は、昨夜の通夜に引き続きまして、大変お忙しいところ、また遠路より、母、神羊子の葬儀・並びに告別式にご参列下さり、まことにありがとうございます。
皆様方には、生前中、一方ならぬご厚情を賜りました。本当にありがとうございました。心から御礼申し上げます。

母は、昭和13年10月18日、三井郡北野町で4兄弟の一人娘として生まれました。北野小学校・三井中学校・南筑高校と進学し、久留米の日華商事に勤めました。
父との出会いは、父の下宿先が母の実家の真ん前だったことで、昭和36年2月3日に結婚致しました。翌37年9月に私が、昭和40年に妹の悦子が生まれました。母は、とても明るく、ほがらかで、県南・筑後ということもあったんでしょうか、言葉もゆっくりした穏やかな性格でした。そんな母でしたから、田川の気質・添田での生活は、母の性格からして、なかなか馴染めなかったのは容易に想像できます。
そんな母も、添田に来て56年、いつの間にか、すっかり添田の人になっていました。戦前生まれの母の人生は、激動の時代の中で、まさに時代に翻弄され、また、環境に、人に影響されながらの波乱万丈な人生だったんじゃないかと思います。特に、18年前の平成11年11月10日に、父が釣りでJRの電線に感電死したことはショックでありました。私たち家族が実家の隣に新築し、一緒に暮らし始めましたが、新築した半年後に火事の類焼で母屋まで燃えてなくなりました。何とか、みんなで力を併せて元通りの家を建てましたが、やっとこれからという時に、私が選挙に出ることになり、本当に苦労をかけました。
ただ、私の4人目の子どもたち、それと妹夫婦の双子の子どもの、孫たちに囲まれ、「おばあちゃん、おばあちゃん」と幸せな日々を過ごすこともできました。特に、共働きの私たちにとって、母の存在は本当にありがたく、母のお蔭で、子どもたちは、みんな素直で、心優しく育つことができました。

昨日の通夜でもご挨拶させて頂きましたが、ちょうど1カ月前に病院で、身体全部をMRIやCTで診てもらったところ、50万人に1人という副腎にガンが出来ていました。ガンは、7cm以上で、すでにステージ4かもしれないということでありました。
あまりに進行が速いものですから、10月24日と25日に麻生飯塚病院で精密検査をおこなったところ、悪性リンパ腫も見つかり、それが脳に移転し、加えて、連続的に脳梗塞がおこっているとの診断で、余命一週間との宣告でした。
日に日に衰弱していく母を、妹と私たち家族が24時間寝泊りしながら、今日かもしれない、今かもしれないという想いで、看病しながら、母も懸命に頑張りました。
最後は静かに息を引き取りました。ガンによる痛みがなく、最後まで私たちのことがしっかりわかっているのが、せめてもの救いでした。

結びにあたりまして、私どもにも、母同様のご厚情を賜りますよう、お願い申し上げ、御礼のご挨拶に代えさせて頂きます。本日はまことにありがとうございました。


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