神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
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大晦日、4才の誕生日

平成18年12月31日大晦日。結局、自宅の掃除も何もできず最後まで選挙活動となった。18時過ぎ、帰宅と同時に子供たちをお風呂に入れて、みんなで鍋を囲み家族団らん会話を楽しむ。今日は一番下の子供の誕生日。4才になる。4年前の事を思い出すと、確か予定日は12月24日だったと思うが、この調子だったら年を越すんじゃないかと話していた。前日の12月30日に友人が自宅に来て、面白おかしく飲んでいた。大笑いしお腹に刺激があったのかわからないが、翌朝12月31日に生まれた。

12月31日大晦日、将来子供たちが大きく成長して巣立って行っても、この4番目の子供の
誕生日には必ず家族全員が集まるんじゃないかと思う。それにしても4人の子供は、それぞれ個性が違って面白い。この4番目は上から虐げられながら、自由奔放で負けん気が強い。それぞれどんな大人になるのやら・・・

長女〜神未悠(みゆう) 1月生まれで未来に向かって悠々自適に
長男〜神颯行(はやゆき)5月生まれで颯爽と生きてほしい
次男〜神陽行(あきゆき)7月生まれで太陽のように明るく陽気に
三男〜神誉行(たかゆき)12月生まれで神家の誉れであれ

親としては字画も考慮しながら一生懸命思いを込めて命名した。僕も同じような思いで名前をつけられたんだと思うが、亡き父は今の僕を見てなんて思うのか?父から受け継いだ精神や物事に対する情熱・誠意をまた僕も次の世代にしっかりと受け継いでいきたいと子供の誕生日の日に思う。



笑いのある暮らし

今年も残すところ、あと1日となった。今日も一軒一軒廻っている。明日も午前中まで挨拶廻りをする予定になっていて、明けて2日からもずっと予定が入っている。足もパンパンに張っていて、選挙って言うのは山登りするようなものかもしれない。一歩一歩、自分の足で歩んでいく以外方法はないと思う。

「山を登るのは努力の一歩、選挙で歩くのも努力の一歩」

さぁ明日は大晦日、一年の締めくくりであるが、今日は家族と友人の家族で家で9ヶ月ぶりぐらいに一緒に飲んだ。月に一度は一緒に旅行なんかも行っていたのに、本当に久しぶりだった。仕事に子どもの事に課題も多く、でも楽しく面白く、よく話をした。選挙の話を抜きに楽しい一時を過ごす事ができ、妻も大変ご機嫌で良かった。そこで一句。

’雪はちらちら降る大晦日、家族揃って飲む暖かさ’

家族揃って過ごす生活は本当に心地がよい。疲れも不安もいっぺんに吹き飛んでしまう。そこには笑顔があるからだと思う。子供たちの屈託ない笑顔は温かさがあり、何よりも旺盛な生命力を感じる。「笑うかどには福来る」

実は、家庭も地域も同じで、ドロドロとしたギスギスとした環境よりも、「笑いのある」地域づくりが何より大事。バカ笑い、豪傑笑い、照れ笑い、高笑い、ニタニタ笑い、思い出し笑い、何でも良い。笑いは人間の感情の中で最も社会性の強い感情だから、笑いのある暮らしや社会が何より大事だと思ったりする。  



明日をイメージする

仕事も明日で御用納めのところも多いと思う。去年の今頃、挨拶で廻っていて「再来年の4月の選挙で・・・・」という話をしていたが、来年もまだ来ていないのにもう再来年の話をして、と言われたりした。それが1年経ってあと残り3ヶ月となった。今からはもっと時間の経つのが早くなるんだと思う。2月3日の激励会に向けての取り組みと日々の挨拶活動。時間的な余裕がなくなってきている。一人の力じゃどうしようもない現実に少々ジレンマも覚える。事務所も立ち上げなくてはならず、あれもこれもやる事は山のようにある。一つ一つ片付けて処理していくしかない。大切な事は、イメージして事にあたることだと思う。予測や推測しながら段取りすることじゃないかと思う。

一生懸命に仕事をしても、いま一つ成果がついてこない人はイメージする事を忘れているんじゃないかと思う。多くの声なき有権者の方々やあるいは対立候補が次にこう考えて行動するんじゃないかと予測し、もしそうなったときの対策を考える習慣を身につけておくことが必要だと思う。なかなか、言うは易しおこなうは難しである。政策を立案し、実行に移した時にどのような雇用が生まれ、暮らしが豊かになるのか、自分なりにイメージしないと人は納得しないと思う。



クリスマスイブ

久しぶりに家族での食事。クリスマスイブなのでケーキとお子様用シャンパンで乾杯をする。中一の長女は、添田町教育交流事業で一昨日よりホームスティ団員として、北海道は美深町に行っている。先程電話が入り元気に過ごしているとの事。いろんな人との交流を通じて成長していく子供を見ていると、何もしてやれないけど心の中で「がんばれ!」と叫びたくなる。親父が生きていてくれたら、どんなに喜んでくれるかと思う。孫の成長を本当に楽しみにしていたから・・・

さぁ子供たちも寝静まったようなので、サンタさんに変身してプレゼントを渡そう。去年のクリスマスは、一番下の子供は「こわい、こわい」と言って逃げ回っていたが、今年は少しは成長したかな。12年間ずっと続けているが、あと何年できるのやら。他人には絶対見られたくない格好である。



アナログとデジタルが融合する事業

昨日の川崎町の小集会は良かった。プロジェクターを使用しての説明をさせてもらった。本当に何がやりたいのかをビジュアルに訴えていくのも大事な事だと思う。ただ、参加して頂いた年配の方には理解してもらえなかった箇所もあったと思う。なるべく横文字を使わず、単純にわかりやすい言葉で話をしていこう。終了後の反省会で指摘される。

田川には具体的な政策が本当に必要だと痛感している。リーダーシップ(構想力)とマネジメント力(課題解決力)が大事。トライバレー構想からデーターセンターを設立し、コールセンターの誘致に取り組む、今度はアナログとデジタルを融合し、福岡ギガビッドをもっと活用すべく文書管理センター構想をまとめている。田川の振興策には今何が必要なのか?間違いなく、一過性の事業ではなく永続的な事業として九州の中核的事業主体を担えるもの提案していきたい。先程も事務所を訪れてくれた方とも話をしたが、マーケットは九州一円に広がり、行政だけじゃなく民間も同じ課題を抱えている。是非、実現していきたい。



本日20日19時川崎町本町公民館小集会

今日12月20日19時より川崎町本町公民館で小集会を行なう。川崎町後援会の方々が段取りしてくれて対話集会を開こうという事になった。やはりじっくりと対話する機会を増やしていかなければと思う。国政と県政、町政での地域における政策の課題は共通と思うが、県政で取り組む具体的な政策について話をしていこうと思う。どのくらい集まって頂けるかわからないけど、一人一人に訴えていこうと思う。これまで自分が取り組んできた実績。今後田川活性化に向けた取り組みを中長期ビジョンとしてプレゼン資料としてまとめた。政治力がいかに大事であるか、地域振興を具体的にどう進めていくのか、自分なりの説明をし、意見交換できればと思っている。

地域戦略、雇用創出に向けた事業計画、田川の弱み・強み、そして外部環境と内部環境を分析し、あるべき姿に向けたプロセスをしっかりとわかりやすく話していこう。1時間ぐらいのミニ集会ですが、どうぞ参加をお願いします。



ダブルブッキング

ブログの更新でさえ滞る毎日になった。ダブルブッキング・トリプルブッキング続きになり、夕方からにかけては、連日催しが入っている。16日の土曜日は、今年4月から事務所で手伝ってもらっている山本かよいさんの結婚式があった。妻の親戚になり、とても誠実で几帳面なところもあり、今ではなくてはならない存在となっている。事務所もお陰で明るい雰囲気をつくってくれて、支援して下さっている方々に大変な人気である。きっと良い家庭を築いていけると想像できる。

山本町長の地区懇談会、川崎町勤労者青少年ホームでの小さな森のオーケストラ&川崎町で第九を歌うバイ合唱団、昨日は国際ソロプチミスト田川のチャリティ・コンサート、等々の行事や懇親会・忘年会があった。今日も明日も明後日も、懇親会続きで少々胃がもたれてきている。でも、一人一人との出会いは一期一会。自分のペースをしっかりつかみ、健康に注意しながらと年末・年始を乗り越えよう。



日本は「恥」の文化

実にいろいろな人たちと出会い、その中で自分の知らない世界の多いことに気づいた。生活実態のこと。仕事のこと。様々な分野の政策。人間関係や田川の政局について・・・知らないから恥ずかしい思いもする。だから、何とかわからない事を知るために、自分を向上させたり努力しないといけない。「無知の知」という言葉があるが、知らないからこそ知ろうとし、新たな知識や知恵を習得する。

ヨーロッパやアメリカなんかは「罪」の文化であると言われるが、それに対して日本の場合は「恥」の文化の国かもしれない。自分のことを振り返って、改善していこうとする意思をもっている人は、まだまだ見込みのある人間だと常に自分に言い聞かせている。一度失敗して恥ずかしい思いをしたことは、なかなか忘れないものである。人生とは何となく、その繰り返しのような気もする。生きている限り・・・

例え話にならないが、ミミズが通る通路に電気の通った電線を仕掛けておく。ミミズがそれにふれるとそれ以降、2度とミミズはその経路は通らない。ミミズだって学習するから、人間だって当たり前の事だと思うが、一つどうしても学習しない事がある。お酒を飲むと次の日に二日酔いになることがわかっているのに、ついつい飲みすぎを繰り返してしまう。ミミズでさえ学習するのに、お酒が入るとミミズ以下になってしまうっていう事か?!飲み会続き。肝に銘じておかなければ・・・



事務所開き・総決起大会

平成19年2月3日、11時より添田町民会館で事務所開きと合わせて総決起大会を行うことにした。この時期になるのは、添田町長選挙が1月21日にあること。それに、2月という事は残り2ヶ月となり、ラストスパートに入る時期であることから、後援会の皆様と相談の上決定した。とにかく、初めての経験であり、段取りも動員も本当に大丈夫かなと思うが、頑張るしかない。是非とも、みなさん、ご出席を下さり、激励を賜りますようによろしくお願いします。自分なりのスタイルで望むつもりです。

事務所は現在、自宅の裏にある30年前に父が建てた家を流用している。2月3日に合わせて添田町内にプレハブをつくらないといけない。いずれにしても、これからが本番。これまでと違ってやらなければならない作業が多いが、これまで1年3ヶ月かけて、コツコツ取り組んだことが実を結ぶように、最後まで油断することなく、頑張ります。ご多忙とは存じますが、よろしくお願いします。



家族のストレス

一昨日の天神での設立パーティ、昨日は添田町内での忘年会、そして今日も川崎町での懇親会と飲み事が続く。お誘いがあるって事は本当にありがたいと心から感謝している。

家族もみんなで協力しあって、何とか乗り越えていると思っていたが、子供も怪我をしたり、風邪をこじらせたり、どこの家庭もそうだけど、なかなか大変である。が、もっと大切にしないといけないものがある。それは心であり、まだまだ発育段階にあり、これだけ環境が変わってくると、もっともっと注意深く子どもの様子なり気持ちを日頃から気にかけてやらないといけないと強く思った。

妻とは何でも話しているが、どうしても選挙の話になるので、あまり子どもたちに聞かせたくない。それで、「勉強は?」「テレビを見るんだったら別の部屋で見ておいで」と言ったりして、家庭での子どもたちとの対話がほとんどなくなっていた。友達のこと、学校でのこと、いろいろ話を聞いてもらいたい事がたくさんあるんだろうけど、ほとんど聞いてあげてなかった。忙しいのは当然だけど、父親としての役割だってある。子供たちにとってもストレスがたまっていたのに、4人とも我慢していたのに、それに気づいてやれなかった。かわいそうな事をしてしまった。



会社設立パーティに出席

12月6日、夕方から天神に出かけるので、午後から事務作業をしている。会社を立ち上げ、その設立パーティーに出席する。IT業界は技術力・マネージメント力・営業力が必要で、最先端の技術をいかに取得、探求していくか、社員の自己研鑽と組織としての人材育成プログラムにかかっている。マネージメント力、特にプロジェクト推進力が最も大事。プロジェクト管理能力によっては損益に重大な影響を与える。そして営業力、これは企画力・構想力、説得力であり、人脈そのものである。すべてに長けている人は、なかなかいないが、今度会社を立ち上げる彼は、その3つの能力が備わっているIT業界の中でも数少ない社長じゃないかと思う。ちょうど僕と同年齢であり、果敢に挑戦していってもらいたいと思う。

田川市郡の企業を訪問して思う事は、IT技術者がいないこと。やはり大手企業に優秀な技術者がシフトされ、なかなか地方に回って来ない。だからどんどん格差が開く。また、ITベンダーの言いなりになっている会社の多い事。もっとユーザーの立場になって、システムを構築、プロジェクトを推進する仕組みをつくらないと競争力のある企業に成長しないと思う。まさに、課題はここにある。その解決のため彼は今立ち上がろうとしている。



新聞報道(福岡県農政連)

今朝の朝刊を見ていると各社とも来春の統一地方選挙の福岡県議会議員の福岡県農政連公認・推薦者が掲載されていた。11月28日に推薦証の交付式があったが、現職議員50名と新人1名という事だった。福岡県下で神崎聡(新人)と自分だけ書いてあった。何が何でも期待に応えるよう頑張ろうと思う。

事前の政策協定という事で公約を提出させて頂いていた。他の企業・団体からも推薦を頂いている。本当にありがたいと思っている。福岡県は、気候に恵まれ有利な生産条件の下、500万人の消費市場を控えている。まさに農業振興に適した地域であり、農業サイドだけでなく、県民一体となった取り組みと生産・販売の強化を進める事が必要であると思う。また、アジア・マーケットに対する本格的な販売戦略の構築や福岡らしい水田農業の展開も必要である。学校給食や直売所、地の利を活かした地産地消、食育を推進することは、農業だけでなく子どもたちの発育においても大切で、規則正しい家庭の教育から今の子どもたちを取り巻く環境も変えていかなければならないと思う。

日本型食生活をもう一度復活させ、幼児からの食習慣を含め、NPO、教育・医療機関等と連携して、県民運動として取り組んでいこうと思う。それもこれも当選しないことには始まらない。



田川は選挙戦一色

昨日(12月3日)、川崎町長に立候補表明されている、てしま秀明さんからのご案内を受けて、事務所開きに出席した。手嶋(元)県議は社民党だったからと思っていたが無所属での出馬となっていた。驚いた事に胸にリボンをつけて頂き、来賓席に案内され、紹介もして頂いた。とても寒かったが支援者の熱気に包まれ、何となく事務所開きの感触がわかった。地元添田町では来年1月21日に添田町長選挙があるので、その後に事務所開き・決起大会をしようと思う。

昨日は、末っ子3才(4番目)の幼稚園のお遊戯会もあった。すぐに添田町民会館に急いだが、午前の部は残念ながら終わっていた。一緒に妻が作っていた弁当を食べ、午後からは演奏会の一部を見た。14時から添田町長と語る会があったので、それに出席するため途中退席する。山本町長の10選の実質上の出馬表明であった。本当に凄い政治家だと思う。町長の話を聞きながら思った事は、政治家っていうのは、自分で課題を見つけて、それを具体的な政策に仕上げて、それを決断し実行していく政策作業能力が必要だと思った。それと、全国町村会長を4期も務めることは政策を決断して実行していく時に生じる権力闘争をどういうふうにマネージメントしていくかという能力も必要なんだなぁと思った。いずれにしても、身近なところで一流の方々がいらっしゃる事に本当に感謝しなければと思う一日だった。



膝を詰めての話も大事

昨日は、夕方から30軒以上引き回して頂き、挨拶させて頂いた。今日は、実質2箇所だけの訪問となる。それでもどちらも1時間半ぐらいお話ができ、良かった。本当はこんな風にじっくりと膝を交えて話しをする機会があれば、僕の人柄なり政策、具体的な新産業創出に向けた取り組みとそれに伴う雇用について意見交換ができる。どちらか言うと僕の場合、仮想的な空論の話ではなく、直ぐに実行可能な事業展開についての話になる。これまで経験してきた事、実践してきた事を踏まえての話である。あえて言うと、田川にはたくさんの悪いところもあると思う。でも、田川地域の悪さ(弱み)、良さ(強み)をしっかりと把握し、外部環境と内部プロセスを分析すれば、最初は100名、200名の小さな新産業かもしれないが、大きな原動力になっていけるものと確信している。かなり前のソ連邦のゴルバチョフ氏はペレストロイカのもとで、悪いところをすべて直そうとした。結果、たしかに悪いところは改革できたが、国家そのものがなくなってしまった。僕は田川の弱みを改革するんじゃなく、良さを大きく伸ばし、弱みさえも強みにかえる事業が必要だと思っている。

今日じっくり話を聞いて頂いたので、1時間ぐらいあれば、そこのところの話ができると思った。ちょっと、パワーポイントでまとめてみようと思う。それをこれから選挙戦で取り入れていく小集会で使おうと思う。これまで、生産者あるいは製造者・提供者の論理で、ものづくりなり、サービスが提供されてきた。が、既に消費者、生活者・利用者の顧客の論理が重要視されてきている。お客様にどれだけの価値やサービスを提供し続ける事ができるのか、決して企業だけの問題じゃなく、地域の生き残りかけた取り組みがまったなしとなっている。



記者会見&福岡県農政連推薦

11月28日、田川市役所内記者クラブで出馬表明の記者会見を行った。簡単に10分くらい自己紹介、ここに至るまでの経緯と決意表明の話をする。その後、いろいろ質疑応答があり、45分間の記者会見を終了した。新聞に掲載されるかどうかわからないけど、公の場で発表したので、新たな気持ちで挑戦しようと自分なりに気持ちの整理もできた。午後から、天神のJA福岡会館にて福岡県農政連の推薦証の交付式が行われた。福岡県下の現職の県議が来られ、一人一人推薦証が委員長から手渡された。多分、新人候補者は自分一人だったようだ。組織も何もないものにとって、何にも勝る後ろ盾ができた。本当にご尽力頂いた方々には、決して忘れないように感謝しなければならないと思っている。

僕自身は自民党員ではあるが、現職議員が公認でおられるので、無所属での出馬となる。それでいいと思っている。地方選挙は地元の事を何よりも考えて、広く意見を吸い上げ、優先順位を決め、10年20年先の将来像を描きながら現実の課題を解決していく。新人であるからこそ、何のしがらみもないし、党派を超えて多くの人に会うことができると思う。地域を活性化するために、雇用(働く場)をいかに創出していくのかを実践していきたい。



妻〜神崎育子 その3

当時、会社では初めての試みであったが、僕はNECに出向していた。NECでは、金融機関の第3次オンラインシステムに従事する。傍ら、スーパーASOのPOSシステム、問屋との受発注システム、福岡流通VANとの連携等々を業務として取り組んでいた。どれも新規事業であり、相当なパワーも必要であった。そんな中での教育関係の仕事。当時の直属の課長に、「これから教育事業が大きく伸びます。是非、取り組みたいと思います。」と懇願した。が、却下。部長に話をしてもダメだった。それで、専務(後の社長)に直談判をした。神崎がそこまで言うんだったら、一人の部署でやったらいい。という事でCAIネットワークセンターを立ち上げ、一つのプロフィットとして損益を持つ事になる。当時、飯塚病院の看護学校に最新のコンピュータ室をつくっていたので、事務長に相談し、管理・運営、メンテナンスを自分が担い、代わりに教室を一般向けに開放してもらう。結局、田川市を除く筑豊教育務所管内の小・中学校の先生のパソコン指導を手がける事になる。受講した先生方は、延べ800人を超え、お陰様で当初の学校へのシェアーは90%近くになった。

その受講した先生の一人が、妻・育子であり、以降学校の先生方とは、情報教育だけに留まらず、算数研究会での研修や管理職研修、企業への社会人研修の受け入れ、国の教育の情報化推進事業(約1億8千万円)の田川郡での実証実験、等々本当にお世話になっている。彼女とは一年間の交際期間を経て、平成5年2月27日に結婚。教育論については、当然彼女なりの考え方を持っていて、僕なりにまた違う角度から議論したりする。性格はいたって明るく、仲間内では世話好きである。「よく学び、よく遊び、よく飲み」を実践する、タフな女性だと思っている。結婚して本当に楽しく、愉快に、たまに喧嘩もするが、充実した毎日を送っている。決して順風満帆な生活ではないけれども、乗り越えないといけなかった壁を共に乗り越えてきた良き同志だと心から感謝している。



妻〜神崎育子 その2

昭和60年、麻生セメント入社。情報システム部に配属になる。どういう訳か上司から、麻雀にゴルフに誘われ、可愛がって頂いていたが、給料の殆どが費やされていた。その年、飯塚事業所(筑豊電算センター)の事務所が手狭になり、事務所を増設する話になっていた。それに伴い、地域に開かれたパソコン教室をつくるという。新入社員でありながら、「神崎お前に任せる」という上司の命令で企画を練り、独学でBASICを学ぶ。当時の情報システム部長と飯塚市教育長が親しかった事もあり、飯塚市内の学校の先生にパソコンを教えてくれないかと言われた。パソコンサークルを結成し、コンピュータ・リテラシーや教材開発を一緒に取り組むことになる。もちろん、学校が終わってからの活動であり、僕も楽しかったので残業なんかつけなく、ボランティアで行っていた。

そんな活動を噂で聞いていたとの事、田川郡教育研究所の指導主事から電話が入った。飯塚市柏の森の事務所に、田川郡教育研究所長、指導主事、それに妻の父、山本徳孝氏(元福岡県教育庁人事管理主事、添田中学校長)が来社された。「田川の子供たちのために、情報教育に力を入れていかないといけない。是非協力してくれないか。お金はありません。」という内容だったと思う。何故か自分の判断で、その場で承諾をした。でも、それを実行に移すには、直属の上司との葛藤、社内やグループ社の根回しをしなければならなかった。

(当時、田川郡教育研究所の所長は、僕の田川高校の同級生の父であり、妹同士も仲の良い同級生だったので知っていた。また、指導主事は僕の家の斜め前にあり、妻が生まれてから小学校までいた家であった。何とも不思議な出会いである。)



友との別れ

高校の時の同級生が逝ってしまった。通夜、告別式と参列したが、何と表現したらいいのか。43才、これからだというのに残念でならない。同じクラスでもあり、クラスマッチや修学旅行、卒業してからの同窓会等々、思い出される。まだまだ、お子さんも小さく、ご家族のことを思うと申しあげる言葉もない。長い闘病生活でさぞ大変だったと思う。最後にあったのは、一年半前に別府の高崎山で家族で来ていて、偶然会った。笑顔で再起を期すからと力強く話してくれた。まさか、こんな事になるとは・・・

今はただ御霊の安らかになることを祈りつつ、心からご冥福をお祈りいたします。



妻〜神崎育子 その1

「ご家庭が大変ですね、特に奥さんが大変でしょう。」とよく言われる。本当にその通りで、妻の両親も含めて、人生でこんな試練が待っていたとは・・・と心の中で嘆いているんじゃないかと思う。申し訳なく頭の下がる思いでもある。今日は小学校の同僚の結婚式に出席している。神崎さんの奥さんってどんな人とたまに聞かれる事があるので、少し妻(育子)について触れておく。

(旧姓)山本育子、山本徳孝・佐和子の長女で僕より一つ年下の昭和38年に添田町で生まれる。生まれてから小学校2年生まで、実は僕の家の斜め前に住んでいた。だから、義兄(僕より2才上)とは幼なじみであり、2,3才の頃お祭りで一緒に映った写真もある。小学校2年生の時に、同じ町内にある実家に戻り、添田町立真木小学校を卒業。添田中学校でまた一緒になる。僕が中学3年生の時に何となく気になる存在となり、同級生から冷やかされたのを記憶する。高校は同じ田川高校に通い、別に気にとめることもなく、当然一度の会話もない。そして、それぞれ大学に進学し、妻は地元で小学校の教諭となる。高校を卒業して10年。偶然、不思議な縁で出会う事になる。



中学校時代の集まり

どうもお腹の調子が芳しくない。子供たちが嘔吐下痢症にかかり、うつったのかもしれない。昨日は、中学校時代の同級生が集まってくれ、また恩師の先生も来て下さり激励された。やはり同級生はいいなぁ。理屈ぬきに応援してくれるから、本当に有り難い。当時、添田中学校の同学年は180名以上の生徒がいた。そう考えると、添田町に残っているのは本当に少ない。少子化で確実に人口は減ってきているし、成長した子供たちも僕らと同じ割合で、添田町に住んでいないと想定すると、10年20年先は、どのくらい添田町の人口は減っている事になるのか?それでも、やり方なり新しい先進的モデル地域としての取り組みをおこなう事によって、雇用の創出と産業振興が大きく活性化できる可能性を秘めていると思う。

中学校を卒業して30年近く経ち、それぞれに家庭があり仕事や役割があり、みんな社会的役割をきっちりと担っている。本当に僕ら40代が10年後、20年後の地域の将来の姿を描きながら取り組んでいく事が大事だと痛感する。将来にわたって、その社会的使命と責任は、ミドル層の僕らにかかっていると言っても過言ではない。



緊急性と重要性

限られた時間の中で、最大限の効果を出さないといけないから優先順位は何なのか、今どれから手をつけなければならないか判断しないといけない。こういったブログやネット戦略も大事だと思うが、それ以上に一人でも多くの人と接し、一人一人の横の広がりになっていかないと、と思っている。従って、本当だったらもう少しホームページも更新し、写真や動画なんかを取り入れたらと思ったりするが、何せ要員もいない中での事務作業、なかなか時間的、コスト的な面で後回しになってしまう。それでも、やれる事は何でも取り組んでいこう。24時間みんな平等に与えられているから。

どの仕事を優先すべきかについて自分なりの原則を持っていれば、作業と時間をコントロールできると思う。息の長い取り組みだけに、モチベーションを高め持ち続けて行く事が何より大事。時間に追われ、なかなか思った以上に成果があがらない事がよくある。これは、急ぎの仕事と重要な仕事を混同している場合におこる。緊急性のある仕事と重要な仕事はまったく違う。振り返ると、どうも急ぎの用件や手のつけやすい作業から取り組んでいる事に気づいた。重要性と緊急性のマトリックスを作り、これからは目標と自らの価値観が一体となる取り組みをしていこう。ちょっと立ち止まる事も大切だと思う。時間投下と優先順位、企業に勤めた時は、当たり前のように考えていた事が、できていない自分に気づいた。



動物を飼い育てるには・・・

金曜日から座談会や懇親会、土、日曜日はイベントが目白押しで、電話も次から次へとかかってきて、時間に追われながら取り組んでいく。そんな時、福智町(旧方城町)の友人の家に10分くらい立ち寄った。もう永いお付き合いになるが、この人は動物好きである。職場にもいろいろな動物を飼育したりして、とても人間的な魅力のある人である。家でも犬を飼っていたが、犬が交通事故に遭い動物病院に入院させているとの事。その間少し寂しかったのか、動物病院でミニチュアダックフンドをもらい受けたらしい。それが、一昨日家の玄関に「子犬をよろしくお願いします」という置き手紙があり、4匹の子犬が置き去りにされて、今その子犬の世話をしていると嘆いていた。この人らしいなぁと思い、大笑いをした。

僕の父も動物好きだった。小さい頃から犬も何匹も飼っていた。猫も1匹、ウサギに鶏十数羽、傷ついたカラスを介抱し、池には鯉が泳いでいた。極めつけはヤギを2匹飼っていて散歩に連れて行っていた。そんな少年時代を送っていたので、僕も動物が大好きになる。小学校の時に祭りでひよこを買って来た。親に隠れて見つからないように倉庫でこっそり育てていた。やがて大きくなり、いきなり早朝から「コケコッコー」と鳴きだした時には、身を削られる思いでドキドキしたのを今でも思い出す。いじめやそれが原因で自殺といった問題が連日報道されているが、動物を飼うには、愛情が必要であり、育てていくのは本当に大変な事である。子供たちの心の問題が指摘されているが、動物を飼い育てていく事もひとつの方法かもしれない。



決意と決断

ゼロからの出発であるので、実に様々な事を決断して実行に移していかないといけない。決断というのは、過去のデータによって確実に選択していくものではなくて、あくまでも将来を対象にした意思決定じゃないかと思う。今までいろいろな立場や役割の中で意思決定してきたが、5割の成功率と5割の失敗率、辛くて地道な仕事とパッとひらめく感、もうここら辺でという妥協ととことん追求しようという欲望、年配の持つ経験や知恵と若者の持つ情熱やエネルギーとの間での葛藤、等々決断には絶対に確実だということはないと思う。

決断をする時、もう一つ基準みたいなものがあったようにも思う。自分が何をしたいか?というよりも、この場でどのようなニーズを満たすべきなのか、何に対して貢献することが要求されるのか。決意と決断は違うと言われる。「意を決する」ことと「断つことを決める」こととの違いである。決断は自分の職業を断ち、退路を断つという事であり、政治の世界に入っていこうとする自分は、そういうものをすべて断ち切って可能性にかけていく。



スウィート10 モルディブ(!?)

今日は仕事で妻の帰宅が遅くなるという事だったので、夕方から子供のスイミングの迎えと夕食にお風呂、そして長女の迎えと時間に追われる。それからお寺の行事があり、帰宅が21時になった。帰宅すると妻もちょうど帰ったところで、二人で飲みながら食事をする。学校の同僚が今度結婚する事になり、いろいろ催しも考えているとの事。結婚前っていうのは、本当に楽しく、夢も希望もあり、聞いていて何とも微笑ましく思える。新婚旅行の話題にもなったと言う。僕らの新婚旅行先はモルディブであった。妻からモルディブに行こうと言われたが、当時どこの国なのかもわからず、ずっとモンゴルに行くものだと思っていた。インド洋に浮かぶ島々で、それは素晴らしいところだった。島の周囲は歩いて15分足らずで、のんびりと時間が流れ、別世界そのものだった。帰国する時に、「10年たったら、また連れてきてやろう」とスウィート10ダイヤモンドじゃないけど、スウィート10モルディブと妻を喜ばせたのを思い出す。10年を過ぎて、実現していない。子供にも4人恵まれ、仕事も責任を持つようになり、それどころじゃなかったのが現実である。

結婚の話から、ちょっとやぶ蛇になり、そう言えば10年経ったら、また行こうねと新婚らしい約束をしたが、いまだ実現できず、この先また行ける時が来るのか来ないのか、夢は持ち続けようとは思っている。



続 益子ゼミ

昨日の続きになるが、益子ゼミの専門は経営情報管理論をである。大学2年生よりゼミに入るが、益子ゼミは就職のゼミで有名だった。そのため競争率がやたらと高かった。そんな事も知らずに1年生の時に、福岡県人会の4年生の先輩から、「神崎、おまえ、益子ゼミに来い」と言われ、何のゼミかもわからないまま受けた。後で聞いたが同期の殆どは優の数が10を超えていて、僕の一年生の時の優は、体育実技の1つだった。それでも益子ゼミに入れたのは、先輩のコネクション以外何ものでもない。実はこのゼミ、コネとネゴシュエーションの場でもあり、リアルな組織論そのものを勉強するゼミでもあった。また、ゼミ長や副ゼミ、会計から消耗品係りまでいて、自然に組織が形成されていく。そこには、きちんとした役割があり、消耗品係りといっても、用紙やテンプレート等が配布されなければゼミの作業は進まず、絶大な権限を持っていた。

どうも、益子ゼミは経営情報管理論を学びながら模擬的な経営や組織形成を体験していたのかもしれない。実際、社会人となり会社の経営も任されるようになったが、一番難しいのが人の問題である。モチベーションをいかに高めていくか、社員が自主的に動いていくためには、人についてどう考えているかをしっかりと浸透する事にあると思う。経営と情報それをマネジメントしないと役に立たない事を理屈じゃなく実践したゼミだと思っている。

2年生時の夏の軽井沢合宿。いきなり修羅場を体験させられる。猛勉強とスポーツ、毎回のようにある3分間スピーチ、そして夜の上級生からの呼び出し。ベットで寝ていると大変な目にあう。そして遊び(アスレチック)もあるが、これがまた容赦ない(?)というか気が抜けないゲームでもある。一つ一つが社会に出た時に、どんな困難な問題や抵抗にあっても、じっと耐え忍ぶ大切さを学ぶゼミでもあった。



いざ讃えん大学日本、いざ歌わん我らが理想

11月11日朝、渋谷に行く。それから世田谷の尾山台にある故田中六助先生の奥様、翠子さんを訪問。一時間ぐらい選挙についての心得やアドバイスを頂戴する。本当に親身になって頂き感謝しなければ。大学時代に何度もお邪魔し、就職する時には、田中六助先生から麻生セメントを紹介してもらったご縁で麻生に入社。ご縁というものは、本当に大事にせねばと心から思っている。大学3年生の時に選挙のお手伝いをしたのが蘇る。そして就職が決まり、その年の昭和60年に、田中先生は亡くなった。最初に選挙に立った時の事や人を見る目、お金なんかなくても良い。本当に誠実に訴えていく事。何度も何度も足を運ぶ事。勇気をもらったような気がした。

午後からは日本大学商学部益子ゼミOB会が赤坂プリンスホテルであった。昨年も同じ場所で開催され、福岡県議会選挙に立ちますと話をさせて頂いたが、まだ名刺もパンフレット等もなかったので・・・益子先生にご挨拶をさせて頂くとすぐにゼミ生に挨拶しなさいとの事でトップバッターで挨拶をさせて頂く。ゼミは1期から25期生までで、僕の代は17期生になる。名刺交換しながら感じる事は、皆さんすごい会社でしかも重要なポストに就かれている。改めて、益子先生の偉大さを感じる。また、ゼミ生だった事に誇りを覚える。このゼミは、当時から最先端の技術を学ぶゼミでもありIBMやNCR、当時のユニバック、バロースといった世界の4大メーカーにいつも企業見学をさせて頂いていた。また、上下関係の非常に厳しいゼミであり、忍耐すること。どんな困難な辛い目にあっても、それを乗り越える精神力を鍛えられたゼミだったんじゃないかと思う。そして、チャレンジしていく勇気。益子先生のモットーは、「よく学び、よく遊び、そしてよく飲み」  14時からはじまり22時過ぎまで、学生時代に戻った時間だった。



亡き父の命日に

先程東京から帰宅した。東京は今年で3回目。1年に80回ぐらい飛行機に乗っていたので、生活も本当にガラリと変わった。もう、来年の4月まで上京することはないから、ご挨拶にいけるところは行ってきた。それでも時間が全然足りない。それと初めて北九州空港から羽田にJAL便に乗った。添田からだと小倉南インターで高速にのると約1時間少々で着く。駐車場の料金も二泊三日で1,150円だったからかなり安い。かなり便利が良いと思った。

11月10日。朝8時30分北九州空港発、東京についてまず議院会館に直行する。福岡県選出衆議院議員(自民党)の先生の事務所を訪問、ご挨拶をさせて頂く。その後、大手町にある三井物産戦略研究所で地域振興とIT戦略への取り組みについての意見交換と仕掛け作りについて話をする。夕方からは村上正邦先生の事務所の勉強会に参加させて頂く。実は村上先生とは今回が初対面であった。前に電話でお話をさせて頂いたが、日本再生「一滴の会」の勉強会があるのでということで参加させてもらった。横に座らせて頂き、いろいろ話をして頂いた。正直、参加されたメンバー方々がすごい人ばかりで驚く。でも、とてもうれしかったのは、僕の父(神崎次彦)の事をいろいろ話してくれた事だった。父とは添田町の三崎炭鉱の正社員の時、測量課で一緒だった事。山本文男町長とも一緒だった事。もっと驚いた事は僕のおばあちゃん(助産婦)の事を知っていて、あなたのおばあちゃんが添田町は殆ど子供を取り上げているから選挙に立つことになると役立つでしょう。と言われた。

笑顔で一人一人の方々に紹介して下さり、勉強会も大変ためになる本当に有り難い時間だった。何と言う巡り合わせか、11月10日は父の命日である。



明日から上京

明日から東京に上京するので、暫くブログはお休み。東京では議院会館に永田町、霞ヶ関と大手町に行く予定。もちろんすべて選挙関係の件。いろいろ仕掛け作りもしないといけないので。今まで仕事でお世話になった人たちに今度はまた違う形でお知恵を借りる。IT関係も十分に打ち合わせておこう。大学時代のゼミ生とも1年ぶりにセッティングしてくれている。ゼミ生の多くはIBMやユニシス、NCRと当時のメインフレームメーカーに殆ど就職している。競合もするが、IT業界は共存もする業界でもある。わかりやすく言うと、例えばスーパーが開店すると隣のスーパーの人がお手伝いする事はないが、ITの場合、人材の共有化をしていかないと生き残っていけない。だから、競合相手になる企業とも、時に信頼関係を構築しないといけないし、アライアンス先を多く持ち、太い人脈が企業経営でものをいう。

僕にとってこれから先も末永くお付き合いをさせて頂きたい大切な人ばかり。ブロードバンド時代、遠くにいても様々な通信手段がある。それでも、会って話をする機会を多く持つ事が何より大事だとも思う。選挙も一人でも多くの方に会うことしかない。



22:30帰宅する

懇親会があり出席する。何せ初めての方とのコミュニケーションは大事であり、少しお酒が入った方がいいのかもしれない。人にとって大事なことは信頼関係が一番。飲みニュケーションを通じてコミュニケーションへとつながっていく。僕はそんな粋に感じる人間関係が大好きです。先程も、いろいろな人と偶然の出会いがあり、飲み語う。岳陽同窓会の先輩ということで、初対面だったけど大いに盛り上がった話ができた。

本当はプログでも、どんな人と会ったとかどんな話をしたか等の話がいいかもしれないが、なかなか書けない面もある。もっと人情味溢れた内容の方が良いのかもしれないけど、どうしても抽象的になってしまう。仕方がないことか。

今日は、西鉄ソラリアで螢▲轡好函淵咼襦Ε肇奪謄鷦卍后砲離侫ーラムがあった。アシストさんとは長いお付き合いになる。久しぶりの天神であり、久しぶりに講演を聞いた。「酒蔵再生にかける夢」という演題で長野県より枡一市村酒造場のセーラ・マリ・カミング取締役が流暢な日本語で講演された。固定概念や様々な抵抗等々の中で、何のしがらみもなく、前向きにしかも勇気ある取り組みに共感を覚えた。自分に照らし合わせて、何か燃えるような勇気をもらったような気分になった。終了後、限られた時間しかなかったが、百地浜のAIビル(麻生グループ)各社に立ち寄った。グループ会社の皆さんからの温かい励ましに、また意欲が湧いてきた。その後、福岡CSKの社長やサービスウェアコーポレーション、日本オラクルにサン・マイクロシステムズ、ヒューマンセントリック、それと福岡県情報サービス産業協会にも立ち寄った。随分ご無沙汰しているが、存知あげている方々ばかりなので、本当に居心地がいい。

夕方からは田川に帰り、挨拶廻りと懇親会に出席し、ほろ酔い気分で帰宅する。今日は少しだけだが、最先端のテクノロジーと日本のITを代表する方々とまたお会いできて有意義だった。僕にはこんなに多くの仲間や出会いがある。是非、田川の皆さんにも会ってもらって、夢を語ってもらいたい。夢の実現のために、がんばろうと思います。



今後の企業誘致を考える時

企業誘致と一口に言っても、なかなか容易な事ではない。香春町にサービスウェア九州を誘致した時、本当に苦労し大変な思いをした。誘致企業と行政との板ばさみにあい、福岡県庁と地元との意思疎通、何度も何度も挫折しかけた。この大変さを知っているのは、一部の方々しかおられないが、日曜祭日昼夜を問わず、電話でやり取りをやっていたので神崎妻はよく知っている一人である。

産業構造の変化とIT化、ビジネスのグローバル化が加速している。地方経済の発展を促し、企業や人が求める産業基盤を整備するためには、今何が求められているのか。通信ネットワーク等の発展によって、この土地でなければという必然性が薄まってきている今、企業側は非常に柔軟な発想で「適地」を考えることができる。また、今後は都市部と町村の広い連携がそれぞれの地域の魅力を結集させる事が大事となると思う。自分の町だけですべてを整備しなくてはという完全主義をじゃなくて、広域的に考えていく事が大事だと痛感する。大規模な生産施設を一つつくるよりも、施設どうしを連携させることにより、より広域の活性化につながる。それぞれの地元で労働力を確保できれば社宅を設けるといった投資も不要になり、働く側にとっても職住近接による時間的・精神的利点を大きいはず。お互いの町が良質な居住環境づくりに知恵を絞り、ネットワークを結んでいくことで、魅力ある21世紀型の先進産業都市を形成していけると確信する。



お手伝い

朝食は家族全員一緒に食べているが、夕食は一緒に食べる事が殆どなくなった。妻に送迎してもらったりするものだから、子供たちだけで夕食をとる事も多くなる。子供たちも慌しい事がわかっているのか、自分が食べた食器を洗ったり、身の回りの事は自分でするようになった。

小学1年生の次男に、「偉いね、ちゃんと自分の食べた食器を後片付けできるんやね〜」とほめてあげると、「お母さんも忙しいから自分で食器を洗った。お母さんに喜んでもらいたかった」と言っていた。なんか、ほのぼのするようなぁ〜。子供っていうのは本当に素直でかわいい。毎日が切羽詰った状況の中、子供から癒された。

人に喜んでもらいたい、人の笑顔がみたいと思って考え、行動していると、気がつけば、すべて自分の“癒し”になっていたのに気づく。車を運転している時に、ウインカーを出しお先にどうぞと、ゆずってあげる。ゆずられた車がピコピコと「ありがとう」のサインを出す。そこに僕は小さな幸せを感じたりする。



新しいカマスを入れる

カマスの話は例え話でよく出てくるので知っている方もおられると思うが、水槽の中に新しいカマスを入れるとわかりやすい。新しいカマスは痛い目にあっていないので、自由に泳ぎ小魚を食べ始め、その様子を見て前からのカマスも状況の変化に気づき、動き始める。

新しい人材を投入したり、新しい技術やノウハウを注入することで組織は活性化できるんじゃないでしょうか?地域もそうだけど組織っていうのは、何となく暗黙の内にこれが当たり前
なんだと凝り固まっているところにある。「今までこうだったから」とか、「自分の会社ではこうはやらない」とか薄々間違っていると感じているのに変われないところにあるんじゃないかと思う。組織が硬直化し、様々なしがらみから解き放ち、活性化させるには、「いままでこうだったから」という論法が通じない新しいカマスを投入するやり方も一つだと思う。



水槽の中のカマス

11月に入り下期も一ヶ月過ぎた。もう会社人間じゃないのに、どうしても決算が頭をよぎる。上期の反省を踏まえ、下期の巻き返しに頑張らねばといつも思っていた。やはり経営者は結果がすべてだから、あらゆる手立てを講じてきちんとした成果を出さなければならない。気が休まることはないが、それだけにやりがいも大いにある。たった一度の人生だから、世のため、人のために努力しないといけない。

会社在籍中にこんな話をした事がある。水槽にカマスという魚を入れて、餌になる小魚を一緒に入れる。ただし、水槽の真ん中には透明のガラスで仕切らせておく。カマスは何度も小魚を食べようと近づくが、ガラスにぶつかって痛い目にあう。やがて、カマスはあきらめて動かない。そこで、ガラスの仕切りを取って小魚を自由に泳がせるが、カマスの近くを泳いでも、カマスは痛い目にあっているので食べようとしない。

さぁ、そこで皆さんに質問です。カマスが状況の変化に気づいて小魚を食べるようにするにはどんな手を打ったらいいですか?



田川に添田に激励にくる

東京からマザーズ市場の上場会社の社長が来られた。先週は、元通信会社副社長も添田の事務所に激励に駆けつけてくれ、本当に有り難い。つくづく思うに普通(一般)の情報システム会社の社長に仮になっていても、ここまでの人脈は間違いなく築けなかったと思う。やはり、麻生グループの会社だったからこそ、豊富な人脈と数々の事業に取り組めたのだと思う。既に今までお付き合いさせて頂いた多くの仲間には選挙に出る話は伝えてある。一度、田川に集結してもらおうかな。

「地域振興とIT戦略」とか「地域経済の発展と電子自治体」といったシンポジウムを企画してみようか?昨日の社長も業界では先進的オブジェクト指向の取り組みでは、先駆者でありカリスマ的存在でもある。多くの事業家は大手企業や中央官庁とタイアップしてきて、優秀な技術者を育ててきた。そろそろ、その技術やビジネスモデルを地方や中小企業へシフトし、一緒に成長して行くという夢のある事業に取り組んでも良いんじゃないかと思う。既に出来上がっている東京で仕事をしても面白くない。それよりも、まだ出来ていない地域や企業を出来るようにしていく仕事の方がどれほど楽しいかわからない。是非、呼びかけていこう。



スポーツの秋

昨日(10月29日)は、地域の運動会に大任町のシジミ祭り、同窓会に子供のドッチボール
の練習試合(下関)等々行事が重なる。地域の運動会は午前中はソフトボール、各種目があり、午後からはソフトバレーが行われた。懇親会も公民館であり充実した運動会であった。さすがに疲れたので、夜9時半には睡眠モードに入っていた。だんだん行事やスケジュールが過密になってくるが、体が資本だから体調を整えながら取り組んでいこう。今更ながら丈夫で健康な身体を創ってくれた両親に感謝しなければと思う。子供たちもすくすく健康に育ってくれているのでうれしい。

小学校4年生の長男がドッチボールでMVPになったと妻が報告してくれた。親の欲目かもしれないけど、運動神経は良い方なので、活躍している姿を見ると嬉しくなる。1年生の次男は出場する機会もなかったらしく、「フレーフレー添田!行け行け添田!」と大きく声援を送っていたらしい。出場できない悔しさもあると思うが、これがまた大事。この下積みを経験する事で、また一つ成長していけるから。



物から心の時代

新聞やニュースを見ていると何かやりきれない事件や事故が本当に多い。一つには情報化時代の影の部分も大いにあるように思える。農業社会の時には、自然を見極め力を合わせて作業する能力が必要とされ、工業化社会では、物を生産しこれを効率よく使用する能力が求められてきた。情報化社会になってから、情報を活用し、実践していく能力が求められ
ている。結局、能力というのは時代とともに変化するが、同時に人間の価値観も変化させてきているんじゃないかと思う。農業のような自然を相手にとする社会では、人間が自然にあわせるという価値観が支配的であり、工業化社会では、人間が自然を利用することを学習してきた。極端に言うと自然に対抗して、人工の物を手に入れて恩恵を受ける価値観である。結果、公害等に代表される環境問題も同時に引き起こした。情報化社会でも、情報化の恩恵をうけると同時にモラルやプライバシー問題のような影の部分も大きくクローズアップされている。人が情報に振り回されないことや、情報を人が主体的に扱えるようにする事がより大切になってきている。

情報化時代にあって人間関係能力をしっかり身につける上でも、子供たちも僕ら社会人も情報活用の実践力に取り組んでいかないといけない。今の時代、物から心の時代であるから。



無所属で頑張る!

福岡県議会議員田川郡選挙区は定数が2で、現職で自民党公認で日野県議と社民党公認で富原県議がおられる。ここに自分が挑戦していくことになるが、神崎さんは党派は何?と聞かれる。僕自身は自民党員であり、でも実際には公認の方がおられるので、無所属という事になる。自民党への推薦・推挙のお願いは提出しているがまだどうなるかわからない。農政連への推薦はいろいろな方のご尽力のお陰で取り付けることができた。本当に感謝しなければ・・・いずれにしても幅広くどんな方々にも挨拶をさせて頂き、支持を広げていかないと、とてもとても当選なんて覚束ない。とにかく名前と顔を覚えて頂くことを最優先で取り組んでいく。

政治家の人たちの話を聞く機会も増えてきたが、真のリーダーというのはその言動が人に影響を与える存在じゃないかと思った。同時にリーダーというのは「夢と希望」を売る存在のようにも思える。自分の人生と社会に対して夢とビジョンを描き、その実現のために何度でもチャレンジし、情熱的な行動を繰り返す。でも、その中で自分の愚かさや無知さかげんをいやというほど味わったりする。それでも僕は、何もしないでとりすましている人より、何かをして、そして恥をかきながら成長をする人が好きである。また、そんな人間になりたい。夢と目標を持ち、生涯挑戦、生涯不屈の精神で人生を立ち向かっていきたい。



インタネットが切断

参った。電話会社の買収でDSLサービスの切り替えが行われていた。いきなりネットに接続できなくなっていた。事務所の書類を見ると確かに切り替え時の注意というハガキが来ていたが、接続には2週間かかると言う。そんなバカなと思ったが、忙しさに見落としていた自分の責任か?ただ、基本的にはこのようなユニバーサルサービスは、お客様に迷惑をかけることなく、速やかにしかも負担をかけずに移行されていかるべきのような気がする。

とりあえず、ダイアルアップにて接続する設定をし、事なきを得ているが、あまり詳しくない方だと途方に暮れるんじゃないかなぁ。おまけに電話番号も変わり、これを電話でも流用しているお客には、どう納得させるのか?公共性が非常に高い電話事業なので、ユーザーの手を煩わせることなく、移行できるシステムや仕組みが必要だと強く思った。また、問い合わせとなるコールセンターも人によって対応がまちまちなのと、一度電話を切り、次にまたかけ直すと一から同じ説明をしないといけない。ここも今後の課題だと思う。実際に自分がユーザーの立場になって、本当のお客様の気持ちもわかると思う。

顧客サービス、顧客満足。品質管理の原点は常に顧客の声をいかに反映させていくかの点につきる。



立候補表明・記者会見準備をする

福岡県政へ立候補の決意から今度は立候補表明準備に取りかかる。「地盤・看板・鞄」のない中、地縁・血縁、親類や友人・知人に和を広げ、後援会もやっと立ち上がってくるところまできた。今年に入って後援会・政治団体の届出を済まし、過去の選挙結果や状況調査の分析、各種名簿の収集と整理・データベース化も何とかメドがたつようになった。基本政策とビジョンの策定に取り組み、看板やポスター、リーフレットに名刺の制作、ホームページやブログの開設とスケジュールをこなしてきた。さぁこれからは、立候補表明・記者会見の準備に入り、本格的な事前活動にはいっていく。キャンペーン活動や事務作業も本格化してくるし、他候補対策やボランティア対策対応等々戦略と戦術を策定しないといけない。各種シンポジウムに大会・集会の企画・準備もある。何から何までやらなければならない事が多いが、めげることなくやり抜こう。

同じ大会や集会をやるにしても、他候補との差別化戦略を考えよう。今まで企業経営で培ったきた経験と人脈をフルに活用して行おうと思う。地域振興と産業経済の発展をどのような形で実現していけるのかを訴えていこうと思う。賛否両論いろいろあると思うが、同じ事をしても新鮮味や僕のカラーが出てこない。是非、皆さんご協力をお願いします。



憂えている

田川を何とかしなくては。このままじゃダメだ。今まで通りじゃどうしようもない。と口々に皆さん話をする。今の田川を憂いているように感じる。また、多くの人は、変化を求めているんだと感じる。今の時代を後世の歴史家は何ていうのかなぁ。戦国時代と明治維新が一緒になったような時代だと言うのかもしれない。でも、こういった変革の時代に生まれてきたことに感謝したい。出来る事は何でもチャレンジしていきたい。「憂い」があるから、それを解決しようと使命感も湧いてくるんじゃないのか。「憂い」というと、坂本龍馬を思い出す。

明治維新を目の前に暗殺された坂本龍馬は、幼い頃泣き虫で臆病な少年だった。病気がちだった母のそばにいられなかった龍馬に母は、「海」という字を教え、うみには「母」がいる。それから龍馬は何かあると海に行っていた。弱虫だった龍馬は自己嫌悪に陥った時、母は「龍馬は弱虫じゃない、優しすぎるから」と言い、「憂い」うれいという字を書いた。「これは自分の悲しみだけでなく、他人の悲しみや痛みを感じる心。それを憂いという」と話した。そして人が憂える心を持つことを、優しいと読むと話す。またこの字は「優れている」すぐれているとも読む。「優しいことは人間として優れていることなの」 どういう事かその時の龍馬は意味はわからなかったが、2番目に覚えた漢字は「優」であった。



岳陽同窓会総会

田川高校、岳陽同窓会総会が昨日あった。1917年創立で2万7千名を超える同窓生から構成されているから凄い。毎年出席しているが、今年は同級生がかなり集まって久しぶりの歓談だった。が、そうは言っておれず、とにかく来年の選挙に向けて名刺&リーフレットを配り、各期のテーブルにご挨拶させて頂く。全員のテーブルに行き着かなかったのは残念だったが、かなり知った方々がおられた。何度かお会いしているうちに顔と名前が一致してくる。また、のぼりを校門の前に立て挨拶をする。東京にいる同級生も駆けつけてくれて、一緒に立ってもらった。彼とは高校、大学と同じで本当に腐れ縁になっているが、いろいろな思い出もつくり、暫し昔の話で盛り上がった。声をかけてくれた同級生も来てくれていて本当に嬉しかった。同級生っていいなぁと心から思っている。親や友達にも僕の事で声をかけてもらったり、ポスターはりも手伝ってもらったり、本当に有り難い。みんなの期待を裏切らず、精一杯がんばります。それから2次会、3次会と一緒に飲み行った。22時伊田発の列車に乗り帰宅の路に着いた。雨が降っていたので濡れて帰ろうかと思っていたら、添田駅に妻が迎えに来ていた。妻には本当に頭の下がる思いである。二人で家までトボトボと歩いて帰りながら、同窓会の楽しかった事を話した。

僕は高校33回生、神崎妻は34回生、義父中学28回高校1回生、義母は高校4回生。家族総出の出席となった。校訓である「水平線上に突起をつくれ」の精神で高い志と信念で頑張り抜くことを改めて決意する。多くの人から励まされ、また暖かいご声援に本当に感謝致しております。



イベントを計画する

個別訪問を基本に企業にも挨拶に出かけているが、会合や様々な書類の打ち合わせ、組織の立ち上げと一息入れる時間がない毎日になったきた。実に選挙っていうのは、あれもこれも用意周到に準備しておかないといけないので、大変な労力と時間とお金を要するんだと身にしみてわかってきた。これからが本番であり、出馬表明、決起大会、事務所開き、出陣式等々、イベントが入ってくる。スケジュールをきちんと立て、後援会組織も拡大しながら、一つ一つクリアーしていこう。現職議員が強いことは覚悟の上であり、やっと土俵にあげてもらえる所まできた。まだまだ話にならないが、とにかく、頑張ろう。これまで豊富な経験をつんでこられた諸先輩の方々の知恵をお借りしながらも、僕ら若い世代が行動し、地域の将来を担っていかないと明日の田川はない。しっかり働く場をつくり、地域振興を、新たなビジネスモデルを構築していこう。このブログは、自分自身を奮い立たせるものでもあり、またこのブログを見て下さっている方々に、僕の考えや思いを伝える場にもなっている。

企業のトップをさせて頂き、常に前向きに明るく何事にもチャレンジしてきた。トップが行動しないと組織は動かない。また、言葉もとても大事で、トップは何度も何度も同じ事を繰り返し、言い続けることが大事なんだと学んだ。一人一人の力がきっと、田川をいきいきした企業、活力のある街へと、誇れる街へと変えていけるんだと思う。



「食育」は人づくり

朝早く、犬の散歩に出かけ、6時半に子供が起床、朝食。7時15分に育徳館中学校の長女を駅まで送りに行き、小学生の二人は7時45分に家を出る。妻は7時50分出邸。8時過ぎに一番の下の子供を幼稚園に送る。これが今、毎日の朝のルーチンワークになっている。朝の慌しさの中にも、家族が一緒にごはんを食べられる、当たり前の事のようだけど、これまで仕事や出張で出来ていなかった事を考えると感謝しなければ。

今、朝食欠食をはじめとした食生活の乱れが指摘されている。神崎家では、月曜日から金曜日までの平日は、しっかりとご飯とお味噌汁、それとちょっとした玉子焼きとベーコン&ハムのおかずである。休日はトーストにスープと手を抜く。毎日の事なので、やはり家族の協力が必要であると思う。衣食住、特に食は、心身を健全に保つ基本である。子供たちも、朝食をしっかりと食べ一日の活力を蓄えておかないといけない。それでも中には朝食をとれていない家庭が多いと聞く。「食育」という言葉があるように、学校やいろいろな分野で連携しながら、子供たちの朝食欠食の問題に取り組んでいかないといけないと認識する。すぐに、いじめや暴力、ひきこもりといった事に結びつけるのはどうかと思うが、家族団らんで朝食をとる、当たり前の事からまず始めることが何より大事だと思う。



絶体絶命のピンチが、千載一遇のチャンス

チャンスは誰にでも訪れるが、千載一遇のチャンスとなると一生のうちで、そう何回もないと思う。でも、千載一遇のチャンスっていうのは、同時に絶体絶命のピンチの時で、チャンスとピンチは表裏一体じゃないかと、ふと思ったりする。あの松下幸之助や本田宗一郎の名経営者たちは、成功する前の段階では、絶体絶命の状態であり、危機一髪のピンチを体験してきている。そして、それを乗り越え、活路を開いてきた事は有名である。どんな人も、順風満帆の人生を送っている、なんて事はない。今はただ、勇気と希望を持って大きな壁を乗り越えていこう。

歴史上の人物をみても、桶狭間の戦いの織田信長、中国大返しの豊臣秀吉、関が原の戦い徳川家康、どれをとっても危機一髪のピンチを経験して飛躍、成功している。今、本当に支援して下さる方々や応援して頂ける方々に支えられ、一生懸命に努力している。が、人生の大ピンチに遭遇している気持ちでもある。でも、これが千載一遇のチャンスと思い、たとえ四面楚歌、孤立無援の状態にあったとしても、決して諦めない。希望を持ち続けようと思う。夜明け前が一番暗いと言われるように、人生で一番苦しいと思う時こそ、成長や飛躍、成功の寸前にいるという歴史があるから。

この体験をしっかりと、子供たちが大きく育った時に伝えよう。また、この地域で生活し、仕事に一生懸命に取り組んでいる人たちにも伝えよう。新しい事業に取り組み、試行錯誤しながら前向きにチャレンジしている人に伝えよう。そして、知恵やアイデアを出し合い、行動することで必ず難局は乗り切れる事を忘れてはいけない。



安保理決議と身近な制度

北朝鮮への制裁決議が国連安全保障理事会で採択された。この際、どうして憲法改正という事が言われているのかを国民全体で考える時期に来ているのだと感じる。こういった話題になるとすぐに戦争は反対だ、と言われる方がおられるが、その前に大事なのは、どうしたら世界の中で、日本という国が生きていけるのかを考えてみる必要がある。つまり、どういう国にしたいのか、ということがあってはじめて、じゃこういった法律をつくりましょうという事になるのだと思う。国とかいうと遠くの話のようなので、地域に置き換えるとわかりやすい。自分たちが住んでいる地域をどのような地域にしたいのか、どうすればより良い生活を営むことができるのかを考える。そのために制度やシステム、環境を変えていくことが必要になってくる。

要するに必要なことは何なのかを考え、そしてそれが妥当なら、決まりを変えるということじゃないのか。日本には資源がない。貿易していかないと生きていけない。そのためには世界が平和じゃないと困る。したがって、世界の紛争を収めることが大切で、そのために憲法上問題であるならば、これを改正する議論が必要ということになる。

とにかく、憲法のために日本や日本国民があるんじゃない。日本や日本国民のために憲法があるんだから、どういう憲法なら、日本と日本国民にとって有益なのか、ここに尽きるんじゃないかと思う。地域に置き換えても一緒。今まで通りの制度やシステムじゃ通用しなくなってきているんだから、その時代にマッチした仕組みをきちんと整備していくことが何より大事だと思う。国連安全保障理事会の決議は、自分たちの身近な問題にもつながっている。



ボランティア募集

後援会組織も徐々に立ち上がってきた。選挙は一人では戦えない。多くの人に支えられて、かつボランティアで活動していただける事に本当に感謝しなければ。各町村の後援会、様々な団体・企業そして多くの支持者の方々とともに、これから強力なネットワークを作っていかなくてはいけない。そのために実はお願いがあります。こうざき聡後援会では、下記のボランティアを募集致しております。ご関心いただける方は、電話、FAX、メールで事務局までご返送下さい。

ボランティア募集

/場やサークル等の会合で、こうざき聡を呼んでスピーチをさせても良い。

 希望日時       場所       主催者        予定参加人数

個人用ポスターを提示しても良い。

 ご希望枚数

8絮膕馥会リーフレットを配布しても良い。※お知り合い、ご近所に配布していただければ幸いです。

 ご希望部数

ぅΕ哀ぅ江遏⊆屬留薪勝電話がけ等をしても良い。

 1.ウグイス嬢  2.ビラ配り  3.ポスター貼り  4.車の運転  5.事務所ボランティア  6.電話がけ

イ修梁勝△海鵑併ができるという方は、お知らせ下さい。

以上のボランティアをご希望の方は、下記に(お名前・ご住所・ご連絡先等)差し支えない範囲でご記入の上、こうざき聡後援会まで電話・FAX・メールにてご返送下さい。

ご住所 〒

お名前(ふりがな)

性別  男 ・ 女      年齢

ご連絡先  TEL    (      )      FAX    (      )              e−mail

こうざき聡後援会(〒824−0602 田川郡添田町大字添田1417 TEL 0947−33−7010 FAX 0947−33−7011 E-mail info@kouzakisatoshi.com

 



日本大学北九州支部校友会総会

10月14日。日本大学北九州支部校友会総会があった。今回は初の試みで小倉の西日本展示場側の砂津乗場からクルージングでの総会&懇親会だった。いつもはどこかのホテルでの総会だったのに、今回は家族同伴OKという事で、家族揃って出かけた。何年かぶりの船の旅であり、子供たちも僕ら夫婦も十分に楽しめた。昭和60年、日本大学商学部会計学科卒業。学生時代には、日本大学福岡県人会幹事長、第12回日本大学音楽祭実行委員長を務め、本当に諸先輩方には多大なるご支援とご迷惑をおかけしていた。今日も田川郡より福岡県議会に立候補を決意致しております。と挨拶させて頂き、大先輩方からは、学生だった頃のエピソードを交えて激励された。

いや〜。日本大学は凄い。僕の弱い面を補ってくれている。正直に言って、土木建設業界は今までのしがらみや経緯から田川では少々分が悪いのが実情である。それでも応援して頂ける企業は徐々に増えて来ている。が、実は、日大はこの分野に非常に凄い力を持っている。今日のメンバーの方々の影響力ははかり知れない。社会人になって、あまり仕事でお付き合いする機会もなかったが、学生時代に大変可愛がってもらい、今回の選挙で心配して下さっている。いままで、自分が選挙に出るとは思ってもおらず、大先輩から、こんな形で支援して頂けるとも思わず、本当に有り難いと感謝しなければ・・・

本部からは副総長の勝山進教授が来られていた。現在、日本大学商学部長になっておられた。勝山ゼミの同級生もいたので、その話をしたが、僕は経営情報管理論の益子ゼミだった。勝山副総長から、くれぐれも益子先生によろしくお伝え下さいと言われた。学生時代、猛勉強の勝山ゼミと遊びと飲み会&就職の益子ゼミだった当時囁かれていた。

今日の総会・懇親会は、とても懐かしく、かつ気合を入れられた会だった。日大の名にかけて、絶対に負けられない選挙だと諸先輩から激励された。

日本大学 校歌

♪日に日に新たに 文化の華に

    さかゆく世界の こう野の上に

 朝日と輝く 国の名負ひて

    巍然と立ちたる 大学日本

 正義と自由の旗標の下に

    集まる学徒の 使命は重し

       いざ讃えん  大学日本

       いざ歌わん  われらが理想   ♪



秋の味覚と北朝鮮核実験

鈴虫の声が聞こえ、だんだん日が落ちるのが早くなってきた。朝晩も冷え込み、すっかり秋になった。秋の味覚といえば松茸だが、北朝鮮の核実験に対しての制裁措置で、北朝鮮から松茸が輸入されていたことを初めて知った。松茸も外国産で価格も安くなってきているが、少々割高でも国産の松茸を味わいたいものだと思う。と思いながら、そんな余裕なんてないのが本音のところ。

新聞を見ていると来春の統一地方選挙に向けて、出馬表明の記事が載っている。既に選挙活動をしているので情報はすぐに入ってくるが、田川市県議選、田川市長選、川崎町長選、糸田町長選挙と候補予定者が記者会見を行っている。どのタイミングでするかどうかは、いろいろな方に相談してから行おうと思う。約1年やっと土俵にあがるまでになってきた。これからが本番。期待に応えるように頑張るしかない。ジワリジワリと浸透していけるように、針鼠戦法を貫いて行こう。事故に遭遇して、大丈夫かという電話やメールを頂き、本当にありがとうございます。ご心配をおかけしました事をこのブログを通じてお礼申し上げます。



神崎さん、どうしたんですか?

って、言われそうだけど、決して怠けていたのではありません。妻は小学校教諭の為、選挙活動はできず、それでも教育的な立場、家庭の事、地域の事等々、お互い意見を出し合ったり、政策文書を添削してもらったり、まさに二人三脚で頑張っている。三日前の夜、子供たちを寝かせつけた後、街の状況を見るために二人で一緒に車で出かけた。途中ウィンカーをつけて、自動車を路肩に止め、一分くらい近辺を見ていると、後ろから車が来た。追い越されてから出発しようと思った瞬間、追突された。一瞬の事で、何がどうしたのか、わからなかった。二人とも衝撃でムチ打ち状態であり、妻は後頭部を助手席のドアガラスで打っていた。救急車で二人とも運ばれたが、幸いなことに10日ぐらいの通院だけで済むとの事。たいした事がなくて本当に良かった。相手の方も、次の日自宅に来られたが、怪我もなく、本当に不幸中の幸いであった。

日田から小石原を通り、北九州に帰宅する途中だったそうで、その時、睡魔がおそい、僕の車はわかっていたそうだが、次の瞬間すぅ〜と眠っていたという事。自分にも経験があるが、眠気がおそった時は、やはり勇気を持って10分でもいいから車を止めて、眠らないといけない。でも、本当に何事もなく良かった。一歩間違っていたら、選挙どころか、子供たちも交通事故遺児になっていたかもしれない。

自分が加害者の立場になる可能性だってあるわけだから、車の運転にはくれぐれも注意し用心しないと・・・僕も含めて、皆さんも運転には充分に注意しましょう。何はともあれ、本当に大した事がなくて、良かった。



4分の4運動会終了

4つの運動会がすべて終了した。今日で最後の運動会を飾ったのは、3才・年少組の末っ子、幼稚園の運動会だった。何といってもかわいいし、微笑ましい。年少組の歌にラジオ体操・かけっこ・お遊戯、その姿は、見ていてほのぼのする。保護者の参加競争にも2種目出場し、楽しめた。幼稚園の運動会も連続10年だから、りっぱな表彰もんかな?でも、年少組での運動会もこれが最後かと思うと少し寂しい気がする。ビデオ片手にカメラも写し、父はほとんど肉眼でかけっこなんか見たことがない。30年先、この子供たちはどんな大人に成長するのかなぁ。写真なんか見ても、親がどんな思いで撮っていたのか、な〜んて、考えもしないんやろうなぁと思う。

5年前、海外出張中に新築したばかりの家が類焼で火事になり、写真やビデオがすべて焼けてしまった。子供たちにとって、と言うより親にとって、せっかく一生懸命に撮ったものがなくなってしまったが、生まれた時のこと、様々な出来事は心の中にはしっかりと焼き付けている。いずれにしても、子供たちが、明るく、健やかに、笑顔いっぱいで駆け回っている姿が、親にとって何にもまして、変え難いものであることは間違いない。



ちょっと面白い話

本当に私のために、これだけ多くの人が動いて下さる事に感謝しないといけない。毎日クタクタになるが弱音を吐く暇なんてない。家に帰ると愚痴のひと言もいいたくなるんじゃないかと思われるが、妻とは馬鹿話をしながら結構笑いあっている。

先程も妻と話していると、新聞に面白い記事があったよと言っていた。郵便局の窓口に、「強盗だ!金を出せ」と74才になる男が入ってきた。窓口の女性は、「郵便貯金は隣の窓口です。」と答えると、「あっ、そうですか」と言って隣の窓口に行こうとしているところを取り押さえられた。妻曰く「老人は、郵便ハガキの窓口に行ったんやね〜」

そう言えば前にもおもしろい記事があった。教科書出版の最大手、東京書籍の中学公民の教科書が、新潟県中里村の「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」と誤記していた。同社は採用校に配る冊子で既に訂正したが、村の担当者は「雪との共存ではつらつとした村づくりを目指す条例なのに、全く逆にとられてしまった」「村の中学校ではこの教科書を使っていないので、当初は気付かなかった。まるでお笑いみたいに書かれ、今でも腹が立つ。」と怒っている。



親しき仲にも礼儀あり

今まで面識のなかった方々と知り合いになり、意見交換し、支援を呼びかける。だんだん親しい間柄になればなるほど、相手を気遣い、一歩譲って許す気持ちを持たなければ人間関係は長続きしない。よく、他人から見れば仲むつまじくみえる夫婦や恋人が、ちょっとしたことで別れてしまう話をよく聞く。どうしても、親しい間柄になれば、相手のことを許せる範囲が狭くなり、逆に許せない範囲が広くなる傾向になるからだと思う。上司や部下、友人との間でも同じことが言える。ちょっとした行き違いで、「どうしてわかってくれないんだ」と感じ、摩擦がおきるようになる。

これから多くの方々と知り合い、親しくさせてもらえばもらうほど、謙虚に教えを乞う気持ちを持ち続けようと思う。



都会の人を助けて・・・

昨日友人から電話があった。「仕事でちょっと紹介してもらいたい会社がある。ところで、(選挙の)調子は?たまには東京に出てくれば?」 ここ数年、毎週のように東京に行っていた。関西方面にも全国各地にも飛び回っていた。また、NEC、ゼロックス等の販売店会の役員になったり、情報サービス産業協会、様々な会社の異業種交流のようなものにも参加していたので、かなりの人脈ができた。事業を営んでいく上で、一社がすべてまかなう時代じゃないから、得意とする分野でアライアンスを組んだり、コラボレーションを実践していかないと勝ち残っていけない。昨日は久しぶりに東京での取り組みを思い出した。あの人込みでの生活、慣れるとそうでもないかもしれないが、それでも昼休みにはリクライゼーションに癒しを求めて、バーチャルな世界に足を運んでいる。水もそうだけど、空気も買っている。可哀想だなぁと思う。助けてやれないものか。田川にはおいしい水がある。澄み切った空気があり、森林浴も楽しめる。自然はそれだけで大事であり、生活の基本である。緑豊かな田川の自然は資源であり、財源でもある。都会で生活をしている人の殆どは地方が人材を輩出しているんじゃないか。何とか潤いのある生活を提供させてやりたい。そのためには、地方に情報通信基盤を整備し、地方で暮らしながら東京と同じ仕事ができる環境を整備することが求められる。



究極の営業

モノや商品・サービスを提供して企業や生産者は、次の経営戦略へと人・物・金・情報を回していく。そんな中で第一線の営業マンの役割はひと際大きい。昔は、汗と涙と根性で相手を説得すれば必ず買ってくれる、と尻を叩かれ、出会ったすべての顧客に時間と労力を費やしてきた。確かに気合と根性で頑張ねばならないが、本当に説得すれば買ってくれるのか?今の時代、甚だ疑問である。それよりも、欲しがっている顧客にいち早く出会うことの方が大事である。いずれにしても営業マンは、商品やサービスを提供する前に、まず自分を売り込むことにあり、これに関しては、今も昔も同じである。

選挙は、究極の営業かもしれない。モノやサービスの変わりに将来性・政策・夢、何よりも自分自身が得意としている事を訴え、それによってどう暮らしが豊かになっていくのか、考えてもらうことにある。100人いれば100人に対して同じ事を一生懸命に説得しても、最初からその気がなかったら逆に反発を買う。最初からノーというお客を説得するために時間を使いすぎると、どんなに精神力が強い営業マンでも自己嫌悪に陥るんじゃないかと思う。本当に協力して下さる方、支援して頂ける方を見極める目が大切だと思う。今はまだ、お願い営業だけれども、企業や団体、地域で暮らす人たちのニーズを的確に応えることで、「今すぐ支援下さる方や企業」と「そのうち支持下さる方」が自分の大切なお客様になっていくんだと思う。



分権社会〜権限なくして自立なし

筑豊の歴史や文化・伝統、産業をふりかえらず、将来の姿は見えてこない。そうすると、筑豊とりわけ田川には多くの課題が見えてくる。高齢者(世帯)が多い。生活保護の受給率が高い。従って高齢者福祉と生活保護費等々によって財政圧迫の要因となっている。財政の硬直化。少子化が他地域と比べても進み、子供の学力問題、地域リーダーの人材養成にも不安がある。等々、若者流出と過疎化により地域衰退に歯止めがかからない。MECEですべての考えられる要因を書き出し、課題解決の手立てを考えなければならない。結論から言うと、財源なくして地域の自立はない。だから税制移譲を含めた地方分権へと流れをもっていかないといけない。そのために、タウンミーティング等によって住民の意見をよく聞き、自分たちの街をいかに経営するかという視点が大事になってくる。権限には責任がともなう。本当に一人ひとりの知恵と勇気が今必要だと思う。



人罪・人材・人財

企業で言えば4−9月の上期決算である。どうしても下期に受注確定物件が集中している企業は、上期決算は厳しい数字にどうしてもなる。ただ、経営者は、完成基準ではなく進行基準で状態をチェックしておくことが大事で、これは経営改善の一つの要素だと思う。コストとの兼ね合いもあるが、進行基準を把握しておくと、今の進捗状況に対して、どのくらい費用がかかっているのか、あとどのくらいコストをかけられるのか、それによってきちんとした管理体制が充実し、結果収益力の向上が期待できる。

特に、人の原価管理はとても繁雑だが、しっかりとした原価管理をしておかないとプロジェクトが吹き飛んでしまう。そういった意味でプロジェクトマネージメントの役割は極めて高く、かつ重大な責務を担っている。でも今、どの業界もそこを担う人材が不足しているのが実態だと思う。一人一人の能力やスキルを分析し、個別の進捗を管理、ユーザーや外注先との意思疎通、コミュニケーション能力、そういったリーダシップとマネジメントを兼ね備えておかないと一つのプロジェクトは成功しない。すべては人材育成。これからの企業や地域の発展は、ひとえに人材の育成にかかっている。じんざいには、人罪・人材・人財があるとよく言われる。たゆまない努力によって、どんな人も人財になれることを僕は知っている。



炉辺談話「老防人の独り言」

28日夕方から川崎町大ヶ原のラピュタで、全日空空輸、川崎重工業顧問で元航空幕僚長の鈴木昭雄氏の講演会&懇親会に出席する。自衛隊の歴史から憲法問題まで、一時間半の講演は、日頃そんな講演を聞いた事がなかったので興味深く聞き入った。安部総理も憲法改正や自主憲法制定の問題に取り組もうとしている。単純に思うのは、日本国憲法を読むとどうもわかりづらいと思う。中学生からその条文が出てくると思うが、中学生でもわかる内容・言葉にならないものか?と率直に思う。また、講演の中でメモを取っていたが、その中で、「人は人格、憲法は国の品格である。」という言葉が妙に印象に残った。それと、憲法は平時よりも国家的危機時に発揮されなければならない、と言うもの、世界平和を願いつつも絶えずどこかの国々で緊張状態にある現実をみると、納得するものがある。

日本は資源がないから、海外から資源を輸入し、加工・製品を作り出し、輸出するというビジネスモデルであるから、世界が平和じゃないと困る。だから、世界平和に貢献できる憲法が今の時代求められているんじゃないかと思う。戦争反対と唱えると世界中の緊張はなくならないかと言えば、そうな甘いものじゃない。日本は危機的状態の時に頼りになる国かどうかを世界からはみられているんじゃないかと思った。



独自の価値を見い出していきたい

今まで経験したことのないプレッシャーと、家族だけでなく親戚一同から地域までも心配をかけることになり、本当に期待に応えないといけない。自分自身プラス思考になった事は、心理的な側面、特に仕事観や人生観が多少変わってきたような気もする。ビジネス人生において、社会的貢献に対する使命感と同時に競争社会の中で他社との差別化戦略、周りを巻き込んでの新規事業におけるビジネスチャンスの拡大と、家庭は大事と思いながらも仕事に全力で取り組んできた。でも、今のように毎日帰宅し、子供たちの様子や生活の変化もわかり、妻とも毎日話ができるようになり、今までと違う別の世界を発見している。

大量生産、大量消費、大量廃棄に価値を置く考え方は完全に過去のものになって、身の丈にあった生活スタイルが定着してきていると思う。無駄な消費をやめて、自分がやりたいものに投資する、そんな生活環境があったんだと気づく。そう言えば、ずいぶん前にはテニスをし、剣道を始め、パラグライダーにジェットスキーと趣味を広げていた。少し余裕を持つ時間が出来た時、また挑戦しよう。受け身で流される人生じゃなく、環境が大きく変化しているいまこそチャンスの時期ととらえ、自分独自の価値を見い出していきたい。



ちょっと遅れの誕生日プレゼント

今日、妻は日曜日にあった運動会の振替休日という事だった。挨拶廻りの合間をぬって、昼食を一緒にした。香春町にあるステーキハウス「BRASS」という店に出かけた。ランチで1430円だったかな?アメリカン・カントリー風のとてもオシャレなお店であった。鉄板焼きなのでとても美味しい。ホント、二人だけの食事なんていつ行ったのかなぁ?神崎妻はとても喜んでいた。食事の後、先日、挨拶廻りをしている時に、犬から咬まれズボンが破けたため、バイパス沿いにあるザザホラヤにも立ち寄り、ズボンを二着買う。

いづれにしても、子供が出来てから、二人で食事や買い物する事ってそんなに多くないので、少しの時間だったが楽しめた。有難い事に、お店の人は僕の事を知っていてくれていた。それで、もしかしたら変に思われたら大変なので、「くれぐれも、私の妻ですので、誤解のないようにお願いしますね」と言ったら、爆笑された。9月20日は誕生日だったが、ちょっと遅れた僕の誕生日プレゼントになった。



起承転結

統一地方選挙まで残り半年となった。決意してから一年。あっという間に時間は経っていく。だんだん、選挙戦も近くなってきたと実感する。現職県議も講演会や様々な会で挨拶をされ、ポスターも街中に貼ってきている。現職の強み、組織のバックアップは、羨ましくもあるが、逆に他候補のポスターが出てくると対立候補は誰なのかという事になって、話題にあがる事も、選挙に関心が持たれて、新人には好都合とポジティブに考えている。やっと土俵にあがる準備ができたと思っている。これからが本番。多くの支援者に期待され、ご協力を頂き、全力でがんばろうと思う。

昨年から今日まで起承であった。4月の選挙に向け、準備をし、支援を拡大しながら持続してきている。残り期間は転結。いろいろな方策と手立てを講じながら進んでいこう。



麻生OB総会

創立134年になる麻生グループのOB総会があった。44才で一番若いだろうなぁと思いながらOBとして出席させて頂いた。それでも、第一線を退いてかなりたつ方ばかりだったが、結構存じあげていた。本当にそうそうたる方々ばかりで、こういった人たちが麻生の歴史を創ってきたんだなぁと思った。幾度の困難を乗り越えて、今日がある。企業の価値は、従業員の数や資本力、また売り上げ規模の大きさじゃなくて、継続する力じゃないかと思う。麻生という冠で134年も続いてオーナー企業って他にはないんじゃないか。そんな企業で働けたことに感謝し、本当に誇りに思う。常に時代の変化に対応し、非常時に勇気を持って決断し、行動してきたからこそ、今の麻生があると思った。経営学者のドラッカーが、「企業家精神とは常に危険をつくり出し、よりすぐれた危険を負担しようと試みことである。」といっているが、そうなのかもしれない。

多くの諸先輩方に激励され、麻生社長からは、遠慮せずに何でも言ってよ、と励まされ、自分が今日あるのは周囲の人に支えられたお陰だと本当に感謝している。



秋晴れの運動会シーズン 

台風のつめ跡を残しながらも、天気は秋晴れ。運動会シーズンに突入する。20日は長女の育徳館中学校・豊津高校の体育大会があった。中高一貫教育なので、さすがに高校生は迫力がある。高校時代を思い出すが、今力いっぱい走ったら、きっと足がついていかず、すぐにこけてしまうだろうなぁと思いながら見ていた。明日の日曜日は妻の学校の運動会があり、来週は添田小学校、再来週は幼稚園と立て続けにある。運動会は競争があるから面白い。家の中の子供たちは、いつも食べ物やモノの奪い合いで競争しているが、一番下の子供も負けていない。大体3,4才くらいになると、かけっこの速さを争うようになり、競争心が芽生えてくるように思う。小学生も中学年くらいから、あらゆる面で競争心、対抗心が強くなってくるんじゃないかと思う。そういった発達段階にある子供の成長を素直に喜びたい。子供は親から見てもらいたい、ほめてもらいたいといつも思っている。一生懸命走っている姿を見ていると、子供以上に親の方が興奮してしまう。日頃かまってやれなくなってきているので、子供たちの成長や一生懸命さが何よりうれしく、楽しみでもある。



縁はいなもの

いろんな人と話をしていると、人って言うのはどこでどう繋がっているのかわからない。当然だけど、悪い事はできないなぁと思った。自分には今関係ないと思っていても、子供の代やその次の代に関係するかもしれないと思うと、やはり誠実が一番。常に感謝と反省の気持ちで接しなければならない。

さて、自民党総裁選挙も終わり、小泉総理も退任される。今一度、「郵政民営化」意味を考えてみたい。どうして、郵政民営化だったのか?なぜ、構造改革をしなければならなかったのか?簡単に言えば、景気をよくするには、たくさんモノを買って、お金を使ってくれれば良いが、お金を使うには、将来の不安を解消しないといけない。だから、銀行の不良債権を減らし、いくつかの大きな倒産や一時的な失業者は増えたが、不良債権が整理され出すと、銀行も安心して融資できるようになった。結果、倒産も失業も減った。次の不安は将来年金がちゃんともらえるか、ということだと思う。やはりここをきちんと取り組まないと将来の不安は解消されないと思う。まだ、地方と国で800兆円の借金があり、これを減らすために行政や特殊法人等々をスリム化しなければならない。だから、構造改革ということになるんだと思う。もう少し時間がある時に、郵政民営化と構造改革については自分なりに整理しようと思う。



9月20日 誕生日に思うこと。

今日9月20日、44才になった。来年の誕生日にはどんなふうに迎えているのかなぁ。青少年でもなく、老人でもなく、何となく世の中の仕組みなり環境にも適合するようになり、自分の長所や短所も見えてきて、人生ってこんなもんかと思う年代かもしれない。が、ちょっと待って、今までのしがらみや利害得失を離れてみて、一度ゆっくり考えてみる時間があってもいいのではと思う。本当にやりたいことは何なのか?今までの経験や技術、知識や人間関係等々の貴重な財産があり、それを活用できる場が必ずあるんじゃないか、そう思った。たった一度の人生だから、自分自身の人生だから、やりたい事にチャレンジできる年になったと思う。失敗をしないという事よりも、後悔をしない人生をこれからは送ろう。僕らの世代が、果敢にチャレンジしないでどうして新しい時代が築いていけるのかと思う。人は「夢」の大きさに応じて成長していくんじゃないかと感じる。皆さん、そう思いませんか?



少子高齢化社会

台風でちょっと心配になり昨日は田川郡内をあちこち廻った。結構な被害があり驚く。帰宅してから家の回りを見ると庭の木が3本折れていて、アンテナも倒れていた。自分で修理補強するしかなく、結構大変な一日になった。

夜は久しぶりにテレビに釘付けとなる。小泉総理のドラマ化したテレビや総裁選での3候補のテレビ討論等、結構楽しく見れた。総裁選挙のアンケート調査で、一番の問題(関心事)は何ですか?との質問で、年金問題が31%と最も高かった。他にも焦点があるが、日本は少子高齢化に猛スピードで進んでいる。人口問題研究所によると、日本の人口は、2050年までに約2600万人減少し、日本人の平均年齢は53.2歳になると予測されている。少子高齢化によって、年金需給の世代間格差が拡大し、若い世代ほど年金に制度への不信感が高まっているんだと思う。いずれにしても、人口減少化でも明るい未来を提供できるため、どうすれば良いのかを考えていかなくてはと思う。GDPの成長よりも1人当たりのGDPや生活の質を高める方向を考え、企業は高付加価値化、シニア市場参入によって、利益の確保の対策が必要となる。

シニア・高齢者市場を睨んだ調査で、自分のために財産を使いたいと考えるシニア層が結構多い。健康など自分への備え、趣味や学習、家族旅行等々。シニア・高齢者層は健康で元気な人が殆どで、高齢者市場=介護市場と捉えると事業の機会を逃すことになる。また、多少値段が高くても納得いくもの、本物を好む人も半数以上はいるはず。今後、団塊の世代が退職を迎え、シニア・高齢者マーケットを対象とした新事業・新産業の創出が期待されてくる。人口減少化にあっても、需要を掘り起こす事をどんどんしていけば、明るい未来が見えてくる。



便利は不便

台風も各地で相当な被害をもたらした。家も町も木の枝が折れていたり、カーブミラーが折れていたりしている。自然の脅威にはなすすべもない。自宅はオール電化にしているけど、停電になるとお風呂も沸かないし、トイレの水も流れない。便利なはずの生活が、一転して不便になる。ドラマ「北の国」の中に、冬に大雪で電気が使えず、近代的につくった牛舎に暖房が入らなかった事を思い出す。利便性や効率性を追求した結果、何か事があったときに、不便に感じることが多々あるように思う。リモコンが無くなり探している時。携帯電話に番号を登録しているため、携帯を忘れた時に相手番号がわからない。車のナビゲーションに振り回される。立場や環境が変わっても、今まで便利だと思っていた事が、人によっては不便に感じることもあると思う。

都会の人は田舎は不便だと感じることが多くあると思うが、だからそこに不便さを知って感動することもある。都会との差別化、地方にしか体験できない居住空間。もしかすると、いつもの生活と違う不便さを求めている人もいるんじゃないかと思った。それにしても、自然の猛威は凄まじい。



中間世代の役割

少子高齢化社会、さぁどうする?保険医療や介護等の諸問題はあるが、総じて元気なお年寄りが多いと思う。戦前・戦中・戦後と昭和の激動を生き抜いてきた気骨があって、日頃は穏やかだけど、語れば「戦後の高度成長時代を支えてきたのは我々だ」と胸をはっている。その通りであり、地道な忍耐力が今の日本を創ったことは誰しも思っている。一方、少子化時代にあって、過保護(?)な子育ての結果、総じて幼さが残る若い人が目立つような気もする。日頃はかわいいが、語れば「情報化社会を担うのは我々だ」という。その通りであり、柔軟な発想力と行動力が次世代の技術を生んでいく。

さて、この中間世代の40代、50代は二つの違う異文化に挟まれ、どうすればよいのか?仕事も私生活も年々と複雑さをましていって、何が大事で、何を優先的に取り組んでいかなくてはいけないのか、判断力が要求される年代だと強く思う。高齢者を支え、若者を養っていくためには、年配方の堅実さを引き継ぎ後輩の斬新さを取り入れる度量が必要だと思う。

台風が近づいて来た。今日は後回しになっていた事務処理をする。被害がない事を祈りつつ。



二の矢はない

いろいろな噂が出てくるんだなぁと思う。神崎さんは、次回のために今回は名前を売り込むために出るんだそうだ。とか、まぁ本当に根拠のない事を言うものだなぁと思う。チャンスはそう巡って来ない。ワンチャンスに全精力を傾け、今回ダメでも次回があると思って戦う人なんていない。根も葉もない噂が出てくるのは、自分も少しは意識され出したのかなぁと、また逆にやっと土俵に上がるところまでこぎつけたとポジティブに考えるようにしている。これからが本番。気持ちを引き締めてがんばろう。

情報化社会の中で欠かせないのが、様々な分野の情報を伝えてくれる太いパイプである。新聞とか雑誌なんかよりも、その分野の最先端で活躍している人たちの話や経験の方が生きた情報が多く秘められている。これはビジネスの世界だけじゃなく、すべてに言える。難しい問題を解決するためには知識をもっているだけじゃダメ。どう行動したら早急に解決できるかが大事で、解決できる知恵を持ち合わせているのは、”現場”にいる人であると思う。だから人脈による充実した情報ネットワークの有無が問題解決を左右すると思う。今、有益なアドバイスを率直にしてくれる人たちに囲まれていることに本当に感謝しなければいけないと思っている。



会社の匂い

今日は久しぶりに飯塚に行った。田川でのいろいろなお願い事や、仕事(事業)関係の相談を受けていたので、麻生グループ各社を訪問した。グループ各社の皆さんが本当に親身になって下さり、本当に有難い。選挙活動の経過報告もさせて頂き、大変だろうけども、同じ職場、グループとして出来る事があったら、何でも言って下さい、と、どこに行っても言われる。本当に感謝しなければ・・・

田川の企業で、IT構築の相談を受けていたので、システムのミーティングをする。こういったプロジェクトマネージメントやシステムを構築して上でのフォーメーション、顧客のニーズ分析やアフターフォロー等々、予めきちんと情報交換しておく事が大切で、今日は何か会社の匂いがして、とても心地良かった。これも、選挙活動の中で今までお付き合いのなかった企業を訪問するところから始まった。今は自社の利益等考えることなく、田川の既存企業を新しいビジネスモデルや新しい技術で、ピカピカにしていけるか、その為に最適と思われる人材や技術を田川に呼び込もうと思う。その企業がどんどん発展して雇用も拡大していく事で人もまた育つ。田川の企業や人たちに、外からの人材や最新の技術力を提供できれば、競争力のある産業、地域に再生できるものと確信する。



選択の自由

自民党総裁選挙も残すところ、あと一週間。実質的には日本の総理大臣を決める選挙だから、もっと多くの国民が参加できたらなぁと思うが、そうなると大統領のような直接投票になるし、だから憲法改正を伴う首相公選制の論議が起こっているんだと思う。だから、今は、自民党の党員になって、一票を行使できるのが現実的なところか。

一つ総裁選のテーマになっている「格差社会」で自分なりに思うことは、「勝ち組と負け組」が出てきたのが問題だと新聞等に書いてあったが、でもいつの時代も競争社会の中では起こっているんじゃないかと思う。また、何となく勝ち組が悪い印象のように書かれているのも、どうも解せない。(すぐにホリエモンに結びつけているような気もする。勝ち組の多くは、本当に創意工夫し、努力し、失敗を積み重ねながら成功している企業がほとんどだと思う。) やはり努力した人が報われる社会じゃないと誰も努力しないし、発展もない。勝ち組を弱くしても、決して弱者を強くすることはできないと思う。

何度も自分に言い聞かせながら、ボーダレス経済の時代の中で、情報化社会にどうより良い地域を構築していくかという視点で、総裁選挙の一票を投じようと思う。派閥とか組織とかじゃなく、自由と民主主義の国だから、一人一人には「選択の自由」だってある。「麻生太郎先生、がんばれ!」心の中で大声で叫んでいる。



待ち時間ゼロの病院

子供が4人いると、誰かが風邪をひくと連鎖反応のようになる。また、風邪のキャッチボールをしてなかなか治らない。一番困ることは、共働きで子供の面倒を見てくれる人がいない時、会社に休暇届けを出し病院に連れて行かないといけない。どうしても業務に差し支えがある場合なんかは本当に困ってしまう。病院に行くと診察予約、診察までの待ち時間で子供はグッタリ。そして、薬や会計までするとゆうに3時間近くかかることなんてざらで、かえって症状が悪化するんじゃないかという思いをした親は僕だけじゃないと思う。

そこで、これをITを活用して少しでも待ち時間を緩和させようとシステムを提供する。予約から診察、薬の受け渡し、会計までシームレスに構築する。診察が近づいてくると携帯メールにお知らせする。従って、病院の待合室で待機する必要はなく、自宅や車の中で待つ事が可能になる。薬の待ち時間も表示システムなんかで少しでもイライラ感を緩和させる。今、病院も患者サービスの充実に一層取り組んでいる。

昨日行った医院は、このような最新システムを導入していない。でも、待ち時間は0だった。診療時間は9時からということだったので、8時30分くらいに到着した。先生は既に10人近く診ていて、直ぐに診察できた。午前中、予定を入れていたからキャンセルしようかと思っていたので助かった。何よりも辛そうにしていた子供の事を思うと有難く、本当に良かった。



官民融合し合う街づくり

官と民の融合し合う街づくり。筑豊の将来像はここにあると思っている。この地域に生まれ育ったことを誇りに思い、地域社会に貢献していくことで、ここに住んでいる人たちが豊かな暮らしや生活を実感できる。官はあくまでも民がよりよい活動ができる環境づくりの政策を実践する。言うなればバックォフィースの役割を担っていくと言っても良い。例えば企業立地にかかわるサービスをワンストップで行う。例えば、民間が事業を行うのに必要な書類を行政から取り寄せるのではなく、民間のサービスメニュの中に取り入れ、官のワンストップサービスから民のノンストップサービスを実現していく。官民協業を実現していくためには、どうしても民間サイドに立った考え方、ノウハウ、システムを学ばないといけない。是非行政と一緒になって実現していきたい。

今まではどうしても、中立公正を旨とする行政が負った「住民全体の利益」を守ろうとする使命感があったと思う。でもそれはみんなが潤った時代の話であって、今は官民協業を通じ、まず雇用拡大という成果を達成しなければならない。それは、役所のためだけじゃないし、住民だけのものでもない。立地企業も含めた地域のためにある。中国等、海外生産ばかりに傾倒していたら、モノづくりは衰退していくと、誰もが気づいている。安い人件費を求めて海外生産へシフトしてきたものが、だんだんマーケットの変化が極めて早くなり、どんな製品もすぐに陳腐化するようになってきている。だから、国内で研究開発し、国内で製造することも必要性がでてきた。田川地域に、官民協業による先進的モデル地域をいち早く立ち上げることができれば、地域は再生されると強く感じる。



結婚披露宴で思う

会社に在籍中は比較的若い社員が多かったので、結婚式が結構あった。でも、今では格段にお葬式に参列する機会が多くなった。今日は、結婚披露宴に招かれ午後から小倉に行って先程帰宅した。盛大な結婚式だった。まだ新郎新婦の親の気持ちはわからないが、僕らが結婚したときは双方の両親ともホッと安心したんだろうなぁと思う。当時、弓削田の福寿会館だったが、300人を超える方を招待させて頂き、またご媒酌も麻生太郎先生ご夫妻が快く引き受けて頂き、その時の皆さんのご恩は忘れることはないと夫婦でそう思っている。

よく価値観が同じ人と一緒になりたいと言われる方がいるが、違った環境で育つから、なかなか価値観が同じ人なんていないと思う。価値観っていうのは二人で築いていくものだと感じる。いつだったか結婚式で夫婦の絆についてスピーチしている方がおられた。20代の夫婦は「愛情」である。30代の夫婦は「希望」、40代は「忍耐」、50代は「諦め」、60代は「感謝」、70代は「いたわり」、そして80代の夫婦は「墓参り」って言っていた。なかなか的を得ているなと思いながら、メモをしていた。

そう言えば、改めて妻の顔を見ると、何となくしぐさや表情、顔つきが自分と似てきた様な気がする。本当に不思議な現象である。



栄枯盛衰は必ずくる。

格差社会をどうするか?情報格差、経済格差等々、総裁選のテーマにもなっているが、要は地方が勝ち残るためにはどうすればいいのか、の一言につきる。地域も企業も必ず栄枯盛衰がある。栄えた地域はだんだんと衰退し、栄えていなかった地域に企業や投資が移っていったのが歴史である。間違いなく、栄えていない地域は失業率が高く、賃金も安いので労働力の確保が容易となる。必ず富の移動が起きて、長い目で見ればバランスが取れてくるものだと思う。だからこそ、地方は中央に、お願いしますという陳情から脱却して自力で新しい産業を興し、あるいは競争力のある産業に生まれ変わり、富を創出していくという生き方をしないといけない。もし、自力で新しい産業を興せない時は、富を創出する能力を持った人に来てもらえればいい。そのためにいろいろな規制があるのであれば、緩和し撤廃し、または特区で取り組む方法だってある。

地域が安心して豊かな生活ができる。ボーダレス経済と情報化社会が進展してきたからこそ可能であると思う。地方分権社会は、地域を如何に経営していくかという自己責任を伴う。政治の役割は本当に大きいと思う。



お誕生を喜ぶ

紀子さまが、ご無事に出産され本当にうれしく思う。日本国民にとってこれほどの慶事はない。皇室は、日本の文化と伝統の象徴として、多くの国民に敬愛されている。親にとっては男の子でも女の子でも、無事に生まれてくるのを願うばかりだと思う。それでも41年ぶりという男子誕生で、皇位継承問題もゆとりを持って議論できるのではないかと思う。神話の時代から何十世紀という歴史の中で築かれ、その歴史や伝統は、日本人として誇りに思う。

一人の国民としてお子様の健やかな成長を心よりお祈りいたします。



アリとキリギリス

選挙に終わりというものはない。「もう十分にやった、明日は日曜日だ。」と言える日はないんだなぁとしみじみ思う。夏の暑い中、毎日懸命に歩いた。帰宅すると、犬の餌の周りでアリがせっせと餌を運んでいる。イソップの「アリとキリギリス」を思い出す。日本では、親切なアリが、キリギリスに食べ物を分けてやりました。でハッピーエンドになっているが、原作ではアリはキリギリスが飢えて死ぬのを待って、その死体を全部食べました。と話になっている。欧米の社会では、幼い頃から生存競争の厳しさを教えているのかと思う。陸続きで国境を接し、常に戦乱に明け暮れた、歴史と風土がそうさせたのかもしれない。

そう言えば、おとぎ話の結末も本来のものと変えられていると何かの本にあったのを記憶する。桃太郎は鬼が島に鬼をみな殺しにして財宝を奪って凱旋する。それを鬼が謝ってお詫びに宝物を差し出すという結末に変える。かちかち山は、人を殺した、たぬきをうさぎが火刑や水刑で残忍なまでに復讐する。これをたぬきが、もう悪いことはしませんと謝り、うさぎが許して仲良く暮らしたという結末に変える。

「めでたし、めでたし」にした方が、思いやりのある子や優しい子に育つと考え、変わってしまったのか、よくわからないが、おとぎ話の原作の本来のねらいは何なのか、一度ゆっくりした時に誰かに聞いてみよう。



チャンス!2007年問題

朝夕過ごしやすくなってきたが、まだまだ残暑が厳しい。これまで挨拶に伺った方から、「どうしてる?」という心配の電話がかかってくる。活動の近況をお伝えして、小集会を開くので報告してほしいと言われた。田川地域が抱えている現状と課題、多くの人が問題点を指摘している。その課題解決のため、是非とも役に立てるようにがんばりたい。

来春の統一地方選挙の年(2007年)は、いわゆる2007年問題の始まる年でもある。団塊世代の大量退職は経済に大きな影響を与えるのは間違いない。雇用者が109万減少、GDP16兆円も減少する試算が出されている。労働供給の減少により経済成長率が低下し、業種によっては大量の労働者不足、技能継承の不全が起こる可能性もある。企業にとっては多額の退職一時金、企業年金の負担がマイナス要因となってくる。でも、プラス要因もある。企業における賃金負担の軽減や団塊世代に続く世代の昇進遅滞が解消される。また、金銭的・時間的にゆとりのある消費者が拡大されてくる。

2007年問題をピンチとみるか、チャンスとみるか。今後、医療・介護サービス、ヘルスケアー産業が大きく伸びてくる。実はそれを支える労働者不足の問題が切実になってくるが、FTA交渉において農産物や工業製品以上に労働者の市場開放を東アジアは求めていると言われている。でも、日本はちょっと消極的。本来、国内で育つべき医療・看護・介護サービス産業、予防的なヘルスケアー全般の産業がもしかすると海外に流出していく可能性だってあると思う。

高齢化とそれに伴う産業の振興では、筑豊は先進的モデル地域だと言っても過言ではない。住民のみなさんが健康で長生き、しかも新しい産業振興の突破口が開ける可能性だってある。自然があり、食と農の推進、温泉で心の洗濯もできる。僕は、2007年問題をチャンスとみたい。



上杉鷹山で語らう

先日、知人が東北出張で米沢に立ち寄った話をしてくれた。「上杉鷹山」、米沢藩の藩政改革を成し遂げた事で有名であるが、関が原の戦いで破れ、徳川幕府によって会津120万石から30万石に所領を削られ、米沢へ移封された。その後、何かの不手際で15万石に減らされが、上杉家は家臣団を減らすことなく、格式も落とさなかったので、窮地に追い込まれた。8代藩主の頃になると既に自己破産に近い状態。その後を上杉鷹山が家督が譲り受けた。その時には米沢藩の総収入の9割近くは給与だったから、どうしようもなかったという。

一口に言って上杉鷹山の藩政改革・財政再建は、12項目からなる大倹約令と大胆な殖産興行を行なったこと。また、他藩から職人を招き特産品作りの先行投資を行なった。そして何よりも人材育成に力を入れる。また鷹山は、3助の精神(自助・互助・扶助)を基本政策として、弱者救済を実現する社会を理想としていた。領民や家臣に我慢を強いるには、その先に希望の光が見えなければならない。鷹山の経営理念と将来のビジョンが、改革を成功させた原動力となった事は歴史が物語っている。

もう一度、知人とお酒を飲み交わしながら上杉鷹山の改革について話してみよう。この知人は、実際にその地まで行って、地元の人たちに溶け込んで語らうところが凄いと思う。本を読んで米沢に行く気になったのか?それとも、たまたま行く機会があり、後で本を読んだのか?本当のところはわからないが・・・



防災の日

安全で安心な街づくりで田川をイメージアップさせよう。高齢化が全国に先駆けて進行している中で、高齢者や障害者に永住、安住の地域としての体制作りも急務であり、そのためには災害に強い地域、事件や事故、暴力といった防犯の強化に取り組んでいる地域としてイメージチェンジしないといけない。いち早く防災・防犯情報を知らせる(告知)仕組み、独居老人等々の安否確認、地域情報ネットワークの構築は、地域の活性化の手段にとどまらず、安心・安全な生活環境の基盤であると思う。

「街ごとBB(ブロードバンド)」を提言し、全国を飛び回っていた。何としても実現していきたい。災害情報も、子供たちが登下校時犯罪に巻き込まれるのを未然に防ぐ手立てとしても、その活用方法は無限に広がる。単に情報関連企業のためだけじゃなく、既存の地場中小企業や県立大学や学校との産学連携、教育分野にヘルスケアー、コミュニティ、電子自治体等々あらゆる分野で「街ごとBB」の波及効果は広がってくる。「街ごとBB」は地域産業の振興と安心・安全で快適な暮らしを実現できるヒントを秘めていると強く感じる。



人生を謳歌している人は・・・

8月31日、子供たちも明日から2学期が始まる。あっという間の夏休みだった。時間の経つ感覚もどんどん早くなってきている。毎日毎日を懸命にがんばろう、一人でも多くの人に会おう、ブログもその日に思った事を正直に書こうと思っていても、なかなか見方によっては気持ちが伝わらない時もある。でも、めげないようにしている。世の中を見渡すと人生を大いに謳歌している人は、与えられた仕事で、与えられた場所で、よりよい結果を描きながら、常に向上しようと全力を尽くしている。楽観的で希望に満ち溢れている。

これまでも進学、就職、新規事業、結婚、子育て、親の死、新築、災害・・・と人生の転機となる大きな出来事があり、何度も挫折を味わった。多分、自分に限らず誰しも平穏無事に過ごしてきた人なんていないんじゃないかと思う。その度に多くの人に助けられ、壁を乗り越えることができた。まだまだ、未熟で欠点がたくさんある自分だけど、欠点と長所は表裏一体。欠点や短所の指摘を頂きながら、マイナス思考ではなく、肯定的にとらえようと思う。欠点の多い人間にこそ希望があるとも言える。今はただ何事も、自分を奮い立たせていくしかない。



ミニ集会

小集会を行なってもらった。経歴やプロフィールはわかるが、実際どんな人柄でどんな実績があり政策や構想、それを実現するための手立てをどうするのか聞きたかったという事で開いて頂いた。また、有難い事に地域の実態、課題を示して頂き、自分の知らなかった事も多く、有意義な議論だった。田川の厳しい状況・環境に対して、謙虚に耳を傾け、頭の中で自分だったらどうするかを自問自答しながら、自分なりに誠実に回答した。そして最後は人材育成、教育問題になる。そのためにも雇用問題を何としても解決する事を最優先に取り組まないといけないと思った。産業構造が新しいものに変わってきている中、危機感を持った人たちが、新規ビジネスを立ち上げたり、新しい技術やビジネスモデルを導入することで既存事業を競争力のある事業へと変革してきている。

これまでの日本の中央集権のやり方は、どの地域も同じレベルにしようとしていた。が、世界で成功しているのは国じゃなく、地域が成功している。地方分権にしたことで、地域の創造するエネルギーが力になってきている。まだまだ、田川も捨てたもんじゃないと思う。ミニ集会の中で闊達な意見を出し合いながら、都会にはない結いの精神が田川にはあるんだなぁと思った。少人数でも意見交換できる場があれば、本当にうれしい。



田川もどんどん変わってきている

昨日は珍しい組み合わせの会合での懇親会。選挙について様々なご意見や指導を受けた。話の中で、田川を改革しなければという田川住民のパワーが、新しい政治スタイルを望んでいると話をしてくれた。また、今改革に取り組まないと大変なことになる、という危機感を皆さんがもっていた。だから、これからの政治は熱い情熱と利権に偏らない純粋な気持ちを持ち続けていくこと。地域を良くしたいということに尽きるんだと感じた。ただ、選挙になると組織や利害関係者の圧力が働くことも確かにある。けれども、もうそういった時代じゃないと思う。個人が各々の判断で、より良い地域づくりに参加していくことが、何より大事だと思う。組織の前に一人の人格のある人間。個人個人が候補者を選ぶ自由がなかったら、どうなるんでしょうか?

僕も声なき多数の有権者に一人でも多くの支持を得たい。「世代交代を」そして、「今までできなかった豊かさを実感できる社会を」 目の前の多くの課題を解決しながら、10年20年後の将来を見据えた方向付けをしっかりと構築しないといけない。それだけ自己責任も重たい。対立候補との違いを鮮明に打ち出し、政策をどんどん語りかけていきたい。



いい子、いい社員が本当にいいの?

世間では、大人のいいなりになる子、大人の考え方の枠から飛躍しようとしない子が「いい子」であり、自分の意思を堂々と主張したり、個性的な考え方や行動をする子を「悪い子」というレッテルをはりがちであるように思う。親の期待通りに勉強して、先生の言う通りに進学して、親が喜ぶ会社に入って、会社では上司の言う通り。でも、みんなが言う通り、期待する通りにやってきた結果、人生の方向を見失っている人も多くいるように思える。今自分たちの30代40代の世代が、リストラや倒産、負け組みの淘汰といった激変する企業環境にほんろうされ、不安に駆られ自信喪失状態になっている人も見受けられる。どうしてこれから日本を背負って立つ僕ら世代までが、そんな風になってしまったのか。今まで通りでいいんですか? これからの時代、自分たちで活路を見い出し創造していかないといけないんじゃないですか? いい子、いい社員で本当にいいのですか?子供は、いつの時期に手がかかるかが違うだけで、どこ子もみんな手がかかる。親の思い通りにはなかなか成長しない。でも、人間が成長するためには、必要な欠点もあると思う。世間で言う「わるい子」は個性にあふれ、可能性に満ちた本当の意味での「いい子」かもしれない。



4人の子供プラス1

朝夕は少しではあるが過ごしやすくなってきた。夕方にはカミナリ雲を伴って夕立が降る。カミナリが鳴ると元気の良い犬が、尻尾を巻いて家に入れてくれといって、泣きながらガサガサと戸を叩く。何かカミナリぐらいでと言ってみても、とにかく怖がる。そう言えば8月15日、母の実家の伯父の初盆参りで家族全員、犬も車に乗せて連れて行った。途中、子供たちが喧嘩をし、犬もワンワン鳴いていたので、「うるさい!いい加減にせんか!」と大きな声で叱った。子供たちは父のカミナリにシュンとなり静まり返ったが、犬もそれ以降、ピタリと泣き止んだ。ん〜ん、まだまだ犬の「ソータ」も子供なのか?助手席に乗っている妻と二人で、犬の「ソータ」に怒っていないのに、自分が怒られたと思っている「ソータ」のその態度にクスクスと笑ってしまった。飼っている動物も家族の一員。今日も朝早く起きて散歩に行く。これが犬にとって、義務教育なのかもしれない。


夏太りするところだった?!

これだけ動き回っていると相当痩せるはずだけど、どうも夏太りにする体質的なのかもしれない。夏バテしない様に三食きっちり食べ、帰宅して飲むビールの美味いこと。何とか体重は現状維持している。一般的に痩せてくると、「苦労しているな」「精神的にも大丈夫か?」と周りが気を使ってくれるが、太ってくると、「怠けとるんじゃないか」とか「楽をしようのか?」と、どうもそんな風潮になってくる。

たぶん今までのようにクーラーの効いた部屋で同じような食生活をしていたら、間違いなく太っていたと思う。身体が資本であり、これを壊すと元も子もない。気をつけねば。昨日、田舎風の家を訪問すると風鈴があった。風鈴のチリンチリンという音色に風流を感じるのは日本人独特の感性だと言われ、外国人の中にはこの音を解さない人も多いという。風鈴は江戸時代にできたらしい。クーラーや扇風機がなかったこの時代、自然の風のから音色をだす風鈴に涼しさを感じたんだと思う。そういえば、結婚前に自分の部屋にはエアコンがついてなく、彼女(神崎妻)が風鈴を買ってくれたのを思い出した。

昨日「神崎さんのインタビューの記事が載っていますよ」と言われたので、検索してみらた去年の記事のことだった。http://www.teno.co.jp/information/kiji_info/000023.html



不自由さを知って自由の有難さがわかる。

親の脛をかじっている時も我慢しなければならない事が多い。早く社会人になり自分で自立できるようにと思っていても、今度は組織の中にいるとどうしても好き勝手な”自由”は許されない。今は組織もなく、自分で決心して選んだ道であり自由業のようなものだから、さぞ自由な生活をしているんじゃないかと言えば、休日もなければ遊ぶ自由もない。政治っていうのは何とも不自由な職業だと痛感する。時間にもお金にも終始、”不自由”しているのが現実であり、病気になる自由さえもないのだから、元気でいるしかない。

でも、この不自由さを知って初めて自由の有難さがわかり、お金や時間の大切さもわかる。子供たちにも何でも与えて、何不自由なく育てていくことが良いことなのか?物があるのが当たり前から、なかったら無いなりに工夫して知恵を出す事の方が子供にとって大事なのではないかと思う。

3年前、長女が小学校4年生の時に屋久島に1年間山村留学をした。親元を離れて知らない土地で生活した。今まで経験した事のない不自由さも味わったと思う。でも大きく成長したようにも思えた。ちょうど10才は親離れ子離れの時かもしれない。次の番は長男だ。本人は自覚しているのか?していないのか?



格差社会の是非

このところ格差社会が問題だという風潮になってきている。勝ち組、負け組みの二極化が進み社会に歪みをもたらしているという。本人なり企業の努力の差なのか、たまたま運・不運だったのかわからないが、格差社会はいつの時代もあったんじゃないかと思う。要は機会は平等だったとしても結果は平等にはならないのが現実であり、如何に機会を平等にする社会を実現していけるのかが政治の役割じゃないかと思っている。努力した人が報われる、そんな当たり前の社会じゃないと誰も努力しない。そして社会人には当然自己責任が伴うことも認識しておかないといけない。

どこの格差を指摘しているのかを、まず明確にする必要があるが、確かに都市部と地方との賃金格差や企業の勝ち組・負け組みの格差、「所得格差」が自分たちのような一般の人には問題になっているんだと思う。ただ、筑豊地域特に田川にとってこの格差問題を是正するための根本は、就業する機会を創らない限り解決しない。企業が立地しやすい制度、産業を育成するための仕掛け作り人づくり、構造改革特区や規制緩和に自らが取り組み、行政を動かす力が必要と思う。

それでも僕は、東京なんかよりも筑豊の方が所得が少なくても住みやすい、暮らしやすいと思うし、成功し大きく成長している企業に勤めているよりも、人情味があり、アットホームで、心の絆で結ばれている企業の方が精神的には心地よいと思う。価値観は人それぞれ違うから何とも言えないけど、今の日本、物は溢れんばかりにたくさんある。生活の豊かさを追求するよりも、人生の豊かさを追求していきたいと僕は思っている。

「上を見ては限りがないと、下を見て咲く百合の花」



父親の役割

8月21日、妻も子供たちも出校日だった。僕はというといつも通りの朝からの挨拶廻り。とお昼前にお調子ものの3番目の子供の担任の先生から電話が入り、ブランコから落ちて腕を打ったとの事。帰宅すると痛さなのか、ホッとしたのか泣き出した。直ぐに病院に連れて行きレントゲンを取り診断してもらう。骨折はしていないようだが、ギブスをしてもらう。子供っていうのは怪我や病気をしながら大きくなるものだが、4人いると楽しみも4倍だけど心配も4倍になる。

でも自分の子供の頃はどうだったか。親にはたぶんに心配をかけたに違いないが、今の親御さんのように目をかけてもらえなかったと思う。また、そんな時間もなかったんじゃないかなぁ。僕の子供の時を思い出すと、山へ川へと力いっぱい遊んでいた。自然の中の遊びは多少の危険が伴うもの。ハチに刺されたり、木から落ちたり、いつも傷だらけであったが、それでも親からは外で遊ぶなといわれたことはなかった。自然とはそういう所だと親もわかっていたから。自分や友達が危険を経験することで、危険を回避する知恵を自然と学んでいったのかもしれない。そして、その危険を自分の知恵でどう回避するかとあれこれ工夫することを含めて、子供は存分に自然を楽しむことができる。

  

例えば母親が教育のイニシアチブを握り、少しでも怪我をする可能性があることをやらせないようにしてしまっている家庭も多いんじゃないのかなぁ。そして柵に囲まれた安全な場所や、海や山の危険のない波打ち際や整備されたハイキングコースでしか子供を遊ばせない。でもそれじゃ返って子供にはマイナスなんじゃないのか。だからこそ、父親の存在は大きい。本来遊びを子供と共有し、子供の成長を見守り促すのが親、とりわけ父親の役割であり、大きな楽しみでもあると思う。

そういえば、夏休み子供たちを思いっきり遊びに連れて行っていない。一日ぐらいお許しを頂いて父親の役割をさせてもらおう。もし家族連れで見かけましたら、「神崎さん、遊びですか?余裕ですね〜」な〜んて言わないで下さい。まだ一度も連れて行っていないものですから。



自民党総裁選まであと一ヶ月

今日は8月20日。あと一ヶ月すると自民党総裁選=日本の総理大臣が決まる。9月20日は麻生太郎先生の誕生日でもあり、僕の誕生日でもある。なんとなく幕が開かないうちから結果が見えているみたいで、本当に政策なり提言なり聞かないで大勢が決まって良いのかなぁと率直に感じる。

靖国神社のことも領土問題でだ捕され射撃された問題も、国とは一体何なのかって考えてしまう。島の沿岸から200カイリの範囲内が排他的経済水域であり、領海は12カイリだと記憶しているが、領海は他国が侵してはならない権利としている。だからたとえ小さくても、島をもっているっていうのは、とても大事。北方領土の問題は、少なくとも一般の日本人は、ロシアの誠意っていうものが感じられないと思っているんじゃないかと思う。

海の向こうの行ったことのない島だから、なかなか関心がないかもしれないけど、国というものを「家」にたとえると、無関心じゃいられない。お隣りさんから、「この土地はこちらのものだ」と言われても、「はいそうですか、どうぞ」とは言わないのと同じ。真の友好関係というのは、言うべきことをきちんと話し、相手の人格を認めることからはじまるように思う。国も人間も同じだと思う。ことさら国のことをむずかしく感じるのではなく、自分に照らして考えればいいと思う。僕も自民党員、総裁選も自分の周りに照らして考え、一票を投じよう。



「逆境こそチャンス」

一昨日から台風圏だったので活動は休止、久しぶりの休養となった。昨日から妻ともゆっくり話をする時間ができた。僕も人間だから迷ったり、苦しんだり、途方に暮れたりすることもあるくさ。それでも、いろいろ話の角度や切り口を変えて話し込む。

これまでの活動、そして今後の活動を考えると、なかなか理想と現実のギャップを埋めていくのは難しい。会社だってそうだったように経営理念や方針、それに基づく新しい戦略・戦術を打ち出しても、現実の経営は理想通りにいかないことがほとんど。だからすぐに、「時期尚早だ」「行き過ぎだ」「これを続けるのは無謀だ」等々、強い批判や抵抗が起こり、自信をなくしたり、最初の方針をトーンダウンしたりすることがある。が、これは大きな間違いだという事に気づく。

一旦方向を決めたら迷ったらダメだと思う。取り越し苦労から最初の志を変えてしまったら、新しい仕事なんてできないと思う。最終的に会話の結論はここにたどり着いた。  「逆境こそチャンス」 なかなか神崎妻は僕の心の中を読んでいる。



正直にいうと

正直に言うと、自分は企業人として絶えず新しい分野にチャレンジしてきたのは、人の可能性を誰よりも信じていたからである。例えば自主財源がほとんどない田川地域で、国がどんどん補助金を出し、切羽詰まって必要だと思えない施設を次々に造ったりしてきたことが本当にいいことなのか考えてみたい。使われていない運動施設や豪華な庁舎、たいして意味のない道路工事が目に付くのは僕だけじゃないと思う。しかも、自主財源によって造られたものはほとんどない。 さらに悪いことは、こうしたシステムが贈収賄の温床になり、いつも新聞等の記事になっている。決して、今までの政治やこういったやり方を否定しているのではなく、もう国にはそんなゆとり(お金)がない中で、本当にこれまで通りでいいのですか?と問いかけてみたい。やれ福祉だ、厚生だ、過疎対策だと言って国が面倒みてくれて、自助努力をさほどしなくてもやっていけた。でも結局、自ら努力しなくても自動的に外から与えてくれるので、帰属する田川地域に対して義務感とか責任感も希薄になってきたんじゃないのかなぁと思う。

だから、ただやみくもに与えるよりも、可能性が発揮できる仕組みをまずつくるべきだと思う。日本は自由主義社会だから、富を生産し、職を生産するのは唯一企業だけであり、豊かな暮らしを手に入れるためには、企業をきちんと持つ必要があり、そのためには、あらゆる規制を取り除いて企業が自由に動けるほうがいいと多くの人が思っていると思う。産業が興りにくく、失業者が増え、平均賃金も低い田川地域は、今がチャンスだと思う。労働力が余っていて、賃金が安く、企業にとって進出しやすい魅力的な地域だと思いませんか?他の都市部は失業率が低いという環境が高賃金を招き、労働意欲の低下も目立ちはじめている。

大事なことは、すべて教育にあると思う。誰でも自助努力をしないと食べていけない、という理念を教育プログラムの中にしっかりと位置づけないといけない。決して弱者切捨ての論理のようにすりかえられてはいけない。人はそれぞれに得意とする分野を持ち可能性は大いにあるのですから。



人物は苦労してつくられる

お盆も終わり、少々疲労気味。伯父や祖母も初盆だった。祖母のところは神徒だったのでお神楽があり、夜は遅くまで盆踊りをあった。いろんな家の初盆にお参りさせて頂くと様々な人生があるんだなぁとしみじみ思う。そして、選挙に立つことを決意してもうすぐ一年になろうとしているが、毎日のように妻の父と行動を共にし、こんなにも素晴らしい人が身近にいることに感謝している。妻の父を見ていると、これまでの人生経験、いろいろな壁につきあたり、幾度の修羅場を体験し、本当に大変な苦労を重ねてきている。人情もあり、自分が今日あるのは周囲の人に支えられたお陰だと感謝し、常に謙虚な態度を持ち続ける。決して学校や書物じゃ得られない。苦労は人物をつくるんだなぁと率直に感じる。父だけじゃなく、多くの人たちがこれまで大変なご苦労されてきている。そんな人たちに支えられ、何が何でも恩返しをしないといけないと思った。

妻の父は、何よりも人づくりの大切さを言う。本当にそう思う。学校でのパソコン指導をボランティアではじめたのがきっかけで、今でも多くの先生方と人材育成、人間教育について話をする。

「財を残すよりも人を残せ」   まだ、僕が大学生だった頃、亡き父が飲みながら話してくれた言葉を思い出す。



お盆に思うこと

初盆参り、今までにないお参りする数の多さ。13日は朝早くから家族でお墓に行き、ご先祖様を迎える。仏壇に手を合わせ、父が生きていたら、今の状況を何ていうのかなぁ〜とふと考える。自分もいつか死んでいくが、その時父には恥ずかしくない生き方をしたと報告したい。誰でも生きている限り、さまざまな希望を心に抱いていると思う。希望は次第に大きくふくらんで、”夢”になる。その夢を機会あるごとに何度も繰り返し胸に描いていると、やがて夢は目標に、理想に変わってくる。人生の目標、理想がはっきりすると挑戦しようとうするターゲットが絞られ、闘争心が燃え、逆境を跳ね返す勇気が湧き、困難に立ち向かおうとする意欲が生まれる。目標の達成、理想の実現のため、積極的に行動していこう。

間違いなく、お盆があけると他陣営の動きが活発になると思う。決起大会や動員による大規模な集会、いろいろな締め付けなんかもあるんだろうなぁ。それでも本当に信頼できる方々、協力して応援をして下さる方々を大事にしながら、決して怯んだり、恐れたりせず、勇気と覚悟と信念を持って臨んでいこう。  〜父の墓前に手を合わせながら〜



同級生のセッティングに感謝

一軒一軒の挨拶廻りといっても、とにかく頭を下げ「よろしくお願いします。がんばります。」がほとんど。少し話をしても1,2分なので一瞬で人柄なり人物を知ってもらうしかない。会合やちょっとした飲み会があると、今まで自分の取り組んできたことや政策なり構想の話をする機会ができるのでうれしい。昨日、高校時代の同級生のセッティングで同年代の人たちと話ができた。みなぎるパワーと変革を起こしていける世代は30代40代のミドルの世代だと痛感する。もう昔からのしがらみをどこかで断ち切る勇気をもって、本当にこの地域をいかに生かしていくのか、議論し実践していかないといけないと思う。もうそんなに余裕はないんじゃないかと思う。企業経営も行政の経営も基本的には同じ。「入るを図り、出ずるを制する」。そして今の田川にとって何よりも重要なのは需要を掘り起こすことにあり、既存産業をもう一度競争力のある魅力ある産業にしないといけない。

財源が苦しくなったとき、講じる手段は2つしかない。1つは無駄な支出を削ること。もう1つは住民から税金を吸い上げること。だから、まず投資対効果がどうなのか、本当に必要なものなのか、十分に議論した上で予算を決めないと、とうてい住民の理解は得られないと思う。企業経営においても同じで、上がった利益をきちんと社員に還元しないと会社全体の士気にも関わる。

「民に蔵して府庫に蔵せず」 政治の重要な目標は住民の生活の安定をはかることにある。政治の世界はまだまだわからない事ばかりだけど、そこに住んでいる人たちや企業活動している人が、どうすればよりよい活動ができ、そのために官がどのような役割とシステムや環境をととのえる事ができるのか、きちんとその方向を示すことが今の田川には一番大事なことだと実感する。



正攻法で向かう勇気

選挙戦は今回だけじゃなく、これから先ずっと続く長丁場である。だから、どんな局面でも正攻法で向かう勇気を持たなくてはいけない。多分どんな世界にも要領のいい人間がいる。仕事でいうなら飲みこみが早く、しかもアピールがうまい。同じことをやっても上司の受けがいいから、仕事の幅もどんどん広がる。でも本当に大切なことは小さな失敗を何度も繰り返し、上司から怒鳴られながら仕事を覚えていくことによって本物になる。どんな仕事もきっちり繰り返して覚えるしかない。選挙での戦いも一緒と思う。地味な部分とか、表に出にくい部分というのは、要領のよさとは無関係で、地道に誠実に取り組んでいるかぎり、軸はぶれない。スマートさやアピール度にこだわるようになると失敗する。自分のフォームをしっかり崩さないように、不恰好でも遠回りでも、人生はこれから。正攻法で立ち向かおう。



ミドルアップ・ダウンが組織を支える

8月9日、学校は出校日で子供たちは元気よく学校へ行った。今日は、とある団体から前々からの依頼で講演を頼まれていた。管理職研修で25名の参加人数だった。企業経営の立場から演題は何でも結構ですとの事だったので、「ミドルアップ・ダウンが組織を支える」という演題で講演した。(もちろん、選挙の話は一切していない)暫くビジネスから遠ざかっているけど、どうしてもという事だったので引き受けた。

どちらかというと僕は現場で第一線で取り組むことが性に合っている。構想をたて、企画立案し、事業計画を作成、マーケティングしながら実践していく。途中失敗や問題が出てくるが一つ一つ課題解決しながらビジネスモデルを構築し、成果を出す。実は、日本の企業は、トップダウン型やボトムアップ型の経営じゃなく、「ミドルアップ・ダウン」が支えてきたんじゃないかと思う。先頃新聞を読んでいると、30代に心の病にかかる人が多いとあった。ちょうど企業で言うとバリバリに仕事をこなす年代であるが、部下からは突き上げられ、上司からは押さえつけられ、権限もないのに責任だけがのしかかる、誰しも経験することだけど、大変な年代なのかもしれない。けれど、この世代が一番面白い。言い方は悪いかもしれないが、上司が有能じゃなかった時は上司の能力不足を補い、ボトムの能力を引き出すのは、このミドルの責任感と頑張りがあるから。

サラリーマン人生は誰かの部下である期間のほうが圧倒的に長い。また、部下は上司を選べない現実があり、例えば無能な上司の下に就いたとしても、この上司をいかに有能にデザインしていくか、これも仕事の醍醐味でもある。会社の業績はミドルで決まり、「できる」ミドルの意見は、実は会社の方針にもなる。新規事業ならチャンピオンになれる。上司の批判ばかり言う人ではなく、仕えたリーダーをいかに盛りたてていくか、自分が上に立った時は部下が悪いとか組織のやり方がなっていないとか、環境を嘆いても仕方がない。明るく前向きな人は、それなりの仕事ができると思う。熱く語り、そうすれば自ずと道は拓けると思う。今日の講演はそれなりの成果があった。このような人たちがいるうちは、まだまだ田川も捨てたもんじゃない。研修会に参加している方々に敬意をはらうと同時に、熱心に聴いて頂いた事に感謝を致します。



既成概念を打破する

長野県知事選挙の結果を見てみると、やはり有権者は現況に満足していないという事なのか。現職はどうしても有利だと、何となくそんな既成概念がはたらくが、例えば事業のこと、地域の将来のこと、子育てのことも、何でも今までの経験値や成功体験から判断し、予測したりする。が、少し疑ってみる勇気がいるように思う。そう既成概念を打破する勇気を持つことが大切だと思う。企業活動で最も怖いのは、今までこうだったからと、守りに入ることだと思う。自ら既成概念を捨て、現状を打破することが次なる成長を生む。

どうしても人は出世なんかすると保身的になり、過去の成功体験を生かすことで、自分の存在価値が高まると思うようになり、自分を守ろうという気持ちが出る。これを地域におきかえると、もしかすると今までの田川の状況だったかもしれない。そうならないようにするためには、現場から変えていき、あらゆる層で変革していかないといけない。変化に対応するのではなく、変化を起こす側にまわらないと”いざ”という時に対応できない。変革の時代には、変化に対応できる人材もさることながら、変化を起こす人材の育成が今求められていると思う。



祭り 祭り 祭り

昨日は添田町夏祭り、久しぶりに家族揃って出店やねぶたに花火を見た。今日はある施設での夏祭り、他のイベントのお誘いもあり、本当に有難い。それにしても日中の暑さは厳しい。汗が水のように流れてくる。でも、帰宅してから飲むビールは格別で、一日の疲れが吹き飛んでしまう。食生活のあり方が問われている時代、ビールはまさに自然食品の代表といっても過言ではないかもしれない。麦とホップと水が主原料で天然ものばかり。僕の場合、食欲増進に利尿作用が働いて疲労回復に効果があるような気がする。今は焼酎ブームであり、東京なんかは殆ど芋焼酎が流行だった。でもビールがやはり美味しい。ビールは種類全体の60%以上を占めているらしいが、だったら健康で天然の飲み物として浸透しているので、少しは税金を下げたらどうかと思う。ビール会社の努力で発泡酒や第3のビールが普及しているが、外国の税金に比べるとビールの税はやたらと高い。もっと手軽に飲めたらいいのにと思いながら、明日の活力のため今日もお疲れ様の一杯を妻から注いでもらおう。


From Fukuoka

昨日は旧友と久しぶりの飲み会。盆と正月、帰郷した時に毎回集まる。5名の同級生で大学が全員東京だったこともあり、大学時代から続いているのでもう25年にもなる。保育園から小・中学校が一緒であり、高校からはそれぞれ違う道を歩むことになったが、なぜか気が合う。学生時代から社会人へとそして結婚、子供が産まれ、今年でみんな44才。転機の時をそれぞれが迎えている。

今メールを開くと、もう10年近くのお付き合いになる経済産業省の方から転勤の挨拶があった。シンガポールに赴任するという。大変な任務だと思うが、ご家族ともども健康に気をつけて国益のため頑張って頂きたいと思う。日本という国は、貿易によって成り立つ国であり、昔も今も、日本は原材料を輸入して加工し、製品をつくって輸出する。利益のでたお金で食糧、エネルギー、原材料を買う。日本が生き残っていくためには貿易をさかんに行なう必要があるということ。だから、貿易をさかんに行なうには、世界が平和でなければならないし、日本の「円」の価値を維持しなければいけない。そして、大事なことは国の姿勢だと思う。やはり国内の少ない資源を守るためには毅然とした態度が必要だとも思う。

From Fukuoka(フローム 福岡)、福岡から日本を変えよう、元気の良い筑豊を作り出し、筑豊から発信しようと麻生泰社長がFF運動と名づけて取り組んできた。しっかりと肝に銘じ、筑豊の”よさ”を見い出し、ブランド力をつけ、世界を相手に貿易が出来る地域へと生まれ変わっていかないといけない。



他候補者との違い

他の二人の候補者との決定的な違いと差別化要因は何か?間違いなくお一人は30年、もう一人は20年も年齢が離れているという若さの強み。民間出身の自分と町行政 からという点が大きい。だから民間企業出身らしく地域活性化の政策や人材育成の視点から訴えていかないといけない。経済が活性化、成長するためには大雑把にいって、大切なことが三つあると思う。

一つは、労働者が増えること。労働者が増えることは、それだけで仕事があるということで、しかも労働者は同時にモノを買う消費者でもある。

二つ目は、技術力、あるいはビジネスモデルを含めた知的財産の増大ということ。簡単に言うと、技術力やアイデア、つまり特許を取れるようなものの進歩が必要である。最先端技術を使って、今までにない魅力的な商品やサービス、価値を比較的安い値段で提供する。

三つ目は、資本を増大させる。ようは資本の効率的運用ということ。例えば1万円を使って1万円のものをつくり出しても利益はでない。1万円を使って10万円の価値あるものをつくり出す。つまり付加価値をつける、そういうお金の効率的な使い方をしないとダメだということ。

忘れてはならないのは、「官」はあくまでも「民」のために存在するという事だと思う。一般の国民が、あるいは民間企業が、どうすればよりよい活動ができるのか、そのためには官としてどんな役割を果たせるのか、この点が一番大事だと思っている。決して行政あがりの方には、そういう発想がないという事ではないが、民間の自分には、こういう視点から政策を訴えることができる。

どうすれば、みんなが幸せになるような政治ができるのか、それは、「この地域がどうすれば生きていけるのか」を考えることだと思う。だから今何をしなくてはならないのかをこのブログを通じて書いていこう。

誹謗中傷のようなネガティブキャンペーンに精力を注ぐよりも、もっと大事な本来の地域のあるべき姿を主張した方が、どのくらい地域のためになっていくのかと感じる。



ランチェスター戦略

顧客を知り、競合を知る。マーケティング要素としてよくいわれる3C、つまり Customer(顧客) Company(自社) Competitor(競合) を知り、把握するためには定期的な情報収集が必要であり、選挙もまったく企業のマーケティングと一緒だと感じる。ビジネスマンだと「ランチェスターの戦略」を学ぶが、これは弱者が活用すべき戦略であり、ビジネス戦略のバイブルと言われるゆえんでもある。そのランチェスター戦略でも選挙戦で大事な要素は地域戦略であると思う。弱者(自分)の基本戦略は差別化にあり、No1.主義の中では、3つの領域「地域」「得意先」「商品」においてNo1.をつくることが重要であり、その中でも弱者はまず地域のNo1.をつくることが第一優先であるという事を実践を通じて学んできた。

一般的にエリアマーケティング等といわれるランチェスター戦略では、地域でNo1.になるための戦略のことをいい、そして、NO1.の判断基準は、市場占拠率と射程距離による。ランチェスターではどうして地域戦略にこだわるのか。これは筑豊地域で小・中学校の情報教育に取り組んでいた時に、パソコン導入で約9割のシェアーを獲得した時に学んだ。それは、 地域戦略が差別化戦略の切り札だから、 地域特性を把握することが成否のカギとなるから、 地域の重点化で生産性の向上が図れるから

ランチェスター戦略では、相対的な平準化よりも、特別に強いNo1.地域をつくっていくことを目指している。弱者には弱者の戦い方がある。これまで培ってきた経験と実践、全知全能をもって挑んでいこう。



良い出会いがありますように!

女性の未婚化は福岡県が東京に次いで全国2位らしい。様々な理由があると思うが、結婚すれば家事等で自分の時間がなくなるというのが大きな理由だと言う。確かに親元での快適な生活を考えれば二の足を踏むかもしれないけど、それだけのような気がしない。やはりこの人とだったら一緒に歩んでゆきたいと心から思える縁がなかなかないのが実態じゃないかな?男女人口の不均衡が一因というのもわかる。また、実際は一人ひとりの問題であり、恋愛なんで、良い出会い(縁)が少ないのもわかる。

就職の採用で面接をすると、間違いなく男性よりも女性の方が活発でハキハキと自分の意見をしっかりもっている人が多い。男性が優しくなりすぎたのか、女性がリーダーシップをとっているのか、時代は確実に変わってきている。「汗と涙と根性」の20世紀の時代から「女性とシニアとコミュニティ」の21世紀へと・・・神崎妻には何度も何度もプロポーズをして、背水の陣でアタックした。我ながら涙ぐましい努力をしたから結婚もできた。汗と涙と根性は決して無駄にはならない。

「丸くとも一かどあれや人心  あまりまろきは転びやすきぞ」



上善は水の如し

「上善は水の如し」

徳のある人はまるで水のようである。水には3つの特性がある。
水はありのままを映し出し、徳のある人の言葉は偽りがない。水は柔らかく、弱く、どこにでも流れていく。人も水のように争わず、下に立つことができて、はじめて「道」に近づくのである。

この言葉がとても大好きだ。水は上から下に、高いところから低いところに、きれいな所からきたない所に流れる。どんな形にも柔軟に対応する。でも、一度勢いがつくと、岩をも突き通す事もできるのも水である。火災で亡くなる人よりも水難で命を落とす人が多い。火は危ないと用心するが、水は無防備になりやすい。今朝の新聞でも水で多くの人命が失われている。油断大敵。日射病、熱中症にならないように水分を充分にとって、さぁ張り切って挨拶に出かけよう。



先入観や思い込み

孫子の兵法に「正々堂々」とある。正々堂々と戦うべしと、ほとんどの人が間違った解釈をしているが、兵法を読んでみるとそこには「正正の旗をむかうること無かれ、堂堂の陣を撃つこと勿れ」とあって、その趣意は「正正と進撃してくる敵軍に立ちむかったり、堂堂と布陣している敵を攻めたりするのは、いたずらに自軍の兵力を無駄にするだけである。すべからく正面衝突を避け、敵の崩れるのを待って意表を衝くべきである」とある。つまり、孫子の兵法とは、正々堂々と戦うべし、ではなく、正々堂々たる敵とは戦うべからず、という事。従って、新人である自分は下手な小手先の戦略ではなく、一つ一つ正攻法で戦うことが何より大事だと心得ている。

孫子の兵法に限らず、私どもは日頃、先入観や思い込みから、間違って受け取ることが多い。例えば、「ぞうさん」は、仲の良い母子の象を歌ったほほえましい童謡と思われているが、そうではなく、「象の子が鼻が長いと、けなされている歌」なんだけれども、象の子はいじけたりせず、一番好きな母さんの鼻も長いと、いばって答えるのは、子象が象に生まれたことは素晴らしいと思っているからなんだという。

「竹馬の友」の言葉も、ふつうは子供の頃仲良く遊んだ幼友達のことだと、だれしも思っているが、「広辞苑」によれば、幼なじみの「いんこう」と並び称されるのを不満に思った「かんおん」が、彼は幼いころ、私の捨てた竹馬で遊んだものだと、自分の優位を吹聴した故事が転じたものだという。仲の良いどころか、見下した言葉で、まったく逆の意味に使われている。

現職だからとか、○○党だからとかいう先入観や思い込みが人にはあるが、本当に大事なことはその人が、何をしたのか、どういう成果を出してきたのか、また今後どういった目標で、それを達成するためにはどのような手段を用いるのか、私たちは確かな目で評価・検証し、政策を見ていくことがますます必要になってくると思う。



魅力的な地域へと

昔の社員旅行や慰安旅行は、貸し切りバスで温泉街に行き、そこでどんちゃん騒ぎをしていたが、今はひっそりとしたひなびた温泉が流行っていて、しかも女性がほとんどである。個性を重視し個人個人が豊かさを感じ、人生を楽しむ時代となった。観光は21世紀に相応しい産業であり、まさに光を観てコンテンツで勝負するそんな産業に成長していく。できるだけ自然を残し、ありのままの姿がいい。世知辛い世の中にあって日常生活以外の体験をしてみたいと思うのは僕だけじゃないと思う。海外に行くと、どうしてこの国の人はこんなにも人生をエンジョイしているのか考えてみると、モノの豊かさよりも人生の豊かさを求めているように思えてならない。日本も21世紀に入り価値観が少しずつではあるが、間違いなく変わってきていると思う。

田川も四季折々の自然と祭り、そして温泉を組み合わせて通年の観光をどうしていくかが大きな課題である。安心・安全、さらにうまい「食」や体験を通して健康と癒しをもっと提供できないものか。10年後、20年後の産業の育成をしっかりと取り組んでいくことが今の田川には必要であり、そこに本来の政治力を注いでいかないといけないと僕は思う。



黒から白へ、そしてハードからソフトへ

今年4月に商標登録要件が緩和され「地域ブランド」の申請が相次いでいる。キャッチコピーに「ブランド”たがわ”を創ります」としたのは、新たな特産物開発にとどまらず、既存産業の活性化・官と民の融合しあう街づくり・先駆的なビジネスモデルの確立にあるが、何よりも人材育成に思いを込めていた。付け焼刃の特産品づくり躍起になっている自治体が多い中、大事な事は行政主導ではなく、自分たちの創意工夫と自主自立によるところが大きく、果敢にチャレンジしていく風土に変えていかないといけない。ここ田川という地域は炭鉱で栄えた地域であり、石炭は一度火がつくと燃え盛る。石炭からセメントに、いわゆる黒から白へと華麗なる変身を遂げたんだから、今度はセメントは硬いのでハードからソフトへ、そして人材を育む中身に変革していかなくてはならないと思う。


人権講演会

やっと梅雨が明けたのか、本格的な夏が訪れようとしている。夜添田町のオークホールで妻と落語家の露の新治さんの人権講演会に行った。人権問題を題材にしながら、久しぶりに大声で笑った。初めからどんな面白い落語になるのか笑えることを前提に行っていたので、期待通りで良かった。笑いは健康に良い。そう言うえば何年か前にNEC九州支社販売店会がハウステンボスで開催された時に博多笑い塾というNPO法人があり、Dr.マジックの伊藤実喜先生の講演会があった。これはもう腹を抱えて大いに笑った。笑いで病気を治すという、いや〜本当にすばらしい先生でありマジシャンだったが、これがご縁で福岡県情報サービス産業協会の総会の講師に是非お招きしてもらったらいかがかと理事会で提案させて頂き、福岡県情産協でも講演してもらった。本当に笑えますよ。

印象に残った言葉に「頑張る」を「願生る」と書いた子供の紹介があった。願いに生きる。なんて感性が豊かなのか。子供の想像力なり発想にはいつも驚かされる。また、人間の受精の話も面白かった。何億分の一の確立で自分が生まれるが、3億の精子が卵子をめがけて飛び込んでいく。一番元気の良い、到着の早い精子が受精するかと思っていたが、それはことごとく弾き飛ばされ、たまたま後から遅れてやってきて少し薄くなった箇所からスルっと卵子に入ると言う。だから元気で一番に到達し競争に勝ったのがあなたじゃないんですよ、たまたま遅れたからあなたが生まれたんですよと、また面白おかしく話をしていた。楽しい講演会だった。



福岡県立英彦山青年の家

昨日から今朝にかけて子供会育成会で、福岡県立英彦山青年の家でキャンプをした。ドッチボールの練習やバーベキュー&花火大会で盛り上がり、子どもたちも大いに楽しんだと思う。自然環境いっぱいの英彦山でこのような施設があり、集団生活の中で豊かな心を育む取り組みは、まさに今の時代だからこそ必要性があると思う。もっと、周知して普段の学校教育に青年の家の施設での野外活動や自然体験を取り入れ、心身ともに鍛えることによって健全な青少年が育っていくんだと感じる。また、ここの施設では多くの世代間の交流がまた良い。企業研修や様々なスポーツ等の合宿として、いろいろ仕掛け作りをし、企業で言う営業動をすれば、どんどん活用の仕方も多岐にわたる。

こんな立派な研修施設が添田町にある事がすばらしい。四季折々の英彦山というブランドで、仲間同士で体験できるのは貴重であり、修験道に相応しく人材を育成し、輩出するというもう一つのブランドとして英彦山は確立できるんじゃないかと思う。



世界一短い感謝状

「こどもたちの世界一短い感謝状」というのがラジオ番組で放送されるらしい。その中にとても涙が出てくる詩があった。

「今はいない弟、賢太郎にありがとう。つらい病気との闘いにがんばった賢太郎の勇気。兄ちゃんは賢太郎の兄で最高に幸せでした。たくさんけんかもしたけど、兄ちゃんはいつも賢太郎が大好きでした。勇気と希望、そして笑顔をありがとう。」

そしてこのお母さんは息子が感謝状を書いている事を知らなかったらしく、驚いたそうで、ちょうど3年半前、弟(当時5才)は突然、小児ガン(脳腫瘍)の告知を受け、闘病6ヶ月の末亡くなったとの事。このことは私達にとりまして、この上ない衝撃であり試練となったが、一番近くで弟を応援し、最後を共に看取った息子が、弟のこと(生き様)を自分の誇りにしていること、そしてそれを今も心に抱いていることを今回知り、父親と共に胸がいっぱいになりました。天国の弟が、誰よりも喜んでいることと思います。

4人の子供の親となり、親が子供を思う気持ち、けんかをしながらも仲良く遊ぶ兄弟、目頭があつくなった。



土用の丑の日に思う

昨日は7月20日、子供たちも一学期終業式で今日からは夏休み。また昨日から土用入りした。23日が丑の日にあたるが、夏の土用の丑の日にうなぎを食べる習慣が出来たのは、江戸時代に平賀源内が、夏場にウナギが売れないので何とかしてほしいと近所のうなぎ屋に相談されて、「本日土用丑の日」という看板を店先に出し、大繁盛したのがきっかけだと言われる。以後、今日まで続いているが、このように需要を掘り起こし、習慣づけさせることによって大きなビジネスへと展開していける。2月14日のバレンタインデーに女性がチョコレート贈る、男性からもお返しがあっても良いのではないかと3月14日にマシュマロデー(ホワイトデー)を発案したのが、石村萬盛堂の石村善悟社長なのは承知の通りで、記念日やそれを習慣づけしていくと大きな市場を開拓できる。

実は日本の成功しているビジネスモデルは、海外から原材料を調達し日本で加工・商品化して輸出する。資源のない日本は、知恵や工夫で外貨を稼いできた。中国等の台頭によって、今度はこの文化や習慣、あるいは制度・システムを日本なりに加工・習慣づけたものを輸出していければ、もっと海外からも尊敬されるようになりビジネスチャンスも大きく開けるんじゃないかと常々考えていた。



第一印象

ほとんどが初対面の方ばかりの挨拶運動。人が相手の第一印象を決定する時間はわずか6秒以内だと聞いたことがある。数秒でその人の第一印象が決まり、例えばその所属している会社や組織も決まってしまう。そしてそのイメージを払拭するのは至難の業である事も認識しておかなくてはいけないと思う。ある会社の社長からこんな話を聞いたことがある。Mさんという営業担当者がいて、彼は真面目で頭の回転も良く、非常にすばらしい業績であった。ただ周りの人からはしばしば注意されていて、それは彼の身なりで、Mさんは常に無精ひげをはやし、茶髪で伸ばしっぱなしだった。でも彼は「営業は外見じゃない、内容だ。そもそも人を外見で判断する人とは付き合いたくない」と主張する。そんなMさんが転勤となり、代わりにAさんがユーザーの引き継ぎの挨拶に行った時、お客様から「Aさんは、○○社の人じゃないみたいにしっかりしていますね」と言われたと言う。

Mさんがお客様の期待に応えようと努力していた事は誰もが認めていて決してだらしない仕事をしていたわけではないが、最初の見た目の印象が尾を引き、最後まで「だらしない人」とお客様には見られていた。

確かに人は外見だけでは判断できない部分が多々あるけど、会ったばかりの人を判断するのはやはり外見であり、そして第一印象は強烈に相手にインプットされる。第一線で取り組んでいる人のイメージはそのまま会社のイメージとなるわけで、今初対面で会っている方々との瞬間瞬間のホンの数秒は僕にとってとても大切な時間となっている。



2つのうれしい事

7月18日、2つのうれしい事があった。1つは子供たちの学校の保護者面談。育徳館中学校へ通っている長女の初めての3者面談。妻と一緒に担任の先生を交えて学校生活、学習、クラブ活動と話があり子供も緊張した面持ちで先生からの報告を聞いた。何か懐かしいな。僕の時(添田中学校)は父が来ていて、学校での悪さぶりを告げられるのが本当に嫌だったが、30年の月日を経て立場が変わった。そして、妻と二人で添田小学校に行き4年生の長男と1年生の次男の保護者面談だった。二人とも学校生活は家での様子とは全然違う一面を先生から伺った。本当に子供の良いところをどんどん伸ばしてやりたいと思う。「今日はデートやったね。」と妻が言った。そう言えば二人きりで出かけ、昼食も二人だけで取る事などこのところなかったので良かった。

もう1つは、麻生渡知事の知事を囲む会がラ・ファミイユ・フクジュであった。筑豊地区連絡協議会会長が麻生泰社長で、久しぶりに社長のスピーチを聞けた。麻生社長はいつも前向きで、そのビジョンとミッション、リーダシップは本当に凄い。暫くお会いしていなかったけど、ゆっくりお話ができて良かった。また来られている方々にいろいろご紹介して下さり、連れ回して頂き、僕のために頭を下げて頂き、申し訳なく本当に有難かった。感謝であります。また、柏木会頭(田川商工会議所)からも自分の身内になるんでよろしくお願いしますといろいろ連れて行って頂いた。こんな多くのすばらしい人に囲まれ、本当に恵まれているなぁと思う。決して裏切らないように、決して恩を忘れないように、感謝と反省を常に心がけて、これからの人生を送らないといけない。



添田町議会議員一般選挙を終えて

昨日、添田町議会選挙の結果が出た。激戦であり候補者はもちろん支持者の方々は本当に大変な選挙であったと思う。一票一票の積み上げていく大変さが本当にわかった。夜遅く選挙事務所はすべて挨拶させて頂き、本当にお疲れ様であり、「今後は私の応援をよろしくお願いします。」と廻った。

選挙はある意味ゼロからの出発のようなものだと思う。現職も元職も新人も、すべてを失ってそこから始めるわけだから、相当な覚悟と勇気が必要である。特に新人はゼロから立ち上がるために多くの犠牲と覚悟を持って望まなくてはならず、だからこそ、その気持ちが伝わればそれをともにやろうとしてくれるパートナーも現れてくる。だから、たとえゼロからの出発であっても充分勝負できるんだと思った。

今後いろいろ批判をする人も出てくるだろうし、でも支持をして下さる方も一日一日増えてきている。添田町議会議員選挙が終わり今度は僕の番となる。衙秬絃霾鵐轡好謄爐箸社長だったとか、いろいろ公職を持っていたとか、もう既に過去のものであり、これからは神崎 聡という自分自身で勝負していかなくてはと、気が引き締まる思いをしている。

「今日よりぞ幼心を打ち捨てて、人と成りしに道を踏めかし」



災難は忘れた頃にやってくる

大事に至らなくてよかった。昨日電話が入り、看板を取り付けるように言われたので急いで取り付けていたら、ペンチで針金を扱っている時に目尻に当たり縫うケガをしてしまった。1cmずれていたら目をやっていた。大事に至らず良かった。これで顔の大きなケガは3回目となる。3才の時に家の階段から落ちて眉間に3針。28才の時に会社の玄関が開いているものと思い窓ガラスに走って突っ込み眉間に10針。まったくオッチョコチョイであり落ち着きがないと妻に叱られる。病気だけじゃなくケガにも気をつけなくてはと本当に反省している。

子供たちも遊んでいるときにガラスで切ったり、石に頭をぶつけたりして縫うケガをしているが、親はヒヤヒヤさせられる。が、こんなところで自分が大きなケガをするとは思いもよらず、子供に説教するどころかである。次から次へと処理や取り組まなければならない事があるので、とにかく後回しにすることなくその場その場で解決しようとした結果、心にゆとりがなかったのかもしれない。これからが本番、皆さんから「健康に気をつけて下さいよ」と言われていたのは、病気だけじゃなくてケガや事故のないようにという事がよ〜くわかった。



知というソフト

ものづくりの根底を支えているものは、知というソフトであると思う。柔軟な発想と豊かな感性、構想力を有する人材や新技術や特許に支えられた高付加価値な商品やサービス、またIT等を活用した販売・生産プロセスの革新など作り手側にあるからこそ、競争力のあるものづくりが可能となる。だから人材育成が何よりも大事であり、広く薄く補助金等をばら撒くことよりも、テーマや目的、どのような人材や産業に対して、資金や税制上の優遇措置をとっていくか、選択と集中の観点が大事になる。また、自分自身が県や国の公的支援を得て取り組んできた事業があるが、出来る限り成果を注視して事後の評価に応じてその後のインセンティブを考慮するなど成果重視型の政策も増やしていくべきだと思う。

IT等の知のソフトを従来産業への応用や新たなビジネスモデルへの開拓、既存産業の再生プログラムを策定して、もう一度競争力があり、魅力ある地場産業の復興に取り組んでいかないと地域の活性化なんてとてもできない。



ゼロ金利政策を解除

朝刊に目を通すと約5年半続いたゼロ金利政策が今日解除される。これに伴って暮らしの中では、0.001%から0.10%前後に普通預金が利上げされるという。100万円を1年間預けても利息はわずか10円だったのが、今後は1000円になるから100倍に跳ね上がる。デフレ経済化でやむを得ない措置だったとはいえ、やっとそこから脱却できるのは喜ばないといけない。それにしても、銀行に預けていたお金を時間外でおろしたり、他銀行から引き出したりすると手数料が取られ、預けたお金が減るという、何とも不思議な現象から少しは解消されることは良い。1985年麻生セメントに入社、その時の金利が5%ぐらいだったので、100万円で年間5万円利息がついていたのが嘘のようだ。あまりガツガツしても仕方ないが、バカボンのパパだったら、このゼロ金利政策も納得したのかもしれない。

ある時バカボンのパパがママから銀行に預けている10万円の定期預金をおろしてくるように頼まれた。すると解約手続きを取ると10万5千円余計にもらった。ママから10万円預けているのになぜ5千円余分にもらえるのかと尋ねたが、利息の話をしてもバカボンのパパは納得しない。それで銀行マンは10万円の預金が5千円の子供を生んだと話したら納得した。バカボンのパパは続けて言った。その10万円は男なのか女なのか。



7才の誕生日

うだるような暑さ、今日は一体何軒回ったのか、地域の方と多分4,5百件は廻ったんじゃないかと思う。それでも所々で家に上がり込み冷たいお茶をご馳走になって、本当に生き返る思いがした。これはもう体力勝負。自分との戦い以外何ものでもない。家々を見たらぞっとするような軒数だけど、廻ってみると達成感がある。とにかく着実に浸透するには足で稼ぐ以外他に道はなく、一人一人に挨拶をし、握手をするしかないんじゃないかなぁ。努力に勝る天才なし、地道な活動がきっと大輪の花を咲かせるんだと言い聞かせ、今から帰宅して飲む一杯のビールを楽しみに今日のブログはこの辺にしておこう。

今日は3番目の子供の誕生日、7才になる。挨拶廻りの帰宅途中でケーキを買ってきて、今から誕生日祝いをする。7年前、午後7時30分に仕事で田川郡教育研究所で学校の先生たちと「生きる力」についての議論を重ねていた。妻から携帯電話に、どうも陣痛が始まったみたいだという電話がなった。慌てて帰宅したのが午後7時55分、身支度は既に整えていた。妻は歯を磨いて病院に行くと言った。焦っていたのか、なぜか僕も一緒に歯を磨いていた。そして子供2人を車に乗せ、ゆっくりした足取りでアパートを出て、病院に向かった。到着が8時10分、玄関で陣痛の間隔が短く、既に立てない状態になっていた。そしてそのまま分娩室に。生まれたのが午後8時20分。危機一髪の出産だったのがよみがえってくる。くしくも「生きる力」についての話をしていた最中に生まれた子供だった。生まれたばかりの赤ちゃんを姉弟が嬉しいそうに見ているそばで、神崎妻は涙を流していた。



凄い政治家

添田町議選、できるだけ出陣式には出席しようと思い各陣営をまわったが、来賓として来られていた山本町長の挨拶を何度も聞くことができた。全国町村会長であり、迫力といい、またすべての陣営で話す内容が候補の特徴・地域の状況に合わせて地域ごと、政策ごと、本当にその見識の高さは凄いのひと言に尽きる。麻生太郎外務大臣、山本文男全国町村会長、こんな身近に本当に凄い政治家がおられる。私どもは誇りに思わなくてはと思うし、自分自身の身の丈を知りながらしっかりと努力、チャレンジしていかなくてはと思った。

選挙戦での盛り上がりを肌で感じながら、この住民が持っているパワーっていうか、持っている「知」や「経験」、現場力っていうのかな、これを結集すれば地域の競争力は飛躍的に高まっていけるんじゃないかと思った。技術継承や知の伝承は大きな課題であり、来年から始まる「2007年問題」(団塊の世代が一斉に定年を迎える)は待ったなしでもある。ITでできることとアナログ的手法でできることを見極めながら、コンテンツとして残していかなくてはならないと思う。



大いに夢を語りましょう。

とにかくブログは思いつくまま、選挙に関係なくても、その日その日感じた事、思った事を書いている。明日は添田町議会議員選挙の告示日で16陣営が出陣する。僕も応援してもらわないと勝てないので是非がんばって頂きたいと思う。添田町をみんなで知恵を出し合い、自主自立の精神で活力ある町に一緒に取り組んでいきたい。

キャッチフレーズ、とても大事であり、「時代が変わる、次代を創る」そして「ブランド田川を創ります」としている。短い言葉ですべてを集約しなければならない。いろいろ考えたが自分の思いはこの言葉に集約されると思っている。田川から世界へ、そして世界から田川へ(たがわーるど)、IT&IT(インフォメーションテクノロジー&インタナショナルタガワ)等々・・・

是非取り組んでいきたい事は、雇用の創出であり、ヴァーチャルなビジネスじゃなく、新しい技術で既存の産業にどう活力を与え、再生させるか、既存産業との融合。そして官と民と融合しあう街づくりを是非実現していきたいと思っている。選挙区じゃないけど、このブログを見て下さっている全国のIT業界やベンチャーの皆さん、一度ディスカッションができればと思っています。また、大いに飲み明かし夢を語り、構想を練り、新しい時代にマッチしたシステムを構築し、日本発のグローバルスタンダードを私の地元田川からつくっていきたいと存じます。○○会社の○○さん、連絡しますので、またよろしくお願いします。これまで本当に多くの企業の皆さんにお世話になりましたが、今後は地域のため、社会のため、新しい産業を育成していくために、また皆さん方のお力をお借りし、厚かましくお世話になりたいと思っています。



6つの「り」

社長時代にアサヒ飲料顧問の方に社員研修で講師になってもらい講演した頂いた。その時、6つの「り」という話題を提供してくれた。「いたわり、思いやり、心配り、ゆとり、こだわり、そして誇り」だと言う。酒屋さんを相手で、どうしても酒屋さんの多くは夫婦か店員を含めた少人数での経営がほとんどなので、この6つの「り」の話をする。なるほどなぁ、特に夫婦関係はこの6つの「り」がとても大事だと改めて認識させられた。サービス業に従事しているとお客様との関係が最も重要。また最後の「誇り」は、自分の職業に対してプライドを持っている事が大切だと思う。

どんな人でも、仕方なく強いられてやっている仕事には、プライドを持つことなどできないと思う。それは自分の気持ちが積極的に働いてないから。逆に仕事について自分なりに目標と価値観を持っていれば、プライドを持って仕事に就くことができる。上司から押し付けられたノルマを達成できたとホッとしている人にはプライドは生まれない。多くのお客様に満足していただけるのが嬉しいと自分の仕事に自分で価値をプラスしている人には達成感とプライドが生まれる。是非、今取り組んでいることに「誇り」をもって、一人でも多くの人たちから喜ばれる成果をだしていきたいものだと思う。



最も対人関係の難しい職場

3日後に台風が来そうな感じになっている。天気の良いときに雨の用意を怠らず、雨降りの時には晴れの準備をする。何でもそうだけど、うまく物事が運んでいる時には慎重に対応し、うまくいっていない時には将来に備える事が大切だとよく言われる。いつまでも天気は続くかないし、また雨の日が続いても、いつかは晴れてくるから、今こうだからと言う先入観は持たない方が良い。人って言うのは知らず知らずのうちに色メガネで人や物事を見てしまいがちなるが、一度そんな先入観から離れて気持ちをカラッポにして物事を眺めてみると、案外問題が簡単に解けたり、それほど難しいことでなかったりする。

職場なんかで対人関係に悩んでいるという相談がよくあっていたが、必要以上に悩んだり、あわてたり、思わぬ行動をとってしまうと、かえって悪い状態になってしまう。少し立ち止まって、自分を見つめ直し、あわてず、うろたえず、素直な気持ちになれば新しい打開策も自然に見つかるのではないかと思う。今の僕は選挙という最も対人関係の難しい職場のフィールドに身を置いている。



企業経営を活かす

生きたビジネスの法則や理論は体験的に学んできているが、基本的には行政の仕組みも同じじゃないかと思う。経済が成熟化し少子高齢化がいっそう進み、グローバル化等の環境変化は、どうしようもなく避けられない。企業も生き残りをかけているから、当然の事ながら行政も地域も経営を見直し再構築を行わないといけない。他の候補との差別化を図るためには、やはり企業経営で培った経験と人脈、IT業界で携わったあらゆる業界・業種とのアライアンスを行政・地域社会にお役に立てることじゃないかと思う。

「マーケティング」や「アカウンティング」「ファイナンス」に「人的資源、組織行動」「経営戦略」等今までの経験を是非、地域社会に貢献し実践していきたい。国内外の政治・経済情勢がめまぐるしく変化しているからこそ、地域の経営環境もダイナミックに変化しないといけないと思う。戦略的観点から総合的に今後の方向づけをしていくのが政治だし、行政もその戦略を意識して職務を遂行していく事が大事であり、企業もまたいち早く自社の経営戦略を練り直す。何もかも当選しない事には始まらず、でも一軒一軒、一人ひとりと会い話すことで住民ニーズはどこにあり、今何を望んでいるのか、ローカルでありながらグローバルに展開し、外貨をどう地域に落とすか、今の活動がきっと活きて来ると思う。



備えあれば憂いなし

外は大雨、ショックな出来事が今日あった。パソコンのハードディスクがクラッシュしてしまった。リース切れでかなり古いパソコンだったので、もしかするとと思いつつ、でもまさか動作不能になるとは?!これまでのデータがすべてパーになる。専門家(?)に見てもらったがダメですという事。でも、備えあれば憂いなし。2週間前にメモリースティックにデータだけバックアップを取っていた。別のパソコンに2週間前のデータを復元し、事なきを得た。

父の車に引き続いてのパソコンの廃棄。形あるものいつかは壊れるし、賞味期限っていうのもある。ここまで活用でき、保ってもらってことに感謝、感謝。人にも賞味期限っていうのがあるのかなぁ。立場なり役割をまっとうできなくなった時、そう言われるのかもしれない。時がたつに従って、階層社会のすべてのポストは、その責任を全うしえない従業員によって占められるようになる傾向がある。という「ピーターの法則」って言うのがある。
今まで、仕事が出来ていた人が、あるポジションになったとたんに無能になるという法則であるが、その認識を持っていない人も多くいるのも事実であるような気がする。今一度、今与えられている環境なり立場なり役割の中でピーターになっていないかどうか、考えてみるのもいいのかもしれない。



兄弟格差の是正

社会が悪い、政治が悪い、といつも世の中のせいにする人がいるが、「世の中真っ暗闇と嘆いても始まらない、自らを拠り所としてせよ」と西郷隆盛語録の中にある。いわゆるお釈迦様が言った「自灯明(じとうみょう)」と言うことか。人生、いい事もあれば悪いこともある。受験もあるし、恋愛だってする。結婚すれば子供だって生まれる。子供も4人も出来れば同じように育てようと思うがそうはいかない。ケーキを4等分に分けたつもりでも、小さい子供ほど駄々をこねる。だからみんなが納得するように3才の子供から選ばせる。これが自由経済というものかもしれない。

地域格差の是正という事が今度の自民党総裁選のテーマになるのかなぁ。これまでは東京や都市部への経済政策を集中する事が効率的だという考え方だったが、実のところ非効率だったのではないかと疑問に思う。都市はとにかくコストがかかり過ぎる。「官から民へ」「中央から地方へ」のキャッチフレーズを今こそ実践に移すべきであり、地方に投資した方がリターンが大きく跳ね返える可能性が高まり、効率がよくなるんじゃないかと思ったりする。あまりにもよく食べる上の子供(都市部)に集中しすぎているケーキ(仕事)を下の子供(地方)に分配し、それを下の子供がエネルギーに変え成長することで心身ともにバランスのとれた家族へと変貌していける。



若い人への投資だと言う。

「神崎さん、ブログ毎日みていますよ。頑張って下さいね。」

今日は田川2部PTAレクレーション大会があり、ソフトバレーに大縄跳び、グランドゴルフに綱引きの種目があり参加する。へぇ〜ホームページ見てくれているんだ、アクセス数も増え、本当に有難い限りだけど、一体どんな人たちが見てくれているのかわからないけど声をかけてくれると、こんな人たちが見てくれているんだなぁという気持ちでブログが書ける。それにしても、こんなにも若い人たちがいるとはびっくりする。今日来ている人もPTA全体ではほんの一部の方々だし、そういう意味では同年代の人たちと会っていない状況がわかる。みんな仕事を持っているから家を訪ねてもいない時も多く、なかなか現役世代が選挙の関わるのは非常に難しいのが実情だと思う。それでも政治は大事であり、結局は自分に自分の家族に、自分の地域に跳ね返ってくる事を忘れてはならない。

今一緒に活動しているのは、既に第一線を退いたOBの方々であり、どうしてこんなにも応援・支援、協力してくれるのか・・・それは、自分たちの人生の総決算、集大成とおっしゃる。日本という国を良くしたい、地域を活力ある街にしたいとおっしゃる。でも、もう先も長くないから、納得した人生を送りたい、年寄りができる最大の世直しは、若い人への投資だとおっしゃる。だから神崎さん、あんた絶対に頑張らんといけんとよ。激変する時代の中で、しっかりとこの言葉をかみしめて、次世代にこの精神を引き継いでいきたいものだと思う。いつか僕も年寄りになる。我が行く道は、まだまだ遠い。



四半期の振り返り、次への目標

今日は6月30日、3月決算期の企業は今日で殆ど株主総会も終わり、またスタートダッシュの四半期(4〜6月)決算の状況も概ね把握できている状況なので、ちょっと安堵した時期なのかもしれない。この4月〜6月の反省も踏まえて、かなり名前と顔は少しづつではあるが、じわりと浸透してきているんじゃないかと思う。既に一年を切っているので気を緩めることなく、次の四半期(7〜9月)の目標を決め、地道に取り組んでいこう。この夏場をどう乗り切れるか、どういった成果を出せるかが当落の分かれ目になるんだと認識している。決して気負わず、無理をせず、体調を整えながら、やるべき事を後回しにせず実行する。選挙は戦いであり、でも本当は自分との戦いでもある。自分を如何に奮い立たせて、打ち克つか。ハードルが高いほどチャレンジしていこうと言う勇気が湧いてくる。どんな事があってもくじけずに、がんばろう!

今、添田町では町会議員の選挙が7月16日の投票に向けて各陣営既に選挙戦に突入している。いろいろな情報や誹謗中傷等々もあり、本当に選挙に出る人は大変だし、皆さんそれを乗り越えて活躍されているのですごい。たとえ根拠のないうわさ話やネガティブな事を言われても、本人の事を本当に理解して下さる方は信用しない。是非、添田町を良くして、田川を活性化し、筑豊から全国に発信できるように、みんなの力を結集して頑張っていきたいものだと思っている。



処分される動物たち

今家で飼っている犬は、2年前に福岡県動物管理センターの子犬譲渡で頂いた。昔は保健所で譲渡会があっていたが、今は一ヶ所で行なわれているとの事。僕は血統書の犬よりも雑種がいい。これといった理由はないが、病気にかかりにくいのと高いお金を出してまでどうかなぁ〜と思ってしまう。名前は「そーた」 ある人の犬が北の国からの黒板五郎からとって「ゴロー」としていたので、草太兄ちゃんからとって「ソータ」となった。

動物管理センターでは、譲渡の前に犬のしつけや飼い方の講習会を受けた後、一週間後に譲渡会が行なわれていた。確か話によると毎年犬が捕獲されて処分される数は何千匹にもなり、猫の数は2,3万匹だと聞いたような気がする。その殆どが飼い主の身勝手で野良になり連れて来られるとの事。あそこに行くと悲しい犬の鳴き声が聞こえてくる。人間社会と動物の共生。不登校になった子どもが馬の世話で更生したニュースを前に見たが、動物を愛護していく気持ちが心優しい子どもを育成できるんじゃないかと考えてみた。



動物を飼う。いつか・・・

選挙活動って何?人柄を見てもらい、政策を聞いてもらい、一人一人、一軒一軒訪ねる事が基本だと思うが、リーフレットの作成から後援会作り等々、それ以外やらなければならない事が結構ある。実際の選挙活動以外でも実に様々な案件やお願い事も依頼される。自分では処理できない件に対しては、これまでの人脈を頼りお願いし、出来る出来ないは別にして、自分の範疇で可能なことは、できるだけ一生懸命対応している。よろず相談所のような気もするが、それで喜んでもらえればそれだけでいい。

今日も倒れそうになるくらい廻った。訪ねて行くのも誰と来たかが大事であり、自分一人で行っても話にならない。だから連れて行って下さる方の人望や人脈には本当に頭が下がる。こんな人が周りにいる事に感謝しないといけないと思った。二人で昼食を食べながら雑談をし、犬の話になった。子どもの頃から家では犬や猫、ニワトリにウサギ、何故かヤギも飼っていたので僕は動物が好きだけど、可愛がっていたペットが死ぬ時が一番悲しい。家族同然だし、本当に辛い。この方も犬を15年飼っていたが、その犬が死ぬ間際に主の帰宅を待って、寝ている状態で顔だけ上げた。そして顔をじっと見つめて、コクッと死んだと言う。自分の帰りを待っていたんだと思い、涙が溢れてきたと話をしてくれた。



平成18年添田岳陽同窓会

昨日は、従兄弟寄りが添田のしゃくなげ荘であった。妻の両親はとくかく兄弟が多いので従兄弟の数も半端じゃない。本当に力になってもらい、心強い。そして今日は添田岳陽会総会・懇親会があった。来年は田川高校90周年、しかも来年は当番期。こんな時に名前と顔を覚えてもらわないといけないけど、挨拶廻りでしていたお陰でかなり知ってもらっていた。それにしても今日の来賓で来られた方にはいささか驚いた。山本町長は公務で途中退席という事で最初に挨拶をされたが、来賓席に座っている方は、山本代議士(代理)、武田代議士(代理)、日野県議、富原県議だった。何だか勢ぞろいっていう感じで、内心ドキドキしたが、添田で田川高校岳陽会は僕だけなので、いつものように懇親会では名刺を配りビールを注ぎに各テーブルをまわった。本当に田川という地元で同窓生ということで激励・応援して頂くことが有難い。嬉しい。新人で組織のない僕にとって、添田町や岳陽同窓会が何よりの拠り所になっている。大きな山だけど、岳南魂で立ち向かっていこうと思う。でも自分ひとりの力じゃどうしようもなく、多くの人におすがりするしかない。

「どうか皆さん助けて下さい。私に力を与えて下さい。」

2006/6/25 18:48



田んぼの良さ

梅雨に入っているにも関わらず、初夏のような蒸し暑い日が続いたと思っていたら、一昨日よりの豪雨、凄い雨あしだった。英彦山や落合、津野等々は大丈夫かなぁ。大凡全部挨拶廻りで行ったので、土砂災害になりそうな山々や鉄砲水なんかが来たら危ない民家があったのが気にかかる。3年前の飯塚市水害は本当に大変だったが、よくあの嘉穂劇場も復興できたと思う。人の和の素晴らしさを実感できた。

都会は住宅が密集し、アスファルトにコンクリートだから一度洪水が起こると排水が全然間に合わない。田舎は田んぼがダムの役割をしているから、河川の水量を押さえることができ、自然のダムと言っても良い。また、斜面なんかに田んぼがあると土砂崩れを防ぎ、だから山の斜面に作られている棚田は、土地を守りながら米を作る一石二鳥の人間の知恵と言える。今一度、田舎の良さを見直して暮らしの中から災害に強い地域づくりの取り組みが必要だと思う。



人の心を和やかにしてくれる人

「酒の飲む人 花ならつぼみ 今日も咲け(酒)咲け(酒) 明日も咲け(酒)」

飲み会が続くのは大丈夫だけど、二日酔いの辛さには参る。健康は自分で管理するしかない。程々にしないといけない。先日も一緒に会食した人が、「実は医者からお酒を断つように言わた。そうじゃないと肝臓がもちませんよ」とドクターストップがかかっていると言っていた。そりゃ悪いですねと、ビールを注ぐのをやめると、「どうして注いでくれないのか、止めたのはそこの病院で、今は少しぐらいなら大丈夫と言ってくれる病院に通っているから大丈夫」だと・・・その後、話は大いに盛り上がり楽しいひと時だった。

こんな雰囲気をもっている人がいいな。別に社会的地位があるとか、お金持ちだとかで得られる存在感じゃないし、日ごろから周囲の人を大事にして、感謝しているからこそ、何となくホッとするんじゃないかと思う。素直で正直な本当の自分、喜怒哀楽の感情を大切にしているから、人の心を和やかにしてくれる。



男 40代

40代、ビジネスの世界では、上からは押さえつけられ、下からは突き上げられる辛い年代なのか。いやいや、気力、体力、経験のバランスが最もとれた充実した年代だとポジティブに考えた方が良い。また、今までの経験をバネに新しい展開を切り開いていける年代だとも思う。出る杭を打とうとする風潮がどうしてもあるが、出る杭は打たれ強いのも確かであり、大切なことは世間に認められるかどうかだと思う。

40代という年代だからこそ新しい試みにチャレンジし成果を出す可能性を大いに秘めている。企業でいうと上司や部下、同僚を巻き込み、地域でいうと年配から若者、同年代まですべてを巻き込み、今の閉塞感を打破できるのではないかと思う。「今を変えていく」ことへの意欲と使命感。これまで何度となく挫折感も味わってきた。チャレンジは決して平坦な道じゃないと認識している。むしろ、いばらの道であり、でも傷つきながらも立ち向かい、信念を貫かないといけない。

40代の夢は、「大人の夢」であり、だからこそ多くの人に接し、語らい、共感できる支持を得て、社会に貢献していかないといけない。40代は、現場で実際に体験しているからこそ、周囲に強い影響を与えることができ、「夢」は必ず実現できるという不退転の決意もまた、この年代だからこそできると思っている。



これからの環境教育

あと一ヶ月もすれば子どもたちは夏休みに入る。時間を少しでも作り、自然の中で思いっきり遊ばせてやたい。環境教育の基本が自然との触れ合いであるということは言うまでもない。幼いうちに自然に触れ、自然を知り、自然を理解する心が育っていれば、環境を守るための行動ができるようになるんじゃないかと思う。スウェーデンでは、5才ぐらいから環境教育を始めているという。まずは自然の中で遊ばせて、自然を好きになるように感じさせ、そして自然体験の次にごみの廃棄がどのように動物を困らせ、年齢が高くなるとともに複雑な社会的問題も教えていくと聞いたことがある。

今の環境教育はこの自然教育やリサイクル教育が主のような気もするが、ちょっと視点を変えて、社会を変えるための環境教育を問題にしたらどうかなぁと思う。社会を変える方法、つまり政治の仕組みや政治への参加の仕方、自分たちの意見を社会に反映させる方法等々を教えることにある。そうすれば子どもたちは、みんなで頑張ればもっと良い社会をつくることができるんだと思えるようになり、社会に希望が持てるんじゃないかと思った。いろいろ選挙活動をしていると、多くの人と出会い、話も聞き、子どもたちの自然や環境、社会との関わり、そんな事が話題になり、ふと、これからの環境教育の事を思った。



父の日

父の日の昨日、小学校の日曜参観と幼稚園の父親参観日が重なり妻と手分けした。子供の行事には顔を大体出しており、特に幼稚園児は見ているだけで楽しい。普段、家の中では見せない子供同士のおしゃべりや挨拶、姿勢を正したり、歌や踊り、成長過程は驚くほどであり、先生の指導には頭の下がる思いがする。午後からは小学校PTAのソフトバレーボールがあり、汗を流す。途中抜けて、夕方から集会に2ヶ所。そしてバレーボールのお疲れ様の懇親会に出席する。

いかにして、「父親」の役割を果たすべきか。今の社会では、なかなか答えのでない難題だと思う。自分と同年齢の仕事仲間と話していると、「子どもの教育のことで悩んでいる」という話題になる。特に会社でリーダー的役割を果たしている人に多いような気もする。多分、仕事のウエートが高すぎて、家庭生活とのバランスが崩れているのか、父親の厳しさと母親の優しさ、それに子ども自身の楽しさ、のバランスが崩れているのか。誰しも子育ては初めてだし、子どもだって兄弟姉妹一人一人違うわけだから、本当に難しい。「素直に真面目で、一生懸命」という生活習慣を子どもに身につけさせる事ができればと思いつつ、なかなかできない自分がここにいる。



肩書きよりも・・・

普段はぐっすり熟睡できるが、昨日の夜はなかなか寝付けなかった。午前中100軒近く訪問し、午後からも20軒近く挨拶に出かけた。夕方から会合が2件、帰宅が21時になり、それからお風呂に食事。一息入れる暇もなく、少し興奮していたのかもしれない。それにこんなに暑いと日射病になりそう。集会や会合以外はクールビズで行く事にする。

一緒に廻ってくださる方は、今は現役引退していて、殆ど個人のお付き合いでの紹介で挨拶廻りをさせてもらっている。企業にいた頃、その人を会社でしか見ていない人の多いことに今気がつく。○○会社の人だとか、相手の肩書きしか見ない人。今こうやって多くの人に接していると「会社」や「肩書き」よりも個人の魅力で付き合っている、接しているんだなぁ改めて気づく。

ある時社員から、「君じゃダメだから、課長か部長を連れてきなさい」と取引先から言われましたと相談があった。話を聞いていると相手が威圧的な物言いによって、自分を偉く見せようとしているのがわかる。自分にも同じような経験があったので、その時の話をしたのを記憶する。若い社員もいずれ課長、部長になるかもしれない。少年はいつまでも少年ではないから、若い社員だからといって決して疎かにはできないと僕は思う。肩書きよりも相手の能力や可能性を考え、個人と個人の関係をしっかりと築いていけるようにしなくてはと思う今日この頃である。



感謝の気持ち

とうとう車がダメになってしまった。父が7年前に亡くなり、そのまま使っていたが電気系統からどうも調子がおかしく、ファーンベルトにラジエーターが・・・7万キロで引き継ぎ23万キロも乗っていたので仕方がないか。ここ一年は妻の車を使用することにする。革靴も3足履きつくし、これじゃいかんと思い、今は990円のゴムの革靴に変えた。返って長持ちしている。家に中に上がったり、会合で挨拶する機会もあり、靴を脱ぐ事も頻繁なので、この靴は履く時に靴べらを使わず履けるからいい。昨日も家に上がって挨拶をさせて頂いたが、終わって頭を下げていると、”しまった”靴下の親指のところに穴が開いていた。あわてて、足の親指を曲げて穴を隠そうとしたが、奥さんからしっかり見られていた。

形あるものいつかは壊れるが、十二分にその価値を使う事が大切だと思う。車も長い間ご苦労様でした。靴も足を守ってもらいありがとう。人に物に感謝する気持ちを持ち続けていかないといけない。



一通のお手紙

こんな時だからこそ、心に「ゆとり」を持ちたい。相手の立場になって考える習慣を身につけたい。本当に地域を憂いている多くの人がいる。人が憂えることは「優しさ」だとは、坂本龍馬の母の言葉だった。優しさは「優れている」とも書ける。やさしさが行き来してこそ、人間関係もうまくいくと思う。人が人にやさしくなれる源泉は、人と人との関係の中で「つらい」思いをした時にあるような気もする。仕事で失敗して、自己嫌悪になった時。頑張ってもなかなか評価されずに自信をなくしかけた時。親しいと思っていた人から冷たい態度をされた時等々。

一通のお手紙を頂戴した。「決して無理や背伸びをせず、気負わず、力まず、多くの人に会って自分を知って頂くと共に、人を見る目を養い、本当に信用できる協力してくださる方を一人でも多く作ることが大切です。」

「ゆとり」と「やさしさ」、少し立ち止まり、肩の力を抜いて自分の意見ややり方をさりげなく表現、行動できるようになりたい。



世界戦略を考える企業が田川にもある。

急な連絡で川崎町の会社社長とお会いする機会があった。久しぶりのビジネスの話。特化した分野で国内シェアーもトップクラスでグローバルに展開している。企画力・着眼点も面白いが何よりビジネスモデルが凄い。多分低価格化を実現し、スピードを取り入れているところに顧客をつかんでいるだろうと想像できる。東欧に支店を構えているとのこと、人件費の安い東欧に生産拠点を持ち、製造コストを大幅に削減しているんだと思う。かつ、インタネットを活用して流通コストも大幅に削減し、瞬時にお客様に提供する。田川にも、こんな素晴らしい会社があるとは思わなかった。ここの会社の事業領域も、ITを通じて携わっていたので、よく理解できる。今は国内市場をターゲットにしているとの事だけれど、実は海外の市場の大きさは計り知れなく、日本発のビジネスモデルと品質で国際ビジネスにも展開できるんじゃないかと直感した。

新しい事業分野をゼロから立ち上げなくても、既存の業務や産業にIT等の新しい技術やノウハウを導入することで、採算の取れる事業にすることができる。これまで取り組んできた飯塚市でのe−zukaトライバレー構想は、新産業の創出による雇用の創出が一つの目標であったが、田川で実践していきたいのは、既存産業なり既存商品のなかに眠っているチャンスを見い出し、競争力の高いビジネスへと展開できる制度や環境をつくり、世界に通用する人材を育て、農業・林業・商工業が飛躍的に伸び、そんな活力ある街づくりを実践していきたい。田川には明るい可能性が満ちている。



先人の教え

梅雨の季節になった。このブログを書き始めたのが、1月だったのであっと言う間の6ヶ月。雪の山道をテクテク歩いていたのが昨日のように時間の経つのが早い事。先週の日曜日と今日の日曜日は、朝5時起床で、家の梅をちぎり庭木のせん定をする。何しろ朝も早くから予定がびっしりと入っているので、この時間にしか家の仕事はできない。8時には終了し、午前中は地区のグランドゴルフに参加し、表彰式も出れずに正午には田植えの神事に2ヶ所でご挨拶。そして、午後から挨拶廻りに、夕方からは前に会えなかった方々の家への訪問と、とにかく廻るところは山のようにある。

梅は今年は割りと多くなっていて、神崎妻はせっせと手作りの梅干づくりに取り組む。梅干は冷え性に良く効くらしい。妻の話によると、梅干になる前の青梅は身体を冷やす性質をもっているが、塩とシソを加えて日光にあてると身体を温める性質に変わるとの事。知らなかった。半年ぐらいねかせて寒い季節に食べると良い。季節にあった食べ物と自然の中からの理にかなった性質を見つけ出した昔の人は本当に偉いと思う。



運動歴

32チームが参加し、2006年ワールドカップ(W)杯が開催された。優勝するのはどこの国になるのか、熱狂的なサポーターには釘付けの1ヶ月になりそう。高校時代の3年間はサッカー部に所属し、朝も早くから練習をし、夜も遅くまで走っていたのが蘇る。勉強なんて殆どしていなかったし、女性にもオクテだったので、クラブ活動に熱中したサッカー少年の高校生活だったような気がする。運動神経は割りと良かったのでスポーツは何でもしてきた。野球に柔道、スキーと社会人になってからはゴルフにテニス、35才からは剣道も始めた。変わったところでは、パラグライダーや小型船舶の免許も持っているので、ジェットスキーにモータボートもしていた。何でも体験しないとその苦しさも楽しさもわからないから、子供たちには何でもトライできる環境だけはつくってやりたいと思う。まだまだ子供は小さいけど、いずれ大人になり巣立っていく時がくれば、妻と二人で楽しめる運動をしたいなぁと考えている。先は長いなぁ〜。

「神崎さん、今は時間がないから、なかなか運動が出来ないでしょう?」 「いえいえ、今は選挙運動をしています。」



違反キップ

これだけ時間に追われて、車に乗っている時間も一日の走行距離もあり、とうとう違反切符を切られてしまった。運転中の携帯電話で6,000円の反則金。あ〜あ、ドライブモードにしておけば良かった、と言っても後の祭り。電話も頻繁にかかるようになり、イヤホンを買っとくべきだった。警察官から「今携帯で電話していたでしょう!どこから電話がかかってきたんですか?」と聞かれた。いや〜参った。でも、きちんと運転中に携帯電話をしていましたと認めているのに、誰と電話をしていたのかまで質問するのはどうなのかなぁ〜。答える必要もあったのかな〜、後でちょっと疑問に思った。長い選挙活動、こんな事もあるさと少し落ち込んでいる自分言い聞かせ、直ぐに郵便局に行って納付した。そう言えば、民間委託による駐車違反の取締りが6月1日より始まった。迷惑駐車や路上駐車による事故をなくすための止む得ぬ措置だと思うが、宅配業者やちょっとした用事のある時等、不便な事だと思う。賛否両論いろいろあるが、違反キップを切られたせいか、「取り締まることだけを目的にしてほしくない」と心の中でつぶやいてみたくなる。


職住近接の街づくり

地域・地方の時代は、別に東京に対抗する必要もなければこの九州が世界とどう関わっていけるかが問題になってくる。いろいろとイベントやプロジェクトをつくっても一時的なカンフル剤にしか過ぎず、経済というものは毎日人が来て、情報が集まり、お金を落とし、企業が根付く、そしてまた人が来る。恒常的に来てほしい人・情報・企業とは何で、それを受け入れるインフラはどうあるべきかが大切だと思う。そういったグランドデザインが重要であり、世界中から人・モノ・カネが集まり続ける循環をつくるべきだと思う。そのためには、地域の資源を活用して自分たちが住む街、住みたくなる街づくりを考えねば。一度観光で来た人、例えば国内外の会議を田川で開催しその参加者たちが退職後に住みたいと集まってくる。子供や孫も来て、24時間型の情報産業までも集積される。こんな自然豊かで森林浴ができる地域でビジネスのアイデアを出し合ったり、散策したり、職と居住空間が一体となった街づくり、シリコンバレーはそんな理想的な地域でもあった。



ラストワンマイル(2)

「街ごとBB(ブロードバンド)」をキャッチフレーズに、いろいろ仕掛け作りや企業とのアライアンスに取り組んできた。行政が必ず住民に提供しなければならないものは、行政告知(災害情報等)と行政案内(いわゆる回覧板)である。全世帯に伝達するためにSTB(セットトップボックス)を導入し、家庭のテレビでインタネットができるようになった。またIP電話で無料の通話やテレビ会議を提供したり、高齢者とのコミュニケーションを密にした遠隔保健サービスや小中学生に家庭のテレビで習熟度別学習が取り組めるe−学習塾等々、コンテンツはたくさんある。ラストワンマイルが可能になると地域の暮らしも画期的に変わり、生活者も企業も起業家もいろいろな可能性を見い出していける。安心で安全な街づくり。どこの地域も防災・防犯、テロ、また抵抗のできない子供たちの身を如何に守るか、本当に大変な時代になっている。ITの活用で少しでも未然に防げればと思う。ラストワンマイルの情報整備基盤の整備、行政・民間知恵を出し合って取り組まなければならないと思う。


ラストワンマイル

ラストワンマイルをどうするか、高度な情報社会を実現するには大きな壁があり、この言葉に集約される。格差社会と言われるが、なかなか結果が平等にならないのが現実である。だから、弱者あるいは失敗した人をどう奮起させるか、そこの政策はとても大事だと思う。大事な事は機会は平等に与えられるべきであり、デジタルデバイドを如何に解消していくかは行政が率先して取り組まないといけない課題だと思う。電子政府、電子県庁や電子自治体の推進はすでに取り組んでいるところだけど、それでも地域格差や個人格差は大きくある。公平・公正・中立に情報は伝達されるべきであり、ネットワーク社会に対応した行政サービスや行政事務は、実はここだけにとどまらず、企業や地域コミュニティの形成にも大きく左右される。どのようなネットワーク社会が理想かと考えると、これまで全国に先駆けて行政のワンストップサービスに取り組んできたが、これからはワンストップサービスからノンストップサービスへと提案していきたい。いわゆる官と民が融合しあう街づくりをすすめていきたい。民間サービスの裏側で官の行政サービスが提供できる仕組みをつくっていきたい。これが究極の高度なネットワーク社会に向けた一歩であり、日本発のグローバルスタンダードは官と民との融合と地域コミュニティの形成にあるんじゃないかと思っている。


自動車関連産業のクラスター形成

新産業の創出による新しい雇用の確保。大変難しい取り組みだけど何としてもやらないといけない。福岡県は年内には自動車生産が100万台/年突破する。自動車関連だけで相当な部品メーカーが集積しているし、当然輸送コストの削減の面から現地調達や技術者育成、地元企業の参入等積極的に展開しているが、不思議なことに立地的にとても恵まれているはずの田川にクラスターできていないのが現状である。様々な優遇策や自動車産業の成長を支援する制度も考えていると思うが、もっと積極的な働きかけと産業振興のビジョンを示しているのか、どうなのか?やはり自動車産業は裾野が広く、人脈をつくり、他の地域と差別化できる支援策なり取り組みを創意工夫し提示しないと企業はのってこないと思う。大きなチャンスはそんなにない。雇用の創出を図るため、やれる事はなんでもやってみる。この変革の時代には、そんなリーダーシップが必要だと思う。



1.25という数字

日本の出生率1.25という衝撃が今日の新聞に載っていた。少子化対策にあの手この手とアイデアを出し政策提言を打ち出してはいるが、歯止めがかからない。福岡県の子育て応援宣言企業になり、シンポジウムのパネリストとして主に企業の立場から話をさせてもらったが、持論としては出産・育児期の女性の労働意欲は極めて高いのに保育所や学童保育の環境が不十分、また職場では制度は整っているが風土がない、そして家庭では核家族でおじいちゃんやおばあちゃんがいない、旦那の育児なし(意気地なし)といった現状は概ね間違いないと思う。実は先進国では女性の就業率が高い国ほど出生率が高いという統計が出ており、出産・育児を機に退職する日本の社会では、出生率の改善が見込まれないような気もする。情報サービス業だったので企業にとって優秀な女性が退職することは人材の損失であり、いかに職場復帰のための労働条件を提示するかが企業にとってのテーマだと思っている。子育て支援が企業の競争力を高めていくと思っている。

妻は4人の子供の育児休暇中にキャリアアップに取り組んできた。子供を持つことのすばらしさを知り、次の世代に伝えていく事への喜びを持つことが大切だと思う。個人も産業界も行政も仕事と育児の両立に待ったなしに今取り組むことが大事だと思う。



誕生日プレゼント

地域の活性化を考える上でどうしても戦略的構想が必要となるが、県や市町村、そして地域が協働して地域の将来像を明確にし、それを具現化するための戦略的なプロジェクトが今田川にあるんだろうか?素朴な疑問にあたる。

選挙活動はこれからが本番だと思っている。その上で大事なことは、やはり家族の支えなくして戦えない事は言うまでも無い。毎日が生活だから、時間的・精神的に大きな負荷をかける。昨日は妻の誕生日、夕食は家族でたこ焼き大会をする。それから添田公園をみんなで散歩する。2、3日前、蛍が10数匹だったのが、何百匹もいて幻想的で楽しめた。小さい下の子は大騒ぎ、「お母さん、お誕生日おめでとう」と4人の子供たちが蛍を見ながら言った。ささやかな誕生日プレゼントになった。



積極的な行動が必要

集票のためには、より多くの柱になる組織を立ち上げねばならない。浮動票に頼らずに確実に勝つ戦いをするためには、一票一票を積み重ねていかないといけないが、1万5,6千票はとてもとても大きい。地域毎での活動、学校関係、友人知人、親戚と体制作りを急がないといけない。そして票の動きがリアルにつかめるようにしておかないと、とても選挙は戦えないと思う。いづれにしても選挙でも仕事でも人脈をだどり、紹介と言う形で人の輪を広げていくことが強固な柱になっていくと思う。

それにもっと積極的な仕掛け作りが必要だと痛切に感じる。紹介を受けるだけじゃなく、地域での小集会、業界の勉強会やセミナー等を企画することで、実態や課題が見えてくるし、何より人間関係が濃くなってくる。まだまだやることは山のようにある。



明確なビジョンとリーダーシップ

この変革の時代、重要な力を持つのはやはり政治力だと思う。大枠の方針が決まり、それが国なり地域社会の潮流になっていくので、明確なビジョンとリーダシップがないと、やがて衰退していくのは見えている。少子高齢化、大きなテーマである。特に、この地域は若い生産性のある人が減少しているわけだから、どう考えても構造的にも弱く、競争力も弱い地域だと認識できる。この弱点をどう克服し、楽しく豊かな社会が築いていけるか、安心で生きがいのある生活を送れるか、少子高齢化の先進国・先進地域として先進型モデル地域の構築に向けて取り組んでいけるか、大きな選択の時期に来ているんじゃないかと思う。

間違いなく大きな可能性を持っている地域であるし、地域の中にもたくさんの人材が埋もれている、ここから輩出された人材もたくさんの人材がいる。内外のネットワークを構築し、環境も整備し、次世代をどう創っていけるか、大事な時期なのは確かだと思う。



10才の誕生日

「病気や事故には気をつけてね」と、よく声をかけられる。本当に有難い。健康管理もしなくてはと思っていると子供が風邪をひく。子供の数が多いので連鎖反応のように次から次へと、そしてまた風邪のキャッチボールになる。子供は風邪の子、怪我や病気をしながら免疫をつけ、成長していくんだと思う。

田川郡内を廻り帰宅すると、次男が一人でボール遊びをしていので、少しの間キャッチボールをしてあげた。近頃なかなか遊んでやれていないので、とても嬉しそうで、「もう1球、もう1球」とせがまれる。4人の子供に恵まれ、一人一人を見ていると同じように育てているつもりだけど、個性が一人一人違い面白い。兄弟の中での上下関係の社会があり、悔しい思いをしながらもたくましく成長していくんだと感じる。そんな事を思いながら、朝早く起きて薄暗い添田公園を歩いていたら、蛍を一匹見つけた。今日は、長男の10才の誕生日。前々から家族でささやかなお祝いをするように計画していた。



結婚〜恋から愛に変わる時

夜のお付き合いが続く。一緒に同行してもらったり、訪問するところは第一線を退いた方が多く、たまに会話の中で、子供さんがまだ結婚していないので、という話をよく耳にする。晩婚化の現象なのか、親としては気がかりで心配の種だと思う。ただ、こればかりは本人次第だし、またご縁なので如何ともしがたいものだと思う。結婚式も随分出席させてもらったが、親御さんの気持ちを考えると涙が出てきて感動する。お付き合いから結婚へ決意する時、そこには気持ちの変化なり整理なりをすると思うが、まぁ男性の場合、恋から愛へと気持ちが変わるんじゃないかと思う。恋は心が下にあるから下心、結婚する時それが愛へと変わり、愛という字は、心が真ん中にあるので、真心になる。そして、愛は心を受けると書く。結婚式でこんなスピーチをしたのを記憶する。



大きな大きな「守破離」

「稽古とは、一より習い十を知り、十よりかえる元のその一」 学校でも社会の中でもスポーツでも、すべてに共通する言葉かな。基礎基本が大事であり、選挙で言うとひたむきに一人一人と会うことだと思う。投票用紙に名前を書けるのは、どんな人も一人だし、こればかりはみんな平等であり、一票一票の積み重ねしかない。従って、歩いて歩いて歩く以外方法はないと思う。

社員研修でよく話をしていたのは、社会にでるといろいろな壁に当たる。そんな時、どこかの時点で今までのスタイルを一度破り、自分なりのやり方や時代にあったモデルを構築していかないといけない。自分自身のオリジナリティを持つ事で、人は大きく伸びるものだと・・・でも、今まで学んだ基礎基本やルール、規律等をしっかり守ることが大事であると・・・。今の自分自身は、社会人として、人生としての大きな大きな「守破離」を経験しているんだと思う。

「規矩作法守り尽くして、破るとも、離るるとても、もとを忘るな」

千利休の「守破離」の言葉である。



道州制の目的は?

新聞等を見ていると、にわかに「道州制」が現実味を帯びているような気もする。国が市町村合併を進めている大きな理由は経費削減というのが狙いだと思うが、そこも本当に市町村合併が必要なのかどうなのか、メリット・デメリットは何なのか、住民にはさほど知らされていないのが現状なんじゃないかと思う。その市町村合併の延長線上で47都道府県をもう少し大きくして効率化を図るべきという考え方は、いささか疑問でよくわからない。市町村合併も道州制も、地域が如何に繁栄していけるかという視点が大事だと思う。日本は中央集権で、何でも国全体を一つとして考えてきたから、今の時代にはマッチしなくなってきた。今の日本には複数の答えがあり、かつ地域によって事情も異なり、だから規制緩和と構造改革特別区という制度も取り入れられていると思う。優秀な人材、資金、企業、情報、また技術を日本だけにとらわれず、世界中から呼び込む事が大切であり、他人の原資を有効に活用してこそ、地域の実情にあった繁栄があるんじゃないかと思う。ボーダレス社会の中で、ローカルでありながらグローバルに挑戦していく、そんな「グローカル」な地域になっていくんだったら、道州制はとても意義があると思う。



ローマ帝国が滅んだ理由

歴史は本当に好きだった。特に高校の時、世界史の熱の入れようは異常なくらいであったが、逆に他の教科は情けないぐらいダメだった。今日は午前中、元会社の社員の親戚を廻らさせてもらった。仕事ではなかなか発見できなかった彼の一面を見たような気がする。午後からはちょっと気晴らしと子供にもせがまれて田川市の川渡り神幸祭に行く。福岡県指定無形民族文化財であり、16世紀中ごろから続いていると言われている。田川には誇れるものが多くあり、国の基幹産業を担う地域で多くの人材も輩出してきているのに今日の落差はどうしたものかと多くの人が言っている。至上最大の帝国と言えばあのローマ帝国であり、あれば侵略されて滅んだんではなく、政府がパンとサーカスを与えすぎたため滅んだと言うのは歴史上の事実である。福祉と娯楽を国民に与えすぎたという事であり、結果財政が破綻、人材も育ってなかったためということだと思う。何か自分の地域にも思い当たるところが大いにあると思う。福祉や社会的に格差があるところには当然、何らかの政策が必要だと思うが、過ぎたるは及ばざるが如しで程度も大切。大事なことは独立自尊の精神で、頼らず求めず自立自助で乗り越えて行くしかない。

でも、お祭りを見たり参加すると大いに活気づく。また、ビックリしたことに、ゴミがほとんどなかった。ボランティアの方々の長年の努力の賜物だと感心した。ローマは食料と娯楽で滅んだが、田川は3K、お祭り(観光)と環境、そして何より地域の人たちの健康への取り組みで、田川の街づくりが再生していく明るさが大いにあると確信している。



新しい時代が必要としている人間関係

多くの地域の人は、もっと地域を良くしたい。もっと良い方向に変えたいと心から願っている。でも、変革が必要だと「わかっている」人は多いが、変革のために「自分はこうしたい」と本気で思う人はきわめて少ないのも事実のような気もする。その意識を意思に変えて行動に移せるようにするためには、支援してくれる環境、つまり地域の体質がカギになる。そのためには、やはり変える力って言うのは、対話を重ねていくことから生まれるんじゃないかと思う。対話によって知恵を生み出す地域や組織が生まれるんだと思う。どうすればそれができるのか?

前に学校の先生から、こんな質問がきた。「あなたは、○○に縛られている」 ○○には何が入りますか?僕は○○を過去と言った。誰しも「しがらみ」があるから。どうしても、人はリスクを恐れ、安全パイのみを拾おうとする、だから、しがらみを増殖させる。今田川にとって大事なのは、「新しい時代が必要としている人間関係」を再構築することじゃないかと思う。

競争力のある企業は変化にも敏感だし、今現在、消費者の価値観が変わって、企業も行動を見直さなければならなくなっている。例えばインタネットによって消費者の発する情報が生産者を変えている。企業も行政も地域も、「過去は参考にしてもこだわるな」から「過去は参考にならない」時代になっている。変化を前提に、今起きていることを、これから起こるであろうことから戦略を立案していくことが求められ、しがらみにこだわっている場合ではないと思っているのは、僕一人ではないと思う。



独り言にお互い付き合える関係

立場や仕事の役割が大きくなると、それなりに責任が伴いかつ悩みも多くなる。男性の多くは、家族に余計な心配をかけたくない、弱音を吐きたくない、また仕事の内容についての話をすると職場の人間関係から説明しなければならないので、これはまたややこしくなる。まわりからすると、どうして家族に打ち明けてくれないのかという不満にもなり、なかなか人に理解してもらうのは難しい。お互いフィフティ・フィフティの関係であり杓子定規の会話よりもお互いの独り言に、お互いが付き合える関係であればいいと思ったりする。

今、どの企業も業界も倫理度が問われている。いわゆるコンプライアンス。会社在職中、社員、管理職、役員、また経営を任されるステップを踏み、それに伴って倫理観も備わってきた。法や会社の方針を破っていないか、ステークホルダーとの関係は公平でウィン・ウィンの関係に寄与しているか、特に自分の気持ちはどうなのか、これは自分を誇らしく思うのか、もし新聞等に掲載されたらどう感じるのか、家族に知られても心安らかでいられるのか、多くの人はそんな事を思いつつ、なかなか仕事のすべてを家族には話せないのではないかと思う。



ゴルフでのポリシー

ゴルフコンペの表彰式&懇親会で挨拶をさせてもらう。ゴルフも暫くしていない。ゴルフは麻生セメントに入社した時、所属長から勧められ始めたが、熱中し過ぎてゴルフ学校にも通い、給料の殆どがはゴルフ代に消えていた。結婚した頃からまったくしなくなったが、社長になり付き合いも増え、また始めるようになった。でも、なかなか上達できないので、ゴルフに対して自分なりのポリシーみたいなものをもった。ゴルフで100を切らない人、これはゴルフをおろそかにしている。ゴルフで90を切る人、これは仕事をおろそかにしている。じゃゴルフで80を切る人はどうか?この人は家庭をおろそかにしている。だから自分には90台がちょうど良い。

ハーフをあがっての食事やゴルフ終了後の表彰式で、こんな会話をしながら懇親を深めていたが、今日のような挨拶の中でそんな冗談を言える余裕は今の自分にはない。



自分自身の市場価値

今、身内に手伝ってもらいながら過去の名刺の整理をしてもらっている。何千枚もの名刺を見て本当によくこれだけの方々とお会いしたと思う。一昔前なら会社での肩書きがすべてのようなところがあったが、終身的雇用の保証がなくなっている今、如何に自分の市場価値を高め人生を生き抜いていけるか、とても厳しき時代になっていると言える。本来、社内価値よりも市場価値のほうが主観性が少なく、市場、顧客の評価で社員の査定が行なわれるべきだけど、現実にはそれを上司が代行する。従って心理的に上司から気に入られるような仕事になってしまい、結果、市場評価とのギャップが生まれる。会社としては、気に入られて一ヶ所に塩漬けにされたんじゃ長期的な成長のメリットが失われるので、ローテーションで人を成長させる。

自分自身を振り返ると、コンピュータ部門、IT企業にいたせいか、様々な部門や業種・業界を経験した。何よりも、何度も危機的状況の修羅場を体験した。大切なことは困難な仕事に正面から向き合うことだと思う。そして、競争環境が人を成長させ、人間関係を重視しながら対応していくことで自分自身の市場価値が高まっていくと思う。一人一人の名刺を見ながら、ふとそう思った。苦しい時に手をさしのべてくれ、一点の光が見え、困難な状況を突破した経験は決して無駄にはなってなく、手をさしのべてくれた人のご恩は決して忘れることはない。



地域が一体化になるっていうのは

地域が一体化になるっていうのは、やはり祭りが一番なのかもしれない。昨日今日と添田町の神幸祭があった。選挙を戦う人は誰しも一番安心できるのが身内で、そして地域、同級生に同窓会や趣味やサークルなんじゃないかと思ったりする。その地域が一体化して大いに盛り上がるのが祭りであり、神輿を担ぐには多くの地域の人たちの協力なしには成り立たないので、選挙に相通じるものがある。もちろん楽しいだけのお祭りさわぎだけじゃ当選はおぼつかないが、上昇ムードに多くの参加者を巻き込み、最終日に向けてクライマックスを迎え、最高潮に盛り上がるのは祭りそのものだと思う。一人でも多くの人に参加してもらえるように地道な種まき活動と、やがて芽が出てつぼみとなり、みんなで花が咲きますように・・・今日の神幸祭のような爽快感を味わってみたい。


ハインリッヒの法則

企業の朝礼で挨拶をさせてもらう。社長や主任の人が工場の安全対策、事故防止についての話があった。昨今、社会的な事故が数多くおきているが、事故がおきると以前は個人の失敗を突き止める風潮があったように思う。なぜその事故は起こったのか?どのようにして起こったのか?を追求してシステムの改善を行い再発防止の対策を立てる事が重要だと思う。徹底した原因究明により、再発防止対策を立てる事が大事。1:29:300というハインリッヒの法則があるが、1つの重大事故には29件の軽い事故が発生し、300件のヒヤリ・ハットが発生している。ヒヤリ・ハットとする状態をなくすことが事故防止につながる安全対策である。あの六本木ヒルズの回転ドアの事故でも、報道等では、いままで過去に救急車に乗るような事故が起きていたと伝えられていた。同じように三菱のトレーラーの事故も死亡事故が起こったあとから、タイヤの脱輪事故や検査で見つかった異常がかなりあったという事。あのタイタニックの中でも人命よりも船長の名誉を優先するシーンがあり、部下が、「氷山があってぶつかりますよ」という、忠告を無視して結局海の藻屑になってしまったのを思い出す。

人間だからミスはあるわけで、それを身近にいる人が注意して改める事が大切であり、注意を受けた時も他人の意見に耳を傾ける謙虚さが必要じゃないかと思う。



JC青年の船

先日神戸の友人から激励の電話が入った。彼とはJC青年の船の団員でもう20年近くの交流になる。1988年25才の時、イギリスのコーラルプリンセス号に乗り全国から500数十名が横浜港から香港からグラムに向けて出航した。目的は「世界平和と青年の役割」、副主題として「ボンボヤージュ〜感動が主食です」。10名ぐらいのグループに別れ、ディベートのような主張を行い発表し代表にもさせて頂いた。2週間の旅であったが今でもあの時の感動がよみがえる。若い時にあのような異業種交流しかも2週間もクローズされた中での共同生活、人生にとって本当に大きなステップアップとなっている。JC青年の船はこの年で最後であったが、是非このようなチャンスを若い人たちにはどんどん体験してほしいと願う。



自由な発想を取り入れるためには

保守系というのは組織票を持たないもっとも過酷な選挙活動をしないといけない。でも一軒一軒、一人一人訪ね、草の根のような活動をしていける強みも同時にある。この活動が多くの人の意見なり課題を聞くことができ、政策に反映できるのだと思っている。企業なり行政なり、これまでは自分たちの立場でものづくりをしてきたが、こらからはお客様のニーズに基づいたものづくりをしないと生き残りができない。生産者・製造者・提供者から消費者・利用者・生活者の立場で物事を考えていかないといけない。より多くの人の意見や知恵、アイデアを取り入れたもっと自由な発想が必要じゃないかと思う。例えば公共事業で行政サービスのアイデアを一般から募集、採用されたら提供者には事業費の何パーセントかを支給する。そうすれば行政に対して大いに関心を寄せるばかりでなく、生活の中からの知恵が反映され役所サービスに活かされるかもしれない。台所事業が苦しいのはどこも同じ、「入るを図り出ずるを制する」ための創意工夫をみんなで考えるためには、こんな条例なり制度をつくっても良いのではと思ったりする。



農業政策について

農政についてあまりにも知識が乏しいが、幸い父が役場に勤めていたこともあり、農業委員会事務局長や特産物開発室長、産業振興課長等、農林政策についていろいろ話をしていてくれたのでその難しさは何となく理解していた。 福岡県は気候に恵まれ有利な生産条件の下、県民500万人の消費市場を控えた、まさに農業振興に適した地域といえる。したがって福岡県の農業・農村振興条例の目標があると思うがその実現に向け、農業サイトだけでなく県民一体となった取組を進めることが何より必要であり、例えば「あまおう」のように生産・販売の強化により、いちご生産日本一を目指すことなど取組を進めないといけない。また、アジア・マーケットに対する本格的な販売戦略の構築や福岡らしい水田農業の展開が必要だと思う。さらに、物産展等の直売所、学校給食を中心とした地産地消、食育を推進していくことも大切。特に筑豊地域については県内一おいしい米づくりと一町村一品目を設定した小回りのきく園芸地産づくりによって農業を中心とした地域振興が何より重要だと認識している。父が取り組んできた事業なり仕事と自分が得意としている技術を融合させる事によって、生産と販売を一体化した農業政策を少しでも考えられるんじゃないかと思っている。いづれにしてももっと勉強していかなくては。



オフの充実がオンの活力に

大型連休も終わり、もう5月中旬となる。2日間活動中止、家族と一緒にオフを楽しむ。やはり職場からも自宅からも離れた場所でくつろぐことが充実したオフを過ごせると思う。そこで家族や友人たちと飲み語らいを楽しむ。普段とは異なる環境に身を置くそれだけで心身ともにリラックス、リフレッシュできる。周囲には自然が溢れ、子供にとってもいい影響があるのはいうまでもない。仕事からも日常生活からも離れて普通のことをする。これがオフを満喫できる極意なのだと思う。地方にいる自分たちでも、普段と違う自然に触れ温泉なんかに入り美味しいものを食べ週末や長期休暇を楽しもうとするのだから、都会の人たちはなおさらの事だと思う。セカンドハウスなり第2の故郷のような施策が必要だと痛感する。昔ながらの農家が残っている田川で週末に、のんびり過ごせる空間を是非提供したいものだ。



プロポーズの言葉

ゴールデンウィーク真っ只中。明日から友人家族と一緒に九重に行く。久しぶり家族での旅行。子供たちを大いに遊ばせよう。行楽日和でどこも家族連れで賑わっている事だと思う。子育ては親育ちであり、何よりその成長過程が面白い。結婚も二人で新しい価値観を創っていくから苦労も多いが楽しい事、嬉しい事が山のようにある。

本格的な少子高齢社会を迎えようとしている今、何となく暗く先細りのイメージが先行しているように思うが、選挙活動を通して感じることだが高齢の年配の人たちの何と元気で若々しい事か。余程若い世代の方が元気がないようにも思える。問題はやはり少子化という事だと思うが、要因は様々で根が深い。一つは女性の社会進出による自立(これは大賛成)であり、晩婚化にもある。育児・子育てもあるし、育児後の社会復帰も大きな課題。その前に、なかなかいい人に巡り合わないという話もよく聞く。今の男性はプロポーズなんてするのかな?妻には何回もプロポーズしたが、やはり照れくさいし勇気がいる。今、大阪駅前、福岡天神でブライダルカフェっていうのがある。ブライダルに関する情報が満載で、最新のドレスや指輪等々が展示され試着やメイクもできる。インタネットでのホテルや新婚旅行先なんかいろいろな検索もでき無料でDMが自宅に配達される。しかも、コーヒー代が検索する毎にディスカウントされ、カップルにはもってこい。いつかここは、大ブレイクするんじゃないかと思う。

「ねぇ、ビィ(B)カフェ(ブライダルカフェ)に行こう」これが、プロポーズの言葉になれば、世の男性も気楽にさりげなくプロポーズできるんじゃないかな。



幸せの青い鳥

じんざいには、「人罪」「人材」「人財」と漢字で書ける。よく企業なんかで管理職やトップが、「人材がいない」と嘆いたりボヤいたりする人の多い事。でも泣き言をいう前に社内にいる隠れた人材の発掘に力を入れることが先決だと思う。いろいろ探し回った幸せの青い鳥は、実は身近な所にいたという話がある。今、多くの人たちに助けられ一緒に同行してもらいながら、人材は人材のいる所に集まっているんだなぁと改めて思った。選挙活動で僕の周りの人たちはすごい人材なんだと思った。本当に僕にとって、財産になっている。

人には得手、不得手がある。得手なことをさせれば本人もやる気になるし、それだけ成果もあがる。逆に不得手なことをさせれば一生懸命やってもその割りに成果は上がらない。誰しも幸せの青い鳥になれるのに、不得手のことばかりさせている人がいるのはどうしたことか。多くの人に会いながら、人には得意なところ苦手なところがあり、得意なところを伸ばしていくことが何よりも大事であり、企業や行政、組織で中にいる一人一人が誰かの幸せの青い鳥になることができると痛感した。



新3K

時代と共に変わる3Kと呼ばれるもの。高度成長期に流行った、「きつい」「汚い」「危険」と職場を敬遠する3K。バブル崩壊後は、「交際費」「広告宣伝費」「交通費」を削る3Kが合言葉になり、今はさしずめ「国際化」「高齢化」「個別化」と言ったところか。田川経済の柱に新3K産業を創出したいものだと思う。「健康」「観光」「環境」これにITという技術を加える事で大きな雇用の創出が図られる。地域のブランド力をつけ、価格競争に巻き込まれない商品、サービス等の価値を創造していく事が何より大事。

今からの時代を乗り切っていくためには、「謙虚で」「気負わず」「気配り」のできる新3K人間を育てる教育が求められていくんじゃないかと思ったりもする。



人脈の法則

夜の会食が続く。でも、同級生の会なのでとても心地が良い。思い出話に花が咲き、とても和やかであり、楽しい。それぞれの分野で活躍し、それぞれ家庭をしっかり持っていて、一言でいうとみんな「感じのいい人」になっていた。これから多くの人たちと会うことになるが、同級生のようにいつまでもなつかしく、心がひかれ、また会いたいと思えるような出会いにしていきたいと思う。なぜかしら僕の場合、不思議と人間関係がどんどん広がっていくみたいで、それが最初は仕事には直接関係無くても、ある時大きなビジネスチャンスにつながっていった。人と人との妙味は携帯やメールなんかより、やはり直接出会う事から始まる。人の情報や人脈を豊富に持ち、しかもオープンに提供していくことで、さらに輪が広がる。人脈の法則はここにある。



言葉の重みは・・・

言葉の重みって言うのを考えた時、「何をいっているのか」と言う事よりも「誰がいっているのか」というのを重視する気風があるように思う。例えば同じ事を言っても、実力者だと「なるほど、さすがだ」と感嘆したりする。やはりそれまでの実績や経験が、その人の言葉の重みになるんだと思う。実績や経験というと議員を何期やったとか○○党出身だからというのではなく、要するにその人がどのような考えで、どう取り組んで、どういった成果になったかが本当は大事なのだと思う。

候補者の選挙公約や基本政策、マニフェストを比較してもどれ程の違いがあるのか。有権者が判断するには、もう少し踏み込んで、具体的にどのような手立てをもって、その公約を達成できるのかを明らかにしないとわからないんじゃないかと思う。構想を示し、現実とのギャップを如何に埋めていくのか、一つ一つの課題を粘り強く解決していく力が必要だと思う。日々の隠れた努力なくして、ひと言で人の心を動かす事はできない。



自己変革

久しぶりの東京だった。2日間時間の許す限り、いろいろな方々にお会いした。こんなにも自分の見えない所で知らないうちに、守られていたんだとは思わなかった。本当に感謝しなくてはいけない。誰にでも自分の殻を破る時っていうのが、いつかは来るもんだと思うが、今がその時じゃないかと痛感する。時代も変革しているが、自分自身が自己変革していかなくてはならないと思う。それためには、何が必要か考えた。

・自分の身の丈を知らないといけない。・理想や目的は自分の実力より多少高いところにおくこと。・そのギャップを埋めるために良い師匠や友人と出会う事が何より大事。

絶えまなく、限りない自分自身を発掘し続ける事ができるだろうか。昨日も夜遅くまで妻との葛藤があった。二人とも何としても乗り越えねばという思いと、自己変革していく難しさを痛感しつつ、いつか世のため人のため、見守ってあげられる時がくるようになれるのかなぁ。



日本大学音楽祭

友人から電話がかかる。彼とは田川高校、日本大学と同窓であり今東京の会社で人事部長をしている。連休に帰郷するので一杯やろうという連絡。高校もクラスは同じで、大学に入ってからは学部は違っていたが日本大学福岡県人会で僕が幹事長、彼が副幹事長という腐れ縁だった。おまけに、大学3年生時に第12回日本大学音楽祭の実行委員長をしていたのが僕で、彼は渉外部長を引き受けてくれた。春・夏休みを潰したが、僕らにとっては大きな思い出であり、広告募集から寄付金集め、チケットの販売に地元との交渉、大学本部との折衝や吹奏楽団とのスケジュール調整等々、総事業費500万ぐらいと記憶するが、当時本当によくやり遂げたと思っていた。お陰様で人の和の大切さ、お金の有難さ、プレッシャーとの戦いでもあったが、何よりも校友会の諸先輩方との人脈ができたのは、大きな財産になった思っている。「失敗したって、いいやんか。思い切ってやってみろや」と校友会の方々から励まされた言葉が大きな後ろ盾になっていたのを記憶している。

明日から上京。久しぶりにいろいろな方々とお会いする。



三浦という塾

今日、挨拶廻りをしていたら小学校1年生から習っていた習字教室で一緒だった後輩と出会えた。久しぶりにこの塾の事を思い出す。夕方から塾に行くが一字書いて、○がもらえれば帰って良い。逆に○がもらえるまで帰宅できないから、夜中の2時や3時までになる事が本当にあった。というより毎回2時3時の真っ暗闇の中を帰宅した。当然夕食も食べてないわけで、先生の夕食はお茶漬けで1分で食べていた。文鎮で叩かれる事もあり、竹や筆なんかでいつも頭を叩かれていた。そして先生は大きな声で気合を入れさせ、字の格好と言うより字が生けているか伸びがあるか、本当に字に気合を入れないと○がもらえない。高学年になると、何となく要領も良くなり、5分で帰れることもあり、低学年ほど辛く、みんな涙を流しながら頑張っていた。そこの塾を出た人は、根性があり、よく考えるとみんなそれぞれの分野で活躍している人ばかり。三浦先生と言えば、僕の年代から上の人は、知らない人は誰一人いない。この先生も明治の人。三浦先生は習字を通して根性や気合を教えていたのかもしれない。


明治の言葉

神崎聡君   「気はながく、心は丸く、腹立てず、誓いはかたく、言葉すくなく」

大学時代、夏・春休みには、九州に帰らず関西の伯母の会社でアルバイトをしていた時、当時80才を越えた会社の方から贈られた言葉だった。明治の気骨ある方で今ご存命だったら100才をこえている。冠婚葬祭を営む会社で今では本当に大きな会社になっている。振り返るとこの時の経験が自分にとって大きな原動力にもなったような気もする。社会人としての心構えから、仕事の取り組み方、儀式の大切さから宗教の事等々、学生の身でありながら本当に学ぶべき事が大きかった。ここでの経験や生活、いつかご恩返しができればと思いつつ、なかなか果たせず申し訳なく思っている。



ヨッロッパは石の文化、日本は?

昨年11月、パリに仕事で行った時、ヨッロッパは石の文化だなぁと改めて思った。何年か前に従兄弟がロンドンの日本人学校の先生として行っていたので学校の先生の仲間と一緒に訪問し、イギリス・スイス・イタリアと旅行をしたが、あの時のローマでの感動は忘れない。ルネッサンス時代の様式や芸術・文化等々すべてが世界遺産だった。海外に行くと日本を語れる。ヨッロッパが石の文化だったら日本はやはり木の文化だと思う。国土の70%が森林で何よりも木には温もりがある。情報化社会、21世紀型の産業は観光(光を観る)であり、この木の温もりと観光を結びつけるアイデアはないかと考えた。

例えば、田川には自然豊かな森林浴に温泉があり、農産物も美味い。そこでネットで詩なんかを募集し、書道の達筆な方に地元の製材した材木を使って、遊歩道に自分の名前入りで建てる。一本1万円で1万本集まれば、1億の事業になる。ネット注文なので国内を対象にする必要も無く、世界からの注文に応える。結婚記念日、銀・金婚式式とか、子供や孫の誕生や卒業記念・・・市場規模は計り知れない。自分の名前入りの詩が書かれたところに一度は行ってみたいと思うのが普通じゃないのかな。必然的に観光客が増える。需要を掘り起こすとは、待っているだけじゃダメで、こちらからどんどん仕掛け作りをしていく事が大事であり、民間の創意工夫によって観光事業の活性化と地元の特産にブランド力がつき、プレミアムが生まれる。行政は補助金や助成金等をつけるのではなく、その環境やシステムを作り上げ、大々的に広告宣伝していく。地元の素材と観光、事業化していくには官と民がタイアップして、しかもどうしても行って見たくなる、この必然性が何よりも大事だと僕は思う。そこで、今の心境を一句したためる。

「さしあたり、今日の事のみ思えたら、昨日は過ぎつ、明日は来たらず」



家族の絆

選挙に出る人は、家族特に奥さんが大変ですね。とにかく頭を下げてまわらないといけないから・・・とよく言われる。間違いなくそうだけど、実際はそれ以上に大変な事だと感じている。生活が一変した。今までは家族団らんでよくレジャーに登山に、温泉と思いっきり遊んでいた。楽しんでいた。今は休日も無く連日連夜の挨拶廻り。妻にも本当に辛い思いをさせ、選挙に立つ人は当然と言えば当然なんだろうけど、今までが普通に生活していたのでそのギャップに家族のバランスが崩れる。自分の家族の幸せを守れなくて、どうして地域や人の幸せを考えられるのか。何としても守らなくてはと思う。何としても乗り越えなくてはと思う。不満は、それがエネルギーとなるが、不安になると後ろ向きの考えになってしまう。大丈夫、大丈夫と家族を安心させ、力をあわせて頑張る以外ない。子供は正直、「どこにも行けないし、面白くない」とボソッと言う。


IT選挙

地元や親戚、友人知人も熱気が帯びてきて、自分自身もフル回転になってきて、いろいろな企業団体廻りも精力的にこなす。これを言わば地上戦の活動というのか。今こうしてホームページ゙を立ち上げ、ブログのように不特定多数の方に訴えていくのが空中戦と言うところか。日本はまだIT選挙が緒についたばかりと言うのが現状なのかもしれない。なかなか事務所に居られないので、ゆっくり考える時間がない。ネット献金やオフ会の活用。応援サイトを立ち上げて頂いたり、ネット投票なんかでニーズ調査も良いのかもしれない。ネットサポータークラブの活用からバナー広告の可能性も多くある。新しい技術革新によって選挙も近代化が進むことは間違いないと思うが、情報をインプットするのも、その情報を加工・編集・選別してまたは発信していくのも人間だと言うことを忘れてはならないと思う。


スピードが求められている。

自分の持ち味なりできる事は何か。「神崎さん、県会に出ていったい何がしたいのですか?何ができるのですか?」と聞かれる。福岡県そして何よりも地元田川が大事であり、元気でいきいきとした個性豊かな地域に築いていくため、価格競争に巻き込まれない、価値やサービスを提供できるブランドを創り、既存産業との融合による新産業の創出、雇用の創出が自分に課せられた課題だと思っている。田川の今後は、情報通信、医療・福祉、環境・新エネルギー、リサイクル関連産業等の21 世紀の潮流に沿った成長産業分野への重点化を図りながら、この地域の特性を活用していく事が重要と思っている。地域の自立化に向けて、企業誘致の推進はもとより、新産業の育成、地域ニーズをシーズ化する企業や人材の育成に対して主体的に支援していくことが重要であり、福岡県と地元の自発的な創意工夫によって新事業創出が図らなければならない。

今まさにスピードが求められてきている。是非その役割を担っていきたいと強く思う。



2010年には

今の時代を後世の歴史家は何というのかなぁ。きっと、戦国時代と明治維新が一緒になったような時代と言うのかもしれない。そのくらい激動であり、大きく変革してきている時代だと認識しておかなくてはいけないと思う。ちょうど今から150年前、1860年何となく明治維新の足跡が近づいていた時、世界では産業革命であり大陸間鉄道の幕開けとなり大量な輸送機関の時代となった。それから50年後の1910年には大型客船の時代となりあのタイタニックが海の藻屑となったのが1912年。その50年後1962年に小生が生まれるが、1960年にはジャンボジェット機が登場する。いわゆる、陸海空と輸送手段が変わってきているが、その50年後の2010年にはどんな時代になるのか。間違いなく光の時代となり、情報通信へとシフトされる。情報は「情けに報いる」社会であり、既存産業と情報技術、コミュニケーションが融合され、新しい産業が次から次へと生まれる時代になっていくじゃないかと考える。



選挙システム

ある意味選挙に関わって20年以上になる。ポスター張りから車の運転手、企業団体関係から企画まで・・・それでも職業としていないから素人には間違いない。はじめての自分の選挙活動。想像を超える大変な労力と時間、多くの人を巻き込む。それだけ新人が戦うって言うのは並大抵な事じゃできないって言う事だと思う。特にサラリーマンには多くの犠牲とリスクが伴う。だから、志を持った有望な方がいても、なかなか踏み切れないんだと思う。

今取り組んでいることを、電子化・マニュアル化しようと思う。市販に出ているたくさんの選挙システムを見てきたが正直、後援会名簿管理のようなものばかりで選挙事前活動や選挙期間中に役立つものがなかった。電話のかけ方から推薦状のお願い、またまた短期間での名簿の作成や電話作戦、地図落としや企業団体廻り、各種の諸手続きや政治資金規正法に基づいた収支報告等、システム化するものが多くある。本当だったらweb上でASPのように提供できると多くの人が利用できるのではないか。ネット上での献金システムもお金をかけると構築できると思うが、いずれにしても今の陣営は素人ばかりの集団。自分の活動を通してシステム化できるところはやっていこうと思う。

企業人だったらこう考える。例えば500万のパッケージソフトで300選挙区あれば15億。自民党・公明党・民主党等3政党だけでも45億の市場になる。でも、参議院や県知事、県会議員選挙まで活用できるとその市場は一気に大きくなる。これから出てくる多くの有望な新人の為、先行投資しようと考えるIT会社がたくさんある事だけは間違いない。



江戸では水も売ってますよ

筑豊の中でも飯塚は本当に良くなっているが、田川はね?とよく話で出てくる。たしかに飯塚や直方と田川は歴史も違うし文化圏・生活圏も違っているが、どうしてなのか。学園都市から情報都市e−zukaに変貌を遂げ、その一端を担っていたので何となく飯塚が良くなって言っているのが実感できた。明確なビジョンと確かな構想力があり、何よりも実践できる人材が育っている。田川はどうか?これからだと思う。課題が多いだけに大きく伸びる可能性もあるし、その課題解決のノウハウが全国に展開できると思っている。こんな話がある。

昔、山里の田舎に住む二人の農夫がいて、江戸に出て一旗揚げようと連れ立って村をあとにした。途中、峠の茶屋で江戸の事情に詳しい人に出会い、いろんな江戸の情報の中に「江戸では水も売ってますよ」という話を聞き、一人は「水も買わねばならんようでは
俺にはとても生活できそうもない」と、村に引返して貧しいもとの生活に戻った。が、もう一人は、「水を売っても商売できるか。それならこの俺にもできる」と、江戸に出て財を成したという。それぞれ別の道を選んだ二人の生活は遠く離れてしまった。

田川には解決しなければならない課題が山のようにあるが、その多さにあきらめるのか、それを宝の山と思い創意工夫、英知を結集するのか、これを実践できた時、田川は日本だけにとどまらず世界に通用する仕組みやシステムができるかもしれない夢を秘めている。



声なき多数の有権者

今、政治も経済も教育も環境も・・・社会全体が大きく変わっていると感じる。企業も今までの経験値が通用しなくなってきているし、すべてにおいて制度疲労を起こしているのかもしれない。選挙だって大方の予想を超えた結果になる事も多く、それは一部の人の意見のみを鵜呑みにして声なき多数の有権者を対象にしてきていないのではと思ったりもする。実はこの声なき多数派の人たちが今何を求めているのかをはっきりとつかむことが非常に重要であり、そのためには一人でも多くの人と接するしか手はないと思う。

時代の流れと言う大きな風が吹き荒れている。制度を守ることが大事なのか、それとも自分たちの生命なり財産(お金じゃありません)を守るのが大事なのか。台風が来て、芯の強い木はポキっと折れるが、草なんかは、折れる事なんてない。目立たなく弱く、柔らかい多くの声が一番強い事なのかもしれない。



入学式、入園式

昨日から今日は、子供の入学式に入園式。長女が中学校、次男が小学校、そして三男が幼稚園と満開の桜の下でそれぞれみんな新しい生活が始まる。中学の子供は豊津高校との中高一貫教育の福岡県立育徳館中学に入学した。歴史は福岡県で一番古く248年になるそうで、緊張の中厳粛に行なわれた。学校長や先生の話を聞いていると情熱や取り組みがひしひしと伝わってくる。最終的には教育が一番大事であり、次世代にどう受け継いでいけるか、資源のない日本で人を育てず何を育てるのかと思う。また、ゆっくりと妻や学校の先生たちと教育論議をしよう。すべての原点はここにあるから。


失敗〜大ポカ

いつかやるんじゃないかと思っていた。言い違い、聞き違い、勘違い、呼ばれていた会合をすっぽかした。翌日直ぐにお詫びに行き、何とか事なきを得たが、だんだん支援の輪が広がりスケジュールも詰まり、事務所は構えたものの電話は携帯に転送していたので、挨拶廻りをしながら、電話が鳴ると走り書きで手帳に書き込む。頭が回っているうちは良いが、(いつかはポカをやるんじゃないかと)この状態じゃまずいなぁと思っていた。

失敗した後、同じ失敗をしないように予防措置・是正措置を取り、再発防止に努めよう。幸い、4月に入り一人事務所に来ていただいている。スケジュール管理をしてもらい、お世話をして頂いている方々に情報を共有してもらい、自分一人で管理するのはやめよう。2重3重のチェック機能がないといけない。少しずつではあるが体制ができてきているのがうれしい。



新入社員研修

5年前に誘致しきた企業の新入社員研修会を受け持った。契約社員も含めて300人を超える立派な企業になっている。今までは殆ど中途採用という事であり、今年は5年目にして初めてまとまった新入社員を採用したという事。何か感無量の気持ちで一杯になる。誘致する時、本当に苦労した。紆余曲折ではあったが、今振り返るとあの時の苦労が報われる思いがする。一時間の研修内容だったが、新社会人としての責任の話、また新入社員の強みや弱み、そして3年後の目標にそれを達成するための具体的なアクションを講師の自分から一方的に話すのではなく、グループディスカッションのような形で進めた。最後はエピソードを交えた顧客満足から顧客感動の話で締めくくったが、いずれにしても初々しい。きっと3年後には立派な社会人として一人一人歩んでいることだと思う。



4つの責任

今日はどこも新入社員の入社式があっているんだろうなぁと思う。緊張した面持ちで社会への第一歩を踏み出す新人は、本当に清々しく型にはまっていなくて気持ちがいい。いつもどんな話をしていたのか思い出す。基本的に学生生活とは、お金を払って学校に行っているのと、お金を頂いて会社に行くという大きな違いがある。それだけ責任が伴うわけで社会の厳しさが少しずつわかってくるんだと思う。きっと失敗もたくさんするし、それでもへこたれないで辛抱するとそれが良い経験となり、成功へとつながって行く。是非、青春を謳歌してほしいと思うし、やれる事は何でもチャンレンジしてほしいと願う。

社会人には4つの責任がある。一つは自分に対する責任。一つは家族に対する責任。一つは会社に対しての責任。そして社会(国)に対しての責任。権利と自由には義務と責任が伴うことが社会人には求められる。頑張ってね。新社会人のみなさん!



「こころざし」という言葉

4月が始まる。気持ちも新たに気持ちを引き締めて活動しようと心に誓う。志という言葉、武士の心と書くが、本来「こころざす」という言葉は、「心」が「指す」という意味からきている。心が指し示すところ。振り返ると社会人になって20年、どんな時もチャレンジ精神で新しい事業に取り組んできた。無から有を生むのは本当に大変だが、それだけにやりがいは大きかった。そして、どの事業も自分なりに高い志があった。こころざしたものが正しかったか間違ったかはよくわからないが、自分に誇りが持てる時、そのこころざしは間違っていないと思うようになった。また、こころざしが高いとか低いとか、そんな事は他人が決める事でもなく、自分自身の姿勢の問題だとも思うようになった。今、大きな夢と高い志、情熱を持って事にあたろうとしている。千里の道も一歩から、何事もその一歩を踏み出す勇気をみんなが持てれば、面白い社会が築けると確信している。



3ヶ月を振り返る

3月31日、明日からまた新しい期がスタートする。1月からの活動を振り返る。一言で言うと「感謝と反省」かな。選挙は何度となく経験したが、当事者になるとまったく違った。自分の力なんて全然なく、ただただ周囲の方々に助けられ、尻を叩かれながら毎日毎日の日程を精力的にこなす。パワフルにしかも周囲に気を配りながら取り組まないといけない。もしかすると今までの経験があるからと驕っていたかもしれない。まったくの無名で実力もはっきりしない僕にここまで応援し声援して下さる方を決して忘れまい。苦しいながらも楽しくもあり、毎日が感動の連続でもある。今、目の前に椋鳩十の詩がある。

「山に登るのは努力の一歩 人生をひらくのも努力の一歩」



made in japan

田川郡内にある縫製工場に挨拶に行った。ここにも自動車産業の裾野の広さを感じる。中国へとシフトされているこの分野、新しい分野への進出という事で自動車関連から注文が多くなっているとの事。企業の創意工夫とチャレンジで事業拡大を図っていた。立地条件と品質とサービス、価格競争に巻き込まれないためにはこのような条件が必要だと思う。技術革新によって、まだまだ成長できる。コストパフォーマンスが良いからといって何でも中国へのシフトも危険が大きいように思う。ブランド力をつけ、日本でしかできないものを安心で安全な製品を提供する知恵が今求められていると感じた。



強気の虫、弱気の虫。

名刺、趣意書(後援会申込書)に続いて、看板、室内用ポスターも貼ってもいいよという温かい言葉に甘えて徐々に田川郡内に設置させてもらう。とくかく名前を顔を知ってもらわないといけないし、貼ってもらえる方々には本当に有難いと思っている。ただ、暫くするとポスターを取り外しているところもあり、やはり色々なしがらみや圧力があったりして、そういう所にはかえって迷惑をかける事になり、本当に申し訳なく思っている。廻ると当たり前の事だけど反応が良い人もいれば、けんもホロロのところもあり、顔で笑って心で泣いてと言ったところか。沈んだり、よ〜し流れを自分でつくるぞと気持ちを切り替えたり、要するに自分の気持ち一つで取り組みも違ってくる。ゼロからの出発だから、攻めて攻めて攻めるしかない。「何をくよくよ北山しぐれ、思いなければ晴れていく」


おばあちゃんの法事

今日は祖母の三回忌の法事だった。明治43年生まれ94才だった。親戚が集まり選挙の話になる。おばあちゃんは助産婦だったので一軒一軒訪問するとよく祖母の話が出てくる。伯父・伯母にその話をすると亡くなっても聡君の選挙の応援をしているんよと言われた。本当に有難く感謝している。親戚の方々には本当に迷惑をかける事になった。過去長い間、みんな選挙をやってきているので、選挙の大変さと厳しさの話をされ、出るからには絶対負けないようにと叱咤激励される。僕が大学生の時、代議士秘書や医師会の先生、そしておばあちゃんの車の運転手になって、選挙区内をあちこち廻ったのを思い出した。



福岡ソフトバンクホークス

ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝は夢と感動を与えてくれた。凄い盛り上がりでプロ野球もまた大きく変わるかもしれない。・・・とある会合で「神崎さん、ソフトバンクを知っているんだったら田川で少年野球教室なんか開けないんでしょうか?」と言われた。IT業界は競合もするが共存もし、いろんな場面でアライアンスを組むんでいるんで面白い。すぐに力になってくれる人に電話連絡すると、オフシーズンの12月しか難しいと言われたが、ホークスOBのコーチ陣による野球教室だったら5、6,7月の期間でも大丈夫との連絡だった。田川郡の少年野球連盟の関係者に連絡をいれ、昨日双方の方と面談した。何とかできる方向に向かうかもしれない。損得抜きに人のお役に立つのはうれしいものだと思った。時代を担う子供たちが野球を通じてスポーツマンシップや夢や感動、心身の鍛練、友情や試練を乗り越える精神力を身につける事ができればすばらしい。子供たちの喜ぶ顔を想像しながら取り組むのは実に楽しい。


IT論議

昨日は久しぶりに元同僚&IT会社の人たちと飲んだ。前からの約束で福岡で懇親会をと言う事だったが、次の日のスケジュールもあり、みんなに添田まで来てもらい英彦山の温泉で一泊して久々にITを活用しての夢のある構想で大いに盛り上がった。空き住宅一戸建て庭付き、定年後の第2の故郷構想。温泉を活用しての世界中のエステ・マッサージ、健康産業のたがわ癒しの郷構想。循環型社会に対応した自動車関連廃タイヤ再利用事業。またまた田川ラスベガス構想と次から次へと話は尽きない。何をバカなとお叱りを受けるかもしれないが、やはり何でも夢から始まるんじゃないかと思う。夢を実現するために、みんな努力するんであって、試練にも立ち向かえるんじゃないかと思う。

夢や心の中で思っている潜在的なものが、顕在化した時に商品なり価値あるサービスが生まれ、大きく育つとそれが産業へと発展していく。高齢化社会、介護や福祉といった公的サービスが注目されているが、多くの人は健康であり精力的に活動している。制度なり規制がかかっていないここに視点をあてると、途方もないくらい大きなマーケットに成長するんじゃないかと思うのは僕だけじゃないと思う。



ブログの難しさ

「神崎さん、IT会社の社長だったからホームページを立ち上げなね。」「ブログも開設しないとね」 選挙に出るという話をするとみんなからそう言われた。勢いに任せて、やれる事は何でも取り組もうと思いHPとブログを立ち上げたが、これはこれで色々問題がある。活動日記なので、本当はどこの地域を廻り、誰と会った、そしてどんな話をした。なんて事を自分の日記のように書くと良いのだろうけど、日増しに多くの人がアクセスしてくれるようになり、当然支持してくれる人もいれば、そうでない方もおられる。だから、そこはなかなか書けないジレンマもある。それで、この活動日記を、どこの地域を廻ったとか、誰と会ったという事じゃなく、それで僕自身がどう感じ、どのように考えたのかをちょっとした例え話を混ぜながら書こうと思っている。ネット社会、文字だけが先行されがちになり、よくよく情報化社会の光と影を認識しておかないと大変な事になると思う。


ほのぼのするユーモア

事務所の机に向かう時間がなかなか出来なくなってきた。毎日パワー全開で飛び回っているが、ちょっとした事で大笑いしたりする。殆どが退職された方々(60才以上)と同行しているが、顔と名前を覚えてもらうのに最初に作ったのが名刺だった。最初に1万枚作成したが一ヶ月でなくなり、もう1万枚追加した。そして今度はハガキサイズの趣意書を作成、支援者の方々に配ってもらっている。ある時、支持者の方同士が「神崎を応援してくれよ」と一人は名刺、一人は趣意書を見せた。「なしか、お前の方が大きいのを持っていて」と言って、僕のところに来て面白おかしく話をしてくれた。

去年、父が郵便局に行った時の事。郵便局の人から、「定期が満期になりますので、こちらに乗り換えられたら如何ですか?」と新しい定期を勧められた。すると「いや〜、こちらの方がもう満期が近づいているので・・・」とやんわりと返した。すると、郵便局中、爆笑の渦になって帰宅してきたと話していた。

年配の方々と一緒にいるといろいろな話をしてくれる。大変で厳しい中であるが、ほのぼのとしかもホッとするユーモアに接するとめげずに頑張ろうという勇気が沸いてくる。



ドブ板&空中戦

それにしても田川郡、範囲が広い。車で移動中、家々を見るだけで途方に暮れる。実は、田川郡内だけにとどまらない。田川市にも挨拶廻りがあるし、京築や飯塚・直方も関係してくる。個別訪問に企業・団体もある。自分が経験して初めて、選挙に立つ人は本当に大変なんだと改めて思う。雨にも負けず、風にも負けず、春夏秋冬休みなく続くのか。電話も頻繁にかかってくるようになり、一つ一つ積み残さず処理していかないといけない。努力と根性で乗り越えよう。ドブ板と空中選挙、覚悟はしていたけれど自分自身との戦いであり、裏で支えてくれている家族には本当に感謝しなければと思う。


感動の卒業式

今日は長女の小学校の卒業式。厳粛にして感動する卒業授与だった。妻と二人で出席し、今までの思い出が頭をよぎり、涙が出てきた。式終了後、教室で最後の先生との別れ、子供たちもみんな泣いていた。それを見て保護者ももらい泣きをし、心温まる先生の配慮に本当に感謝したい気持ちで一杯になる。人は出会いがあれば必ず別れが来る。そしてまた新しい出会いが始まる。子供たちには夢と希望を持って、たゆまない努力で自分自身を鍛えてもらいたい。10年すればこの子供たちも22才になり、殆どが社会人となる。その時に地元できちんと就職できる企業なり環境をつくらないといけない。今日は活動せず、娘のためにお祝いをしてやろう。でも10年後には、4番目の子供の小学校卒業式を迎えるんだなぁ。


期待を超える価値やサービス

夜の会合が増えてきた。次の日、二日酔いにならないように程々にしておかないといけない。先日は座談会のような集まりをして頂いた。2時間ぐらい話をさせてもらったが、今まで取り組んできた事、何をしたいのか、じっくり話をする事で人柄なり政策なりを知ってもらい、かつ夢を語り合えるのが楽しい。色々な考え方を持っている人もいるし、業種業界から地域の事、子育てから介護の事までいろんな話も聞ける。最後は、「神崎さん、頑張りましょう、応援しますよ」と激励を受ける。是非とも期待に応えねばと思う。AIS社長時代に会社の品質方針を「お客様の期待を超える価値やサービスを永続的に提供する」としていた。これからは自分自身の方針にしていこうと心に決めている。


一点集中、一点突破

スポーツでもビジネスでも遊びでもハードルが高ければ高いほど全神経を集中して取り組まなければ達成しない。時代は選択と集中で、時代の流れをよく読み、自社の強みを把握して戦力を集中させる事が求められている。教育だって同じで、一人ひとり良さを見い出し、伸ばしていく事が大事だと思う。ふと、福岡県の選択と集中は何かなぁと思い、平成17年度の事業概要を見た。田川地域に対しての施策があまりないのに驚く。三位一体の改革、中央から地方へ、官から民へ、待ったなしに地域が試される時代になってきている。最終的には人材育成であり、子供たちの教育に行き着くが、やはり親の姿を見てしか子供は育たない。今田川に必要なのは働く場であり、雇用を創出するための起業なり企業誘致に全力をあげて取り組まないといけないと思う。一点集中、一点突破!



狐とはりねずみ

場の雰囲気を察知する。挨拶をさせてもらう時にどのような会合でどんな人たちが集まっているか予め知っておく事は当然だけど、それ以上に場の雰囲気を読めないといけない。5分話せるのか30秒ぐらいなのか、人の顔を見ながら判断する。よくエレベータスピーチと言って偉い方と話をするにはエレベータに乗った時で、この短い時間で自分の思いを伝える事が大事だと訓練された。単純明快が基本という事だと思う。

単純といえば古代ギリシャの「狐とはりねずみ」の話がある。きつねはたくさんの事を知っているが、針鼠はたったひとつ、肝心かなめの点を知っている。狐は賢い動物なので複雑な作戦を次から次に編み出して、はりねずみにおそいかかろうとする。でも、はりねずみは身を丸めて鋭い針がどの方向にも突き出し、結局狐を退ける。狐のほうがはるかに知恵があるのに、勝つのはいつも針鼠。

選挙では考えられるいろんな試みをやらないといけないが、結局単純明快な戦略が大事じゃないかと思う。地に足をつけてきっちりと自分の地盤を作る。どういう結果になろうともお礼の挨拶もきちんとしよう。誠心誠意、取り組む姿勢が何より大事だと思っている。

大前研一先生の向研会で大塚製薬に行った時の事、あそこはポカリスウェットで大もうけをし、これは単に水に食塩を入れただけで、いたって簡単な発想だった。味の素が大きく飛躍したのも同じで、味の素は、どうすれば売上げを倍にできるかを討論していた時、ビンの穴の数を倍にすればいい。という答えだった。

何事も単純明快、「狐とはりねずみ」の話はどこの世界にも通用する。



旬を味わう

車で移動しのどかな風景を眺めていると、ポカポカ陽気に誘われて、みんな家族連れで楽しんでいる。川の土手なんかでは、ツクシをとっている。家族には本当に申し訳なく、ほとんど遊びに連れて行ってやれない。毎年、子供たちを連れてツクシを取り行き、5月の連休にかけては、タケノコやわらび狩りに連れて行く。今年は無理かなぁと思っていたら、子供たちがツクシを取ってきていて、ハカマまできれいにしていた。味噌汁にして食べる。あ〜なんて幸せな・・・ホッとした時間を過ごす。季節が来たら旬なものを食べる。子供たちも、自然の中で少しずつ自分なりに成長しているのかもしれない。自然からほんの少しだけ季節のモノを拝借するだけで人は幸せを実感できるのかもしれない。

よく蕨(わらび)は、物産店や露店でひと束300円とか500円で売っているが、ツクシは売っていない。やはりハカマを取る作業が大変でコストに合わないのだと思うが、人件費のコストをどう抑えて、あるいはハカマ取り機械なんかができるとひとつの特産品になるのかもしれない。いやいや、やはり自然からは少しだけおすそ分けをしてもらうくらいが丁度良い。



ヒントは「北の国から」

それにしても一人暮らしが多いこと。また、空き家もびっくりするくらい多い。しかも立派な家で広々した庭もある。都会じゃ考えられないくらい自然に囲まれマイナスイオン一杯だし、花が咲き、川のせせらぎ、小鳥のさえずり、第2の故郷としてこんな所で暮らしたいと思うんじゃないかなぁ。マンションやアパート、出張の時の宿泊の空き情報と同様に定年後の永住地に活用できないものか。山の中で竹炭をつくっている方と会った。しかも手堀りでおおよそ1ヶ月かかっているとの事。まさに「北の国から」の世界だった。そう思うと「北の国から」は循環型社会、環境問題、心の教育と今の時代に投げかけているものが多くある。人手不足から間伐ができず、竹林が密集し、杉やヒノキの手入れが行き届かず、花粉が多く飛び散る。林業の担い手不足が、自分たちの健康問題に関係しているとは、今まで気づかなかった。


辻立ち

今日も支持者の方と挨拶廻り。反応が良い人もいればそうでない方もおられる。昼食も取れず朝から夕方まで140軒廻る。昨日は集会に呼んで頂き、初めてマイクを持っての挨拶だった。社長時代には挨拶をする機会が本当に多く、朝礼の3分間スピーチはもちろんいろいろな会合・会議、シンポジウムから講演会までひと通り場数だけこなしているので、そんなにあがらずに話すことができた。これからは、辻立ちを経験しないといけない。人が集まる街頭でマイクを握って演説しなくては。ただ対象となる人たちの集まり具合を事前によく調べた上でしないと・・・

さぁ、また今から挨拶廻り。張り切って頑張ろう!



ネガティブキャンペーン

昨日は大変だった。雨の中、支持者と一緒に70軒近く廻る。山道あり、やっぱり長靴を履いていくべきだった。既に革靴は一足履きつぶし、昨日はドロドロに汚れる。選挙に立とうとする人には必ずといって誹謗中傷が出ると言うが、噂でどうも僕がPTAの会長になりたいらしいと言う。考えもつかなかった。よくもそんな嘘の情報が飛び交うものだとあきれている。多くの人を巻き込んで本当に申し訳なく、また仕事も家庭も犠牲にして退路を断って活動を一生懸命しているのに、本当に心もとない人はいるんだなぁ。PTA行事にはできるだけ参加しようと思っているが、県会に立つのであって、PTAじゃありません。

この手の話は本人には殆ど情報が入ることなく、まことしやかに囁かれるのだけど、有難いことにすぐに情報を耳に入れてくれる方々がいた。「神崎、このくらいのネガティブキャンペーン、笑い話にしかならないよ」と、今まで選挙運動をしていた方々から言われそうだけど、ガセネタを発信する人もそれをつかまされる人も、何となく今の国会の民主党の議員のようで、確かな情報はやはり本人から直に聞く事が何より大事だと思った。

今日は晴天、一日一日コツコツと。



見えないところに価値がある

土曜日、日曜日はまちづくりの催しがたくさんある。田川高校の同級生からの誘いで県立大学であったシンポジウムを聴きに行く。高校の同級生の基調講演があり、活躍を通しての講演、すごいって言うかたいしたものだと本当に感心した。身近な人や知っている人が地域や各業界・分野で活躍するって言うのは正直うれしい。同級生も就職して20年、一朝一夕には誰しも築けるわけはなく、人の知らないところでみんな努力をしているんだと思う。梅が咲き、もうすぐ桜の開花も近づいてきたが、見えないところで根がきっちりと張っている。結婚生活だって一緒で、いろいろな苦労を二人で乗り越えながら今日に至っているが、誰しもその苦労や努力は人には見えない部分であり、これから先も夫婦でしっかりと根を張っていかなければと思いつつ、神妻には、本当に感謝感謝。



「理動」という言葉はない

有難い事に、このところ会合や決起集会で激励を受ける。昨日も遅くまで語り、話はつきない。何としても期待に応えないといけない。                          山本五十六の「やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」これは、言動よりも行動が人に一番影響を与えると言うことだと思う。「ウソをついてはいけません」と子供にいつも口うるさく言う親がいて、例えば都合の悪い人から電話がかかり、「今留守だと言って頂だい」と今度は親の都合でウソをつく。これじゃ子供は納得いかない。例えば、いつも時間にルーズな上司がいて、朝礼の時なんかに「みなさん、時は金なり」な〜んて言っても誰も聞く耳は持たない。人は理屈が正しければ従うものではない。「理動」という言葉がないように、人は感じて動く「感動」の存在だと思う。

社会への使命感、自分自身のビジョンに基づく構想、夢・ロマン・情熱、どんな問題にも立ち向かう気力や気迫もある。失敗したら責任もきっちりとろう。それでも言動よりも行動。自分で道を切り開かないで、人はどうして支援、支持をしてくれるやろうか。



環境事業、循環型社会への対応

昨日は久しぶりの博多だった。ご支援ご支持頂ける方との打ち合わせ。殆ど田川とはご縁のない方ばかりだったが、かえって外からこの地域を見る方が客観的に物事が見えたりする場合があるので良いかもしれない。大量生産・大量消費からリニュアル・リサイクル・リユースへと時代は変革し、資源を活用してきたこの地域、今度は資源を再利用して循環型社会の先駆的役割を担う事業をどんどん起業化し誘致すべきだと話し合う。公害も出さず環境にやさしく、しかも労働集約型産業がたくさんある。ブレーストーミングでいろいろ意見を出し、それを解決していくためのアクションプランができあがる。夢で終わらせないためにみんなで一生懸命取り組んでいる。


統廃合後の学校活用アイデア

今少子化で学校の統廃合の問題がある。学校の伝統や歴史を考えると地域にとってはむなしくなる。ここ田川も県立高校が統合され、その後の活用方法なんかも議論されているとは思うがどうするのかなぁ。随分前、この問題をIT企業の仲間と話をしたが、例えば企業の大学がつくれないか、企業は優秀な人材を確保したいが自社が必要とする学生はそんなにいない。またせっかく育てたのに入社何年目で辞めてしまう。企業にとっては大きなリスクである。逆に学生も大学には入ったけれど希望する会社に入社できるとは限らない。最初からこの会社に入社するために大学を受験する。企業も自社が必要とする人材を大学時代から教育していく。卒業できれば入社できる仕組みができないものか。一企業で運営は難しいのであれば20社ぐらいの企業大学ができないものかなぁ。もちろん全寮制であり、その衣食住を支えるのもりっぱな産業となる。1社20人で20社あれば1学年400人、4年制大学だったら1600人となる。そんな夢のような話でも、みんなでアイデアを出し合い知恵を絞って語らう時は本当に楽しくなる。外国の大学付属japan校の話も出てきたのを記憶する。



結婚生活13年か〜!

田川の将来構想に向けた取り組みをしないといけない。基本的には既存産業と新しい技術との融合による新産業創出を柱にしていかないと・・・産学官連携、人材の育成、企業誘致や案件創出のビジョンを掲げ、この地域がもっている強みを活かし、弱みををいかに克服するかにある。そんな事はもうわかっていると言われそうだが、田川の活性化には、リーダーシップとマネジメントが重要だと思う。マネジメントが変わると地域も明るくなり活性化も進む。この筑豊は石炭で栄えセメントに転換した。いわゆる黒から白へ華麗なる変身を遂げた。今度はセメントは硬いからハードからソフトへそういった産業へと変革していく地域づくりに取り組まねばと思う。2月27日は結婚記念日。2人だったのがいつの間にか6人家族となった。このような状況にもなり、生活も一変する。全国を飛び回っている時に比べると肉体的には随分楽になったが、家族や親戚を巻き込んでいる分、今までにない悩みやトラブルも出てきた。まぁ一つ一つ解決しながら、また新しい生活スタイルを何となく確立していくのかなぁ。



イベント情報の収集方法

日曜日は、添田町の子供祭り、幼稚園のバザー、地域の子供会育成会の歓送迎会と3つの行事が重なった。それでもそんなに慌しくないので十分に子供と楽しめる。保護者や友達からがんばってね、どんな具合と声をかけられ、激励される。これから3月4月と休日毎に行事があるので、平日に一軒でも一人でも多く挨拶に行かねば。

イベントも何か良い方法で情報収集できないものかと思っている。通常、新聞でイベント情報を見るか、支持者からの情報で把握するか、でもどうしても限界がある。また、挨拶をさせてもらえるかどうかは主催者の許可が必要になるので、何か良いアイデアはないかと考える。例えばホームページ上でカレンダーを作成しそこに地域からのイベント情報を提供して頂き、主催者の許可もとってもらえるとありがたいのだけど・・・電話・FAX、HPどれをとっても人脈がないと何もできない。



資源のない国、人を育てず何を育てる?

「資源のないこの日本で人を育てずして何を育てますか」会話の中で最後は教育論になる。結局子供は親の後姿を見て育つから、地域の自立はやはり雇用の創出を図らないといけない。そのために制度や環境、もっというと風土も変えていかないと、と思う。課題は見えているのであらゆる人脈と知恵を絞り、起業を興し、誘致策に取り組むことが何より大事。

前にこんな話があった。小学校に入学した1年生が2年生のお兄さんお姉さんから、花の種をもらってクラスみんなで育てた。最初、みんなで水をやっていたが、そのうち男子が水をやらなくなってしまい、女子が男子の分まで水をやった。しばらくすると誰も水をやらなくなってしまったが、校区のおじいちゃんやおばあちゃんが学校に来ていて、花壇の草むしりや水やりをしてくれていた。授業参観があり、担任の先生は種がみんな花壇に一斉に花をつけました、と保護者に説明してみんなで一緒に拍手をした。なごむ様な話だけど、先生は「花を育てているんでしょうか?それとも、人を育てているんでしょうか?」

人を育てるんであれば、その花を枯らさないといけなかったと思う。なぜ、花が咲かなかったのか?なぜ、日陰と陽のあたるところでは成長が違うのか?なぜ、芽さえもでなかったのか?花が咲かないことで、子供は考えると思う。子供は失敗することで成長する。失敗の大きさがその人の大きさなのかもしれない。花を枯らすことで、人が開花すると思う。先生だって失敗するがこれに気づいた先生がりっぱな教育者だという事は言うまでもない。



水平線上に突起をつくれ

”水平線上にやわら突起をつくりつつ 富士より高くなりよとぞ思え”

これが母校田川高校の建学の精神。昨日は岳陽同窓の諸先輩の方々と会った。ついつい長居し、話が熱くなる。やはりこの建学の精神が一人ひとり脈々と受け継がれているんじゃないかと思う。昭和55年8月、3年生の時に甲子園に出場。僕らにとっては大きな思い出にもなり、当時街にとっても明るいニュースであった。校歌も田川健児の歌も心に響く。青春は今にあり、理想を高く活動していこう。

「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう。」サムエル・ウルマンの「青春の詩」の話も出た。20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時、はじめて老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり80歳であろうと人は青春の中にいる。僕はこれを読むと不思議と心に熱い情熱が湧いてきて、気持ちが奮い立つ。



魚の取り方を学ぶ

子供に魚を与えると、一日は食っていける。でも、魚の取り方を教えると、一生食っていける。仕事だって一緒で、いつも与えられた仕事しかしていないとその仕事が途絶えた時、きっと飢え死にしてしまうと思う。地域もきっと同じじゃないかと思う。今、三位一体の改革と言われているが、要するに自分の飯は自分で調達して下さいね、と言う事じゃないかと思う。地方分権社会や自主自立と言葉の響きは良いが、これから厳しい現実がこの田川地域には待っている。本当に独立自尊の気概をもって取り組まねばと思う。地域の経営は地域で考え創意工夫をもってすれば、間違いなくここは面白い地域になると思う。

経営の基本は「入るを図り出ずるを制す」であり、「入る」範囲内で「出ずる」を制するのが根本であり、この原則が逆転すると赤字となり経営は破綻する。地域経済成功の最大のテーマは、「入るを図る」ことであり、「需要を創造する」ことだと考える。



青年期に人的資産を築く

人にはいろいろな人生があるなぁ〜。人の死のご縁にあたりしみじみと思う。人生は、“人として生まれる”“人として生きる”“人を生かす”“人を生む”と読める。厳しい生存競争に勝ち残っていくためには、学歴も強力な武器になるには違いないが、一生涯、学歴が通用すると考えるのは愚かなことのように思う。仕事で高く評価されている人たちは、学歴よりも学習歴を積み重ね、専門的な技術、技能を獲得し、豊かな人間関係にあるように思う。麻生に入社し20年、「自分の利益のために働くのではなく、より多くの人々と利益を共有できる仕事をすること」であり、自分の生き方になり大きな理念となっている。豊かな人間関係とは、そうした生き方を通して、専門分野の異なる大勢の人たちをブレーンとして、友人として持っていることであると思う。是非、20〜30代の青年期には、知識や技能(知的資産)をできる限り身につけ、確かな情報人脈(人的資産)を築いてほしい。



本来の目的は

これからは地方の役割が大きくなる。いろいろな話の中から、神崎どうかと言われたのがちょうどこの前の衆議院選挙の時だった。家族とも相談して、最終的には自分で決断したのが9月20日だった。直ぐにいろいろな方に相談したところ、この田川の地域はとても難しいところなので水面下でという事だったが、噂って言うのは怖いもので、12月の中旬にはかなり知れ渡っていた。退路を断って一月から活動することになる。ここは二人代議士がいるので神崎さんは何派ですかとよく聞かれる。基本的に衆議院選挙じゃなく地方選挙であり、もともと仕事も選挙もずっと飯塚・嘉飯山が基盤だったので、「私は麻生派です。どちらの先生からも応援をもらわないと当選しませんから」と正直に答える。とにかく、一人でも多くの人に会ってご支援とご理解してもらわないと土俵にものらないと思っている。官民の融合を図り、既存産業に新しい技術取り込み、新しい産業を興す。雇用の創出を図ることが自分の大きく貢献できる役割だと思う。

子供のうちは社長になりたい、政治家になりたいで良いと思うが、僕らの世代じゃそれじゃいけない。社長になるとか、政治家になるのが目的じゃなく、なって何に取り組むか、結果どのような成果を生んだかが大事だと思う。でも当選しないと話にもならないのも現実だなぁ。



大きな試練

今朝、母の兄、伯父が亡くなった。享年70才突然であり、ただただ驚くばかりである。従兄弟を見ていると、自分が父を亡くした時を思い出し言葉に詰まる。父親の存在は本当に大きく、仕事ではもうそんなに相談する事はないのに何となく後ろ盾をなくしたような、そんな存在が父親のような気がする。

人生には、実にいろいろな事が起こる。進学や就職、結婚・育児など、人生の転機となる大きな出来事を何の挫折も、波乱もなく、平穏無事に通過する人はごく稀で、自分の能力と努力だけではどうにもならない事は数多くある。そういった試練を如何に乗り越えるか、幸不幸は運や縁だからと片付けてしまうんじゃなく、やはり努力する事であり試練を乗り越える精神力をつける事だと思う。親の願いは幸せになってもらいたいと誰しも思うが、幸せって本当になんやろうかと思う。僕はどうか、どんな試練に、壁に当たっても挫折せずにそれを乗り越えもらいたいと心から願う。子供にとって親の死は、本当に大きな試練であると思う。



地域ニーズをシーズ化する

地元を廻って田川の実態や地域が何を望んでいるのか何となくわかる。地域の自立化に向けて企業誘致の推進はもとより、新産業の育成、地域ニーズをシーズ化する企業や人材の育成に対して主体的に支援していくことが重要であると思う。やはり地元の自発的な創意工夫により新事業創出事業、エコビレッジ事業、新エネルギー、環境・リサイクル、情報、商業振興等、積極的に推進していかなといけないと思う。
グローバル化の進展、情報技術革新、経済構造改革は、規制緩和や制度改革によって競争激化が進んで企業間産業間地域間の成長力に格差が生じた。

今後は産業構造の変化高齢化循環型社会構築に向けた社会構造の変化に伴い、情報通信、医療・福祉、環境・新エネルギー、価格競争に巻き込まれないブランド力をつけた地域振興事業の育成に取り組むことが何よりも求められているんじゃないかなぁと思う。本当に政治って言うのは生活そのものだし、その範囲も広く、地域の方の意見やニーズがベースになっているんやなぁと感じた一日だった。



名参謀!?

結婚して13年、神崎妻には本当に助けられている。本当にいろいろな出来事が起こった。特に、ここ5、6年は父が亡くなり家を新築し、半年後に家が類焼。そしてまた新築、その間会社も部長から事業部長、取締役、常務、社長と役割と同時に責任もずっと重くなり、そして退任し選挙に立つとなる。仕事のこと、家のこと、子供のこと、二人でよく酒を飲み、よく語らう一番の理解者である。持論の教育や心理学から判断力、なかなかのものだと思っている。

よく結婚相手は価値観の同じ人と一緒になりたいと言われる方がおられるが、僕は価値観が一緒の人なんて、なかなかいないんじゃないかと思う。兄弟でも違うわけで、やはり価値観って言うのは、違う価値観をもった二人がお互い認め合いながらは二人で作り上げていくものだと思う。妻の生まれ育ったのが僕の家の斜め前だった事もあり、もう43年の付き合いになる。



先行投資

ん〜ん。ちょっと疲労気味。そう言えば1月から休んでいない。子どもの風邪がうつったかもしれない。今の活動をビジネスで例えるならマーケティングあるいは、先行投資っていうところかも知れない。先行投資って言うのは、まずお金をかけてモノなり設備なりをつくって、つくったものを活用して後々回収していく。だから、本来の意味はお金持ちや投資家がお金で先行投資するわけだけど、さしづめ僕のようなサラリーマンはお金じゃなくて、言葉や足で先行投資をしていくものだと思う。夢を語り、言葉の先行投資。自分の足でコツコツと輪を広げていく先行投資。情熱とロマンがあれば、いろんな方法の先行投資が考えられるように思う。



第一印象

今日も足が棒になるくらい本当によく動き回った。動き回る分、いろいろな情報も入る。ライブドアの影響か、IT会社なのでメールやホームページで用件を済ませるような印象を持たれる方もおられたが、僕は企業は営業が基本という事を大事にしている。表情やそのニュアンスは実際に会わないと絶対にわからないし、伝わらない。また、人にとって最初の印象、つまり第一印象は重要な意味を持つ。多分、人が相手の第一印象を決定する時間はわずか数秒だと思う。そう考えると数秒でその人の印象が決まり、ひいては会社も決まってしまうわけで、その印象を払拭するには至難の業だと思う。「基本なくして応用なし」で基本がすべてのベースとなる。幸いにも今の活動は、麻生情報システム時に諸先輩方に叩き込まれた基礎基本をベースとして活動している。誠実に謙虚に、一人一人対応していく以外、他に道はないと思っている。



新人はフラット型組織(?)

後援会届出も済ましこれから本格的な活動になっていくと思うが、企業の組織体系が変わっているように、この後援会組織も変わってくるんじゃないかと思う。従来のようなピラミッド型組織からフラットな組織に。特に自分の場合は、今から組織を立ち上げていかなくてはならないので、小さなサポーター組織を数多く作り、このサポータの組織の連合体が後援会になっていくんじゃないかと今のところ考える。また情報化が進んで、従来の運動とも変わって来ているのも事実だと思う。FAX配信やホームページ、メールマガジンにブログ、選挙ソフトも・・・シンボルマークから車までいろいろ考え、揃えなくてはならないものばかり。

デジタル的な活動もさることながら、基本はアナログ活動なので、なかなか一朝一夕にはいかないのは当然であると思う。



福岡県学力向上推進会議

今日は午後から福岡県学力向上推進会議があった。小中学校の学力を如何に向上させるか、いつも活発な意見になり、本当に切実な問題だと思う。企業の立場なのでちょっと視点を変え意見や質問をする。やはり一般企業は通常、目標を数値化し、信賞必罰で取り組んだりするのでちょっとそこが行政とは異なる。そう言えば、アーノルド・シュワルツェネッガーの前のカルフォルニア州知事のデイビスは、思い切った政策を取ったのを記憶する。何とカルフォルニア州の予算の6割を教育費に充てた。そして学校毎に数値目標を設定し、達成されると教員にボーナスを支給する政策だった。公立学校ではもう学力向上は無理だと思っていたカルフォルニア州の人たちは、その成果に驚き度肝を抜かれた。という記事だったと思う。もちろん、カルフォルニア州が、この時期裕福だったのは確かだが、「選択と集中」トップはどこに今力を入れなければならないかと常に考える。

もちろん、学力だけがすべてじゃなく心の教育ももっと大事。バランスの取れた知徳体が根本にある事は言うまでもない。



子どもを守る

今日は久しぶりの暖かさ。昨日までは激しい風に雪で手も顔もカサカサになっている。昨日は博多で麻生情報システム社長時にお世話になった半導体に強いパートナー企業とIT会社との打合せ。関西方面で防災・防犯システムの提案をしているとの事。子どもたちが学校から自宅まで如何に安全で安心して帰宅し、それを情報として学校側が把握し、保護者にも知らせるかというものだった。今、学校の校門から出ましたよ。今、自宅のドアまで帰りました。というような電子タグ・RFIDで情報把握しようとするシステムだった。商品管理のトレーサビりティのようにいつ、どこで、どういう経路で通過したまでわかるとすごいなぁと思うが、そこは費用対効果。予算のある事なので。技術はどんどん進化していくが、子どもを守るという本質は変わらない。だからその手立てなり、制度なり環境を時代に合わせたものにしないといけない。

その後県庁で政治団体設立届(後援会)と資金管理団体指定届を提出。しなければならない事を一つ一つ・・・



流れに従い、流れに任せず

昨日は久しぶりの仲間との飲み会だった。7年前に仕事で経済産業省の案件を一緒に取り組んだが、その時の話題で大いに盛り上がった。まさかこの田川郡内で国の実証実験の先駆的役割を担うとは思っていなかったが、はじめての試みには必ず失敗がつきもので、でもその分ある意味で大きな成果となって今に活かされている。何度も何度も計画をつき返され、プライマリー企業の責任者は「神崎さん、もうやめましょう。私が責任をとって会社をやめます。もう私の人生は終わりです。」とその方は嘆いていた。本当に逆境に立たされたが、その逆境にあるのを不運だと思わず、みんなの総力で創造し乗り越えた事業だった。

大事な事は、倒れないことじゃなく、倒れても立ち上がる事だと思った。何事も自然の意思だと無心に受け入れて、しなくてはいけない仕事に黙々と取り組んでいくと、求めなくてもいつの間にか進まなければならない方向に自ら動くんじゃないかと思う。「流れに従い、されど流れに任せず」これが今の自分の心境かもしれない。



地縁・血縁のシステム化?

昨日の積雪は凄かった。瞬く間に銀世界となり予定していた地域への挨拶廻りは中止する。午前中、幼稚園で子供の凧作りに参加し、午後からは同級生や自分の会社関係の挨拶廻りをする。選挙は地縁血縁と言うが、都会じゃそうでもないかもしれないが地方はこの関係をしっかり把握しなければと切に思う。幸いなことに、とにかく親戚が多い。親が10人、11人兄弟であり、そのまた叔父叔母の里が10人兄弟とか・・・それをどんどんたどって行くと、殆どみんな親戚になってしまう。

これを何とかシステム化できないかと考える。前に家族の絆(永代蔵)と言うのを開発したが、家計図までできなかった。自分の家の家計図はエクセルで残しているが、選挙で必要な地縁血縁はちょっと違うような気がする。正確な名前よりも感覚で覚えるようなものがいる。それにしても、地域の人はよく知っているなぁ。頭の中でこの地縁・血縁を構造化しているから、この人に頼むにはこちらの人からお願いしようとか、こういう関係だから大丈夫とか本当にすごいと思う。選挙運動の目的には知名度と認識度の向上と2つあるが、新人の場合、知名度をどうあげていくかが大切であり、それにはこの地縁血縁を頼って辿って、輪をどんどん広げていく方法が大事であると思う。



木の上に立って見る

ここ二日間、時間に追われ、まったく机上で事務ができなかった。一軒倉庫代わりの家があったので、そこを事務所に使っている。机が3つ、コピー機兼FAX、電話も引いて事務所らしくなる。名簿整理に資料作成と事務処理は山のようにあり、また会社だったら当たり前のようにある事務用品なんかも一から揃えなくてはならず、本当に大変な状況になったが、とにかく一つ一つ片付けていこう。と思いきや、外出から帰ってくると子どもたちが勝手に入ってきて遊び場にしていて叱る。でも家族みんなが今の僕を支えくれているので、やんちゃ坊主の子どもたちにも大目に見なくてはかな?親って言うのは「木の上に立って見る」と書く。まだまだ修行が足りないのは小生かも知れない。



リスクを伴う

先程まで添田東子供会育成会で「今年の子ども祭り」「子供会歓送迎会」の打合せがあった。この頃子どもと殆ど遊んでやる時間がなく、今年はスキーに子供を連れて行けるやろうか?上3人は鍛えて自分で滑れるようになったので、あとは一番下(3才)だけになった。時間を作って今年一度は連れていかねば・・・そういえば長男がはじめてスキーをした時(3才半ぐらいだったか)、ボーゲンが出来るようになったので、リフトで上まで行った。ちょっと目を離した隙に、後ろ向きに滑り出した。 気づいた時には、後ろ直下滑ですごいスピードで止まらない。運良くこぶで転んで板もはずれ、大事には至らなかった。                                親の役割を考えると本来、遊びを子供と共有し、子供の成長を見守り促すのが、親、とりわけ父親の役割であり、楽しみであると思う。自然の中での遊びは、ケガをすることもある。危険を経験することで、、自分の身は自分で守らなければならないという事を学ぶと思う。危険やリスクのない遊びをさせることは、かえって子どもにはマイナスかもしれない。

今までの社会は誰かが切り開いた道を後から歩いていけば良かったが、これからは道なき道を進んでいくリスクが必要となってくる。政治も経済も先が見えないから、新しい可能性を求めてリスクを承知で取り組む勇気も必要だと思う。



同級生

昨日は少し自分の時間が取れたので同級生を何人か廻った。やっぱり友達は有難い。本当は一番先に身内と同級生に話をしないといけないのに、噂が先行したため、親戚や地域やいろんな方からここにあそこにと連れて行って頂き、同級生には殆ど声をかけられずに今日に至っている。有難いことに「よし俺が同級生に声をかけてやる。絶対勝つぞ!よし、とにかく飲む会合をつくろう!」と言ってもらう。また挨拶廻りをしていると、娘から頼まれているのでという家庭もあり、これも同級生だと知り本当に感謝感謝で何とお礼を言っていいやら。久しぶりの友達でついつい長居をしてしまう。夕方からは中学時代の恩師と一緒に同行してもらう。心が和んだ一日だった。


人生いきに感じる

人生いきに感じる。よく海外に行ったり、海外からお客さんが来られた時にどう訳せば良いのか通訳の方に尋ねた事があるが、なかなかこれは難しいらしい。先程まで地域のお祭りの会合(飲み会)で注ぎつ注がれつであったが、いきに感じるって言うのは日本人独特の文化じゃないかと思う。やはり理屈じゃ人は好きになれないから、理屈じゃないところで人は好きになっていくものだと思う。選挙に立とうと思わなかったら、もしからした一生出会わなかった人だったかもしれないが、こうして一緒に酒を飲み交わし語らうのもご縁のような気がする。人って言うのは、どこでどうお世話したり、お世話になったりするかわからないから本当に悪いことはできないなぁと思う。自分の時代には関係ないかもしれないけど、これが自分の子供や孫の世代まで影響したりすると思うと本当に人には誠意を尽くさねばと思う。

この活動日記もどんな方が読んでいるのか良くわかっていませんが、アナログ人間の私には、できましたら一緒にお酒をお付き合いして頂きながら、ご縁を大事にして人生いきに感じたいものだと思っています。



新入社員のように

あっと言う間に1月も終わろうとしている。昨日は町長と語る会に参加。興味深い内容の話であった。宴たけなわではあったがとにかく挨拶廻りをする。名刺を配る。名前と顔を知ってもらう。会社社長の時、いろいろなパーティや総会・会合に出席したが先方様からのご挨拶が殆どだったから、本当に180度変わってしまった。とにかく挨拶をする。とにかく名前を売り込む。人間関係もまだまだわからない事ばかりであり、会社で言う新入社員のようなものかなと思う。人にお願いする。謙虚になる。この気持ちをいつまでも忘れないように持ち続けよう。社会人になり20年、今一度このような気持ちを持てた事に感謝しつつ、今までのしがらみをもった方々に少しでもご理解とご支援を頂ける様に誠実に接していこうと思う。



犬も歩けば・・・

ライブドア事件が大きく取り上げられている。「犬も歩けば棒にあたる」という諺があるが、これは、ともかく歩けば何かいいものに出会うように解釈されているが、本来の解釈は、犬があっちうろうろ、こっちうろうろ、何かいいものはないかと餌をあさって歩いていれば、棒にぶたれるよ。という意味。会社は本業以外にあれこれ手を出すと痛い目にあう。人は欲望のまま手を出すとしっぺ返しを食う。まさに今回の事件は本業以外に手を出し、こういう結果になったんじゃないかと思う。                                       やはり地域社会、顧客のニーズに応えていかないと永続した企業にはならないと思う。ただ、地域や顧客の期待を越える価値やサービスを提供するためには、ニーズを聞くだけではダメで、需要を掘り起こすことも重要になる。

先日はある地域でお世話をして下さる方と挨拶廻りをした。30軒近く廻ったが途中から犬がついてきて、「この犬は最後まで一緒についてくるよ」との事。本当に最後まで行く先々、おしっこをかけながら道案内をしてくれた。「犬と一緒に歩けば親しくなれる」 ほのぼのした挨拶廻りだった。



今を生きる

人の死は、生まれる時と逆にならなければならないと言う。生まれる時は、人は泣きながら生まれてくる。でも、死ぬ時には本人が大笑いして、周りがその人と別れることがいやだと泣いてくれるのが最高の死に方だそうだ。昨日は本当にそんなお葬式だった。人生は一度。しかも人それぞれ違う。試練から逃げる人、どんな環境にもなってもくじけずに立ち向かう人、きっと自分が問われる瞬間がくると思う。先のことは誰にもわからない。だから今を精一杯生きようと思う。

「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかも」



生老病死

昨日身内の叔父が亡くなった。昨日のお通夜今日のお葬式。涙が出てきた。今週の月曜日にお見舞いに行った時にはしっかりと話をしていたのに、本当に残念でしかたがない。ご遺族・家族の事を考えると何と言葉をかけていいのか言葉に詰まる。11月に選挙に立つという事で親戚寄りして頂き、「がんばるきな、やるきな、任せちょきない」と元気が良かったのに・・・父も亡くなり7年になるが、叔父も同じ添田町役場に勤務し頼りにしていたのに本当に寂しく、残念です。いつかは人は死ぬんでしょうけど、本当に残念で・・・

「誠実の道、人の宝なり」が亡き父のモットーであった。真心をこめて事にあたれば、やれない事はない。どんな人もまごころをこめて話し合えばきっとわかってくれる。と・・・何事をするにも、しっかりとした志を立てることが大事であり、はじめたらやり遂げるまで強い心を持ってがんばりぬかねばとならない。と父の言葉を思い出す。亡くなったおいちゃんの在りし日を想いながら今はただ心からご冥福をお祈りいたします。



基本なくして当選なし

「地盤・看板・かばん」、選挙に出る人にとってこれがないとなかなか難しいとよく言われる。知名度もなく顔も名前も知られていない、しかも民間企業のサラリーマンだから覚悟はしていたが大きな大きなリスクを背負って、これは本当に大変だ。身内をすべて巻き込みいろいろな方々に迷惑をかけている。小泉総理の「恐れず、ひるまず、とらわれず」じゃないが、今の心境は「休まず、あせらず、あきらめず」自分との戦いだと思う。

いずれにしても素人だから、「基本なくして当選なし」、3ばんなくても体もあるし、気持ちもある。なによりも勇気を持っている。気合を入れて今日も一日がんばろう。



人の温かさにふれる。

今日も挨拶廻りの一日だった。夜の8時、山間部の寒さはけた外れ。でもはじめて訪問し挨拶をするのにもかかわらず、既に僕の名刺を持っている人が何人もいた。はじめてなのに寒いからちょっと上がりなさいと声をかけられ、ホッカホカの温かいご飯までご馳走になる。選挙って言うのは仕事以上に大変で辛い事も多いが、人の温かさがそれ以上にあるものだなぁと思う。挨拶廻りをしている途中で、いろいろな会社からITやシステム開発、営業案件の仕事の電話も鳴り、これはこれできちんと対応して引き継ぎなり、解決をしていく。

とにかく1年間、年間スケジュールをたて、体制を作り、月・週単位の数値目標も明確にして取り組んでいかないと、いたずらに時間だけ過ぎていくので自己管理をしっかりしないといけないと痛感している。戦いだから絶対に負けない戦略と戦術を考えていかないといけない。時には他社と競合し、時には他社と連携するビジネスの世界とは比較にならないくらい、勝つか負けるかしかない厳しい世界に入っている。本当に一人ひとりにお願いして頼っていくしかなく、一生懸命頑張るしかない。



企業の常識と社会の常識

耐震強度やライブドア、企業の不祥事が多発するのはなぜか?言うまでもなくその行為が、わが社の常識や自分の常識を優先させて決められており、社会の常識をまったく無視した事に起因する事が多い。もしかすると組織がムラ社会になって、世の中が見えなくなってしまっているんじゃないかと思う。いかにして社会の常識と向き合うか、それは地域での勉強会やサークル、経済団体等に積極的に参加して多くの人と交わり、企業内から外に出て、社会の常識に目を合わす事にあるんじゃないかと思う。企業は絶えず社会とのバランスを保持することが必要となってきている。



子育て4ヶ条

今日は長女の誕生日。昨日は3番目の幼稚園のお誕生日会。合間をぬって顔を出した。子供たちの歌や劇など屈託のない笑顔を見るとこちらまで元気がでてくる。近頃なかなかかまってやれていないので、どこか一日時間をつくって遊んでやろう。それにしても幼稚園の先生には頭が下がる。あのワンパクな子どもたちをきちんと指導している事。すごいエネルギーを使っているんだろうと思う。

4人の子どもの親になってはじめて親の有難さがわかる。家はいつも騒がしいが、子どものお陰でとても楽しい。私の子育て4ヶ条 「乳児のうちはしっかりと肌を離すな」 「幼児になると肌を離せ、手を離すな」 「少年になると手を離せ、目を離すな」 そして「青年になると目を離せ、心を離すな」

僕の親もそんな思いで育ててくれたんだろうか。やはり「親思う心にまさる親ごころ」だと痛感する。



気合と気概と根性で

今日は土曜日、もう曜日の感覚なんてまったくない。しなければならいない事が山のようにあり、優先順位を決めてなんて言ってられない。気がついた事から、周り人からアドバイスをして頂いた事から一つ一つ処理をしないといけない。名前と顔をとにかく覚えてもらわないといけないので、11月には写真撮影をし、12月に名刺ができる。親戚への挨拶廻りから、地元有力な方への挨拶。そして一軒一軒へと・・・基本政策から、ポスター、ビラ、看板、それに後援会の届出、後援会申込書等々、これからまた名簿の整理と今は何の組織もないので自分でやっていくしかない。何よりも大事なことは、地元への挨拶。うれしい事に徐々に、此処に行こうあそこに行こうと輪が広がってきている事。

田川には大学以外はずっと住んでいたが、勤務が飯塚・福岡だったので、こと田川地域の選挙に関してはまったくわかっていなかった。いろいろな経緯としがらみは当然あり、いろいろな方の立場があるんだなぁと感じる。ただ、本当に一番大切なことは、この地域をどうしたいのか、良くするためには何を今しなければならないのか、が大事だと思う。雇用がない。既存産業も活性化できていない。商店街も教育も福祉も環境も・・・課題を解決するための手立てを考え、素早く実践していかないといけない。今までの田川の社会は男・企業の「汗と涙と根性」の時代だったんじゃないかと思う。これからは「女性とシニアとコミュニティ」。田川からこれからの時代に相応しい社会を創造し、そして10年、20年後の将来を見い出して行こうと思う。

でも今の自分は「汗と涙と根性」でこの戦いを勝ち抜かねばと思っている。



時代の変化

「時代が変わる、次代を創る。」というキャッチコピーにした。間違いなく変革の時代。ものからこころに、若者中心の社会から高齢者中心の社会へと変化してきている。例えば生産者・製造者・提供者の視点から消費者・利用者へと変わってきている。消費の場では、主体的消費者として女性が大きく消費の動向を握り、女性に対するマーケティングが必要になってくる。従来の男性中心の企業のままでは、ビジネスチャンスをどんどん失っていく。

大量生産・大量消費・大量廃棄からリニュアル・リサイクル・リユースへと。学歴社会から学習暦社会へと。中央集権から地方分権へと時代は変化してきている。人材育成の観点からは知識が豊富で何でもこなせる人が大量に必要であった。それが通用できなくなってきている。知識だけ必要ならコンピュータのチップだけですべて入ってしまう。だからこれからは知識でないところで勝負する。例えば情感とかリーダシップとか説得力、他の人が発想できない回路とか。大変な時代だけど逆に地方もチャンスがたくさんあると思う。ブランド力をつけ、ここでしかできない事を実践する。「田川のいきな気質」「田川の緑豊かな自然」「田川の伝統ある文化」こういった良さを見出し、世界に発信させていきたい。



東京日帰り

昨日は東京日帰り。昨年は83回の飛行機の搭乗回数で週末以外ほとんど家に帰れずにいたが、今年は、はじめのて上京。虎ノ門、霞ヶ関、渋谷に六本木ヒルズと会社を訪問する。昨年から新しいビジネスモデルの電報システムを立ち上げている。http://www.e-denpo.net ライブドアの件でIT業界はどこも困惑していた。やはりまじめにコツコツとが基本だと思う。ITはあくまでもツールでしかないから、やはり既存産業との融合、アナログとデジタルの融合、官と民とが融合する接着剤の役割をきっちり担っていけばいいと思う。

この電報もいかに告知させるかが課題であり、その意味では選挙も同じ。顔と名前をとにかく知ってもらう事が大事であり、如何に知ってもらうか、基本は一人ひとりと直接会うこと以外にないと思う。メールやこのようなブログだけなら簡単だけど、会話をしないとその人がどんな人かもわからない。コミュニケーション(会話)、人と会って話をする。とにかく歩いて歩いて一生懸命にお願いし熱意を伝えていくしかない。



経験は無駄にはならない。

IT業界にいて本当に良かったと思う。最新の技術面もさることながら業務の知識がないと顧客のニーズには対応できない。
電算部門に配属されそこで人事給与・経理・予算・固定資産税等々の業務ノウハウが蓄積でき、製造業から建設業・金融業・流通業に行政、医療・福祉、学校等々社会のあらゆる業種業界の知識がある程度広く知る事ができ、かつ今後の方向をきちんとシステムに盛り込む仕事だから。 でもシステムだけじゃ解決できない問題も多くあるのも現実で、制度なり仕組み、きちんとした予算の裏付け。やはり政治の課題を大だと思う。

先日、林業の話を聞いた。鹿が繁殖し過ぎて苗木を折って食べ、どうしようもない。繁殖は動物愛護との関係かなぁと思ったがそうではないらしい。いづれにしても林業にとっては死活問題と言う。予算措置を取り、ネットを張るなり防御策を講じるんだと思うが、人間が生活を守るための自然や動物との共存、良い方法はないものかなぁ。



人を知らないと仕事はできない。

就職した時に父が言っていた言葉を思い出す。「仕事が仕事を教えてくれるが、人を知らないと仕事はできない。」  コンピュータやITと言うと何となく冷たくパソコン画面とにらめっこしているような印象をもたれるが、そんな事はなく本当に人間関係で仕事をしている最たる業種だと思う。話をする時によく「情報化社会と言いますが、情報とは情けに報いる社会と書きます」と話す。コミュニケーションも大事、同時に飲ミュニケーションも大切だと思う。

就職して20年、人脈はある方だと思っていたが、話にならないくらい地元にはなかった。親類縁者、地元の方々、友人知人、多くの人の助けを借りないと何もできない自分がいる。あれだけ人を知っていると思っていたのに、実はまったくわかっていない自分がいる。亡くなった祖父や祖母、父と深く関係があった人と会って、お世話になりましたと言われると本当に祖先に感謝しなければと思う。多くの関係の中で人は生かされ、また次の代に受け継がれていくんだと痛切に感じる。本当に感謝しなければ。



とにかく時間に追われる

今の段階は自分がどの程度有権者の支持を受けられるのか、自分の政策がどんな反響を呼ぶのか、ビジネスではマーケティングというところか。やはりこの立候補のための瀬踏み行為をきっちりやらないと、住民が何を望んでいるのか、この地域の課題は何なのか浮き上がってこないと思う。田川の選挙情勢や有権者の意識など、実際会って意見交換していくとわかってくる。この時期一人ひとりと会いしっかりとした選挙運動のための準備行為をしておく事が大切で、でも体は一つしかなく、やはり多くの方に支えられ助けられている事に改めて感謝しながら期待に応える様に努力しなければと思う。



21世紀の産業を切り開く

高村光太郎の「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる」がいいですね。組織も何もない、一軒一軒お願いする。新人の選挙というのは本当に大変であります。でも誰しも最初は新人なわけで、志を立てたからには挑戦し、創造していかねばと自分自身奮い立たせています。

20世紀型産業が収縮している今、それに代わる21世紀型産業を切り開き、新しい需要と雇用を創り出さなければなりません。産業というのはそんなに難しいものではなく、私たちの潜在的な「思い」から出てくるんであります。まだ提供されていないけれど、こんなサービスや商品があったらいいなぁと望んでいるものをつくりだすと新しい需要が生まれます。今この田川にとって新しい需要となるのは間違いなく健康づくりの支援と観光の促進だと思います。この地域にはすばらしい所がたくさんある。海外への観光客は1600万人で日本へは600万人と国際観光は大幅な赤字であります。観光は光を観る、光を発信する、先進国に最もふさわしい産業なんです。また自分の後半の人生を一番暮らしやすい所で過ごす。第2の故郷づくりもしなくてはなりません。これこそが本当の観光だと思います。

健康で長生き、多くの人が訪れ第2の故郷になっていく、一度私たちの街「たがわ」を訪れてみませんか?



新年あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。こうざき さとし(神 聡)です。

いよいよ新しい年も始まり、変革していく時代の中、私も思いを新たに新年を迎えました。 昨年は本当にいろいろな事がおこりました。政治や経済、社会そのものが大きな節目の年になっていたんじゃないかと思います。後世の歴史家は今の時代を何と言うんでしょうか?私はきっと戦国時代と明治維新が一緒になったような時代と言うんじゃないかと思ったりします。それだけ激動な時代なわけで、やはりこのような時代じっとして眺めているか、自分から道を切り開いていけるか、私はたった一度の人生ですから思いっきり挑戦していきたいと思います。麻生セメントに入社、麻生情報システムを通じ20年間勤め仕事を通じ地域社会に貢献していく事をやりがいに一生懸命頑張ってきました。今度は郷土への想いを胸に一企業の利益から地域全体の利益を考え、新しい時代、あるべき地方分権社会を皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

私自身にとってはじめての選挙であります。統一地方選挙まで1年3ヶ月、退路を断って挑みます。頑張りますだけじゃとても選挙なんて勝てない。苦しく、めげる事もたくさんあると思いますが、地域を良くしていきたいという夢と情熱、ロマンを持って頑張りぬく覚悟です。どうかみなさんのご支援ご声援を心からお願い申し上げまして、新年の挨拶とさせて頂きます。

よろしくお願いします。



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