神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
last update 2019/09/07 08:47
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会期延長し6月定例会閉会

6月11日の閉会日を一日延期し、令和元年度の当初予算を伴う6月定例会が閉会した。令和元年度の当初予算は、一般会計で、一兆七千八百五十八億一千六百万円余、特別会計の総額で、九千五百三億一千九百万円余、企業会計の総額で、百六億一千万円余の規模となっており、一般会計の前年度当初予算比で三・一%の増となっている。
歳入では、県税等が、法人二税や地方消費税の増により、百七十一億円の増となり、また、県債については、臨時財政対策債は減となったものの、豪雨災害の復旧・復興による通常債の発行に伴い、五十六億円の増となっている。
歳出では、社会保障費が幼児教育・保育の無償化等により、百八億円の増となっております。また、公共事業費及び災害復旧費については、豪雨災害復旧・復興をはじめとして、それぞれ百六十二億円、百六十六億円の増となっている。

会派の代表質問や予算特別委員会で、昨年の決算特別委員会で「日田彦山線の一日も早い復旧に向け、被災自治体の先頭に立って、職を賭す、政治生命をかける、そうした覚悟で取組む」と答弁した知事の政治姿勢について質した。それは鉄道による復旧が大前提であったにもかかわらず、知事は、その後、鉄道による復旧が望ましいとしながら、一方で交通ネットワークという言葉を使い、鉄道以外の復旧案について地元住民の意見を聞くという考えを示すなど、昨年の決算特別委員会において示されたはずの知事の覚悟が全く見えてこない。県民に寄り添い熱意を持って問題を解決するという気持ちが全く伝わってきていない。知事に厳しく質したが、知事の答弁に信頼性が担保できないこのような状況では審査ができず、委員会が中断することとなった。
そのため、栗原議長から知事に対し、誠意ある回答を求めて頂くことになったが、知事からは責任ある回答といえるものがなく、審査日程が延長され、更に会期の延長を余儀なくされる事態となったことを予算特別委員長から報告された。
知事からは、審査が中断し、日程が遅れたことについて陳謝があり、県議会の皆様としっかりした信頼関係を築きながら、共通の目的である県の発展、県民福祉の向上に向けて、これまで以上に努力していくとの決意が示された。その上で、日田彦山線問題の解決については、住民の方々にとっての最善の方策は何かという観点から検討し、解決の方法を決断していく。全身全霊で取組んでいくとの答弁があった。

会期の延長は実に16年ぶりとのことだった。最終本会議では、総務企画地域振興常任委員長報告を初めて行い、各常任委員長報告、予算特別委員長報告の後、採決となり可決された。
予算特別委員会に付託された一般会計当初予算議案をはじめとする予算関係議案20件。ホテル・旅館の利用客から徴収する「福岡県宿泊税条例について」などの条例等議案20件。大曲昭恵副知事を再任などの人事議案3件。請願3件が可決、同意された。

2019.07.13 22:00



ふくおか県議会だより(令和元年年6月発行)第31号

ふくおか県議会だより(令和元年6月号)が発行されましたので、ご報告します。改選後の5月臨時会が開催され、新しく議長・副議長が決まりました。また、私も総務・企画地域振興常任委員長に選出されました。PFDファイルをリンクします。(ふくおか県議会だより令和元年6月号)



心の雑草を取り除く

さぁ、いよいよ明日(令和元年6月20日)から県議会6月定例会は代表質問に入る。これから4年間、二元代表制の一翼として議会は知事とどのように向き合っていくのか、議論を尽くし、より良い県政にしていかなくてはならないと肝に銘じている。6月13日に知事の所信表明(議案説明)を本会議場で聞きながら、「県民幸福度日本一」を目指し、生活者の視点を重視しながら、弱い立場のにある方々に寄り添う「温かみのある行政」を心掛け、福岡県をさらに元気にすべく・・・と述べられているけど、本当にそうなのか?少なくとも人口減少で先行き不安な地域や豪雨災害で被災した地域など到底知事が言われるような県行政は実行されていないのではないかと思うことが多々ある。耳触りの良い言葉よりも、それを実践してこその行政を目指さなければならないのではないか。

先日、法光寺の聞法会総会に出席してきた。ご院家から、「吉凶禍福」の話があり、何となく知事の言葉を思い出しながら、幸福度日本一にとらわれている人間の姿は、何とも自分に都合のよいことばかりを追い求めた生き方なのか、自分のしていることを正しいと信じ込んで疑わない生き方が見据えられているのではないかと思った。
仏教では、吉凶禍福を競い合うことがどれほど痛ましいことか、自分の物の見方だけを正しいと信じ込むことがいかに愚かであるか、そのことを問うているんではないかと思う。わざわい(凶・禍)を取り除き、幸福(吉・福)を招き寄せようとする発想そのものがどうなのか。善いのも悪いのも、自分が受ける結果のすべては自分が作るということを「因果応報」の意味で、「因果」とは、「原因」と「結果」のことで、どんな結果にも必ず原因があり、原因なしに起きる結果は一つもない。ご院家は、稲を植え、お米の収穫の例え話をされていたが、原因に応じた結果しか現れないと教えるのが仏教の「因果応報」の教えということであった。自分のやった「行い」が自分の「運命」を作るのであれば、不幸も幸福も「因果応報」ということになる。幸福度とは自分の人生の生き方そのものであり、上から目線で与えてもらうことでないように思った。

2019.06.19 22:10



令和元年6月定例会が開会

改選後、令和元年度当初予算をはじめ、県政運営の基本となる6月定例会が6月13日〜7月11日の29日間の日程で開会された。一般会計で、一兆七千八百五十八億一千六百万余、特別会計の総額で九千五百三億一千九百万円余、企業会計の総額で百六億一千万円余となっている。一般会計の予算規模は、前年度当初予算比で3.1%増となっている。歳出予算の主要施策では、々覬災害の復旧・復興、第4次産業革命、いわゆるIoT設備の導入やAIやICTなど最新技術を導入、そして、ふくおか健康づくり県民運動など、誰もがいきいき活躍し、健康で充実した人生を過ごしていける、C亙創生の推進 など小川知事より議案の説明があった。

開会日の2日前には、会派で執行部との予算勉強会があり、新規主要施策について説明を受けていたので、本会議場での代表質問・一般質問や常任委員会、予算特別委員会で質していかなければならない。特に議案説明(所信表明)で現状との違い・ギャップも感じられたから、しっかり審議を尽くしたいと思う。4年間の任期の最初の本格的な本会議であり、県政の発展と県民福祉のためにも、二元代表制の一翼としての役割を担っていかなければならない。

2019.06.14 23:00



親の心子知らず

四十数年前に父が建てた家を壊し、家の中の整理をしていたら、母のサイドボードから日記やら小物が出てきた。その中に、僕の保育園・小学校・中学校の卒業証書が見つかり、母が大切に保管してあったんだと、何だか胸が締め付けられるような想いになった(;_:) まさに、”親の心子知らず”とはこの事であり、きっと子どもたちのことを思う気持ちと同様に、節目節目を喜んでいたのかなぁと思う。そう言えば、子どもたちの卒業証書はどうしたのか、きっと妻が大切に保管しているんだと思う(^'^;)



第12回日本大学音楽祭(昭和58年8月20日)

母のサイドボードから見つかった、日本大学時代に取り組んだ日本大学音楽祭のパンフレット。懐かしく、きちんと保管してくれたことに少し感傷的になってしまう。八幡市民会館に両親も一緒に来てくれていた。大学3年生時に日本大学福岡県人会幹事長に任命された。お正月に地元に帰り、校友会北九州支部の新年会に出席し、偉い年配の先輩たちから酒を浴びるように飲まされ、飲んだ勢いで大勢の前で宣言してしまった。「今年の夏に日本大学音楽祭を北九州で開催します!」多分、あの時、到津遊園の森友忠生園長がいて、たきつけられたんだと思う。それからが大変だった。日大吹奏楽との日程や予算規模、宿泊場所や会場の打ち合わせ・・・と春休みはそれで潰れ、夏休みは前からすべてをこの音楽祭に費やした。結局、小倉市民会館は押さえられず、八幡市民会館で開催することになったけど、50名からの吹奏楽部を東京から招聘し、午前中は到津遊園でドリルパレードを実施し、昼からは、8月21日で学校の出校日だった関係で、北九州市尾倉小学校と近くの小学校2校の3小学校の児童にドリルマーチを披露し楽しんでもらった。夕方からの八幡市民会館(1200名)は満席となり、皆さんからよく頑張ったと誉めてもらい、本当に成功に終わった良かったなぁ思った。

チケットの販売や広告集め、校友会の先輩のところに一軒一軒出向き、本当に力になってもらった。日本大学の県人会は、学生では唯一の公認団体で、僕らの時はそれは活発な活動を展開していたと思う。県人会連合会にも2名ほど後輩を送り出し、組織の大きさじゃ神奈川県人会には程遠かったけど、福岡県人会は結構幅をきかせいたように思う。今考えると、この県人会活動が社会人になってからもの凄く役に立ち、音楽祭を開催したこと、実行委員長をしたことで、その後も先輩の皆さんからかわいがってもらえた。日本大学福岡県人会の活動、そして音楽祭という大きなイベントをやり遂げたことが、その後の人生にとって大きな指針となっていった。



令和元年度福岡県総合防災訓練

6月2日(日)、令和元年度福岡県総合防災訓練が実施された。所管である県総務企画地域振興委員長として出席。委員長として初めての公務となった。今年は、広川町とみやま市での開催で、
・県、市町村、防災関係機関の災害時の連携強化
・県、市町村、防災関係機関の防災技術の向上
・県民の防災意識の向上
を目的に実施している。

訓練では、以下の想定で行わた。
・風水害~1時間に約110ミリの記録的短時間大雨により、広川町及びみやま市を中心に浸水被害等が発生
・地震~福岡県筑後地方で、最大震度6強の地震により、家屋の倒壊、火災等が発生



想い出の家

 ビフォア―

 アフター

中学校1年(13才)の時に、自宅を新築した。当時、自宅にはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた母屋と、四畳半が二つ台所に縁側がある裏の家には父・母・妹と4人で暮らしていた。ちょうどその頃、西銀に勤務していた伯父が熊本へ転勤になり、従兄弟が母屋に住むことになり、そんな折に裏の家を新築することになった。昭和50年だったと思う。中学校・高等学校と6年間を過ごし、4年間の大学生活を卒業後、平成元年には母屋を新築したが、結婚するまで8年間自宅から会社に通った。そして、父が事故で亡くなり、母屋の隣に二世帯住宅を建てた矢先に、隣からの火事で類焼し、中学校時に建てた裏の家だけが残り、そこで1年半、みんなで一緒に暮らすことになった。平成19年の県議選に出ることになり、事務所として1年半の間、この裏の家を事務所として使用する。必要とする時に、都合よく使うことができ、いろんな面で助けてくれた裏の家。今、その役目を終え、父が建てた家を解体している。数年前に、母に台風が来たら危ないから壊そうと思うと話したところ、想い出が詰まった家だから、私の目の黒いうちは絶対に崩したらダメと言われていた。両親はあの世で解体している家を見ながら何を思っているのか?家を建てる時以上に、勇気のいる決断だった。

 バイクに乗って高校へ

 大学への出発で

 アフター

 アフター



様々なイベント行事や総会に出席

5月連休後から様々なイベント行事や総会が開催されている。地元須佐神社の神幸祭に始まり、風治八幡宮例大祭祭典(川渡り神幸祭)など田川地域の神幸祭も、各地で行なわれた。まだまだ、イベント盛りだくさんで、様々な総会も開催されている。福岡県トラック協会筑豊支部田川分会総会、糸田町商工会通常総会、福岡県農政連・県農政協議会定期総会、田川直方線延伸整備促進期成会総会、筑豊横断道路建設促進期成会定期総会、田川地区シルバー人材センター定時総会、一般社団法人田川地区防災協会総会、筑豊中小企業経営者協会総会など5月は本当に総会ラッシュ。その間にも、参議院議員松山政司後援会事務所開き神事や田川県土整備事務所予算勉強会、会派政策審議会、タイ・バンコク都青少年交流団表敬訪問、九州の自立を考える会シンポジウムと5月は目まぐるしい。6月もまだまだ続き、6月定例会も開会されるから、気を引き締めて乗り切っていこう。



常任委員会〜総務企画地域振興委員長に選出

5月16日17日、福岡県議会臨時会が招集され、16日は議長・副議長選挙が行われ、新しい議長に栗原渉県議(朝倉市郡選出)、副議長には原中誠志県議(福岡市中央区選出)が選出されました。17日は、常任委員会、議会運営委員会が選任され、直ちに委員会が開催されました。この度、常任委員会は、総務企画地域振興委員会に所属し、委員長に選出されました。副委員長は、嘉麻市選出の江頭祥一県議となりました。総務企画地域振興委員会は、行財政対策、職員の定数・給与及び勤務条件、財産の取得・管理及び処分、消防防災対策、県行政の総合企画及び総合調整、地域振興、ITの進展に伴う情報化の推進、交通政策、国際化の推進、地方税制などについて審査及び調査を行っています。大変難しい県政運営になっていくことが予想され、県行政の総合的な調整を担う委員会ですので、大変な重責を担うことになりましたが、県政の発展と県民福祉の向上に精一杯役割を果たしていく覚悟であります。福岡県議会では来月6月定例会で今年度の本予算などが審議されます。



冠婚葬祭の令和の始まり。

平成から令和へと時代は変わり、怒涛の十連休は、東京で研修中の長男・颯行の就職赴任地が6月から長崎に決まり、この連休で家族協力して引っ越しを行なった。長女・未悠が長崎大学だったから、さすがに長女は詳しく、妻もまた長崎は熟知しているようで、まったく知らない土地じゃないから良かったと思う。次男は、同志社大学の授業があったということで引っ越し後、3日夜に帰省した。また、妹・亀谷悦子の嫁ぎ先のお父さん(故亀谷勇)の一周忌の法要が4日に直方市の実家であり参列する。5日には長女・未悠の結婚式、25年間の成長が走馬灯にように蘇ってくる。小さい頃から学校の先生になることを目標に頑張っていた。努力をしないとできないことを自分自身よくわかっていて、人の3倍努力していた。妻もいつも相談に乗ってあげていたから、本当に寂しいようで・・・連休後の田川地域は、地元各地で神幸祭が執り行われる。まさに、冠婚葬祭の令和の始まりだった。そして、3期目の県議会へ初登庁の始まりでもあった。



長女未悠の結婚

令和元年5月5日、長女未悠の挙式・披露宴が、With The Stile Fukuoka Hotel(ウィズ ザ スタイル 福岡)で行いました。新郎・新婦がこれまでの人生で大変お世話になった多くの皆さんに祝福されての結婚式で、本人たちはもとより、両家の家族・親戚も一同大変嬉しく、ご参集頂きました皆さんに心から感謝を申し上げます。

二人が出合いました長崎大学教育学部時代の恩師の野口先生御夫妻に、快くご媒酌を引き受けて頂き、ご媒酌人から二人の馴れ初めや的確な性格分析などお言葉を頂きました。親の知らなかった一面を知ることができ、大変心温まるお話でした。また、来賓挨拶では未悠の職場の上司、福智町立伊方小学校の益田茂校長先生から、(私たち家族をよく知っているものですから)神崎家の家風なりも紹介を頂き、新郎側の親戚の皆さんにもご理解頂いたようで、有難いスピーチでありました。

御出席頂いた皆さんは、二人のことをよく知っている方々ばかりで、皆さんのお蔭で本当に素晴らしい結婚式となりました。まだまだ未熟な二人でありますので、今後ともどうぞご指導、ご鞭撻、またご厚情を賜りますように、よろしくお願い申し上げます。両家を代表しての挨拶は、新郎の父親でしたので、新婦の父親としては、何も申す事ができませんでしたので(^_^)、ブログで御礼のご挨拶をさせて頂きました。

ps:神崎妻は、嬉しさよりも寂しさの方が大きく、涙を堪えながらも、うるうるしていましたが、父親はまだ何となくピンときていません。娘未悠は嬉しさ100倍のようでした。

2019.05.06 19:00

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令和の時代へ

天皇陛下が退位礼正殿の儀で述べられた最後のお言葉

今日(こんにち)をもち、天皇としての務めを終えることになりました。
ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を表します。
即位から三十年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。
明日(あす)から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

新天皇陛下の即位後朝見の儀で述べられた最初のお言葉

日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。
この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば、上皇陛下には御即位より、三十年以上の長きにわたり、世界の平和と国民の幸せを願われ、いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ、一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(さん)に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします。



県政報告(2019年8月号)

県政報告(令和元年8月号)をお届けします。6月定例会はJR日田彦山線の復旧問題について、知事の政治姿勢として、被災地住民をないがしろにした答弁に大変遺憾な想いがしました。代表質問や予算特別委員会で会派として質問原告をつくりましたが、本当にはがゆい想いがしています。豪雨災害の復旧復興が一丁目一番地の政策と所信表明されていますが、JR日田彦山線は眼中にないのでしょうか?これからもしっかり追及していこうと思います。

県政報告令和元年5月号 ←PDFはこちらからです。



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