神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
last update 2017/06/21 15:10
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ゆく年くる年〜よいお年をお迎え下さい。

2010年、今年もあっという間に1年が過ぎた。寅年の年男、気力も体力も経験も、みなぎっている48才!この1年間、自分なりに誠実に精力的に活動できた1年だったと思う。1年を振り返ると、本当に予想できなかった出来事が次から次へと起こった。いや、前回の選挙から4年経った今、誰が今の状況を想像できたのか?国も地方も本当に大きく変わったなぁと思う。でも、環境や状況は変わっても、僕の信念は一貫していた。どんな事があろうと高い志を掲げたからには、真っ直ぐにそれに突き進むしかない。たとえ、一部の支持者の方の意に沿わなかった判断をしても、たとえ、楽な道がそこにあったとしても、ブレることもなく志を変えることなく信念を曲げることなく、頑張ってきた。その成果が、3ヶ月後に結果としてでる。まだまだ3カ月ある。やれることは何でもしよう。

この戦い、今度こそは絶対に負けるわけにはいかない。今のところ前回同様、三つ巴の選挙戦になると思う。誰が政治家になっても同じじゃないと僕は心からそう思う。今度の選挙の焦点は、10年・20年後の田川の将来を担う選挙・責任ある選挙だと、そして田川の良識が問われる選挙なんだという気持ちで臨みたいと思う。

田川を良くしていきたいという夢と使命感、そしてビジョンを掲げて戦います。こうざき聡、一生懸命に頑張ります。どうか力を貸して下さい。よろしくお願いします。来年が皆様にとって良き年となりますように!よいお年をお迎え下さい。

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今年も残り3日

忘年会も昨日ですべて終了した。昨日は3ヵ所の忘年会に顔を出してきた。さぁ今年も残り3日間となった。まだ出来ていない掃除やらお正月の用意やらをして、新たな気持ちで新年を迎えよう。だんだん、日程も詰まってきて、1月の予定もずっと入っている。時間を有効活用しないとどんどん課題がたまってしまう。一つひとつ気がついた時に片付けながら、優先順位もつけ、たまには取捨選択も必要。とにかく頑張るしかない。

政治を志して5年半、政治ってつまるところ人と人とのコミュニケーションが根源であり、言葉がとても大切で人間同士の相互作用じゃないかと思うようになった。政治家がどんな言葉を使ってどのように語りかけるのか、それを有権者の皆さんがどのように受け止め、評価し、行動して行くのかというところだと思う。これまでのような一部の地元有力者や組織の代表者だけに頼るようなスタイルじゃなく、広く多くの地域の皆さんの声に耳を傾けることが何より大切なんだと思っている。希望ある地域に変えたい、新しい政治に変えていきたいという多くの有権者の皆さんの期待に応えるように、これからも誠実に精一杯、努力しようと思う。



無所属でいい!声なき声の底力!!

「10年以上も自民党員でありながら、自民党から公認・推薦をもらえず、農家(妻の実家は元農家)でもないのに、農政連の推薦を頂いた、神崎聡でございます。」

朝刊を読みながら、そうつぶやいていたら、お茶を飲んでいた高校生になる長女が吹き出した。福岡県議選田川郡区で3次選考でもなかなか決まっていなかった公認が大島氏に追加された。政党への推薦願い自民党県連、県議選1次公認を発表でも書き、各町村の後援会の皆さんにも報告していて、既に織り込み済みだから、前回同様、無所属で頑張ればいいと思っている。地域の皆さんからの推薦を頂くことが、何よりの後ろ盾だと思っている。

各町村の後援会連絡会議も断続的に行なっており、1月30日の事務所開き、2月3月かの決起大会、4月1日の出陣式と3段ロケットで盛り上がりを最高潮にもっていきたいと思う。何としても勝利し、本当に大切な地域の皆さん、声なき声の底力としての結果を出していきたい。



今こそ変革の時

”至誠而不動者未之有也”〜至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり〜と読む。「誠(真の心)を以て行動すれば、人の心を動かさない事はない」孟子の言葉であり、吉田松陰が江戸へ行く前に書いて小田村伊之助にあたえたものである。

先日、共同通信社とNHKから福岡県議会議員選挙・調査票の依頼があった。いろいろ記入する欄があり、その中に「尊敬する人物は」という項目あった。迷わず、吉田松陰と書いた。神崎家の家訓でもある「誠実の道 人の宝なり」。 吉田松陰ほど至誠をもって生き抜いた人はいない。吉田松陰の言葉はすべて真心から発している。学問への修業も松下村塾の教育も国のために起こした行動も皆そう言えると思う。燃えるような向学心を生涯持ち続け、人を愛し、誰よりも強く国を愛し、至誠を貫いた吉田松陰の一生は本当に純粋で美しいと思う。

 自宅の掛け軸

「志を立てるためには 人と異なることを恐れてはならない。世俗の意見に惑わされてもいけない。死んだ後の業苦を思いわずらうな。また、目の前の安楽は一時しのぎと知れ。 百年の時は一瞬にすぎない。君たちはどうかいたずらに時を過ごすことのないように・・・」



陽行(アッキー)が帰省し、家がパァ〜と明るくなる。

陽行(あきゆき・小5)が屋久島から帰省した。パァ〜と一気に家が明るくなる。福岡空港まで、誉行(たかゆき・小2)と2人で迎えに行き、家に入る間もなくそのまま直ぐに、「鴨料理 割烹藤」へ。山本のおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に家族全員で食べてきた。久しぶりのアッキーの笑い声、言葉は何となく屋久島なまりのような東京言葉のような・・・違和感があるがそこが屋久島帰りで面白い。やっぱり家族全員揃っての食事がいい。帰宅して、クリスマスケーキにローソクに火をつけ、赤鼻のトナカイやジングル・ベル、ホワイトクリスマス、あわてんぼうのサンタクロース等々・・・クリスマスソングを大声で歌いながら盛り上がっていた。1人歌わない奴(颯行・中2)がいるので、なかなかみんな食べられない。それでも、みんな笑顔と笑い声で、さすがアッキーのキャラが家を和ませてくれる。

やっぱり神崎家は、これやなぁ!ワイワイガヤガヤ、ワクワクドキドキ、賑やかながら、それぞれみんなが自己主張をしているところがいいなぁと感じる。冬休みの1月10日までの期間やけど、家族の絆をしっかり感じさせてやりたいと思う。



地元の高校出身だから、地域にも熱くなれる。

同級生・同窓生のバックアップは何にもまして心強い。昨日は、中学(添田中学校)の同級生から声をかけてもらって地鎮祭に出席させてもらった。午後からは高校(田川高校)の同級生たちが(選挙)活動の手伝いをしてくれた。そして、夜はそのまま同級生たちとの忘年会。アドバイスをしてくれたり、励ましてくれたり・・・同級生だからこそ、ズバッ・ズバッと指摘してくれる。素晴らしい仲間たちがいることに本当に感謝しなければと思う。

選挙区は田川郡だから、田川市郡の全地域に同窓生の皆さんがいることは本当に大きな力になっていただける。出身高校がどこなのかというところは、選挙では大きなポイントであり、その点、僕は地元の県立高校を卒業して本当に良かった。両親も妻も兄弟も従兄弟たちも、みんな地元の県立高校出身だから、いろんな繋がりと人脈があり、何よりも母校への想いはみんな熱い。前にもブログ(田川地域の将来ビジョンづくりの要は人材育成なのに・・・)で書いたけど、県立田川農林高校と県立田川商業高校が閉校になり、田川科学技術高校(県立田川工業)に統合されたのは、本当に同窓の皆さんにとって残念なことだと思う。僕は、郷土の均衡ある発展を目指すべき県政が、どうして田川市にばかり県立校が集中しているのか?不思議でならない。地元選出議員は、どのような対応をとられたのかなぁ。やはり地元県立高校出身じゃないと愛着がわかないのかもしれない。それだけ、高校というのは、みなぎるパワーと何にも代え難い仲間がいて、思いっきり青春を謳歌できた時代なんだと思う。地元の高校出身だからこそ、地域にも熱くなれる。



福岡県農政連推薦証

午前中、香春町でアポイントがあったため、自転車遊説をしながら香春町まで。午後から、福岡市天神のJA福岡県会館で福岡県農政連の公認・推薦状の交付式があった。公認2名、推薦42名の候補予定者一人ひとりに林裕二委員長(県議会副議長)から手渡しされた。事前に公約を提出させて頂いているけど、地盤も看板もカバンもない僕にとって、何となく後ろ盾が出来たような気がしてくる。本当にありがたいことだと感謝している。ただし、今度、立候補予定者の大島さんも推薦されていたから・・・まぁ前回同様、努力を重ねて支援の輪を広げていく以外に方法はない。それにしても、現職県議はニュースやらいろんな選挙時にテレビにも出られているから、顔とお名前は殆ど知っていた。それに、よく存じあげている県議も何人もおられるので、あまり緊張することもなく出席できた。

様々な団体からも単独推薦を頂いたり、県・支部単位でどんどん推薦も広がってきている。現職議員が引退されたから、前回と違ってかなり流動的になってきており、一気に流れをつくっていければと思う。これも自分一人じゃできるわけじゃなく、多くの方々の支えがあればこそだと、心から感謝している。応援をして下さった方、そうじゃない方、しっかりと頭の中に入れながら、これからの政治活動に役立てるように頑張っていきたいと思う。



忘年会がつづく

忘年会がずっと続いている。今日(12月16日)は、いつもの福智町ランチミーティングのメンバーが、わざわざ僕の事務所に来てくれて、そのまま近くの”酒か菜処千”で忘年会。他言無用で、いろんな情報交換ができ、興味深かかった。「な〜るほど」と僕の知らない情報がたくさんあり、本当に信頼できる方々ばかりで有難いなぁと思った。

近頃、週の4・5日は忘年会(飲み会)が入っていて、妻からは体調を壊さないよう程々にと口酸っぱく言われるけど、いつも度が過ぎるからダメだなぁ〜。それでも、今日のように1次会で終了すると、明日への影響はないし、ブログの更新もできるので、妻が言うように1次会で帰宅するように程々にお付き合いしなければと思ったりする。

毎日毎日よく体力・精神力が続くねぇと妻が皮肉のように言う。「当たり前たい!タフじゃないと政治家とかつとまらんバイ」と言いたい気持ちをグッとこらえて、黙ったまま歯を磨く。そう!たまには家族を連れて外食に出かけよう。24日には屋久島に行っている次男の陽行(あきゆき・小5)が帰ってくる。この頃は、全然電話も手紙も便りがない。1学期と比べると凄く成長していると思う。久しぶりに家族全員が揃うから、みんなで食べ放題バイキングに連れていこうと思う。いろんな面で家族を犠牲にしながら、選挙戦を挑んでいるから、”男は黙ってサッポロビール”



びくびくすることもなければ、くよくよすることもない。

将来のこと、これからおこるであろう予期せぬことを考えて、一々びくびくするな!過去のこと、してしまったこと、やれなかったことをあれこれ考えて、くよくよするな!たまには、開き直りの気持ちがあれば、大したことないなぁと思い、どうってことない。「えいやっ」と行動すれば、どんな結果が待っていようとも、必ず道は開けてくる。

「えいやっ!」と行動を起こす時、世の中の風向きを読む能力が必要だと感じる。風を読んだら、自分の判断を信じて迷わずに突き進む。自分自身の智性と勘、そして行動する勇気。勇気を持続する力。これさえ、備わっていれば、勝利が必ずついてくる。将来に対して何の保証もないのが選挙戦。全知全能、すべてを出し切って今に取り組む。



候補者のオリジナリティを見てほしい

選挙の焦点、田川地域の振興は、どの候補者も似たり寄ったりで、内容も同じだと思われがちだけど、具体的な内容、それを達成するための手段はまったく違う。他候補者も農林業の振興や福祉・教育の充実、観光推進等の訴えると思う。でも、有権者の皆さんには、それを達成するためには、どんな政策で、どのような手順で進めるかを、しっかりとその違いを見極めてもらいたいと思っている。もしかすると、キャッチフレーズしか考えていないかもしれないから、街頭や集会・決起大会、出陣式等で候補者の何がやりたいのか、何ができるのかに耳を傾けてもらいたい。

僕なりのオリジナリティというか、独自性・独創性を訴えていきたいと思う。今、他地域と同じことをやっても、田川の独自性・独創性は発揮できず、長い目で見た時に地域の振興に繋がらない。田川地域が永続的に発展するためには、田川のオリジナリティを常に生む出す風土を創っていくことが大事なんだと思う。そのためにも、政治家自らが、どの地域もまだ取り組んでいない方法をやる、という一つの決意をもつことが必要。他の人が既にやってしまったことはやらない。人まね、猿まねするなら、誰が政治家になっても同じじゃないのか。有権者の皆さんが、予定候補者自身のオリジナリティはどこにあるのかを選挙戦を通じて見ていれば、選択肢の一つになるんじゃないのかと思う。

「他の候補者と違って、あなただったら、この地域のために何ができるんですか?」 この問いに応えきれないようだったら、4年後の地域振興の成果は既に目に見えている。



こちら選対本部企画室

12月7日、朝からのダラダラと降り続く雨。今日は支援者の方と午前中挨拶廻り。やっぱり、誰と一緒に挨拶に来たのかが大事だと痛感する。「誰々さんが連れてきたからねぇ」「〇〇さんから頼まれたから」と支援者・応援者の方の人脈・人望が、選挙ではとても大事だと思う。候補者本人は、直接知っているわけじゃないから、連れて行って下さる方の日頃からのお付き合いと信用力が投票に結びついてくる。特に、今まで政治や選挙に直接関わっていない方から連れて行かれると、訪問先の人もびっくりして、「〇〇さんが言うんだったら、間違いないですね」と言われる。これまで選挙のお願いをしたこともないのに、僕のために歩いてくれて、本当に有難いことだなぁと思う。

今日は、育子の学校が代休だったので、午後からは一緒に選挙グッズの買い出しに出かけた。アイデアマンの僕としては、早速試してみたい企画があり、今度は対立予定候補者が真似できないような取り組みをしようと思う。夜寝ながら考えると、パッとひらめいたりする。ひらめいただけじゃダメで、具体的にやってみる。失敗しながら、イメージしたものに近づいていく。全国でも、これはまだ誰もやっていないと思う。いつ、それを世間にお披露目するかが大切。あまり早く仕掛けると、やっぱりマネされるから、今度は時期をよ〜く考えよう!

候補者は辛く、孤独で、大変だけど、選対本部企画室はとても楽しく面白い!



披露宴に招待され・・・人と人が繋がっている。

冠婚葬祭の多いこと。連絡があったり、案内を受けたり、参列・参加・出席させてもらえることに感謝しなければと思う。でも、政治家っていうのは、タフじゃないとやっていけないんだと痛切に感じる。昨日は、添田町役場に勤められていた馬場さんの息子さんの結婚披露宴で、博多の日航ホテルに招待されていた。新郎新婦ともJALに勤務されているからと思うけど、日航ホテルでの結婚式は初めてだったので、すごい演出で十二分に楽した。それに、新郎新婦の友人関係の人がたくさん祝福に駆け付けられ、本当に感動の披露宴だった。

驚いたのは、同じテーブルに糸島市長の松本嶺男さんが出席されていたこと。福岡県企画振興部長の時に大変お世話になっていたので、久しぶりにお会いでき、お話ができてよかった。東アジアの知の拠点を目指している糸島市だけど、まさか選挙に出て政治家になられるとは思ってもいなかった。人と言うのは、どこでどう繋がっているかわからないなぁ〜!そして、どんな運命が待っているのか?本当にわからない。



感性豊かな生き方をしたい。

前回の選挙からこの4年間を振り返った時、自分なりに精一杯頑張ってきたと思う。そして、数多く感動できる体験をさせてもらったように思う。選挙を通じて多くの人と接し、幸せや喜び感じたり、逆に悲しんだり悔しがったり・・・自然や歴史・文化そして地域との一体感を味わったり、他の人の気持ちに共感したり、これまでにない感性を持てるようになった。人には誰にでも、理性と感性が備わっているけど、どうも理性にかたより過ぎた生き方をしていて、無意識のうちに感性を押さえる傾向にあるように思う。今の時代、頭で考えることに忙しく、自分の心の声に耳を傾ける余裕がなくなっているかもしれない。

選挙を通して思う事は、理性中心で相手と接すると、なかなか心の通った会話なんてできないと思った。相手に共感し、相手との一体感を感じる感性の大切さがわかった。感性が豊かになるためには、何が大切かと考えると、自分の感情を大切にし、ネガティブな感情も含めて、あまり抑制しないことじゃないのかなぁと思うようになった。充実感や幸福感といったポジティブ感情だけでなく、孤独感や悲しみ、不安なんかのネガティブ感情を抑制することなく、それとちゃんと向き合い、解放することが大切なんだと・・・

子供たちにも、この感性豊かな人に育ってほしいものだと思う。そのためにも、いろんな人間関係や自然環境の中で、自分で体験し、自分で課題を見つけ、解決する。そしてまた新たな課題を発見する。理屈ばっかりの生き方よりも感性豊かな生き方をしたものだと思う。先日、育子(妻)や育子が最初に赴任した学校(金田小学校)の先生たちと一緒に食事する機会があり、そんな話題にも触れながら、田川の教育を熱く語っていた。



師走に突入

各町村後援会活動も活発化してきて、ちょっと時間的余裕がなくなってきた。やらなければならない事や課題も解決するための作業も、一つひとつ片付けていく。ブログに書けること、書けないことも多くなってくる。思いもよらない方からの電話やこれまで支持してくれかなった人たちが応援してくれたりと段々勢いが出て来て、ここにきて加速してきているように感じる。今日から12月(師走)、残りちょうど4カ月となった。とにかく油断することなく、最後まで頑張るしかない。

12月に入ったので、後援会事務所も電気・水道・ガス・電話が順次設備される。きっと事務所が立ちあがってくると、もっと活気づいてくると思う。事務所開き・決起大会・出陣式と徐々に盛り上げて最高潮に持っていくようにしたい。事務所はオークホール前で立地的に最高の場所で本当によかった。後援会(選挙)事務所lもいろいろ見てきたけど、多くはなかなか出入りがしづらい雰囲気だと思う。でも、僕の場合は、出入りがし易いオープンな事務所の雰囲気だと思う。前回同様にスーパーもすぐ近くにあり、買い物帰りに気楽に立ち寄ってもらえれば本当にうれしい。



今年も日本大学校友会北九州支部総会に出席

11月26日18時より小倉のホテルニューたがわで、日本大学校友会北九州支部総会に出席してきた。日大本部から副総長や校友会事務局長も参加され、懇親会では北橋北九州市長も同席で盛会に開催された。 大学時代から大変お世話になっている諸先輩の方々との再会は、本当に勇気付けれらる。先輩たちから、「神崎君は、学生時代から(政治家を目指す)そんな星の下に育ったんよ」と多くの皆さんから言われた。自分じゃよくわからない。間違いないのは、普通のビジネスマンだったから、必然的に選挙に立ったわけじゃなく、偶然そんな巡りあわせになっただけのような・・・何となくそんな気がする。

でも、もし僕がそんな星の下に生まれたんだったら、やっぱり自分の知らないところでの環境だったのかもしれない。(難しい選挙区と複雑な人間関係) そして、自分で道を切り拓いたんであれば、それは高校時代じゃなくて、大学時代だったんだと思う。そう、日本大学が僕を大きく変えた原点だったんだと思う。日本大学商学部会計学科に入学。どうして、受験で会計学科を志望したかというと、伯父さんや親戚の人が税理士や財務事務所長をしていたから、高校生の時に何となく公認会計士か税理士になりたいと思うようになっていた。親父から、「東京の大学に行くんやったら、勉強一筋かたくさんの友達をつくるか、どちらかにしろ」と言われた。僕は、「勉強に頑張る!」と言い、入学して直ぐに会計学研究所に入った。ちょうど3カ月目ぐらいの時に、原価計算が概念が入ってきて、まったく理解できなかった。結局、そこで挫折。迷わず僕は、たくさんの友だちをつくる道を選んだ。

大学時代は、日本大学福岡県人会活動と益子ゼミ(情報管理論)活動がすべてだった。特に福岡県人会は、大学3年の時に幹事長に抜擢、その勢いで第12回日本大学音楽祭の実行委員長となり、北九州市八幡市民会館で開催する運びになった。この時の経験が社会人としての活動や麻生太郎事務所での選挙活動で大いに役に立った。

チケット販売や広告での収入の為の校友会の皆さんへの訪問(600万円)。日大吹奏楽団60名(日本大学吹奏楽研究会)の招聘。到津遊園地(到津の森公園)でのドリルマーチや八幡市民会館までのパレード、そして市民会館周辺3小学校での演奏会。正直に言うと、田川高校時代の同級生で法学部だった見藤弘一君、文理学部だった松浦純さん。この3人の学生でこれだけのイベントをやり遂げた。マンションを借りて、田川から毎日通い、春休みと夏休みをすべてを費やして頑張った。僕を大きく変えさせてくれたのは間違いなくこの音楽祭の開催だったんだと思う。

当時の日大北九州支部長が、九州共立大学教授の東海林先生(東海林太郎の孫)。当時、到津遊園地は森友園長で本当に懐かしい。お二人とも僕の結婚式にはご出席して頂いたけど、今はもうお二人ともお亡くなりになった。 いつもいつも、校友の皆さんに助けられ、同級生に助けられ、麻生グループやお付き合いしてきた企業関係の皆さんに助けられ、今度は多くの地域の皆さんに助けられ・・・きっといつかは・・・誰かを助けてあげられるようになりたい。

祝宴vol5

【日大校歌】

1.日に日に新たに 文化の華の         2.四海に先んじ 日いづる国に

      さかゆく世界の 廣野の上に            富嶽とゆるがぬ 建学の基礎

   朝日と輝く 国の名負ひて              栄ある歴史の 道一すじに

      巍然と立ちたる 大学日本             向上息まざる 大学日本

   正義と自由の旗標の下に              治世の一念 ほのほと燃ゆる

      集まる学徒の使命は重し              われらが行く手の 光を見よや

         いざ 讃へん 大学日本              いざ 讃へん 大学日本

         いざ 歌はん われらが理想           いざ 歌はん われらが理想



選んで挙げる条件とは・・・政策の前に人柄・人物

候補者を選ぶ条件は何かと考えると、一にも二にも政策だと候補者本人はそう思う。でも他候補者と似たような政策になるから、それを具体的に達成するための手段を差別化して、他候補者との違いを鮮明にし、候補者はそれを一生懸命に訴える。今度は、選ぶ側から見ると、まずどんな人物なのか?人柄は?保守系なのか革新なのか?と言ったところから考えるんじゃないのかなぁと思う。それでも、本人となかなか会う機会がないから、支援者・応援している人たちはどんな人たちなのか?どんな選挙運動をしているのか?きっと候補者本人の(取り巻き)周りの人や活動を観察しながら、本人の人柄や人物を見極めようとしているんだと思う。

僕は本当に恵まれているなぁと心から感謝している。僕の周りの人たちは、良識を持ち合わせた方々ばかりだし、本当に人生の先輩として素晴らしく、地域の皆さんから尊敬されている方々が僕を応援して下さっている。前にもブログで書いたけど、有権者の皆さんが一票を投じようとするのは、自分自身の率直な直観力じゃないのかなぁと思う。(有権者が磨いているのは率直な直観力

昨日、お会いした人たちからの話や地域の皆さんから電話連絡が入り、「オークホール前(庄郵便局隣)の後援会事務所近くに、他立候補予定者のポスターが嫌がらせのように貼っちょうばい」という話だった。事務所で打ち合わせがあったので、行ってみるとホントしっかりと貼ってあった。一昨日までなかったので、このブログを見て、事務所開設することがわかって、貼ったのかどうか知らないど、ちょっと僕には考えられない行為だなぁと思った。知名度を上げ、好感度を高めるためのポスターなのに、あれじゃ逆に反感を買ってしまうと思うんだけど・・・まぁ、あまり気にすることなく、僕を支持してくれる方を一人でも広げよう。皆さん!是非、事務所にもお気楽にお立ち寄り下さい。



12月12日から活動拠点を後援会事務所へ

今度の後援会事務所(選挙事務所)は、添田町オークホール前(庄郵便局隣)に設置している。12月12日(日)から、活動の拠点を後援会事務所に移し、支持者・応援して下さる皆様方が集まれるように準備を今朝から始めた。自宅裏の事務所で使っていた机やテーブル、FAX・コピー機、必要な書類を整理していた。前回の選挙では、鉛筆一本から揃えなければならなかったから、本当に辛かった。その点、今回は前回の細かい文具用品から残っているから助かる。引っ越しは、自宅前が病院なので迷惑にならないように休日に行なう予定。

前回は、平成18年12月10日のブログ(事務所開き・総決起大会)に書いている通り、平成19年2月3日に行なった。今回は、添田町長選挙もないから、年明けにはフル回転できるよう年内に環境を整備し、2011年4月に向けて、一気にラストスパートをかけたいと思っている。


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酔中の快楽人の知るなし

第45添田町地区公民館対抗ソフトボール(球技)大会が行なわれた。全部で14チームが出場し添田東として参加していた。結果は・・・一回戦敗退。終了後、12時から添田東公民館で皆さんとお疲れ様会。(全然疲れていないけど・・・)地域の行事・イベントにはすべて参加しながら、地元の皆さんと親交を深めることが何より大切だと思う。昨日から妻育子が、落合小学校の職員旅行で家にいないし、母も別の地域の催しでいないので、合間をぬいながら子供たちの食事や片付けをしていた。

”酒は呑むべし 酒は飲むべし、人生唯酒ありて肝を開く。酔中の快楽人知るなし” 懇親会にはお酒はつきもの。お酒を呑める身体で本当に良かった。最初にお酒を飲むようになったのは、いつ頃だったか?大学に入学し先輩から浴びるように飲まされてのが最初だったように思う。九州男児だからという言葉に酔い、飲めないお酒を注がれ、吐いては飲み、吐いては飲み・・・バカ騒ぎをしながら鍛えられたように思う。就職してからも、職場や取引先・仕事関係の人たちとも大いに飲んだ。夢を語り、大きな気分になり、翌日には二日酔いでゲッソリした朝を迎えたのを何度繰り返したことか。毎日の晩酌にビールを飲み出したのは、結婚してからだった。

お酒を飲めない人も飲める人も、懇親会は本当に楽しい。人と人との潤滑油になってくれる。ちょっとハメを外すくらいが丁度良い。人間味があって面白い。今日は、大河ドラマ「龍馬伝」〜大政奉還が放送される。坂本龍馬や高杉晋作のような人たちと龍馬のような飲み方をしたいね。いやぁ〜叶わぬ夢どころか、僕の周りにはそんな人たちがたくさんいる。



限られた時間の中で・・・

だんだん、時間との戦いにもなってきた。挨拶まわりも事務所開設までの段取りも、会議のための資料やビラ・趣意書・ポスター等の事務作業の整理から、今の段階は自分ですべてを処理をしなければならないから、時間がアッと言う間に過ぎてしまう。限られた時間の中で、最大限の効果を出さないといけないから優先順位をきちんとつけながら解決していこう。アポが入り人と会う時も、できるだけ自転車で行ければ、遊説しながらできるから一石二鳥になる。とにかく、効率よく一つひとつ片付けて行かないと、仕事はたまる一方になる。スケジュールも大体決まってきたので、ホームページでも報告しようと思う。



若菜嘉晴(わかなよしはる)さん「夢に向かって」

7月28日ブログ(ソフトバンク選手の講演を依頼され・・・)から、8月25日にヒルトン福岡シーホークで、ソフトバンクホークスとの教育講演会打ち合わせを行なってきたが、今日(11月17日)実現できた。15時30分から田川中学校での野球教室、19時から大藪小学校での小中合同講演会、本当に中身の濃い内容で、学校や保護者は無論のこと、子供たちも大いに刺激を受け、それこそ「夢に向かって」何かを掴んだんじゃないのかなぁ。

野球教室には、若菜嘉晴さん出口雄大さん、そして福地シニアマネージャが選手たちをコーチされ、的確な厳しい指導をされていた。福岡ソフトバンクホークスマーケティングの吉武本部長もわざわざ非売品のシャツを子供たちのために持ってきてもらい、何から何までの心遣いありがとうございます。講演会では、ダイエーのコーチ時代に城島健司を育てられた話を中心に熱の入った話だった。昨夜は関西からミカサの戸田さんが来られていて、今日の子供たちの様子を楽しみにしていたけど、のっぴきならない用事が大阪で入ったため、結局、昨夜の飲み会だけで帰られてしまった。

縁と言うのは本当に不思議だと感じる。八隅教頭先生から言われたから、こういった機会が出来たわけで、もしこの子供たちがプロになったら、凄いことだなぁと思う。すべては人と人とのつながり。みんなの夢を実現できるように、精一杯お手伝いしていきたいと思う。



自民党〜新人候補(県議)の選考のやり方がこれじゃ話にならない。

県議会に当選させてもらったら、地方が果たす役割が大きい、地域経済の下支えや雇用対策、田川の資源を活かした大胆な総合特区(福祉医療健康産業クラスター構想)を提案してきたいと思う。とにかく早急にしなくてはいけないのは、依然として厳しい田川地域の現状を打破することが最重要課題であり、そのためには地域の活力・創意工夫(田川地域の弱みを克服し、ポテンシャルの高い強みを活かした政策)を思い切って引き出す、経済成長戦略を実行しなければならないと考える。そのためには、国の税制の抜本的改革が必要であり、地方の実態を踏まえたものにしていかなくてはならないと思う。

市町村の垣根を超える田川地域全体の広域的な取り組みが今必要なんだと痛感している。山、川、田園の緑豊かな自然と伝統ある文化と歴史、それに人情溢れる”いきな気質”を活かせれば、それこそ、田川地域は全国的な高齢化社会の先駆的モデル地域として永続的な地域活性化に繋がっていけるんだと思う。

僕の県政へのチャンレジは2度目になる。5年半をかけて一生懸命に頑張ってきた。10月31日ブログの自民党県連、県議選1次公認を発表でも書いたように、前回の選挙では自民党現職議員と戦ったから、自民党への推薦願いを提出しても、”なしのつぶて”でも”握りつぶされた”としても仕方がないと思っていた。でも、今度は違う。現職が引退されるから、同じ条件で同じ土俵で戦わせてもらいたいと思っている。11月12日に県連で新人予定候補者の面談があったと聞いた。結局、自民党田川郡支部(田中良幸支部長〜大任町議会議長)から、選考で誰になったのか、どのようなプロセスで決定したのか、それさえも何にも連絡がない。政党として如何なものかと僕は思う。田川郡以外の自民党関係者の方々からは、とにかく頑張れ、当選さえすれば、何とでもなるからと言われるけど、正直、歯がゆい気持ちで一杯である。

福岡市長選で高島宗一郎さんが当選されたけど、新しい時代には、新しい発想で、新しい人脈で、新しい政策を掲げていくことが何より大切なんじゃないのかと僕は思う。自民党は若い新しい人材を発掘し、育てていこうとしているのに、地方(田川郡)の自民党は、若い芽を摘もうとしているとしか思えない。自民党に相応しいか否か、この5年間の僕の行動や人柄・人物、それに政策・思想を見て頂ければ、わかってくれると思う。

自民党福岡県連が悪いわけでもなく、また抗議するすべもなく、ただこの悔しさ・不満をエネルギーに変えようと思う。僕は絶対に負けない。負けるわけにはいかない。田川の将来のためにも、新しい産業を創出するためにも、将来を担う子供たちの未来のためにも、新生田川を創らないといけないと思う。それにしても、新人候補の選考の仕方がこれじゃ話にならない。

動画プレゼンテーション(田川地域のビジョンについて)〜ここをクリックすると拡大されます。



今日もイベント・行事・お祭りで大賑わい

秋の行事には絶好の天候だった。添田町子ども会マラソン大会が、そえだサン・スポーツランドで開催された。誉行(たかゆき・小2)は、1kmのコースを一所懸命に走っていた。後で報告を聞いたら2年生では3位入賞とのことだった。誉行のゴールを見届けて、次の行事、添田東歩こう会に参加。添田東公民館から戸立峠下の畑(はた)まで約1時間ぐらい、紅葉を楽しみながら、地域の人たちとおしゃべりしながら、ゆっくりと歩いた。到着すると、ビールやかっぽ酒、それにバーベキューや豚汁が用意されていて、お腹一杯になってしまった。12時過ぎには、妻育子と誉行も合流した。

その後、育子の運転する車で、畑(はた)から英彦山へ、別所河内を通り英彦山に到着。深倉で開催されている英彦山男魂祭に行く前に、彦山駅前で、餅つきをさせてもらったり、ここでも青竹でのかっぽ酒を頂戴する。寺西添田町長も来られていて、一緒に焼鳥ややまめの塩焼きを食べながら談笑していた。

彦山駅から深倉の英彦山男魂祭までは、町営のシャトルバス。地元の人たちも、知らない人はもういないくらい親しい関係になった。この深倉に来ると、前回、後援会長を引き受けて下さった故室井邦隆社長を思い出す。この英彦山男魂祭も一生懸命に取り組まれていた。前回の選挙から4年間、本当に多くの大切な方々が亡くなられてしまった。時代は間違いなく変わってきている。その時代の流れに、逆行するような古い体質の政治はもう通用しないんだと感じる。昔ながらの利権や一部の組織に縛られた政治に、絶対に戻しちゃダメだと思う。新しい時代に相応しい政治家・政策・地域を、何としても田川で創っていきたい。



前代未聞の選挙期間中の撤退(福岡市長選)

福岡市長選挙(11月14日投開票日)で、異例とも言える選挙期間中に撤退表明した植木とみ子氏。記者会見では、理由は世論調査で当選する見込みがない、保守分裂を防ぐとの記者会見だったけど、公式ホームページ上で”謝罪文”(全福岡市民の皆様へ)が掲載(既に削除済み)されていて、この”謝罪文”で、撤退の理由を「市の領域を超えた政治的圧力」をあげている。このタイミングで文章を出したこと事態、選挙期間中のホームページやブログの更新を禁止した公職選挙法に違反し、様々な憶測が飛び交い、他陣営に風評被害を与えているから、こりゃもの凄い問題になってくると思う。

削除されていた文章(拡大

当事者じゃないけど、選挙期間中に撤退するとか本当に信じられない。そして、その理由が「政治的圧力」って何だったのか?選挙終了後に説明するとのコメントだったけど、それにしても前代未聞事態になっている。



今年も11月10日がやってきて・・・

今年もまた11月10日が来てしまった。今日は父(神崎次彦)の命日で、毎年必ず事故現場にお参りに行っている。今日は朝からお客さんが自宅に来られたり、昼からはアポイントが入り、夕方は後援会の打ち合わせで各町村に出かけていたため、結局お参りに行くことができなかった。「俺のところはいいから、お前は選挙に頑張れ」と言われそうな気がするけど、本当は一年に一度、今日の日にビールを注ぎに親父に会いに行きたかった。毎年、この時期になると親父の夢をみるけど、近頃はとんと夢に現れなくなった。

4年前と同じようにだんだん慌ただしくなってきた。一人で活動しているうちは、割と自由に動き回れるけど、各町村の後援会が動き出すと僕の動きもシフトされていく。その分、周りの方々の動きが活発になってくるので、これから選挙モードに入ってくるやなぁと感じる。11月10日、ちょうど4月10日の投開票日まで5ヵ月となってしまった。さぁ!これからが本番になってくる。きっと父も見てくれているんだと思う。「聡!全身全霊を込めて、全知全能お前が持っちょうすべての力出し切れ!」と気合を入れられそうな気がしてくる。

 昨年はお参りができたけど・・・



情報時代にあってネットを活用できない立候補予定者が・・・

今朝(11月9日)の読売新聞朝刊に、「福岡県議会政調費”領収書黒塗り廃止合意”‐運営委・購入書籍名、明記へ」という見出しが出ていた。不適切な支出が相次いで発覚した政務調査費について、使途基準の見直しを案をまとめたとある。官能小説の購入等に政調費を使っていたことが次々と判明し、県民から強い反発の声が上がり、「このままでは来春の県議選を戦えない」という点があったと記載されている。そもそも民間に勤めている人からすると、領収書の黒塗りや私用で購入したものを請求できる(税金で支払う)感覚が信じられない。「正しい支出をしているのであれば、隠す理由は見あたらない」と新聞に書いてある通りだと思う。むしろ分権時代にふさわしく、地方議会が政調費を政策立案に生かした成果を、ホームページなどで広く示すべきだという意見には、うなずけるし今の時代ごもっともだと思う。

税金を使っているものについては、基本的にすべて情報をオープンすべきだと思う。議員は常に情報を発信し続ける必要があり、少なくとも守備範囲が広範囲におよぶ県会議員の予定候補者は、お金のかからないネットで、多くの有権者に発信しなければならない時代なんだと思う。ホームページやブログは、一部の人しか見ないとか、後援会報を出しているからとか、パソコンは苦手だとか、そんな言い訳は今の時代通用しないと思う。

ネットよりも実際に会って、意見交換や疑問に思っていることを直接ぶつける事が大切だと言う事は百も承知。でも、田川郡、人口86,365人、面積309.13km2 多くの有権者の皆さんとそんな機会が持てるのは無理な話。福岡県議選田川郡選挙区(定数2)は、今のところ立候補予定者は3人。情報時代にあって、ネットも活用できない立候補予定者が、地域戦略や新産業創出の政策・立案が本当にできるのか僕は疑問でならない。



ふくし祭りin川崎町→添田フレンズ→北九州岳陽会

11月6日(土)、朝から川崎町の第24回ふくしまつりにライオンズクラブとして参加。毎年参加させてもらっているけど、今年は陽行(小5)は屋久島で、誉行(小2)は、ドッジボールの練習試合が添田ドームで行なわれていて、一緒に連れて行ってあげられなかった。変わりにお土産を両手いっぱいに買い、自宅でみんなおいしそうに食べていた。途中、抜け出して添田ドームでのドッジの試合を久しぶりに見てきた。

夜は、北九州小倉のホテルニューたがわで北九州岳陽会に参加した。3年に1度ということで、実は北九州は初参加。次回は3年後という事になるけど、ありゃ〜僕らの33期の本当番にあたるじゃない。何となく北九州岳陽会の雰囲気もわかり、楽しい時間が過ごせ、しっかりと挨拶運動(選挙活動)も行なってきた。びっくりしたのは、潮光山がいたこと。潮光山の人脈の広さに、さすがの僕も驚いてしまった。序の口時代からの付き合いだし、友達感覚なもんだから・・・思わぬところで、潮光山に助けられ、ホントに感謝、感謝!九州場所は気合を入れて頑張って下さい。



添田町英彦山・上津野へ

11月3日、添田町では英彦山や津野でイベント祭りが開催されていた。豊前坊院天宮寺での護摩法要、豊前坊高住神社の秋季大祭・柴燈大護摩修法、英彦山青年の家での”ひこさん紅葉まつり”、上津野で開催されていた収穫祭に出かけ美味しいお米や野菜をたくさん買ってきた。秋の田川はまだまだイベント・祭りが続きます。



大相撲九州場所新番付を届けてもらって・・・

11月1日、選挙戦までちょうど5ヵ月となってしまった。個別訪問で挨拶まわりをしていると携帯に潮光山から電話が入った。大相撲九州場所の新番付を届けに自宅に来るとのこと。それだったら、太田亮一先生もおられるから添田小学校で待ち合わせしましょうという事になり、校長室で相撲界の話題や潮光山の近況を聞くことができた。折り目のついていない番付表ももらって、お互いに頑張りましょうと誓い合い、今の訪問先、福智町立上野小学校の辻眞作先生のところに向かった。

潮光山は中津原小学校で辻先生の教え子であり、序の口の時からの付き合いになっている。本当にたくましい好青年に成長したなぁ〜と感じる。実は10数年前に潮光山と二人で約束したことがある。その約束は、二人ともまだ達成されていない。なかなか世間が評価する約束だから簡単にはいかないけど、だからこそ何としても約束を守るために、努力したいものだと思っている。

10年前に潮光山に言った言葉を今日話した。それは、千利休の「守破離」の言葉である。「規矩作法守り尽くして、破るとも、離るるとても、もとを忘るな」 ”師匠の教えで学んだ事でも必ず壁に当たる。そんな時、どこかの時点で今までのスタイルを一度破り、自分なりのやり方、自分自身のオリジナリティを持つ事で、人は大きく伸びるものだと・・・でも、今まで学んだ基礎基本やルール、規律等をしっかり守ることが大事であると・・・” その時、とても良い言葉を話したと辻先生に自慢げに話していたけど、その後、何場所か連敗が続き、辻先生から大目玉を食らってしまった。

今日、潮光山に同じ話をした。でも、今度は僕自身の経験であり、選挙を勝ち抜くための「守破離」の実践の話である。

 おぉ!二人とも若い!!



自民党県連、県議選1次公認を発表

10月も今日で終わり、日曜日ということもあり、あちらこちらの祭りが出かけていた。今日の読売新聞朝刊に、自民党県連が「県議選、福岡市議選一次公認を発表」と掲載されていた。

「自民党県連は30日、来年4月の県議選と福岡市議選の第1次公認の立候補予定者を発表した。いずれも現職で県議38人、市議18人。今後、新人も含めて追加公認していく。県連によると、県議選の八女市、大牟田市両選挙区は「地域支部での調整がまとまっていない」として今回の公認を見送った。田川郡選挙区の日野喜美男議員(77)(3期目)は公認申請しておらず、次の県議選に立候補しない予定という。県連はこの日、役員会と総務会を開いた。31日告示の福岡市長選を「来年の統一地方選挙を見据えた重要な選挙」と位置付け、党市議団が擁立する候補の当選に全力を挙げることを確認した。」

自民党への推薦願いは先日ブログで書いたように提出している。田川郡支部の総務会では既に選考し、県連に提出したとの話をきいている。自民党福岡県連はどのように判断されるのか?選挙戦の半年前に唐突に立候補を決めた人を選ぶのか、落選をバネにその後4年間かけて地道に活動してきた人を選ぶのか? 新聞の中では小さな記事だったけど、現職が引退する田川郡選挙区の次の候補者に、自民党福岡県連として誰を推薦するのか、非常に大きな選択のような記事に映った。

田川郡の有権者だけじゃなく、全国の人が僕のこのブログを読んで下さっている。本当に自民党は再生して、それぞれの地域を元気づけてくれるのか、頑張ろうとしている人たちが報われる社会を創ろうとしているのか、自民党の政権奪取は、地域から変えていかなくてはならないと僕は思っている。

当事者の僕以上に、多くの有権者の皆さんは、本当に自民党は変わったのか、変わろうとしているのか、今後のすべての選挙でそこを問うているんだと思う。今までのような密室の中で決められた候補者を多くの有権者の皆さんは期待しているんでしょうか?



選挙通の情報よりも女性の口コミ

美味しいお店やサービス・値段が良心的なところ、雰囲気や安全性・清潔さや店員の態度等は、すぐに噂が広がる。広告宣伝費をかけているわけでもなく、マスコミに取り上げられているわけでもない。ほとんどが口コミであり、特に女性の口コミの威力は凄いなぁと感じる。口コミ連鎖っていうのか、1人が3人に、3人が9人に、9人が3人づつ27人という具合に広がっていく。そして、女性の場合は話だけに留まらず、仲間で店に行き、ナマの体験を話すからマスコミなんかよりも、ずっとリアルで嘘がない。逆に、悪い評判はこれまた、アッと言う間に仲間内で駆け回るから、悪事千里を走ってしまう。

これは、お店に限った話じゃない。政治家や選挙も同じようなものだと思う。何の根拠もない誹謗中傷は、誰がそれによって得をするかを考えれば、噂の出処はすぐにわかり、直ぐに打ち消される。それに比べると女性の口コミは、実際に見て会って話したり聞いた事を伝えるから、選挙通の人よりもずっと真実味がある。一番確かな情報は、本人か地元の人に聞いて見ることだと思う。それにしても、女性パワーというか、女性の力というのは、マーケット(消費の場)はおろか政治の世界にも、とても大きな大きな存在だと肌で感じている。



ゆでガエルにならないために

もし、諫言を聞く耳を持たなかったら、きっと自分にとって心地の良い人たちだけの付き合いに終わっていたのかもしれないなぁと思う。ぬるま湯に浸かったカエルが、少しずつ火を熱くして、飛び出す温度になってもじっとしている状況になったかもしれない。飛び出すタイミングを失ったカエルは、そのまま”ゆでガエル”になってしまう。環境は絶えず変化しているのに、変化に適応していくのと、変化に犯されているのとでは、えらい違いになってくる。調子が良い時は、それが当たり前だと思い、調子が思わしくない時には、言いわけに事欠かない。すべて他人のせいにして、言い訳探しになるとどうしようもない。大事なことは、環境の変化に絶えず適応すること。それには、本当に親身になって下さる多くの人の嫌ごとや諫言に耳を傾けることだが何より大切だと学んだ。



今年も岳陽同窓会〜東京から友だちも駆け付けてくれて

10月24日、岳陽同窓会が母校田川高等学校で催された。昨年同様に福田書店前で辻立ちで、同窓の皆さんに手を振っての挨拶。今年は、わざわざこの日のために東京から見藤弘一君と大野純一君が駆け付けてくれた。生憎の雨模様だったけど、一緒に立って挨拶をしてくれて、本当に感謝!感謝!昨年は、女性陣が辻立ちしてくれて、今年も一緒にと声を掛け合ってくれたけど、午前中雨足が強かったので・・・

田川高校の校訓である「水平線上に突起をつくれ」の精神で高い志と信念で、本当に頑張り抜かねばと、各期のテーブルを挨拶させてもらいながら、多くの諸先輩方から励まされ、また暖かいご声援に本当に感謝しながら、改めて決意した。

田川高校出身の政治家ってどなたがおられたのかなぁ?国会議員では、田中六助先生、中西積介先生はよく存じあげているけど、県議会議員は?ちょっと今度調べてみようと思う。

田川中の校章は「癲廚「中」になる。  

田川高等学校の校章の五つの突起は、五常即ち仁・義・礼・智・信を示している。
 ・五つの突起は、「水平線上に突起を作れ」という岳南魂を象徴する。
 ・朝日に匂う山桜・霜雪を凌ぐ梅花の五弁にちなみ、田川健児の意気を示す。
 ・田川の古名「鷹羽」にちなみ、郷土愛を表す。

校 歌作詞皆川治
作曲横田三郎

校 歌作詞皆川治
作曲横田三郎

  1. 南の空玲瓏(れいろう)と わが揺籃(ようらん)の地に聳え
    蒼鷹はるか夢に飛ぶ 奇霊(くしび)日子(ひこ)の精受けて
    理想を高く掲げたる 光栄の日を歌ふかな

  2. 天そヽりたつ香春嶽 始原の海のあと遠く
    若草萌ゆる国原に 二八(にはち)の春の意気高し
    明日こう(こうしょう)の翼並め 鵬われらつどひたり
  1. 栴檀(せんだん)の香を送り 蒼穹深く澄むところ
    光芒冴ゆる学び舎に わかきうからの日に磨く
    叡智の光おごそかに 道炳(みちへい)としてかヽりたり

  2. 吾らは若き理想の子 まことにふるヽ胸は鳴る
    八荒照らす大八洲(おおやしま) 光は遠く天垂らす
    国の固めとゆるぎなき 生命の光栄(はえ)を歌ふかな

田川健児の歌作詞田中常憲
作曲権藤円立
  1. 北九州の天高く  そヽるや英彦(えひこ) 巍峨(ぎが)として
    近く香春も(そび)えたり 山霊(さんれい) ()りて人となり
    こヽに獅子(しし) ()す一千の 田川健児の声を聞け

  2. 中津原頭(げんとう) 春半(はるなか)ば 読書の窓に桜散る
    花に犠牲(ぎせい)(かおり)あり  鷹羽(たかは)の流れ秋深み
    紅葉(もみじ)浮かべて瀬を下る 水に努力の叫びあり
  1. 北斗の星を仰ぎつつ 忍耐剛毅(にんたいごうき)(ほこ)とりて
    一致(いっち)の歩み 堂々(どうどう)と 進む前途に敵ぞなき
    来たれ万嶽(ばんがく)何かせん 寄せよ 怒涛(どとう)も何のその

  2. 思えば十五(じゅうご)血は躍る  筑紫(つくし)の限り従へし
    鎮西八郎為朝が 居城(きょじょう)はこヽぞ此の処
    昔の(あと)を辿りつヽ 共に学ばん (はげ)まなん

2010/10/25 09:35


大家さとし参議院議員政経セミナーに参加して

毎日のスケジュール(支持者の方との挨拶まわりやミニ集会・懇親会等)を、ひたすらにこなしていく。事務も雑用も作業をするための買い出しから、今はすべて一人でやっている。時間が出来た時には、自転車遊説に出かける。そんな毎日を送っている。今日(10月23日)は、今夏の参院選福岡選挙区で見事トップで当選された参議院議員大家さとし2010年政経セミナーに参加してきた。麻生太郎元総理大臣を講師としてお迎えされて、約1時間ぐらい講演時間だった。久しぶりに麻生先生のお話。いつものようにポジティブな希望が持てる政治や経済をわかりやすく話されていた。結構、筑豊からも出席されていて、知った方々がたくさん来られていた。毎日毎日、あまり人の目につかない地道な活動だから、イベント行事やこういった催しは、一度に多くの方々と接する機会が持てるから有難い。悪い言い方かもしれないけど、人のフンドシで相撲を取るようなものだけれども、とにかく機会あるごとに行事にはすべて参加したいと思っている。

また当選後、大家敏志先生は為公会に所属されている。今日の講演も、麻生太郎先生が引き受けられ、先生のお膝元で活動・活躍され、羨ましいなぁと率直に思う。うらやましがっても、どうしようもなく、今はとにかく自分で道を切り拓いていくしかないと思っている。どん底から這い上がるしかないと思っている。そして、千尋の谷から這い上がってきた時には、田川の皆さんから県民の皆さんから、そして麻生先生から政治家として育ててもらいたいと思っている。田川の皆さん!出来の悪い子供ですが、一生懸命に歯を食いしばって頑張っています。どうかあとひと押しの声援を何卒よろしくお願いします。



タフな政治家

10月21日午前中、福智町へ自転車遊説に出かけていた。12時からビストロみな川でランチミーティング。今日は三原朝彦先生も参加され、次から次へと面白い話題で、相変わらずのパワフルでエネルギッシュな会話で時間の経つのを忘れさせてくれた。何かいいなぁ、明るく紳士的で、タフでバイタリティがあって・・・5勝3敗と明るく話されていたけど、苦労や挫折を全然感じさせないところが凄いなぁと思った。政治家にはいろいろなタイプの方がおられるけど、三原先生のようなタフさを身に付けたいものだと素直に思った。

 2年半前に衆議院議員会館でお会いした時



お祭り・イベントのはしご

10月16日(土)17日(日)は、添田町では第23回添田ふるさとまつり、明日は岩石城まつりが開催される。明日は母も婦人会の献上踊りに出るということ。今日は北海道の姉妹町の美深町のじゃがいもやら、商工会やJA添田支所等で販売されていたお餅や焼鳥や焼ちくわやらカレーライスを食べながら両手いっぱいに買い物をしてきた。

それから今日オープンした大任町の道の駅「おおとう桜街道」に行ってきた。人・人・人・・・凄い賑わいだった。物産直売所なんかは15分の待ち時間になっていて、食事処の丸亀うどんは、昼過ぎには完売の札が出ていた。一億円トイレも見てきたけど、とにかく庭園が素晴らしい。温泉は時間がなく、入ることができなかったけど、すごい設備と気持ちいい露天風呂なんやろうなぁと容易に想像できる。本当にスケールの大きい道の駅になっている。

その後、福智町金田山笠競演会に行ってきた。10mを超す見事な山笠で、本当にびっくりするくらい美しい。妻育子と末っ子の誉行と一緒に見学させてもらった。育子は、昭和62年から平成8年3月まで金田小学校に勤務していたから、祭りに参加されている地元の人も知っている方おられて話をしていた。それにしても、見事な山笠だった。



公開授業に参加させてもらい・・・

この3日間(10月13日・14日・15日)連夜の懇親会でブログが滞っていた。13日は、上野小学校の辻教頭先生の別邸で正木先生(元筑波大学付属小学校教官)を囲んでの懇親会。何年かぶりに正木先生ともお会いさせて頂いた。太田校長・松村校長・桑野教頭そして若手の先生もたくさん来られていて、気合いの入った飲み会だった。14日は麻生太郎事務所関係者との懇親会。これも来春の統一地方選挙に向けて、決起集会のような気合の入った飲み会になった。そして今日15日はライオンズクラブ例会、大任町の城乃越焼での持ち出し例会だった。

夜は充実した懇親会で、昼間は挨拶まわりと自転車遊説。合間をぬって、添田小学校で筑波大学教授の坪田耕三先生と勉強する会の公開授業と講演会に参加(14日)させてもらい、市場小学校では正木先生の講評されていた2年生の公開授業(15日)を見学させてもらっていた。こんな授業を受けらる子供は幸せだなぁ〜と思いながら、先生方だけじゃなく保護者や企業等の管理職に是非見てもらいたいものだと思った。

僕自身ハッと気づかせてくれる設問あり、日常生活や仕事或いは政治で活用できるヒントがたくさんある。子供たち、一人ひとりの力を引き出すには、授業の教え方の工夫が必要なんだと認識させられた。それは、社会人すべての人に当てはまる事であり、この経験をみっちり鍛えられた子供とそうじゃない子供とじゃ、社会人になって大きな格差が生じるてくるなぁと思った。それだけ、目から鱗であり、すくなくとも田川の子供たちにはもっともっと、こんな面白い授業を体験してもらいたいと思う。次から次へと課題を見つけ出し、それを自分なりに解決し、また新たな課題が見つかる。算数ができるだけじゃなく、算数が面白い、算数が好きになる、そんな体験をどんどんつけていければ、もの凄い人材が育っていくんだと感じた。それは、算数だけじゃないと思う。仕事も趣味もボランティアも地域の活動も・・・すべてにおいて人から与えられたものじゃ、決して好きにはなれない。自分から進んで取り組まないと面白いとも感じないし好きにもなれない。ここなんよなぁ〜。



目的は政治家になることじゃない。

どうして県政にチャレンジするのか?何度もブログでも書き、街頭演説でも訴えている。田川地域全体の将来ビジョンや課題解決に向けた政策に取り組みたい。具体的な施策を提案していきたいという思いで挑戦しようと思っている。国政じゃスピード感に欠け、市町村じゃ日々の業務に追われているから、広域的な取り組みや外需・民需へのアプローチが難しい。だから県議の役割はとても大切だと認識している。僕にとって政策を実現するのが目的であって、政治家になるのはその為の手段だと思っている。(努力した人が報われる社会)(秋は行事が目白押し

現職議員の行動を見ていると、政治家になり続けることが目的になり、政策は得票するための手段になっているんじゃないかと思いたくなる。”農林商工業の振興や企業誘致の実現を”と前回選挙時のキャッチフレーズと同じ内容で挨拶廻りをされているけど、4年間の成果は何だったのか?有権者は本当に厳しい目で判断しなくてはいけないんじゃないかと僕は思う。

引退される議員の地盤からだと立候補を予定される方も、”町長選を落選したから県議選に”という事で本当に田川住民の皆さんの支持を得られるのかなぁ?もし僕がそんな事をしたら、きっと添田町の皆さんからは無論のこと、田川の多くの皆さんから”何(なん)、考えちょんか!”と間違いなく僕だったら言われると思う。そもそも、町政と県政では取り組みや政策、政治活動からして違うんだと僕は思っている。これも、政治家になることが目的になっていて、自分が政治家になって何をしたいのかという信念がブレているからじゃないのかと思いたくなってしまう。

(これから政治家を目指す立場からすれば当然の事なんですが)これまで、どんな選挙にも中立の立場をとり、一貫して福岡県政に再チャレンジしようと信念を曲げることなく、ブレることなく、落選してこの4年間頑張ってきました。組織の地盤もなく、親からの看板もなく、自分自身カバンも持ち合わせていません。でも、田川を良くしていきたいという夢と使命感、そしてビジョンを掲げて、一生懸命に頑張ってきました。ですが、選挙は一人じゃできません。皆様方、お一人おひとりなんです。その選挙の答えは皆さんが決めるんです。どうか、力を貸して下さい。こうざき聡、一生懸命に頑張ります。



ゴルフに誘われたけど・・・用事が重なり・・・

今日は、添田町舛田地区のゴルフコンペ(天狗会)に誘われていたんだけれども、どうしても行かなければいけないところがあり、キャンセルさせてもらった。麻生情報システムの植高君のお母さんの一周忌の法事。お寺様のお経の前にちょっとお参りをさせてもらった。植高君は、僕にとって初めての直属の後輩だったので、仕事も恋愛もいつも相談になっていた。逆に彼が新入社員の時には、僕の結婚の手助けをしてもらった恩もあり、本当に切っても切れない仲になってしまった。(夢からはじまる〜結婚編 3分16秒あたり)

先日も添田小学校で一緒に情報化についてのレクチャーもしてもらい、立派な営業コンサルティングになっていたので嬉しくもあり、感心していた。今日は、他にもいろいろ要件もあり、結局、天狗会のゴルフコンペには不参加ということで、舛田公民館での懇親会だけ参加させてもらった。皆さん知っている方ばかりで、叱咤激励あり、本当にありがたい事だなぁと思う。

これまでの経緯や関係あり・・・決して僕を皆さん全員の方々が支持してくれているわけじゃないけど、それでいいと思っている。所詮、僕は地元田川から政治家を志して5年半しかないから・・・地域の関係やら親戚関係・仕事関係やらでいろんなしがらみが、皆さんにはどうしてもある。それは、しょうがないと思っている。(でも、諦めているわけじゃなく、何度もお願いしなければと思っていますが・・・) それを正直に話してくれる人に、僕も正直に応えたい。誠心誠意に訴えていきたいと思う。もの凄くパワーがかかるけど、それだけの価値はあると思っている。

いつかは、ゆっくりゴルフをしたいなぁ〜。選挙戦が終わったら、是非とも天狗会にも参加したいなぁ〜。僕にはゴルフのポリシーがある。今は、ゴルフを疎かにしているけど、きちんと練習もして、皆さんとゴルフの後の有意義な時間を一緒に楽しみたいと今は本当に切に願っている。(いつも、固い文面になってゴメンナさい。東さん!) とにかく頑張ります。一生懸命に訴えていきます。僕にはそれしかできませんから・・・



赤池統一秋祭りに参加

10月10日(日)、今日は2年に1度開催される「赤池統一秋祭り」。生力山笠の方からお誘いを頂き、お祭りに参加させてもらった。4年前にも参加させてもらったけど、声をかけて頂き本当にありがたく感謝致しております。祭りの名前に「統一」がついているのは、昭和40年代まで、それぞれ異なる時期に地区や氏神ごとに行われていた祭りが、同時に行うことができるようになったことから由来しているとのこと。祭りは地域が一体となれるからいい。ただ、継続が力であり、文化や伝統を受け継いでいくのは本当に大変なことだと思う。本当に田川は、祭りが多い。それだけ歴史のある地域であり、伝統・文化に恵まれた地域なんだということ。やっぱり田川がいい。イメージが良くない(3K〜こわい・暗い・汚い)と言われるけど、住んでいる僕らからするとそんな事はない。自然に恵まれ、歴史と文化に溢れた魅力ある地域だと思っている。負のイメージを払しょくし、この環境を活かした新3K産業(環境・観光・健康)を早く創出していきたいと心から思っている。



大きな岐路に立たされる福岡県そして田川

全国知事会長で福岡県麻生渡知事が、8日の県議会最終本会議で「5期20年となると長すぎる。新しい人にバトンタッチした方が本県の将来のためになる」と述べ、今期限りでの退任を正式に表明された。ずっと保守と革新が激突し続けた福岡県知事選で、1995年多党相乗りで擁立されたのが麻生知事だった。退任の理由として、多選批判や人脈の高齢化を挙げられていた。麻生県政が終わり、新たな時代に突入していく、そんな記者会見だった。

国も地方も本当に大きな転換期に来ているなぁと感じる。内閣支持率の急激な下がりを見ていてもわかるように、民主党政権で本当に良かったのか?日本中の多くの人たちは、そう思っているんじゃないのか。かと言って、自民党の支持率も上向かないのは、従来の古い体質を抱え、殻を破りきらず支持者層を広げきらないところに原因があるように思う。地方の政治も同じで、組合組織や団体等の利害関係に縛られているから、現状の閉そく感を打破できないんだと思う。

福岡県は大きな岐路に立たされている。昨年の8月まで福岡県は、総理大臣を輩出し、地方公共6団体の半分が福岡県だった。(全国知事会長・全国町村会長・全国町村議長会長) 本当に福岡県にとって(田川にとっても)大きな痛手であると思う。でも、この危機的状況を何としても突破し、新しい福岡を自分たちの手で創っていかなければならないと思う。そのためには、政治家一人ひとりが使命感を持って、地域の将来ビジョンをしっかりと示し、実践していかないといけない。知事が変わると言うことは、意思決定機関である県議会が担う役割は、ますます大きくなってくると思う。だからこそ、県議会議員自らが具体的な政策立案を積極的に取り組むことで、議会の機能をいっそう発揮できる。法律によって大きな権限が与えられているからこそ、地域にとってより身近で大切な役割を県議会議員は担っていると強く思う。

本当に本当に大切な郷土。将来を担う子供たちのためにも、皆さん、郷土の将来を誰に託しますか?



癒してくれる・・・

48才の年でありながら、自分の家を建てることにたちあったのが4度目(平成13年に火災に見舞われ)。もう家を建てることもないと思うけど、一生のうちで一番大きな買い物であり、大きな夢でもある。4度目ともなれば、間取りや外観、コンセントやスイッチの位置の細かいところのまで自分で設計できるから面白い。妻もかなりイメージできるようになり、もし今度建てることになれば、思い通りとの家ができそうだと昨日話していた。もしかすると、子供たちが大きくなった時に、家を建てるかもしれないけど、やっぱり自分たちのお金で自分たちの家じゃないと思い通りにならんもんねぇ。

それと先日、挨拶まわりしていた時、生まれたばかりの赤ちゃんのお宅にお邪魔した。手足がちっちゃくて、やわらかくて、とてもかわいかった。本当に赤ちゃんというのは癒してくれるなぁ。何となく懐かしく、何となくホノボノとした気分になり、僕らは4度もこの経験をしているから、本当に恵まれているなぁと昨日妻と二人でビールを飲みながら話していた。

家といい、赤ちゃんといい、家族を癒してくれるって言うのは、何にも代え難いものだと思う。赤ちゃんも家も、もう5度目はないけど、可能性があるとすれば、妻と二人だけになった時に、小さな平屋の家を自分で設計し、自分で建ててみたいと思っている。「北の国から」で五郎が建てたように・・・



麻生渡福岡県知事不出馬

福岡県知事、麻生渡知事が次期知事選に立候補しない意向を表明された。5期目の多選批判が影響されたのか?県町村会の贈収賄事件で腹心だった前副知事の起訴が影響されたのか?自ら判断された結果だと思う。福岡ギガビットハイウェイ構想や福岡県IT戦略会議、福岡県SOHO推進協議会、福岡県学力向上推進会議、福岡県経済動向ネットワーク協議会、福岡県情報サービス産業協会等々、そして、改革派知事との地方分権研究会で取り組み、当時、会長が梶原岐阜県知事で仕事をさせてもらっていたから、何となく寂しく、時代が変わってきたんかなぁと思った。地方分権はまだまだ志半ばであり、これからが正念場だと思う。麻生知事は、改革派知事の最後の砦だったように思う。

明治維新以来の中央集権という社会システムを180°変える。これからは地方のことは地方で直接行なうようする。お金と権限を得て、自分たちの裁量で地方を経営していく。中央の縛りから自由になる代わりに、責任も伴うようになる。赤字になると経営責任を求められることになるから、当然、首長も議員も経営能力が要求されるようになり、有権者の皆さんも直接生活に関わってくるので真剣に政治家を選ぶようになってくる。僕は、地方の底力の集合体が日本になってくるんだと思う。従って、日本が再浮上するには、地方の底力にかかっているんだと思う。よく考えると、世界中、国が栄えているというよりも、地域が栄えている。それは、人・もの・金・情報の経済単位が、国家ではなく地域単位で交易しているからに他ならないんだと思う。

今、第2期改革派知事の時代に来ているんじゃないのかなぁ。新しい全国知事会が、もし地方分権で一枚岩になってくれば、もしかすると、明治維新以来の日本変革が本当に実現できるかもしれない。麻生渡福岡県知事が残した功績をきちんと受け継ぎ、地方の時代を僕らが創っていかないと、この20年間、何のための改革だったのかという事になってしまう。

本当に元気で魅力ある地域を創るために、幸せで明るい家庭を創るために、分権社会を構築するしかない。その手段が、まさに道州制に他ならないのかもしれないと僕は思う。



添田小学校授業参観、添田岳陽同窓会総会。

10月3日(日曜日)、運動会やイベント・行事がいろいろ計画されていた休日だったのに、この雨じゃどうしようもない。主催者の方々には恨めしい天気だったんだと思う。午前中、添田小学校日曜参観日に出席し、午後からは添田岳陽同窓会総会に出席していた。久しぶりの子供たちの学校での様子、そして久しぶりに同窓会での先輩方との飲ミュニケーション。そして終了後、「番傘」で添田小学校PTA懇親会。なかなかゆっくりできない時間の中で、久しぶりに有意義な時間を過ごすことができた。

添田町だから、皆さん知っている人ばかりで話題はどこに行っても選挙になる。応援してくれて激励してくれて、本当に心強いなぁと思いながらも、対抗馬で出馬予定の方は、添田町の倍以上の人口を抱える川崎町や福智町だから、実のところ僕はいつも不安な気持ちでいっぱいなんです。僕を勇気付けてくれているんだと思うんですが、「今度は大丈夫!」「これだけ頑張っているんやから、大丈夫!」と、どこへ行っても言われる。でも、正直な気持ち、有難いと思いながら、これは”全く根拠のない大丈夫”なんよねぇ〜本当に! 「神崎さんは、大丈夫だから、〇〇さんにお願いね。」と言われるのが、選挙では一番恐ろしい事だと言うことを僕は様々な選挙で目の当たりにしている。現職議員が勇退されても、どんな人が出馬されても、有権者数が1万人を切っている添田町出身の僕には、いつも危機感を持ってないと絶対に戦えない。(大丈夫なんて余裕も油断もないんです!)

僕は、田川が本当に好きなんです。田川郡で唯一の商工会議所を抱え、白黒ハッキリしている川崎町が大好き。合併と交通の便の良さから可能性を秘めている福智町も好き。豊かな自然と遠賀川水系の水資源を抱え、農産業が盛んな糸田町も好き。歴史とロマンの文化の薫り高い香春町が好き。宇佐宮・宇佐弥勅寺・彦山の荘園として発展した花としじみの里、大任町が好き。ホタルが舞う清流今川で、独自の施策を進めている赤村は、とても好き。そして英彦山を抱える添田町、この町が好き。田川の全部が僕の故郷で、本当に好きで好きでたまらんとです。今日は10月3日!3がつく日。田川高校33期、ちょうど30年前、高校3年生の時に甲子園に出場した時代です。あの高校生の時に燃えた記憶を、もう一度再現するために、僕ら次世代を担う若い世代が、必ず皆さんに新しい光をお届けします。一生懸命に活動していきます。本当に、選挙は一人じゃ戦えないんです。皆さんのお力に頼るしか、為すすべもないんです。どうか力を貸して下さい。こうざき聡、頑張ります。よろしくお願いします。



最後に頼れるのは・・・

僕のような無名の新人は、まず有権者の皆さんに認知してもらう事からしか始まらない。誰も聞いてくれない交差点での街頭演説や田んぼの先にある家に向かっての辻説法、自転車に旗を立てての遊説も、一見時間の無駄に映るかもしれないけど、この持続的行動が必ず実を結んでくると思っている。朝の辻立ち、夕方からの個別訪問、夜の小集会・懇親会を重ねながら、少しでも神崎聡をしってもらわなければならない。ポスターやチラシ・リーフレットを見て、興味関心を持ってもらえたら、内容を読んでいただけるかもしれない。そうやって、僕自身に関する情報を積み重ねてもらうことが大事なんだと思う。そして、一人でも多くの有権者の皆さんにお会いすることで、やっと認知してもらえる。

有権者の皆さんが、インターネットで候補者のホームページやブログ・ツイッターにアクセスし情報を得て、それが選挙の結果に大きな影響を与える時代が来るかもしれないけど、現状は全然違うんだと思う。多くの人たちは毎日の生活に追われ、(僕がサラリーマンの時がそうだったように)自分から候補者の情報を集めるような時間や余裕はないと思われる。だからこそ、自分から積極的に情報発信し続ける行為が何よりも大切なんだと思っている。古臭いけど、”ドブ板”が選挙の王道であり、これこそが新しい活動なんじゃないのかと感じている。旧来型の企業や労組、団体といった組織丸抱えじゃ、地域全体の奉仕者にはなれないと思う。このやり方が結局、政治家と特定組織の癒着を生んできた原因であり、田川地域の将来ビジョンの妨げにもなってきたんじゃないかと思われる。

選挙は3日で動くと言われる。選挙は何が起こるかわからない。僕にとって本当にギリギリで切羽詰まった選挙であり、最後に頼れるのは田川の将来を憂いておられる有権者の皆さん、お一人おひとりなんだと思っている。



またかよ!誹謗中傷・ガセ情報

福智町の方から連絡が入り、またしても仕方もないデマ情報が出回っているという。僕の場合、自分がまだ当選もしていないから、どんな選挙でも、一方に偏らないようにすべて中立の立場を貫かないといけない。後援会の皆さんや多くの支援者の皆さんからも釘をさされ、それをしっかり守ってきた。前回の選挙戦でも、相手陣営から根も葉もないうわさが流布され、本当にバカバカしいというか、呆れてしまった。正直、そんなネガティブキャンペーンを展開するより、もっと大切な地域の振興策・政策で勝負すればいいのになぁ〜と思う。

何度も書いているけど、確かな情報はやはり本人に聞くのが一番。また、そこの地域の人に聞いて確認すればガセ情報だという事がすぐにわかる。たとえ根拠のない噂話や誹謗・中傷の類を聞いても、本人の事を本当に理解して下さる方は信用しないもの。

僕はこれまでの人生、学生生活・企業・地域・家庭において、そして選挙活動でも、人から後ろ指をさされるようなことはしてきていないから、どんな誹謗中傷・ガセ情報が流れようが、まったく動じることもなければ、毅然と立ち向かえる。ですから皆さん!様々な情報に振り回されることなく、是非私を信じて下さい。本当に、一生懸命に、地域のことを考え、ビジョンを構築し、実践していきたいと心から思っています。

前回選挙時の誹謗中傷関連ブログ(高齢化社会のモデル)(ネガティブキャンペーン)(子供たちへ、そして妻へ



秋は行事が目白押し

今日(9月26日)日曜日は、各地で様々な催し・イベント、運動会等が行なわれていた。神崎妻の落合小学校では運動会があり、添田小学校では第20回英彦山トライアスロン大会が行なわれ、開会式・スタートを末っ子を連れて見学していた。大相撲では、白鵬が4場所連続の全勝優勝を果たし、連勝を62に伸ばしている。双葉山の69連勝を九州場所で達成するかどうか、何か凄いことになってきた。連勝を止めた力士は、きっと何度もビデオ放映される歴史に残る取り組みになるんやろうなぁ。ソフトバンクホークスも7年ぶりの優勝を果たし本当に良かった。

秋は行事が目白押し。町や地域の行事・ボランティア団体の活動や同窓会とスポーツや芸術、大会等が立て続けて開催される。時間と場所、そして行事を共有することで、名前と顔を覚えてもらいたいから(これ本音)、出来るだけ顔を出すようにしよう。予定もどんどん入ってきて、自分の時間が取れなくなってきた。それでも、時間を見つけては自転車遊説し、街頭演説し、辻説法を実践していこうと思う。本当に選挙を戦うということは、もの凄いパワーとエネルギーが必要で、気力・体力・財力が充実していないとなかなか戦えないのが事実でもある。選挙戦を終えると、エネルギーを消耗しグッタリするタイプの政治家と、選挙戦そのものを力に変え、その後の取り組みにエネルギッシュに活動する政治家がおられる。それは、政治家になることが目的だった人と、政治家になって何をするかを目的にしている人の違いじゃないかと感じる。何としても勝ち残り、地域の皆さんから喜んでもらえる仕事をしていきたい。



努力逆転の法則を克服するには・・・

福岡県議選まで残すところ半年。「まだ、半年もある」と感じるか、「もう、半年しかない」と感じるかでは、取り組みや気持ちも大きく違ってくる。人は出来事で悩むんじゃなくて、それをどのように受け取り、感じたかで悩んだりする。何でも前向きに明るくポジティブに考える人と、ネガティブな考え方で自分自身を落ち込ませてしまう人がいる。この違いは何なのかなぁと考えた。

”努力逆転の法則”というのがある。失敗しないようにと思えば思うほど失敗が気になる。そして、他人の失敗に対しても許せなくなり、どんどん周りの人たちの心が離れてしまう。真面目に努力すればするほど、自分の至らなさに苛立ってしまう。完璧を求めながら、完璧からどんどん遠のいてしまう。

期待に応えようと猛烈にチャレンジし過ぎて、精神的にも参ってしまい、過労で倒れてしまったのでは、元も子もない。時に立ち止まり、ゆっくりした時間を何も考えずに過ごすことも必要なのかもしれない。先のことをあれこれ考えるよりも、今この時間を大切にすればいいんじゃないかと思ったりした。将来のことを真剣に考え過ぎて悩み、楽しい人たち、楽しい時間、楽しい場所にも関わらず、心はいつも将来の不安につかまったりする。過去を思い出しては、「あの時こうすればよかった」「何で、あんなことをしたのか」と心はどこか遠くにあるような状態になったりする。これじゃ、為す事も為せなくなる。こういう気持ちになってきた時には、”今”やるべきことに集中することかな。”今”をしっかり活動できれば、将来も過去もしっかり生きることにつながるんじゃないのかと思う。選挙情勢や人の気持ちのあれこれ心配しても、結局なるようにしかならない。

悪いことを想像をすると無意識のうちにマイナスイメージがすりこまれる。それが行動に影響したりする。不安や心配は、人の行動にブレーキをかけ、あれこれ考えすぎて絶好のチャンスを逃す。完璧を求めて、考えてばかりいても、結局疲れてしまって、何にも解決しない。だから、小さな行動から少しずつ前進すれば心が軽くなり、より行動が前へ前へと進んでいく。

他人の意見や評価に振り回されて、自分を見失うことも多々ある。確かに耳を傾けることも大事。あれもこれもやらなければならない事は山のようにあるけど、それに押しつぶされたんじゃ何のために取り組んでいるのかわからなくなり、気がつけば気持ちが落ち込んだりする。他者性じゃなく、あくまでも自主性が大事。自分の器や身の丈を知った上で、自分らしい努力と取り組みをする。結局のところ、ポジティブ思考になれるのか、ネガティブ思考に陥るのかは、過去でもなく、未来でもない今を見つめ、自分自身のアイデンティティと自主性を持っているかどうかというところじゃないかと思った。

大切なのは、THE BESTじゃなくていい。MY BEST!これがいい。



地域活性化は、地場産業の育成から。

昨夜は、ライオンズクラブ国際協会337-A地区3R-2Zのゾーン・チェアパーソン(田川ライオンズクラブ)を迎えて、下田川ライオンズクラブと上田川ライオンズクラブ合同訪問例会が、福智町弁城「活魚寿司たちばな」で行なわれた。他クラブとの合同例会は、いつもとちょっと違った雰囲気だから、とても新鮮で楽しい。例会後は、いつものように和やかな懇親会が行なわれ、田川地区3クラブの(ライオン)メンバーの方々と意見交換できるのが本当に有意義だと思う。また、昨日は福智町商工会青年部の人たちも参加され、社会奉仕(アクティビティ)の輪が広がるような気がしてくる。地場企業・商工業の発展が地域活性化の起爆剤になるから、僕で出来る事は何でもしていきたい。もっといろんなビジネスモデルの話をしたり、仕事や事業領域の紹介をしたり、これまでの人脈や経験でお手伝いできるんじゃないかと思った。田川市郡の商工会議所・商工会の皆さんとももっと交流できる機会があればなぁと思う。異業種交流・異種融合、そしてマーケットの拡大によって、地域にお金を落とす仕組みを創っていきたい。農・商工連携で生産と販売を一体化した施策も提案していきたい。地場産業の育成がとても大事で、それによって地域の様々な奉仕活動の輪が広がっていくんだと感じる。地域活性化は、人・モノ・お金・情報が集まり交流しないと始まらんもんね。



今年は寅年、年男の誕生日(48才)。9月20日生まれ、おめでとう!

昨年同様に、誕生日に同級生たちからbirthdayメールを頂いた。家族からも朝から「ちち、おめでとう!」って言われ、本当に家族が元気で健やかに暮らせることに幸せを感じてしまう。屋久島に行っている陽行からも、「誕生日おめでとう」と夕方に電話がかかってきた。福岡県政まで残り半年となり、家族も周りも火が付いてきた。今日は妻育子が休みだったから、二人で挨拶やらいろいろ作業に二人三脚で取り組んでいた。誕生日とか味わう余裕なんて全然なくなってきていて、ずっとスケジュールが詰まっている。本当にやらなければならない事がたくさんあるから、段取りよく、多くの皆さんの協力を得ながら、頑張っていきたいと思う。

平成18年からブログを書いている誕生日のブログは、平成18年9月20日(9月20日 誕生日に思うこと。) 平成19年9月20日(Birthday秘話。) 平成20年9月20日(神崎聡 46才。) やはり、日記を残すと1年1年の出来事がよみがえってくるなぁと思う。今日の敬老の日でもあり、新聞にSUNTORYの広告欄に、とても心に響く言葉が掲載されていた。

「おめでとう」の多い人生に、おめでとうございます。

一年に、「おめでとう」といわれる日は、
何回ありますか。
あけましておめでとう。
お誕生日おめでとう。
もしかしたら、それくらいいかもしれません。
だけど、そんな「おめでとう」が
たくさんある人生って、しあわせですよね。

昨年より遠くまで歩けた。おめでとう。
毎日メシがうまい。おめでとう。
一緒に笑える友がいる。おめでとう。
学び続けたいものに出会った。おめでとう。
叶えたい夢がまだまだある。おめでとう。

小さなことでも
「おめでとう」という言葉にすると、
人生はもっと、楽しめる。
「おめでとう」といっぱい言える人生、
「おめでとう」といっぱい言われる人生。
それは、健康で元気だからこそ、味わえる。
それ自体も、とても「おめでとう」なこと。

きょうは、敬老の日。
積み重なった「おめでとう」を心から味わう日。
今年も健やかに敬老の日を迎えられること、
そして、すべての人生に、おめでとうございます。



お祝い続きの3連休

昨日(9月18日)は、クリエイティブジャパン(九州IT経営力大賞受賞)鬼丸社長の結婚式だった。披露宴会場には、田川の地域振興に関わっている方々がたくさん出席されていて、これまでの鬼丸さんの街づくりへの取り組み、起業家としての実績、何より人柄の良さがよく伝わってきた、とてもいい結婚式だった。新婦もよく存じあげていて、同じ添田町、しかも僕の従兄弟と同じ西日本シティ銀行に勤務されていたから、縁というのは不思議なもんだなぁと思った。皆さん知っている方ばかりだから、さながら選挙活動みたいなもんで(鬼丸さんごめんなさい)・・・あちらこちらで、挨拶やら注ぎつ注がれつでえらく盛り上がっていた。

今日(9月19日)は、第33回麻生グループOB会が飯塚のがみプレジデントホテルで行なわれた。麻生情報システムを退職後、毎年必ず出席していて、OBの諸先輩方やグループ役員の皆さんと会うのが本当に楽しみでもある。6月の株主総会で麻生泰会長となり、麻生巌さんが社長に就任されご挨拶をされた。時代は確実に変わってきているんやなぁ〜と、気持ちも新たに身も心も引き締まってくる。企業も地域も次の世代へと受け継がれていく。もう、逆戻りはできない。「もう、田川も変わらないけん!政治を変えないけん!」 新しい時代に相応しい政治家と政策が今必要なんじゃないんでしょうか?

明日(9月20日)は、僕の48回目の誕生日。麻生太郎先生も同じ誕生日。3連休は、お祝い続きの行事になった。明日は何か良い事あるかなぁ?



福岡県議選挙区割り・定数見直し決まる。

福岡県議会議員選挙区と定数
選挙区名定数選挙区名定数
門司区2行橋市1
小倉北区3中間市1
小倉南区3小郡市・三井郡1
若松区2筑紫野市2
八幡東区1春日市2
八幡西区4大野城市2
戸畑区1宗像市2
東区4太宰府市1
博多区3古賀市1
中央区3福津市1
南区4うきは市1
城南区2宮若市・鞍手郡1
早良区3嘉麻市1
西区3朝倉市・朝倉郡2
大牟田市2みやま市1
久留米市5前原市・糸島郡2
直方市1筑紫郡1
飯塚市・嘉穂郡2糟屋郡3
田川市1遠賀郡2
柳川市1八女郡1
八女市1田川郡2
筑後市1京都郡1
大川市・三潴郡1築上郡・豊前市1

福岡県議選挙区割りが大方決まった。定数88から2減の86になる予定。これで田川郡選挙区に限らず、どの選挙区も半年後に追った選挙戦に向けて走り出していくと思う。また前回、無投票が多かった選挙区も既に予定候補者の名前が挙がっていて、どこの選挙区も激戦が予想されているという。こうやって、他の選挙区と比べて見ると、とにかく田川郡は面積が大きく、選挙区が広い。前回選挙(平成19年)では1年半をかけての戦いだったけど、今度は通算5年半をかけての戦いになる。もう知名度不足だったからという言い訳は通用しない。最後まで、気を抜かず、油断することなく、力の限り戦おうと思う。



人脈が深まる、広がる。

人はどこでどう繋がっているかわからないから、お誘いがあれば可能な限り、参加したり出向くようにしている。昨日もお誘いを頂き、福岡市で食事をさせてもらいながらいろいろな話題で盛り上がっていた。異種融合っていうか、違った分野の人たちとの交流は、新しいビジネスチャンスにもなるし、街づくりの参考になることがたくさんある。岩手県のある町での事例で、ITを活用した住民の皆さんの情報を元にした道路工事発注管理システム。行政事務の効率化によるコスト削減と地元業者の育成、何より工事までのスピード感が素晴らしい。発想の転換というか、行政のやり方を根本から見直す一つの手法だなぁと思った。

田川地区の事をいろいろ考えるにあたって、全国各地の様々な業種業界の人たちとの意見交換が大切だと改めて思った。田川地域の有権者の皆さんの意見を聞きながらニーズを収集し、課題を分析し、構想を立てることが大事だけれども、この構想を実現するための具体的手立ては、田川地域に限らない民間の知恵やアイデア、全国各地のノウハウ、そして多くの人脈を駆使することで実現できるんだと感じる。

地域における県議会議員の役割は、地域の声を県政に届けるだけじゃダメで、それを地域の振興策に盛り込み、予算をつけて成果をあげることだと思う。需要を創出し、地域の歳入増加に一番力を入れ、地域の教育力(人材育成)を高めなければならないのが、地元選出議員の役割だと思う。町村単独では取り組めない広域的・横断的な振興策を自ら立案し、特に民需・外需へのアプローチを積極的に行なうことなんじゃないかと僕は思っている。

もう、古いタイプの政治家や組織のための政治をやっていたんでは、田川地域の再生・振興は難しいんじゃないかと思っているんですが、皆さんはどう思われますか?



噂は千里を走る

選挙情報というのは、あっという間に広がるんだなぁ。他候補者の裏情報や行動が、あちらこちらから連絡が入る。また、選挙に関係する人たちの動向も、耳に入ってくるからびっくりする。という事は、僕の行動パターンもきっと入っているのかなぁ?特段、隠すようなこともないし、もっとブログやツイッターにオープンに書いてもいいんじゃないのかな?と思っている。ただ、水面下で動かないといけないことも多々あるから、そこはご容赦頂きながら、可能な限りブログやサイバー選対で書き込もうと思う。

来春の統一地方選挙まで、残り約半年の活動期間となった。これからの活動は、とにかく支持を訴え、支援の輪を広げるしかないのだから、他候補者が誰になっても、どんな選挙活動をしようがあまり気にしない。ただ、他候補者と差別化された政策をきちんと訴えようと思う。その観点は、若さの強み、民間出身らしい地域活性化の政策や人材育成の視点からだと考えている。忘れてはならないのは、「官」はあくまでも「民」のために存在するという事。地域住民の皆さんが、あるいは民間企業が、どうすればよりよい活動ができるのか、そのためには官としてどんな役割を果たせるのか、民間の自分には、こういう視点から政策を訴えることができる。どうすれば、みんなが幸せになるような政治ができるのか、それは、「この地域がどうすれば生きていけるのか」を考えることだと思う。



僕が理想とするリーダー像

今日は、社団法人実践倫理宏正会九州支部の記念式・講演会がマリンメッセ福岡で行なわれ、早朝4時に起床して行ってきた。来賓には、麻生渡福岡県知事や吉田宏福岡市長、古賀誠代議士、衛藤征士郎代議士他の国会議員の先生方も来られていた。日頃の朝起き会に行けてないから、こんな時に参加させてもらいながら、倫理の大切さ、実践することの大切さを改めて認識した。

自ら問題を発見し、自らそれを解決することで喜びを知り、また新たな課題が生まれる。教育の基本はここにあるように思う。人や組織、政治が何かをしてくれると思うより、自分が人や組織、政治に何ができるかを考えていきたい。そう思うようになったのは、いつからなのかなぁ?きっと、大学時代に音楽祭(実行委員長)をしたり、会社で新規事業等(最初は学校関係)の仕事を自分で取り組むようになってからかなぁ?本来、経営でも政治でも、理念を持ち、ビジョンを掲げて、あるべき姿をきちんと示すことが大切なんだと思う。そのために何をすべきかを考え、まわりを巻き込みながら実践していく。ここが大切なところだと思う。

リーダーにも様々なタイプがおられる。演説は抜群にうまい人がいるけど、とかく周囲に不安を抱かせたり、解決策を示さない現状認識の話ばかりされる。確かに、現状の厳しさを共有することで共感を得て、危機感を募らせることで、自分じゃないと解決できないという心理にさせる。でも、これじゃ世の中何の良いこともなく、失望感でどっと疲れるだけになってしまう。

着眼大局・着手小局の通り、大きな夢を描きながら情熱とロマンをぶつけ、未来を切り開いていく信念が何より大切。そのために今為すべきことを実践するのみ。まず、明るいマインドを持つことが現状を突破する一歩じゃないのかなぁ。そして、私利私欲じゃなくて、公のため、世間のために自分に何ができるのかを考え、行動することにある。変革の時代にあって、この先何が起こるかわからない。だからこそ、人よりも先に難題に挑み、解決しようとしてもがく姿が、多くの人の共感を得られるんだと思う。失敗や挫折しても決してあきらめない。こんな実践的先駆者が僕の理想とするリーダー像である。



座右の銘

”着眼大局・着手小局” 山本徳孝(父)の座右の銘。近頃、山本の父がこの”着眼大局・着手小局”が大事だと話してくれる。もちろん、政治・選挙を意識しての話であり、着眼は広い視野でとらえることだと、大所高所から大局を見て計画や方法、方向性の戦略を立てなければならないと・・・着手は小さい事にも心を配り、大局を見ながら小さいことから実践するということだと・・・

理解しているつもりでも、実践できていない事が多い。目先の問題解決に一生懸命になってしまい、大局を見失う事が多々ある。そんな時、何のために問題を解決しようとしているのか、本来の目的を思い出すと大局が見えてくる、いろんな可能性が見えてくる。でも、可能性が見えても、いろいろ悩んで行動しなかったら、何も変わらない。だから、”着手小局”ということで、小さいことから実践していくことが大事になってくる。人は、ついつい小さな行動をバカにしがちになり、結局何もやらないことが多い。最初の一歩としてできることは何なのか。これを考えなくてはと思った。

政治や選挙だけじゃなく、経営や人生すべてにおいて、この”着眼大局・着手小局”が大事なんだと感じている。僕の子供(颯行・陽行・誉行)3人に囲碁を教えてもらっている。今は、誉行だけ教えてもらっているけど、この格言は囲碁から来たものかなぁ〜。ちなみに、親父(神崎次彦)の座右の銘は、”誠実之道人之為宝”だった。お座敷の掛け軸に描かれている。



有権者が磨いているのは率直な直観力

政治(選挙)というのは、本来、政策で勝負しなければならないと思う。現状の課題を如何に克服し、将来にどう挑むのか。他候補との差別化はどこで、自分の”うり”は何なのかを明確に有権者に訴えなければならない。自分が戦おうとしている相手をきちんと分析し、他候補との違いをきちんと押さえた政策を田川郡の有権者の皆さんに示さなければと思う。

ただ、政治の世界は、実際にはそれだけじゃダメなように思う。政策の良し悪しというより、候補者が好きか嫌いかという感情の世界が大きく、政策の良し悪しのように論理的な理屈じゃないところが選挙なんじゃないのかとも思う。先に好き嫌いがあって、好き嫌いによって決まった結論にむりやり善悪を後付するようなところもあるんじゃないのかなぁ?と自分が有権者の立場になって考えた時に、候補者の政策の違いを、事細かく分析するよりも、むしろ自分自身の率直な直観力で信じた候補者に一票を投じたいと思うんじゃないのか。

候補者が持っているイメージだとか、これまでの経歴や所属団体、信念を貫く政治姿勢とか、日頃の活動とか・・・こういったところが有権者が持っている直観力に影響してくるように思う。とはいえ、候補者本人は田川の政策構想を論理的に頭の中でしっかり組み立てておかないと話にならない。



よし!気合が入ってきた。

ここ一週間(8月30日)あたりから、県議選(田川郡区)について、いろいろな方から情報が入ってくる。日野県議は今期限りで引退されるという事。これまで、何度も噂があり、その度に新人の方の名前が出ては消えていたけど、今回は複数の方から確かな情報だから、間違いないと思われる。僕も新人だから、どなたかが出馬されても、一生懸命に支持を訴えるだけ。3人じゃなく、4人になるかもしれないから、かなり気合が入ってきた。残り7ヵ月間を、精一杯駆け抜けよう!地盤も看板もカバンもなくても、夢と情熱とロマン、それに具体的なビジョンと振興策を掲げて戦おう!

”神崎聡、一生懸命に頑張っています。でも、一人の力には限りがあります。選挙は一人じゃできません。皆さんのお力が必要なんです。どうか、次の世代を育てて下さい。私たち次世代を担う若者たちが、必ず皆さんに新しい光をお届け致します。よろしくお願い致します。”



陽行、2学期に向け屋久島へ!

 陽行(あきゆき・小5)が、2学期のスタートに向けて屋久島に旅立った。約5ヵ月間の暫しの別れを元気づけるため、福岡空港まで家族で見送りに行ってきた。もう大丈夫!4月の時のように、もう泣くこともないと思うし、屋久島での生活スタイルもわかっているから、そんなに心配はしていない。親元を離れての生活、本当に大変だと思う。精神力・忍耐力・課題解決力・考える力等々、自分で問題に気づき、自分で解決しなければならない事ばかりだから、今はわからないと思うけど、きっと将来に生きてくる。何もしてあげられないけど、遠くからいつもアッキーの事を想いながら、「頑張れ!」と声援を送っているからね。

 見送った後、妻育子と颯行・誉行をキャナルシティに連れて行き、遊んでいる間に、県庁や選挙関係のところに挨拶廻りをしていた。いろいろな情報も聞けて、僕の知らないところで、いろいろな動きもあっているんだと思った。常にアンテナを張りながら、情報収集し、情勢分析をすることが大切。今、国も地方も政治が大きく動いている。



夏休み最後の日曜日

8月29日(日)、子供たちにとって夏休み最後の日曜日ということで、屋久島から帰省している陽行(小5)と誉行(小2)を連れて、添田町舛田の食事処豆庵で豆NEW流しを楽しんだ。夜は、自宅の駐車場で家族みんなでバーベキュー大会。明日30日には、陽行が屋久島永田小学校に行ってしまうから、子供たち4人が揃うのは冬休みになってしまう。何となく寂しくもあり・・・でも、こんな貴重な体験はなかなか無いから、元気でわんぱくに屋久島を満喫してほしいと思う。夏休みは、遠くに旅行する事もなく、物足りなかったかもしれないけど、家が一番いいと言っていたから、親の有難さ、姉兄弟の会話の面白さが少しはわかったんじゃないのかなぁ。2学期も頑張れ!アッキー君。



海水魚が真水でも耐えられるようにするためには、時間をかけての体質改善が必要。

政治家を志して丸5年が経つ。企業人、ビジネスマンからの転身だから、本当に生活も付き合いも、すべてにおいて環境が一変してしまった。でも、一日一日環境に慣れるしかなかったし、僕とは違った感覚やいろんな意見、それに様々な価値観があることに気づかせてくれた。まるで、海水魚を淡水で飼うように、多くの人たちから徐々に環境に慣れさせてもらったように感じる。実に、5年の歳月をかけて、毎日毎日いろんな方から注意され、叱咤され、少しずつ海水から淡水に切り替えられて、真水に耐えられるように体質改善されてきたのかもしれない。運が良かったのは、僕の周りにいる年配の人たちが、本当に親身になって、僕の態度・言葉等に対して、嫌ごとや諌言してくれたことだと思う。企業での役職とか大きな仕事をやってきたとか、そんな事は選挙じゃ何の役にも立たず、全然関係なかった。5年かけてやっと一つの壁を乗り越えられたのかもしれない。普通の企業人・ビジネスマンが政治家を目指すには、環境の変化に対応できるように自分自身の体質改善が必要なんだと思う。それには、清濁を併せ呑む度量と人を見極める眼と徐々に環境になれる時間がいるんだなぁ〜。



ソフトバンクホークス教育講演会打ち合わせ

今日も暑かった。午前中、就職活動の依頼を受け、依頼を受けた方を行橋の会社で面談してもらうため一緒に同行する。午後からは、7月に田川市立大藪小学校の八隅教頭からソフトバンクの教育講演の依頼を受け、その打ち合わせのため、yahooドーム隣のヒルトン福岡シーホークに行っていた。福岡ソフトバンクホークスマーケティングの吉武本部長、野球振興部の福地シニアマネージャが親身になって相談にのってくれ、学校側の期待以上に応えてくれそうで、本当によかった。セッティングしてくれたミカサ商事の戸田さんとも久しぶりにお会いし、今度はゆっくり英彦山に泊まりがけで語りましょうと1時間近くの打ち合わせした後に別れた。

就職を頼まれたり、企業や仕事をつないだり、様々な陳情を受けたり・・・選挙に出ると本当に頼まれごとが多くなる。自分で解決できるうちはいいけど、殆どが誰かに頼らないとできないことばかり。満足できる結果にならない時もあるけど、できるだけ誠実に対応するように心がけている。いろいろなお願いに対応できるのも、僕のためにと骨を折って下さる多くの人の支えがあればこそで、本当に心から感謝している。お願いに来られる皆さん一人ひとりは、本当に切実で具体的な解決を期待している。時間は取られるけれども、具体的に動くことがとても大事なんだと思う。選挙に出る人は、政策は当然大事だけれども、個々人の依頼や相談、様々な陳情を一つひとつ解決しなければいけないことを覚悟しないといけない。それは、政治家本人だけじゃなく、周りの人たちにも依頼されたりするから、選挙に出て、政治家を志すと言う事は、周囲の方々にも、凄い負担とご苦労をかけていることを自覚しなければならない。



添田町長選挙結果

8月22日、添田町長選挙の投開票され、前副町長の寺西明男氏が当選された。結果は、
寺西明男 2,989
山本文男 2,495
山本文隆 2,226

開票会場は、役場の3階で行なわれていて19時30分から始まり、開票状況をずっと見守っていた。1回目が20時30分、2回目が20時49分だった。添田町にとって、大変ショッキングな事態が続き、何としても混乱した町政を収束してほしいという願いが、選挙戦に込められていたんだと思う。これが、町民一人ひとりが自分で選択し、投票した結果であり、これが添田町民の民意だと思う。是非、新町長には公約に掲げられた住民参加の新しい町政のもとで、住民の皆さんが一丸となった街づくりに取り組んで頂ければと思う。

そのためにも、神崎聡、何としても県政に再チャレンジし、街づくりのお役に立てるように!地域の振興・活性化に取り組めるように!これからも精一杯・誠実に、支持を訴えて参ります。地元添田町の皆さんから、ご支持を頂けるように、一生懸命に頑張りますので、どうぞご支援・ご声援をお願い致します。



福岡県議会がボロボロ〜明るみになってきた政調費の使い方

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福岡県議会が政務調査費の使い途でボロボロになってきている。今日の西日本新聞の一面で、ゴルフコンペ主体の夏季研修会で「政調費でゴルフ、飲酒」と書かれていた。田川郡選挙区の日野喜美男県議も含まれていて、冨原茂昭県議の官能小説同様に、僕が前回選挙時に戦ったお二人が問題になっている。挨拶や演説で訴えても、言っている事と、やっている事がこれじゃ政治不信は募るばかり。福祉や企業誘致等を公約に掲げながら、この4年間、何の成果も挙げることができず、挙げ句に果てに、自分たちに支給される政策の調査・研究の税金を趣味を娯楽のために使わったことに、それぞれ投票してもらった有権者14,500の気持ちを踏みにじっているようなもんだと感じないのかなぁ〜。バレたから返納すれば良いとか、金額が小さいから良いと言う問題じゃないと思う。今問われているのは、公金(税金)を扱う政治家としての資質と姿勢じゃないのかなぁと思う。子供たちの前で、いくら立派な言葉を並べても、心に響かないどころか、心の中で笑われているとしたら、健やかにのびのびした子供たちの育成の妨げになる。本当に情けないことだと思う。



英彦山しゃくなげ荘で夜なべ談義

アクセンチュア株式会社(accenture)でビジネス・デベロップメント・ディレクターの中谷幸俊さんが来福された。8月19日20日に佐賀県武雄市で開催される全国自治体政策研究交流会議に出席するためだと1ヵ月前に連絡があった。「地域力が未来を拓く〜佐賀武雄から『維新』の風が吹く〜」がテーマだと言う。前日(18日)から福岡入りするので、食事でもしながら意見交換しませんか?というお誘いだったけど、なかなか福岡市まで行く余裕がないからという事で、結局、田川・添田町まで足を運んでもらい、英彦山しゃくなげ荘で、夜なべ談義をしながら宿泊してもらった。中谷さんともe-japanの頃からだから、10数年来のお付き合いになる。東京理科大学の監事やビジネスモデル学会の創立10周年記念大会の大会委員長をされたりと、相変わらず忙しく活躍されていた。西日本アークシステム株式会社の積社長と株式会社ビズキューの片岡社長も同席してもらい、日本全国の街づくりの事例を交えながら、中身の濃い有意義な議論ができ、多くのヒントをもらった。

英彦山にきてもらったの良かったと思う。日本三大修験道としての英彦山の歴史や観光客、また緑豊かな自然と美味しい水。英彦山観光ガイドボランティアの皆さんの活動等の話から、日帰りあるいは1泊2日宿泊の立ち寄り型観光から、パッケージ型観光へと転換できるんじゃないのかというアイデアは、面白い試みやなぁと思った。全国各地の事例や多くの人たちのノウハウ・考えから、発想の転換が必要なんだと改めて感じる。もっと、いろんな人たちに田川に来てもらおう。そして、外から見た田川のSWOT分析をしてもらい、良さ・強みを活かした施策をどんどん提案しようと思う。かなり、地域街づくりの突っ込んだ意見交換ができ、これまで考えていた構想やそれを実現するための手段に対して、自分なりに自信が持てた。

中谷さんが、成功している地域・人(事業・産業)に共通していることは、,修海帽圓と楽しめる。△修海帽圓と儲かる。この2つだと言っていた。なるほどなぁ〜納得! 今、田川に”希望”という二文字が見えてくる。



添田町長選挙告示日

添田町長選挙が昨日8月17日告示された。届け出順で、山本文隆氏(62)、山本文男氏(84)、寺西明男氏(60)で何れも無所属での戦いとなり、朝から3陣営の選挙事務所で行なわれた出陣式に出かけていた。実に15年ぶりの添田町長選挙となり、福岡県町村会の事件に端を発し、リコール運動、町議会議員選挙、町長辞職の経過を経ての町長選となっている。

選挙戦と言っても、22日までの投開票日までの時間しか残っていない。まだ態度を決めていない有権者の皆さんに如何にして投票箱に足を運んで名前を書いてもらえるのか、結局は一人ひとりに訴え、一票一票を積み上げていくしかない。多くの添田町民の有権者の皆さんが、どのように判断するのか、どのような投票行動をされるのか?選挙は本当にふたを開けるまでわからないから、まったく予断を許さない選挙戦なんだと思う。

年初に来春の選挙に向けてスケジュールを作成したけど、この選挙は想定外だった。来春に選挙戦を控えている僕にとって、本当に苦しい立場にあり、どこにでも顔を出さないといけない。正直、自分の事だけで精一杯で、まったく余裕がないのが実態。とにかく、混乱した添田町政を収束し、町民一丸となった町政に取り組んでもらいたい。この危機的状況を突破し、希望が持てる添田町の将来ビジョンを示してもらいたい。そして、僕自身も街づくりのお役にたてるように、これからも精一杯・誠実に支持を訴えていこうと思う。地域の振興・活性化に本気で取り組むことこそが、応援して下さっている田川の皆さんの何よりの恩返しなんだと思っている。



田川高校(33回期)プチ同窓会

お盆の3日間も慌ただしく終わった。初盆参りも広範囲でお参りをさせて頂いた。14日夜は田川高校同級生のプチ同窓会があった。7月8日に僕の選挙の件で、何人かに集まってもらった時、お盆に集まれる同級生だけでもいいからプチ同窓会をしようと、急に話が決まり、電話連絡だけにも関わらず、20人ぐらい集まった。高校を卒業してちょうど30年。いやぁ〜みんな良い顔つきになっていた。柏木先生も駆け付けてくださり、楽しい時間を過ごすことができた。なかなかお盆で参加できない同級生もいたけど、3年後には岳陽同窓会の本当番を迎えるから、これから少しずつ輪を広げていければと思う。10月3日は添田岳陽会(添田町民会館)、10月24日岳陽同窓会(田川高校)、11月6日岳陽同窓会北九州支部(ホテルニュー田川)で行なわれ、全部出席しようと思っている。

お盆に帰省できなかった東京の同級生(見藤・大野)が田川に帰ってくると言う事で、8月23日18時から友悠亭を押さえています。同級生の皆さん、時間があれば僕まで連絡下さい。(このブログも殆どの同級生が見ているみたいで、伝言板に使いました。)

 拡大写真はこちらです。



添田町まちづくり討論会に参加して

〜どうなるの添田?どうするの添田!〜田川青年会議所主催の「添田町まちづくり討論会」がオークホールで開催された。田川郡では3月6日に福智町長選挙時に公開討論会が開催されていて、僕も福智町に続いて参加してきた。実は、田川JCからアンケートを依頼をされていた。添田町民703名のアンケート結果を踏まえて討論が進められた。添田町政の混乱を一刻も早く収束し、今後の添田町の将来に対しての明確なビジョンやその具体的施策に取り組んでもらいたい。今後、町民の皆さんが積極的に地域の政策に関わる事の大切さに気付くことによって政治への関心を高めることができるんじゃないのかという期待が込められた討論会だったと思う。そう言った意味で、田川青年会議所の取り組みは、添田町・町民にとって、非常に良い企画だったと感謝しなければと思う。(参加人数500名ぐらい〜主催者側発表、凄い!)

今回は福智町長選で行なわれたローカル・マニフェスト討論会というより、町民からのアンケートを基にそれぞれ候補者が3〜4分間でのスピーチだったため、具体的な数値を盛り込んだ政策があまり聞けなかった。本来であれば、地方選挙もローカル・マニフェスト選挙が大切で、従来の具体性を欠く抽象的な公約じゃなくて、PDCA(PLAN・DO・CHECK・ACT)サイクルでマネジメントしていくことが何より重要。そのためには、住民が政策本位で政治家を選択し、政策が実行された後、政策の進捗や達成度を数値で検証し、地域の状況に合った政策を地域の皆さんが提案することによって、次の政策の改善へとつなげることができ、住民の皆さんの意思をより反映した新たな政策が促進できてくるんだと思う。

ただ今度の選挙は、添田町にとって大変ショッキングな事態を受けての選挙戦となっていて、マニフェスト選挙というよりも危機的状況を突破しなければならない選挙戦になっているように思う。三候補者のどなたが、混乱した添田町政を収束し、町民一丸となった取り組みができるのか?危機的状況を突破し希望が持てる添田町の将来ビジョンを示していただけるのか?そんな討論会だったんだと思う。

添田町民・有権者の立場から、そして来春選挙を控えている立場から、候補者のスピーチを聞いていた。選挙を戦う立場からすると、3候補者共に、もっと時間を有効的に使ったら良かったのになぁと感じた。持ち時間が3分間あれば、ぎりぎり使い切るようなスピーチ構成にすれば良いのになぁと思う。それと、自分だったら他候補と比べてここが違うという差別化戦略も必要と思った。それと会場の人たちにもっと訴える躍動感があれば・・・もし自分だったらと思いながら、とても参考にさせてもらった。

僕も田川地域のビジョンについて、或いは観光推進モデルについて、健康産業モデルについて考えをまとめています。田川は、きつい・暗い・恐いと言う3K印象がまだ根付いています。それを新3K(環境・観光・健康)産業+ITによって新産業創出を創ります。田川が抱えている弱みを克服し、ポテンシャルの高い強みを活かした政策を実践し、雇用の創出を図ります。そう言った意味で田川の将来ビジョンは、これから10年後・20年後先の田川の将来を左右する大きなものになってきます。

田川地域のビジョンについて、是非、ご覧下さい。”田川地域のビジョンについて

観光産業のついては、”観光推進モデルについて

健康産業のついては、”ITを活用した健康モデル地域〜故郷たがわ



自由民主党 党員証が送られてきて

今日、自宅に自民党から党員証が郵送されてきた。麻生情報システムの役員になってからだから、10数年党費を払い続けてきたことになる。1番のメリットは、自民党総裁選で投票できること。衆院選では、「麻生太郎」先生の名前を選挙区外で書けなかいから、総裁選で4度名前が書けたのが本当に良かった。政権交代前までは、自民党総裁=総理大臣だから、総裁選は首相を選ぶ選挙なわけで4,000円は決して高くないと思っていたけど、今では従来のような重みはないのかもしれない。

福岡県議選田川郡区(定数2)は、自民党・社民党の現職がおられる。前回選挙では、2人区だからという自分勝手な思いで、自民党支部に推薦願いを提出させて頂いた。結局取り上げてもらえず、無所属(農政連推薦)での出馬となった。どこの政党も現職優先であるから、新人は無所属での出馬を覚悟しなくてはいけない。今度は、礼儀を欠かないように現職議員や政党の動向を把握した上で、自分の立ち位置を決めていこうと思う。ただ、有権者の政党離れが言われて久しい。幅広い支持の拡大や地域の声を広く反映した政策を実現するためには、政党の立場を超えて県民党(こうざき聡ファンをつくる県民党)として戦うのも一つの選択肢なのかもしれないとも思う。



お墓掃除

早朝4時半起床、犬の散歩の後、5時過ぎからお墓掃除に出かけた。神崎家のお墓は、法光寺(聖光保育園)の裏山にある。鹿児島(屋久島)に行く度に、「鹿児島の人はえらいなぁ〜」と感心している。いつでも、どこのお墓も、きれいに清められていて、お花が供わっている。僕はというと、お盆・秋分の日・父の命日(11月10日)・正月・春分の日ぐらいにしか、お墓掃除をしていない。だから、お墓掃除の時はかなり汚れていて、小一時間ぐらい掃除にかかってしまう。先祖に感謝せなと思いつつ、手を合わせて拝む時は、いつも願い事ばかり。それに本家のお墓になるから、「あちゃ〜しまった!」と言う事にならないように、親戚が墓参りに来る前にきれいにしておかないといけない。感謝どころか、自分の面目の為に墓掃除をしているのも事実だから、本当に情けない人間だなぁ〜と自己嫌悪になる。

それでも、お盆や命日にお墓参りした時は、親父が帰ってくるような気がする。お墓に迎えに行き、親父を背負って帰宅し、仏壇に手を合わせる。毎年、話したいことが山のようにある。親父もずっと添田町役場に勤めていたから、今の添田町の現状をどうなふうに想い、僕に何て語りかけるのかなぁ〜。”げってん”な面もあり不器用だったのかもしれないけど、何事も懸命に仕事に取り組んでいた。人にも厳しかったけど自分にはそれ以上の厳しさを課せていたのを僕は知っている。お盆に帰って来た時、いろいろ相談したいと思っている。



大岡裁きの続き?

左官屋さんが、書き付けと印形と3両入った財布を拾う。落とし主は印形から大工と解ったので、早速左官屋さんは大工の所に届けに行く。ところが大工は、書き付けと印形は貰うが、落とした金はもう自分のものでないから持って帰れと言って受け取らない。左官屋さんも強情で、金が欲しくて届けたのでないと、口論になる。取りあえず大工の大家さんが仲裁に入って、左官屋はそのまま帰った。今度は、左官屋が自分のところの大家に一部始終を話したら、その大家さんは怒って早速大岡越前守に訴え出る。白州にでた両人は各々言い分を述べて金はいらないと言い張った。そこで越前守は1両出して「2両ずつを両人に褒美としてつかわす。2人とも3両懐に入るところを2両となったのだから1両の損。奉行も1両出したのだから1両の損。これ呼んで三方一両損なり」で無事解決した。

これが有名な「三方一両損」の大岡裁き。

こんな話を聞いたら、必ず悪知恵を働かす輩がいる。大岡越前守から1両をせしめようとした悪知恵の2人組は、1両2分ずつ出し合って3両として、取れぬ取らぬの大喧嘩の真似をして白州の場へ。でも、さすがの越前守。悪知恵の2人が2両ずつもらって2分手にしようと企んでいるのを察知し、「2人にとって、もともと無かった金。1両ずつを両人に褒美としてつかわす。残りの1両は奉行がもらう。これ呼んで三方一両得なり」で無事解決した。(こんな続きがあったら面白い)



なかなか痩せない。

8月6日、午前中、川崎町内を自転車遊説。午後から、飯塚病院や麻生太郎事務所、飯塚市内の企業等で打ち合わせや挨拶廻り。夕方からは、上田川ライオンズクラブ理事会&例会に出席。2次会は福岡銀行川崎支店前にある”花舟”でメンバーたちと一杯やっていた。

雪が降り、手がかじかんでくる真冬の自転車も辛いけど、真夏の猛暑も倒れるぐらい辛い。日焼け止めと水分補給はしっかりとっているけど、腕や顔は黒くなってくるし、流れる汗で水分補給しても間に合わない。それでも、手を振ってくれたり、話しかけてくれるお陰で、元気に頑張ろうと勇気が湧いてくる。とにかく、自分との戦いであり、一人でも多くの人に支持を訴え、知名度を上げ、支援の輪を広げていくしかない。

楽しみは、夜の懇親会や帰宅してから妻と一緒に飲むビール。基本的に、よく飲みよく食べる。だから、なかなか痩せない。痩せなていないもんだから、「神崎君、なまけちょらんせか。苦労してないんとちがうか。」と冗談交じりに言われたりする。体質なんかなぁ?同じ食事をしている妻はまったく体型は変わらず、どういう訳か僕は太ってしまう。やはり、食べる量が違うのか?「神崎君、苦労しようなぁ〜、頑張りようなぁ〜」と言われるぐらい、食べる量を減らして少しはダイエットせないかんと思っている。



真夏の8月、選挙まで8カ月、やるべき時にやらなければならない事。

この時期、企業・団体まわりをしておかないといけない。各企業・各団体に推薦のお願いをしながら支援の輪を広げていかねば・・・国政だったら、県の推薦を取りつけ、各支部への働きかけをしてもらうような手順を踏んでいるけど、僕の場合は、同時並行的に各地域・各支部の推薦を依頼しながら、個別企業・個別加盟店へも同時にお願いしてまわっている。とにかく、来春の統一地方選挙(県議選)まで8ヵ月となってしまった。選挙は、やるべき時期に、やるべき事を取り組んでおかないと、手遅れになってしまう。そうならないためには、早め早めの対応が大切だと感じる。それと、誰に相談すれば良いのか、どなたを通じて訪問すればいいのか、これが大きなポイントだと思う。選挙は本当に人と人との繋がりであり、信頼関係がすべて。

昨日は、元上司の上野経世さんが一緒に同行し、いろいろご紹介して頂いた。いつも気にかけてくれ、本当に有難い。麻生太郎先生の最初の秘書であり、昨年まで飯塚商工会議所専務理事であった。また、医療・福祉関係へのアプローチもという事で、元麻生飯塚病院副院長の植松嵒さんにも連絡して下さり、近々会う約束をし、どんどん選挙モードに入ってきている。

やるべき時に、やらなければならない事を着実にやる。とにかく、スケジュールに追われながら、今は自分の選挙を精一杯頑張るしかないんだと皆さんにお伝えしている。



川崎町バスケットボール・ミニバスケットOB会

昨年に引き続いて、川崎町バスケットボール・ミニバスケットボールOB会からのお誘いでバーベキューに参加させてもらった。2度3度と顔を合わせてもらうと、何となく同じ子供を持っているOBの親のような気持ちになってくるのが不思議。今、長男颯行(はやゆき)も添田中学校でバスケットの部活に一生懸命に励んでおり、今度の夏の大会で、筑豊地区の選抜選手に選ばれたと学校から手紙が来ていた。何はともあれ、中高生はスポーツに打ち込んで、汗を流し、ぐったり疲れさせるのが一番。そのためにも、監督やコーチ、親御さんのサポートが大切やなぁと思う。

40才代は実に幅広く人脈を広げることができる。子供の関係だけでも20才代から60才ぐらいまでの親御さんと接している。親の世代(60代後半〜80才代)と若い20・30才代の中間世代に位置し、企業等の組織で言うとミドル世代である。気力・体力・経験とも充実した年齢であり、これまでの経験と人脈を活かし、新しい可能性を見出すことができる世代だと自覚している。周囲にも大きな影響力を持てるのもこの世代であり、だからこそ、幅広い世代の人たちの意見やアドバイスに謙虚に耳を傾け、リーダシップとマネジメントで組織を引っぱっていかなければならないと思う。今日もまた新しい出会いがあり、強力な人脈がまた広がった。



ドッジボールから学ぶもの

昨日、添田フレンズドッジボールチームのOB会が山賊鍋で行なわれた。益田先生(監督)の隣の席で、ドッジボールの可能性についていろいろ話ができて楽しかった。ドッジボールは決して個人のスタンドプレーじゃ勝てない。一人ひとりの役割、キャッチング・パス・アタック、そして内野と外野の連係プレーが噛み合って、チームの心が一つになって、はじめて勝利を手にできる。一試合あたり5分間という短い試合時間の中で培われる瞬発力や集中力、あきらめない気持ちや仲間を信じて思いやる気持ちは、子供たちにとって本当に貴重な経験であり、奥の深い競技だなぁと思う。

応援席から試合を見ていると、試合の流れ・タイムや得失点等がよくわかるけど、選手はそれを一瞬で判断しないといけないわけで、これは頭で理解してもどうしようもなく、体で覚えるしかないんじゃないかと思う。だから、繰り返しの練習と監督・コーチの指導によって、選手一人ひとりが理解しながら体で覚えていく。それによって、冷静な判断力と瞬発力が身についていくんだと感じる。一方で、挨拶や礼儀・後輩のフォロー等も自然と身につけられている。添田町にとっても唯一の公式チーム、もっと学校も力を入れてもいいんじゃないのかなぁと思う。野球もサッカーも、スポーツで鍛えられた身体と精神は、学力(学ぶ力)にもきっと良い影響を与える。全国レベルの子供たちが、ここ地元に眠っているんです。教育とは、その力を引き出すことに他ならないんです。



田川初の手裏剣術の講習会〜第1回「明府真影流」九州稽古会

僕の応援をして下さっている香春町の方で、豊前香春に400年16代に渡り、一族相伝門外不出であった、豊前福光派古術第16世守人がおられる。現在、豊前福光派古術風門館・館長として古術の相伝と普及を図られている。今度、以下の要領で、田川初の手裏剣術の講習会を開くそうで、興味・関心のある方は是非!

第1回「明府真影流」九州稽古会参加者募集。

 この度、縁あって「明府真影流」第二代御宗家大塚保之先生による、宗家直伝講習会を開催する運びとなりました。日本でも棒手裏剣の相伝者は数少ない中、宗家直々の講習を受けられると言うのは非常に貴重な機会と言えます。

現在、大塚御宗家は、日本国内はもとより、ヨーロッパ・アメリカなどの海外にても「明府真影流」普及のために精力的に活動されております。

 既に、初代染谷御宗家以来、現宗家である大塚先生も「明府真影流」の入門書を出版されておりますので、書籍等でご存じの方もおられるかとは思いますが、日本武道界屈指の棒手裏剣の達人を郷土豊前田川の地にお迎えし直伝講習を受けられるというのは大変な快挙であると思っております。

 また、大塚御宗家は、映画「カムイ外伝」において、手裏剣指導もなさったことでも有名です。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1281209224&owner_id=3639953

 今回は、御宗家の希望により、限定10名までとなっておりますが、この機に真の日本武道・また今や貴重な武術である棒手裏剣の秘技を皆さんと共に体験してみたいと思っております。日本古武道及び棒手裏剣に関心のある方の参加をお待ちしております。

なお「明府真影流」についての詳細は下記のHPを参照されてください。
「明府真影流」HP http://www.ab.auone-net.jp/~meifu/

    第1回「明府真影流九州稽古会」実施要項

1 日時 平成22年8月24日(火)午後7時〜9時。

2 場所 福岡県田川市夏吉「五行太極武藝館」
     若八幡神社近く。古谷商店横

3 服装 剣道着・柔道着・空手着など。
  (もし無ければ派手でない運動できる服装であれば可)

4 先着10名までの参加とさせていただきます。

5 問い合わせ 
古術福光派風門館HP<http://www5.atwiki.jp/wotoko/> BBSにてどうぞ。

主催 
古術福光派風門館HP<http://www5.atwiki.jp/wotoko/
ブログ「鎌倉古芸風門武芸帳」<http://blogs.yahoo.co.jp/kirara3343

協力 
五行太極武藝館 
合気道真風会<http://blog.goo.ne.jp/keitiku_aikidou



どうか、次世代を担おうとしている若者を支えて下さい。

”政策で勝負!”と言っても、人柄を理解してもらうこと抜きで有権者の皆さんの心は、なかなかつかめないんじゃないのかと思っている。選挙での応援を得ようとすれば、相手に好かれないまでも、嫌われないことが大切なんだということを学んできた。「ありがとうございます。」「よろしくお願いします。」「頑張ります。」 とにかく、どこに行っても誰にでも頭を下げ、挨拶はこの言葉を繰り返す。いくらインタネットや携帯電話が発達しても、選挙はやはりフェース・トゥ・フェースの関係がモノを言う。それと誰に連れて行ってもらったかがキーワードのように思う。それも一人だけじゃなくて、いろんな方からアプローチをかけてもらって初めて確実な票につながるんだという事も真実であり、それだけに自分の名前を書いてもらえるっていうのは、もの凄いエネルギーがかかっているんだと思う。

僕には何もありません。地盤も看板もカバンも何一つ備わっていません。あるのは大きな夢と志、それと使命感、田川を良くするためのビジョンを持っています。一生懸命に頑張っているんですが、一人の力じゃどうしても限界があるんです。選挙は一人じゃできません。皆さんからのお力がどうしても必要なんです。次世代を担おうとしている私たち若者たちを、どうか支えて下さい。必ず、必ず、田川に新しい光をお届けしますから。どうぞ、よろしくお願いします。



ソフトバンク選手の教育講演を依頼され・・・

先日、田川市立大藪小学校の八隅教頭先生から教育講演の依頼があった。子供たちが夢を抱くような、そんな内容の講演にしたいとの事。早とちりして、「いやぁ〜僕は選挙に立つ身やから、申し訳ないですがダメですね。」と答えると、「いや神崎さん、ソフトバンクの選手に講演を依頼してもらいたいと思っているです。」 と即座に切り返され、ちょびっと恥ずかしい思いをした。直ぐにソフトバンク側に連絡し、講演料も少し値切ってもらい、何とか講演してもらえるようになった。八隅教頭が前の学校(福智町立市場小学校)時にも、当時の太田校長からオフシーズン時にソフトバンク選手の野球指導を頼まれたもんだから、八隅先生が僕に相談してきたんだと思う。筑豊地域の少年野球チームは全国でも屈指の強豪揃いである。スポーツを通して鍛えられた根性や技術、たゆまない努力は、きっと子供たちの将来の夢を実現できる源になると思う。

そう言えば、大藪小学校には上野二郎先生の奥さん(妻の従姉妹)が勤務している。本当にどこでどう繋がっているかわからないなぁ。上野先生がロンドンの日本人学校に勤務している時に、田川郡教育研究所算研会のメンバーの先生5人(太田・八隅・小峠・中山・神崎)と一緒にロンドンの上野先生に会いに、ヨーロッパ旅行に出かけた。(おっ!みんな若い!)

 ロンドンの上野先生宅で

 右から、小峠・神崎・太田・金子・中山・八隅

 左から、中山・上野・太田・神崎・八隅

 左から、上野・中山・小峠・太田・神崎



根回しと下準備

そろそろ各団体・企業等の推薦願いの準備をしておかなくてはいけない時期になってきた。そのためには、下準備と言うか根回しをきちんとしておく必要があり、前回選挙はかなり出遅れ感があったなぁ〜と今思っている。保守系新人候補は、組織の後ろ盾がない本当に過酷で厳しい戦いを強いられてくる。組合とか組織のバックアップがある候補者は、選挙を戦う上で有利で恵まれているなぁとうらやましくもある。でも、一部の偏った考え方に縛られることもなく、多くの人たちの意見や考え、様々な立場の皆さんの声を反映できる僕の選挙戦の方が、必ず多くの皆さんの役に立つことができるんだと確信している。

今夜は福岡市で、その下準備のための懇親会がある。自分の選挙もだんだん正念場になってきた。きちんと手順を間違えないように行動していこうと思う。



夏休み、陽行(あきゆき)元気に帰省!

屋久島から陽行(あきゆき・小5)が元気に帰ってきた。普通なら鹿児島港まで迎えに行くところだけれども、時間もなく今回は飛行機(屋久島→鹿児島空港→福岡空港)で帰らせた。久しぶりに家族全員が揃い、久しぶりの”アッキー”にみんな笑顔になり、やっぱり家族っていいなぁ〜と嬉しくなる。辻眞作先生(上野小学校教頭)の別邸で”アッキー”のお疲れ様会(バーベキュー)をしてもらい、太田亮一先生(添田小学校校長)家族や松村重治先生(赤小学校校長)、八隅太郎先生(大藪小学校教頭)、小峠英人先生(添田中学校教頭)といつものメンバーも合流し、時間の経つのも忘れ、楽しい時間を過ごせた。

本当によく頑張ったと思う。初めて親元を離れての”かめんこ留学”。最初の一週間は、涙・涙で泣きながら電話をかけてきて、どうなる事かと心配したけど、多感な年頃の10才、親離れ・子離れのこの試練を何とか乗り越えてくれた。僕は、子供たちに何でも与えて、何不自由なく育てるのが良いこととは思わない。今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃなくなった時、自分なりに工夫して知恵を出すことが、子供たちにとって大事じゃないのかと思っている。不自由さを知って初めて自由の有難さがわかり、お金や時間の大切さもわかる。

”陽行君が大人になった時に、「あの屋久島は、本当にいい経験やったなぁ」と、きっとそう思える時期が来ると父は思うよ”



後援会の皆さんと相談しながら・・・

ここ数日、添田町長選挙(告示8月17日、投開票8月22日)の件でバタバタしていた。山本文隆氏が立候補を表明し、寺西明男副町長も出馬表明。そして、山本文男前町長も後援会に出馬意向という報道。毎日毎日、驚くような報道と情勢に、何がどうなっているのか、情報収集や対応に追われていた。

山本文隆さんは、義父の従兄弟であり、僕もよく存じあげている。古河機械金属本社環境部長や筑豊事務所長までして、とても気さくでバランス感覚のいい方。今回、僕自身が出馬表明を聞いていなかったので、びっくりしているのが実情。ニュースや新聞記事を見られて、いろんな方から電話がかかってきた。義父(山本徳孝)と相談しながら、僕の後援会の役員の方や支持者、町議の方々に直接お会いしていた。町長選挙や町議選挙は、地域のつながりや親戚等の人間関係が複雑に絡み合っているから本当に大変。昨日も20年来の家族ぐるみでお付き合いしている先生たちと意見交換したり、今後は後援会の方々との会合、各町村後援会の方々や僕の親戚関係にも集まってもらい、相談するようにしている。

とにかく、自分一人で判断することなく、後援会の皆さんのお知恵を借りながら、地域の皆さんの意見を聞きながら、誠実に対応していかなくてはと思っている。混乱が続いている町政を、何とか収束してもらいたいと住民の皆さんは一様にそう願っていると思う。僕もまったく同じであり、町議会議員の方々にもご相談に伺っている。僕も来春には選挙(県議会議員選挙)を控えている。この4年間、前回選挙の雪辱を果たすために、一生懸命に努力してきた。選挙に勝たないことには、地域の振興策も地域の課題解決も何もできない。多くの信頼がおける皆さんに相談しながら、行動していかなくてはいけないと思っている。



予期せぬ事が次から次へと・・・こういう時にこそ

7月20日海の日、今日も猛暑だった。今日の自転車遊説は、添田町(自宅出発)→川崎町→田川市→糸田町→福智町(金田・赤池・方城)→田川市→大任町→添田町(自宅到着)だった。朝8時30分に出発して、13時には自宅に戻ってきたかったのに、結局15時30分に到着してしまった。途中、あちらこちらで辻説法をしていたから、時間がかかってしまった。かつ、通りがかりの人たちと話し込んだり、皆さんから差し入れのお茶をご馳走になったり、会話ができるから有難い。街頭演説や自転車でずっと喋り続けても、何となく誰も聞いてないようで・・・自動車や家々に訴えているような気がしてくる。だから、手を振ってくれたり、自転車遊説で呼び止められたり、車から降りて来てくれたり、事務所や家に上がり込んだりさせて頂くと、とても新鮮でうれしい気分になってくる。

添田町は、町長選挙が来月22日に行なわれる。リコール運動や町議会議員選挙、参議院議員選挙がずっと続いていたので、自転車遊説等の派手な行動は控えていたけど、多くの皆さんから暫くはまだ控えるように言われている。でも、その分他町村での活動や個別訪問・組織作り等が順調に進んでいるので、心配をして下さっている添田町の方々に感謝しなくてはと思っている。本当に予期せぬ事が次から次へと起こり、自分の身にも関係してくる。でも、多くの人の意見を聞きながら、決して無理や背伸びをせず、気負わず、力まず、こういう時にこそ、本当に信頼できる人間関係をつくっていかなくてはと思っている。



子供育成会行事(球技大会・プール・バーベキュー大会・キャンプ)

添田町子供育成連合会主催の第49回球技大会が、そえだドームで開催された。僕ら(小学校)の時代の球技大会は、男子がソフトボール、女子がフットベースボールだったけど、今は男女混合のドッジボール大会になっている。今回は実行委員になっていたから、ちょっと早めに集合し、注意事項を聞いたり準備をしていた。添田東は惨敗だったけど、みんな一生懸命だったから、よしとしよう。やっぱりドッジボールチーム(添田フレンズ)に入っている子供がいる子供会は強い。2年前の第47回球技大会は添田東が優勝したけど、颯行(はやゆき)が添田フレンズで鍛えられていたから、チームを引っぱっていきながら、颯行も優勝に貢献できたんじゃないのかなぁ〜と思う。(親バカかな?) 来年は陽行(あきゆき)が屋久島から帰って来て、小6になるから、かなり期待できるんじゃないかと思う。(本当に親バカだ)

球技大会終了後、添田東公民館で昼食の弁当をみんなで食べ、それから子供会で田川市民プールに行き遊んできた。夕方から、公民館でバーベキュー大会。子どもたちは、そのままキャンプをしている。一日中、子供会の行事で心は気持ちよく、身はとんでもなく疲れてしまった。でも、気持ちの良い疲れで、子供たちはとても楽しそうで・・・疲れを知らない子供たちと、明日はどっと疲れている親がそこにいる。



農政連田川地区協議会に参加して

農政連田川地区協議会・田川地区農政連協議会の定期総会に参加させてもらった。昨年(平成21年度)の総会も出席させてもらい、一昨年(平成20年度)の総会と前回県議選後の総会から出席させてもらっているけど、重点方針や活動計画等々の生の声や政策、課題が理解できるのが有難い。前回は、農政連の推薦を頂いたにも関わらず、こういった総会に参加する機会もなかった。公開質問や要請に対しての回答では、麻生事務所に聞いたりインタネットで調べたりしながら、自分なりの考えで重点的農業政策を推薦願いに添付し提出していた。でも、やはりそれじゃダメだったんだと思う。農政に限らず、医療・福祉・教育・環境・住宅等々・・・すべてにおいて現場の生の声を聞いて、それを政策に反映しなくちゃダメなんだと感じている。

来賓には、衆議院議員武田良太代議士、松山政司参議院議員、それに今度の参院選で当選された大家敏志参議院議員、そして田川市の浦田憲一県議も出席されていた。皆さん来賓としての立派な挨拶をされていた。来賓の祝辞を聞きながら、もっと勉強し理解を深め、自分のものにしておかなければ、とてもとても挨拶なんてできないと思った。様々な団体があり、地域の課題も多く、あれもこれも訴えても、自分もよくわからず、有権者の皆さんの心にも響かない。団体・地域ごとの課題を絞り込んで、シングルイッシュで訴えることが大切なのかもしれないと思った。



豪雨のつめ跡

昨日までの豪雨で、各地で土砂災害・家屋災害等の爪跡が予想以上に大きいものになっていた。田川郡内を戸別訪問や自転車遊説で廻っていた時に気づいた、危険と思われる箇所や家の裏山ががけ崩れしそうと言われていたところ、それと一人暮らしのおばあさんが居るお宅が心配になり訪問した。やはり地盤が軟弱な山間での土砂災害の被害が多い。被害に遭われた皆様には謹んでお見舞い申し上げます。僕も自宅が火災に見舞われ、あの脱力感というか、やり切れない気持ちは、なかなか言葉じゃ説明できない。復興も自己資金でやるしかなく、何とかならないものかとも思う。 

警戒区域はわかっていても、災害を未然に防ぐまでの整備ができていないように思う。財政難の自治体に責任を転嫁しても直ぐの解決には結びつかないけど、災害に遭った時に最小限の被害で抑えられるように予防策・防止策を広域的に取り組めないか。災害発生前には防災無線による広報と併せて警報情報、避難指示、避難案内情報の配信を行い、住民への情報伝達を確実なものとしたり、災害発生後においては、避難した住民の方に支援物資の補給や被災状況等の情報を配信することで住民の不安を軽減するようにするとか、大規模災害に備えたICTの利活用も考えられる。

参院選も終わり、辻立ち・自転車遊説も再開したいけど、被災に遭われた方のことを思うと・・・とにかく、まだ行けていないところもあるので、早めに足を運んで大丈夫だったのか確認したいと思う。



あきゆき11才

近頃、夜にいろいろスケジュールが入っていて、帰宅が遅くなったりしていた。7月12日は次男陽行(小5)の誕生日、家族全員で屋久島に電話したそうで、元気な様子だったとのこと。4月に屋久島に「かめんこ留学」で行った時、1週間泣きながら電話をかけてきたことを思い出すと、何とか乗り越えて良かったなぁ〜と妻と2人安堵している。上の子供2人と比べると、よく気がついて優しい反面、ちょっと気弱なところがあるから、心配していたけど、本当に良かった。来週24日には夏休みで帰ってくるから、また元通りの騒がしい我が家に戻ると思う。

このyoutubeは、昨年陽行(あきゆき)10才の誕生日の時にアップしたもの。昨年のブログを見ると、「誕生日プレゼントは何も用意していないので、youtubeに陽行10才の思い出をアップした。4人の子どもたち、それぞれみんな性格が違うが、4人の中じゃ一番心がやさしく、運動神経が一番発達しているんじゃないかと父は思う。10才は、親離れ、子離れの時期だと思っている。来年は屋久島に行くって言うのかなぁ。お姉ちゃんもお兄ちゃんも体験しているから、是非、チャレンジしてもらいたい。」 と書いてあった。自分から屋久島に行きたいと言って、それが実現できて、親としては本当にうれしい。

子供って言うのは、毎日見ていたわからないけど、1年ごと本当に大きくなっていくなぁ。



努力した人が報われる社会

波乱・困難・犠牲・挫折・失敗・逆境・・・人生に幾度となく訪れる。企業や組織、地域社会も同じじゃないかと思う。挫折や失敗、地域が疲弊していても、常に向上しようと全力を尽くす、このピンチを絶好の機会(チャンス)だと一生懸命に努力をする、希望と夢を失わず黙々と行動する、倒れても立ち上がる勇気と努力が何より大事だと僕は思う。

今、僕は前回の敗戦から立ち上がり、再チャレンジして、どん底から這い上がるために懸命に努力しています。それは疲弊しているこの地域を、もう一度再チャレンジして、活気ある地域に生まれ変わらせる事なんだと・・・自分にダブらせるつもりで頑張っているんです。”努力した人が報われない社会に未来はないんじゃないか”そんな想いで、皆さんにお願いしてまわっています。前回は、1年半の選挙活動でした。でも、そのくらいの努力じゃ足りなかったんだと思います。もっと努力をして、もっと人の痛みがわかるようになって、もっと多くの人に接しながら勉強しなさいというメッセージだと、今はそう思っています。今度は5年半の活動になります。

今回の参院選、知名度がある人でも落選しています。同じタレント議員でも、明暗を分けたのは何が違っていたのか?選挙はとにかく一生懸命に支持を訴え、お願いをし、多くの人に会うことからしか始まらないんだと思います。様々な考え方や価値観の人がおられるから、多くの意見を取り入れ、聞く耳を持つことが大切なんだと感じています。だから時間もかかり、努力も必要なんです。政治(選挙)活動を通じて、「努力しているなぁ、頑張っているなぁ」と感じる候補者は、きっと当選した後も、社会のために地域のために、みんなのために一生懸命に努力して、頑張ってもらえるんじゃないかと思われるんじゃないでしょうか。

政治家になることが目的じゃない。でも、政治家にならないと実現できないことがたくさんある。そして、そのためにはどうしても選挙という大きな壁を乗り越えなければならないんです。



参院選結果、田川郡選挙区の分析と傾向(衆院選と参院選)

第22回参院選(7月11日投開票)は、民主党が大敗して参院での過半数を割り込む結果となり、衆参ねじれ国会となった。自民党は改選議席38議席から50議席となり大きく伸ばし、みんなの党は大きく躍進。政局は流動的になってきた。福岡選挙区は自民党大家敏志氏・民主党大久保勉氏が議席を獲得。昨年の衆院選後の政権交代した民主党に、民意はNOという評価をしたんじゃないかと思う。

来春行なわれる統一地方選挙・県議選で関係する田川郡の集計をしてみた。過去の選挙結果と比べながら、いろいろ分析してみようと思う。僕が戦う、唯一、福岡県で社民党県議を抱える田川郡地域。社民党の比例票の動向も気になり、各町村に聞いて調べてみた。かなり退潮傾向が見受けられる。また、自民党と公明党も選挙協力が出来ているのがわかる。国民新党・みんなの党も無党派をかなり取り組んでいる。昨年衆院選(H21.8.30)と今回参院選の比較してみても傾向が見えてくる。

第22回参議院議員選挙(平成22年7月11日)
福岡選挙区大家敏志大久保勉堤要佐藤正夫吉村剛太郎篠田清吉富和枝投票率
自民党民主党民主・社民みんなの党国民新党共産党幸福実現党
香春町2,260 1,590 439 588 336 607 110 60.26
添田町2,347 1,400 443 440 418 380 135 60.57
糸田町1,725 1,226 385 470 286 405 66 58.77
川崎町3,247 1,789 802 743 705 702 148 55.85
大任町967 515 161 208 499 156 46 57.44
赤村776 385 163 134 109 89 44 61.05
福智町4,046 2,930 997 1,050 732 859 174 57.10
田川郡計15,368 9,835 3,390 3,633 3,085 3,198 723  

比例区自民党公明党社民党民主党共産党幸福実現党国民新党みんなの党
香春町1,406 1,300 370 1,408 486 47 251 555
添田町1,542 1,140 261 1,462 326 83 281 394
糸田町1,039 1,123 283 1,174 334 28 167 362
川崎町1,767 2,858 479 1,757 555 44 271 600
大任町614 697 106 593 128 17 156 166
赤村438 390 95 439 73 13 77 129
福智町2,363 2,557 793 2,963 651 68 368 840
田川郡計9,169 10,065 2,387 9,796 2,553 300 1,571 3,046

第45回衆議院議員選挙(平成21年8月30日)
福岡11区山下登美子武田良太山口はるな小迫日出典投票率
共産党自民党社民党諸派
香春町676 4,576 2,125 122 73.12
添田町435 4,415 1,904 139 72.55
糸田町466 3,389 1,882 81 71.81
川崎町795 6,406 3,122 137 67.30
大任町118 2,354 811 44 71.68
赤村99 1,383 580 20 72.30
福智町776 8,455 4,483 188 69.76
田川郡計3,365 30,978 14,907 731  

福岡11区自民党公明党社民党民主党共産党幸福実現党国民新党みんなの党
香春町2,292 1,604 625 2,068 576 56 153 158
添田町2,467 1,347 526 1,800 359 86 187 112
糸田町1,777 1,205 491 1,695 417 38 101 96
川崎町3,042 2,979 872 2,629 629 37 157 158
大任町1,015 1,002 215 791 142 20 55 76
赤村679 500 177 522 101 10 52 40
福智町4,247 2,898 1,316 3,989 778 83 224 265
田川郡計15,519 11,535 4,222 13,494 3,002 330 929 905



田川高校33期(昭和56年卒)同級生集まれ〜8月14日18時 本家山賊鍋

8月14日(土)18時伊加利の本家山賊鍋で田川高校33期の同窓会を開催します。

昨日(7月8日)、田川高校の同級生が来春に迫った僕の選挙の件で、田川市番田の稚加栄に集まってもらった。これまでの経過や情勢報告、今後の取り組み・具体的な選挙応援等々の話ができた。同級生の(僕の選挙)世話人に、近藤(君)(後藤寺 近藤書店)が引き受けてくれて、本当に心強い。久しぶりの集まりで、お酒もすすみ、会話も弾み、久しぶりにリラックスした楽しい時間を過ごすことができた。それと、3年後に、田川高校岳陽同窓会の本当番がまわってくるから、同窓会を開こうとその場で決定し、津島(君)が直ぐに本家山賊鍋の予約をしてくれた。小野山(君)は、現在田川高校の教諭をしているから、33期のホームページを立ち上げようと言ってくれ、何となくワクワクするような面白い企画ができそうだと思う。8月14日、是非、東京や大阪等々にいる同級生みんなにも連絡して、お盆で帰省する折には、同窓会に出席してもらうように頼もう。恩師の先生のところには、時折顔を出していて、僕の選挙で一緒に地域も廻ってもらったり、人を紹介して頂いていている。同窓会には当時の先生方にも出席のお願いをしようと思う。

同級生の皆さん!久しぶりの顔・顔・顔、日頃の生活や仕事を忘れて、旧交を深めましょう。8月14日(土)18時から山賊鍋で待っていま〜す。「同窓会〜ラブ・アゲイン症候群」な〜んて想像している人は、テレビの見過ぎ!それと選挙の応援も是非よろしくね!

2010/07/09 09:02


変えなければならないのは、税金の使い方なのに!

 「福岡県議 政調費で官能小説」 レシート 手書きで別書名?

福岡県議会の複数の議員が2009年度、官能小説や娯楽本、村上春樹氏のベストセラー小説などを政務調査費で購入していたことがわかった。議長に提出した収支報告書に添付されたレシートの識別番号から判明した。議員たちは「官能小説のこと記憶にない」「流行本を読みことは世情を知ることにつながる」などと釈明している。

このうち、冨原茂明議員(66)(民主・県政クラブ)と後藤元秀議員(60)(自民党県議団)のレシートには、官能小説が1冊ずつ含まれていた。冨原議員が提出した「素人手記ひとつ屋根の下〜禁断の記憶」という本のレシートには、「炭坑と強制連行」と手書きされ、別の本を買ったかのようになっていた。冨原議員は「記憶にないが、何らかの理由で別のレシートが混入したのかもしれない」と説明している。

 「官能小説 記憶にない」 福岡県議 政調費の認識甘く

冨原茂昭議員(66)のレシートには手書きで、炭坑に関する本を購入したような記入があった。しかし、実際の本は、官能小説「素人手記ひとつ屋根の下」と判明。レシートによると、09年10月29日夜、福岡市・天神の書店で買ったことになっている。冨原議員は「小説のことも手書きのことも記憶にない」としたうえで、「領収書の処理は事務所スタッフに任せており、何らかの理由で官能小説のレシートが混入したのかもしれない。うっかりミスだと思うが、申し訳ない。ミスがはっきりした段階で、返金が受け付けられるなら、購入費分を返したい」と語った。

読売新聞が収支報告書を開示請求し調査し判明したとのこと。書店などのレジで発行されたレシートには「ISBN(国際標準図書番号)」と呼ばれる10〜13けたの番号が記され、書店のホームページなどから書籍名が特定できる仕組みになっているという。

皆さん、選挙で政治家に期待しているのは何でしょうか?冨原議員も前回選挙(平成19年県議選・田川郡区)で、福祉の充実、企業誘致・雇用の創出を掲げて訴えていました。でも、この4年間で私たちの暮らしや生活は変わったでしょうか?将来への不安は消えたでしょうか?十分な福祉は受けられていますか?働く場は見つかりましたか?
私は自分のビラに、”チャレンジ! チェンジ! 新しい次代へ”と書きました。田川の将来にチャレンジする、新しい産業の可能性にチャレンジします。それをやり遂げてこそ、田川はチェンジすることができるんだと思っています。皆さん、政治の課題、地域の課題はたくさんあります。でも、今、政治に一番問われていますのは、税金の使い方なんです。これなんです。変えなければならないのは、税金の使い道なんです。まじめに働く者が報われない社会に、未来はあるわけないじゃないですか。

私が変えていきたいのは、私たちが苦労して懸命に働いて稼いだ税金を、どこに重点的に集中的に使うのか、この一点なんです。それを、皆さんから田川の将来を託され投票してもらった一票を、こんな形で裏切って・・・ますます政治不信は募るばかりじゃないですか。

私には、何もありません。地盤もカバンも看板も何一つ備わっていません。でも、私には夢があります。使命感があります。地域を良くするためのビジョンを持っています。どうか皆さん、田川を変える、活気ある地域に変える、その想いを、一緒に、共に受け止めて頂き、私こうざき聡に力を貸して下さい。次世代を担う私たち若者たちが、皆さんに新しい光を必ずお届けします。



田川はきっとよくなる!!

今日(7月5日)、地元添田町山本文男町長が辞職願を提出したと報道があった。来月にも町長の進退を問う住民投票が行われる見通しだったので、「住民投票を避け、出直し町長選に出馬するつもりなのでは」という見方も出ているという。様々な噂や憶測が飛び交っていて・・・ここは本当に冷静に慎重に対応していかねばと思っている。

ちょっとしたボタンの掛け違いで修復が長引く時がある。しかも、現職議員との戦いだったから、今までの付き合いやしがらみがあり、その関係もわからないままチャレンジしたわけで、無謀と言うか・・・「神崎さん、勇気あるよなぁ〜!よく選挙に出ましたよねぇ〜」と、呆れているのか?凄いと思われているのか?地域の実態を知った方々から言われていた。正直に言うと、地域の実態、人間関係も何もわからなかったから、出馬できたのかもしれない。でも、この4年間でかなり認識できたと思う。この4年間で田川地域で人間関係も構築できたと思う。この4年間で地域の課題も解決策も十分考えることが出来たと思う。きっと4年前の時は、筋を通してなかったり、挨拶に行くのが遅れたり、人間関係もわからないままお願いをしたり、義や礼を欠いたことが多々あったと思う。今になって思えば、お恥ずかしい限りで、反省することがばかりだった。

4年の年月はあっという間の時間ですが、様々な出来事が起こりました。国政も地方も、”まさか””まさか”4年間だったんじゃなかったのかなぁと思います。前回、相手陣営を応援していた方々が僕を応援してくれるようになってきました。その逆もまたあると思いますが・・・人生何が起こるかわかりません。選挙もどうなるかわかりません。どうなるかわからないけど、僕は一生懸命に頑張ります。自分の役割・使命だと思っています田川に新しい産業を創出するために。でも、どうしても一人の力には限りがあるんです。選挙は一人じゃできません。皆さん、お一人おひとりなんです。皆さん、一人ひとりが本気になって、ここを変えようじゃないか、新しい政治をはじめようじゃないか、そして政治屋じゃなくて、政治家を育てようじゃないか、そいういうふうに、皆さんが考えていただければ、必ず、必ず、田川は変わりますから。



頭がやわらかい子供の表現

今日は、田川2部PTAレクレーション大会が添田ドームで行なわれた。11年連続参加していて、下の子供がまだ小学校2年生だから、あと7年参加しなければ・・・これも、4人の子どもが3学年づつ離れているお陰で、長い期間、PTA活動に参加できるからありがたい。でも7年後、僕の年齢からしてどうなることやら・・・

小さい子供は、モノの見方や捕らえ方に習慣化・固定化されていないぶん、大人から見ると思いがけない言葉が飛び出してきて、時々ハッとさせられることがある。今日も、レクレーション大会が終わった後、家族で赤村物産館の隣でできている食事処に出かけた。土・日曜日は、1人300円でカレーライス食べ放題。カレー好きの子供に、「うまい?」と尋ねると「ん!うまい!」とこたえ、「おいしい、おいしい」とお替わりをしていた。「ねぇ、おいしい、うまいの他にどんな言い方があるかねぇ〜」とちょっと聞くと、「し・あ・わ・せ」と言う言葉が返ってきた。妻と目を合わせて、笑いが込み上げ、ほのぼのした気分になった。

頭が固くならないように、視点を変えるのはやさしい事じゃない。子供のように違う角度から見ることで、「なるほどこう言った見方ができるのか」「こういうふうに言えばよかったのか」と気づかせ、ちょっとしたユーモアというか、面白い表現が浮かんでくることもあるんやなぁ〜と思った。
妻  「今日、ちょっと疲れたから、焼きそばでもつくってくれん?」
僕  「うん、でも材料がないんじゃない?」
妻  「ちゃんと材料も用意しちょうき。キャベツに肉にソバに、ほらここに!」
僕  「そうけど、肝心なもんがないんよねぇ」
妻  「肝心なものって?」
僕  「やる気がない」と笑いながら応え、キッチンで焼そばを作るために立ちあがった。
妻  「ん!じゃ〜よろしくネ」



過ぎたるは及ばざるがごとし

”過ぎたるは及ばざるがごとし”の諺の通り、何ごとも程々が一番やなぁ〜。前にブログで書いた孔子の中庸の思想が大事だなぁと感じる。人の5つの徳目といわれる「仁 義 礼 智 信」も同じ。
「仁を過ぎれば弱くなる」、情をかけ過ぎると他力本願になってくる。
「義に過ぎれば固くなる」、義理に縛られて、弾力的な活動ができなくなる。
「礼に過ぎればへつらいとなる」、バカ丁寧になると、ゴマスリのように思われる。
「智が過ぎれば、嘘をつく」、才に走ってウソをつきやすくなる。
「信に過ぎれば、損をする」、人を信用しすぎて損をする場合もでてくる。

年配の方々は、自分の経験から僕に様々なアドバイスをして下さる。どうしても若気の至りで、突っ走りそうになる事が多いけど、大事なところはきっちりと抑えてくれる。立ち止まって、ずっと先の事を考えながら行動することの大切さを教えてくれる。きっとその場の勢いで極端に走ってしまうと、取り返しのつかない状況に陥ってしまうことがわかっているからなんだと思う。妻育子から今日も言われた。「聡さんは、本当に恵まれちょうばい!家族だけじゃなくて、地域のみんなが聡さんのことを心配してくれちょうから・・・」

地元添田町は、とても難しい、厳しい局面が続いています。その中で、多くの皆さんが県政に再チャレンジする僕を温かく見守って、(中庸の道の)アドバイスをしてくれます。本当に、年配の方々は地域にとっても、僕にとっても大きな財産だと痛感しております。そして、もう一つ大事なことは、政治家(志す人)は家族がどうしても犠牲になってしまいます。だから、家族を守らないといけない、家族の気持ちを大切に想わないといけない。家族を想い、家族を守ろれない人に、どうしても地域を大切に想い、地域を守ることができるでしょうか。少しは人の痛みがわかる人間になったのかもしれません。今は、妻に守られ、家族に守られ、地域の皆さんに守られ、本当に感謝、感謝です。いつの日か必ず恩返しできるように・・・頑張るしかないと思っています。



多くの方にアクセスして頂き、感謝です。

今、メディア報道というのは巨大な権力を持っているんだと思う。特にテレビ報道からの情報に依存しているため、その影響力は政治家よりも大きいのかもしれない。だから、聞き手の方はもっとメディアリテラシー(情報の真偽を見抜き、活用する能力)を高める必要があるんだと思う。実際、麻生政権時には低レベルなバッシングから始まり、ちょっと調べれば嘘やデマとわかる内容をメディアに流したり、偏向報道があったりした。マスコミからの一方的な報道の真意を見極める目を持たなければならないなぁと感じた。

今度の添田町議選でびっくりしたことがあった。出陣式・事務所激励・当選お祝いに駆け付け、それぞれ陣営の後援者・支持者の皆さん一人ひとりと握手させてもらったり、挨拶させてもらった。各陣営の殆どの皆さんをを知っていたのと、逆に多くの人たちからも知ってもらっていた。4年前とは比べものにならないくらい、多くの方々から励ましの言葉を頂いた。それともう一つ、僕のホームページ・ブログ・ツイッターを見て下さっている方の多さ。毎日のブログ訪問者は、徐々に上昇していて、平均2,100/日アクセスぐらいになっている。どなたがアクセスされていて、どの地域(市町村単位)からのアクセスなのかの分析できないけど、何れにしても見て下さっている事は間違いなく、本当に有難いことだと思う。ネットを活用した政治(選挙)活動も、じわりじわりと浸透していると実感している。本当は、お会いしてお話できれば良いんだけど、人口86,365人、面積309.13k屬發△訶沈邨瓦里垢戮討凌佑鵬颪Δ里麓尊櫃鰐詰。ネットは有効な手段だと強く思う。

6月20日(日)〜26日(土)

 週間傾向(時)

選挙では、様々な情報や誹謗中傷等々があり、この手の話は本人には殆ど情報が入ることなく、まことしやかに囁かれる。まぁ、たとえ根拠のない噂話やネガティブな事を言われても、本人の事を本当に理解して下さる方は信用しない。確かな情報はやはり本人から直に聞く事が何より大事だと思う。前回の選挙では、相手陣営から根も葉もない噂が流布されていた。麻生情報システムの公金を盗んで辞めさせらたとか、麻生グループからは出入り禁止になっているとか・・・本当に悔しく悲しかった・・・でも、決起大会に麻生泰社長が来て下さり、そんな噂はいっぺんで吹き飛んだ。”選挙って、そんなもん”って人は言うけど、サラリーマンで一生懸命やってきた僕には、人を陥れる感覚がわからない。今では、誹謗中傷に動揺したり動じたりすることなく、毅然と立ち向かう精神力はかなりついたように思う。また、ネットを活用し、情報発信することで、怪情報やデマ情報を打ち消せる手段も得たと思う。

ネットでの発信を実践して思うことは、一人ひとりはマスコミのように影響力はないかもしれないけど、マスコミの一方的な報道よりも、双方向で意見が言える(聞ける)ネットの方が信憑性があるんじゃないかと思ったりする。双方向のネットを活用することによってマスコミ報道を越える力を発揮できるんじゃないのかと感じている。ただし、阿久根市長のような常識を欠いた情報発信や、民意をないがしろにするような行為は、決して許されることじゃないと思う。やはり、小さい頃からのメディアリテラシーを含めた教育が大切なんだと感じる。



コンセントは電気につながります。コンセプトは・・・?

コンセントは電気につながりますが、コンセプトは元気につながります。

田川経済の柱として、ITを活用した新3K(観光・環境・健康)産業創出による雇用創出を創る。これが僕の田川地域の活性化のコンセプト。その中に、「田川癒しの郷構想」「第2の故郷づくり観光」「コンタクトセンター・データセンター企業、研究所誘致」「環境と経済の両立」を掲げている。(基本政策、ブランド”たがわ”を創ります

コンセプトは、考え方、方針等一般的な理念・概念を言うけど、企業でも地域でも行き詰った時は、コンセプトを見直すことによって解決策が見えてくることがある。例えば、お化粧品を売るという販売行為よりも、”美の追及””生涯の美しさのお手伝いをする”という理念を打ち出すことによって、販売業からサービス業へと幅が出てくる。モノを売ることではなくて、美しくさせることが目的となる。だから、一人ひとりに合った化粧品を購入してもらえ、それが化粧品にとどまることなく、健康維持のためのエステサロンや癒しの空間の提供といったサービスへと発展していける。コンセプトを明確にすることによって、お客様に明確なメッセージを発信でき、何よりこのコンセプトを共有することで、企業なり地域が一体化できてくるんだと思う。

地域のコンセプトを明確に打ち出す事によって、他地域との明確な差別化ができ、競争力がつくんだと思う。コンセプトを見直す事で、現状の停滞感あるいは衰退していく地域を打破できるんじゃないのかと思う。



添田町議会議員選挙結果

任期満了に伴う添田町議選(定数13)が今日(27日)投開票された。現職12人、新人4人の計16人での激戦で、一票一票の積み重ねの大切さ、一票一票の票の重たさが伝わってきた。同時に、住民パワーの凄さと後援会・支持者が一丸となって戦い、街を良くしていこうという気持ちが、どの陣営からも伝わってきた選挙戦だったと思う。候補者は本当に一生懸命に頑張っている。だけど、一人の力には限りがあり、選挙は一人でするものじゃない。地域の皆さん、一人ひとりの本気の頑張りなんだと肌で感じた。結果は以下の通りでした。

添田町議会議員選挙(6月27日 有権者数9,845 投票率83.64 %)定数13
竹田善浩  336
井上孝行  333
上田定    533
中嶋浩二   365
畠田勝廣   627
浦野信義   486
高瀬知恵子 459
久保田実生 581
緒方裕子  647
白石英雄  653
岩本正    569
上半淳一  315
田中正    681
白石富雄  587
合戸精一  456
松本雄二  419



添田町議選最終日、明日(6月27日)は投開票。

今日で添田町議会議員選挙最終日。最後の力を振り絞って候補者が訴える。本当にお疲れさまでした。選挙期間は5日間という短い時間だけど、その何ヵ月も前からの活動なので、候補者は無論、後援会・支持者の方々は本当に努力が報われるように願うばかりだと思う。明日の投票の締め切り(18時)まで安心することなく、電話作戦で投票所へ足を運んでもらえるように最後までお願いしていかなければならない。19時から開票作業が始まり、20時過ぎには1回目が開票結果が出る予定。Twitterで選挙速報を流そう!

(選挙)活動で挨拶まわりをしていると、たくさんのアドバイスを頂く。「とにかくドブ板選挙、一人でも多くの人と会い握手しろ」「辻立ち、街頭演説で知名度を上げろ」「自分の選挙でもないのに、旗色を鮮明にし過ぎるな」等々・・・自分のスタイルや選挙区事情もあるから、臨機応変に戦略・戦術、対応をしていけばいいと思っている。ただ絶対にしてはいけないことは、他の候補者の選挙活動や政治活動の邪魔にならないように、迷惑がかからないように、選挙妨害や嫌がらせと思われる可能性があるような行為は絶対慎まなければと思った。人にはそれぞれ得意なこと、不得意なことがある。腕力に自信のあるものは腕力の限界を見誤って身を滅ぼし、知力に自信のあるものは知恵のつかい方を誤って身を滅ぼすと言われる。人は不得意な分野では慎重に行動するけど、得意の分野は油断をして思わぬ落とし穴にはまりやすいから。策士策に溺れると言われるけど、一生懸命に取り組んでいる活動に対して非礼な行為は絶対にしてはいけない。



選挙の争点・焦点

6月24日、第22回参院選の公示日。今回の選挙の争点は、菅首相が消費税10%の検討を突然発した消費税のあり方になってきそう。国民に直結する「消費税引き上げの是か非か」となるのか?また、選挙の焦点は、与党で過半数(122)をとれるかどうかが焦点になってくると思う。民主党と国民新党と合わせて56議席を得れば、非改選を含め与党で過半数に到達できるから、自民党を含めた野党各党は、与党を過半数割れに追い込み、政界再編や将来の政権復帰・参加につなげることを目指さないといけない。 
選挙の争点・焦点も、その時々の社会・政治情勢によって変わってきているなぁ。地域を揺るがすような大きな問題がない限り、地方選挙の場合、選挙の争点や焦点もわかりにくいのかもしれない。地方は、生活・暮らしに直結しているから、本当に行政の役割は大きい。政治の課題、地域の課題は山のようにある。だから地域の振興策・福祉・医療・教育等々、地域の身近な課題を訴え、それをどのような手段で具体的にいつまでに達成するのか、ここで勝負するしかないんだと思う。

前回の統一地方選挙(2007年4月)は、自分の事で精一杯だった。選挙の争点や焦点を考えることもなかった。他候補者との違いを訴える事もなかった。とにかく自分の事を一生懸命に訴える事しかできなかった。でも、この4年間ずっと田川を見てきた。自分が取り組めなかった事をどのようにして実現していくのかをずっと見てきた。丸9ヵ月となった福岡県議選。今度は、選挙の争点・焦点を有権者の皆さんに訴え、判断してもらいたいと思っています。



添田町議会議員選挙告示日

6月22日、添田町議会議員選挙の告示日。現職12人と新人4人の16人で定数13を争う激戦。有権者は9845人(6/2現在、町選管調べ)で27日投開票される。今日は、全陣営の出陣式・事務所激励に行ってきた。マスコミ報道関係も、あちらこちらの選対事務所や街角にいて少々驚いた。選挙戦になると、何となくテンションが上がってきて声も大きくなる。選挙カーに乗った候補者を見ていると、「ヨッシャ!頑張れ!」と大声で声援を送ってしまう。やっぱり選挙は盛り上がりが大事で、選挙最終日に如何にボルテージ(熱気)を最高潮に持っていくか、短い選挙期間であらゆる選挙戦術を駆使することが必要だと思う。町の選挙は、県議選と比べると範囲も狭いから、選挙カーも町内で小回りのきく軽トラや乗用車が多く、戦況に応じた対応が大事なんやなぁと感じる。それと全陣営を廻って、4年前の町議選と比べると、格段に各選対の関係者・後援会の方・支持者の人を知っているなぁとも感じた。そして気楽に話しかけてもらえるようになっていることに感謝せないかんと思った。本当に有難いことだなぁ〜と思う。

そう言えば、去年の今頃は、(6月30日告示)の赤村長選挙・村会議員選挙があり、僕は麻生太郎事務所に詰めていた。衆院選の時はいつも企画担当なので、立候補受け付けと、くじをを引き、選挙の7つ道具や証紙類を受け取りに県庁に行く。候補者の見えないところで、選対関係者のご苦労はよくわかっているつもり。選挙は1人じゃ絶対にできない。裏方で支えてくれるたくさんの人がいるからこそ、候補者は戦っていけるんだと思う。

 昨年の衆院選(2009.8.18公示日)麻生太郎総理のくじは2番を引いた。

 書類にサインして・・・



候補者は、様々な苦労を乗り越えて選挙に挑む。

「秀才は学問でつくられるが、人物は苦労してつくられる」 今日は一日、妻の両親と一緒だったのでいろいろと意見交換をしていた。4年前に、こんなブログ(選挙に立つことを決意してもうすぐ一年になろうとしているが、毎日のように妻の父と行動を共にし、こんなにも素晴らしい人が身近にいることに感謝している。妻の父を見ていると、これまでの人生経験、いろいろな壁につきあたり、幾度の修羅場を体験し、本当に大変な苦労を重ねてきている。人情もあり、自分が今日あるのは周囲の人に支えられたお陰だと感謝し、常に謙虚な態度を持ち続ける。決して学校や書物じゃ得られない。苦労は人物をつくるんだなぁと率直に感じる。)を書いていた。娘婿が選挙に出ることになり、”まさか”の連続の苦労人生にさせてしまった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。何の試練も挫折もなく人生を送る人なんて殆どいないと思うけど、選挙ほど過酷で周り(特に身近な人たち)を巻き込んだ取り組みというのは、そうそうないと思う。

明日(6月22日)添田町議選が告示される。人にはわからない様々なご苦労をされて、候補者の方々は戦いに挑んでいるんだと思います。何としても、この危機的状況を突破して、一丸となった街づくりに取り組んで頂きたいと存じます。選挙はとにかく頑張るしかありません。本当に頑張って下さい。



自分らしい生き方

大人になり年齢とともに、感情が表にでなくなってくるとは逆に、子供を見ていると、喜怒哀楽があって子供らしいくていいなぁと思う。自分自身の中でも人間関係の中でも、基礎となる部分は、この”感情”なんだと思う。家族や親戚、友人・知人、仕事仲間、近所付き合い、遊び仲間と、人間関係の中では、自分の心のありようを示さなければ、相手も心を開かない。農作物でも、日照り続きじゃ枯れてしまい、晴れた日だけじゃなく、雨による潤い、嵐による強い抵抗力、雲に包まれた穏やかさ、すべてが必要である。”感情”も同じようなもんじゃないのかな。

太陽のまばゆい光は、にこやかで積極的な気持ちにさせてくれる。困難な時にも笑顔で誠実に前向きに行動する大切さを学ぶことができる。梅雨のようにジメジメした時期も必要。つらい気持ち、悲しい時には大いに泣く。涙がつらさ悲しさを洗い流して心に潤いを与えてくれる。相手のつらさ・悲しみを感じられる自分がつくられる。荒れ狂う嵐のように、人間だから怒りや争いも起こる。でも、相手の悪口や誹謗中傷、攻撃する空しさを知ることができ、日頃からの平穏無事の有難さを感じることができる。

時間をかけて大切に育てた”感情”を素直に、相手のことを思いながら、下手でも失敗しても構わないから、自分の一番やりやすい表現方法であらわすことが大事なんだと思う。そして、受けとめてくれた人に感謝する気持ちを持つことなんよなぁ。子供たちの喜怒哀楽を見ていて、自分自身の僕らしい生き方があるんだと気づいた。



江藤泰之さん壮行会

 入社当時、NEC汎用機ACOS450のワークステーション

昨日(6月17日)飯塚市内で、麻生情報システムの江藤泰之さんが会社を退職し、新しいフィールドに挑戦するということで、ささやかながら壮行会をさせてもらった。昔話やこれからの活動に話が弾み、楽しい時間を過ごすことができた。思い起こせば、江藤さんとは長い付き合いと腐れ縁になったなぁ〜。昭和60年に麻生セメントに入社、情報システム部(筑豊電算センター)に配属になった。セメントシステムのオペレーションやシステム開発に従事した後、久山町にあった麻生高圧コンクリート工業のシステムを担当する事になった。ここのシステムの開発は、ソフト開発室に所属していた江藤さんが前職で取り組んでいて、僕が引き継いだ格好になった。富士通のシステムだったと思うけど、僕にとって訳のわからんシステム(???)で、久山から添田に帰宅するのが毎日午前様になっていた。平成2年に麻生セメント情報システム部とソフト開発室、飯塚病院電算室を統合し、衙秬絃霾鵐轡好謄爐悗汎販分社。会社の社運をかけてNECに出向になったメンバーが僕と江藤さんの2人だった。僕は当時26才、江藤さん35才の時やったんやなぁ。(若い!) そして2人で、当時第3次オンライン真っ最中の金融機関で仕事をすることになり、情報系のシステム構築を担当させて頂いた。今思えばいい勉強をさせてもらったと思う。

昨日もその頃の話で盛り上がったけど、江藤さんと一緒に銀行に出向していた時のエピソードがある。僕がまだ独身だったこともあり、
江藤氏 「神崎君、行員の女性の中でどんな娘が好みなん?」
神崎  「あの娘なんか感じいいですよねぇ〜」
江藤氏 「なるほどね」
何日かして、
江藤氏 「神崎君、今度の日曜日、嘉穂町でリンゴ村があるから遊び来んかい?」
神崎  「別に予定がありませんから、いいですけど」
そして、何も知らずにリンゴ村に行くとその彼女がいて、本当にびっくりした。江藤さんは、「それじゃ、あとは2人で・・・」と家族で別行動をとられ、結局その彼女と2人でリンゴ村を散策することになった。何せ、初めて話をするもんだから、自分のことをペラペラと喋り、「僕には、夢があるんです。」な〜んてことを言ったと思う。結婚なんて全然意識していない頃だったから、こりゃ〜その気になったら大変だと思い、実は江藤さんとの話でコレコレ云々と正直に話をして丁重にお断りしたけど、それでも誤解され傷つけたら大変だと思い、江藤さんを夜中に呼び出し、江藤さんからもきちんと伝えて下さいと話していた。その夜中に、僕の車の中で助手席にいた江藤さんに相談していたところを社員に見られて、あの2人は怪しいと噂になったりして・・・後でみんなで大笑いしたのを思い出す。

 前列左端(社内旅行の幹事)

自治体のシステム開発、県や国の案件等々で一緒に仕事に取り組み、僕が社長に就任した時には社長室長で支えてもらった。経済産業省の「教育の情報化推進事業」も「高齢者ECモデル事業」、「障害者支援事業」、「地域新生コンソーシアム」そして山田市情報通信整備事業(CATV)やe-zukaトライバレー構想もずっと裏方で取り組んでもらって、本当に助けてもらった。一つひとつを思い出すと、仕事上でもよき理解者だったし、ゴルフも遊びも人生の上でもいろいろな相談に乗ってもらってたんだと思った。江藤さんは、僕らには到底想像のできない、本当に辛い、悲しい不幸に遭遇されている。家で江藤さんの話題になり、その事を考えただけでも目頭が熱くなる。それを乗り越えられてきた生き方に、ただただ頭が下がる。これからも、どうぞご活躍されて、僕でまたお役に立つことがあれば何なりとおっしゃってもらえればと思っている。

 左3番目後列緑ジャンパー



自然食品で消化促進と疲労回復!

日中ずっと外回り(自転車・個別、家庭訪問)をしているから、顔と腕が日焼けで真っ黒になってしまった。夜は、懇親会や会合があったりと充実した毎日を送っている。それと、何よりの楽しみなのが、乾杯の後のビールの一杯。飲み会で、ジョッキで豪快に飲む生ビールもいいし、自宅で妻と二人で飲む発泡酒もいい。昼間の疲れがいっぺんで吹き飛んでしまう。ただし、飲み過ぎると翌朝に疲れがどっと残ってしまうので、午前様にならないように気をつけねば・・・

僕も妻もビール党。日本酒・焼酎、ウィスキーもワインも基本的には何でも飲めるけど、悪酔いをしてしまうので、できるだけビールオンリーになってしまう。キリン・アサヒともどちらでもいい。そういえば、新婚時代はバドワイザーを飲んでいたなぁ。子供もまだいなかったから、もっぱら外食だったため、家の冷蔵庫の中はすべてバドワイザーで他には何も入っていなかった。ビール太りだと言われるけど、ビールを飲んで太ることは絶対にありえないと思っている。僕以上に飲んでいる妻を見ていて実証済み。じゃなんで僕だけ太るのか?ビールが食欲を増進させるために、つい食べ過ぎてしまう、それと運動不足かな?ビールは麦とホップと水が主原料ですべて天然のものばかり。自然食品の代表といってもいい。昨日(6月16日)も今日(17日)も明日(18日)も懇親会が続く。天然の自然食品(ビール)で消化促進と疲労回復を行ない、明日への活力を蓄えている!



陽行(屋久島)からの手紙

お元気ですかだとさ。ぼくは、元気ハツラツオロナミンCだとさ。6/10プールビラキがあったとさ。そのプールは水温が低かったとさ、だけど、楽しかったとさ。みんなは、バタフライができないんだとさ、だからバタフライが泳げるのはぼくだけなんだとさ。その日の夜にカメの産らんをみたとさ、カメの産らんは始めてみたとさ、ほかの所にもカメがいたとさ、カメが産らんするところは、感動したとさ。それとホタルもみたとさ。いいきもちになったとさ。お母さんに後生の頼みがあるんだとさ。ぼくの友達の住所をしらべてください。

屋久島に行っている陽行(あきゆき小5)から久しぶりに手紙が届いた。近頃は、電話も掛ってこなくて、すっかり屋久島での生活にも慣れたんやろうなぁ〜と妻と話をしていたところだった。相変わらず、下手くそな字だけど、屋久島での様子や友だちの間で流行っているやろうなぁと思われる「・・・だとさ」言葉から、元気な姿が浮かんでくる。月末には、僕の母と妻の両親が陽行のため屋久島に行ってくれる。初めての屋久島であり、どんな所で生活してどんな学校で学んでいるのか見てくれる。陽行も楽しみのようで・・・あと1ヵ月で夏休み。よく頑張ったと誉めてあげよう。



候補者はみんな”韓信の股くぐり”

”病は口から入り、災いは口から出る” 言動には本当に気をつけねばと思う。訳のわからない噂話はどうでもいいけど、自分で発した言葉は、当然責任を伴うもの。自分の信念や想い・考えはしっかり持っとかないといけないけど、相手によっては、言葉は慎重に選ばないといけないなぁ〜と思っている。「腹の立つことは明日言え」とも言われるように、時にはグッと堪えて、”韓信の股くぐり”が大切。交渉事でもネゴシュエーションでも一緒。とっさの切り返しで一見その場を制したように見えることがあっても、相手が納得していない限り、一時しのぎにしかならないように思う。それでも、頭を冷やして考えて、どうしても言わなければならない、やらなければならない時には、覚悟の上で、”かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂” と吉田松陰の言葉に従うのもやむを得ないじゃないかな。

選挙に出馬する立場からすると、本当にいろんなことを言われたりする。嫌みや悪口、しょうもない他愛もない噂話。選挙に立った人は、きっと「何でここまで言われないかんとか」と思っているんだと思う。参院選も日程が決まり、まさに選挙モードになってきた。自分の持っている気力・体力・知力・財力・策力の限りを尽くして戦う候補者にもっとエールを送ってもいいんじゃないかと思う。



添田町の健康診断を受診する。

添田町の住民健康診断に行ってきた。大凡、会社に勤めている時の人間ドッグと同じ内容だった。(今日の受診料2,900円) 健康で長生きが多くの人の願いだと思う。高齢社会を健康で活力あるものにするため、生活習慣病などを予防し、壮年期死亡を減少して、健康寿命を延ばすことが大事なんだと思う。健康づくりは、結局は一人一人が正しい知識を持って、自らが自覚して、自分の意志で生活習慣を変えないと効果が上げらないんじゃないかと思う。麻生情報システムでは、医療系システムソフトの開発販売をメインで行なっていた。その主力ソフトの一つに「健康管理システム」があり、全国の医療機関だけじゃなく、民間企業や官公庁にも販路を広げていた。当時、妹(亀谷悦子)が麻生飯塚病院の健康管理センターで保健婦(師)をしていた時に、共同開発を行なったシステムであり、現場のニーズにあったソフトウェアだったんだと思う。これから、個人の力と併せて、社会全体としても、個人の主体的な健康づくりを支援していくことが重要になってくると思う。

今後、医療・福祉・介護サービス、予防的なヘルスケアー産業が大きく伸びてくる。高齢化とそれに伴う産業の振興では、筑豊は先進的モデル地域だと言っても過言ではない。住民のみなさんが健康で長生き、しかも新しい産業振興の突破口が開ける可能性が、ここ筑豊にはあると思っている。自然があり、食と農の推進、温泉で心も身体もリフレッシュできる。高齢化社会をピンチとみるか、それともチャンスにかえることができるのか、地域経営を任されている政治家のリーダーシップとマネジメントが益々重要になってくるんだと僕は思う。



「お前には、親父の気持ちがわからんやろう!」

「お前には親父の気持ちがわからんやろう!」 この言葉は父次彦が亡くなる2ヵ月前に僕に話した言葉だった。敏代お祖母ちゃんの実家(上毛町宇野)に日義お祖父ちゃんがつくったケヤキのタンスがあり、それを引き取ってトラックで運ぶから、お前も一緒に手伝えと言われた。昔のタンスだから古いけど磨けば立派になると話していた。僕は、「家のどこにそれを置くんかい?置く場所ないやん。」と答えると、「もういい!お前には頼まん!」と怒られ、「お前には、親父の気持ちがはわからんやろう!」「いいか!(タンスを)捨てることならんぞ!」と釘を刺された。

結局、親父は一人でケヤキのタンスを運び出し、添田町にある梶原家具店で磨いてもらい修繕してもらった。そして、平成11年11月10日お祖母ちゃんの実家の近くの豊前市で、JR架線に釣り竿で感電して(親父へ)・・・亡くなってから1ヵ月ぐらい経って梶原家具店から見事に蘇ったタンスが届けられた。僕は涙が止まらなかった。なんであの時、一緒にタンスを運ぶのを手伝わんやったのか、親父は僕に歯がゆい思いをしたやろうなぁ〜と悔やんでも悔やみきれなかった。家が類焼で丸焼けになったけど、タンスは30年前の裏の家に置いていたから大丈夫だった。

タンスを見るたびに、「お前(聡)には、(俺の)親父(日義おじいちゃんへ)の気持ちがわからんやろう!」とあの声が聞こえてくる。



熱を下げるには2通りのやり方がある。

人が失敗したり挫折したり落ち込んだりした時に、「何しよんかい!もっと頑張れ!」と悲しみから立ち直らせるやり方と、「辛かろうね〜わかるよ、そんなに無理せんでもいいから」と相手の心の重荷を下ろさせて立ち直らせるやり方がある。どっちが良いやり方なのかよくわからないけど、発熱した時に氷枕や冷えピタなんかで熱を下げるやり方と、温かくして汗を充分にかかせて熱をさげさせるやり方に何となく似ているように思った。時には、「何しようんか!そんなんじゃつまらん!」と叱咤激励も必要やと思うけど、人にはわからない挫折や失敗をした人には、悲しみを分かち合い、一緒に涙を流してくれる方が何倍も勇気づけられる思いがするんじゃないかと思った。

人生の転機となる大きな出来事を何の挫折も、波乱もなく、平穏無事に通過する人はごく稀で、自分の能力と努力だけじゃ、どうこうもならんことが人生にはたくさんある。顔で笑って心で泣いて・・・この気持ちをわかってもらえるのは、やっぱり家族しかおらんとよね。よく考えると、神崎妻はいつも悲しみを分かち合ってくれ、一緒に悔しがり涙を流してくれる。選挙に負けるというのは、こんなにも挫折感を味わい、大変で辛いものだとは思ってもみなかった。自分の痛みはよくわかるけど、なかなか人の痛みはわからない。人の痛みが少しでもわかるような人間になりたい、そう心がけたいと思っている。



県議選の選挙区と定数、見直し論議スタート。

福岡県議会は、6月定例会中に県議選挙区と定数見直しの具体案を検討する協議機関を設置するとしている。西日本新聞朝刊(6月8日)には、2005年国勢調査確定値で、議員1人当たりの人口(5万7385人)の5割に満たない鞍手郡、八女郡、三潴郡の3選挙区を、人口が少ないため隣接選挙区と統合する「強制合区」に当たると確認したとある。どの選挙区と統合するのか、それとも合併特例法に基づき来春(2011年)県議選まで従前の選挙区で実施するとした特例条例を適用するかは、これからの協議によるとした上で、議論は定例会閉会後に行なわれる見通しで、現在の市町村や郡の枠組みと一致しない15選挙区の区割り見直しと、定数(現88)削減を、9月までに議員定数条例改選案の可決を目指すという。実際、見直される選挙区は本当に大変だと思う。自分の足で(田川郡内)選挙区を廻ってみてはじめてその広さに気づく。田川郡ってとてつもなく広い、本当に広過ぎる。もし田川市までも選挙区になったりすると・・・考えただけで正直ゾッとしてくるから考えるの、やめよう。



気合は入るが、お金は出て行く。

選挙はとにかくお金と時間がかかる。事務用品から大量の印刷物、選挙グッズやプレハブ設置等々・・・だんだん選挙らしくなってくると気合が入ってくる。でも、その分、次から次へとお金が出て行ってしまう。世襲でもない普通のビジネスマンが政治の世界へ足を踏み入れるには、相当な覚悟と資金、それにパワーが想像以上にかかる。選挙に出る人は、何となく余裕のある人のように見えるけど、間違いなく僕の場合は、妻と一緒に貯めた預貯金で選挙資金を捻出している。今の生活基盤は、妻におんぶに抱っこ状態であり、家族にはたくさんの犠牲とリスクを抱えさせている。それだけ新人が戦うって言うのは並大抵のことじゃできない。仮に高い志を持った有望な方がいても、なかなか踏み切れないんやなぁ〜と思った。本当に巻き込んでしまった家族や親戚、地域の人たちに感謝しないとバチが当たる。

でも、僕には利害関係や組織に縛られない利点があるだと思っている。僕の選挙体制、一部の利権や組織丸抱えじゃない。しがらみのない選挙ができるからこそ、新たな県政の潮流を起こしていけるんじゃないかと思っている。県民・地域本位の、慣例にとらわれない政策を立案・提案していけるんじゃないのかと思う。「地盤、看板、かばん」の3バンが不可欠と言われるのが選挙。でも実際、サラリーマンはその一つを準備するのさえ難しい。僕には3バンがなくても志がある。気力・体力・勇気があれば戦えるんだということを、これから政治家を目指そうと思う若い人のためにも頑張らねばと思っている。



上田川ライオンズクラブ〜家族例会in門司港レトロ

6月6日(日)、上田川ライオンズクラブの年に一度の家族例会が、門司港レトロの奥にある伯翠庵(はくすいあん)で行なわれた。久しぶりの持ち出し例会でもあり、自然豊かな山間の爽やかな風が吹き抜ける料亭で、まずはゆっくり深呼吸したくなるような場所だった。門司港レトロは、確か3年前に免許更新(小型船舶操縦免許2級特殊)に来て以来だったように思う。舟で唐戸市場にも足を運び、ちょっとした小旅行のような気分も味わえた。本年度のライオンズクラブも6月末で終了。7月からはまた新たな組織体制で奉仕活動を実践していくことになる。本年度はライオンテーマをさせて頂きながら、上田川ライオンズクラブだけじゃなく田川ライオンズクラブ・下田川ライオンズクラブ等々の他のライオンズクラブの皆さんとも、ガバナー公式例会ボーリング大会等で親交が深まり、本当に有意義な1年だった。感謝、感謝!本当にありがとうございました。

 ガバナー公式例会(2009.10.14)

 下田川ライオンズクラブ主催ボーリング大会(2010.2.8)



候補者(当事者)になると見える(わかる)こと

6月5日(土)、今日は香春町の後援会(支持者)の方々と一緒に地区の挨拶廻りをさせて頂いた。10時半待ち合わせだったので、大任町経由で自転車遊説しながら香春町に向かった。個別訪問は地域の人と一緒に廻るのが効果絶大。やはり票に結び付くのは個別訪問(ドブ板選挙)以外にないんじゃないかと思う。時間はかかるかもしれないけど、実際に一人ひとりと対面で挨拶し、かつ(顔馴染みの人の)紹介があれば確実に票につながっていく。そして、一人だけの紹介じゃダメで、何人もの人の紹介で何度も訪問することが大切なんだと前回の選挙でよくわかった。それではじめて確実な票になっていく。

だから、どなたが応援して頂いているのか、知人に依頼して下さっているか、廻っていると、必ず「〇〇さんから頼まれてますよ」と話をして頂けるので、候補者になるとバンバン情報が入ってくる。今日も僕の知らないところで、地元を中心にどんどんまわって下さっている支援者の方の話を聞いた。本当にありがたいことで本当に感謝しなければと思う。

選挙は本当にやってみなければ最後までわからないんだと思う。「頑張って下さい。」と言われても、投票してもらえるかどうかわからない。親戚や知人を紹介してもらったり、一緒に同行してもらうと確実になっていく。何となく有力者の方から支援をもらえると大きな票になるような錯覚に陥るけど、どんな人でも一票しかないのが現実。(実際当事者の僕でさえ一票しかないわけであり・・・) そうは言いながらも、選挙とは大きな流れをつかみながら、地道な活動に徹していく、この基本中の基本を制した人しか当選できないわけで、改めて険しい道のりなんだと痛感している。

一生懸命に一軒一軒廻るとよくわかる。様々な人間関係や繋がりを知る事ができる。人はいろんな(親戚・地元・仕事・・・等々)関係の中で、生活や暮らしをしているんだとなぁと改めて気づかせてくれる。だからこそ、本当に難しい。見えないところまで見えてくるんです。

とにかく選挙は頑張るしかありません。ガンバッて、がんばって、頑張り抜くだけなんです。



理念・信条なき野合政権の果て

そもそも民主党と社民党とは、最初から憲法問題、外交・安全保障政策等に関する基本的なスタンスがあまりにも違いすぎていて、連立が空中分解するんじゃないかということは、最初から言われていた事。民主党と社民党の連立はまさしく野合であって、連立離脱はだれもが予想していたことであり、不思議なことじゃなかったんだと思う。過去の歴史からもわかるように、急ごしらえでつくった合意は、簡単に崩れ、理念・信条なき野合は、瓦解へと進み、社会主義的な政策は、必ず崩壊へと向かっている。民主党の失敗は、選挙のための理念なき野合政権に走ってしまったことじゃないかと感じる。社民党は、国の安全保障を左右する問題について、現実的なプランを道筋立てて実現させる事がなぜ主張しないのか?反対するのは誰でもできる。代替案を提案すべきだと思う。民主党の中にも、理想論に終始し、具体的現実論を持たない社民党と決別して良かったと思っている人も多いと思う。主義主張・理念を掲げて競い合っている政党同志が、選挙のためだけで協力をするのは、もう止めてもらいたいなぁと思う。いつも振り回されるのは、生活者であり、有権者であり、国民になってしまう。「国民のため」といつも政治家は言うけど、「国民の立場」になって考えてほしいと僕は思う。

それにしても鳩山首相の県外・国外移転とはなんだったのかという気がする。普天間日米共同声明で辺野古の原案に戻ったことはあまりにも沖縄県民を愚弄している。いたずらに沖縄県民の期待感をあおり、当初移転を支持していた沖縄県知事まで巻き込んで、慎重な立場に転向させ、どうして鹿児島県の徳之島の住民まで翻弄させてしまったのか。本当に鳩山総理の罪は大きいなぁと思う。



号外!鳩山首相退陣、小沢幹事長も辞任・・・

6月2日鳩山首相が辞任表明。民主党両院総会で、5月31日、6月1日の小沢幹事長との会談を紹介しながら、鳩山首相が「私も引きますが、幹事長も恐縮ですが、幹事長の職を引いていただきたい」と述べて幹事長辞任を求めたと会見していた。6月1日の会見では、「国難に立ち向かっていく。」と語っていたのに、最後まで場当たり的発言だったなぁ。よく思い出してみると、”政治と金””普天間問題迷走”だけじゃない。”高速道路無料化の新料金設定が頓挫””北教組問題””暫定税率廃止を廃止””子供手当の財源不足”等々・・・ここまでマニフェストが違ってくると・・・

鳩山首相じゃ戦えないという選挙目当てで、表紙を変えたら良いと言うものじゃないと思う。鳩山首相も野党時代に自民党が選挙前に差し替えるやり方を批判してきただけに、”衆議院を解散・総選挙で国民に信を問う」必要があると思うけど・・・

それにしても、1993年の細川・羽田政権の時と重なる。細川政権も小沢一郎氏の2重政権と言われ、”政治と金”の問題も佐川急便事件だった。細川政権迷走も消費税3%を国民福祉税7%にするという唐突な発表で社会党が距離を置いたのもよく似ている。そして、突然の細川政権の退陣と羽田政権(64日)時での社民党の政権離脱。

歴史は繰り返されるというけど・・・



BBIQ秋吉新社長おめでとうございます。

今日から6月、6月1日は麻生の創立記念日で、麻生飯塚ゴルフ倶楽部でコンペが行なわれ、いつも参加していたなぁ。今日新聞を読んでいると、BBIQ九州通信ネットワークの秋吉さんが社長に就任したという記事が一面に掲載されていた。秋吉さんとも長いお付き合いになるけど、何とも人の人生というのはわからないなぁ〜。早速、「祝社長就任」のメールを送信したら、直ぐに「お礼」の返信が返ってきた。秋吉さんのお陰で、昨年11月5日より光ブロードバンドサービス「BBIQ(ビビック)」上で、電報サービス(e-denpo)を提供してもらっている。でも、秋吉さんとは、麻生情報システム時代からの付き合いだから長いお付き合いになった。添田町の情報通信インフラ整備が昨年から実施されていて、BBIQ光ファイバーケーブルの加入も順調に伸びているという話だった。ブログに何度も書いているけど、ITを駆使して生活の質を上げ、21世紀にふさわしい地域社会(あるいは個人の情報発信)を構築し、地方に仕事を持ってきて、産業を転換させていくかが、僕にとっての大きな課題であり、使命だと認識している。これまでの箱物行政でお荷物となってきた施設が地方にはたくさんあるが、これを有効活用できないものか?ファシリティマネジメントの考え方を取り入れ、新産業創出と雇用創出に取り組めないものか。光は既に敷かれている。機密保持が難しい都会じゃできない事業を過疎地域だからこそできる事業だってある。地域社会にとって大きなチャンスになっていくんじゃないかと思う。BBIQもソフトバンクもNTTも人脈も構想もたくさんもっている。街づくりにいかしていきたい。

2010/06/01 19:45


妻、育子47才誕生日〜想い出のアルバム

5月31日、今日は、妻、育子の誕生日。子供たちは塾や学校で、いつものような夕食だったので、誕生日祝いが出来なかった。今度、休日に家族で食事に連れて行こう。プレゼントもなかったので、メモリアルアルバムをパソコンでつくった。喜んで笑ってもらえるかな?ちなみに神崎さんの奥さんはこんな人です。↓
妻〜神崎育子 その1
妻〜神崎育子 その2
妻〜神崎育子 その3

僕と育子の不思議な縁!?



添田小学校春の運動会

5月30日(日曜日)、添田小学校運動会が開催された。今年は、添田町内の3中学校が統合され、中学校でも2学期から給食になるということで、添田小学校の給食センターを夏休みに改修工事するということ。それでいつもだと9月下旬の運動会が、今日になったということだった。素晴らしい天気に恵まれ、子供たちも素晴らしい演技と競技を見せてくれた。きっと1学期で連休明けで時間のないなかでの練習だったと思うけど、例年にない気合が入った運動会だったように思った。長女が高2だから連続11年の添田小学校運動会の観戦だけど、プログラムの組み方や段取り、他学年合同での迫力ある演技といい、笑いあり涙あり感動ありで、本当に素晴らしかった。特に、川中島の騎馬戦は感動だった。3番勝負最後の大将戦の騎馬戦は、一瞬で涙が溢れてしまった。横を見ると妻育子も泣いていて、周りを見回すとみんな感動で泣いていた。本当に素晴らしい演出だった。屋久島に留学している5年生になる陽行(あきゆき)の来年が、今から楽しみでもある。2年生になった誉行(たかゆき)も一生懸命に頑張っていた。学校の先生の頑張りがよく伝わってきた運動会で、とても満足した。お疲れさまでした。



6月27日添田町議会議員選挙

添田町議会議員選挙が6月22日告示、6月27日投開票される。今日、添田町議会議員予定候補の家を廻って、祈必勝とメッセージをお届けしてきた。何の肩書もなく恐縮だけど、是非添田町のために頑張って頂きたいという想いと、少しでも僕の知名度が上がればという自分勝手な願いでお届けした。町長へのリコール運動や百条委員会そして町議選と、ここ1ヵ月間、添田町内での自分の(選挙)活動は、まったくできていない状況だったので、本当に久しぶりの添田町だった。候補者宅だけじゃなく、いろいろまわったきたので、何となく町の動向を感じる事ができた。町議選は本当に厳しい選挙戦になると思う。僕の場合、戦わなければならないのは県政でのフィールドであり、町政はそれぞれの陣営に応援して下さっている方がたくさんおられるので、どこの陣営にも顔を出させてもらわないといけない。

町政は今二つに分かれていると言われているけど、”和を以て貴しと為す” 町民のために町政のために、和を大事にしながら舵を切ってもらいたいと思う。世論の意見をしっかり聞き、あくまでも主体的に協調していきたい。人にへつらわない真の強さを身につけたい。

2010/05/29 21:29


中学生、遊ぶ暇(時間)がないくらいがいい。

5月28日は颯行14才の誕生日。夜、家族でお祝いをする。1年はあっという間に過ぎてしまい、年月の過ぎるのは早いなぁ〜。背もグンと伸びてきて、一時ツンケンした態度になっていたけど、近頃は大人になってきたというか、かなり穏やかな顔つきと態度になったなぁ〜と思う。毎日、部活動と塾やスイミングスクールに遊ぶ暇(時間)がないくらいがいい。来年になると受験の年、誰しも通らなければならないハードルが待っている。今しかできない部活(バスケット)や運動にも力を入れ、勉強との両立に頑張れよ。

今日は福智町まで自転車遊説をしてきた。途中、個別訪問したり企業廻りをしたり・・・自転車に旗を立てているもんだから、ちょっと迷惑かなぁ〜と遠慮していたけど、案ずるより産むがやすし。結構、うけてくれて喜んでもらえる。道行く人や田植えをしている人、買い物客、ゲートボール場等々、人を見かけたら名刺を配っている。どれだけの効果があるかどうかわからないけど、知名度を上げるためには何でもありかな。



アイデンティティを持つことの大切さ

何度かブログでも書いたんやけど、今の時代は戦国時代と明治維新(幕末開国時代)の危機が同時に襲っちょうような状況やなぁ〜と感じる。この変革の時代、政治にしても経済・景気・雇用にしても、この閉塞感何とかならんもんかいな。いや、国や行政に何とかしてもらいたいと思っちょったらダメやな、自分たちが地域や国に何ができるんかを考えんといけん。人にはそれぞれの役割と使命があるんやと思う。僕には、何としても田川の新産業創出に向けた取り組み、その役割と担っていきたいち言う思いが強くある。

こういう時代やからこそ、”自分にとって何が大切なんか”ちいうアイデンティティをきちんと持っちょかないかんと思う。政治を志したからには、地域社会・組織の一員としての自覚を失わんで、”田川を良くしたい”ちいう地域に対しての帰属意識を強く持つこと。その中で自分なりの自主性を発揮せんといかん。選挙をすると、実にいろんな人たちがおられる。僕を見る目も千差万別、誹謗中傷・批判されたり悪口を言われても構わない。僕には、”大切なもの”があるから、実現できるまで、達成できるまで、希望を持ち続けること。そのことに誇りを持ちたいし、どんなことがあっても絶対に譲っちゃならんと僕は思っちょう。

結婚する時は、価値観の一緒の人じゃないとダメ。な〜んて言う人がおるけど、そんな異性はまずおらん。違う価値観をお互いに認め合うことからしか結婚生活は始まらんとじゃないやろうか。教育(人材育成)も一緒やと思う。一人ひとりが種類の違う一本一本の木なんやと思う。そうき、親や先生、指導者の価値観の枠の中にはめこんじゃつまらんとも思う。人はいろんな可能性を秘めちょうから、どういう木に育つかは自分の意志であり、周りは誤った方向にだけいかんように手を添えることにあるやないかと思う。田川、筑豊、福岡の将来を背負う人材をたくさん輩出せないかん時代やからこそ、自分自身のアイデンティティを持つことができる風土が大事。

諸先輩方には若輩者を温かく見守って頂ければと思っているんです。



Ustreamで居酒屋トークが面白い!

携帯電話の調子がよろしくない。バッテリーが悪いのか、修理に出さないと使えないなぁ〜。いっその事、iPhoneに変えれというメッセージかも・・・昨日、自宅で夕食時にUstreamでライブ配信を試しにしてみた。Twitterでライブ中継中とつぶやいただけなのに、短時間で106人から視聴されていた。妻との他愛もない会話だったけど、予告しておけばもっと多くの人たちに見てもらえる可能性があるんだと思った。途中、Twitterのフォロアーの方から、「時代はiPhone、iPadです。」というメッセージや「iPhoneからUstreamのライブ配信出来ますよ。 」とリアルタイムにアドバイスをもらった。

3年前に長崎でRubyビジネスコモンズのドリコム・ノックの後に、居酒屋トークで東京‐福岡‐長崎3元中継をパソコンで行なっていたけど、iPhoneで行なえる時代になるとは・・・今日もPencil-tvで福岡IT飲み会が行なわれている。飲み会の場所にいなくても、一緒に飲んでいるような、そんな錯覚さえ覚える。ITは常に進化・深化・真価している。田川をもっと楽しく面白く・・・飲み会もオープンの時代になってきた!



大胆な取り組みと繊細な気配り

午前中は、川崎町内個別訪問で情報交換と挨拶廻り。午後から添田中学校体育祭に妻と一緒に出かけていた。日曜日の体育祭が中止となり、順延となり今日火曜日の体育祭となった。颯行(はやゆき・中2)の部活動紹介(バスケット部)と応援合戦そしてオールリレーの観戦。中学生にもなれば迫力も出てきて見応えがある。2時間弱の短い時間の観戦だったけど十二分に楽しめた。

選挙活動の方も、自転車遊説から個別訪問へと変わってきた。7月には添田町議会議員選挙や参院選があるので、辻説法や街頭演説等は控えて、邪魔にならないように心掛けないといけない。本当に選挙は、大胆な取り組みと繊細な気配りが大切で、(他の方の)選挙の期間中は、陣営の方々は神経を尖らせているから、十分に配慮しないと誤解を招いたりする。結果、自分の選挙にも影響を及ぼすから、選挙戦はできるだけ水面下での活動をしようと思う。人間関係が一番難しいものが選挙なんだと思う。過去のしがらみ、地縁・血縁、候補者本人もさることながら誰が応援しているのか等々、それが複雑に絡み合ってくる。地元田川で支持・応援して下さる方々、様々な意見をお持ちの有権者の方々の想いを考えながら、じわっじわっと穴をくり貫いていくような、迷路をくぐり抜けていくような・・・そんな心境で今活動をしている。



歴史は繰り返される。

企業の価値は、売上の大きさや資本力や社員の数じゃなくて、永く存続していくところにあるんだと思う。生き残るためには、常に変化し続けなければならない。ダーウィンの進化論じゃないけど、生き残るのは、”強いもの”でもなければ、”賢いもの”でもない。”変化できるもの”なんだと感じる。”強いもの”は強者がゆえに成功体験に浸り、自信が過信となり変化に疎くなりがちになる。過去の成功体験が足かせになっているからじゃないかと思う。政治も、地域が求めるニーズが時代と共に変わって来ているのに、そこを理解せず、過去の成功体験にこだわるために、打つ手がすべて裏目に出てしまっている。

国も企業でも、これまで中枢にいた人たちでは、変化に対応できないんじゃないのかなぁ〜、何の改革もできないんじゃないのかなぁ〜と思う時がある。強くもなく、賢くもなくないけど、小回りがきいてスピード感を持っている中小企業やベンチャー、地方の政治家や経験がないからこそ自由な発想が出来るこれからの政治家が、改革の担い手になれるんじゃないのかなぁ〜と思ったりしている。

「龍馬伝」じゃないけど、長く続いた江戸幕府の中枢にいた人たちは経験を持っている事が不利に働き、何も改革できなかった。維新の中心は20代の浪人であり、土佐・薩摩・長州など江戸から遠く離れた田舎のサムライであった。歴史は必ず繰り返される。

 龍馬伝〜故郷の友よ

 「いいか、武市はなぁ、もう覚悟してるよ、友達だと言うんだったら、遠くから見守ってやるしかねぇ」「日本のため、日本の将来のため 大いに働いてもらうために 弟子にしたんだぜ」「かわいい弟子をここで殺されてたまるか!」



伯父さんからの電話、田川農林高校同窓会で話題に・・・

昨日、親戚の伯父さん(昭和11年生まれ)から電話があった。田川農林高校同級生の同窓会で僕の話題になり、「みんなに頼んじょったきの!」と酔っ払って上機嫌の様子だった。先日、伯父さんの同級生の方と一緒に飲む機会があって、きっとその話題にもなったんだと思う。自分がいないところで僕の話題で盛り上がってもらえて、とても嬉しい。その伯父さんは、40年以上田川市役所に勤務していたから、前回の選挙時には田川市関係を中心に一緒に廻っていた。田川市は選挙区外だけど、それこそいろんな繋がりがあるから、田川市から田川郡の有権者の方に声をかけて頂いたりした。

田川農林高校は、亡くなった父(昭和8年1月生まれ)も同窓生であり、田川地域には本当に田川農林高校(鎮西同窓会)同窓生の方が数多く活躍されている。だから選挙になると本当に大きなパワーやなぁ〜と思った。父の同級生の方にも尋ねて、支持のお願いに行ったり、一緒に同行してもらったり、田川農林高校同窓生の皆さんには本当にお世話になっている。平成19年(2007年)3月で田川農林高校は閉校になり、現在の田川科学技術高校に統合されている。母校が閉校されるとは、同窓生の皆さんにとって、本当に残念でならなかったんだと思う。前にブログ(2010.3.16)にも書いたけど、田川郡から県立高校が(2つも)なくなるとは、地元選出議員の責任は極めて大きいと僕は思う。田川市郡一体となり、郷土田川の均衡ある発展に取り組むんであれば、田川市内に県立校を集中させることが本当に必要だったのか?今さらどうしようもないと思うけど、今後の勉強のためどんな経緯で移転先が決定されたのか、確認したいと思う。

郷土への想いも、同郷・同窓生・同級生が集まれば、もっと熱くなる。それがまたエネルギーにもなり、同窓生の絆にも繋がる。田川高校岳陽同窓会33期で、昭和55年3年生の時に甲子園出場を果たした時代。3年後には当番期がやってくる。郷土のためにも熱くなっていきたい。

前回の得票は見るまでもなく、地元での得票が大きい。それに、日野県議も冨原県議も、地元田川の県立校卒じゃないけど、やはり現職というのは選挙戦になると本当に強い。均衡のとれた県政を目指すためにも、県からの田川地域への振興策をどんどん提案できればと思っている。そのためにも、何としても選挙という壁を乗り越えなくては・・・高校3年間、本当に楽しかった。僕には”田川が大好き”という地元意識が誰よりも強い。

 

2007年統一地方選挙(西日本新聞より)
●田川郡(2−3)
▼冨原 茂昭(とみはら しげあき)63社 現1
党支部代表(川崎町福祉健康課長)川崎町、西日本経理専門学校
▼日野喜美男(ひのきみお)74自 現2
社会福祉法人理事(赤池町長、町職員)福智町、鞍手高定時制中退
▼神崎 聡(こうざき  さとし)44無 新
元会社社長(県情報サービス産業協会理事)添田町、日本大


2010/05/23 21:34


4年前そして4年後〜先が読めないから先を読む

4年間という時間は本当に長い。これまでの経験と人脈を生かして、政治というステージの場で、地域や社会に貢献しようと志を立てたけど、選挙というハードルを前回は越えることができなかった。「4年間なんて、あっという間じゃない!」と言われるけど、この4年間、世の中は信じられない出来事がおこり、環境もゴロっと変わり、4年前には誰も想像できなかったことが次から次へと起こっている。悲観的になっても、楽観的に考えても、機会を喪失しかねないから、先は読めないかもしれないけど、5年後10年後の自分なりの将来ビジョン・将来構想を持って、そのために今何をしなければならないかを考えていきたいと思っている。

4年後、田川地域が、それこそ全国的な高齢化社会の先駆的モデル地域として確立され、発信できている地域になるためには、住民の皆さん、商工業・農林業の人たちと行政が協働で街づくりを進めていかなくてはならないと思う。そのためには、基本的な考え方や理念を共通にイメージした田川の将来像に対して、一緒に行動していく必要があり、それができれば永続的な地域活性化につながるんじゃないかと思っている。地域のSWOT分析をしっかりして、田川が抱えている弱みを克服し、ポテンシャルの高い強みを活かした政策に取り組む事が何より大切。その分析を踏まえ、基本的考え方・基本理念を共有していくことがとても大切なんだと思う。県政は、市町村の枠を超えた広域的・横断的な施策になってくる。特に民間や外需へのアプローチも大切な役割だと思っている。以下の4点に集約してみた。これを具体的に4年間で取り組むためのアクションプランを設定し、誰がいつまでにどのような実施方法でやるのか、そのための予算づけが必要だと思う。

々馥發里匹涼楼茲茲蠅眸しく安全で、高齢者となっても就労意向やNPO或いはボランティア等活動意欲が非常に強い。
田川に住んでいる住民の皆さんや他県からの訪問者が、福岡や北九州よりも、田川の存在を誇りに思える実力と個性と品格を持つ「故郷たがわ」づくりを目指している。
9馥201号・322号線を軸として、住民の皆さん、田川地域の来訪者が快適な行動をとる。そのためには公共機関とそのアクセス、ターミナルの整備は不可欠。322号全線開通となれば、田川住民の利便性ばかりか観光都市へ一気に機運が高まっている。
と展するアジアや世界に向けたゲイトウェイの整備。特に福岡県立大学を核とした医療・福祉・介護・健康産業創出特区としての外国人・留学生の交流は、人材・知的資産を培っている。



福岡県議会〜区割り見直しと定数(現88)削減

福岡県議会が19日、臨時議会を開いて、新議長に田中秀子県議(48)を選出した。全国都道府県議会で初めて女性の議長就任という。副議長には、朝倉郡区の林裕二県議(59)・福岡県農政連委員長が選出された。副議長に選出された林裕二県議は、前回選挙前の添田町民会館で行なった激励会(平成19年2月3日)にも駆け付けてくれいる。

そして、来春の統一地方選で改選される県議会は、市町村合併に伴って、現在の市町村や郡の枠組みと一致しない15選挙区の区割り見直しと、定数(現88)削減を、9月までに議員定数条例改選案の可決を目指すという。福岡県議会は、2004年合併特例法に基づき2007年県議選を従来の区割りで行い、次期県議選(2011年)まではそのままとする特例条例を可決していた。新たな選挙区を決めた後に、各選挙区の有権者数を基に新たに定数を決められると思う。北九州市など複数の選挙区で定数減となって、一部選挙区は増員になる見込みという。久留米市内なんかは「久留米市」「浮羽郡」「三潴郡」「小郡市・三井郡」の4選挙区が混在しているし、飯塚市・嘉麻市・嘉穂郡桂川町も見直されると思う。

今日は田川市内を訪問していた。田川郡区が選挙区になるけど、田川市は企業が集積しているし、親戚や様々な関係の方々が田川市におられる。田川市も後援会組織っていうか緩やかな”こうざき聡を応援する会”をつくったらどうかと言われ、いろんな方に相談に伺いアドバイスをもらった。来春はないと思うけど、いつかは田川市郡が一つの選挙区になるかもしれないし、広域的取り組みや新産業創出・企業誘致等の雇用創出やそのための人材育成を考えた時、田川市抜きには考えられない。勉強会というかたちで立ち上げができたらなぁ〜と思っている。選挙はいろんな繋がりがあるから、田川郡だけ廻ればいいというわけじゃない。田川市はもちろん、飯塚市・嘉麻市・嘉穂郡、直方市・宮若市・鞍手郡・みやこ郡・行橋市・朝倉郡等・・・周辺地域まで廻らないといけない。福岡市や北九州市の企業訪問もしないといけない。本当にゾッとするけど、でもこれが議員になった時に必ず役に立つ人脈になるんだと僕は思っている。



自転車遊説から個別訪問へシフト

だんだん各町村・各地域ごとの組織も立ちあがってきて、支持者の方に連れられて個別訪問する機会がグンと増えてきた。夜の懇親会も増えてきて、やっと選挙モードに入ったなぁ〜という感じになってきた。自転車遊説しながら、辻説法が選挙の基本だったんだと感じつつ、やはり票を掘り起こしていくためには、紹介してもらったり、有権者の皆さん一人ひとりと会わないと票に結びつかないのが現実。

本当に選挙って言うのは残酷な戦いやなぁ〜とも思う。特に、サラリーマンは仕事を辞めて戦わないといけないし、少なくとも知名度が全くなければ、名前と顔を覚えてもらうだけで、1年以上は確実にかかってしまう。いや2年も3年もかかる。そして2度・3度・4度と何度も訪問し、やっと、「それで当選して何をしたいの?」と本題に入り、票に結びつくかどうかの土俵に上がらせてもらえる。どうしても時間をかけないと信頼関係は築けないし、築いても一瞬にして崩れるのもまた選挙なんだと思う。国政の場合、風によって投票行動が大きく左右されるけど、町政や県政の場合、風なんて吹かないし、地盤をきちんとつくる以外方法は今のところないんじゃないかとも思う。

それでも、前回の同じ時期に比べたら、格段に知名度も出てきて、支持の広がりにも確かな手応えも感じてきている。決して油断することなく、若さとパワーで一気に来春まで突っ走りたいと心の中で誓っている。



地域を変える政策提案能力と実践力

田川地域が自立できていないと言われるのは、あまりにも中央に依存しきってきたからなんだと思う。石炭からセメントへと地域の資源を最大限生かしながら次の産業が育成できなかったのは何故か。地方がどうしようもないぐらい疲弊しきっちょんじゃないかと本当に思う。地方経済を活性化させ、繁栄させるため、どのような方策をとるべきなのか。

世界一効率的で、世界一平等で、全国一律に政策を推し進めた中央集権では、もう地域のニーズに応えられない。霞が関依存のやり方で地域を発展させていくこと自体、もう無理なんだと誰しもわかってきた。総務省や経済産業省等に仕事で行っていたけど、地域の実態がわかり、アイデアや構想を持っていたのは間違いなく僕らの方だった。権限とお金さえ委譲すれば立派な経営ができる思う。だから、これから求められる地域のリーダーとしての政治家の資質は、中央からほどこされる限られたパイを奪い合うことじゃなくて、如何に需要を創出して他地域と競えるかということになる。雇用確保のための新産業創出という地域の将来ビジョンがとても大事なんだと思う。世界から人・お金・情報・企業(産業)を集積させるためには、どういった構想で、それを具体的にどのように達成していくのか、政策提案能力を持った政治家の役割と責任は本当に重いと思う。日本を変える原動力は、地方を変えられる政策提案力と実践力しかないんじゃないのかと僕はそう思う。

国は外交・防衛・通貨・司法に特化してもらい、教育や医療・福祉、雇用・産業促進といった身近な問題は地方に任せてもらいたいと思う。それだけ地方の責任、とりわけ地域経営を任せられる政治家の責任は重い。そして、政治家を選ぶ地域の有権者の皆さんにも責任が伴ってくる。だから、具体的な政策提案能力とそれを達成させるための具体的手段をきちんと有権者に訴えないといけない。



iPhoneで生ライブ中継(ただ漏れ)をしてみたい。

落合小学校は、修学旅行ということで、土曜日だけど妻は一日普通授業で学校に出勤していた。という事で、末っ子の面倒を見ないといけなかったので、午前中、川渡り神幸祭に連れて行っていた。福岡県の5大祭の一つで、午後からは11台の山笠が勇壮に彦山川を渡るんだけど、それまで時間もなかったので、露店で焼鳥やはし巻きなんかを子供と二人で立ち食いしながら、少し祭りの気分を味わってきた。Twitter(http://twitter.com/kouzakisatoshi)で、画像だけアップしていたけど、iPhoneで簡単に生ライブ中継(ただ漏れ)できたら、喜んでもらえるかなぁと思いながら、でもiPhone持っていないし・・・田川で電波が立たないところが結構あるから、ソフトバンクももっと基地局(中継局)を増やさないダメやなぁ〜。でも、今度携帯の機種変更する時には、iPhoneに絶対にしよう。

携帯からTwitterに投稿したURL(http://twitvideo.jp/01FNH)(http://twitvideo.jp/01FK7)(http://twitvideo.jp/01FJS)(http://twitvideo.jp/01FIj

夕方から添田町の支援者の方から糸田町に住まわれている親戚の方を紹介してもらった。だんだん支援者の輪が広がってきている。ゆっくり話ができると、これまでの経験と人脈で、僕が何をしたいのか、何ができるのか、そのための具体的な手立ての話が出来るからうれしい。そんな会話の中で、僕の人柄なり人物を知ってもらえれば、有難いなぁと思う。これから各町村・各地域で小集会を頻繁に開催して頂ける。一軒一軒個別訪問して”お願いします”と挨拶しても、自転車遊説したり辻説法しても、なかなかじっくり聞いてもらえないから、膝を突き合わせる座談会がいい。何より親近感がわいてきて、ポジティブな話になれるのがまたいい。そんな座談会の様子も、iPhoneで生中継できれば面白いのになぁ〜!



いよいよネット解禁(Twitterはダメ?)。今さらながら・・・

公職選挙法改正でインターネット(ホームページとブログの更新)を利用した選挙活動が解禁される。これだけインタネットがメディアの一つになっている社会で、しかも候補者との双方向が可能なコミュニケーションツールとして活用されているにも関わらず、いまさらながら・・・っていう感じやなぁ〜。ただ、Twitter(ツイッター)や電子メールの送信は、誹謗中傷の懸念や候補者になりすましの恐れがあるとして見送られると言う。選挙になると、今でもネガティブキャンペーンや対立候補への怪文書の流れたりするから、やはり健全なネット利用をするための法整備はきちんとしておかないといけないとは思うけど・・・ところで、ツイッターとブログの違いって何なのか?僕の場合、ホームページ(HP)の中にブログのコンテンツがあり、ツイッター投稿も自分のHP貼りつけているから、これは違反になるのかどうなのか? 結局、”公職選挙法に抵触する疑いがある”という何とも歯切れの悪い回答になるような気もする。何か、時代にマッチしていないというか、制度や仕組みが時代に追いついていないなぁ〜と思う。大切なことは、有権者が候補者の生の声を聞いて、それを投票行動に結びつけるような制度・環境をつくるようにしていくことが求められるんだと思う。

日頃からの情報発信している政治家の皆さんにとっては、選挙期間中の武器になるには違いないと思う。選挙戦になると宣伝カーに乗って、名前の連呼と握手が主流であり、地縁血縁で投票をするというのが実態。本当にこれで良いんかなぁ〜と正直に思う。リーフレットを見ても、同じような政策(選挙公約)になりがちで、これじゃ誰に投票すれば地域が良くなるのかがわからない。候補者自身が日頃から情報発信することで、政策や主義主張、人柄・・・いろんな面が見えてくる。国政・地方の現職議員は無論のこと、候補者の皆さんが、”私は何がしたいのか” ”私だったら何ができるのか” ”他候補者と比べてどこがウリなのか” をしっかりと発信しなければならないと思う。それが、公人としての務めのような気もする。

まだまだ地方はネット環境のインフラが遅れていて、情報格差は広がる一方である。地方こそ、ネット環境のインフラを整備する事で、医療・福祉・介護それと健康等の身近な暮らしの中で、「利便性が良くなったなぁ」 「お金もかからないようになったねぇ」 「コミュニケーションがいつもとれて楽しくなったばい」 と高度情報化を実感できる地域社会にしないといけないと思う。

僕の選挙区は福岡県議選田川郡区。ホームページもない、ブログも発信していない議員が、どうやって情報化時代に対応した地域づくり、街づくりを推進できるのかなぁ〜と率直に感じている。もしパソコンが不得意とか、意欲はあるけど、どうしたらいいのかわからないと言った首長さんや市町村議会議員の方がおられたら、是非勧めさせてもらいたいと思います。誰でも簡単にホームページが作れ、ブログも簡単に発信できますから、是非、勉強会を開催させて頂ければと思います。その中で、街が情報発信することで、様々なビジネスチャンスが生まれることを体感してもらえれば、きっと田川はよくなると思います。



人にへつらわない真の強さ

山本父(山本徳孝)を傍で見ていて、あんなふうに寛大さと、もの柔らかさを持ちたいものだと思う。無道な目にあっても決して仕返しをしない。和を大事にしながら、といって大勢に流されたりしない。見せかけの強さは真の強さじゃないんだなぁ〜と教えてくれる。かたく志を守り、人にへつらわない、そんな真の強さを身につけたいものだと思う。今日(5月11日)twitterで書いた孔子の中庸の思想。孔子は、「中庸は最高の道徳的価値」だと言っている。世論の両極端の意見をしっかりととらえ、中間の意見を程良く採用する。中庸の道に合った政治とは、いつも心のバランスがとれていることである。中庸とは「偏らないこと、変わらないこと、中庸は天下の正道であり、天下の定理である」と説いている。 筋を曲げないということはいつの世も難しい。人間関係をよくすることをすすめながら、自説を曲げてはいけない「和して同せず」という故事にもあるように、孔子は主体的な協調と無原則な同調との違いを説いているんだ思う。企業経営でも、馴れ合いの”同”から、活力の”和”の集団へ変わるために何をなすべきか、競争力のある集団へ変貌を遂げるためには、馴れ合いからの脱却をはからないといけなかった。いろんな意見を拝聴しながら、でも、”流れに従い、流れに任せず” 自分の考えをしっかり持って、決して「同じて和せず」とならないような生き方を心がけていきたいものだと思っている。



リンカーンの言葉と目黒のさんま

添田小学校5月号学校通信”夢をはぐくむ”に、太田亮一校長先生が書かれている「知恵と夢と」を読んで考えさせられるものがあった。

リンカーンの言葉に次のようなものがあります。
「私がもし、木を切り倒すのに8時間与えられたなら、6時間を斧を研ぐのに費やすだろう。」
リンカーンが、いかに準備を大切にしたかを表した言葉です。そして、派手に斧をふるうところに目を奪われがちな人間に、地味に斧を研ぐところこそ肝心だと諭しているのでしょうか。
大切なことはこの言葉を知識とするのか知恵にするかです。この言葉をただ知っているだけが知識で、自分の生き方に照らせたとき知恵となり、生き方が変わってきます。
将来のために、いやな勉強を我慢してしなさい。こういうスタイルの学習は「画竜点睛を欠く」学習で、知恵が身につきません。勉強で発見や感動、面白さや喜びを味わえた時に知恵が身につき、昇竜のように伸び、夢がはぐくまれていくのです。
今の日本には、知識があって知恵なしという場面が多く見られます。学ぶとはどういう事か、根本的に問い直す時期がきたということではないでしょうか。今こそ、夢と知恵につながる学習を積み重ねて行かなくてはなりません。

妻と二人で読みながら、太田先生らしいなぁ〜と話していた。先日、太田亮一先生・辻眞作先生と一緒だった時に、”目黒のさんま”の話題になった。
秋の一日、殿様が、家来をつれて、遠乗りにでかけた。昼近くになって、そのころはまだ江戸の郊外だった目黒についた。殿様お腹がすいたというので、家来がさんまを焼いていた家の主人にたのんで、昼食をごちそうになる。殿様は生まれてはじめてさんまを食べた。空腹の時に、脂ののったさんまを食べて、殿様は大満足した。
殿様は、さんまの味が忘れられず、お城から出かけた時に、「何かお好みのお料理はございませんか。なんなりとお申し付けくださいませ。」と家老に言われ、さんまをリクエストした。はじめは家老はわからなかったが、いろいろ調べてわかったので、さっそく日本橋魚河岸から最上等のさんまをとりよせたが、このように脂の多いものをさしあげて、もしもお身体にさわっては一大事というので、十分に蒸して、小骨なんかは毛抜きで丁寧に抜いて、さんまのだしがらのようなものをつくりあげた。
「殿、御注文のさんまです。」
「なに、これがさんまと申すか、ばかに白いではないか、たしかもっと黒くこげていたように思ったが・・・」
「いいえさんまに間違いありません。」
「さようか、どれどれ、う〜んこのにおいはまさしくさんまじゃ、これさんまよ、恋しかったぞ。」
殿様がひとくち召し上がったが、ぱさぱさのさんまはおいしくなかった。
「これがさんまか?」
「御意。」
「ふ〜ん、このさんま、いずれよりとりよせたのじゃ。」
「日本橋魚河岸にござります。」
「あっ、それはいかん、さんまは目黒にかぎる。」

学習の一番おいしいところは、発見であり感動である。それこそが一人ひとりが持っている学ぶ力の源だと思う。”リンカーンの木を切り倒す言葉”も”目黒のさんまの話”も、学ぶ力を身につけるためには何が大切なのかを考えさせてくれる。一番努力しなければならないところ(楽しみな、おいしいところ)を省いたんじゃ、何にも身につかないし感動もない。



地域が一つになれる神幸祭がある。

今年も添田町神幸祭が始まった。5月の第2土・日曜日で今日から2日間の行事。僕の地域は、上添田財団区の須佐神社神幸祭(添田東・添田中・添田西)であり、毎年恒例の祭典終了後にお下り巡行行事で添田西から添田中を御神輿と子供御神輿・子供山笠で添田小学校裏のお旅所まで練り歩いた。地域が一つになれるって言うのは、祭り(神幸祭)しかないのかなぁ〜としみじみと感じる。添田町はリコール運動で大きく揺れているけど、祭りは行政の押しつけじゃないし、全員で支え合い、助け合う地域の伝統・文化の継承とコミュニティによって成り立っている。地域の素晴らしい伝統や文化を受け継いでいくこと、当たり前の事を当たり前のように伝えていく。そのことがとても大切なんだと思う。この伝統や文化が継承されている限り、添田町は必ず一つになれるんだと思う。今年は添田東子供会は4家族が引っ越しで転入されたので、一気に子供たちの数が増えた。やっぱり子供が多いと活気が出てくるなぁ!明日も皆さん、頑張りましょう!



”人を見る目を養う”ことの難しさ

今日からまた活動再開。5月1日〜5日まで田川に居なかったので、地元の方々と情報収集・交換をしたり、アポイントが入っていた人にお会いしていた。基本的に、お会いできる人たちは信用のおける方であり、親身になって相談できる人たちでもある。それでも十人十色、同じ相談に乗ってもらっても、違った考え方、アドバイスも様々で、どのご意見もとても参考になる。最終的な判断は自分の責任で行なわなければならないから、一度決断した時はブレたり優柔不断になったりしない。「競って争わず

”政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。” byマックス・ウェーバー「職業としての政治」

学校の試験にはすべて正解がある。でも、実社会には正解というものはない。100人いれば100人に対して同じ事を一生懸命に説得しても、最初からその気がなかったら逆に反発を買う。最初からノーという人に時間を使いすぎると、いくら精神力が強くても自己嫌悪に陥ってしまう。本当に協力して下さる方、支援して頂ける方を見極める目が大切だと思う。
4年前に選挙に出ようと決心した時、麻生ちかこ夫人から一通のお手紙を頂戴した。「決して無理や背伸びをせず、気負わず、力まず、多くの人に会って自分を知って頂くと共に、人を見る目を養い、本当に信用できる協力してくださる方を一人でも多く作ることが大切です。」 いつもずっと心配をし、親身になって下さり、何とお礼を申していいのか、本当に感謝しなければと思う。
今、本当に”人を見る目を養う”ことの難しさを実感している。



宿題は、真っ黒に日焼けして帰ってくる事!

5月の大型連休も終わり、久しぶりのブログ更新になった。テレビや新聞報道もまったく見れなくて、携帯(ソフトバンク)も繋がらない地域だったので、世の中何が起こっていたのか?空白の5日間、まったく浦島太郎状態になっている。屋久島の陽行(あきゆき)も4月最初に比べると、かなり元気なっていて、これなら大丈夫!何とか乗り越えてくれそうだった。いつもは一泊二日で屋久島に行くんだけど、今回は二泊三日と余裕があったので、シーカヤックしたりシュノーケリングでサンゴの熱帯魚を見たりと、陽行との時間もたっぷりとれた。里親さんともゆっくり飲め、途中からは親戚の方も来られて、屋久島活性化についての論議に夜遅くまで花を咲かせた。颯行(はやゆき)が3年前にお世話になった里親さんの家にも、夜遅くお邪魔して本当に盛り上がった飲み会になってしまった。全然知らなかった屋久島の地域の人たちとの飲ミュニケーション、子供たちだけじゃなく僕ら親にとっても、何にも代え難い素晴らしい出会いだと心から感謝している。僕らとの別れ際で、何となく寂しさを見られたくなかったのか、わざと素っ気ない態度をとっていて・・・陽行がちょっとひと回り大きくなったような気がした。
父からの宿題を忘れないように・・・「宿題はたった一つ、真っ黒に日焼けして帰る事!」
夏休みなったら添田に元気よく帰っておいで!



”あっきー”に会いに行く

4月も今日で終わり。陽行(あきゆき・小5)が屋久島に”かめんこ留学”して1ヵ月になる。最初の一週間は、泣きながら電話をかけてきていたけど、里親さんや学校にもなれたのか?近頃はまったく電話もかかってこなくなった。何とか乗り越えたのかなぁ〜・・・とにかく、踏ん張りどころの1ヵ月は乗り越えてくれた。電話で約束した通り、明日(5月1日)陽行に会いに行くために、今から添田を出発する。久しぶりの”あっきー”やから、本当に楽しみ。でも、また帰り際が寂しくなり、それを考えると涙が出てくると育子は既に涙ぐんでいる。

 4月3日・4日の時の様子

今回は、里親さんのお宅で食事を一緒にさせてもらうようにしている。その日は、里親さんの家のすぐ近く永田の牧旅館に泊まり、翌日はホテル縄文に宿泊。前にもブログで書いたけど、ホテル隣の創作料理「隠れ家」という居酒屋がとても美味しい。誉行(たかゆき)は、ここの「やけどしちゃうぜ、お茶漬け(しゃけ)」がとても好きだという。それはともかく、二日間の短い時間だけど、陽行との時間を大事にしたいと思う。

屋久島は、街づくり・人づくりを学べる原点のような気がしている。僕の選挙公約の1つに新産業創出による雇用創出を掲げている。ITを活用した観光産業、環境産業そして健康産業の新たな3K産業ビジネスに取り組む構想を打ち出している。これを実現するためには何より人材育成、教育が重要だと認識している。田川の3K(過疎化・高齢化・公共事業依存)からの脱却への一歩が新3K(観光・環境・健康)にプラスK(教育)なんだと僕は思う。

子供たちが大人になり、姉兄弟で屋久島を語るようになった時、屋久島をヒントにした新3K産業の話題で語ってほしいなぁ〜と思う。いや、きっと語らんやろうなぁ〜。それでも、屋久島は子供たちの第2の故郷になっていくんだと思う。

2010/04/30 16:33


妻、育子がいたからこそ、選挙に出れたんよなぁ〜

選挙は本当に周囲に迷惑をかけてしまう。地域の多くの人たちを巻き込み、友人・知人そして親戚縁者・家族とすべてに影響を及ぼすよなぁ〜。自分の決断が、他人の人生まで変えてしまいかねないから、本当に申し訳ない気持ちにもなってくる。特に妻や両親は、どうしてこんな試練が待ち受けていたのかと、口には出さないけれど、心の中で嘆いているんじゃないのかなぁ〜と思う。だからこそ、僕には家族への責任があるんだと思っている。何としても、家族を守らないといけないと・・・そして、家族を守れない人に地域を守れるはずがないと、自分に言い聞かせている。
妻の仕事に対しての生きがい、やりがいも大事にしてやりたい。僕には、自分への責任、家族に対しての責任、地域社会への責任、そして国への責任があるんだと強く思っている。基本的に、公人としての政治家を目指しているんやから、この4つの責任をきちんと果たしていくことが何より大切なんだと認識している。

最初に選挙に出ようとした時も、まず妻に相談し二人で決めた。あの時(平成17年9月20日)、二人とも選挙の本当の大変さ・厳しさがわかっていなかったんだなぁ〜と今になって、そう思う。それでも、よく理解してくれているから有難い。もし育子から反対されていたら、きっと選挙なんて出れなかったんじゃないかなぁ〜。当然だけど・・・いつだったか、育子に「選挙に出るとは思わんやったやろう」って聞いてみたことがある。そしたら、「何となく政治や選挙が好きやから、いつかそうなるんやないかなぁ〜て思っちょった。」と言われたことがある。まぁ、結婚生活の中で以心伝心で気持ちがわかっていたとしても、生活がガラッと変わる政治家を目指すとは、お互いやっぱり想像出来んやったなぁ〜。

育子とは、決して順風満帆な生活ではないけれども、乗り越えないといけなかった壁を共に乗り越えてきた良き同志だと心から感謝している。



競って争わず

政治家というのは、危機的状況にある時に、「これが敵である」と味方に示し、それに対抗する形で,味方の結束力を高めていく。選挙戦でも、敵をつくって味方を固めるという手法をよく使う。戦いが終われば、敵を囲んで味方を増やしていくやり方をするんだと思う。自分の選挙を有利にするためには、多くの支援者の一致団結が必要だから、これは有効な戦法なんだと思う。ところが、しがらみが絡んでくると、自分の選挙戦でもないのに、(自分の)選挙に影響を及ぼす出来事が突発的におきたりする。選挙で失敗した政治家をみると、自分の支援者が敵味方に分かれるような、(自分じゃない)人の選挙(問題)に顔を突っ込み過ぎて、支援者が離れてしまったという事例が結構ある。政治家(政治家を志す人)は、基本的に自分の主義主張を有権者の皆さんに訴えなければならない。当然、旗色(態度)を鮮明にしなければならない時が多々あると思う。

1年後、自分の選挙戦を控えている。いろんな選挙や予期せぬ出来事がり、様々な環境下にあって、もし支援してもらえるはずの人から応援してもらえない状況になったとしても、今はいかに敵対心を持たれないようにしていくかに注力しなければならないんだと思っている。僕自身が選挙を戦う本人であり、選挙参謀も兼ね、事務局も今はすべて一人でやっている。すべての判断を自分でしなければならないけど、今はただただ自分の選挙の事で精一杯なんです。

”競って争わず” 競わなければならないのは対立候補であり、僕の場合、他のところで争っていては勝利なんて到底覚束ないと思っている。僕がやらなければならないのは、これまでの人脈と経験で差別化できる政策で競い合い、地元に大きな利益をもたらすことだと強く思っている。国政じゃできない地域の将来ビジョンや地域の課題解決に取り組みたい。市町村じゃできない広域的な取り組み、特に民需や外需へのアプローチに真剣に取り組んでみたい。
なかなか想いが通じないところは、すごく反省していますが、是非、地元田川の皆様のご理解とご厚情を賜りたいものだと思っています。



人との出会いがスケールを大きくする(ジョン万次郎)

龍馬伝が第2部に入り、ますます面白くなってきた。昨日(4月25日)の第17回は「怪物 容堂」という題であったけど、人斬りに疑問を持ち始めた伊蔵、容堂の底知れぬ恐さ、一心に攘夷運動に傾注し富を気づかう武市、一途なお佐那様の龍馬への想い、おとぼけキャラの弥太郎とそれぞれが激変していく時代にあって、違った境遇で時代を生きている様子が面白い。その中でも、オープニングの前のジョン万次郎との出会いが一番興奮した。黒船に乗り込み無邪気に大はしゃぎに興奮している龍馬がいい。子供のように全身で喜びを表現している龍馬がいい。ジョン万次郎から、アメリカの“大統領”について知る龍馬。そして、民が入札(いりふだ)で”大統領”を決め、国の行方を決めるという仕組みに驚く。そして、そのアメリカから日本のために帰ってきたという万次郎。ジョン万次郎の生涯も波乱にみちた人生であり、万次郎がいなかったら、明治維新はどうなっていたのかわからないんじゃないのかと思う。またジョン万次郎との出会いが、龍馬をスケールを広げたんじゃないのかなぁと思う。
1853(嘉永六)年、ペリー提督は四隻の軍艦を並べて、江戸幕府に開国を迫った時、幕府はあわてて、土佐にいる万次郎を江戸に呼びよせた。その時の筆頭老中が阿部正弘で、万次郎は、「アメリカは日本と貿易がしたいだけで、開国をして、西洋と外交を持つべきである。日本は近代化をしなければならない」と意見している。きっと万次郎は、アメリカやヨーロッパ、それにアジアの国々を見てきていたから、日本のおかれている立場が良く分かっていて、はやく文明国の仲間入りをすることが日本にとって、いちばん利益になることだと思っていた。
1860(万延元)年、万次郎は、勝海舟や、福沢諭吉とともに、通訳として、咸臨丸に乗るよう、幕府からの命令を受ける。嵐の吹き荒れる中、咸臨丸が無事に太平洋を横断する事ができたのは、一等航海士だった万次郎がいたからだと言われている。
アメリカから帰って来ると、万次郎は幕府に命じられて、小笠原諸島に行き、島の外国人たちに、そこが日本の領土であることを認めてくれるように交渉にあたっている。また、薩摩藩に招かれて、近代的な海軍を作るのに力を貸したりと、その活躍はいろんなところに向けられ、日本の近代化と、外国との交流に力を注いでいる。


それと、お佐那様との別れ・・・激しく打ち込み合う龍馬と佐那。最初に出会った時に比べ、とてつもなく強くなった龍馬に、涙を流しながらお佐那様は、“本当に、強くなられましたね。いざという時は、きっとその腕が、あなたを守ってくれることでしょう。” 何か切なくもあり・・・”この9年、私は坂本さんのことを、ずっと待っていました。私は、やっぱり、坂本さんが好きだったんです。わたしはもう、誰の嫁にもなりません。これからも、剣一筋で生きていきます。私は幸せです。だって、坂本さんは、ここにいるのですから。”
世の中、いつの時代も、どうにもならない恋があるんですね。



子供は親の言う通りには育たない・・・親のする通りに育つ

日頃は、わりと年配の方と会って話する事が多い。人生経験が豊富で地域の実情なりをよくご存じなので、本当に地域にとっての財産だなぁ〜って思った。今日は、選挙(政治)活動を休止し、子どもたちの学校(添田小・中学校)の授業参観とPTA総会に出ていた。学校行事に参加すると、いつも思う事やけど若い保護者の多い事。普段、年配の地域の人たちとしか会っていないから、皆さん知っている人ばかりだけど、こんなにも若い人がいるのかとびっくりする。そして、子どもたちも確実に大きく成長しているなぁ〜と感じる。今日学校長が良い言葉を話してくれた。「子供は親の言う通りには育たない。親のする通りに育つ。」 まさにその通り!

4人の子供を育てながら、何となく”教育とは何ぞや” ”人を育てるには何が大切なのか” と自分なりの考えを持てるようになってきた。子供は親の真似をして、生き方を学んでいく。真似る事が学ぶことの始めなんじゃないのかと思う。親も「育児」そのものが「育自」であり、子供を育てていくのと同時に親自身が育っていくもんだと感じてきた。だから、親が育てば、子も育つんだと思うようになった。

今、僕自身、子供たちの教育に対して反省している事は、誰かと比べたりしてきた”競育”をしたんじゃないのか、怒ったり叩いたりして少々恐がらせた”恐育”したんじゃないのか、今すぐできるようなれと要求した”今日育”だったんじゃないのか、親の意志を強いてきた”強育”・親の狭い了見を押しつけた”狭育”だったんじゃないのかと反省することばかり・・・後悔先に立たずやなぁ〜。でも、今日の授業を見ていると末っ子の誉行(たかゆき・小2)の天真爛漫さが何とも愛らしくもあり、4人の子供ともそれぞれ自分の道を一生懸命に歩んでいるんやなぁとうれしく思った。

地域の将来を担う子供たちが、未来に希望を持つためには、子供たち自身が将来ああなりたいなぁ〜と思える大人の背中が必要なんだと思うんです。



何の実績も成果もあげていないのに・・・

今日は夕方17時から、”こうざき聡”赤村後援会のミーティングがあった。資料は昨日のうちに作っていたので、朝9時から田川郡内を自転車遊説をしようと出かけた。添田町→川崎町→田川市→糸田町→福知町(金田)と自転車に乗りながら、辻説法や街頭演説もこなしながら遊説していた。車から手を振ってくれたり、自宅や職場から外に出て追いかけてくれたり、泣きながら握手をしてくれたり、差し入れをしてくれたり、事務所で梅茶をご馳走になったり・・・まだ何の成果もあげていない僕みたいなもんに・・・そう思うと感激し、感動してしまった。ちょうど金田小学校手前の頃から雨足が強くなり、近くの公民館(コミュニティセンター)で雨宿りをしていた。結局、1時間近く待っていたけど、降り止まず仕方なく添田まで帰ろうと思った。帰路の途中で「神崎さ〜ん」と呼び止められた振り返ると、下田川ライオンズクラブのライオン倉石だった。事務所で温かい飲み物を頂き、帰りには「寒かろう」と言って、雨がっぱと手袋を頂いた。何とお礼を申していいのか、本当にありがとうございました。皆さん、本当に本当にありがとうございました。自転車で遊説しても、街頭で演説しても、多くの人にお会いしても、僕のお願いばかりで、地元には何の実績も何の役割も果たしていません。でも、いつの日かきっと期待に応え、成果を出し、恩返しができるように頑張っていきます。それまで、どうか温かく見守って下さい。本当に皆様には感謝・感謝・感謝であります。

 糸田町までは天気は良かったんですが・・・

 倉石さん、カッパ本当に助かりました。

2010/04/23 23:34


前回の選挙活動と比較して・・・

前回選挙活動と比べて、どのくらいの反応なのか進捗状況なのかを確認しながら進めている。正直に言うと、知名度も反応も格段にいい。前回、反省しなければならなかったところがたくさんあったから、同じ轍を踏まないようにし、各町村ごと後援会組織と活動の準備や前回できなかったことを今エネルギッシュに取り組んできている。選挙は、これまでの経験・知識・人脈・人情・地域・親戚等すべてを集約した活動だから、やはりこの4年半の活動、いや来年までの5年半の活動は、僕の人生48年間の集大成であると思っている。そして、それが成就出来た時には、それ以上のパワーとエネルギーを地域のために注いでいきたいと心から思う。そのためにも油断することがないように一所懸命に頑張っていきたいと思う。ここが踏ん張りどころ!

皆さん、今の現状を見て下さい。国も地方も制度疲労と申しますか、すべてが疲弊し切っていて、何がどうなっているのか?どういう方向に進んでいくのかという将来ビジョンもありませんし、世の中がバラバラになってきているような気がしてきます。いったい誰のための政治なんでしょうか。これからの日本、そして地域を担っていく若い人たちに、どういう日本を創っていくのかという基本となるものが伝わってきません。激動の時代、変革の時代だからこそ、主人公はそこで暮らしている住民の皆さん一人ひとりなんじゃないでしょうか。

わたくしは、地方の底力の集合体が日本なんだと思うんです。ですから、この閉塞感を打破し、日本を再浮上させるには、どうしても地方の底力にかかっているんだと思うんです。世界で成功しているのは、国でじゃなくて地域なんです。私たちの生活が良くならないと国家も良くならないんだと思うんです。

この先何が起こるかわかりませんけど、わたくしたちは、歴史や伝統・文化を継承し、地域を見直し、産業を見直し(創出)によって底力を発揮しなくてはと思っているんです。中央集権から地方分権へと今時代が大きく流れているんだと思うんです。



国も地方も大きく揺れている。

今、国も地方も制度も仕組みも大きく揺れている。「政治と金」の問題・普天間移設問題・景気対策等に対して、一体どうなっているのか不透明で全く見えてこない。そんな閉そく感からか、みんなの党・たちあがれ日本・日本創新党・地域政党(ローカル・パーティ)大阪維新の会等と新党ラッシュなのかタケノコのように出てきている。参院選を夏に控え、民主政権じゃ国益を損なうばかりで、このままじゃ日本が本当にダメになってしまうという想いからなんだと思う。本当は、自民党内から分裂してゴタゴタするんじゃなくて、民主政権内から大きな声があがり、民主党内の志ある政治家が袂を分けないと、この閉塞感は打破できないんじゃないのかと思ったりする。

地方はどうしようもないくらい疲弊している。日本創新党や大阪維新の会が立ちあがったのも、国に頼っていたんじゃ、地方自治で重要な福祉、医療、教育、安心・安全等に係る住民サービスが向上していかないからなんじゃないのかなぁ。地方も同じように、「政治と金」の問題や度重ねる汚職問題、雇用・景気対策等で何とかしないといけないというのが多くの皆さんの気持ちじゃないのかなぁと思う。

添田町も大きく揺れている。昨日(4月19日)、福岡県町村会による贈収賄事件で、山本文男町長にリコール(解職請求)手続きが開始された。(西日本新聞) 添田町内では山本町長の続投の署名活動やビラが配られている。これでリコール運動の署名活動が始まると町が真っ二つになってしまう。前にもブログで書いたけど、選挙は無記名での投票で、誰に投票したかどうかわからないけど、署名活動になると記名だから、添田町民の皆さんにとってはもの凄く酷な選択を迫られることになる。

本当に大事なことは、日本がより良い国になるためにはどうすればいいのか。どうすれば元気で住みよい街になれるのか。僕らはそんな原点に戻って考えなくてはと思う。高齢化社会を迎え、お年寄りの方々が安心して暮らせ、夢と希望を持って次の世代が支えていける地域社会を築ける視点が今必要なんだと痛感している。



ネット選挙

ネット選挙運動もようやく本格的になってくる。今度の国会で公職選挙法を改正して、政党と候補者のホームページやブログを選挙運動に利用できるようなる。ただし、電子メールは、なりすましや誹謗・中傷などが監視できないとして、解禁を見送るとして、Twitter(ツイッター)については今後検討していくという。ネット選挙の解禁で、日本の政治は大きな転換期になると感じる。かなり遅かりしの感は否めないけど、有権者と双方向のコミュニケーションも可能となり、本当の民主主義に近づけるんじゃないかなぁ〜と思う。演説を動画配信することもできるし、他候補者との違いもじっくり比較もできる。何よりネット選挙になると、従来のビラ等の紙情報と違って、情報量が圧倒的に多くなり、時間・場所・生活スタイルに関係なく自由に検索できる利便性は図りしれない。それと、お金がかからないツールとしても、候補者にとっては大きな武器になる。

デメリットとしては、情報の真偽を見極める難しさがあると思う。それと候補者にとって都合の悪い発言・履歴はすぐに削除されてしまう。有権者が候補者に対して正しい情報を得られるかという危惧もある。それと大きいのがデジタルデバイド(情報格差)の問題。有権者の情報リテラシーの向上をいかに高めていくのかがとても大切なんだと思う。

正直、ネット社会になっているのに、それが公職選挙法が追いついていないのが現状なんやなぁ〜と思う。Twitterについては今後の検討ということにだけど、なし崩し的になっていくと思う。後援会組織にしても、今後SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を取り入れたやり方が普及してくるんじゃないのかと思っている。動画(ビデオ映像)のyoutubeだけじゃなく、ライブ中継もブログの中に取り入れられてくるんじゃないのかなぁ〜。これから選挙運動なり政治活動は、ネット社会とともに進化してくると思われる。そのためにも、毎日のブログ更新が大切であり、一朝一夕にはコンテンツ(情報内容)はできない。僕のサイト、こうざき聡”夢からはじまる” も日々進化し、もっと深化させて、皆さんから真価を問われているんだという気持ちで頑張ります。 



ブレたり優柔不断にならないためには・・・

僕は常に新しい試みに挑戦し続けてきたと思っている。会社でも新分野、新規事業そして新たなマーケット(お客さん)に果敢にチャレンジしてきた。反対されたり、大きな壁にぶち当たって挫けそうになっても、何とか説得したり、一つひとつ壁を乗り越えてきた。成功を信じてやるとか、失敗したらどうしようかとか、そんな精神論を言っても始まらなかったから、「最悪の場合こうなるだけで大した問題じゃない」とある意味開き直って取り組んできた。これを僕がやらなダメなんや、失敗したっていい、僕じゃないとできない仕事なんだと腹をくくっていた。

腹をくくるとは、最悪の結果になった時のことで、もしそうなったら、僕は自分の行動を予め決めておくようにしている。予め決めておく事で、ブレたり優柔不断にならないようにしている。日頃は臨機応変さが何より大切であるけど、腹をくくるとは、難局の時でありここ一番の時だと思っている。ここ一番っていうのは、人生の中でもそんなに数多くはない。だから、その時に自分がとるべき行動を予め決めておくことが僕は大切なんじゃないのかなぁ〜と思っている。

そして最後の拠り所は、家庭であり家族。家族があればこそ思い切った仕事ができてきたんだと僕は思う。だから、妻とは本当に”同志”のような関係なのかもしれないなぁ〜。これまで何度も厳しい事業、厳しい環境や状況、厳しい災難にも見舞われてきた。そんな時、妻にはいつも「最悪の時は、こうしよう」と予め話し合ってきた。当然、最悪の結果にならないように、予めリスクを回避したり、人を見る目を養う努力もしてきてはいるんだけども・・・

まぁ、新しい事にチェンジしたりチャンレジしようとするっていうのは、何の保証もなく、明日への後ろ盾がないのと同じ。「何とかなるやろう!」と開き直って、楽観的に考えないとやっていけないところもある。事ここに及んでは、難問にぶち当たる星の下に生まれた実践的先駆者だと思い、「“失敗”の経験こそが最大の成功だ」と明るくポジティブに考えようと思う。次回選挙は、僕の人生にとって絶体絶命のピンチであり、本当に難局であり”ここ一番”だと僕は思っている。



えっ!本当なんですか?

現職議員になると、実に様々な陳情や依頼が来ると思う。今でもいろんな人から頼まれる事があり、自分の知識や経験そして人脈で解決している。解決出来る時は良いんだけど、解決が困難な時は、何の障害でそれが滞っているのか、どうすればクリアーできるのか、解決するためにどのような条件が必要なのかを粘り強く取り組んでいる。有難いことに、政治家も行政機関も民間企業も、結構チャネルを持っていて、いろんな人に相談することができるから、何とか処理できている。それでも、いろいろ手を尽くして、どうしても出来ない場合も、きちんと理由を説明し、依頼された人に納得してもらうように努力している。ここが大切なんだと思う。

今日は田川郡内をいろんな方に連れて行ってもらい個別訪問していた。現職議員の話題にもなり、僕へのリップサービスかもしれないけど、かなり現職議員の批判をされていた。陳情や依頼も、何一つ取り組んでいないし、「それはできない」と言って最初から話も聞かない。出来るできないは別として、まずきちんと話を聞いて、県政に反映させてほしい。何のための県議なのかと言われていた。

”本当なんですか?” ”いくらなんでもそれはないでしょう。”って思った。個人的な依頼だけじゃなくて、公の要望もそうだと言われるから、ちょっとあきれてしまった。

本来、県議会議員の役割は、住民の皆さんや地域、自治体からの要望を県・国に届け一つでも多くの要望を県政に反映・実現していくことにあるんだと思っている。もちろん、その要望が地域や県全体の利益になることが前提である。またいち早く、国や県の施策や様々な情報を地元自治体・地域・住民にわかりやすく伝え、理解してもらい、それをどう地域に発展につなげていくかを自ら考え行動していくことにあると思う。現職議員は、日頃から地域住民の皆さんや地元自治体、企業・団体の多くの人たちと接点を持ち、情報を集め、要望を聞いて、地域ニーズを把握していくこと。そして国・県・市町村そして議員の人たちとの情報や意見交換を通し、政治力をつけることにあるんじゃないかと僕は思う。それをしないんだったら、何のために政治家になったのかなぁ〜?あの苦しい選挙を誰のために戦ったのかなぁ〜?とても不思議な気がしてきた。

政治家にいつもまつわる、政治とカネ。選挙は、本当にお金がかかる。でも、報酬のための政治家だったら何の魅力も感じないなぁ。

”財を残すより人を残せ” ”金持ちより夢持ち” 今の僕には何の力もありませんが、選挙で勝ち政治家になれた時には、きちんと役割と責任を果たしていくことをお約束します。



1912年4月15日〜タイタニック号沈没

子供たちが大きくなり、映画館に行く機会もつくるようにしてきたけど、10年前までシアターで映画を見ることなんてなかった。同級生から「泣きながら生きて」という映画が上映されていて、観終わったあと外に出れなかった。涙が乾かないのです。と書いてあった。僕が一番感動しあた映画は、1997年に上映された「タイタニック」だった。実は映画館で観たのではなく、翌年、学校の先生たちと一緒にヨーロッパ(イギリス・スイス・イタリア〜太田・八隅・小峠・中山・神崎)に旅した時に、行きの飛行機の中でビデオ放映されていた。もちろん、英語バージョンだけど、もう涙が溢れて来て止まらなかった。終了後、後ろの席を振り返ると八隅先生も目を真っ赤にして泣いていた。何度か、タイタニックの事を、このブログでも書いてきた。(2010年には)(ハインリッヒの法則)(船場吉兆問題を対岸の火事にしない) それは、映画「タイタニック」は、氷山があってぶつかるかもしれないという忠告を無視して、人命よりも船長やオーナーの名誉を優先させてしまい、今、僕らの周りにも同じような状況にあるんじゃないのかと思ったから・・・どうしても、映画のシーンと同じ状況に政治も経済も直面しているような気がしてきて・・・

ヨーロッパから帰国して、すぐに妻育子と二人で、飯塚シネマセントラルにタイタニック(字幕)を観に行った。もちろん、育子は号泣していたが、どうも僕が飛行機の中で見た字幕なし英語バージョンとは内容が違っていた。自分勝手に解釈していたようで、本物の内容は内容でまた感動してしまった。1912年4月10日に出港、4月14日23時40分〜15日2時30分沈没までの人間模様っていうか、ジャックとローズの偶然の出会い、そしてタイタニック号の運命が切ないというか、胸が苦しくなってくる。

海に投げ出されたジャックとローズ、流されてきた木の扉にローズを乗せて、震えながらジャックが言った、
「君はこんな状況から抜け出して・・・生き続けるんだ」
「子供をたくさん産んで・・・彼らの成長を見守って、」
「死ぬのは老婦人になってからだ。暖かいベッドでね。」
「こんなところじゃない。今夜じゃない。」
「わかるね。・・・」

「チケットを勝ち取ったのは僕の人生で一番すばらしい出来事だった。」
「僕を君へと導いてきてくれたのだから。僕は感謝しているよ、ローズ。とても感謝している。」
「僕のために・・・」「君は僕の名誉・誉れになってくれ」
「生き延びると約束してくれ。」
「決してあきらめたりしないと・・・」「どんなに絶望しても・・・」「さぁ、約束してくれ。」
「そして決して約束を破らないと。」

「約束するわ。」「どんなことがあっても決してあきらめないと・・・」
安心したようにジャックは微笑んだ。最後のジャックの言葉がたまらなかった。そして、遠ざかる意識の中で、ローズが助けに来た救命ボートの明かりを見つけ、冷たくなっていたジャックの手を離し、「あきらめないわ」と泳ぎだし、既に凍死している乗務員の首に下がっていた笛を取って必死に吹き続ける。

 Quicktime 1.1 Plug-in  が必要です。

 写真の中をクリックし、上下左右にドラッグすると・・・

 タイタニック船内が蘇ってきます。



みやこ町長選挙結果〜井上幸春候補当選

昨日22時30分、2回目の開票速報(開票率97.80%)で新みやこ町長が誕生した。勝山の後援会事務所に詰め掛けていて、後援会の方と共に喜びを分かち合っていた。twitter(ツイッター)で携帯から速報や画像を投稿していたけど、報道関係者よりも早い的確な情報が一瞬にして発信できる威力は本当に凄いなぁと思う。今日は新聞が休刊日だから、尚更、ネットでの投票結果を検索したくなるんじゃないのかなぁ〜。ただ、それが確かな情報かどうかを見極める目が必要と思う。誰からの発信なのか、その人が信憑性があるのか、情報はネットでもアナログでも、やはり人に依存するところが大やなぁ〜と思う。

携帯から投稿 Twitterでの投稿

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2010/04/12 07:49


飯塚市長選挙と嘉麻市長選挙はじまる。

今日11日、任期満了に伴う飯塚市と嘉麻市の市長選が告示された。2006年3月の合併による新市誕生から2度目の市長選。18日の投開票まで1週間の選挙戦となる。飯塚市長選は、前回と同様で、現職の斉藤守史候補と新人で元市議の江口徹候補。嘉麻市長選の方は、現職の松岡賛候補と新人で元県議の高橋義治候補、新人で元市議の赤間幸弘候補となっている。

斎藤守史候補の出陣式に行っていたけど、麻生太郎前総理大臣も駆け付けられ、すごい熱気だった。新生飯塚市の初代市長として、合併直後の調整期をまとめ上げ、その基礎の上に新たな芽を育てていかなければいけない今後の4年間。是非とも頑張って頂きたいと思っている。平成15年から麻生情報システム社長という立場で飯塚市のトライバレー構想を立ち上げ、平成20・21年度ではトライバレー第2ステージのメンバーとして、さらに発展させていこうと現在進行中。是非、躍動するe-zukaを加速させてほしいと心から願っています。一番食品蠎卍垢箸靴董飯塚商工会議所の副会頭として等々、地域のリーダーとしてずっと活動されてこられている。行政上がりじゃない民間の発想と経験そして人脈を行政に活かしているところを見習いたいと思っている。何よりも斎藤市長候補は、日本大学商学部の先輩にもなられる。とにかく頑張って下さい。

2010/04/11 14:09


前回選挙(平成19年4月)から丸三年

前回選挙(平成19年4月8日)から丸三年が経った。4月8日は投開票日、でも福岡県下で県議選の最終最後までわからず、僕の落選が決まったのは翌日25時だった。本当に一週間ぐらいは、挫折感と脱力感で何とも情けなく申し訳ない気持ちで一杯だった。これからのどうするか、全くの白紙の状態からの再出発。次回選挙(平成23年4月予定)への不安もさることながら、生活や子育て、仕事はどうする?いろんな不安と向き合いながら、自ら奮い立たせてきた日々だった。ようやく土俵に上がれるところまできた。これも多くの皆さんに支えて頂いたからであり、家族や妻の理解があればこそだと思っている。本当に多くの方々のご支援とご声援、そして元気のいい賑やかな家族に感謝の気持ちでいっぱいです。

選挙後の最初のブログ「御礼とお詫び」でも、”大事な事は倒れない事ではない。倒れても立ち上がる事だと思う。立ち上がる勇気を持つ事だと思う。逆境という負の境遇を不運だとせず、このつらさを積極的に生かして自己を創造する機会としよう。”と書いた。この言葉の通り、自分なりに、この3年間頑張ってきた。何としても期待に応え、仕事で恩返しができるように、1年を切った次回選挙に向けて、さらに頑張ってまいります。

2010/04/09 17:20


親の願い

屋久島の陽行(あきゆき・小5)から夜泣きながら電話がかかってきた。まだ一週間も経っていないのに、どうもホームシックにかかってしまったみたい。これまで家族に囲まれて賑やかに生活していたり、友達と楽しく過ごしていたから、突然ひとりぼっちになってしまったような錯覚になっているやろうなぁと思う。未悠(みゆう)も颯行(はやゆき)も、同じような想いをしていたと思うけど、上の二人はどちらかというと、天然ボケのところと、ピンと来ないと言うか無頓着なところがあるから、泣きながら電話をかけてくることはなかった。陽行は、感受性があり、10才の子供にとってはこれが普通なのかもしれないなぁ〜と思う。でも、ここが踏ん張りどころ!かわいそうやけど、自分で乗り越えるしかない。

子供には本当に幸せになってもらいたいと親ならそう願うんだと思う。人生にはいろんな事が起こり、何の挫折も波乱もなく、無事に人生を送る人はいないと思う。だから、挫折や試練にぶち当たった時に、それを乗り越える精神力をつけてほしいと僕は思う。10才で親元を離れての生活は本当に辛いと思う。でも、これを乗り越えたら、きっと素晴らしい何かを見つける事ができるんだと思う。

”父はね、山登りと同じなんやと思うんよ。山を登ることは人生の一歩。誰も助けてくれんやろ、自分の足で歩くしかないんよ。達成できた時の喜びは、登った人じゃないとわからんのと同じなんよ。”
”父の願いはたった一つ。父を乗り越えてもほしい。もしかすると、今、乗り越えようのかもしれんねぇ。父が10才の時、親元を離れての生活とかしたことないもんね。頑張れ!陽行。5月の連休、時間ができたら屋久島に会いに行かんかい?ち、お母さんと話をしようから・・・それから、お母さんとお姉ちゃんから預かった手紙を今日ポストに出したから、明後日(4月10日)ぐらいには着くと思うよ”



ライオンズクラブ〜新一年生黄色の帽子贈呈

田川地域もこの時期、あちらこちら入学式が行なわれている。上田川(旧川崎福岡)ライオンズクラブでは、川崎町内の小学校・養護学校の新1年生全員に黄色の帽子を贈呈している。もう40年近く続いていて、今日はライオンのメンバーが手分けして各学校の入学式に来賓として参列している。僕は川崎町立池尻小学校を担当させてもらって、10時からの式に出席させてもらった。昨年は、三男誉行(たかゆき)の入学式でそれを思い出しながら、校長先生や来賓の方の話を、お行儀よく聞いている池尻小学校の新1年生に、大きな拍手を送っていた。本当に、お子さんの健やかな成長とご家庭のご多幸を心よりご祈念致します。おめでとうございます。

池尻小学校は、妻育子が6年前までの勤務先。8年間ぐらい池尻小学校にいたんじゃなかったけ?(帰宅したら聞いてみよう) 結婚当初は、金田小学校で、長女が生まれて池尻小学校に異動になった。池尻小学校で思い出すのが、当時の辻眞作教頭先生たちが取り組んでいた「劇」。劇に取り組むことで、子どもたち一人ひとりにスポットライトがあてられ、本当に子どもたちが変わったなぁ〜て思った。何より驚いたのは、子どもが変わると親が子どもを見る目も変わったという事を僕は目のあたりにした。それと劇は、国語・音楽・体育や生活等の教科が入っていて、劇を通じて教科の学習に結びつけているところが凄いなぁと思っていた。

昨日のブログ(元気!やる気!本気!のこうざ”き”です。)のキャッチフレーズじゃないけど、当時の池尻小学校のキャッチフレーズは、「わくわくワーク」(チームワーク、フットワーク、ネットワーク)。学校から学ぶところ大やなぁ〜と企業に勤めていた僕には、とても新鮮に映った。本日の校長先生の挨拶の中で、今の池尻小学校の目標を話されていた。「あいさつ、あんぜん、あとかたずけ」。新1年生は、この言葉を直ぐに覚え、大きな声で発していた。本当に素直で元気の良い子どもたちだった。

2010/04/07 18:32


元気!やる気!本気!のこうざ”き”です。

4月6日みやこ町長選挙の井上幸春候補の出発式に参加してきた。「元気なみやこ町」をキャッチフレーズに、これまで県議として5期19年の経験を故郷のために頑張りたいと熱が入った訴えだった。是非とも勝利して、日本一元気なみやこ町を創ってほしいと思っています。

前回、僕の選挙では、いろんなキャッチコピーを考えた。「ブランド”たがわ”を創ります。」 「時代が変わり、次代を創る。」 選挙カーに乗ってウグイスの人たちと一緒になって考えたキャッチフレーズは、「げんき!やるき!ほんき!のこうざ”き”です。」「皆さんの手で、こうざきという木を育てて下さい!」 

今日の出発式(出陣式)の場にいると、あ〜、あと1年で選挙戦に突入するんやなぁ〜と、だんだん緊張してくるっちいうか身が引き締まってくるなぁ〜。とにかく選挙は頑張るしかないもんね。相手も必死やし、勝つか負けるかしかないき・・・戦いちいうんは、非情やなぁ〜ち痛感しちょう。本人だけじゃないき、応援をした下さる支持者の人たちも勝つと負けるので大違いやき。応援をしてくれる人のためにも、選挙は絶対に負けたらダメなんやと肝に銘じちょう。

地域全体を巻き込んでの戦いやからこそ、政治家になったら、自分の公約には責任を持たなダメなんたい。行動がすべてなんやと思う。成果でしか恩返しできんとよね。やから、成果が上がらんやった時は責任をとって辞めな。僕はそう思う。今はとにかく人の事よりまず自分。波に消されても、心に刻もう。 ”こうざき聡 頑張ります”

2010/04/06 19:03


1年前、プレ統一地方選挙!?

今日は久しぶりに飯塚へ。企業への挨拶廻りと飯塚市長選&嘉麻市長選で、それぞれ現職の斎藤市長と松岡市長のところへの事務所激励。為書きやら推薦状が所狭しと貼ってある事務所を見ると、何となく選挙モードになってくる。何かもう職業病やなぁ〜と思う。明日は10時より、みやこ町長選挙の井上幸春(前県議)候補の出発式があり、応援に駆け付ける予定。身近な人たちの選挙っていうのは、本当にドキドキしてくる。何としても、栄光を勝ち取ってもらいたいなぁと心から祈っている。

それにしても統一地方選挙と言いながら、これだけバラバラに地方選挙になってくると、どこかで再度統一した方が良いんじゃないかなぁと思ってしまう。1回目の統一地方選挙が昭和22年4月で、その後首長の辞職や死亡、議会解散や市町村合併等で時期が今みたいにズレてきたんやろうけど、事務効率や選挙啓発も悪く、何より投票率も下がってきている。田川も去年は、香春町議選、大任町長選、赤村長・村議選があり、今年に入り香春町長選、福智町長選が既に行なわれている。そして、添田町議選(7月予定)、添田町長選(来年1月予定)と続く。プチ統一地方選挙!?って言えるんかねぇ〜。

有権者の政治そのものに対する関心が薄れ、とても重要な政治参加の機会である選挙の投票率の低下に何とか歯止めがかからないものかなぁ〜と思う。地域住民の生活に根ざした政策を実現するためには、住民の政治参加が何より大切なんだと思う。現状のさまざまな問題を解決していくには、故郷田川の将来のために有権者が政治の傍観者になっちゃダメで、一緒に地域の問題に取り組んでいける政治家を選び育てないといけないんだと思う。



陽行(あきゆき、10才小学校5年生)屋久島へ旅立ち!

4月2日(金)夕方よりライオンズクラブ4月花見例会があり、会議後お花見をしながら懇親を楽しむ。帰宅後、21時30分に次男陽行(あきゆき・小5)の屋久島永田小学校に「かめんこ留学」に家族全員で出発する。夜中2時前に鹿児島港に着き、車中で朝まで仮眠。8時30分出航のフェリー屋久島2に乗船し、12時30分宮之浦港着。いつもこのパターンで屋久島には行っている。

もう屋久島に来るのも20回は超えているのかなぁ?屋久島永田の里親さんと学校に出向いて挨拶をする。長男颯行(はやゆき)は、3年前の「かめんこ留学」先の里親さんのところに宿泊させてもらい、僕らは屋久杉ランドで散策する。宿泊は前回泊まった宮之浦港近くのホテル縄文に。前回このホテルのすぐ隣に創作料理「隠れ家」という居酒屋を見つけたので、今回もここで食事をする。オーナーは覚えてくれていて、新鮮なアジの刺身をサービスしてくれた。

4月4日いよいよ陽行とのお別れ。昨日から「お腹が痛い、歯が痛い、背中が痛い。」と何となく元気がない。里親さんにあずけて帰る前に、永田川上流の「よっこ」と呼ばれる横河渓谷に立ちい寄ってきた。渓谷までの細い道を、肩を丸めて寂しそうにトボトボ歩いている陽行を見ていると、こちらまで悲しくなってくる。11時とうとうお別れ・・・1人家に残り、僕らの車にいつまでも手を振っていた。・・・神崎妻号泣。

陽行君、小学5年生の10才。未悠(みゆう)姉ちゃんも颯行(はやゆき)兄ちゃんも経験しているとはいえ、親元を離れて、家族と別れて暮らす辛さは、本人しかわからないと思う。辛いし、不安やし、大変やし、心配やし、お金もかかるし・・・でも、あえてこの道を選んだ陽行は立派やと父は思う。すべては経験からしか始まらない。いくら言葉で言っても、考えたりしても、すべては行動した者しかわからない。大丈夫!この試練を乗り切れ!父もお母さんも、応援しちょうぞ!頑張れ!

11時30分屋久島宮之浦港を出港し、17時30分鹿児島港入港。お風呂は船内で済ます。熊本県八代市の宮原SAで食事をとり22時30分添田到着。強硬スケジュールで疲れたけど、1年間の陽行に比べたら何て事はない。1年後、陽行も父も結果が出ている。

2010/04/05 08:05


日本人の美意識〜散る桜の美しさ

昨日(4月1日)ブログのエイプリルフールは、おもしろ画像を貼りつけました。2010.04.01の下に黄色の文字で、”PS:April Fool's Day で害のない嘘もいいでしょ。” と付け加えておきましたが、気づかれたでしょうか?

4月1日は全国各地で、約76万人の新社会人が誕生したと報道されていた。大変厳しい就職活動を乗り越えての入社式で、緊張の中にも期待と不安、そして夢と希望を胸にふくらませた一日だったんじゃないかと思う。一方で、大学・高校生の就職内定率は、あの就職氷河期よりも厳しい状況というから、まだ就職先が決まっていない学生にとって本当に辛い日々を送っているんだと思う。景気は緩やかな回復傾向をたどっているらしいけど、依然として失業率は高止まっているから、政治がゴタゴタしている状況じゃないと思う。1にも2にも景気回復と雇用創出に取り組んでほしいと思う。就職もたくさん頼まれたりするけど、本当に厳しい状況なんだと痛感している。

3月末は卒業や退職する人たちとの別れ、そして4月は新しい人との出会いが始まる。桜の花も昨日からの雨と風で、まだ8分咲きなのに、かなり散っている。桜の花は、しおれたり枯れたりして、花びらの一枚一枚がヒラヒラと落ちたりしない。花が一つ丸ごと落ちてしまう。絶頂の時の姿そのままで落ちるんよなぁ〜。何か日本人の美意識っていうか、一斉に開花して一斉に散る。日本人はこの桜の散り際の美しさ、潔さを誇りとしているんやなぁ〜と思う。

”散る桜 姿そのまま 美しく”
”一年中 咲けば桜も あきられる”
”惜しまれて 惜しまれて すぐ忘れられ”



「ポスター・ワールドコンクール」選挙ポスター部門受賞(4月1日)

ニューヨークで「2010ポスター・ワールドコンクール」が開催され、世界中から集められたポスターの、デザインや色彩、キャッチコピー・ロゴ等の各賞の入賞者が、4月1日発表された。選挙ポスター部門で最優秀賞を受賞したという事で審査委員会からメールが送られてきて、画像が添付されていた。本部ロビーに提示されているとのこと。えっ!まさか???応募していたけど、受賞するとは思わず、こりゃえらい事になってしまった。田川から政界(せいかい)へじゃなく、世界(せかい)へ羽ばたいて行こうかな! キャッチコピーも「たがわーるど」にしとけば良かった。田川から世界へ、そして世界から田川へ!大いに夢を語りましょう。

                                                               2010.04.01

PS:April Fool's Day で害のない嘘もいいでしょ。



ドッジボール練習に参加

鏡を見ると真っ黒に日焼けした顔になってきた。天気が良く紫外線が強いんやろうなぁ〜。坂道を上り下りしながら、ぜぇぜぇと息を切らせながら、田川郡内を自転車遊説で廻っている。主線道路だけじゃなく脇道・路地・あぜ道を通りながらアップダウンの厳しい場所も、とにかく廻っている。「ええぃ!もうこげんなったら、人が見ちょっても、見ちょらんやっても、家があろうがなかろうが関係ない。道なき道も自転車遊説しながら頑張っちゃる!」 4月からは少し違った活動をしようと思うので、自転車遊説をする回数が少なくなるかもしれない。常にしゃべり続ける一方通行の遊説やけど、一人でも多くの人へ訴えるために頑張っていこうと思う。

夕方18時から、添田フレンズの今年度最後のドッジボール練習に参加してきた。陽行(あきゆき)も屋久島山村留学で1年間のお休み。帰ってくる時には6年生になり、きっと戦力になれるには数ヶ月はかかるやろうなぁ〜。(家族からドッジの)スーパー1年生と呼ばれている誉行(たかゆき)は2年生になるけど、お兄ちゃんがいない分をジュニアチームで頑張ってね。ドッジボールといっても本当に奥深く、それに小学生だからといってもレベルは本当に高いなぁ〜と思った。今日は大人との練習試合で参加したけど、日頃運動をしていないので、何とも情けない、こんなずっこけた恰好で参加していた。

2010/03/30 21:31


龍馬伝〜第1部完結

”丸くとも 一かどあれや 人心 あまりまろきは 転びやすきぞ”

人との結びつきを非常に大事にし、丸く円満な性格であってもどこか毅然とし自分の意見をしっかり持って生きている。あまり性格が丸すぎると自分の意見も持てず他人に流されて生きるしかなくなる。龍馬が読んだ句の中で「世の人は 我を何と云えばいえ・・・」に次いで僕はこれがとても気に入っている。

今日の龍馬伝「さらば土佐よ」、龍馬脱藩への道は、藩や家のことよりも国家の行末を案じた、龍馬にとって自然で純粋で正直な気持ちからの生まれた道だったんだと思った。坂本権平の「わしらには、わしらの戦い方があるがぜよ!」と言った坂本家の龍馬への想いと覚悟が、それに乙女姉あんの存在の大きさが印象的だった。時として時代の寵児は、猪突猛進に突っ走ってしまいがちになる。 龍馬は一見猪突猛進型のようだけど、とても思慮深く、冷静沈着な洞察力も兼ね備えていたんじゃないかと思う。常に謙虚に慎みを忘れず、優れたバランス感覚の持ち主やったんやなぁと思う。

脱藩への道か!家族が、やっと見つけた龍馬の生きる道を応援しようとしている姿は、何となく自分を顧みると、脱藩じゃないけど麻生を辞めて政治への道を志した時と重なってしまう。家族や郷土との別れとは全然比較にならないけど、道なき道を進んでいくリスクはやった人じゃないとわからない。これまでの社会は誰かが切り開いた道を後から歩いていけば良かったんだと思う。でも維新の時代には、政治も経済も先が見えないから、新しい可能性を求めてリスクを承知で取り組む勇気も必要なんだと思う。でも、こういった変革の時代に生まれてきたことに感謝したいなぁと思う。出来る事は何でもチャレンジしていきたい。

2010/03/28 22:47


添田公園、桜も見ごろ

午前中、ポカポカ陽気に誘われての気持ちのいい自転車遊説に出かけていた。昼食をしようと帰宅すると、せっかくだから添田公園でお花見に行こうということになり、下の子供2人を連れて出かけた。陽行(あきゆき)も来週には屋久島に行ってしまう。昨日、田川市伊加利の鴨料理 大衆割烹「藤」で家族みんなで送別会をしたけど、だんだん寂しくなってきた。1年間の親元を離れての山村留学だけど、きっと上のお姉ちゃん、お兄ちゃんと同じようにたくましく成長してきてほしいなぁ〜と思う。

”子供たち 花ならつぼみ ゆっくり咲け咲け 長く咲け”

2010/03/27 15:12


意見が分かれてのが当たりまえ。すべてはより良い街づくりのため。

昨日(3月25日)添田町議会で、山本文男町長が町村会の贈収賄事件で逮捕・起訴された反省として、4月から来年1月の任期満了まで、5割減給する議案を提出。浦野信義議長裁決で結果、反対7・賛成6で否決された。町議会は3月4日に臨時議会で辞職勧告決議案を可決しているから、減給を認めるということは、町長の続投を議会として認めるということになるから否決になったんだと新聞にも書いてあった。閉会のあいさつで山本町長は「今後もよりよい行政に努力してまいりたい」と述べて、自ら辞職する意思がないことを改めて強調している。

今後、添田町は予断を許さない政局になっていくのかなぁと思う。リコール運動が始まるのかどうなのか?7月予定の添田町議会議員選挙の動向、そして来年1月予定の添田町長選挙。今のところ町議選は、現職13人と新人4人で13の議席を争う様相であり、この微妙な(選挙戦のズレ)時期での動きに添田町民はどう審判を下すのかを問われる。

住民と行政の協働は時代の潮流だと思う。これからの選挙を”町民の町民による町民のため”のものであってほしいと思う。今こそ地方自治が変われるチャンスかもしれないと思う。地方選挙はどうしても、「〇〇をよろしくお願いします」の連呼と地縁・血縁・組織を頼る選挙戦になってしまう。そして選挙が終わると有権者との関係がプツンと切れ、後は議員に全面委任。住民の政治参加が投票行動のみで終わっているわけで、地方自治がなかなか育たないのはここに根本的な原因があるかもしれない。

議員には条例提案権という大事な権限があるから、県政への実現が出来た時にはどんどん提案していこうと思う。本当は、選挙公約も「新しい次代へ」「ブランド”たがわ”を創ります。」等の抽象的なスローガンじゃなくて、何を重点にどのように施策を実現するのか、熱い想いと真摯な姿勢を見せていきたいと思う。議員は政治家である。そうである以上、10年・20年後の地域の将来を骨太にデザインし、夢を語っていきたい。大きく揺れている県政や町政に対して、自分自身どう思っているのか?今の県政・町政の最大の課題は何かを明らかにし、それをどのような道筋で解決していくのかを分かりやすく示していきたい。今こそ福岡県そして添田町の底力だと思う。田川地域の明るい未来はそこから開けるんじゃないかと思う。

・県民がわかりやすく参加できる議会
・しっかりとした討議することができる議会
・政策提言をする議会
を目指していけるような改革をやっていきたいと思う。今度の贈収賄事件で、福岡県も添田町も大揺れと報道されているけど、本来いろんな意見を集約し是非を問うのが議会の役割だから、当然意見が分かれて当たり前。開かれた議論を広く住民の皆さんに届ける仕組みが大切なんだということがわかったんじゃないかと思う。今後においても、執行部との緊張関係を維持し、政策をめぐる立案・決定・執行・評価(監視)における論点・争点を、議会が住民の皆さんに明確に示していくことが重要だと僕は思う。今まで議会は“執行権”という見えない呪縛にとらわれ過ぎてきたんじゃないのか。首長1人が改革を行うよりも、議会が合議体として改革を行った方がよりエネルギーが大きくなり、開かれた議論をすることで課題が広く県民に見えてくるんだと思う。福岡県そして地域をより良くしていこうとの想いは、みんな同じ。雨降って地固まることをすべての県民・住民の皆さんは望んでいると思う。

本当に僕にとって、田川地域の多くの皆さんから応援してもらわないことには何にも始まらない。県政へのチャレンジは本当に厳しい道だと痛感している。



義理と人情がとても厚い田川地域

地域の政治を刷新できる可能性を持っているのは、組織として何のしがらみもなく、地域の人と同じ目線で考える事ができる民間人じゃないのかなぁ〜と思っている。ただし、政治を刷新できる可能性を持っていても、こと選挙になると別問題。「地盤・看板・かばん」を持たない民間人にとって、あまりにも大きなリスクを抱えての戦いになる。その大きなリスクを乗り越えるために必要なものは、体力・精神力・家族力そして勇気なんだと今そう思っている。選挙区の田川郡7ヵ町村は、本当に面積(309.13kmsup2)も広く、人口(84,612人)も多い。7ヵ町村(赤村・糸田町・大任町・川崎町・香春町・添田町・福智町(旧赤池町・旧金田町・旧方城町))もあるから、地域それぞれが抱えている課題や特性も違い、首長も当然7人・町村議会議員は全員で105人おられるわけで、なかなか一筋縄ではいかない。また、義理と人情がとても厚い地域柄のため、一度決めると頑として動かないから、新人には本当に厳しい選挙戦になってしまう。国政みたいな風は吹かないし、地道に足で歩いてお願いし頑張るしかないんだと思っている。

各町村の地域の人たちから、「神崎さん、知名度がまったくなかったのに、よくこの田川の地域で選挙に出馬したよねぇ〜」と嫌味とかじゃなく、いやぁ〜大したもんだと感心して言われる。今考えると、まったく田川の実態を把握していなかったし、無謀な戦いをしたのかもしれないと思っている。それでも支持下さった皆さまのおかげで、13,508票(1,000票余りの差)もの票を頂いたと感謝している。前回は1年半の活動期間だった。首長も町村議会議員の方々もまったく名前を顔も知らず、ただただ地縁血縁と義父(山本徳孝)の人脈や親戚の人の人脈を頼って辿っていく選挙戦だった。4年半の間に、本当に多くの人と知り合いになり、自分なりの人脈も出来た。選挙も、各町村長選挙や町村議会議員選挙、衆院選に参院選もあり、各陣営の出陣式や事務所激励、当選お祝いにすべて駆け付け、様々なイベントや大会等々にも参加し、冠婚葬祭には出来る限り行くように、メッセージをお届けするようにしている。これも知名度を上げるためであり、そういう意味で知名度を上げて、信頼してもらえるようになるには、相当な時間と誠意がないとできないなぁ〜と思った。本当に多くの皆さんから、「神崎さん、よくこの地域で知名度もないのに選挙に出たよねぇ〜」と言われて当然であり、次回は、「5年半よく挫けず頑張ったね」と言われるように頑張りたいと思う。



単独行動する蟻

今は出張もなければ家族で遠出の旅行というのもない。どちらかというと団体行動を取るようよりも、単独行動が好きな方で、会いたい人や行ってみたい場所があると、すぐに行動をおこしたりする。一応自分では予定を組んでいて、メインの人の予定や場所だけ一ヶ所決めて、後はアポなしでもの凄くパワフルに分刻みで廻る。神出鬼没のような動きをするので、びっくり(迷惑?!)される事もあるけど、そこは厚かましく訪ね歩く。でも、これが思わぬ収穫を得ることが多く、事業に結びついたりいろんな発見ができたりして、本来の目的以外に大きな副産物が生まれてくる。

ずっと前に庭の地面を見たら、蟻が一匹どこへいくともなく、あっちへふらふらとこっちへふらふらと単独行動をとっていた。多分、この蟻はエサを探す偵察アリだったのかもしれない。蟻にはそれぞれ役目があって、この単独行動をしているように見える蟻は、自分でエサを見つけ出し、フェロモンを出しながら巣まで帰り、エサの在りかを知らせている。他の蟻たちがフェロモンを辿ってエサまでたどり着き、巣に持ち帰るというわけ。庭で見たふらふらしていた蟻は、決して自分勝手な行動をしているわけではなく、大きな目標があってこその単独行動だったんだと思う。

一緒に仕事をしてきた仲間や取引会社・お客様は、僕の取り組みや手法等をよく知っていますが、まだ地域の方々は僕のことをあまり知らないと思います。政治家や県会議員になることが目的じゃなく、新しい産業創出と雇用創出をその立場でやりたいと思っているんです。安心した老後も福祉の充実も子供たちへの教育も、働く場をきちんと創っていかないと始まらないんです。どうかその役割と使命をわたくしに与えて下さい。皆さんの夢と幸せの実現のお手伝いをさせて下さい。

2010/03/24 19:05


夢からはじまる

”夢からはじまる” 選挙に出馬しようと決めた時、この言葉を思いつき、ブログのタイトルにもした。麻生情報システムの時に、福岡県企画振興部調査統計課から平成16年の「統計福岡」の随想に原稿を書いて下さいと依頼され、その時「夢からはじまる」とタイトルをつけて書いたものだった。夢を持つことは、それを実現するために努力することであり、壁に当たった時にそれを乗り越える精神力をつける源である。人が育つのは、この”夢”を持っているからあり、”夢”の大きさによって、人もまた大きく育っていくんじゃないかなぁ〜て思っていた。この時、自分が選挙に出ようなんて、これっぽちも考えてもいなかった時だった。

僕は自分の夢を実現するために頑張ろうと思っていた。前回の選挙でも企業に勤めている時も、目標を達成したり成功することが、世のため人のためにもなるんだと思っていた。その通りなんだけど、でも選挙戦に敗れて自分が甘かった事に気づかせてもらった。実は自分の夢を達成するためには、誰かから、多くの方からの助けをもらわないと成功なんてできない。だから、助けてくれる人たちに認めてもらわないといけない。認めてもらうためには、皆さんに喜んでもらえることが何より大切。それは何か?多くの人たちの夢をかなえ、人の成功を助けることなんだという事に気づかせてもらった。自分の夢をかなえることが同時に人の夢をかなえることになればいいなぁ〜と思った。だから、人のやりたいこと、人がどうなったら幸せを感じるようになるのかを考えるようになった。何か考えたら当たり前のことなんだけど、なかなか気がつかなかった。

2010/03/21 18:15


これでいいのだ

昨日(3月19日)は、主に川崎町内を中心に自転車遊説をし、途中、街頭演説も20ヵ所ぐらい行なっていた。夜は、上田川ライオンズクラブ例会。昨日は新会員の入会式があり、その後、魚屋で歓迎懇親会。新会員の方は元警察署長で、田川高校岳陽同窓会でもお会いしていた。話していると川崎町三ヶ瀬交差点で街頭演説していた時、身を乗り出して手を振ってくれていて、いろんなところで見られているんやなぁと思った。あまり警察の人とは面識がないものだから、違った話題で面白い。何となく警察官と言えば、違反切符を切られたり職務質問されたりしたもんだから、あまり関わりたくないと思っているけど、それでも近頃は、パトロールしている警察を見かけると挨拶しているから、何となく見守られている気分になってきて、会釈や敬礼をされるとうれしくなってくる。

自転車遊説や街頭演説は、一瞬見てもらえ聞いてもらえるぐらいだから、演説の内容を全部聞いてもらえていないんじゃないかと思う。でも、それでいいと思っている。気持ちや熱意が伝わってくれれば、本当は言葉はいらないのかもしれない。住宅街で遠くから演説していると家から出てくれたおばあさんが一人いた。演説が終わり、自転車で駆け寄ると拍手で迎えてくれた。これでいいんだと思った。誰も聞いてくれていないかもしれないし、見てくれていないかもしれないけど、一人でも聞いてくれている人がいるかもしれないと思ったら、その人のために訴えよう、そう思った。何の生産性もないし、時間と体力を使っているに過ぎにないかもしれないけど、”これでいいのだ”。



いつの時代にも、ためになる論語

今になって麻生内閣の景気対策は正しかったんだと時間が経つにつれて証明されてきている。麻生政権時の補正予算が今実行され、何とか地方の公共事業が下支えをしている。民主党が政権を取ったら、ガラガラポンのように予算の組み替えが行なわれ、夢のような日本が再生されると言った衆院選だったが、結局は自民党のあげ足ばっかりとっていたに過ぎず、正しい、前向きな国家戦略もなく、経済に対するアプローチもなかったことがわかった。★ここから田川弁★12月17日付ブログここまでマニフェストが違ってくると・・・で書いけんが、政治家っち言うんは、国民の模範にならんといけんやろうが!平気でほらんじょ吹いたり、ひょうくらかしたり・・・過ちを犯した時は、たいらく言わんで責任を取らんとつまらんやろうもん。一般社会やったら、市場から余儀なく退場されるしたい、あげくのさんぱちにゃ誰からも、うてあわれんようになるばい。めんどしいかろうもん!・・・★ここまで田川弁★わかりますかねぇ?

「過ちて改めざる、これを過ちと謂う」(論語 衛霊公第十五) 人が過ちを犯すことはやむを得ないが、過ちと気づいたらすぐに改めるべきで、改めようとしないことこそ真の過ちであるという教え。そんな事は当たり前のことで、もし間違ったことに気づいていながら直さなかったら、居直りって言われても仕方がないこと。ミスや間違いを犯した時、「人間だからしょうがない、会社や組織のため、お客さんのためにやったこと」と言い訳したり、誤魔化したりしても世の中そんなに甘くない。自分が間違いを犯してしまったときに、なぜその間違いを犯したのか考え、検証し、理解して初めて「過ちを改める」ことになるんだと思う。

「君子の過ちや、日月の蝕の如し。過つや、人皆これを見る。更むるや、人皆これを仰ぐ」(論語 子張第十九) 君子の過ちは、日食や月食にたとえられる。君子は過ちを犯しても小人と違って隠そうとはせず直ぐに改めるので、人々が日食や月食を見るときのような感銘を与えるものということ。まぁ君子じゃなくても、誤魔化したり体裁をつくろうすること恥ずべき行為だと知っていれば、自ずと態度にあらわれてくるんだと思う。

「過ち」への対応いかんで、その政治家が信頼に足るかどうかを見極められるんじゃないかと思うようになった。だから政治を志す人の心構えは、自ら抱えるリスクを認識したうえで、そのリスクを予防し、問題となった場合は過ちを認めて、誠実に対応していくことが何より大切なんだということだと思う。逆に言うと、見えないリスクに対して妙に不安を抱いたり恐れたりする必要はないのかもしれない。

時代は変わっても、人間はそんなに進歩していないということなのか?本棚から、「マンガ孔子の思想」を取り出しては面白く読んでいる。

マンガ 孔子の思想 (講談社+α文庫)



神崎聡(こうざき さとし)の独り言

神崎聡(こうざき さとし)の独り言。

今日の福智町遊説は久しぶりやったのぉ〜。この前(3月14日投開票)福智町長選挙&町議補選があったき、3月に入ったら福智町の活動は自粛しちょかないけんち思いよった。今日正午は、ビストロみな川で月に一回のランチミーティングに参加せないけんやったき、糸田町から金田→赤池→方城ちまわりよった。自転車遊説中にたい、交差点とか買い物のお客さんがおるスーパー前、住宅地なんかで街頭演説もしよった。演説中に、えらいたくさんの人から声をかけらたき、たまらんごとうれしかったきね。やっぱぁ〜たい、継続は力なんやなぁ〜ち思いよった。最近はたい、本当にたくさんの人から手を振ってもらいようになったきね、駆け寄ってきて声もかけてもらいようき、なんちゅうたらいいんか、ホントうれしいでたまらんばい。あの雪のちらついちょった寒さもないし、今日みたいな陽気な天気はありがたいばい。ちょっとカッコイイ言い方やけど、「さわやかな風を切って走る自転車は、最高に気持ちいい。」。 4月からは、後援会組織の立ち上げと支持者の皆さんと一緒になって、個別訪問に連れて行ってもらうようにしちょう。自転車だけじゃ票にはならんき、やっぱしたい、紹介してもらったりして、一人ひとりと会わんとダメなんたい。これが、選挙の基本中の基本やと心得ちょかないけんな。けんが、空いた時間で自転車遊説もしよかんと、あいつもう止めたんかっちすぐ言われるきね。とにかくたい、一度始めたら最後までせな!”継続は力”たい。

選挙で辛いんはたい、一人で活動している時期っち思う。自転車もそうやけど、一人活動はどうしても自分に対して甘えが出るきね。そうき、これからはできるだけチームや組織で動きたいち思っちょう。一人やったら、絶対に達成できん成果をあげる事ができるんよ。今たい、地域社会とか生活環境なんかでも、集団から個人へ、共同化から単独化へちいう流れになっちょうように思う。そうけんがたい、そげな流れはいいんやろうか?ち考えてしまう時もあるんよね。人はたい、ぜったい一人じゃ生きていけんき。衣食住の全部に、誰かからたい、依存して人は生きちょう。その事を忘れてたい、独りよがりになった結果が、自分さえ良ければちいう自己中心の社会を生み出したんやんやないんかのぉ。そんなんじゃつまらんばい。人は決して一人じゃないんばい。



田川地域の将来ビジョンづくりの要は人材育成なのに・・・

これからの田川にとって一番大事なところは、人材育成なんだと認識している。その教育の拠点となる学校がなくなると言うのは、地域の将来ビジョンをどのように考え、どういった街づくりを行なっていくのか、住民の皆さんにきちんと説明しないといけないんだと思う。地域にとって教育が一番大事なんです。
県政に挑む立場から考えると、平成19年(2007年)3月で福岡県立田川農林高校と福岡県立田川商業高校が閉校になり、現在の田川科学技術高校に統合された。香春町、添田町から県立高校がなくなってしまったという事実。郷土の均衡ある発展を目指すべき県政が、福岡県立大学、東鷹高校、西田川高校そして田川科学技術高校と、どうして田川市だけに県立校を集中しなければいけなかったんでしょうか? 田川郡から県立高校が2校もなくなってしまった責任を誰がとったんでしょうか?このこと一つとっても、地元選出議員の責任は極めて大きいと思う。またその後、福岡県消防学校の田川農林高校跡地への誘致活動が行なわれてきたが、結局、嘉穂工業高校跡地へと移転先が決まった。
政治は結果がすべて。需要を創出し、地域の歳入増加に一番力を入れ、地域の教育力を高めなければならないのが、地元選出議員の役割だと僕は思う。これほど地域にとって不幸な事はなく、地域の将来に大きな損失をもたらしたと言っても過言じゃないものと僕は思う。学校が存在することで、人・物・金・情報が流通し、交通網や地域経済も活性化される。地域のおける県議会議員の役割は、地域の歳入増加であり、この地域は何で飯を食っていくのかという将来ビジョンを示して、具体的に行動するという一点に尽きるんだと思う。企業誘致も新産業創出も既存産業の活性化も、役所がただ制度や仕組みを作っただけじゃ動きません。何よりも経験、人脈、熱意そしてスピード感がいるんです。今必要なのは、地域の皆さんと共に、リーダーシップを持った、新しい発想のできる若い政治家が求められているんだと思う。僕は、豊かさと安心できる社会を実現するために、自ら第一線となって、田川の将来を切り開いていきたいと心から思っている。



中学校閉校と福智町長選・補欠町議選

 1時間近く、道の駅「歓遊舎ひこさん」沿いの彦山川でつくし採り。

昨日の我が家は、一人ひとり違った行事が入っていて、バラバラな行動だった。義父(山本徳孝)と妻は、添田町立英彦中学校の閉校式典に出席。昭和31年4月、添田町立添田中学校落合分校より英彦中学校として独立、平成22年3月31日をもって閉校することになった。過疎化・少子化という社会状況の変化で止むを得ないとはいえ、地域の人たちからすると何とも寂しく残念でならない。学校がなくなると、若い人たち、特に子育て世代が住み続けることが難しくなり、Uターンを考えている都会に出て行った人、自然豊かな場所で山村留学を考えている人へのアプローチも打ち切られる。何より、地域の将来展望の見通しができなくなる。一番の要因は何だったのかなぁ?やはり学校を維持していくための費用だったのかなぁ〜。同時に、添田町立津野中学校も閉校となり、来年度からは添田町立添田中学校に統廃合され、スクールバスが導入されるということになっているという。小学校は何としても残してほしいと願う。スクールバスを導入してもらえるんだったら、校区を全廃し、どこの学校でも行けるようにできないものか。特に、津野・落合地域は少人数学級だから、学力が全国平均よりも高い。学校間の競争力を高めることによって、学校長の経営手腕も試されて、保護者からすると学校を選べるという選択肢が増えると同時に、学校が活性化され、子供たちの学習意欲も高まっててくるんじゃないのかなぁ。学校間格差をなくすため、光ブロードバンドを活用して、学校間の遠隔授業だって取り入れてもいいんじゃないのかと思う。教育力を高めることで、必ず定住人口が増えるようになってくると思う。中山間地域が抱える問題を克服し、21世紀に相応しい情報化社会のあるべき姿を創りたいと思う。

福智町長選挙と町議会議員補欠選挙の投開票が行われ、浦田弘二町長が再選を果たされた。補欠町議選(2議席)は、原田幸美候補、木村幸治候補が当選された。(有権者数20,610人 投票率70.51%)

福智町長選得票
浦田弘二8,163票
大島道人6,104票

福智町議補選得票
原田幸美3,223票
木村幸治2,930票
篠原茂幸2,438票
西田義隆1,734票
矢野博文1,295票
有川信子1,081票

2010/03/15 10:27


部下のモチベーションを高めることこそが上司の最大の役割。

楽しい愉快な仲間たちとの会話は、本当に気持ちがいい。昨日は、福智町伊方で、辻教頭先生家族や太田校長先生家族それと小峠教頭先生、途中から八隅教頭先生家族、松村教頭先生も加わり、楽しい時間を過ごせた。よく考えると20年来のお付き合いになっている。本当に家族ぐるみのお付き合いであり、仕事に地域に政治に教育に、僕にとっては何にも代え難い、大きな存在の人たちでもある。

20年前、ここにいる皆さんは田川郡教育研究所で指導主事もされていた。故辻畑信彦先生(元福岡県教育庁筑豊教育事務所長)の門下生で、全国で初めて取り組んだ、IPA(情報処理推進機構)の「教育の情報化推進事業」の主要メンバーでもある。ここでの会話は、人材育成の大切さ、教育の原点が何なのかを改めて認識できる。本当に素晴らしい先生たちだと思う。皆さん本当に苦労していて、もしかすると素晴らしい人生じゃないかもしれないけど、でも素晴らしい生き方をしているなぁ〜て妻育子と話している。

先日、福岡で企業訪問していた時の話。昔の仕事仲間から、「神崎さん、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんですけど」と相談された。何の事かなぁ〜て思いながら会うと、職場の人間関係、所属長のことだった。
”上司は何にもしないで、こちらにばかり仕事をさせる。いつも何を考えているのか分からず、突然おかしな事を言い出しては、余計な仕事を増やしてくれる等々・・・。とにかくモチベーションが上がらず、どうしたもんでしょうか?と・・・”

部下のモチベーションを引き出し、企業に最大の効果を発揮させなければならないトップ(所属長)が、この無能ぶりじゃどうしようもない。「ピーターの法則」というのがあり、あるポジションになったとたんに無能になるという法則なんだけど、こういう人に限って、自分がピーターになっている事に気づかないし、全く意識していないから始末に負えない。自分が仕事ができないので、部下や同僚に仕事を何でも押し付ける。しかも、他の人がどのくらい仕事を抱えているかなど、考える余地がまったくないし、挙げ句の果てには、仕事の山でアップアップしている部下に向かって、「何?まだできていないのか?」と言い放ち、おまけに「よくよく部下に恵まれていない」と思いこんだりしている。
自分が辞めることで何かを訴えようとしても、その後に苦しむのは、当事者のトップ(所属長)じゃなく、周りの同僚たちになってしまう。本当に難しい問題だと思う。一番いい解決方法は、「深く考えない。余計なことをしない。必要なことだけをする。」ことなのかなぁ。でも、自分自身が不利益を被ったり、企業として本当に問題があるんであれば、必ずその上司よりも上の上司に頼ることが大切だと思う。こういう人は、必ず立場の強い人、自分よりも権限・権力がある人に弱い。どこの世界でも同じような境遇があるかもしれないけど、結局、それしか解決方法はないかもしれないねぇ〜。

2010/03/14 13:36


「筑豊とネット時代」の講師

昨夜(3月12日)19時より、イイヅカコミュニティセンターで筑豊地域研究会に出席、「筑豊とネット時代」というテーマで講師を務めた。20数年来のおつきあいで筑豊ゼミ/筑豊ムラおこし・地域づくりゼミナールでお世話になっていた加地社長だから・・・参加している皆さんは、筑豊でも知られている方ばかり。フリーディスカッションも活発で、本当に筑豊を何とかしなければという想いが皆さんの発言からよくわかった。一人ひとりが持っている力を結集して、一つの事業として取り組めれば、筑豊はきっと良くなっていくんだと思う。3K(暗い・怖い・厳しい・・・いろいろ言い方はありますが)産業としてのイメージがなかなか抜け出せない筑豊だけれども、何としても新3K(観光・環境・健康)産業+ITビジネスを立ち上げていきたいと思う。すべてはK教育、そう人材育成からしか始まらない。是非、その使命と役割を僕に担わせて頂きたい。

最初に僕の経歴を紹介させてもらったけど、このプレゼン手法が結構受けた。これから小集会でも使っていこうかなぁ〜。



頭を下げるんであれば、”頭が下がる生き方”をしている人に下げたい。

時々、過去のブログを読み返してみる。初めての選挙戦で惨敗し、その数日後のブログで、「御礼とお詫び」を書いた。このブログの中に、
”これからどうするかはまったく白紙ですが、4人の子供達への責任もある。妻と相談し家族の基盤をしっかり築いた上で、チャンスがあれば再チャレンジすることになると思います。大事な事は倒れない事ではない。倒れても立ち上がる事だと思う。立ち上がる勇気を持つ事だと思う。逆境という負の境遇を不運だとせず、このつらさを積極的に生かして自己を創造する機会としよう。何事も大自然の意思だと無心に受け入れよう。しなければならない仕事を黙々と取り組んでいると、いつも間にか進まなければならない方向に自ずと動いていくのかもしれない。”
こんな想いを書いていた。3年経ち、”流れに従い、されど流れに任せず” 自然のままに、でも信念だけは変わらず今日に至っている。僕のまわりには、凄い人たちがたくさんいる。そんな先輩たちを見てきて、いろいろな災難や様々な失敗・挫折・逆境・試練をどう乗り越えてきたか、少しは学んできたように思う。普通だったら、愚痴や泣き言を言って、なかなか起き上がれないことが多い中、先輩たちの懸命に起き上がろうとする前向きな姿勢に本当に頭が下がる思いがした。

僕は前回の選挙で、「負けた事が、大きく成長できる大事な試練なんだ」と受け止めるようと努力してきた。辛くても苦しくても、負けたことを自分で背負う以外、誰も代わってくれない。自分の身に起こるすべての出来事は、自分がまいたタネが芽生えてきただけなんだと思うように心がけた。だから、負けたことを自らの責任として果たさないといけない・・・そう思った。そのことをしっかり腹に据えて、僕は今、どんなことがあろうと、起き上がっていこうと肝に銘じている。選挙に出る事でいろんな人たちともお会いし、えらい人や肩書のある人たちにも頭を下げてまわっている。でも、人の価値は、肩書や役職じゃないことが選挙を通じてよくわかった。企業でもそう、実は頭を下げているのは、組織の役職や肩書であったんだなぁ〜と思うようになった。「しょうもないなぁ、そんな肩書や役職に頭を下げても・・・」 同じ頭を下げるんであれば”頭が下がる”生き方をしている人に心を込めて接したいと思うようになった。僕の周りには、そんな生き方をしている人がたくさんいる。

2010/03/11 22:45



”自由な生き方”というより”自在な生き方”がいい。

凧が空高く舞い上がるのは、人が糸を引っぱっているからであり、この強い糸から縛られているからこそ、強い風に立ち向かい高く高く舞い上がっていく。糸が切れた凧というと、何の制約も受けずに何となくフラフラと自由を手に入れたような感じがするけど、もし糸がなければもっと高く舞い上がるかというと、そんな事はなくて、地面に真っ逆さまに落ちてしまう。自分にとって、邪魔なもの、制約を受けるものがあれば、それを排除しようとする。「あの人さえいなければ・・・」「これさえなけりゃ・・・」もっと自由になれるのに、万事うまく行くのにと思ったりするけど、そうじゃないという考えがあるんだなぁ〜と思った。糸があるからこそ、凧は空高く舞い上がることができるように、妨げるもの、邪魔だと感じるものがあるからこそ、人はたくましく生きていけるんじゃないのかとも思う。”これさえなければ”ではなく、”これがあればこそ”と受け止め、”あの人さえいなければ”ではなく、”あの人がいてくれるからこそ”と思うことが大事なんじゃないのかなぁ〜って。そう心から思ってくると、邪魔だと思っていたものが邪魔じゃなくなり、制約を受けていたものを制約だと感じなくなってくる。

要は、自分の夢や自由を妨げるものを妨げだと感じなくなった時、真に自分自身の生き方ができるんじゃないのかと思うようになった。僕の人生の前に何があってもかまわない。すべては「これでいいのだ」。3月4日に書いたブログ(Understand(アンダースタンド)?)のように、上善は水の如し。川の水は、岩や木なんかの障害があっても、それを障害とせず、川上から川下へと自在に流れて行く。障害を避けようともせず、ただただ淡々と流れて行く。僕は、川の流れのような「自由な生き方」というよりも「自在な生き方」がいい。



マニフェスト選挙

企業では当たり前のことが、行政ではできていない。言われたこと、指示されたこと、前例主義、前年通りで、決められた範囲でしか動かない。これじゃ、行政は管理しているに過ぎず、経営するという発想が生まれない。最大の効果を最小の費用で実現するという気概が生まれてこないんだと思う。だから、そういった体質を改善するためにも、これまで取り組んできたことを事業評価したり、事業仕分けを取り入れて、改善しようとする動きになってくる。計画(PLAN)し、実施・実行(DO)したものを、点検・評価(CHECK)し、処置・改善(ACT)するという、PDCAサイクルでマネジメントしていくこと大切である。このPDCAサイクルを地方選挙でも取り入れようというのが、ローカル・マニフェストである。従来の具体性を欠く抽象的な公約じゃなくて、目標数値・期限・財源そして具体的な実行手順を明記していくことで、地域住民の意思を反映した政策が、実現可能になっていくんだと思う。地方選挙はどうしても、地縁・血縁それに利害関係や組織、しがらみで票が動いてしまう。議員活動もろくにせず、これじゃ地域全体のことを考えた政治はできないと思う。政治家は決して名誉職でもなければ、特定の組織団体のためであっていいはずがない。

皆さんは、県議会議員の活動が見えていますでしょうか?現職議員の前回の選挙公約は果たされているんでしょうか?国会議員や首長・町村議会議員、それぞれ政治家の皆さんが行なっている役割と使命は違うんです。地域の声を県政に届けるだけ(届けているのかどうなのかも怪しい?)じゃダメで、それを地域の振興策に盛り込み、予算をつけて成果をあげないと結果は出てこないんだと思うんです。企業誘致も具体的にどんな活動に取り組んできたんでしょうか?制度や環境をどのように整備して、他地域との差別化のための優遇策は何だったんでしょうか?議員自らが、どの企業に誘致活動をアプローチかけたんでしょうか?福祉の充実も何がどう変わったんですか?それは議員自らの政策立案だったんでしょうか?
地域を代表している県議会議員の役割は、町村単独では取り組めない広域的・横断的な振興策なんじゃないんでしょうか、特に民需・外需へのアプローチを積極的に行なうことなんじゃないんですか。正直に申せば、県議会議員の大きな役割と使命は、行政経験者の経験と人脈だけじゃ、解決は難しいんじゃないかと僕は思っているんです。



神崎敏代おばあちゃん七回忌の法事

午前中、オークホールで行なわれていた添田町女性の集いに神崎妻と一緒に出かけていた。そして、午後からは、おばあちゃん(神崎敏代)の七回忌法事だった。三回忌の4年前の時も、一生懸命に地域を廻っていたのを思い出してくる。4年前、地元添田町を挨拶で廻っていても、地域の人で僕を知っている人はほとんどいなかった。知っているのは助産婦だったおばあちゃんや、添田町役場に勤めていた亡父(神崎次彦)の話題ばかりだったので、「死んだ親父やおばあちゃんから守られているんやなぁ〜」って帰宅して仏壇に手を合わせていた。今でも地域を廻っていると、あんたの親父にはお世話になった、神崎さんのおばあさんから子供をとりあげてもらったと感謝されることがある。僕は何もしていないのに・・・本当に感謝しなければと思う。

ちなみに祖父(神崎日義・明治39年4月9日生‐S52.3.18)、祖母(敏代・明治43年2月20日生‐H16.4.1)で、長男の神崎義生伯父さんを筆頭に5人の子供がいて、そして孫である僕らは13人で、ひ孫は全部で31人になっている。配偶者をすべて数えると67人になってしまう。何かすごい人数になってしまう。一応、家系図は父が、昔、妹(亀谷悦子)と一緒に調べた家系図をデータとしてバックアップしている。神崎日義→櫛永孫一→櫛永專平→櫛永房蔵、神崎マン→神崎初太郎→神崎平八→神崎磯右エ門、また配偶者の方もルーツもお寺の過去帳で天保の頃まで調べていた。

浄土真宗である僕の家は添田町法光寺の門徒である。僕も妻も聖光保育園であり、小さい頃は、よく大きいおばあちゃん(曾祖母)やおじいちゃんにお寺に連れて行ってもらったのを思い出す。また、おばあちゃんは、仏教婦人会の副会長もしていた。浄土三部経が終わってから、住職がとても心にしみる話をしてくれた。

身体に障害を持った小学生の女の子が家に帰って来て、水泳が泳げなくていじめられたそうです。
今度、学年で水泳大会があり、「意地悪な友だちが泳げないことがわかっていて、私を選手に選んだ。」と泣きながら母親に訴えました。
そのお母さんは、頑張りなさいと突き放したそうです。
普通だったら、「この子は泳げないので他の人に変わってもらえないでしょうか」と学校に行くところを、このお母さんはそれをしなかったのです。
そして、仏壇に涙を流しながら手を合わせていたのでした。
ふすまの隙間からそっとその様子をみていた女の子は、それから泳げるように一生懸命がんばったのです。
大会当日、女の子は一生懸命に泳ぐのですが、今にも溺れそうなのです。その姿を見て、意地悪な子供たちは笑っていたそうです。
半分ぐらい泳いだところで、服を着たまま飛び込んだ先生がいました。
女の子に「君は一人じゃないぞ、みんなが君を応援してるだぞ」と、そう言って、プールの中を歩きながら一緒にゴールを目指しました。
そして、女の子は最後まで泳ぎ切りました。ゴールした時には学年全員が拍手で女の子を迎えたそうです。
意地悪に笑っていた子供たちも一緒に拍手を送っているのです。
その様子をお母さんは、見つからないようにそ〜っとプールサイドから見ていたそうです。
服を着たまま飛び込んだ先生は、校長先生でした。
そして、お母さんは、「私が助けたら、これから先ずっと助けなくてはいけません。何れ私の方が先に死んでしまいます。どんな試練も乗り越えてもらいたい、それを信じているからです。」そう校長先生に話したそうです。
親というのは、木の陰に立って見ています。仏さまはこの母親と同じように私たちを見てくれているんです。

目頭が熱くなった。

2010/03/08 00:08


行動だけが現実を変えて行く。

地盤・看板・カバンのないと本当に選挙というのは厳しい。特に、強力な現職議員と戦わないといけなかったわけで、無謀と思われたかもしれない。実際に前回の選挙では、対立候補の支援者から、次回のための売名行為だとか、若いし何度でもチャレンジできるからとか言われ、根も葉もない噂も流されたりした。選挙になれば、大変な資金が必要だし、仕事も辞め、キャリアも捨て、家族や地域をすべて巻き込んでの戦いなので、誰しも、初めから負けがわかって戦う人なんていない。ワンチャンスに全精力を傾け、人生のすべてをかけて戦わなければならない。当然しこりも残るし、複雑な人間関係にもなってくる。きれいごとばかりじゃ通用しないのも選挙の現実なんだと思う。

でも、この選挙戦を乗り越えるからこそ、政治家って育つのかなぁ〜。辛いしんどい厳しい選挙戦があるから、この街をよくしていこう、期待に応えるために公約(マニフェスト)を実践しよう、地域の皆さんが、よりよい活動ができるように、よりよく暮らせるように、環境やインフラ、制度や仕組みを整備しようと・・・頑張るんだと僕は思う。

日本の政治は大きな転換期を迎え、地方もまた大きく変わろうとしているんじゃないのか。すべてをCHANGE(チェンジ)していかなければならない時期に来たのかもしれない。まるで明治維新のような凄い時代に生きているような気がしてくる。添田町内外からは、様々な声が聞こえてくる。本当にどうなっていくのか不安で事態を見守っている。僕は、評論家になったり批評する側ではなく、常に自分から行動して、周りに良い影響と結果を出す事を心がけていこうと思う。とにかく、何事にも明るくポジティブに行動してみる。行動だけが、現実を変えて行くんだと思う。常に新しい道に果敢に挑戦するしかない。



Understand(アンダースタンド)?

神崎妻が、理解者は自分から進んで握手をする。自分の手を下にして握手を求める。「Understand(アンダースタンド)?」って僕に話す。ちょっと間をおいて、僕は「おぉ〜君は素晴らしい!」、な〜るほどね。under(下)にstand(立つ)とは、相手の立場に立ち、思いやりの心を持つことでもあるんやなぁ〜。特に政治家に求められる姿勢って言うのは、アンダースタンドなのかとハッと気づかせてもらった。

そして、妻は続けて言った。「アスベストは、ダメなんよ」
僕は「???・・・」
石綿(アスベスト)はダメだと言うことは知っているが、学校のことを言っているのか、何のことを言っているのか、よくわからなかった。
僕 「アスベストはダメなんは知っちょうばい。何の話かい?」
妻 「アス(明日)ベストじゃなくて、今日ベストなんよね」
座布団1枚!
さしあたり、今日の事のみ思えたら、昨日は過ぎつ、明日は来たらず” やね。

こういう時代には、”上善は水の如し”のような生き方がいいのかもしれないなぁ。水は上から下に、高いところから低いところに、きれいな所からきたない所に流れる。どんな形にも柔軟に対応する。でも、一度勢いがつくと、岩をも突き通す事もできるのも水である。何事も自然の意思だと無心に受け入れていくと、求めなくてもいつの間にか進まなければならない方向に自ら動くんじゃないかと思う。
”流れに従い、されど流れに任せず”



九州IT経営力大賞受賞(クリエイティブジャパン)

今日(3月3日)は、香春町へ自転車遊説に出かけていた。所々で携帯で写真を撮り、携帯からTwitterにアップしていた。採銅所を中心に自転車ならではの、狭く細い道なんかも通り、道行く人に名刺を配り、声を枯らしながら、でも結構楽しみながら廻っている。昨日は”道の駅香春”で、螢リエイティブジャパン(田川情報センター指定管理者)の鬼丸社長と同行し、ホームページ開設の打ち合わせに行っていた。田川高校の同級生で、現在、螢愁侫罰発社長をしている大野純一君のお父さん(元中学校校長先生)から依頼され、ちょうど鬼丸社長は、田川地域観光推進会議の事務局長をしているものだから、紹介させてもらったということ。

実は、田川地域観光推進会議は、福岡県地域づくり活動大賞に入選されている。また、螢リエイティブジャパンは、九州経済産業局の「九州IT経営応援隊事業」の一環として、九州地域における優れたIT経営実践の成功事例を広く収集している、平成21年度「九州IT経営力大賞」の選考委員会奨励賞に受賞されている。これは、地域の中小企業経営者がITを利活用して経営革新、生産性向上を図る「IT経営」の実践に自主的に取り組むことを促すため、官民連携のネットワークを通じて、研修事業、ベストプラクティスの収集・普及事業、地域連携支援事業等を実施している取り組み。

提案内容は、「インターネットを利用した英語の教材システムを福岡県立大学人間社会学部の准教授と共同で開発。学生がサイトを通じて英作文を投稿し、英国の学生が添削する仕組みで、日本の学生たちに実用的な慣用表現を楽しみながら身につけてもらうことを狙いとしている。韓国語訳も韓国に留学経験のある学生及び韓国からの留学生が協同して行っている。利用する学生、講師からも高い評価を得ており、最先端の英語教育の実現に資するとともに産学連携によるソフトウェア開発事例として評価された。」

田川から何ともうれしい受賞だと思う。鬼丸社長とは麻生情報システム時代からのお付き合いで、炭都田川”tixi ”を一緒に立ち上げたり(やれる人から実践する)、街づくり・地域活性化の会議をしたり、本当にいい関係でお付き合いでき有難いと思っている。僕でお手伝いできることがあれば、何なりと・・・

2010/03/03 20:25


相田みつをの作品〜おかげさま

人の見えないところで、隠れているところで、気がつかないところで、多くの皆さんからお世話になっている。選挙がなければわからなかった事も見えてきたような気がする。本当に「おかげさま」に感謝しなければなぁ〜と思う。失敗したり、つまづいたりしたおかげで自分のことが少しはわかるようになってきた。負けて、くじけて、挫折したおかげで、自分のいたらなさ、だらしなさ、弱さを知ることができた。人のことなんて言える資格がないことにも気づかせてくれた。

僕は「相田みつを」の作品がいい。なんか心がほっとする。爲人所推堕(いにんしょすいだ)という言葉がある。”人からおしおとされる”ということで、ようやくいいところまできたのに、意地悪なものに足を引っぱられて転落するという意味。世間ではよくあることだけど、冷静に考えると、足を引っぱられるような、種をまいていたのは往々にして自分なんで、だれを恨むこともなんてない。身から出た”さび”なんだと・・・

”いいことは おかげさま わるいことは 身から出たさび” 相田みつを

2010/03/02 18:29


「被害者は私でしょう」 山本町長それは違うと思います。

公開で行なわれた添田町全員協議会の様子がニュースに出ていた。今日(3月1日)の全員協議会で出処進退を明らかにするとしていたので、添田町民はもとより多くの人が固唾をのんで、ニュースを見ていたんだと思う。

汚職で起訴の町村会長、「私は被害者」辞職否定(YOMIURI ONLINE 読売新聞)

副知事への賄賂、起訴の全国町村会会長「町には迷惑をかけていない」(産経ニュース)

福岡県町村会汚職 山本町長 辞職否定 会長職も 添田町議会に説明(西日本新聞)

添田町長の山本被告”辞職しない”(RKB LOCALNEWS)

添田町の山本町長が辞職を否定 町村会汚職(KBC九州朝日放送)

ニュースや添田町議会議員の久保田議員のブログで何となく様子も感じ取れるけど、山本町長は「町民が決めること」、町村会長職についても「幹部と話し合って方針を決める」と、事件の責任を取って自ら辞職する考えはないことが明らかになった。

記者会見で町長は、「添田町には何ら迷惑をかけていない」、汚職事件の被害者は誰と思うかとの問いには「私でしょう」と応えているのを聞いて、僕は少なからず違和感を覚えた。山本町長は地元添田町はもとより県・全国の町村にとっての功績は誰しも認めるところ。でも、今回の事件は、これまでの功績とは別問題だとも思う。いくら町村会のためとはいえ、公金(税金)で裏金をプールし、便宜のお礼にそれを使っていいはずがない。100万円の贈収賄だけじゃなく、数千万円の裏金のプールというのも、組織としては異常としか思えない。トップとしての責任が今求められているんだと思う。

今、新聞記事や議員情報によると、添田町内では山本町長の続投の署名活動が行なわれている言う。議会で不信任案が否決され、町長のリコール運動が開始され、署名活動になると町が真っ二つになってしまう。選挙は無記名での投票だから、誰に投票したかどうかわからないけど、署名活動になると記名だから、添田町民の皆さんにとってはもの凄く酷な選択を迫られることになる。本当にそんな酷なことを町民に選択させていいのか?

今回の税金で裏金をつくり官官接待した汚職事件の被害者は、間違いなく国民・県民の納税者であり、悪いイメージをもたれた田川・添田町の住民なんじゃないでしょうか。また、署名活動で”続投”か”リコール”かの選択を迫られる何の落ち度もない添田町民の皆さんじゃないんじゃないでしょうか。被害者は、何も言えない弱い立場の住民なんです。



方言丸出しっちゃ(会話編)

しまだ(川崎町)の鍋は美味しかった。お持ち帰りで家族で食べる冬の鍋は格別。今日は結婚記念日で、ちょっと方言丸出しで書いてみようっと!

2月27日(土)結婚して17年経ったねぇ〜。なしやろうか、一年一年早く感じるばい。結婚式当日も今日と同じ土曜日やったきね。ねぇ、12時からの挙式で13時からの披露宴やったっけ?記念になるからち、婚姻届は挙式当時の朝8時に役場に届け出を済ませたんやったなぁ。君は知らんやっちょうろうけど、なんか衣装やら荷物やら式場まで運ばないけんやったき、福寿会館と添田の実家を往復しよったんよ。急いじょったき、えらい車をとばしよったんを今思い出した。くれぐれも事故を起こすなよっち親父から注意されて、ふと101回目のプロポーズを思い出しながら運転しよった。(浅野温子演じる矢吹薫(30)の婚約者真壁が、結婚式の直前に事故死した)流行語大賞にもなった武田鉄也(星野達郎42)の「僕は死にましぇん」。

披露宴、覚えちょうかい。318人のお世話になった方々にご出席を頂いて、またご媒酌も麻生太郎先生ご夫妻が快く引き受けて下さったきね。本当にこのご恩を忘れたらつまらんばい。披露宴が終わったあとは、あをぎりで2次会してもらったんやけど、僕はベロンチャンに酔っ払い状態やった。まぁ、アパートが歩いてすぐで近かったき、安心しちょったんかもしれんのぉ〜。けんが、楽しかったのぉ!ホントに!君も昨日のことみたいに覚えちょんじゃない?

結婚する相手は、”価値観が同じ人がいい”ち理想を言うやつがおるけど、そげなやつはおるわけなかろうが、ち思う。なぁ〜、みんな違った環境で育つんやき、同じ価値観の人とかどこを探してもおらんばい。そう思わんかい。価値観っち言うんは二人で築いていくもんたい。そう思うやろ。なぁ、僕らも最初の頃は、よぉ〜喧嘩しよったけど・・・いつからかしらんけど落とし所がわかるようになってきたんと違うやろうか。こういう言葉がある。20代の夫婦は「愛情」である。30代の夫婦は「希望」、40代は「忍耐」、50代は「諦め」、60代は「感謝」、70代は「いたわり」、そして80代の夫婦は「墓参り」っち。この頃は、価値観もそうやけど、何となくしぐさとか表情とか顔つきが僕と似てきた様な気がせん?体型は全然違うんやけど・・・

2010/02/27 21:25


三方一両得(人・地域・企業)

今、社会情勢の変化に伴って、多様性を尊重するワークライフバランスの提供が必要となっている。新しい働き方、暮らし方の創出を図るために、ITの活用は有効な手段になるんだと思っている。時間や場所にとらわれない柔軟な働き方であるテレワークの導入で、企業の生産性の向上と社員のワークライフバランスの向上を実現する施策がいろいろ考えられる。平成12年に福岡県SOHO協議会委員となって、SOHO事業が創り出す新しい産業とSOHO事業者の経済的・社会的地位の向上、ビジネスチャンスの拡大や技術向上に取り組んできた。こういった活動が、きっと福岡県経済の活性化、さらには日本経済の活性化につながってくるんじゃないかと思っている。

また、当初から関わってきた福岡県の子育て応援宣言企業もワークライフバランスを推進していく上にも大切な取り組みだと思っている。僕は、企業や産業にとって男性も女性も同じ戦力なんやと思う。せっかく育ってくれた人材が子育てを理由に退職してしまうのは、それまで人材育成の投資に時間と労力をかけてきた企業にとっても大きな損失である。そして、男性社員も仕事中心人間ではなく、もっと家庭に入っていってもらいたいなぁ〜と率直に思う。職場も家庭も人材育成の場。子育てに参加することは、仕事にも深みとやる気を与えてくれるから。男性も短時間労働勤務や育児休暇をどんどん取得してもらいたいと思う。でも、どんなに制度が整ってもそれを活かせる風土がなければ意味がない。トップが率先して、教育や父親が子育てすることの重要性を呼びかけることが大切なんだと思う。小学校就学前の子どもの看護のための休暇制度を作ったり、子育て期間中SOHOで仕事ができるような雇用形態及びSOHOでの開発環境の支援制度を提供することが企業の成長につながるんだと思っている。

福岡都市圏・北九州都市圏への遠距離通勤を緩和をはかり、出産や定年退職等でリタイアした有能な人材を発掘して、埋もれた能力を再度社会に還元する仕組みをつくっていければ、企業側にとっても地域活性化を目指す地方の側面からも期待が持てるんじゃないのかなぁ。既存設備の利活用、それと家族まるごと移住型による過疎対策さらには子育て環境や第2の人生へのチャレンジにも、テレワークの推進は三方一両得(人・地域・企業)になるんじゃないかと考えている。



何で好んで苦労を背負い込むのか?

人が行動を起こす時の基準は、”善悪”よりも”損得”か”苦楽”であることが多い。そして、損よりも得を、苦よりも楽を選ぼうとするのもまた人なんだと思う。でも、あえて苦しく辛い道、しんどい道を選んだ時、そこにたどり着いた時には、本当に喜びに満ちた道になったんだということがわかるんじゃないのかなぁ。人から見れば、何で好んで苦労を背負い込むのかと不思議に思うかもしれないけど、僕は今生きているっていう実感を得たいと思っているからなんだと思う。”流れない水は腐る”という言葉の通り、何年も同じ組織で同じやり方、同じサービスだったら、企業や組織は腐敗してきて、存続の危機に陥ってくる。自ら変化しなければ、きっとまわりから変化を突き付けられ、退場を余儀なくされる。どんな状況にあっても臨機応変に対応できるように自分から変革を起こし、運を引き寄せるしかないんだと思っている。

「何かを捨てなければ、何かを得ることなんてできない。」 それは決して楽な道じゃなく、多くの犠牲を払うかもしれない。地域づくり・地域活性化を取り組ん行った時、一民間企業の限界も知った。政治が変わらなければと、意を決して退路を断った。”決断”するというのは、別のものを捨てることでもあった。本当に寂しい想いもした。でも、その寂しさがエネルギーになり、決断したことで勢いもついた。勢いがなければ何事も成功しない。そう僕は思っている。でも、かなり寂しい!



チーム青森〜カーリング

今、一番面白いのはバンク―バーオリンピックのカーリング女子、”チーム青森”。前回のトリノオリンピックで、何とも面白い競技があるもんやと思っていたけど、個人技術と頭脳・チームワーク、それに興奮してくるゲーム性と言い、素晴らしい種目やなぁ〜と楽しみながら見ている。試合中の選手の考え方や気持ちがマイクを通して放送されているところがまた面白い。だんだん、ルールがわかってくると、自分だったらどの位置にストーンを狙ったらいいのかと選手になった気分で試合を見られる。あの解説者も素晴らしい。臨場感溢れる解説は、本当に興奮させてくれる。それにしても、試合を見れば見るほど、奥が深い競技やなぁ〜。

もうひとつ、「カーリングの街・青森」でカーリングをテーマにした地域活性化に取り組んでいるところ。カーリングを青森地域特有の資源として活かして、新事業としてカーリングの競技体験をメインとした観光ツアーと、11社が開発した約50アイテムの商品を4月から順次販売することになっているという。スポーツで元気になる産業おこし地域おこし、たくさんのヒントがここにある。

NO
商品の名称(開発テーマ)
1
チーム青森カーリングネクタイ
2
天然石パワーストーン カーリングストラップ
3
チーム青森セレクション・アパレルライン
4
ノベルティグッズ
5
カーリングせんべい
6
カーリングかまぼこ
7
フラワーベース
8
ストラップ、タックブローチ、錦ストーン
9
ミニストーン、ストーンプレート
10
パットカーリング 
11
カーリングバナナ
12
カーリング娘   
 

2010/02/23 20:29


22.2.22 添田町政のテレビ報道から

今日は平成22年2月22日。2月5つも並ぶと、何となく縁起の良い日のような気がしてくる。それと語呂合わせでは、毎月22日は語呂合わせで「夫婦の日」、2月22日は泣き声に似ていることから「猫の日」ともされる。いろいろと記念切符やら郵便の消印やら思い出になりそうなものがたくさん販売されている。一方、領土問題で深刻なのは竹島。今日で、島根県告示から105周年で、韓国による不法占領から57年目を迎える。疑問に思う竹島問題ブログにも書いてあるけど、今解決しないと何れ崩し的になるような気もする。決して子供や孫の代に先送りなんてことはしてはいけないんだと思う。麻生前首相が提唱して実現できた日中韓サミットで、この領土問題を、開放性・透明性・相互信頼・共益という観点で解決してもらいたいと思う。そして、日本国民が外交や歴史問題に関心を持てるようになれることが、一番の国益のようにも思える。

夕方からのテレビ報道で、添田町の全員協議会のニュースが取り上げられていた。副町長から、弁護士を通じての山本町長のメッセージが伝えられた後、町会議員の方々の発言があった。テレビ映像から見ただけで、議員の発言の前後がわからないけど、主張したいことはよくわかった。今回の事件を通して僕が思ったのは、議会と町民との間にギャップがあるんじゃないかということ。また、添田町政や福岡県政は言うに及ばず、全国区から注目されていると言うことを十分に認識して、議会として対応しなくてはいけないということ。じゃないのかなぁ〜と思った。

地方自治体の地方行政は、選挙で選ばれた首長と同じく選挙で選ばれた議会議員の二元代表制だから、首長の逮捕という異常事態を受けた今こそ、添田町議会が住民自治の一方の代表機関として、真に付託にこたえる姿勢が必要なんだと思う。二元代表制では本来与党も野党もないのだから、真に町民を基本とした考えに立ってもらいたい。多くの町民はそう願っているはずだと思う。添田町は大変ショッキングな事態になり、大きな岐路に立っているけど、何としてもこの危機的状況を突破しなければならない。強力なリーダーシップをもっていたトップのかわりに、今度は住民の皆さんとその代表の議会が、一丸となって街づくりに取り組んでいかなければならないんだと思う。そのためにも、自分自身、何としても県政へ再チャレンジし、街づくりのお役に立てるように、地域の振興・活性化に取り組んでいきたい。それが今の僕にできる唯一の方法だと思っている。



笑う門には福来る

今日(2月21日)は、添田ドームで添田町子供まつり(育成会主催)。子供たちが3人一組で競技に挑んだ。その後は、添田東子供会の今年度最後のお疲れ様会、今年会長をされていた智恩寺で行なった。本当に子供たちは、よく笑い、よく走る。子供がいるだけで、自分でも驚くほど笑ってしまうことがある。笑う人と一緒にいると、いつの間にか笑いが絶えない時間が過ぎる。笑いは笑いを生み、世の中を明るくするのかもしれないなぁって思う。笑いの少ないこの時代だからこそ、面白い人、面白いことにこだわってもいいのかもしれないねぇ。人間に“笑いの力”なるものがあるんやったら、今の日本には、笑いに変える力も、笑いを感じとる力も、少ないように思う。何れにしても、笑いとは、安心だったり、ゆとりだったりもするわけで、要は今の世の中、面白いことを言ったり、やったりする余裕すらないのかなぁ〜。笑いは、強い組織を作る際にも、大きな力となる。組織を一体化させ、チーム力を高める大きな要素なんだと思う。

子供たちから学ぶこと大であり、笑いのある生活って本当に楽しいもんだと思う。

2010/02/21 22/18


坂本龍馬〜名言

2010年は坂本龍馬ブームになってくる。NHKが「龍馬伝」に登場するひと言や、龍馬が書いた手紙から名ゼリフをブログバーツにしてくれている。またブログバーツをクリックするとサプライズの演出もあり面白い。坂本龍馬検定も出ていて、龍馬ファンには本当にたまらない。今の日本は明治維新に匹敵するくらいの時代だと思う。平成維新はすぐそこに来ているのかもしれない。自民党も民主党も、ガラガラポンして、本当に希望が持て、世界から尊敬され、誇れる日本にしていかなくてはと思う。”留め置きまし大和魂”次の世代のためっちゃ!龍馬は今どこにおるんかい! 


坂本龍馬けんてい(初級編) powerd by けんてーごっこ


坂本龍馬けんてい(中級編) powerd by けんてーごっこ


坂本龍馬けんてい(上級編) powerd by けんてーごっこ

2010/02/20 20:09


やりがい、いきがい。たかがい!

今夏の参議院議員選挙に向けて、だんだん活発な動きになってきた。福岡県選挙区でも何だか乱立してきている。今日夕方より、飯塚のがみプレジデントホテルで、参議院議員候補のたかがい恵美子さんの「未来を語る会」に参加してきた。福岡県看護連盟の秦会長をはじめ、筑豊の看護連盟の方々300名近くが来られていて、ほとんどが女性ばかりで女性パワーに圧倒された。看護師・保健師の経験者らしく医療現場から見た、国民のための社会保障を実現する未来について話されていた。既に47都道府県に足を運ばれ、6万人以上の人たちとの交流の場を持ってきたとの事。どんな選挙でも、知名度不足を補うためには、やはり直接会って話をし、名前と顔を覚えてもらうしか方法はないんよなぁ〜。成熟社会を創る看護力とリーフレットに書いてあるけど、これからはやっぱり”現場力”なんだと実感する。最初から政治の世界に足を踏み入れている人には絶対にわからない実社会が現場にはある。いくら立派な言葉を並べてみても、経験も体験も現場で修羅場も踏んでいない政治家の言葉は、何の説得力も持たない。どんなに演説が上手な人よりも、実社会で経験を積んでいる人の言葉の方が重みがあると思っている。選挙は本当に大変ですから、残り5ヵ月頑張って下さい。前回、福岡県立大学教授だった松原まなみさんが落選しているから、医療・看護現場の専門家としての役割を大きいと思います。

キャッチフレーズもなかなか面白い。”やりがい、いきがい。たかがい!” 

2010/02/18 22:20


人脈も経験も構想も何も活かせない自分自身が悔しい!

”秘書がやったこと”じゃ済まされんやろう!いや、政治家だけは「自分は知らなかった」で済まされるんたい。政治っちゃ一体誰のためにしちょんか?結局、政党や自分のためだけの政治じゃないか。誰が政治家になっても政権をとっても一緒やねぇ〜。
世間じゃこんな評価になっていて、政治に対しての不信感はどうしようもないぐらい増していると思う。結局、民主党政権は、変革を望んでいた多くの有権者を裏切る結果になってしまった。と言って今の自民党は、どこが変わってのかさっぱりわからず、物足りない。社民党は、なかなか理想ばかりで融通がきかず難しく、結果、支持する政党がないんよねぇ〜というところが大多数じゃないのかなぁ〜。

大多数の国民は、まじめに働いてきちんと納税して、たまに贅沢をするぐらいで慎ましく生活を送っているんだと思う。何億円ものお金を贈与してもらったり、政治資金で不動産購入したりなんていうことは、一般の人にはまずありえない。それに、脱税したり秘書が起訴されても、”自分は知らなかった””秘書がやったこと”が通るんだったら、正直者がバカを見るようなもんじゃないのか。政治に対してどうしようもない脱力感が湧いてくると僕の周りの人は言っている。いくら言葉で立派なことを言っても、行動が伴っていなかったら、誰も信頼も信用もしない。国会や中央だけじゃなく地域の政治家に対しても同じ気持ちをもっているんじゃないのかなぁ〜。「私たちの地域に生活に何をしてくれているのか」って・・・

高齢で先行き不安。就職が決まらず生活が困難。受注減で会社が厳しい。景気対策と雇用問題、誰が解決していくのか・・・とても切実なんです。人脈も経験も構想も、何も活かせない自分自身が悔しい!



生きることの喜び

仕事が大変で苦しい時、誰かに癒してもらいたいなぁ〜と思ったりすると、それは癒しにはならない。そんな考えを“卑しい”と言うのかもしれない。人に喜んでもらいたい、人の笑顔がみたいと思って考え、行動している時に、気がつけばそれが自分の“癒し”になっていたのに気づかせてくれる。ウインカーを出している車に、前の場所をゆずってあげた時、ゆずられた車が「ありがとう」のサインを出す。そんな時に僕は小さな幸せを感じる。

前に、こんな話を聞いた事がある。
不登校の女の子がいた。でも、母親を心配させたくない彼女は、登校時には家を出るが、ゲームセンターに行くタイプでもない。ある日、彼女は農家のおじいさんに出会う。「お姉ちゃん。暇なら手伝ってくれ」このおじいさんは学校のことも何も聞かない。そして彼女はおじいさんと一緒に畑仕事に取り組んだ。そして自分で作ったトマトを初めて食べた。本当においしくできたトマトを食べて、おじいさんが「お姉ちゃん。こんなおいしいトマトは、おじいさん初めてや。やっぱり一生懸命に世話をすると、こんなおいしいトマトが作れるんやなぁ。このトマトやったら人がお金出しても食べてたいと思うやろなぁ。お姉ちゃんはこれで社会で生きて行けるんや。こんなにおいしいトマトを作れるんやから、自信を持ちなさい。君をみんなが必要としてるよ」

彼女は次の日から学校に通えるようになった。彼女は学校に行ける理由をこう言った。「私、学校では自分は要らん人間と思って過ごす日々でした。成績の順位だけで。私は何になれるんやろうって。私なんか必要とされてない、生きていても意味があるのかと・・・でも、私は人が喜んでくれるトマト作れるもの。誰かに必要とされる方法を一つ見つけたの。だから、もっと喜んでもらえるトマトや野菜を作れるために知識が必要かなと思ったの・・・・そう思ったら勉強が必要かなって」と彼女はくったくなく笑った。

生きることの喜びは、自分の存在が誰かに必要とされていること。自分の行動が誰かに喜んでもらえることなんだと思う。



初体験!スケート編

バンクーバーオリンピックも始まり、日本勢に期待も集まる。子供たちも関心があるようで、陽行(あきゆき〜小4)が一度スケートをしたいと言い出した。そう言えば、僕は10回ぐらいしか経験がなく妻も3度ぐらいしかスケートの滑ったことがない。確か、上の子供(未悠)が3才くらいの時に一度行っただけだったので、「よし、行こうか」と急に思いたち、陽行と誉行(たかゆき〜小1)を連れて、飯塚アイスパレスに行ってきた。スキーは2才半から3才にかけて初滑りを体験させているけど、やっぱり小さい頃から何でも体験させておかないといけないなぁ〜と思った。でも、僕らの小さい頃は全然裕福じゃなかったし、家にそんな余裕もなかった。スキーもスケートも大学生になって初体験したぐらいだったから、今の子供たちは本当に恵まれているなぁ〜て思う。ただ、親に経験がないと、体験もさせることも、教えてあげることも、なかなかできないなぁ〜と改めて今日思った。(スケートはやっぱりダメだった。)

2010/02/14 19:21


自分の”生き方”に影響を与えてくれた人

自分の”人生”に影響を与えてくれた人と言うのは、きっと両親や家族、恩師や上司・友人等々、本当に多くの人から助けられて生きているから、すべてにご縁を頂いた人から、人生というのは影響を与えられているんだと言える。じゃぁ、自分の”生き方”に影響を与えた人って尋ねられたら、そんなにいないんじゃないのかなぁ〜と思う。僕自身振り返って考えてみると、”生き方”に影響を与えられたなぁ〜と思うのは、お二人いる。一人は、辻眞作先生(現:上野小学校教頭先生)やなぁ。周りの人の評価は知らないけど、教育者としての神髄は素晴らしい。子供の視点に立った考え方といい、奇想天外な発想といい、その実践力といい、教育とは何かの本質をそのまま実践している。決して器用な生き方じゃないと思うけど、学ぶところが大きく、僕の”生き方”を目覚めさせてくれた気がする。僕は、35才になった時に熊本大学教育学部を受験した。資源のない国で人を育てず何を育てるのか、僕は本気で教育者になろうと思った。田川市武道館で剣道を始めたり、仕事では新しい企画・事業や国・県の案件に積極的に取り組んだのもこの頃からだった。やりたいことは何でもやろう。考えても実行しなければ何にもならない。さぁ!とにかく始めよう!(Let's Bigin! ) そんな生き方に拍車をかけてくれた。そしてもう一人、それは「神崎さんに、何としても辻先生を紹介しなくては」と言っていた太田亮一先生(現:添田小学校校長先生)かな。太田先生との出会いがなかったら、すべてが始まらなかったんだと思う。お二人とも僕とは違う”生き方”をしていると思うけど、間違いなく僕の”生き方”に影響を与えてくれた。

日本大学時代の県人会活動・ゼミ活動、麻生セメントへの入社や選挙活動、親父の突然な死や火災に見舞われたり等々、間違いなく人生に影響を与えてくれたなぁ〜と思う出会い・出来事はたくさんあった。けど、人生の”生き方”に目覚める出会いはなかなかないように思う。お二人とも吉田松陰や坂本龍馬をこよなく愛している点は共通している。  

 

 

 

 

    

2010/02/14 02:42


どんな運命が待っちょろうが後悔せん!

地方議会は一体何のためにあるのか?首長の政策を追認しているだけの議会だったら、議会そのものの存在意義が失われる。住民の皆さんの声を聞き、課題を見い出し、議会自らが住民生活を変えるためには、議員提案条例を行なう方法がある。議員が立案し、提出・制定・議決し、首長に執行させることができる。僕は積極的に条例を提案し、住民生活を変えていきたいと思っている。県会は国会の下請けじゃなく、国の抱えている問題と地方が抱えて問題はかなり違うと思う。国政によって、県民の生活や地方の暮らしが振り回されたらたまったものじゃない。自民党とか民主党とか政党の立場を超えて、県民党の立場で一生懸命に行動していきたいと心から思っている。正直に言うと、4年前に県政にチャレンジしようと思っていたあの時とかなり考えが変わってきた。というか、僕自身、政治と言うものが何となく身近なものになってきた。こんな僕を傍で見ている妻は、「少年のような人やねぇ〜」から「少年そのものやん」と学校で話していると言っていた。・・・よくわからないけど・・・

先週の大河ドラマ「龍馬伝〜松陰はどこだ?」の一場面に、吉田松陰「失敗するかもしれん。黒船に着く前に捕らえられるかもしれんし、アメリカ人に乗船を拒まれるかもしれん。それでええんちゃ〜。何もせんでおることより、その方が何千倍も、何万倍も、値打ちがある。僕は死など怖わおうない。そげなことより、行きたいちう気持ちの方がはるかに強いんじゃ。しかし、桂君も君が本当に異国に興味あるんなら、きっと僕と同じことをするはずじゃ。じゃが、君はそれをせん。なぜじゃ、殺されるからか、日本に帰れんからか、別れがつらいからか。そんなもんはなぁ、すべて言い訳じゃ!見ろ!僕には言い訳など何もない。どんな運命が待っちょろうが後悔せん!僕が今やるべきことは、黒船に乗り込んでアメリカに行くことじゃ!」僕は、見ながら涙が込み上げてきた。



一源三流の精神

建国記念日ということで、何か良い言葉がないかなぁ〜と考えていたら、「一源三流の精神」を思いついた。一つの源は、誠の心。この心から三つの流れがほとばしる。
一つは、国のために血を流す
二つは、家のために汗を流す
三つは、人のために涙を流す
血は信念を、汗は努力を、涙は感情を表現しているという。信念を貫くことは、命をかけるくらい真剣に物事に打ち込まないとできない。額に汗して労を惜しまず働き、涙を流すというのは、辛いこといやなことに耐えるということであり、同時に感動感激の涙は、自らを高揚させるエネルギーにもなる。
人が生きていく上で、とても大切な言葉だと思う。家の座敷の掛け軸に「誠実之道人之為宝」を掛けている。僕の父が一番好きな言葉だった。世のため、人のためという精神で、人生を歩んでいても、権力の座に身を置くと、いつの間にか「誠の心」の源を忘れてしまうのか?今の政治家に求められるのは「一源三流の精神」なんだと肝に銘じよう。

2010/02/11 17:56


英彦山がらがら

添田小学校4年生の学年PTAに参加してきた。今日、ゲストティーチャーとして指導した頂いたのは、落合にある英彦山がらがらの篠崎さん。「英彦山がらがら」は、魔よけや田畑の害虫除けになると伝えられる福岡県知事指定特産民芸品で、実に800年の歴史があると言い伝えられている。子供たちに作り方を教えてくれ、実際にみんなで作ってみた。まず、最初にかえ玉という丸い玉に粘土をぬり、口を切り拓いてかえ玉を取り出す。取り出した中に小さな土の玉を入れ、口と反対側にはわらを通すための穴をあける。ここまでの作業だったが、1週間がぐらい乾燥させ、わらをまいて、色付けをして完成するという。青は「水」、赤は「太陽」を意味していて、5つ束になっているのが「小がら」と呼ばれ、家の玄関の魔よけとして飾り、大きいのが「大がら」で裏玄関に飾ると教えてくれた。こういった地域の歴史・伝統工芸に子供のうちから触れさせる事が、本当に大切だと感じる。僕もこの年になって初めて挑戦したけど、簡単なようでかなり難しい。みなさんも英彦山に立ち寄った時は、是非お買い上げ下さい。縁起ものですから・・・道の駅「歓遊舎ひこさん」や英彦山神宮等々、それに英彦山がらがら(鈴類窯元)で販売しています。

2010/02/10 20:22


県政を通して田川広域での振興策に取り組みたい

今日(2月9日)は、下田川地域(糸田町・福智町)を中心に自転車遊説。かなり知ってもらったのかなぁ〜?車や沿道そして家の中から手を振って下さる方が多くなってきて、とても励まされる。名刺も受け取ってもらって本当にうれしい。とにかく、選挙は名前を顔を覚えてもらうことからしか始まらないから、当分はこのスタイルで頑張ろうと思う。これを確実な票に結びつけていくのは、やはりいろんな人に迷惑をかけ、声をかけてもらい、紹介してもらい会わせてもらうことが大事だと思っている。どうぞ、よろしくお願いします。

夕刊の西日本新聞に添田町政の事が書かれている。連日のようにニュース・新聞等で報道されているけど、新聞に書いている通り、7月には添田町議会議員選挙があるから、今度の事件によってかなり流動的になってきているように思う。同時に、町長の去就がどうなるのか多くの添田町民はもちろん、田川市郡の人たちも大いに関心があるところだと思う。何れにしても来年1月には町長の任期が来るので、どうなっていくのか見守るしかないなぁ〜と思っている。

前回(平成19年4月)の選挙結果の通り、地元である添田町のほとんどの皆さんから、応援・支持してもらわない事には絶対に当選はおぼつかない。一貫して県政に挑みますと訴えているんだけど、町長選挙に出るとか出ないとか噂になったりしているみたい。決してそんなことはなく、県政でしっかりと田川広域での振興策に取り組みたいと思っている。これから添田町政がどうなっていくのかとても気になるところだけど、今はただ自分の選挙で精一杯。

これからも、福岡県政に向けて、一生懸命に支持を訴えていきますので、どうぞよろしくお願いします。

2010/02/09 19:01


地域の中で暮らしていく有難さ

2月7日(日)、毎年恒例の隣組(殿町)の新年会。今年は川崎町大ヶ原のラピュタファームであり、ここで食事をするのが初めての人もいて、結構好評だった。遠くの親戚より近くの他人って言葉があるけど、本当に助けてもらうことが多く、有難いなぁ〜と思っている。先日隣組の方が倒れられた時に、偶然駆け付けられたのが隣組の人だった。一分一秒が命取りになる病気だったから、本当にこの言葉は真をついていると思った。地域の中で暮らしていくからこそ、助け合いの精神が大切なんだと、近所付き合いの中で本当に実感している。

15時からはU-GARDEN3で、下田川ライオンズクラブ主催3R-2Z内のボウリング大会が開催された。マイボール・マイシューズで挑んだけど、散々な結果だった。大体、僕はパワーボウリングでヘッドピンさえ外さなければ、すごく調子が出るんだけど、ちょっとズレるとさっぱりになる。昨年の大会から一度も練習しなかったから仕方ないか。でも、これで1年間はクラブの先輩から言われ続けられるんやろうなぁ〜。懇親会はいつものように、福智町弁城の活魚寿司たちばなで行なわれ、面白い仲間の先輩たちと楽しい時間を過ごすことができた。

2010/02/08 21:26


後継者育成の難しさ

次世代のリーダーを育てることが、経営の最大の戦略だとよく言われる。企業にとって後継者問題は、企業が永続的に飛躍する上で、避けては通れない最大の課題である。政治の世界も同様で、自民党が下野したのも、もしかすると若い後継者を育ててこなかった事が一番の原因だったのかもしれない。でも、後継者育成の難しさは、イコール、リーダーの引き際の難しさでもあるから、政治の世界の場合は、わかっちゃいるけど辞められないという事なのか?

僕が衙秬絃霾鵐轡好謄爐亮卍垢砲覆辰燭里38才の時だった。前社長の国崎社長から22才若返りの後継者ということだったので、期待も大きかった(?)反面、不安もかなりあったんだと思う。トップに就くと必ず後継者や次の世代の人材の話になる。そこを避けて、なかなか優秀な部下がいないと言い訳したり、権力を維持するために優秀な人材を締めだしたりすると、組織は必ず衰退し崩壊してしまう。だからトップ(経営者)が一番頭を悩ませるのは、部下の教育・後継者育成なんであり、だからこそ経営の最大の戦略なんだと言われる所以なんだと思う。

ただ、部下の教育と後継者の育成とでは、大きな違いがあるように思っていた。それは、言われたことに対してきちんと処理をするタイプ(部下)と、自分で考えて問題解決していくタイプ(後継者)がいるということ。ここを見分けなければいけないのが、トップのマネジメントだとも思う。どうしても自分で考えて問題解決していくタイプは、トップと衝突する場合もあるから、トップはそこを周りと共感しながら物事を進めるように助言し、リーダーの条件として指導ていければ、うまく育てていけるんじゃないのかなぁ〜と思っていた。要は、仕事に対しての夢やビジョンを部下と共有・共感できるリーダーが、これからの社会のリーダーに求められてくるんじゃないのかと思う。

特に、選挙に出て感じたことは、上から目線じゃ絶対にダメだと言う事。企業で言うと、プロジェクト推進ではプロジェクトリーダーの目線で取り組まないといけないけど、気持ちの上では、メンバーがどんな気持ちでプロジェクトに参加しているのか、何に不満があるのか、どんな環境を整えればスムーズにプロジェクトが推進できるのか等々、社員やメンバーと同じ感性が重要だと思う。政治も同じ、有権者・住民の皆さんと同じ感性を持つことが何より大事なんだと言うことがよくわかった。

苦しい時、危機的状況にある時、逆境にある時こそチャンスだと思う。みんなで夢や希望をもって盛り上げていこうという雰囲気さえあれば、地域・組織はきっと良くなる。そして、必ず多くの人が集まってくる。



節目の日、2月3日

2月3日は大きな事件がニュースになったのでブログに書くのを忘れていたけど、3年前の平成19年2月3日は、僕の初めての決起大会(激励会)を添田町民会館で行なった。多くの人が駆け付けてくれて、本当にうれしく有難かった。どのくらい集まって頂けるのか、不安でもあり、また初めての演説だったので、きちんと話せるかどうかドキドキしていたのを覚えている。あの時の緊張感を忘れちゃいけないと思った。同時に多くの人が期待をかけてくれているんだという事も忘れちゃいけないんだと、あの時からそう思った。あと1年と2ヵ月、4年間という時間が、大きく時代を変えている。次代をしっかり担っていきたい。(時代が変わる、次代を創る)



Google検索

ホームページ&ブログの1日平均のアクセスは1,500~2,000ぐらいで、本当に多くの人に見て頂きありがたい。衆院選時には、5,000件近くになった時もあり、それは麻生太郎先生の話題や日程等を記事にした時にアクセスが集中していた。どうしてかというと、僕のホームページやブログ記事には、検索エンジンの最適化(SEO:サーチエンジンオプティマイゼーション)がされていて、検索結果が上位1ページに来るように対策をとっている。それで、今回の福岡県町村会の事件で、「山本文男町長」と検索すると1ページ目に僕のブログが検索であがってくる。他にも、例えば「国家予算」と検索すると、12月26日の活動日記「2010年度国家予算案〜92兆2992億円」が1ページに上位ランクされる。何とも不思議な現象やなぁ〜と、うれしくもあり複雑でもあり・・・Yahooでも同じように上位に検索されるんです。

2010/02/04 19:38


節分(豆まき)2010

今日は2月3日節分の日。僕はすっかり忘れていたが、神崎妻はえらいなぁ〜。しっかり覚えていて、豆とお面を買ってきていた。毎年恒例の豆まきをし、下の子供二人は興奮状態になっていた。散らからないように落花生で鬼退治。こんな時期もあとわずか、子供たちの屈託のない笑いは本当に家を明るくしてくれる。

 昨年(2009年)の豆まき動画

 一昨年(2080年)の豆まき動画

2010/02/04 05:22


ITを活用した地域戦略会議(観光推進編)

本当に大変な事態になった。朝、支持者まわりで添田町役場前を車で通ったら、たくさんの報道陣が集まっていた。どこに行っても山本町長逮捕の話題で、これから町がどうなるのかといった不安と動揺が広がっているように思う。捜査によってすべてがあきらかになってくると思うけど、結局のところ、この状況を受け入れていくしかないんよなぁ。すべてをCHANGE(チェンジ)していかなければならない時期に来たのかもしれない。そして、新たな道を探さないといけないんだと思う。日本の政治は大きな転換期を迎え、田川もまた大きく変わらなければならないんじゃないでしょうか?

午後から田川情報センターで、ITを活用した地域戦略構想を話し合っていた。前回からかなり時間が経ってしまったが、僕のブログを皆さん見てくれていて、予め考え方も共有できていたので、スムーズな会議ができた。資料もこのホームページからダウンロードできるので便利がいい。今回のテーマは、田川地域の観光推進について。ITを活用した観光産業ビジネスへの取り組みは、間違いなく地域活性化の起爆剤になると思っている。田川地域観光推進会議との連携、地域通貨や観光案内コールセンターの活用等、アイデアは次から次へと出てくる。それをプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの4つのセグメント(花形、金のなる木、問題児、負け犬)に分類し、優先順位をつけて取り組むことが大事だと思う。企業経営で培った人脈と経験を、田川地域の活性化に役立ててもらえるように、支持者まわり・勉強会・自転車遊説・辻立ちに、これからも一生懸命に訴えていこう。



衝撃!山本文男添田町長逮捕

昨日、香春町長選挙が行なわれ、現職の加治忠一町長が無投票3選で当選された。10時からの出陣式、17時の当選確定集会に行っていた。香春町の学校現場が大変な状況だったのか、「教育の町づくりを推進する」と決意を表明された。是非とも町の教育力を高めて頂きたいと思う。教育改革において大切なことは、教育の原点に戻って「子どもとは何か、育てるためには何が大切か」を考えることにあると思う。子供は人格も知能も成長の途上にあり、適切な指導を要する存在である。また、子供にとっての教育の最終責任者は、学校ではなく、個々の教員でもない。あくまでも親だということを自覚しなくてはいけないんだと思う。未熟で判断力も乏しいから、道徳・社会のルールを教えることで人間らしさが培われる。その土台となるのが家庭でのしつけであり、それを補完するのが学校、地域、社会の役目だとも思う。「自由」には必ず「責任」が伴う。それをきちんと家庭や地域で教育していくことが何より大事なんだと実感している。

その後、帰宅し懇親会に出かけた。すると、山本文男添田町長逮捕とニュースに流れたと、たくさんの人から電話がかかってきた。朝刊を見てびっくり。まさか、福岡県町村会の裏金接待事件から贈収賄事件に発展するとは・・・福岡県(後期高齢者医療)広域連合からの贈収賄ということだから衝撃の凄さは計り知れない。すべて税金で行なわれているんだから、町政・県政への政治不信は、想像を超えるぐらい頂点に達していくんだと感じる。何か社会全体が、すべてにおいて制度疲労を起こしているような感じもしてくる。

この体質やこの危機的状況を打破するのは、やっぱり人しかいない。何としても、福岡県のあるべき姿・田川の将来を第一線となって切り拓いていきたい。



田川の方言(田川弁)

来年度、陽行(あきゆき)が屋久島に行くことになったので、教育委員会と添田小学校に報告に行ってきた。今度、添田町教育長に就任された重松教育長にも、なかなか機会がなく挨拶ができていなかったので、ご挨拶ができて良かった。重松教育長の前職は、社団法人福岡県情報サービス産業協会(FISA)の専務理事だったので、百道浜にあるASOグループ等に立ち寄った時、直ぐ近くだったので(福岡SRP)、よくFISAに顔を出していた。また、こんな縁があるとは・・・不思議だなぁ〜と思う。添田小学校では太田校長先生と小峠教頭先生に報告し、またみんなで壮行会をしようと話をしていた。雑談していると田川弁の話題になり、何でも日本一短い言葉「田川弁」というのがラジオで聞いたそうで、「〇〇しなさい」という事を田川弁では「〇〇せ」と一字で言う不思議な方言だと笑われていたと。その話題で大笑いしていた。よく筑豊弁って言うけど、飯塚と田川とではまったく違う。筑前と豊前との藩が違っているからであり、僕はどちらかというと田川の方が標準語に極めて近いんじゃないかと思っている。田川はきつい言葉と思われているけど、イントネーションが標準語に合っていて丁寧な言葉を使うと、「えっ!ここ本当に九州なの」と思われるんじゃないのかなぁ〜。そう言った意味では、コールセンター事業に向いた地域であると思っている。でも、よく考えたら、他地域の人には意味が通じない田川の方言も数多くある。「ん〜!何ちかんち言うても、これ見よったら、標準語ち言えんばい!」

田川の方言意味田川の方言意味
ああたあなた  
あいた失敗した・困ったうしなかすなくす(失)
あげくのさんぱち挙句のはて・ついにうったてる乱雑に積み重ねる
あげんこげんあれこれうちんがた我が家
あるしこありったけ・全部うっさいまずい・美味しくない
あらけない荒々しいうてあうかかわりあう・相手になる
あらかただいたいえぞる筆を入れる
いいかぶる言い損なうおいたくる追い回す
いがくゆでるおごるー犬襦´△發討覆径絛發鯤Г
いたらんこと余計なことおちょくるからかう・ばかにする 
いっしょくたんごちゃ混ぜおらぶ叫ぶ・大声を出す
いぬる帰る  
いっちょん少しも・全然〜  
    
かたる参加するけたくそわるい気分を害す
かてる参加する・(仲間に)入るけつをわる我慢できず途中でやめる
きびる束ねる・結ぶげってんもん怒りっぽい人
かつがつぎりぎり〜げな〜だそうだ
きちい疲れたこきつかう ひどく働かせる(使う)
ぎちぎち隙間がない・限界こしいけちんぼ・こすい
きばる精を出す・励むこしゃくらしい若いのに大人ぶる
ぎょらしいおおげさこすい  けち 
くらす殴るこそばいくすぐったい
ぐらぐらする腹が立つこまい小さい
  ごてしん怠け者・めんどうくさがり
    
しかぶるやり損なうすかたんくらう当てが外れてしまう
したむないしたくないすかんたらしい気にくわない
しちゃがちゃ目茶苦茶ずんだれるだらしがない格好
じべた地面・土の上せいがねぇ甲斐がない・張りがない
しまつつかん始末に終えない  せからしいうるさい
しょぼくれる元気がなくなるせがうからかう・いじめる
しゃぁしい,Δ襪気ぁ´∨擦靴せせこましい狭苦しい
じゅんぐり順番に〜そんぎる削る
しゃっちわざわざ〜ぞろびく引きずる
じわっとそっと  
    
たいがいにせないい加減にしなさいどまぐれる怠けて遊びまわる
たいらく横柄でわがままどべ・どんべ最後・最下位
だりい疲れてとっぺん頂上
たまがる驚くどんこんならんどうしようもない
ちゃがんちゃがん目茶苦茶 とんぴんはる調子にのる
ちょびっとほんの少し  
ちょろまかすごまかす  
ちんからこまいとても小さい   
てれっとぼんやりと  
    
なけべそをかく泣顔になるにくじ意地悪
なし〜どうして〜・なぜ〜ねぇない
なんかかる寄りかかるのうならかす 失くす
なんぼでんいくつものおなるなくす・失う
なんちかんちどうのこうの  
    
はがいい悔しいふがいい・わるい運がいい・悪い
ばちかぶる弁償するへでもない大したことではない
はらかく腹を立てる・怒るボタかぶる他人のために損をする 
びきたん蛙(かえる)ほたりこむ投げ込む
ひちくどい同じことを何度もいうほったらかす放置する
びったれだらいしない・無精者ほらをふく嘘をつく
ひっしもっし一生懸命に  
ひねきるつねる  
ひもじいお腹がすく  
ひょうくらかすからかう  
ひょこっと突然・思いがけず  
    
みょうちくりん 奇妙なよおなる治る
むげねえ可哀そうよがむ曲がる
めんどしい体裁が悪い・恥ずかしいよこい休憩・休み
やおいかん容易でないらちあかん物事が進まない状態
やっとかっとやっとの思いで・ようやくろくすっぽまともに
やりっぱなししたい放題わらかすヽ笋襦´⊂个錣擦
ゆたっとのんびりと・広々と  



陽行(あきゆき)・屋久島留学に内定通知

1月も終わり、今日は2月1日。それにしても時間の経つのは早い。1/12が終わってしまった。昨日は福智町へ、妻それと両親と一緒に葬儀に参列。その後、家族で買い物やら所用を済ませ、夕方から久しぶりに食べ放題のお店に行く。次男の陽行(あきゆき・10才)が、屋久島への山村留学の合格通知が来て、そのお祝いを兼ねての食事会だった。上の子供が2人とも行っているので、本人としては、お姉ちゃん・お兄ちゃんと同じように行きたいという気持ちは強かったみたいだったけど、想いが叶って良かった。今年4月からの1年間だけど、寂しく辛い時もあると思うが、きっと大きく成長していくれるものだと思う。先日(1月29日)の参観日に1/2の成人式という授業だった。少しだけしか見れなかったけど、「ダメなものはダメだと言える事、どんな事があってもあきらめない事」と発表していた。いつの間にか、自分なりの考え方や意志をしっかり表現できるようになっていて、親として本当にうれしく、だんだん親離れしていくんだなぁ〜って思った。来年3月に帰ってくる時には、父は再び大きな試練を迎えることになる。大事なことは、その過程であり努力なんだと思う。陽行君も一年間頑張るように、父も負けないように頑張るぞ!



時間を有効に使う

昨日、1月29日(金)は有効な時間の使い方ができた。8時から11時まで自転車遊説。時間がなかったので、添田町→川崎町→田川市→大任町→添田町を廻っていた。田川市は選挙区外だけど、どうしても通らないと行けない。間違えられたらいけないので、「”田川郡”から県政を目指しています神崎聡です。」と一応、”郡”からというところを強調するようにしている。でも、もしかすると間違いられているかもしれないなぁ〜。

11時半から高校時代の同級生から誘われて1時間ぐらい団体の会に参加。13時30分からは、添田小学校の授業参観日があり、1年生・4年生の子供の授業参観してきた。その後、学校では学級懇談会や講演があったが、16時には天神で麻生太郎事務所の元秘書の方から、仕事の相談に乗ってほしいと頼まれていたので、授業参観を途中ぬけて福岡へ急いで向かった。

17時からは、光ブロードバンドサービスBBIQを展開している九州通信ネットワーク代表取締役社長の芦塚社長と仕事の打ち合わせ。芦塚社長は元九州電力副社長で、九州経済同友会代表幹事でもあり、道州制協議会委員等々されておられる。打ち合わせの後、食事を一緒にさせて頂き、いろいろなお話ができた。本当に有意義な実のある話題ばかりであっという間に時間が経った。僕の選挙もいろいろご紹介して頂けるという事で本当に感謝です。それといろんな人たちと接し、こういったビジネス感覚を忘れないようにしておくこともまた大事だと思った。

2010/01/28 19:44


クラウドコンピューティング環境

地域や住民への行政サービス向上に向けた広域行政ICTサービスが本格稼働する時代になってきた。佐賀県は、総務省による「自治体クラウド開発実証事業」に採択されていて、日本ユニシスが佐賀県内にデータセンターを開設し、2010年12月までに佐賀県内6市町(武雄市・鹿島市・嬉野市・白石町・江北町・大町町)の業務システム用クラウドコンピューティング環境の実証実験を始める予定。今後は、自治体クラウドの市場は大きく開拓されてくると思われる。

確か「たがわ情報センター」への取り組みは、たがわ活性化センター構想から出たものだったと思う。当時(10年ぐらい前かな)、田川市郡の1市9ヵ町村の行政情報システムを統合してデータセンターで管理するというものだった。理由はよくわからないけど、結局、活性化センターの構想そのものが破綻して田川市だけの単独でのセンター建設になったんだと思う。きっと田川市郡の合併という政治的課題が見え隠れしていたからなのか?それとも負担額が折り合いがつかなかったのか?ベンダーがバラバラだったから不安を払しょくできなかったからなのか?よく知らない。何れにしても田川を活性化していくためには、広域での取り組みと共通基盤と言うのが不可欠だと思う。

電子自治体は単に地方公共団体の行政事務の効率化のみを最終目標とするのではなく、地域におけるITの積極的活用してく中で、教育や医療・福祉等の分野においても地域の実情に応じた住民サービスの質の向上にもつながってくる。福岡県政への機会を有権者の皆さんから与えて頂いた時には、この田川広域での取り組み、それと民間との協働事業への取り組みを積極的に働きかけ、田川の住民の皆さんにとって、将来最も大切で、地域の振興に本当に必要な事業を、立案・提案し取り組んでいきたいと思っている。



農・商工連携について

田川地域の活性化を推進するために、あるべき田川の街づくり・将来像について提言できる機会があればなぁ〜と思う。地域経済の中核である商工業者と農林業者の活性化を図ることが最大の課題であり、一次・二次・三次産業の垣根を越えて有機的に連携し、お互いが有するノウハウ・技術等を活用することで、新商品の開発・活用そして販路開拓等を促進することが重要なんだと思っている。

平成20年7月に「農商工等連携促進法」が施行されたけど、こういった制度を活用して地域産品の販売促進や新商品開発、地域産業のイノベーションの促進を実施できれれば、本当に地域活性化の起爆剤になるんだと思う。商工連携により、農産物の生産から加工・流通・販売・サービスといった一貫したビジネスモデルも構築できるし、より付加価値の高い商品として提供できてくると思う。それと、食への安全・安心も大きなテーマである。地産地消により自給率を向上することが求められているけど、僕は学校給食だけじゃなく医療・福祉分野への提供も大きなチャンスになってくると思う。地域のスーパーの直売所や道の駅・物産館での販売の他にも、都市部や首都圏への販路の開拓も十分考えられる。「都会の田舎暮らし」をコンセプトとして地域資源を活用したインテリア・雑貨、家具の販売と食や特産物をベースとした”故郷たがわ”の味を提供できるんじゃないかと思っている。



人生は、勝つ時もあれば負ける時もある。

自民党大会でゲストとして講演された野村克也前楽天監督、「私は『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』と言い続けてきた。勝っては反省はあまりしない。そこに落とし穴があったのではないか」と述べて、長期政権にあぐらをかいてきたことが自民党の「敗因」と解説した。先日、ブログで書いた「成功(勝利)に偶然あり、失敗(敗北)に必然あり。」やなぁ〜。勝てば官軍ってよく言われるけど、それがすべてじゃないようにも思う。野村監督が言うように、勝つことに慣れてくると人間誰しも心に驕りが生まれてくる。人生は、負けることで学ぶことも、時には必要なんだと思う。前回、選挙で負けて本当に大きな試練に直面している。懸命に頑張っても、次回どうなるのか誰もわからないし、何の保証もない。でも、頑張るしかないんよなぁ〜。落選して、人の情の温かさも知った。少しは人間が謙虚にもなったかもしれない。そう考えると、負けたことで得るものがあったようにも思う。

人生は、勝つ時もありゃ負ける時もある。人が生きるっていうことは、そういう事なんや!(今さらながら・・・そう思った)



1993年と2009年がどうしても重なる

今日(1月23日)、東京地検で小沢民主党幹事長の事情聴取が行なわれるという。土地購入に伴う収支報告書不記載の認識があったのかどうなのか、ゼネコンからの献金が使われたのかどうなのか、あきらかになっていくのかなぁ〜。

1993年の時を思い出した。金丸信元自民党副総裁の脱税逮捕である。当時、金丸副総裁は佐川急便からの5億円の政治献金を政治資金収支報告書に記載していなかった。ところが、検察は事情聴取をしないで、略式起訴、たしか罰金20万円ですませたんだったと思う。検察はマスコミや世論からえらく批判された。その後、威信をかけた検察は、金丸容疑者を脱税で逮捕し、家宅捜索で金の延べ棒が出てきたのはまだ記憶に残っている。政治資金規正法を切り口に脱税で逮捕したということだった。今度の4億円が政治資金収支報告に届けられていないとするならば、所得申告をしていない脱税との見方もできるそうだけど、既に時効だと言う。ただ、それ以降もゼネコン各社が献金した事実があれば、金丸元副総裁逮捕と同じパターンとなっていく。ここのところがどうなっていくのか気になるところ。

1993年小沢一郎幹事長は、派閥抗争の末に羽田派を立ち上げ、宮沢内閣不信任案で賛成に回り可決、解散となった。そして離党して新生党結成。そして8党派連合による細川内閣誕生。その後については、細川・羽田政権の末路を忘れたのか に書いている通り。1993年という年は本当に大きな節目であったし、今の現状も何となくあの時代と重なってくる。その後、失われた10年と言われていたけど、既に20年経とうとしている。政局は面白いけど、政局よりも政策と言い続ける真の政治を行なわなければなぁ〜って思う。



1月22日、未悠(みゆう)誕生日

長女未悠(みゆう)16 才の誕生日。平成6年1月22日生まれ。昨年のブログ(生まれくる命、死にゆく命)にも書いたけど、午前5時に妻育子から陣痛が始まったと起こされ(結婚当初田川市新町のアパートだった)、田川市の小坂産婦人科へ。立ち会い出産だった。そうそう、起こされた時、えらく痛がっていて、ちょっと僕は夢の中だったのか?動転してのか?とにかく、「歯を磨こう」と言って、痛がる妻に歯ブラシを渡し、なぜか僕も一緒に磨いていた???11時35分、雪が舞うなか、2,580グラムで無事に生まれてきた。
一年経つのも早いけど、16年の歳月もあっという間だったような・・・あれもこれもいろんな事もあり・・・笑いあり涙ありの子育てである。



成功(勝利)に偶然あり、失敗(敗北)に必然あり。

今日は月に一度のランチミーティング。”ビストロみな川”でいつものメンバーと、地域のこと、政治のこと、福祉やビジネス・仕事のこと、教育のこと、選挙のこと・・・実に面白い情報やら、自分とは違った考え方やら、本当にいつも話題には事欠かない。もうすぐ、メンバーに仲間入りさせて頂いて4年になる。本当に信頼のおける、言いたいことが言えるメンバーの方々だと思っている。初めてゲストとして参加した時は、正直、身構えられているような批判的な事もズバッと言われた。きっと僕が大風呂敷を広げたり、これまで仕事(ビジネス)で、取り組んできたことを自慢げに話したり、自分を売り込むためだったとはいえ、到底選挙に出る人とは思えないような、自分のビジネスを語り、仕事に対しての自信に満ち溢れた発言をしていたからだと思う。本当にお恥ずかしい限りであり、今考えると、選挙は一人じゃ戦えず、皆さんのお力を借りないことには始まらないという事を、頭で理解していただけで、言動が伴っていなかったんだと思う。いや、本質をちっとも理解していなかったんやなぁ〜と思う。”成功(勝ち)に偶然あり、失敗(負け)に必然あり”まさに僕のために用意されていた言葉だったんだなぁ〜て反省。

楽しい会話はあっという間に時間が経ってしまう。中身の濃い2時間半のディスカッションだった。特に、教育は本当に大切で、田川の子供たちがこれからどんな大人へと成長していくのか、僕らの責任にかかっているんだと痛感させられる。その後、直方市の麻生太郎事務所に行く。秘書の高木さんともゆっくり話ができて、いろんなアドバイスをもらった。あっ!それと麻生太郎先生からの色紙を頂いた。こういう時は、”チョーうれしい”って言うの?ん〜!全然、似合わないなぁ〜。直ぐに額を買いに行き、自宅の床の間に飾った。本当に達筆だなぁ〜!自分の名前と座右の銘ぐらい筆で立派に書きたいものだと思う。

あっ!それと県政選挙での新しい情報をGET!誰かが出馬するんやろうなぁって思っていたけど、それもあり得るなぁって思った。

2010/01/20 22:50


大人の夢

「夢からはじまる」とタイトルをつけているのは、「夢」のない人生ほど味気ないものはないと、僕自身そう思っているから。「夢」とは本来、現実にありえないことであり、実現したいけれども、まだ実行するには難題がたくさんある「希望」とも、僕は考えている。「夢」の実現に向かって一歩一歩進んでいくためには、もしかすると、その「夢」とは関係ない努力をしなければならないことだってある。夢を実現するためには厄介ない面も多々あるけど、一度の人生ならば、何らかの夢を持ち続けていくことが大切なんだと思う。

40代という年代だからこそ新しい試みにチャレンジし成果を出す可能性を大いに秘めていると思っている。40代は、「今を変えていく」ことへの飽くなきチャレンジ精神と使命感。チャレンジは決して平坦な道じゃなく、むしろ、いばらの道であり、でも傷つきながらも「夢」に立ち向かい、信念を貫かないといけない。40代の夢は、「大人の夢」だからこそ多くの人に接し、語らい、共感できる支持を得て、社会に貢献できる。「大人の夢」は必ず実現できるという不退転の決意もまた、この年代だからこそできると思っている。



麻生太郎先生新春の集い2010(直方市)

1月16日11時より直方市の「グラン・デビュ」で、麻生太郎前内閣総理大臣の新春の集いに出席。先週も今日も、麻生太郎先生にお会いでき、声もかけてもらって、子供のようだけど嬉しかった。なんか追っかけみたいやけど、飯塚も直方も知り合いおられるので、その方々と挨拶するのが目的だったりする。まぁ参加費1,000円で充分に食べられるので、一石二鳥みたいなところがある。直方事務所の高木秘書から、「神崎さんに、代議士から預かっているものがあるから・・・」と呼び止められたけど、何やろうか?とても楽しみ。来週でも福智町に挨拶回りする時に、直方事務所まで足をのばそう。

来夏の参院選で、福岡選挙区から自民党公認で出馬される大家敏志(おおいえさとし)県議が来られ挨拶をされた。先週、のがみプレジデントホテルでも挨拶されたけど、これまで7〜8万人の選挙区から500万人を相手にする選挙になるから本当に大変で厳しい選挙戦だと思う。加えて、新聞報道等の通り、現職の吉村剛太郎参議院議員が自民党を離党して無所属で出馬するから尚更だと思う。民主党も現職に加えて、もう一人擁立するようだし、公明党ももしかすると・・・

2月は香春町長選挙、3月は福智町長選挙・町議会議員選挙、7月は添田町議会議員選挙、同月参議院選挙、来年1月は添田町長選挙。そして来年4月には統一地方選挙と続く。とにかく頑張るしかない!

2010/01/16 23:38


不況時こそ経営者の実力がわかる

この不況下にあって前年対比が120%〜150%の売り上げている経営者の話を聞くことができた。企業規模の大小に関わらず、殆どの経営者が、「経営が本当に厳しいんです。」と嘆いている現状からすると、どこが違うのかなぁって思いながら聞いていた。

今の景気や経済は、政権交代もあって政治が混乱し、景気回復のための有効な政策を打つことは難しいんじゃないかとも思っている。そうであれば、じっとしていても始まらない。こういう時にこそ、経営者としての実力が試される時なんだと思う。「不況だから」とか「うちだけが悪いわけじゃないから」と言い訳している経営者は、既に役割を終えているんじゃないかとも思う。というのも、好況時だったら誰がやってもうまくいく割合が高く、真の経営の実力はよくわからない。この不況時だからこそ、会社の問題点・企業の強み、弱み・社員の資質等々を見極め、不況対策に真剣に取り組むことができる。言うなれば不況時こそ、企業体質を強化できる絶好のチャンスだということなんだと思う。

こういう時は、原点に戻って企業は何のために存在するのかを考えることが大切なんだと思う。企業理念と言うか創業訓が原点であり、他の会社はよく知らないけど、麻生グループは「社会貢献」「価値創造」「温故知新」「異種融合」だった。それに向かってあくなきチャレンジをしていくこそが大事なんだと、社長時代の苦しい時期にそう思っていた。経営者のよりどころは経営理念にあるんだと思う。それと、これまでの常識を打破する思いを持つことなんだとも思っている。政治も経済も、今は平時じゃなくまちがいなく乱世の時代。今一度自分自身を見つめ直し、自分(企業)の実力を見極めることが大事。〜「程度大切」「油断大敵」(麻生創業訓)〜 身の丈を知る、これも肝に銘じながら頑張らねばと思っている。(ホントに!自分自身に言い聞かせながら・・・)



JALが法的整理で・・・

JALが大変な事態になってしまった。経営再建を準備している企業再生支援機構が、会社更生法を活用した事前調整型の法的整理を利用するのに伴い、株主責任を求めるため100%減資を実施し、JAL株の情報維持を断念する方針と報じたためだと思う。それにしても、戦後日本の象徴でもあり半官半民でスタートを切った日本航空がこんな事態になるとは・・・株主優待を期待して出資した株主や安定した株式だと思っていた個人株主を含めて約38万人もいると言われ、いくら株主責任があると言っても、かなり厳しく割り切れない気持ちだと思う。

今では殆ど飛行機に乗らなくなったが、麻生情報システム時代には年80回近く乗っていた。JALカードは今も持っているけど、マイレージもかなり貯っていて本当に便利が良かった。何より尾翼の赤い鶴丸と主翼の日の丸は「日本の顔」「日本の航空機」って感じで、愛着と信用があった。海外出張でも、外国の航空会社にない、「定時制」と「快適性」と安全と安心感があり、やっぱり日本の航空会社はいいなぁって思っていた。

JALには放漫的経営、それに労働組合の乱立によって経営を圧迫したことが当然責められると思う。でも、国を代表する航空会社(Flag Carrier)として、国家的・公的あるいは政治的な理由で不採算の仕事もさせられたことも事実である。そういう歴史や使命を信頼して小口で保有していた高齢者の方も多くいると思う。正直、政府がJALの整理に入って株券を減資100%の紙くずにしても良いのかなぁ〜とも思う。Flag Carrierとして信頼してきた人のためにも90%減資とか95%減資とか、将来再上場に夢をつなぐことができないものかなぁ〜。それともすべて株主責任!?



百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず。

1月9日(土)、大任町を自転車遊説。途中、応援して下さっている方が家から出てくれたり、お茶をご馳走になったり、握手や話しかけてくれたりと本当に有難いことだなぁって思う。まだ今年になって行っていない香春町・糸田町・赤村に早く行かねばと少々焦ってくる。

1月10日(日)Twitterでつぶやいたけど、急に思い立ってと言うか、たまたま家族全員が何も予定がなかったので、九重森林公園スキー場に行こうという事になり、午前8時には現地に着いて、今年の初滑りを楽しんだ。一番下の子も小学校1年生、もう自分一人で何でもできるから父親としてスキーを教える事はなくなってしまった。こけ方も豪快になってきたし、自分できちんと起き上がれるようにもなった。4人の子供とも、初スキーは2才半から3才ぐらいでさせている。後は自分で感覚をつかんで頑張ってね。
”百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず”

1月11日(月)17時より、前内閣総理大臣麻生太郎先生の「麻生太郎を囲む新春の集い」が、のがみプレジデントホテルで行なわれ出席してきた。毎年恒例の行事であり、麻生太郎先生とも麻生ちかこ夫人とも二言三言話が出来たのでうれしい。事務所の秘書の人たちとも後援会の方々とも、それに会社関係の人たちともご挨拶ができたので良かった。飯塚からも直方からも、僕の選挙時に応援に駆け付けてくれる方々がおられ、案内を頂戴した集い(会)や人の集まるイベントには、どこへでも顔を出さないといけない。いろんな会合もあるけど、あれこれ考えてもはじまらない。とにかく行動に移すこと。
これも”百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず”ということかな。

2010/01/11 21:03


知名度を知る一つのバロメーター

今日(1月8日)は、川崎町での自転車遊説。天気が良く気温も暖かく、とても気持ちよく挨拶廻りができた。今日から学校も3学期が始まり、小・中学生の下校の時間にも重なった。目立つのか?珍しいのか?みんな近寄ってきたり、集団で後をついてきたり、嬉しそうに話しかけたり・・・名刺を差し出すと「ありがとうございます」と言って帰宅して行った。よく選挙の知名度を知る一つのバロメーターは、子供たちが政治家の名前を知っているかどうかと言うのを思い出した。電柱にまで頭を下げると言われる選挙。まして、子供たちはいずれ有権者にもなり、大人になってどこでまた会うかもしれないから、しっかり子供に名前を覚えてもらう事も大切だと思う。

本当は、政策を掲げ、他候補者との違いを鮮明にして、そして訴える。辻立ちにしても遊説中にしても、訴えているんだけれども、聞いている人からすれば一瞬だけだから、全部の内容がわからないと思う。ホームページやブログを見てくれていれば、かなり理解して頂けると思うけど、選挙区内の有権者からすれば一部の人しか見てもらっていないのは事実だから、どうしても地縁・血縁そして組織に頼る、ドブ板選挙になるんだと思う。それでも、自分しかできないことがあるんじゃないのか、企業経営で培った経験と人脈そして構想力で新しい産業を創出し、新たな雇用に結びつけられるんじゃないのかと・・・この一点をこれからも訴えていこう。手段はたくさんある。様々な手段を講じるのがプロの仕事だと思っている。

夕方から上田川ライオンズクラブの新年例会(誕生例会)がブリティッシュヒルズ平安閣であった。今年は寅年、年男だったので、皆さんからお祝いをしてもらい、とても気持ちの良い例会だった。選挙に立ったお陰で本当に多くの人たちと知り合いになれた。これ以上の財産なんてないんだと思う。辛く、大変で嫌な事もたくさんあるけど、いい事もたくさんあるんよなぁ〜。もっといろんな人の出会いを大切にしたいと思う。

2010/01/08 23:33


選挙は人間関係の集大成、そして人生の総決算。

今日は福智町(方城→赤池→金田)の自転車遊説。新年のご挨拶という事でまわっている。途中、道で出会う方々に名刺を渡しながら、話をしたり話しかけられたり、ゲートボール場で試合をしている地域の人たちに一人ひとり握手をしたりと、寒風の中一生懸命に頑張っている。でも、小雪が吹雪いたりして、手もかじかんできて、おまけに防寒着を着ていなかったので、途中でやめて帰ろうかなと思った。あと少しだけ頑張ろう、赤池郵便局までは行こうと思いながら・・・自分との戦いやなぁ〜。正直、こんなことをしていていいのかって思う時がある。仕事もやめて、ビジネス感覚も遠のいて、何の生産性もない(利潤を得るわけでない)挨拶廻りと自転車遊説に一生懸命になって・・・「頑張ります」「よろしくお願いします」の言葉をいつも口にし、道行く人には誰にでも頭を下げて・・・そして、何の保証もない。

あっ!自分で選んだ道だから、弱音を吐くのはやめよう。信念を貫くしかない。頑張って、頑張って、栄光を勝ち取った時にはきっと地域の人たちに喜んでもらえる事業ができる。安心した老後も、子供たちの未来も、現役世代の希望もきっと実現できる。そう信じるしかないんよなぁ〜。

いつか子供たちがこのブログを見た時に、「父も弱気の時があったんやね」って思われるかもしれから、「当たり前たい!選挙は本当に厳しい!人生そんなに甘くない!」と書いておこう。
”選挙は人間関係の集大成、そして人生の総決算。” たい!(←大人になった時の子供たちへ)



暖かい空気を共有する

今日(1月6日)12時より添田東行政区の新年会。選挙はとにかく名前を顔を覚えてもらうことからしか始まらないけど、それ以上に”地元の支援なくして当選なんておぼつかない”んだと思う。今日もお一人おひとりとお酒を酌み交わして頂き、何としても期待に応えなければという気持ちになっていった。添田東は縦長で広い行政区でもある。添田町1番地は添田東の畑(はた)から始まる。添田小学校・添田中学校・宮城幼稚園があり、添田町民会館や中央公民館、消防署、郵便局もある。そう言えば、昔、添田町役場も郵便局の斜め前にあったし、福岡銀行も田川信用組合もあった。今僕が住んでいる母屋の隣の(駐車場の上の)家は、水道課があった場所でもある。結構、集中していたんだなぁってふと思った。

皆さんと話していると自転車遊説の話になって、皆さんから見てもらっているんだとわかった。自転車で地域を廻っていると、車中や歩いている人たちから手を振ってもらったり、声をかけてもらったり、握手をしたりと本当に有難い。冷たくなった手でも、しっかり握ってくれ、「寒いのに頑張ってね」と励ましてくれる。あ〜自分一人じゃないんだって、正直うれしくなってくる。だから、辻立ちや自転車で廻っている時は、元気よく自分の笑顔を届けようと努力している。外の風は冷たいけど、自分の想いと情熱が暖かい空気になって届きますようにと・・・今の社会は寒風が吹き荒れているようにも思う。こんな時は、多くの人が集まり互いに発する体温で暖めあう事が大切なんじゃないかと思う。暖かい空気に包まれていれば、自然と人の心は豊かになる。今日のように地域の人たちが集まり、暖かい空気を共有できれば、今の閉そく感を打破できるはずだと僕は信じている。

選挙のための活動は無限にある。やらなければならないことを考えると気が遠くなってしまう。企業と同じように、目的を達成するためには、あれやこれやと手段を考える。そして目標を作りスケジューリングしていく。人間、目標がなければいい加減になってしまうから、具体的に設定することが大切である。でも、それをチェックするのも自分だから、これがまたつらいところ。

2010/01/06 14:40


変革の平成時代

1月4日、自転車遊説で、新年のご挨拶に伺いながら、実質的な活動再開をしている。時間をみながらお葬式に参列し、昨夜は上田川ライオンズクラブ会長宅で新年会。それにしても、今日だけで何ヵ所のお葬式にお参りにいったことか。年末から立て続けに訃報の連絡を受けている。お葬式で亡くなられた人のメモリアルを聞いていると、何となく故人となられた方の生き方や人生に目頭が熱くなってくる。

これから新年会や新春の集い、賀詞交歓会が続いてくる。とにかく人の集まるところには顔を出し、挨拶しよう。今年は寅年、トラの勢いで猛ダッシュ、そして健康に感謝しがら、明るく元気に頑張るのみ。家族の絆をしっかり保ち、夫婦仲良く、乗り切っていこうと思う。変革期にはピンチばかり目がつくけど、多くのチャンスもそこにはある。これまでの常識を変えることができる機会に今巡り合っているんだと思う。折しも、NHK大河ドラマ「龍馬伝」が始まった。坂本龍馬の常識にとらわれない生き方が、明治維新の大きな原動力になったことは間違いない。明治維新、戦後そして変革の平成時代。変革の時代はまだ始まったばかり。積極的に、やりがいと責任感を持って挑戦していこう。



平成22年 新年あけましておめでとうございます

新年 あけまして おめでとうございます。
今年も、皆さん、よろしくお願いします。
今年は「寅」です。9月20日で48才となります。「寅」の刻は、明け方の4時頃で、良き一日の始まりの時刻に当たります。今朝3時半起床し、5時から(社)実践倫理宏正会(朝起き会)元朝式に参加してきました。開会宣言後に国歌斉唱、元旦から清々しい気持ちになりました。
皆さまのご健勝とご多幸を心より祈念致します。

お正月(あけまして おめでとうございます)CMを作成しました。
ご覧下さいませ。

2010/01/01 11:22


平成22年度活動報告

こちらのページは、平成22年活動報告となります。
報告開始は、平成22年1月1日からとなります。

平成21年活動報告はこちらのページからご覧いただけます。
平成21年活動報告



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