神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
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応援弁士として〜朝倉市郡県議選(ふたまた隆幸さん)

3月19日19時半より、ピーポート甘木で、朝倉市郡県議選の立候補予定者”ふたまた隆幸(たかゆき)”さんの総決起大会に応援弁士として、うきは市選出の小河県議と一緒に出席。多くのご来賓、また多くの支持者のご参集の下で、盛会にご開催された。これだけ、たくさんの方がご参集されるというのは、それだけ、ふたまたさんの人間性・魅力があるということであり、多くの皆さんから期待されている表れだと思った。25年間、林裕二朝倉市長の県議時代を秘書として支えてこられ、特に豪雨災害に見舞われた時より、今日まで、本当にご苦労をされてきた。
これまで、秘書として、林裕二先生の影となり、或いは代理として、地元の陳情・要望、そして県政のこと、国とのパイプ、すべて把握されているから、林裕二先生の後を受けての、今回の県政への挑戦は、誰もが認めるところだと思う。即戦力として、一刻の猶予もならない朝倉地区の復旧・復興、そして未来のために、ふたまた隆幸さんを県政に送り出してもらいたい。
緑友会福岡県議団は、”ふたまた隆幸”さんを全面的にバックアップし、朝倉地域のために、精一杯ご支援してまいるとの演説をさせてもらった。

朝倉市郡県政戦は、定数2に5人が立候補を予定している。一昨年7月の九州豪雨からの復旧を焦点に激戦となってくると思う。自民現職は栗原渉県議、きっと改選後は、県議会要職に就かれると思うので、しっかり地元対策として、林裕二先生と一緒に取り組んできた”ふたまた隆幸”さんの役割は本当に大きいと思う。どうか、最後までの「ふたまた隆幸」候補のご支持と、それを広げて頂くことをお願い致します。



議会活動から選挙モードへ!

任期中の最後の定例会(平成最後の定例県議会)を終え、2期8年、この4年間の議会活動・議員活動に邁進することができました。これもひとえにご支援して下さった田川地域の皆さんのお蔭であります。前回同様に、最後まで議員として議会を全うしたいという想いで、2月定例会後に選挙事務所を開くことに予め決めていました。
いよいよ4年間、県政の場で懸命に取り組んできました、議会活動・議員活動の評価を、地元田川の皆さんに問われる選挙となります。皆さんから託された一票一票の重みと、それに込められた想いを、裏切ることなく、また無駄にすることなく、一生懸命に取り組んできた4年間だったと思っています。

2月23日には、福智町後援会事務所で、県政報告・選挙情勢について話をさせて頂きました。また、香春町でも同様に選挙戦に向けて気勢を挙げたところです。添田町の選挙事務所は、今回、添田公園入口の戸渡酒造前で3月2日から開設する運びとなっています。15時からは県政報告と連絡会議を行い、3月29日告示、4月7日投開票に向けて、エンジン全開で頑張って参ります。既に、これまでのように、自民党推薦、農政連推薦で、医師会や薬剤師会、看護連盟など多数の企業団体から推薦を頂きました。田川の皆さん、これからも応援、ご支援をよろしくお願いします。



福岡県知事予定候補者 武内和久さんにはじめて会って・・・

2月16日、たけうち和久後援会と麻生太郎事務所より「たけうち和久後援会事務所開き並びに神事のご案内」を頂き、午前9時半から後援会事務所(福岡市中央区大手門1−9−1第三大手門IRビル1階)で行われた神事、11時から福岡サンパレスホールで開会された事務所開きに出席してきた。
初めて武内和久さんとお会いし、名刺交換させてもらった。麻生太郎副総理兼財務・金融担当大臣にもご挨拶ができ、自民党福岡県連の藏内勇夫会長をはじめ、多くの自民党の国会議員・県議も出席されていた。
事務所開きでは、後援会長の麻生渡前福岡県知事のご挨拶の後、来賓として麻生太郎副総理兼財務・金融担当大臣、藏内勇夫自民党福岡県連会長、福岡県町村会副会長の波多野茂丸芦屋町長、福岡県看護連盟の塚崎恵子会長、そして元九州大学教授で福岡県知事に立候補を断念し、武内和久氏と政策協定を結んだ谷口博文氏が挨拶に立たれた。

 麻生渡後援会長 前福岡県知事

 麻生太郎 副総理兼財務・金融担当大臣

 藏内勇夫 自民党福岡県連会長

 波多野茂丸 芦屋町長 福岡県町村会副会長

 塚崎恵子 福岡県看護連盟会長

皆さんのご挨拶を聞きながら、これまでマスコミの報道では伝わってこなかった事実関係、なぜ自民党が武内氏を推薦したのか、その経緯と選考過程、政策の内容など。また、麻生渡前知事から引き継いできた小川洋知事の行政評価、政治力など2期8年間の総括を聞くことができた。
マスコミでは、知事選挙が福岡6区の私怨を引きずっているかのような報道であったが、皆さんの話を聞いていると、これもまったくの偏向報道・見当違いで、このままでは福岡県は政策後進県となっていき、もはや福岡県を思い切って刷新し、斬新的な政策を実行しないことには福岡県の発展はないという麻生渡前知事の切実な訴えも理解できた。
芦屋町長の波多野茂丸福岡県町村会副会長のスピーチで、小川洋知事推薦が、いつ・どこで・どうやって決まったのか、大変疑念が生じていて、県内の町村長からも不満の声が高まっているとの話だった。
元九州大学教授の谷口博文先生は、実は九州の自立を考える会で、“九州の成長戦略5つ政策提言“を提出した政策提言ワーキングチームの自分が委員をしていた時のアドバイザーであり、政策イノベーション、官民連携事業推進、地域政策デザイン等をご指導頂き、個人的にも一緒にお酒を飲みながらご教授頂いた方。今回の立候補断念はさぞ無念だったんだと思う。でも、知事になることが目的ではなく、自分が考えてきた政策を実現することが目的だと言われる。少子高齢社会の日本はこのままでいいのか、どうすれば日本は変われるか。社会システムの作り方を根本から考え直さなければならない。武内氏が谷口先生の政策に共感し、迎え入れたことは、極めて大きいと思う。
 

 武内和久 福岡県知事予定候補者

最後に、武内和久氏の県政への想いと何がやりたいのか、現県政とはどこがちがうのか、熱く語った。今、47才。僕が最初に選挙に立候補したのが44才の時であり、しかも無謀にも現職に立ち向かったのも同じで、挑戦者として何となく気持ちがわかる。現状を維持し、継続するだけなら、それは後退になってしまう。
少子高齢化の中、福祉と経済成長を両立させる政策を考えている。継続すべきものと、これまでにない構想を描き、エネルギッシュに決意表明された。
今日、初めて武内和久氏の話を聞き、自分が考えていた「高齢化社会に対応した田川地域の将来ビジョン2025」を共有したい気持ちになった。それは、まさに福祉系総合大学を抱える県立大学を核として、決して福祉施設や箱もの行政ではなく、民需によるITの活用や福祉器具の開発、健康産業・研究施設、工場の集積を目指すものである。

県民幸福度日本一を掲げて8年、県民意識調査によれば、福岡県に生まれてよかった、または生活してよかったと言っていただけている方が8割を超えるなど、県民の幸福実感は着実に高まってきていると小川知事を述べられている。当たり前だと思う。自分の故郷を悪く思う人はいない。生まれてこなけれりゃよかった、こんなところに住みたくなかったと言う人なんかいないんじゃないかと思う。そんなことを政策に掲げても、つまるところ、福岡都市圏以外では、生活は一向に良くなっていない。それどころか、都市圏とそれ以外は、道路網の整備や住環境、教育など、すべてにおいて格差が広がってきている。
それでも小川洋知事は、県民生活の安定、安全、安心の向上に全力で取り組み、県民幸福度日本一の福岡県を目指すと言われる。

県議として2期8年の間でわかったことは、県政は二元代表制で、知事(県執行部)と県議会は車の両輪であること。この8年間、県の政策、課題などに対して喧々諤々と意見を戦わせきた。県議会も協力しながら、後押しをしてきたが、それでも知事の掲げる県民幸福度日本一は達成できていない。今、知事選で最大会派の自民党県議団が武内和久氏を推薦し応援している現状を考えると、仮に小川知事が次期知事に就任されても、県民幸福度日本一という政策目標は、現実的には不可能だと思う。
谷口博文先生が知事になるのは目的じゃない、あくまでも政策を実現するための手段だと言われたが、県民幸福度日本一という目的が達成できる見込みがない中で、小川洋知事は、何を目的に知事になろうと考えているのか。
知事になるのはあくまでも手段。目的のため、若い人に自分の夢と政策目標を引き継いでもらい、知事が掲げた県民幸福度日本一が達成できるのであれば、福岡県民にとって、こんなに幸せなことはないように思う。

2期8年、一緒に仕事をさせて頂き、海外福岡県人会や視察をはじめ、正直に言うと小川知事は大好きな人。気もかけて下さり、やさしく、鈍感力と言われながらも、極めて真面目で、人間性は素晴らしい。 一方、武内さんの人となり性格なりは、今日、話を聞いただけで、まだよくわからない。やはり、時間をかけて接していくしかない。小川知事と時間や課題を共有してきた8年間は大きいと思うが、それでも、県民の皆さん、県政にとって、最善の選択はどうすれば良いのかを決断しなければならない。

ただただ、このままでは、県政の大混乱は目に見えていて、福岡県の発展や田川地域の振興は、思うように望めないことは容易に想像できる。
本当に福岡県のこと、福岡県民のことを考えて、10年後、20年後の福岡県の将来を誰に託せば良いのか、きちんと責任のとれる人は誰なのか、今、福岡県・県政が問われているのは、この一点であり、これを焦点に考えないといけないと考える。

5月には元号が新しくなり、福岡県政は、新しい発想で、新しい人脈で、新しい時代に相応しい政策で勝負する!そんな福岡にならねばならない!
 武内和久 福岡県知事予定候補者

 麻生渡前福岡県知事

 元九州大学教授 谷口博文氏



今期最後の定例会(平成最後の定例会)

平成31年2月21日、今期最後、そして平成最後の定例会が閉会した。4年間の県議会を振り返ると、「平成28年熊本地震」、「平成29年7月九州北部豪雨」、「平成30年西日本豪雨」と、九州では3年続けて大きな自然災害に見舞われたが、県議会においても迅速に対応し、被災地では着実に復旧・復興が進んでいる。
そのような中、平成29年10月には、「第37回全国豊かな海づくり大会」に天皇皇后両陛下の御臨席を、平成30年9月には、「第4回世界社会科学フォーラム」に皇太子同妃両殿下の御臨席を賜り、両陛下、両殿下共に被災地である朝倉市をご訪問頂き、被災者の方々にお見舞いの言葉をかけていただいた。

本日は、閉会後に議長よりのご挨拶があった。その中で、本県議会議員の多くの会員である「九州の自立を考える会」の成長戦略に係る政策提言の取り組みが着実に進んでいる中、議員提案による「観光王国九州とともに輝く福岡県観光振興条例」、「福岡県犯罪被害者等支援条例」、そして本日議決した「福岡県における性暴力を根絶し、性被害から県民等を守るための条例」を制定するなど、九州各県と一体となった本県の成長発展や県民の安心・安全の確保を図ってまいったとの言葉であった。
さらに、福岡県タイ友好議員連盟をはじめ、県議会をあげた誘致活動が実を結び、昨年10月にタイ王国総領事館が福岡市に開設されるなど、国際交流の分野についても大きな成果をあげることができたとの言葉であった。
議長から県議会の主な成果を挙げられた、「九州の自立を考える会」の政策提言では、政策提言ワーキングチームの委員として、条例制定では、県議会議員政策提案検討会議の委員として、またタイ王国総領事館誘致では、福岡県タイ友好議連副会長として、直接関わることができたことに、議長のご挨拶を聞きながら、感無量の気持ちになった。

2期8年、また今期4年間、議会活動・議員活動を全うできたことを誇りに、これからも県民福祉の向上と県政発展のために、さらに頑張っていこうと決意も新たに、明日からは選挙戦に集中し挑んでいく。緑友会福岡県議団全員の当選を目指して!
井上忠敏 会長(小郡市)
吉武邦彦 副会長(宗像市)
神崎聡   幹事長(田川郡)
椛島徳博 政策審議会長(柳川市)
江口善明 副幹事長(久留米市)
堀大助   政策審議会副会長(行橋市)
小河誠嗣 政策審議会副会長(うきは市)



ふくおか県議会だより(平成31年2月発行)第29号

県議会では、議会活動を広く皆様にお知らせするため、 「ふくおか県議会だより」を発行しています。第29号・平成31年2月発行されましたので、お知らせします。 表紙には、「性暴力抑止条例(仮称)」の制定へ向けてについて書かれています。今議会(2月定例会)で制定に向けた検討の真っただ中ですが、議員提案政策条例会議の委員として役割をしっかり担っています。ふくおか県議会だより第29号に掲載された写真もありますので、拡大してアップします。

 PDFはこちらから

  1ページ(表紙)

 7ページ右上段

 7ページ右下段



平成30年度添田町子ども議会

平成31年1月28日10時、平成30年度添田町子ども議会が添田町議会議場にて開会された。今年でで3回目の子ども議会で、子どもたちが、町政や町議会の仕組みを知ることで、町政に関心を持ち、自らすすんで地域での活動やまちづくり活動に参画する意欲を育てることにより、添田町の将来を担うリーダーを育成することを目的に添田町子ども議会を開会することを目的としている。町内の5小学校(添田小学校、中元寺小学校、真木小学校、落合小学校、津野小学校)6年生の6名の子ども議員が質問に立った。それぞれ身近で具体的な課題を示しながら、鋭く町執行部に質問・提案・要望を行なった。町長もたじたじのところもあり、また県政にも直結している質問もあり、今後、寺西町長と共に解決に向けて取り組んでいこう。

‐学校の統廃合について
昨年の子ども議会でも小学校の統廃合についての一般質問があり、町長さんは、「児童や保護者、地域の方々の理解をいただきながら、進めていきたい」とご答弁されたとお聞きしまた。私たち津野小学校では、地域のお年寄りや地元の方と一緒に、ものづくりを体験する行事があります。行事の日は、いろいろなお話しをしたり、地域の方と一緒に給食も食べたりします。みんな、行事がある日をとても楽しみにしています。
運動会も地域と合同で開催し、学校と地域が一体となって、津野地区を盛り上げようと取り組んでいます。こうした活動が続けられてきたからこそ、今の津野地区があるんだと思います。
私は、統廃合によって、このような行事や取り組みが、少しずつなくなってしまうのではないかと心配していますし、学校は地域や人と人とをつなぐ大切な役割を担っていると感じています。
『小学校の統廃合』についての地域説明会が町内の各所で開かれたとお聞きしましたが、そこでは、どのような意見が出されましたか?また、小学校の統廃合は、現在、どのように進んでいるのか、今後、どのように進んでいくのか、現在の状況とこれからの計画についても教えて下さい。

空き家対策について
日本国内では少子高齢化が進み、お年寄りの方々が亡くなった後、誰も住まなくなった家、『空き家』が増え続けているということをニュースで知りました。私達が暮らす添田町にも、約三百戸の空き家があると聞き、とても驚き、心配しています。現在の日本は、地震や台風、大雨などの自然災害などが多く、人が住まなくなった空き家は、手入れが行き届いてないため、倒壊の恐れや火災の発生なども考えられますし、治安面においても不安がつきまといます。添田町では、『空き家にしない取組み』や『空き家を活用した取り組み』を何か行っていますか? それはどういったものですか?
先日、インターネットで『空き家』について調べてみると、『折りたたみ式住宅』と書かれたページがありました。閲覧してみると、何の変哲もないただの箱が家の形に変身していく動画が配信されていました。この『折りたたみ式住宅』は移動もでき、使用しなくなったら、折りたたむことも出来るので、『空き家対策』に活用出来るのではないかと思います。すでにイタリアでは、実用化され、販売もされているとのことですので参考にしてみてはいかがでしょうか。また、『空き家のリフォーム』を推進してみてはどうですか?最近では、古い家のよさを好む人もいると聞きます。古民家カフェやリフォームした家を借家にして利用するなどの方法もあります。家が欲しいと思う人にリフォームした空き家を貸し出すことで人口も増え、 添田町も活性化すると思います。是非、検討してみて下さい!

C羝技校区へのスクールバス導入について
2年前の第1回子ども議会で、私たち中元寺校区の先輩が「中元寺地区でもスクールバスの運行を行ってほしい」という内容の要望を行いました。その時は 中字生の徒歩通学可能範囲は6kmであり、中元寺地区はその範囲内にあるため、徒歩通学をして下さいというご答弁を受けたと伺っています。中元寺地区から添田中学校へのルートは2つあります。一つは、中元寺トンネルを抜け、添田西、添田東地区を通るルート、もう一つは、庄西、庄東地区を通るルートなのですが、この2つのルートには、歩道も外灯もほとんど無く、見通しもきかない箇所などが多い危険な道だということをご認識されていますか? しかも、現在は中元寺トンネルが片側通行となっていて、さらに危険性が増しています。私には、とても徒歩通学や自転車通学が可能な状況であるとは思えません。また、登校時、最初に説明したルートには、有料の町バスが走っていますが、下校時はその町バスでさえ、出ていないと先輩たちから聞きましたし、部活動の後、歩道も外灯も設置されていない道を歩いて帰るということは、現実的ではないと思います。『中学生の徒歩通学可能範囲は 6km であり、中元寺地区はその範囲内であるため、徒歩通学をして下さい』とおっしゃるのであれば、中元寺トンネルを含め、スクールゾーンの早急な安全整備を、もし、そうでなければ、中元寺校区を対象としたスクールバスの導入や町バス利用の無料化などを検討していただけないでしょうか。私たち6年生は、4月から添田中学校へ進学します。どうか、早急にご検討をお願いします!

ぃ複卞田彦山線の復旧について 豪雨災害により、JR日田彦山線 添田~夜明間が運転見合わせとなり、1年半が経過しました。列車に乗って通学していた先輩や、塾や習い事に行く人たちが不便な暮らしをしています。現在は、代行バスが走っていますが、列車ほど大勢の人を目的地に運ぶことは出来ません。毎年楽しみにしている歓遊舎への歓迎遠足も、時間や乗車場所の違う町バスと代行バスに別れて乗らなければなりません。
JR日田彦山線が復旧することによって、町の活性化につながると思います。私たちが通う落合小学校からは、山あいを列車が走っている光景を見ることが出来ました。列車が力強く走る音や山々に響く警笛を聞くと、自然とやる気が出たり、元気をもらえたりもしました。落合小学校では毎年5月に彦山駅の清掃を行っています。列車が通っている時には、地元の人だけでなく、英彦山の観光や登山を楽しみにしている利用客がたくさんいました。中には、掃除をしている私たちに話しかけてくれるなど、とても和やかな風景も見れました。運転見合わせとなってからも、駅の清掃は続けていますが、降りてくる観光客の姿は無く、とても静かで活気がありません。列車が通れば、今より大勢の人が落合・英彦山地区を訪れ、地域も賑わい、活気も出てくると思います。 JR 日田彦山線復旧に向けての協議はどのようなところまで進んでいるのですか?また、復旧に向けて、私たちに何か協力出来ることがあれば教えて下さい。

ニ漂勸汰乾ラスの活用について
先日、私たち真木小学校では、防災安全ガラスについての学習をしました。ガラスには、色々な種類のものがありますが、この防災安全ガラスは、2枚のガラスの間に合成樹脂がはさみこまれていて、ハンマーで叩いても、穴があきませんし、周囲への破片の飛び散りも抑えられます。もし、身の周りで災害がおきても、このガラスを設置していれば、家の中の被害や中にいる人への被害、『二次被害』を減らすことが出来ます。
学校や病院、公民館や災害時に避難所となる集会所など、人が多く集まる場所には、まさにうってつけの優れものガラスです。
現在、添田町では、この防災安全ガラスがどれくらいの公共施設に設置されていますか?また、今後、学校などへの設置計画や一般家庭への普及促進などの計画はありますか? 安心・安全のまちづくり、災害への備えとして、防災安全ガラスを活用してはいかがでしょうか?

Τ惺算楡澆竜抛開放について
私達は、休日の教室や体育館などを利用して、いろいろな取り組みを行いたいと考えています。
例えば、わからなかった箇所や苦手な教科を克服したいと思う子ども達が集まり、お互いに教えあったり、先生達に教えてもらう勉強会の場として、あるときは、「英彦山がらがら」などの添田の伝統工芸品の作り方を教わるような体験学習が出来る場として、またあるときは、スポーツ大会を開催して「健康で元気なまちづくり」を、フリーマーケットでは「リサイクルのまちづくり」を、のど自慢大会では「明るく活気あふれるまちづくり」を応援したいと考えています。
学校を活用して地域や添田町を盛り上げたいと考えているのです。それには、ボランティアの方や地域の方、大人の方の理解と協力が必要です。
休日はガランとしている学校が、人々の心をつなぐ場所になれば、添田町はもっともっといい町になると思います。
是非 学校施設の休日開放についてご検討いただきたいと思います!よろしくお願いします!



3期目の県議選に向けて

3月29日(金)告示日、4月7日(日)投開票の県議選に向けての準備をしている。2月6日から始まる任期最後の2月定例会の会派代表質問や一般質問、意見書調整や条例検討会議等々、県議としての仕事を疎かにすることなく、最後までしっかりやり遂げることが、4年前に付託を受けた一票一票に応えることだと思っている。それでも、選挙向けて、時間があれば挨拶回りと、夜は会合や懇親会に出席し、帰宅してからは名簿整理や選挙公報やビラ・ポスター・リーフレット・法定ハガキ等々の作成準備、選挙事務所の立ち上げと後援会会議の段取り・・・考えただけでしなければならないことが山のようにある。今回で4度目の選挙戦となり、段取りは頭の中で整理されているが、毎回毎回、選挙の状況も環境もやり方も違っていて、常に機に臨んでは変に応じた対応が求められる。統一地方選挙、刻々と変わる選挙情勢をよくよく見極めながら、限られた時間、限られた資源の中で、これからも受けた恩を忘れず、裏切ることもなく、精一杯頑張ろうと思う。



改元の年

2019年5月1日より、新天皇即位にともなう新しい元号の時代が始まる。元号(一般的には年号)とは、中国を中心とする東洋の漢字文化圏に広まった紀年法のことをいう。その始まりは紀元前115年頃、前漢の武帝が「建元(けんげん)」という年号を定めたのが最初だとされている。以来、中国では吉兆とされる漢字を組み合わせた元号で年を表すようになり、それが中国の影響下にあった地域に広がり、それぞれの王朝が独自の元号を用いるようになった。日本は、崇峻(すしゅん)天皇、推古天皇の時代に遣隋使を派遣して中国の文化の吸収を図りつつ、中国の律令制度を取り入れ本格的な国家建設を目指すようになり、元号制度も、その過程で取り入れられたものである。

初めての元号は、645年の大化の改新の「大化」であり、今日まで脈々と続き、調べると、南北朝時代に双方で使われた元号も含めると、全部で247にのぼる。「明治」により、新しい天皇が即位したときに改元する「一世一元の制」が導入されたが、それまでは新天皇即位など慶事があった際の「代初めの改元」だけでなく、大地震や大火、飢饉、疫病などが発生すると、「災異(さいい)の改元」に踏み切ったり、時の為政者が人心を一新するために元号を変えてきた。最も長く30年以上続いた元号は、室町時代の「応永」のみであり、20以上に区切ってみても、「延暦」「正平」「天文」「寛永」に限られ、最も改元の間隔が短いのは、鎌倉時代の「暦仁(りゃくにん)」で2ヵ月と14日間。

元号の起源が前漢だったこともあり、日本で使われてきた元号はすべて、中国の古典を出典としていて、「尚書(書経)」「周易(易経)」「文選」「後漢書」「漢書」などがその代表例となっている。「平成」も、「史記」と「書経」からとられている。興味深いのは、「大化」から「平成」までの247個の幹事が使われているが、重複したものを除くと実際に使われている漢字の数はわずか72文字であり、そのうち21文字は10回以上も使われているということである。

現在、元号を使用する国は日本だけとなっている。元号の本家である中国も、清朝最後の皇帝時代に使われた「宣統(せんとう)」を最後に、元号を使用していない。元号不要論を唱える人がいるが、日本という国の素晴らしさは、元号を使い続けていることにあるんだと思う。それは元号が日本人の文化、歴史観に深く結びついており、「日本固有の文化」ともいえるものになっているからではないか。

何とも皮肉な結果であるが、「昭和」は、国民の平和、世界各国の共存繁栄を願ったものだったが、歴史的には戦争の絶えない時代であった。「内『平』かに外『成』る」「地『平』かに天『成』る」との願いを込めた「平成」も、多くの自然災害に見舞われた。こうやって元号を遡ってみると、実は歴史の連続性の中で生きていることに気づかされる。こうした歴史、現実を直視してこそ、今を生きる日本人が目指すべき道がみえてくるのはないか。

新元号も、これまでに使用されてきた漢字、なかでも読み書きしやすい10画以下の漢字が用いられるのではないか。どのような組み合わせになるか楽しみである。

日本の元号に使われた漢字と使用回数(出典『日本年号史大事源』雄山閣)
29回 永
27回 元、天
21回 治
20回 応
19回 正、長、文、和
17回 安
16回 延、暦
15回 寛、徳、保
14回 承
13回 仁
12回 嘉、平
10回 康、宝
9回 久、慶、建
8回 享、弘、貞
7回 明、禄
6回 大
5回 亀
4回 寿
3回 化、観、喜、神、政、中、養
2回 雲、護
1回 乾、感、吉、亨、興、景、衡、国、斉、至、字、朱、授、勝、昌、昭、祥、成、泰、鳥、禎、同、銅、白、武、福、霊、老、祚、雉



平成31年お正月

平成も最後のお正月となる。長いようであっという間の平成の時代だった。いや、様々な出来事が起こり、振り返ると、激動の平成時代であり、長い年月だったように思う。新たな年号を迎える今年は、いろんな意味で節目の年となるんだと思う。両親は亡くなり、子どもたちもずいぶん成長した。移りゆく時代の流れを痛感しながらのお正月だった。

新しい年を迎え、2期8年、これまで活動してきた成果をしっかり出さないといけない。時代はまさに大きく動いている。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



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