信用と信頼
信頼関係をつくっていくには、真心で接していく事と、それには相当な時間が必要になってくる。その信頼関係も、自分に信用力がないとダメだし、相手の方が信用できる人なのかどうなのか、その人の長年積み上げられた社会的な人付合いで見定めれるところも大きいと思う。「信頼できない」となると2人だけの関係となるが、「信用できない」となると”社会的に”という意味合いになるから、自分だけじゃない評価になったりして、家族や次の代にまで関係してくるように思う。だから人は、何年も培って、何代にも渡って、誠実に実直に日々の生活を送って初めて信用を得るんじゃないかと思う。 それが一瞬にして崩れる時があるんやなぁ〜。選挙っていうのは、人間関係が一番ドロドロした部分であり、様々な状況の中で決断しなければならない時がくる。その判断を誤れば、「信頼」も「信用」も一瞬のうちに失ってしまう。もし、信頼関係を損なったとしても、2人だけの関係であれば、いつかは修復できるかもしれない。相手の意に沿わず信頼関係が損なわれたとしても、いつかはきっとわかってくれる日が来るんじゃないのかなぁと思っている。それに比べ、社会的信用はこれはもう取り返しがつかないように思う。「昨日の敵は今日の友」という言葉あるけど、自分の中じゃ割り切っていても、なかなか周りが評価しないのが世間というもの。「え!? へぇ〜」と少し耳を疑うような話が福智町であった。人は感動して動くものだと思っていたけど、理屈も通らず、そこには感じるものが何もない。もし、自分の利益だけで動いたんであれば、これはもう信用と言う言葉よりも人間不信に陥っていく。 選挙を通して思ったこと。お金とか自分の利益のために動く人は、信用を失う。信用というのは、次の世代まで影響する。だから僕は次世代に残さなければならないのは、”財産”じゃなく、”信用”なんだと確信した。 |
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2011/01/20 08:11
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