「笑い」を共有する、ただそれだけ。
打てば響くっていうか、ツーといえばカーといったコミュニケーションが生活を共にしていると夫婦の間に育ってくる。所謂「あうんの呼吸」ってやつかな。別々に買い物をしたりしても、だいたい同じものを買ってきたり、顔までも似てきたりするから不思議である。夫婦や恋人や友だち同士の相性のバロメーターは、「笑い」を共有できるかどうかにあるようにも思う。笑いには、まわりの人を巻き込んで全員を楽しくしてしまう伝染力があり、その人の個人的な体験や教養、感受性、趣味、指向といった人間性をも決定しているところもある。 そうは言っても「笑い」ほど複雑な性格をもった感情はないと思う。「ほほ笑み」が人との調和をはかろうとする笑いなら、「せせら笑い」は人を傷つける笑いであり、「あざ笑い」は他人の失敗を笑う笑い、「苦笑い」は自分自身を笑った笑いである。バカ笑い、泣き笑い、照れ笑い、せせら笑い、ニタニタ笑い、思い出し笑い・・・いろいろある。家庭や職場やサークル・地域でも日常的に笑顔が溢れているところは、まず何と言っても明るい。 そういった意味じゃ子どもが大声で無邪気に家の中で庭でハシャイでいる光景は、何より旺盛な生命力を感じる。家族が「笑い」を共有する、この単純な事が何より大切だと思ったりする。 昨日はライオンズクラブの例会(花見会)だった。川崎町福祉センターの庭にある桜を見ながら・・・
2008/04/05 09:35 |
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