本質はここにある。
お盆明けから、本格的に9月定例会に向けて会派の政策審議会による取り組みが始まった。今回、3度目となる代表質問の機会を頂き、会派の理念や一貫した考え方を通じて、他会派とはちょっと違ったオリジナリティを出した質問内容にしたいなぁと考えている。当然、現場での声を聞き、県政全般にわたる様々な課題と「九州はひとつ」というコンセプトの中で、県域を越えた広域行政への取り組みを見据えていきたいと思う。県民幸福度日本一を掲げる小川県政。県民幸福度の基本は、県民生活の安定・安全・安心の向上にあり、それらを実現するために具体的な施策について目標を定めて達成度をチェックしてきている。 改めて、県民幸福度日本一とは何かを考えてみた。目標はただ一つ、一人ひとりの県民の皆さんの幸せにつきるんだということ。様々な具体的な施策の目標値を決めてはいるけど、その手段が目的に変わってはいけないんだと思う。一つひとつの政策の達成度は、あくまでも幸せを求めるための必要な数多い手段の一つに過ぎない。だから、議会や議員は、数値を達成したかどうかを見るよりも、そこに至る過程を評価し、一歩でも近づこうとたゆまぬ努力をする姿勢をしっかり見ることが大切なんじゃないかと思う。 ここ数日、この事をしっかり基本に据えて、代表質問の骨子を考えていた。今日(8月21日)、福岡県教育庁筑豊教育事務所で教育問題について話を伺ってきた。教育も同じで、教育とは何か、子どもたちを育てるには何が大切なのか、本質はここにあるんだと思う。田川の厳しい教育環境の改善のために、これまで児童生徒支援加配、指導方法工夫改善教員が手厚く配置されてきたが、田川には国の基準では対応しきれない様々な問題を抱えた子供たちがいる。生活に困窮する家庭からやっと登校する子供たち、不登校問題そして学力を見ても、全国平均・県内平均を下回っているのが現状である。基本的には、田川の子供たちの学力向上のために、家庭環境の言うまでもないけど、学校現場では、教師の質と量を豊かに高めてもらうこと、それができてこそ、厳しい環境下にある田川の子供たちに真の学力とたくましい生きる力をつけることができるんだと思っている。これまでの取り組みで少しずつであるけど、学力は高まってきて、格差は縮小もしてきているが、未だ十分な学力として反映されていない。そんなことを考えながら、事務所の方々と1時間以上にわたり、中高一貫教育校や小中連携、特別支援学校や専門学校の取り組みなどについて意見交換をさせてもらった。 不易流行の言葉の通り、常に努力を重ねつつ、さらに新たな手段や技術などの手立てを講じることで、そこに進歩があり、教育の根本・本質により近づけると思う。つまり、教育の本質的なもの「不易」を追究するためには、常に変化「流行」しなければならないのであって、その「変化」は、きちんと本質的なものを踏まえていかねばならない。県民幸福度の追及(教育の進むべき路)という不易に対して、県民の現状や地域の実態(子供たちの現状や教師の力量)に基づいて、流行的側面を取り入れた不易の行政(教育)が、これからの県政(教育)のあるべき姿じゃないのか、そんな感じがする。 僕の本質はどのにある? 2014.08.21 23:48
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