神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
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父(次彦)が亡くなり丸10年

1999年11月10日午前8時57分、JR日豊線で父は感電死した。JRが電流の異常を感知した時間だから間違いなく、ハゼを釣りにカーボンシャフトが2万ボルトの電気を通して一瞬の出来事だったと聞いた。今年で丸10年になる。11月10日前後には、毎年欠かさず事故の現場にお参りに行っている。今年も時間に間に合うように行ってきた。電線とカーボンシャフトは直接当たっていたわけでなく、鉄橋が下が鉄板だったため高圧電流が流れたとの事だった。きっと、川の魚を目で追いながら鉄橋を渡ろうとしていたんだと思う。帰りには、父が戦時中に疎開していた祖母(敏代)の実家に立ち寄った。おばあさんの実家は、新吉富村宇野(現上毛町)で、よく父(次彦)が宇野の(父の)祖父(穴田松三郎)の話をしてくれた。だから、この辺りの地理は本当に詳しく、山国川まで釣りによく行っていたのを記憶している。

自分の一番好きな釣りをしながら、苦しむ事もなく、それこそあっと言う間もなく、逝ってしまった。きっと心残りは孫の成長だったような気もするけど、まさか自分が死ぬとは思ってもなかったから・・・よく人はPPK(ピンピンコロリ)で死ねればいいと言われるけど、残された家族はこれほど残酷なものはない。(亡き父の命日に)(親父へ)(何となく”ぞろ目”が気になり・・・

2009/11/10 12:24

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