神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
last update 2017/10/16 14:50
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いつの時代にも、ためになる論語

今になって麻生内閣の景気対策は正しかったんだと時間が経つにつれて証明されてきている。麻生政権時の補正予算が今実行され、何とか地方の公共事業が下支えをしている。民主党が政権を取ったら、ガラガラポンのように予算の組み替えが行なわれ、夢のような日本が再生されると言った衆院選だったが、結局は自民党のあげ足ばっかりとっていたに過ぎず、正しい、前向きな国家戦略もなく、経済に対するアプローチもなかったことがわかった。★ここから田川弁★12月17日付ブログここまでマニフェストが違ってくると・・・で書いけんが、政治家っち言うんは、国民の模範にならんといけんやろうが!平気でほらんじょ吹いたり、ひょうくらかしたり・・・過ちを犯した時は、たいらく言わんで責任を取らんとつまらんやろうもん。一般社会やったら、市場から余儀なく退場されるしたい、あげくのさんぱちにゃ誰からも、うてあわれんようになるばい。めんどしいかろうもん!・・・★ここまで田川弁★わかりますかねぇ?

「過ちて改めざる、これを過ちと謂う」(論語 衛霊公第十五) 人が過ちを犯すことはやむを得ないが、過ちと気づいたらすぐに改めるべきで、改めようとしないことこそ真の過ちであるという教え。そんな事は当たり前のことで、もし間違ったことに気づいていながら直さなかったら、居直りって言われても仕方がないこと。ミスや間違いを犯した時、「人間だからしょうがない、会社や組織のため、お客さんのためにやったこと」と言い訳したり、誤魔化したりしても世の中そんなに甘くない。自分が間違いを犯してしまったときに、なぜその間違いを犯したのか考え、検証し、理解して初めて「過ちを改める」ことになるんだと思う。

「君子の過ちや、日月の蝕の如し。過つや、人皆これを見る。更むるや、人皆これを仰ぐ」(論語 子張第十九) 君子の過ちは、日食や月食にたとえられる。君子は過ちを犯しても小人と違って隠そうとはせず直ぐに改めるので、人々が日食や月食を見るときのような感銘を与えるものということ。まぁ君子じゃなくても、誤魔化したり体裁をつくろうすること恥ずべき行為だと知っていれば、自ずと態度にあらわれてくるんだと思う。

「過ち」への対応いかんで、その政治家が信頼に足るかどうかを見極められるんじゃないかと思うようになった。だから政治を志す人の心構えは、自ら抱えるリスクを認識したうえで、そのリスクを予防し、問題となった場合は過ちを認めて、誠実に対応していくことが何より大切なんだということだと思う。逆に言うと、見えないリスクに対して妙に不安を抱いたり恐れたりする必要はないのかもしれない。

時代は変わっても、人間はそんなに進歩していないということなのか?本棚から、「マンガ孔子の思想」を取り出しては面白く読んでいる。

マンガ 孔子の思想 (講談社+α文庫)


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