神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
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「三矢の訓え」のように

毛利元就が三人の息子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)を呼び出し、まず1本の矢を取って折って見せるが、続いて矢を3本を束ねて折ろうとするが、これは折る事ができなかった。そして元就は、「1本の矢では簡単に折れるが、3本纏めると容易に折れないので、3人共々がよく結束して毛利家を守って欲しい」と告げた。息子たちは、必ずこの教えに従う事を誓った。
「三矢の訓え」は、萩城を築いた毛利輝元の祖父・元就が、三人の息子(隆元、元春、隆景)にあてた教訓状をもとに作られた説話。大きくなればなるほど一族間での争いが生じることは戦国の世の常である。毛利家の将来のため、一家の頭領として三人の子どもに一致団結を切々と説き「1本の矢なら簡単に折れるが、3本まとめて束にすれば折れない。それと同じように、3人が力を合わせれば、誰にも負けることはない」と諭したと伝承されている。

令和7年5月10日11日、上添田財団区の須佐神社神幸祭が執り行われた。今年の神幸祭は、我が家の男三兄弟が初めて一緒に御神輿を担ぐことになり、時代の流れっていうか、我が家も確実に世代交代しているんだと実感した。嬉しくもあり、頼もしくもあり、だんだん歳を取っていく自分自身が情けないような気もするし・・・それより何より3人が一生懸命に頑張ってくれたことが嬉しかった。
長女も含めて4人の子どもたち一人ひとりが、それぞれ就職し、また家庭も持ってくると、きっと自分自身の持ち味を生かした人生をそれぞれが歩んでいくと思う。願わくば、神崎家や地域に何かあった時は駆けつけて、みんなで力を合わせて集まり、事に当たってほしいなぁと思う。

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2025.5.13



忘己利他(もうこりた…己を忘れて他を利する)

12月定例会も終わり、いよいよ来春の統一地方選に向けて準備をしている。地域での挨拶まわりから帰宅するとポストに、お寺から”ふるさと通信”「法光寺だより」が入っていた。その一説に、「おらがおらがの我を捨てて、おかげおかげのげで生きよ」という詩があった。
続けて、「江戸時代の僧侶で歌人として有名な良寛という方が詠んだとされる歌です。私が私がという自分中心の考えでは見えてこない世界があります。「他力本願」という阿弥陀さまの光に照らされた、おかげさまの命を共に歩ませていただきましょう。」と書かれている。

自分自身を振り返ると、どうしても自分中心に考えてしまうことがある。もっとこうして欲しい。要求や要望、まわりに望むことが多くなりがちになっている。
忘己利他(もうこりた)という言葉があるが、これは、「己(おのれ)を忘(わす)れて他(た)を利(り)するは慈悲(じひ)の極(きわ)みなり」いう最澄の言葉で、自分のことは後にして、まず人に喜んでいただくことをする、それは仏さまの行いで、そこに幸せがあるのだという言葉だという。つまり、我欲が先に立つような生活からは幸せは生まれないのだという。

4年1度の選挙は、この言葉を思い出させてくれる。何のために政治を志したのか。誰のために何を為すべきなのか。原点にかえる。原点を忘れてはならない。何もないところから最初に応援して下さった方々を思い出しながら、「忘己利他」”おらがおらがの「我」を捨てて、おかげおかげの「下」に生きよ”

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2022.12.24



法光寺だより〜”つもり”

昔先輩から「己知らずと、恩知らずほど悲しいことはない」と教えられました。今回は己について考えていきます。「自分のことは、自分が一番知っている」と言う声が聞こえてきそうですが、はたして自分自身に出会っているのでしょうか。知っているつもりになっているだけではないでしょうか。
自分の顔を見たことがありますか?「鏡を見ればわかる」と返ってきそうですが、自分の根性の現われた顔はどんな時の顔でしょうか。喧嘩している時の顔です。相手が憎たらしい顔でポンポン文句を言ってくるでしょう。こちらも同じような顔で文句を言っているはずです。でもそのような顔は見るすべがないですよね。ほら、自分の顔さえ知らないじゃないですか。しかし、容易に想像できますね。 ところが「自分はあんな顔はしません、何時もにこやかです。」と自分のことを知ったつもりになっているのです。この「つもり」が怖いのです。「ひょっとしたら」と小さな「?」が着けば、聞きます、尋ねます、求めますからね。ところが、「つもり」のままだと聞きもしなければ尋ねもしません。

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この頃高速道路を逆走している車の影像をテレビで見かけますね。あの逆送している車の運転手は、逆送していると思っているでしょうか。いいえ、「ひょつとしたら」と小さな「?」でも着けば、ブレーキをかけるはずです。あのスピードで走っているということは、逆送しているなんて思ってもいない証拠です。 同じように、自分の事を知っているつもりで生きているのではないでしょうか。 怖いですね。 ある男が、テレビを見ていると高速道路を逆走している車の影像が映っていました。「そういえば、おやじが今日、高速道路を走っているはずだ。注意してやろう。」と、車に電話をかけます。「おやじ今、高速道路を逆走している車が一台あるぞ、注意しろよ。」
それに対して父親は、「こっちは一台どこじゃないぞ、何十台も逆走してくるぞ。」逆走していたのは父親の車だったと言う笑い話があります。けど、笑ってられますか、日頃の生活でこれをやってませんか「何時も自分は正しい。間違っているのは、相手。」時には自分が逆走していることもあるはずですよね。

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つぎに、物事を計量するためには、基準になる物差しが必要です。私達は、正しい物差しで物事を計量しているでしょうか。

くまのプーさんというアニメがあります。そのくまのプーさんの友達にルーというカンガルーの子供がいます。そのルーが背丈を測るのに印を着けます。しばらくして又、印を着けたら背が縮んでいたのです。何度計っても縮んでいくのです。ルーは悩みます。「僕はこのまま小さくなって消えてなくなるんじゃないか。」と。そして、プーさん達に相談します。プーさん達がルーが印を着けたところを探て、見つけました。ルーが背丈を測るのに印を着けたのは、ひまわりの茎だったのです。ルーの背が縮んだのではなく、ひまわりの茎が伸びただけだったんです。かわいらしい話ですが笑ってられますか。私達も変化するもの、うつろいゆくもので物事を計っていませんか。

2022.2.2



成功した時は、窓の外を見よう。

”成功した時は、窓の外を見よう。そして、成功の要因を見出そう”
”失敗した時は、鏡を見て、自分に責任があると考えよう。”

「成功」功を成すことも大事だけど、「成幸」幸せを為すことも忘れないように。

人生というのは何がおこるかわかりません。予期せぬ衝撃的な事が次から次へと。それでも、地球は回っているし、時代は常に変化しています。
何が起こるかわからない時代だからこそ、指導者は先見性を持たなければなりませんし、逆に先見性を持てない人は指導者としての資格がないといっても過言ではないようにも思います。まさにリーダーの役割は極めて大きい時代になっているんだと思います。
時代というものは刻々と変化していますから、昨日は是とした事が、明日には時代遅れだということが、この新型コロナウイルスの感染拡大で明らかになりました。 したがって、どのような時代に移っていくのか、経済はどの方向に流れているのかを見極め、変化を予見し、予め手を打っていく。こうしてはじめて国家も安泰し、企業は発展していくんだと思うんです。

アフターコロナは、経済(景気)回復=暮らしへの安心が第一であり、世界の空気は経済を何とかしなければという世論になってくるんだと思います。 一方で、日本の政治は大きな転換期を迎え、地方もまた大きく変わろうとしているんじゃないでしょうか。すべてをCHANGE(チェンジ)していかなければならない時期に来たのかもしれない。まるで明治維新のような凄い時代に生きているような気がしています。
出来ることならば、自分は評論家になったり批評する側ではなく、常に自分から行動して、周りに良い影響と結果を出す事を心がけていこうと思っています。とにかく、何事にも明るくポジティブに行動してみる。行動だけが、現実を変えて行くんだと思うんです。これからは、常に新しい道に果敢に挑戦するしかないんじゃないでしょうか。

私の家の掛軸を見ながら、「一源三流の精神」という言葉を思い出しました。一つの源は、誠の心。この心から三つの流れがほとばしります。
一つは、国のために血を流す
二つは、家のために汗を流す
三つは、人のために涙を流す

血は信念を、汗は努力を、涙は感情を表現していると言います。
信念を貫くことは、命をかけるくらい真剣に物事に打ち込まないとできません。額に汗して労を惜しまず働き、涙を流すというのは、辛いこといやなことに耐えるということであり、同時に感動感激の涙は、自らを高揚させるエネルギーにもなります。
危機感を持った地域や企業・起業人たちが、新規ビジネスを立ち上げ、新しい技術やビジネスモデルを導入することで、既存事業をも競争力のある事業へと変革してもらいたい。これからは間違いなく、地域の創造するエネルギーが力になってくるんだと予想します。
経済の変化に臨機応変に対応できる政治決断をしなければならないと考えます。

2021.5.8



地獄と極楽

【地獄と極楽】

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県議会は12日、決算特別委員会知事保留質疑が終わりました。明後日の最終本会議で採決されます。
新型コロナウイルスの影響によって、デジタル化の波が一気に押し寄せているような気がします。
ただ社会全体が、利便性や効率性を追求し、変革のスピードが加速しているため、私たちは本当の幸せって何なのかを忘れてしまっているんじゃないでしょうか。IT業界に身を置いていたからこそ、アナログ文化も守っていかなければならないとも思っています。

「地獄と極楽」という話があります。ある人が地獄に案内されて行くと、そこには大きなテーブルがあり、その上にはおいしそうなごちそうがいっぱい載っていました。しかし、そのテーブルに向かっている人を見ると、どの人も骨と皮ばかりにやせ細って、目ばかりギラギラさせています。こんなにごちそうがあるのになぜだろうとよく見ると、体が椅子にしばりつけられていて、その手には長いはしを持っていました。その長いはしで食べようとしますが、長すぎてうまく口に入らないのです。食べようとあせればあせるほど思うようにならないので、ますます恐ろしい形相をして、お互いにらみ合っているありさまでした。

次に極楽に案内されて行くと、全く同じようなテーブルがあって、ごちそうがいっぱい載っています。そのまわりに座っている人の体は椅子にしばりつけられていて、その手には長いはしを持っていました。

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状況は全く同じなのですが、そこに座っている人たちを見るとみんな豊かに太っていて、見るからに楽しそうな、幸せそうな様子なのです。どういうわけだろうとよく見ると、そこの人たちは長いはしでごちそうをはさんでは、向かい側の人に「はい、どうぞ」と差し出しているのです。すると向かい側の人は「おいしい、おいしい」と食べては、今度は反対に、長いはしでごちそうをはさんで「はい、どうぞ」と向かいの人に差し出すものですから、お互いに、「すみませんね、ありがとう、ありがとう」と言って、本当に幸せそうな顔をしているというわけです。
地獄と極楽との違いは、自分が社会の中で他の人とかかわって生きている存在であるということに気づいているか、いないか、ということではないでしょうか。

「おかげさま」の心を大切にし、自分のことだけでなく、お互い協力し合うことの大切さが大事ですね。どんなに文化が発達し、便利な世の中になってもけっして忘れてはならない事があります。

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2020.10.13



秋の夜長に考える

【秋の夜長、セイタカアワダチソウとススキを見て、外来ウイルスと日本古来からのウイルスの関係ってどうなのか考えてみる】

今年も、ススキが穂を伸ばし、何となく力強さを感じてしまいます。
長らく、外来種である黄色くドクドクしい花を咲かせ繁殖してきたセイタカアワダチソウに占有されてきましたが、見事に復活を遂げ、共生するようになっています。
セイタカアワダチソウは、地中に毒素をまいて、日本古来の植物を全部駆逐し、それだけでなく土の中にいるミミズなど、土地を豊かにしてくれる動物や昆虫たちまでもいなくなってしまいましたから、今の現状に胸を撫で下ろすような気分です。
セイタカアワダチソウは自分の出した毒素で地中の栄養素を枯らし、結局自滅し始めました。そのような中で、ススキは、セイタカアワダリソウが枯らした土地にふたたび栄養素を与え、毒素を消化し分解しました。ススキの繁殖のおかげで、土地はふたたび栄養を取り戻し、ミミズも戻って来ました。そしてスズムシなどの秋の昆虫も帰って来たんです。
秋の夜長、セイタカアワダチソウとススキを見て、外来ウイルスと日本古来からのウイルスの関係ってどうなのか考えてみたりしています。

susuki001 2020.10.13



彼(敵)を知らず、己も知らねば・・・

彼(敵)を知り、己を知れば、百戦して殆うからず

言わずと知れた孫氏の兵法(謀攻篇)ですが、彼(敵)とは、未知の生物のこの新型コロナウイルスであり、予防のワクチンも感染の治療薬もない敵にどうやって戦いを挑むのでしょうか。この敵はどのくらい兵力(蔓延している)なんでしょうか。

福岡県では昨日15日までに436人が感染者として報告されていますが、それは感染者数ではなく発症者数であります。実際の感染者数は一体どのくらいなのか。数倍なのか、それとも数十倍、数百倍なのかがまったくわかりません。敵の数さえわからないから、これでは戦いになりません。
とにかく今は籠城することが最善の策で、トップ(知事)は5月6日までの籠城(外出自粛)要請を出しましたから、そのためには兵糧(給付)を蓄えて置かないといけないということになります。

今、この有事に必要なトップリーダーの条件として欠かせないのは"逆境に強いリーダー"ではないのかと考えます。危機というのは、危険の「危」と、機会の「機」、という文字から成立っていますから、すべての出来事には「失敗」も「成功」も、ある種同時に含んでいるんですね。
リーダーの本当の強さとは逆境をチャンスにし、そのどちらに意識を向けるかで組織のムードは変わってきます。最悪の状況でリーダーがクルクルと指示を変えたり、うろたえた姿勢で感情的に部下を怒鳴りつければ、不安を感じます。不安を感じると、益々あせってさらに失敗をくり返し、組織として最悪な状況を脱出できないという悪循環に落ち込むもんです。
苦境の時にはプラスな側面に、またポジティブな思考に転換できるリーダーが本当の実力ではないかと思います。

20200416choukan2020年4月16日読売新聞朝刊より

2020.4.16



物差し

今年は義父と母の3回忌。早いもので、亡くなってもう2年となる。法光寺のご院家(住職)から仏法の真理の法話があった。大変、有難いお話でいつもいつも、ハッとさせられる。子供たちにも聞かせてやりたかったので、備忘録としてブログに残しておこう。うろ覚えながら、こんな話だったと思う。

ニュートンはリンゴが落ちるの見て、万有引力の法則を発見した。ニュートンが引力を発明したのなら、それまで引力はないということ。けれども、引力があったから、発見できた。
仏法も真理(しんり)があったからこそ、お釈迦様は発見できた。ここを勘違いしないように。お釈迦様がつくったんじゃない。何を発見したのか?真理(しんり)を発見した。ものの理(ことわり)を物理と言う。数の理(ことわり)を数理と言う。それと同じように、真(まこと)の理(ことわり)を、真理(しんり)と言う。どういうふうな形で発見したかというと、縁起というかたちで発見した。縁起がいいとか悪いとか、そんなもんじゃない。原因があって、結果がある。この結果がまた次の原因になる。けれども、原因だけでは結果は出ない。
例えば、モミ種一粒あったら、これが原因となって、結果が米がとれる。この米が来年の因になって、果ができる。因果因果とくるが、例えば、畳の上にモミ種置いても、芽は出ない。土がいる、水がいる、太陽の光がいる、人の手がいる、肥料がいる、これを縁と言う。だから、因があって、縁によって、果がおこるから、縁起という。
具体的には、みんな関わりあって生きている。一人で生きているものは一人もいないというのが縁起。関係ないものは一つもない。

ものごとを計量するには、物差しがいる。その物差し、私たちには自分自身の物差しを持っている。ところが、この物差しは相手の出方によって自由自在に動く。相手の出方が良い時は、この人はいい人ねと、1cmが1mにもなる。相手の出方が悪くなると、こんな人とは思わんやったという。その物差しで自分自身をはかったらどうなるか?自分は自分に一番甘いから、1cmが1mにも2mにもなる。1cmは1cmという、これを真理と言う。私を教えてもらう以外に私はわからない。

くまのプーさんの友達にカンガルーのルーというのがおる。それが自分自身の背丈測る。そして印をつける。一時(いっとき)してまた測ったら、縮んどる。また行ったら縮んどる。ルーが悩み、このまま小さくなって消えて無くなるじゃないかって。悩んだ末にプーさんたちに相談する。プーさんたちが調べると、ルーが印を付けとったのは、ひまわりの茎だった。ひまわりは伸びるからね。私たちこういうことをやっている。測るものが動いたら、測ったことにならん。私たちは世間とか、あの人がこう言うとか、そういうものばっかりで測ろうとするから、全然(自分に)出合ってないんじゃないですか。

この頃、テレビで高速道路を逆そうする車が時々写る。ある男性がテレビで一台、逆走するのを見た。あっ、そう言えば、今日、うちの親父が高速道路乗ると言っていた。ちょっと電話かけてみようと思い、電話をかけた。「親父、今な、テレビでな、高速道路で逆走する車が一台が写っとるが気を付けれよ」って言ったら、親父がね、「バカ、ここは一台どころじゃない、何十台も逆走してくる」と、逆走しとるのは親父やったという話。皆さん、笑いよるけど、私たちはこういうことやっとる。私は間違いない、逆走しとる人は、逆走しとると思うてない。思った瞬間にブレーキ踏みます。あれは自分が正しい道を走っとると思っているだけ。しかし、実際は逆走だったという話。そして相手が悪いと思う。そいうことを私たち、やっとるんじゃないですか?私は間違いがない、これ一番怖いこと。知ったつもりで、人を裁いていくでしょうが。どうですか?皆さん、それを仏様に教えてもらうっていうことです。

2019.10.22



曖昧がいい

日本人は、「はっきりものを言わないからダメだ」とよく言われるが、逆に、「はっきりものを言わないから、とても心地いい」ことも多い。特に男女関係、夫婦関係を考えると、「物事はっきりさせる」「白黒つけたがる」と、本当に息苦しいし、くたびれる。世の中は、良い悪いだけでなく、グレーゾーンがあることが社会であり、「決着をつけない、白黒ハッキリさせない」ことで、世の中成り立っていることが多いように思う。

日本人の「はっきり決着をつけない」曖昧な考え方は、神話の世界でも垣間見えてくる。古事記に出てくる、イザナミ・イザナギから生まれた、長女のアマテラスオオミカミ。長男がツクヨミノミコト、そして、次男が、スサノオノミコト。古事記では、太陽の象徴のアマテラスオオミカミと、大地の象徴であるスサノオノミコトの兄弟喧嘩を描いているが、最後は地上界に降りたスサノオノミコトは良い人となっていく。古事記を読んでいくと、善悪や勝敗、優劣や白黒をはっきりさせないで物語が進んでいく。日本の曖昧さって、実はこういうところからきているのではなかろうかと思ったりした。

白黒ハッキリさせたばっかりに不幸になることって世の中たくさんあるじゃないか。「曖昧」は決して悪いことではないって、(夫婦喧嘩した時には)言いたくなるよなぁ〜。

2019.10.22



心の雑草を取り除く

さぁ、いよいよ明日(令和元年6月20日)から県議会6月定例会は代表質問に入る。これから4年間、二元代表制の一翼として議会は知事とどのように向き合っていくのか、議論を尽くし、より良い県政にしていかなくてはならないと肝に銘じている。6月13日に知事の所信表明(議案説明)を本会議場で聞きながら、「県民幸福度日本一」を目指し、生活者の視点を重視しながら、弱い立場のにある方々に寄り添う「温かみのある行政」を心掛け、福岡県をさらに元気にすべく・・・と述べられているけど、本当にそうなのか?少なくとも人口減少で先行き不安な地域や豪雨災害で被災した地域など到底知事が言われるような県行政は実行されていないのではないかと思うことが多々ある。耳触りの良い言葉よりも、それを実践してこその行政を目指さなければならないのではないか。

先日、法光寺の聞法会総会に出席してきた。ご院家から、「吉凶禍福」の話があり、何となく知事の言葉を思い出しながら、幸福度日本一にとらわれている人間の姿は、何とも自分に都合のよいことばかりを追い求めた生き方なのか、自分のしていることを正しいと信じ込んで疑わない生き方が見据えられているのではないかと思った。
仏教では、吉凶禍福を競い合うことがどれほど痛ましいことか、自分の物の見方だけを正しいと信じ込むことがいかに愚かであるか、そのことを問うているんではないかと思う。わざわい(凶・禍)を取り除き、幸福(吉・福)を招き寄せようとする発想そのものがどうなのか。善いのも悪いのも、自分が受ける結果のすべては自分が作るということを「因果応報」の意味で、「因果」とは、「原因」と「結果」のことで、どんな結果にも必ず原因があり、原因なしに起きる結果は一つもない。ご院家は、稲を植え、お米の収穫の例え話をされていたが、原因に応じた結果しか現れないと教えるのが仏教の「因果応報」の教えということであった。自分のやった「行い」が自分の「運命」を作るのであれば、不幸も幸福も「因果応報」ということになる。幸福度とは自分の人生の生き方そのものであり、上から目線で与えてもらうことでないように思った。

2019.06.19 22:10



三代目のことわざ

小学館のことわざ大辞典より三代目にまつわることわざ。

〇三代続けば末代続く〜三代目に滅びる家が多く、そこを過ぎるといつまでも続く。

〇将は三代〜大将の家は三代目になれば生まれながらの将軍職で苦労を知らないから賢くないと滅んでしまう。

〇名家三代続かず〜名家といわれる家も二代目あたりになると人物が劣り三代と続かない。

〇家の身上見るなら三代目の朝起き見やれ〜家の興亡は三代目いかんによるが、その当主が朝早く起きて働くかどうかを見て占える。

三代目というのはいろんなことわざがあるんだなぁ。創業者は苦労を重ね、ことを為すが、二代目、三代目は苦労知らずで育つので、三代目で潰れる家が多い。逆に三代目が優秀な人材であれば、後は続いていくということか。戦国大名や名家、企業の創業者等でもなくても、普通の家でも言えることなんだと思う。ただ、自分が何代目なのかって、なかなかこれが難しい。常に今の自分が初代であるという気概で、新たな分野にチャレンジしていくことが大事なのではないかと思う。

神崎家系図(父・神崎次彦が生前に調べたもの)

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2018.11.25



人を動かす、人の心を動かすには・・・

理屈じゃ人は動かせません。人は感じて動くものです。

山本五十六の「やって見せ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」の名言がある。これには、続きがあり、「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず」「やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず」
誠に納得する名言である。自分にできもしないことを、人にやらそうとするのは無理がある。自分がいいお手本を見せ、相手をその気にさせることができたらいいのではないか。人を動かす、人の心を動かすことのできる人っていうのは、他人の気持ちになれる人なのかもしれない。相手の身になって、相手の心(感情や望み・・・)をよく考えることが大切で、それがリーダーの条件なんだと思う。
リーダーの条件って、いろいろあると思うけど、勉強ができる、試験が良かったという人が、必ずしも良いリーダーになれるとは限らない。
試験ができる人っていうのは基本的に3つ。
一つ目は、試験問題には答えが必ずある。
二つ目は、試験はわかりやすい問題から先に解き始める。
三つ目は、自分で問題を作ることはない。

ところが、世の中に出ると、そもそも問題がどこにあるのか、その中に答えがあるかどうかわからない。難しい問題から先に片付ける。自分で問題意識を持って、自分で問題をつくっていく。世の中で事を動かす時には、順番を逆にしないとダメなんだと思う。学校の勉強ができる人というのは、世の中の価値基準とは全く逆のことをやっているから、成績が良い人が必ずしもリーダーになるとは限らないし、リーダーが必ずしも勉強ができる人とも限らない。総じてリーダーというのは、何とも言えない魅力っていうものが必要。魅力って何かと言われれば、それは大きな欠点を持っていて、でも、その短所(弱み)を補う以上のものを兼ね備えている人じゃないかと思う。そんなことを考えると、人の心を動かす魅力を持った人に出会えるって、幸せなことだなぁーと思う。

2018.11.23



日本男児の心意気、大和撫子の芯の強さのような

<facebook投稿より>
高校(県立田川高等学校)の時、生物の熊谷先生が、セイタカアワダチソウの研究をされていたのを思い出しました。空き地や線路脇、あぜ道なんかの至る所に黄色くドクドクしい花をこの時期咲かせて繁殖していました。戦後に渡来した外来種で地中に毒素をまいて、日本古来の植物を全部駆逐し、それだけでなく土の中にいるミミズなど、土地を豊かにしてくれる動物や昆虫たちまでもいなくなってしまいました。
抜本的な解決策もなく、どうなるんやろうか?って当時、高校生ながら心配#8264考えていたんですが・・・
さすがに、日本の古来植物「ススキ」が立ち上がってくれました。セイタカアワダチソウは自分の出した毒素で地中の栄養素を枯らし、結局自滅し始めました。これまでじっと耐えていた日本古来のススキがふたたび勢いを取り戻しました。
ススキは、セイタカアワダリソウが枯らした土地にふたたび栄養素を与え、毒素を消化し分解します。ススキの繁殖のおかげで、土地はふたたび栄養を取り戻し、ミミズも戻って来ました。そしてスズムシなどの秋の昆虫も帰って来たんです。
何か、日本男児の心意気、いや大和撫子の芯の強さを見たような気がしました。

2018.10.23



親が老いていくこと

”親が老いていくということ
それは、何度も同じ話をするということ
何度も同じことを訊いては、あなたをイライラさせるということ”

”親が老いていくということ
それは、自信がなくなるということ
自信がなくなるけど、子どもにだけは強がっていたいということ”

” 親が老いていくということ
それは、歩くのが遅くなるということ
膝や腰が常に痛いということ
低気圧がくるだけで、動くのがしんどい日があるということ”

” 親が老いていくということ
それは、食べる量が減るということ
噛む力が弱まるということ
でも食べたいものを食べさえるのが、一番の健康法であるということ”

”親が老いていくということ
それは、もう生きていうのは嫌
早く死にたいと言い出すということ
だけどあなたに迷惑をかけたいくない気持ちと裏腹かもしれないこと”

”親が老いていくということ
それは、トイレが近くなるということ
夜中にトイレで起きるということ
尿道も肛門もゆるむから、ふとしたときに漏らすということ”

”親が老いていくということ
それは、歩行や食事が遅くなったり、トイレに失敗したときでも
子どもにだけは怒鳴られたくない 怒られたくないということ”

”老いていくというこ
それは、言葉がとっさに出なくなってくること
言葉が出なくなっても、心の中に想いはちゃんとあるということ”

”親が老いていくということ
それは、周囲の友人や愛している人や犬や猫が
徐々にこの世からいなくなって、どんどん不安になるということ”

” 親が老いていくということ
それは、萎んでいくこと 小さくなっていくということ
小さくなって軽くなって、それでもあなたの親であるということ”

” 親が老いていくということ
それは、命の仕舞い方を、あなたに教えてくれているということ
あなたもいつかこうなるのだと それは最後のプレゼント”

結婚し、家族が増え、育児・子育て、やっと子供に手がかからなくなったらと思っていたら、突然の親の介護になるのか?家族が抱える悩みは尽きることがない。穏やかだった人が怒りっぽくなったり、やたらと人を疑ったり、物忘れがひどくなり、単なる老化現象なのか?認知症の初期の症状なのか?家族はどう対応すればいいのか? 親が老いていく姿に言い知れぬ不安を感じている今日この頃。敬老の日を前に、急にこんなことになってしまって・・・何とか今の状態を維持できれば、そのために、家族でできることは何でもしよう。 親父が亡くなって18年、共働きの僕らに代わって、本当によく子供たちの面倒をみてもらっていた。親父が生きていたら、きっと二人で買い物やら旅行やら出かけ、話し相手になっていたんだと思う。母にはまだまだ元気でいてもらいたい。父に相談したい。

2017.9.15



教師は五者たれ、ピグマリオン効果

久しぶりの教育論議。3月で定年退職した辻眞作先生、既に定年生活を満喫(?!)されている太田亮一先生とバーベキューをしながら田川の教育、日本の教育について熱く語った。途中、小学校に勤務している長女も立ち寄り、暫く熱心に聞き入っていた。その話の中で、教師は五者たれという話題になり、五者の精神とは、

学者〜人にものを教えるのであれば、膨大な知識を身に付ける必要がある。膨大な背景知識を習得していれば、自信を持って教える事が可能になる。また、知識や理論だけを身に付けるだけじゃダメで、あらゆる分野の経験を積み重ねることが何よりも大事。どんな知識や理論よりも、自分の経験には説得力がある。

医者〜子どもの性格や長所短所を見抜く力が必要。タイプや性格を素早く見抜き、強みを伸ばし、弱みを克服させる力。

役者〜人を惹きつける力。よく揚や間の取り方、場の盛り上がり方、その場に応じた身だしなみ。教師は、単にものを教える仕事ではなく、役者の側面を持つことが大事。

易者〜占い師の事。子どもたちが抱えている悩みや不安を取り除く力。 多くの心配や不安を抱えている子どもに、「あなただったら絶対に大丈夫」「自分を信じろ」と、自信を持てるように後押しする。 根拠がある訳でも無いのに、1つ1つ可能性が実現するように後押しする必要がある。

芸者〜楽しく学べる環境を作る力のこと。タイミングよく「笑い」を盛り込むスキル。陽気に振る舞い、場の明るさ、明るい子どもへと変化させる力。

なかなか面白かったのが、ピグマリオン効果についての話。人間は期待された通りに成果を出す傾向がある。50年も前に、アメリカの大学で教育心理学の実験で、ネズミを使った実験をし、実証されたもの。長女も興味深く聞いていて、さっそく期待度が高い、みんな出来るね、評価されとうよ、と誉める授業をしたよと実践しているようで、一人前の教師になっていくためには、一流の指導者に接することが大事だと感じたみたいだった。筑波大学なんかにどんどん研修で行くことを勧められていた。

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2017.6.2



忖度政治!?

今年の流行語になるかもしれない”忖度(そんたく)”という言葉。忖度とは、「他人の心中をおしはかること 推察」という意味だそうで、政治の話のみならず、古今東西、いつの時代でも、どこの社会でも、そのな事は当たり前のように存在すると思う。ただ、 忖度は人によって異なるし、組織の中にいると、上司やお客さん、利害関係者への期待に添う忖度が多いのも事実。そもそも忖度は人間の本性なのではないかとも思う。「KY=空気を読めない」ひと昔前に流行した言葉で、これは何となく周りから疎まれる、嫌われる言葉で、逆に「(言われなくても)相手の意向を察知して、行動する」忖度は、日本の組織や社会では重宝される。問題の本質は、役人であれば法令の範囲内でやっているかどうかということが大事で、政治家であれば有権者の想いに沿って、役人であれば政治家の意向に沿って、法令の範囲内で行動するのは当たり前のことだと思う。つまり、忖度のない社会などありえず、やってはいけない忖度はやってはいけないということ。

よく考えると、「忖度」という言葉は、英語では何と訳すのか?日本の美徳でもあり、悪徳でもあり、なかなか難しい。ただ、この問題に全てが集中してしまっているここ数か月、他にも重要案件や問題は山積している。有権者から選ばれた政治家の役割と務めは何なのか、物事の本質を見失ってしまっては、やがて有権者から見放されてくると思う。

 自宅の掛け軸

”至誠而不動者未之有也”〜至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり〜と読む。「誠(真の心)を以て行動すれば、人の心を動かさない事はない」孟子の言葉であり、吉田松陰が江戸へ行く前に書いて小田村伊之助にあたえたものである。

2017.5.25



失敗も必要!どんな失敗も「いい経験」になるはず

4月も中旬、入学式や入社式と、新人の皆さんは、まだ慣れない新たな環境で頑張っていると思います。前途有望な若い皆さんに心からエールをおくります。大きな夢と志を持って、その実現のために頑張る姿、それが何にもまして美しい。何度も失敗し、一つひとつそれを乗り越え、挫折したり、苦しんだり・・・
でも、若いうちの失敗は大したことがないと思います。「いや、それでも失敗すると評価が下がる」「レベルを落としてでも、失敗しないことに越したことはない」とおっしゃると思います。でもですね、物事が失敗かどうかは自分の判断で決めたっていいんじゃないかと思うんです。他人がどう思おうと、自分が「失敗」と思っていなければ、「失敗」ではない。「いい経験」と思えばいいんです。
多くの人は極端に失敗を気にしすぎているんじゃないかと思います。もしかすると、「失敗しないこと」が目的になっていたり、「失敗してはならない」と思っているんじゃないですか?でもそれは、追求すべき目的ではなく、目的は別のところにあり、その目的を達成するためなら、失敗してもいいと思います。失敗も必要であります。そんな目的があれば、どんな失敗も、もう「失敗」ではなく、「いい経験」になるはずであります。
いやいや、反論もあろうかと思います。それでも、若い人に再度、異論を申したい。
「僕は失敗したくないのではなく、後悔をしたくないんです。」と・・・

 田川高校1年生

 日本大学1年生

 麻生セメント入社1年目

2017.4.15



事実であるが真実でない

「事実であるが真実ではない。」ことが世の中にはたくさんある。どうして嘘がまかり通っていくのか考えると、それはあくまで「事実」として発信しながら、「真実」の情報を発信せず、また 感情で訴えるために、結果、客観的な事実よりも、むしろ感情や個人的信条へのアピールの方が影響力を受けているように思う。
正しい情報をつかむことは、かなり大変なことだと思う。それは、
�/祐屬箸録深造鮨�じる生き物ではなく、自分が信じたいと思うことを信じてしまう生き物であるから。
��発信者は真実を恣意的に伝えるから。自分にとって都合のよい事実のある部分だけを伝えるから。または信じさせたいものを伝える。

真実を知るためには、一方通行の情報だけじゃダメで様々な関係者からの情報をとる必要がある。そのためには時間と人脈が必要になってくる。確かな情報を収集し、真実を見抜く資質を高めなければ、言うがまま言われるがままになってしまう。

2017.4.6



必死に生命を奮い立たせようとしている一輪の花

一連の熊本地震は、未だに活発な地震活動が続いている。熊本県と大分県では、4月14日以降の地震の回数は、今日(7日6時)まで、合わせて1,285回に達するという。本当に何とかおさまらないものか。自然を相手に為すすべがない。

命さえあれば・・・1999年11月10日午前8時57分、JR日豊線で父は感電死した。JRが電流の異常を感知した時間だから間違いなく、ハゼを釣りにカーボンシャフトが2万ボルトの電気を通して一瞬の出来事だったと聞いた。昨日まで話をしていたのに・・・事故当時、現場の河川を見に行った時、川底から伸びた草花が咲いていた。逆流していた海水で濁っていたけど、一輪だけ咲いていた。濁流になっても流されることなく咲くんだなぁと不思議な気がした。もしかしたら、必死に生命を奮い立たせようとしている一輪の花を通して、どんなに困難な事が待ち受けていようが、力強く生きていけと語りかけていたのではないかと、ふと思う。
もう17年前にもなるのに、命日が近づいてきたり、何かあったりすると、必ず夢に出てくる。今回も熊本の伯母さんを心配し「聡、行って来い」と言いたかったのか、何日間か続けて夢の中で会っている。よく人はPPK(ピンピンコロリ)で死ねればいいと言われるけど、残された家族はこれほど残酷なものはないよなぁ。あれからね、本当に大変やった。アパートを引き払い添田に帰り、新築して火事になり、また新築して、AISを退任して選挙に立候補して、落選し、再度チャレンジして・・・あの時の一輪の花のように、何とか乗り越えてやってきた。

熊本がんばれ!大分負けるな!

2016.5.7



夢は語るもの

夢は話すものじゃない。話したって相手には絶対に伝わらない。「話す」という漢字は、「舌で言う」と書く。「語る」という漢字は、”吾を言う”と書く。舌先三寸で言ったところで、そこには自分の想い・自分の感情がどうしても入らない。でも、吾が言う時には、自分の感情が込めて言うから、自分の想い次第で、伝わる大きさが違ってくる。だから、夢は話すことではなく、夢は語ることなんだと思う。成人式を迎えた皆さんには、大いに夢を語り、高い志を持って、世界に目を向け、夢の実現のために羽ばたかなければならない。そして、いつの日か、生まれ育った故郷に恩返しをしなければならない。

2016.1.11



和して同ぜず

政治の世界に限らず、社会に出ると思想や信条が違う人とどうしても接しなければならず、出来たら避けて過ごしたいと思うところだけれども、そういう訳にはいかない。和を大事にしながらも、やたらと妥協しないことが、政治家には大事な要素だと思う。主体性を持つことが、”和して同ぜず”ということなんだと思う。そのためには寛大さと柔軟さを持ち合わせ、それでいて志を守り、人にへつらわない、そんな真の強さをを身につけたいものだと思う。”和して同ぜず”〜人間関係をよくすることをすすめながら、自説を曲げてはいけない。孔子は主体的な協調と無原則な同調との違いを説いている。逆に”同じて和せず”のような生き方をしている人もいる。

子曰、君子泰而不驕、小人驕而不泰。
”君子は泰して驕らず、小人は驕りて泰ならず”
「人格者は泰然として落ち着いているが、決して驕り高ぶったりしない。つまらない人間は驕り高ぶってはいるが、落ち着いてゆったり構えるという事ができない。」
秋の夜長に、久しぶりに論語を読み返そう。

2015.10.29



アリの法則(2:6:2)

とにかく毎日何らかの行事が入っていて、”議会活動と地元活動”どちらを優先すべきか?内容によって取捨選択するしかない。

昨日(10月15日)は久しぶりにIT業界の社長たちと盛り上がり、楽しい時間を過ごせた。麻生情報システム時代の元社員もいて、とても立派に成長しているからうれしくなった。
そう言えば、社員研修の時、アリの話をしたことを思い出した。アリは、よく働くアリが全体の2割で、時々働くのが6割、まったく働かないのが2割で、2:6:2で分かれるという。もし、6割のよく働くアリだけにすると、不思議なことに、その中で同じように、「よく働く2:時々働く6:まったく働かない2」に分かれる。常に2:6:2の比率になるから面白い。

リーダーとして組織をどのように活性化し、組織のモチベーションを上げてさせていくのか、アリの法則と同様に、あらゆる組織や集団で同じような現象があるんであれば、どうしようもないけど、そこが人間。環境の変化や人が持つ人間性やポジションによって、2:6:2の法則が崩れてくる。やっぱり人って凄いなぁ〜と思う。政治の世界は、実のところどうなっているのか?ふと、そんなことを思った。

 行政区の敬老会

 地域振興学会(J.I.S.R.I)報告

 暴力団追放!地域決起会議(筑豊地区)

 九州うまいもん大食堂

2015.10.16



プラスはマイナスから始まる。

プラス(+)はマイナス(−)から書き始める。人生とは、常にマイナスから始まるようなもの。自分自身の課題を見つけ、それを克服していくことで未来が切り拓かれる。未来への希望を描くことが、積極的な行動へと繋がり、プラスの成果に結びつく。企業は利益を追求しようとすると、まずは人や物への先行投資をするし、ゴルフやスキーなんかの趣味も、時間とお金をかけるから、それなりに上達していく。

今議会の大きなテーマの一つは、「地方創生」。統一地方選も「地方創生」が選挙の焦点だったが、地方版総合戦略をこの短期間に創るのに、それぞれの自治体は一体どのようなスタンスで作成しているのか、質問をぶつけてみようと思う。地方から中央に対して「何かメニューを下さい」みたいな発想じゃなくて、地域にあるものを、地域の人材で取り組むわけだから、それこそ、地域の「産・官・学・金・労・言」が一緒に議論し、総合戦略をつくっていくことが重要なことだと思う。しかも、交付金(補助金)目当ての計画なんかをつくってしまったら、これまで以上に地方が疲弊していくのは見えているから、まずは地域の課題をしっかり分析した上で、マイナスからの取り組みになってくるんだと僕はそう思う。基本的に企業の経営者なら、地方版総合戦略とはどういったものなのか、どうすれば利益を生む土壌が創れるのか、見えてくるのではないかと思う。

2015.6.24



チャンスは貯金できない

世の中、理不尽なことが多すぎる。なかなか謙虚に受け止めることができないのは、諦めるような気がするからで、でも、やっぱり一歩引いて冷静に考えると、自分自身がどう対処したらいいかを考えたり、そういった対処をするために自分の能力や個性を磨かなければということに気づく。これまで何度も失敗や挫折を経験し、その度に試練を乗り越えてきた。変な言葉だけれども”挫折力”が自然と鍛えられてきたのかもしれない。答えは決して一つではなく、別の方法があることを知っている。リスクを恐れず、いつ来るかわからない「チャンス」に準備しておくことが何よりも大事。チャンスが来たら準備をしよう、ではなく、いつチャンスが来ても慌てないようにすることで、そのチャンスを活かせる。いつでもそのタイミングが来たときにベストが尽くせる努力をすることで、自分からチャンスを引き寄せ、モノにできるんだと思う。「チャンスは貯金できない」まさにこの言葉に尽きる。

突然、代打で指名された時のようなものかな?

2015.5.20



しゃぼん玉

大変お世話になっていた方が亡くなられた。同じ行政区で、子供会(子供同士が幼稚園からの同級生)でもお世話になり、選挙でもいろいろアドバイスを頂いていた。昨夜(22日)のお通夜、今日の葬儀・告別式に参列させてもらい、本当に突然の訃報に落胆するばかりで、ご家族ご遺族の皆様のご悲嘆いかばかりかと思う。ご生前をお偲びし、今はただ安らかにご永眠されますようにお祈り致します。

お通夜の席で、法光寺住職が「しゃぼん玉」のお話をしてくれた。「しゃぼん玉」の作詞家・野口雨情の娘が2歳で病気のために亡くなりました。このしゃぼん玉とは、娘の魂のことだそうで、二番目の歌詞の「生まれてすぐに壊れて消えた」は、娘が生まれてすぐに亡くなってしまったことを指しているという。昔、聞いたことがあったけど、改めて、この歌の背景にある本当の意味に心が打たれる。諸行無常、生きるものすべての命は儚いもの。誰しもみんな、しゃぼん玉。合掌

しゃぼん玉
作詞:野口雨情 作曲:中山晋平

しゃぼん玉 とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
こわれて消えた

しゃぼん玉 消えた
飛ばずに消えた
うまれてすぐに
こわれて消えた

風 風 吹くな
しゃぼん玉 とばそ

2014.10.23



今の政治家に求められているもの、それは構想力!

九州の自立を考える会の政策提言ワーキングチームに任命され、田川郡選出の県議としてではなく、もっと大きな使命と役割が自分の中で芽生えてくるような感じがしている。民間企業のサラリーマン社長だったから、何となく大きな夢やロマンを掲げて、面白おかしく周りを巻き込みながら仕事をしてきた。もちろんリスクも抱えながら失敗もしながら、粘り強く取り組むことによって新規事業も立ち上げてきた。でも、政治家となると、企業のようなわけにはいかない。責任の度合いが格段に違うし、様々な利害関係者がいるから、迂闊なことが言えないし、特に根回しや裏付けがないと逆につぶされるという事もあると思う。

ただ、これまでとまったく違った社会や制度、ガバナンスが変わる時代には・・・それこそ、大河ドラマの「軍師 官兵衛」の時代や明治維新の時代では、「安心・安全・安定」で本当にいいのかなぁと思う。たしかに小川知事の目指す「県民幸福度日本一」の構想とそれを達成するための戦略は大事なポイントだと思うけど、中央集権から地域主導型の地方分権・道州制へと劇的に変わってくるとなると、政治家特にトップリーダーに求められるのは、大胆なまでに迫力を備えた、今までと全く違った構想力じゃないかと。

田川の将来ビジョンも、やっぱり大胆な構想がないとビジョンもつまらないし、事業計画も進まない。だから構想力にすべてがかかっているとも思う。フェースブックにも書き込みをしたけど、地域・地方の時代は、別に東京に対抗する必要もなく、この九州が世界とどう関わっていけるのかが大事だと思う。そういった意味では、例えば、福岡が今の倍以上に集客力を高める事が急務だとすれば、福岡空港と24時間離発着が可能な北九州空港の一体化を図ることが必要だと感じる。倍以上の観光客が福岡に来ることになれば、九州各県への観光誘導もダイナミックとなり、互いのシナジー効果があらわれてくる。その中で、筑豊・田川が持っている立地的・自然環境・人材を活かす構想が提案できる。要するに、世界中から人・モノ・カネ・情報が集まり続ける循環をつくりさえすれば、夢のある田川の将来が見えてくる。

「経験はないけど、まずやってみよう。変わるかもしれない。何かあるかもしれない。」今の時代、そう思う気持ちが大事であり、最初から成功の道が見えている人なんているわけがない。「安全・安心・安定」ばかりを望んでも、展望が見えず、ドキドキ・ワクワクする面白味がない。やはりリスクを覚悟しながら、危機感を持って、チャレンジしチェンジしなければチャンスは生まれない。

2014.5.19



桃栗三年、柿八年、柚子の大馬鹿十八年

”桃栗三年 柿八年” 木がはじめて実をつけるまでの年月は、早いもの遅いものがある。これは自然の摂理だから、柿の木に3年で実をつけろと言っても無理な話。それに早い方がいいとは限らない。”桃栗3年 柿8年”の下に、”柚子の大馬鹿十八年”と続く。

何事も成熟するには相当の時間がかかり、辛抱強く、粘り強く年月を重ねて実を結ぶというものだと思う。美味しい実をつけるために、努力を惜しまないんだと思う。人間関係も同じで、長い歳月をかけて信頼関係・信用が築いていける。でも、壊れるときは一瞬だから、人間関係で本当に実を結ぶには大変な苦労が伴うなぁとも思う。ただ美味しい実をつける最盛期って意外と短いものなんよなぁー。

2014.4.29



”着眼大局・着手小局”

”着眼大局・着手小局” 大きな夢を描きながら情熱とロマンをぶつけ、未来を切り開いていこう。12月定例県議会で代表質問に立つことになり、限られた時間で原稿づくりに懸命に取り組んでいる。質問骨子(背景や考え方・質問)が固ったので、執行部との趣旨確認や意見交換をしていると、「答えようがありません」とか「既に公表されていますから」とか「予算に伴うことなので」とか、取り下げざるを得なかったり、ズバッとした質問が内容がボヤっとしたり、正直、メゲテくるというか、何のために質問してたんやろうかと気が滅入ってくる。議員になって毎回質問に立ち、もう慣れてきたつもりだったのに、やはり代表質問ともなれば質も量もあるので、本当に翻弄される。でも、基本的に執行部の皆さんも真摯に対応してくれるので、これも僕にとってはいい勉強なんだという気持ちでいる。帰宅し、妻と遅い夕食をとりながら、少々愚痴を言っていたら、「夢とロマンを語らんきたい!」と言われハッとした。そうなんよなぁ〜、僕は知事に質問しているんであって、5年後10年後の将来ビジョンを語りたいために、今どうするのかを質したかったんやと気づいた。

”よし”と想い、今日も執行部に挑んだけど、またしても打ちのめされる。一つひとつの質問に対して、かなり突っ込んだ内容を把握しておかないと太刀打ちできない。でも、とにかく明るいマインドを持つことで、現状を突破できることも知っているから、もがきながらも難題に挑み、解決していこう。失敗や挫折しても決してあきらめない。そんな実践的先駆者でありたいと思う。座右の銘は、”着眼大局・着手小局”

 昨年12月定例県議会(1.福岡県・デリー州友好提携について 2.格差社会について)

1年経つのは本当に早い。去年の今頃はちょうどインド・デリー州を訪問していた。

2013.11.21



政治もビジネスも基本は同じ

”信用”とは、長年コツコツ積み上げられた客観的な評価であり、つまり何らかの実績や成果物といった過去の業績に対して得られるものかな。一方で、”信頼”とは実績に裏付けられた評価をもとに、未来への期待値ということか。ただし、信頼関係をつくっていくには、真心で接していく事と、それには相当な時間が必要になってくる。その信頼関係も、自分に信用力がないとダメだし、相手の方が信用できる人なのかどうなのか、その人の長年積み上げられた社会的な人付合いで見定めれるところも大きいと思う。これは、ビジネスの世界も政治の世界も同じことが言えるよなぁと思う。

まぁ、信用も信頼も長い時間をかけて積み上げていくもんだけど、崩れるときは一瞬だから、本当に人間関係というのは難しいなぁと感じる。ただ、信頼関係が損なわれたとしても、それは相手との1:1の関係であるのに対して、(社会的)信用が失われるとこれはもう取り返しがつかない。”理動”という言葉がないように、人は感動して動くものであり、理屈も通らず、自分の利益だけで動いているのは、これはもう信用と言う言葉よりも人間不信に陥っていく。これまでの企業時代ではなかったことが、政治(選挙)の世界に入り、何となく見え隠れしたり、それが商いでも我田引水のようになっているんであれば、やはりこれは何とかしないといけないと強く思ったりする。

未来に向かって信頼を勝ち取るためには、やはり信用力をつけることが一番であり、努力した人が報われない社会、正直者がバカを見るような世の中だけには絶対にしてはいけないと思う。

2013.8.9



友情は人生の酒である

”酒は呑むべし 酒は飲むべし、人生唯酒ありて肝を開く。酔中の快楽人知るなし” (坂本龍馬)

お酒が飲める人も飲めない人も、親しい仲間で飲む宴席は本当に楽しい。人と人との潤滑油になってくれる。ちょっとハメを外すくらいが丁度良い。人間味があって面白い。長い付き合いができるのも、間違いなくお酒を飲みながら、人生を振り返り、夢を語れるからだと思う。「よし!やっちゃろう!」と自分自身を奮い立たせるのも、やっぱり友がいるからだと思う。子供たちもいつの間にか大きくなり、気がつけば、みんな年をとってきて、現役世代も後半になってきた。残りの人生で、何ができるのか、何を為すべきか、一人で考えるよりも、気心の知れた仲間と酒を飲みながら、努力していきたいと思う。

2013.8.4



水五訓

同じ日時のご案内が来て、出席できない行事・イベントがたくさんある。事務処理は月に数日お願いしている方がいるけど、秘書を雇える余力がないから、行事・イベントが重なると厳しいなぁ。先日、築上町の新川町長から、来年放映されるNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で、「豊前宇都宮氏と豊臣政権」のシンポジウム開催の案内を頂き、出席しようと思ったけど、地元からの別のお誘いがあり、キャンセルしなければならない。町長も大河ドラマの放映を地元観光浮揚のためにと一生懸命で、お話を聞いただけで歴史の造詣に深く精力的に活動していることに本当に頭が下がる思いがした。福岡県もこの機に、いろんなイベントやPR活動に努めていかなければいけないし、僕自身ももっと黒田官兵衛について歴史の勉強しなければならないと強く思う。

秀吉の知恵袋といわれた黒田官兵衛(黒田如水)の教えに「水五訓」がある。

一.自ら活動して他を動かしむるは水なり

二.障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり

三.常に己の進路を求めて止まざるは水なり

四.自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり

2017.7.11



”それを言っちゃあ、おしまいよ。”

(私 生まれも育ちも 葛飾柴又です 帝釈天で うぶ湯を使い 性は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と 発します)
♪俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ わかっちゃいるんだ妹よ
 いつかおまえの よろこぶような 偉い兄貴に なりたくて
 奮斗努力の 甲斐も無く 今日も涙の
 今日も涙の 日が落ちる 日が落ちる♪
♪ドブに落ちても 根のある奴は いつかは 蓮の花と咲く
 意地は張っても 心の中じゃ 泣いているんだ 兄さんは
 目方で男が 売れるなら こんな苦労も
 こんな苦労も かけまいに かけまいに
 男とゆうもの つらいもの 顔で笑って
 顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く♪
(とかく 西に行きましても 東にいきましても 土地 土地の お兄貴さん お姐さんに ごやっかい かけがちになる 若造です)(以後 見苦しき面体 お見知りおかれまして 今日こう万端 ひきたって よろしく おたの申します)

フーテンの寅さんがよく使う言葉に、”それを言っちゃあ、おしまいよ。”がある。この言葉は、第一作目で、ケンカの際においちゃんが言う「出てってくれ」に対して寅次郎が返すセリフ。第1作で渥美清がとっさに放ってしまったアドリブだったが、セリフの持つ意味に感心した山田洋次がその後脚本に多用するようになったという。(ウィキペディア)
この言葉に、山田洋次監督は、「家族であれ、近所であれ、職場であれ、人と仲良くしていくには、非常に知的な努力が必要だと思う。ストレートに言えば角が立つことも笑い話にして、その奥に本音をそっとしのばせることが、文化的な暮らしといえるのではないか。」
世の中、情報化が進んで、ますますスピードや効率が優先され、”face to face”、人と接することが基本なはずの社会が、まさにネット社会に変わってきている。でも、やっぱり、140文字以内のツイッターやフェースブック、ブログだけじゃ、なかなか人間関係は築けないのも事実だと思う。

人間関係を作る基本は、やはり会話で、お互いに相手の立場を尊重することが前提であると思う。梅雨が明け、炎天下の中、一人でも多くの有権者と会って、参院選候補者も必死で戦っている。ネット選挙が解禁され、それこそ24時間眠れない選挙運動も行っている。くれぐれも候補者は、ブログ等で炎上しないように、また、有権者も、死に物狂いで頑張っている候補者を温かく見守ってほしいなぁと思う。

2013.7.9



ピンチには思いもつかなったアイデアが潜んでいる。

”逆境こそチャンス”何度かこの言葉を使ったのを思い出した。自分のブログで検索したら、2006年8月19日に書いてあった。そうか、あの時の逆境は、やはり初めての選挙活動に行き詰っていた時だった。現職との戦いは、相当な覚悟とブレナイ信念がないと突破できない。いろんな人間関係やジレンマで、精神的にも参っていた時だったと思う。でも、ものは考えよう、この逆境に向き合って、これをチャンスと捉え、新たな取り組みを考え、行動した時期だったなぁと思う。

最初の選挙(平成19年4月8日)の告示日前日、3月29日のブログ(子どもたちへ、そして妻へ)でも書いてあった。「逆境こそチャンスであり、どんな困難な時でもそれを乗り越える精神力をつけることが大切。大事な事は倒れないことではなく、倒れても立ち上がることである。そして、仕事についた時、高い目標と大きな夢を掲げなければいけない。人は“夢”の大きさに応じて成長するから。」きっと、子供たちや妻にではなく自分自身に言い聞かせるつもりで書いたんだと思う。

これまで幾度かのピンチに立たされた時、逆境に陥った時、どうしたかなぁと考えると、まず動く、行動する。実は、ピンチの時にこそ数少ないチャンスがあるもの。ピンチだと弱気になったりするから、その数少ないチャンスを逃してしまう。こんな時にこそ、失敗を恐れずに積極的なチャレンジが必要なんだと思う。失敗や挫折の中から、思わぬチャンスというか思いもつかなかったアイデアが浮かんでくる。逆境になってはじめて気付くものがあるから、そのチャンスを必ず活かすようにしないといけない。ここがとても大事なところで、ピンチになった時、マイナス思考じゃなく、ポジティブな気持ちで乗り越えられると一回り大きく育ってくる。

2013.5.30



気をつけよう”根拠のない大丈夫”、身につけよう”根拠のない自信”

連休明け、日常生活になった。5月6月と既にスケジュール・行事が一杯になっていて、7月もどんどん予定が埋まってきている。6月30日には赤村の村長・村議会選挙があり、7月21日には参議院議員選挙の投開票日だから、だんだん近くなると慌ただしくなってくる。選挙は本当に何が起こるかわからない。一瞬で流れが変わるから、風を読まないといけないなぁと思う。地方選挙は国政のような風は起こりにくいけど、それでも地道な活動と同時に世間の空気をしっかり把握しておかないといけないと思う。油断は本当に禁物であり、「大丈夫、間違いないよ」という”根拠のない大丈夫”に浮かれていたら大変な事態になる。選挙ではこの”根拠のない大丈夫”には絶対に気をつけなければならないと思う。

”根拠のない大丈夫”には気をつけなればならないけど、ある意味”根拠のない自信”は持つ必要があるとも思う。「こうなりたい」「こうした」と思った時、具体的にどうしたらいいか、実現する可能性がどの程度あるかなどを考える前に、「きっとできる」「きっと成功する」と自分に言い聞かせて、成功のイメージをしっかり持つことが必要だと思う。連休明けの今、良いイメージを持ち、自信を持ってスタートすること。自分のレベルで、もっとも高いモチベーションを持って頑張ろう!きっと君ながらできる。これまでの失敗や挫折を重ねてきているから。5月病なんかになる時間はないよ。

2013.5.8



タイを真水で育てるように

ブログでも何度か、”オフの充実がオンの活力に”つながると書いてきた。ゴールデンウィーク後半(5月3日〜6日)は、家族一緒のオフを楽しんできた。屋久島から一時帰宅してきた誉行と一緒に、家族みんなで食事に出掛けたり、ワラビ狩りを楽しんだり、テニスやバトミントンで遊んだり、温泉に入ったり・・・明日6日からまた屋久島に戻るから、 次に会えるのは夏休みかな。今度は2ヵ月ちょっとの辛抱が必要。そして2学期は約4ヵ月間、会えなくなる。10才は親離れ子離れの時期と言いながら、やっぱり徐々に徐々に、自立できるようにしなければと思う。まるで、海水魚を淡水で飼うように、少しずつ海水から淡水に切り替えて、真水に耐えられるように体質改善していかないと、やっぱりどこかが壊れてしまうような気もする。

これは、四国高松の松平頼恕の話で、藩の財政を富ますために鯛を飼ってはどうかと提案した。家来は「それは難しゅうございます。鯛という魚は、潮の流れの速いところでないと育ちません。また、潮の満ちひきにも大きな関係があります。やはり、自然の海に任せるほうがよろしいかと存じます。」と答えた。翌日、池の鯛の様子を見た頼恕は、「海水に少しずつ真水を混ぜてくれ」と命じ、少しずつ海水を真水と入れ替え、そして最後には池の水は元通り全部真水と入れ替えられた。しかし、鯛は死なずに真水の池で泳いでいた。まぁ、このたとえは、頭から否定した家臣の固定観念の誤りを指摘しようとしたもので、常識とか既成のものの見方、考え方を取り払って、もっと別の方法はないか、もっとよい方法はないかと常に考えなければならないといったたとえだけど・・・

僕の子育てでは、環境に適応できるように体質改善が必要だという親の素直な気持ちで実践している。(ちょっと都合が良い故事つけかなぁ〜)

2013.5.5



成功して気づき、失敗して覚える。

5月18日に田川高校で講演するようになっていて、一応パワーポイントが出来上がり、学校に資料は渡した。テーマは、”水平線上に突起をつくれ!”〜私の嶽南魂〜”とした。あまり、政治色を出さないように、これまで会社時代に取り組んできた内容にしたけど、それにしても失敗と挫折の連続だなぁと我ながら感心させられる。でも、ちょっと大げさだけど人生を振り返ると機会ができてよかった。

そりゃぁ、失敗するよりは成功した方がいい。負けるより勝った方がいいに決まっている。「やればできる」と自分で暗示をかけても、現実にはできないことばかりで、悔しく、なかなか自分自身の中に受け入れることができないこともあった。でも、失敗したり、負けた時の方が実は得るものが大きかったなぁと今そう思う。成功して気づき、失敗して覚えることがある。

相田みつをの”柔道の基本は受け身”があり、まさにその通りだと思った。

柔道の基本は受身
受身とはころぶ練習。
負ける練習。
人の前で恥をさらす練習。
つまり、人の前で失敗したり恥をさらす練習です。
自分のカッコの悪さを多くの人の前で、
ぶざまにさらけ出す練習。
それが受身です。
柔道の基本ではカッコよく勝つことを教えない。
素直にころぶことを教える。
いさぎよく負けることを教える。
長い人生にはカッコよく勝つことよりもぶざまに負けたり、
だらしなく恥をさらすことのほうがはるかに多いからです。
だから柔道では初めに負け方を教えるそうです。
しかも本腰を入れて負けることを教える。
その代わり、ころんでもすぐ起き上がる。
負けてもすぐ立ち直る。
それが受身の極意。
極意が身につけば達人ですね。
若者よ。
失敗を気にしないで。
負けときにはさらりと負けたらいいのです。
口惜しいときには「こんちくしょう!」と正直に叫んだらいい。
弁解なんか一切しないで。
泣きたいときには思いきり泣けばいい。
やせ我慢などすることはない。
その代わり、スカーッと泣いてケロリと止めよう。
早くから勝つことを覚えないで。
負けることをうんと学んで。
恥をさらすことにうまくなろう。
そして下積みや下働きの苦しさをたっぷり体験することです。
体験したものは身につきます。
身についたもの、それはほんものです。
若者よ、頭と体のやわらかい内に、受身をうんと習っておくのです。
受身さえ身につけておけば、何回失敗してもすぐ立ち直ることが出来るから・・・
そして負け方や受身のほんとうに身についた人間が、
世の中の悲しみや苦しみに耐えてひと(他人)の胸に痛みを心から理解できる。

2013.4.30



むごい教育

久しぶりに友人たちと一緒に自宅で食事をした。田川の子供たちの教育や人を育てるにはどうするか、いつも為になることばかりで、大いに刺激を受ける。「むごい教育」についても考えさせられた。

徳川家康は幼少時代に今川義元に人質と預けられいた時に、義元は家臣に向かって、「この子供(徳川家康)に、”むごい教育”をしてやれ」と言った。それを聞いた家臣が、「”むごい教育”とはなんですか?」と尋ねる。すると、義元は、「朝から晩までうまい物を食わせ、冬は暖かく夏はすずしくなるように大事にすることだ。そうすれば、大抵のものはダメになる。」そう答えた。

家康がダメにならなかったのは、家康の家臣が、この”むごい教育”をさせないようにしていたそうで、この話で大いに盛り上がり、教育で大切にしなければならないのは何なのか、本当に考えさせられる。むごい教育というと何となく、残酷で悲惨な教育という意味だけど、まさに甘やかして、苦労をさせなかったら、人間ダメになっていく。戦国時代であっても、現代でも子供の教育は同じだと思う。何不自由なく、生活ができる現代の教育は、まさに”むごい教育”なのかもしれない。本当に不自由さを知って、はじめて自由の有難さがわかるし、お金がなくてお金が有難さがわかる。親や家族から離れて、はじめて家族の有難さがわかる。

今まで、何不自由なく育ってきた誉行(たかゆき)は、生まれてはじめて親元を離れて大きな試練を迎えている。

2013.4.28



無用の用

夜のニュースを見ていたら、伊吹文明衆議院議長が与野党の調整で、”無用の用”を説かれていた。無用の用とは、荘子が、世の中から無用だと思われているものこそが実は有用なのだ、という主張。そうなんよなぁ〜、一見何の役にも立たないと思われるものが、実は有効な働きをしていることってたくさんある。母校・田川高校で来月(5月18日)に講演を依頼されていて、これまでの自分の実践したことや体験を整理していたら、無駄と思われることに努力していたんだなぁと思う反面、結局、これが決め手となって成し遂げてきたんだということに気づかされた。

よく、懇親会(飲み会)をしても、仕事に結びつかない事が多いから、飲まない人からすると、無駄な投資だと思われるけど、これが後々生きてくるんよなぁ。いろんな壁や自分で解決できない問題にあたった時、試練を乗り越えられるのは、結局、人間関係に助けられていて、お酒を飲み交わした仲がほとんどだなぁと気づく。どこの会社にも言えることだけど、よく働く人は重宝がり、足ばっかり引っ張る社員には悩まされりする話があるけど、でも、見方を変えると、こんな社員のお蔭で、大きく飛躍する社員がいるのも事実だし、見えないところで会社はそういった社員に助けられているから表面的なところだけで評価してはいけないと思った。

2013.4.19



木の陰にそっと立って見とるんじゃ

昨日は行橋市の岡田博利前県議の御尊父様のお通夜があり、また地元添田で所管委員会(新社会推進商工委員会)課長の御母堂様のお通夜があり、お参りさせて頂いた。また、同じ法光寺の門徒で、聞法会もご一緒させて頂いている。お経の後、御院家から法話があった。じっと目を閉じ、耳を澄まして、聞いてた。

身体に障害を持った小学生の女の子が家に帰って来て、水泳が泳げなくていじめられたそうです。
今度、学年で水泳大会があり、「意地悪な友だちが泳げないことがわかっていて、私を選手に選んだ。」と泣きながら母親に訴えました。
そのお母さんは、頑張りなさいと突き放したそうです。
普通だったら、「この子は泳げないので他の人に変わってもらえないでしょうか」と学校に行くところを、このお母さんはそれをしなかったのです。
そして、仏壇に涙を流しながら手を合わせていたのでした。
ふすまの隙間からそっとその様子をみていた女の子は、それから泳げるように一生懸命がんばったのです。
大会当日、女の子は一生懸命に泳ぐのですが、今にも溺れそうなのです。その姿を見て、意地悪な子供たちは笑っていたそうです。
半分ぐらい泳いだところで、服を着たまま飛び込んだ先生がいました。
女の子に「君は一人じゃないぞ、みんなが君を応援してるだぞ」と、そう言って、プールの中を歩きながら一緒にゴールを目指しました。
そして、女の子は最後まで泳ぎ切りました。ゴールした時には学年全員が拍手で女の子を迎えたそうです。
意地悪に笑っていた子供たちも一緒に拍手を送っているのです。
その様子をお母さんは、見つからないようにそ〜っとプールサイドから見ていたそうです。
服を着たまま飛び込んだ先生は、校長先生でした。
そして、お母さんは、「私が助けたら、これから先ずっと助けなくてはいけません。何れ私の方が先に死んでしまいます。どんな試練も乗り越えてもらいたい、それを信じているからです。」そう校長先生に話したそうです。
親というのは、木の陰に立って見ています。仏さまはこの母親と同じように私たちを見てくれているんです。

自然と涙が出てきて、頬を伝わった。教え導く厳しさと陰でいつも見ている優しさを持つ、親というのは本当に仏様のようなものかもしれないなぁと思った。

2013.1.21



赤塚不二夫さんのエピソード

子供の学校通信を読んでいたら、ためになる話が掲載されていた。

”夢と心”
「天才〇〇ボン」で有名な赤塚不二夫さんのエピソードです。
その「天才〇〇ボン」をやっと描き上げた赤塚さん、締め切り前日にやっと編集者に原稿を渡すことができました。
しかし、それを受け取った編集者は、なんと原稿をタクシーに置き忘れてしまうのです。タクシーとは連絡がつきません。翌日には原稿を印刷所に渡す必要があり、まさに大ピンチ!!
真っ青な顔で戻ってきた編集者に、赤塚さんはまったく怒ることなく、「ネーム(脚本のようなもの)があるからまた描ける。」
さらに・・・「まだ少し時間がある。呑みに行こう。」と言ったのです。そして、呑んで戻った赤塚さんは、また徹夜をして同じ漫画を描きあげ、「2度目だから、もっとうまく描けたよ。」と言い、その原稿を編集者に渡しました。
紛失した原稿が、1週間後にタクシー会社から赤塚さん宛に郵送されてきました。赤塚さんは、その原稿を編集者にプレゼントしました。編集者は、その後35年間も自分への厳しい戒めとして持ち続けたそうです。そして、赤塚さんが亡くなられたときに大切にしていたその原稿を遺族に返しました。

大きな夢をかなえる人の心は、広くて深いものなのですね。

夢をはぐくむイイ話だなぁと思いながら、僕が入社した頃(1985年)のバカボンのパパの話を思い出した。当時金利は5%ぐらいだったと思う。そんな時代に、バカボンのパパがママから銀行に預けている10万円の定期預金をおろしてくるように頼まれた。すると解約手続きを取ると10万5千円余計にもらった。ママから10万円預けているのになぜ5千円余分にもらえるのかと尋ねたが、利息の話をしてもバカボンのパパは納得しない。それで銀行マンは10万円の預金が5千円の子供を生んだと話したら納得した。バカボンのパパは続けて言った。その10万円は男なのか女なのか。

2013.2.2



汗は自分でかきましょう!手柄は人にあげましょう!

昨夜からの雪で積もるかなぁと思っていたら、今朝5時に起床して散歩に出かけると、屋根や木々には雪化粧。でも、ボタ雪だったのか道路はまったく積もっていなかった。今日は宮城県から誘致している企業が田川入り。金融機関や役所での打ち合わせと予定現地の調査に同行する。誘致することが目的じゃなく、その後に永続的に存続してもらうことが大きな使命だから、明日は九州に拠点をつくるわけだから、九州での営業展開等を支援するため、企業紹介をさせて頂いている。正直、見えないところでもの凄いパワーをかけていて、きっと誰にもわかってもらえないけど、一つひとつの課題に対して繊細に、かつ大胆に行動を起こさないと絶対に企業誘致なんてできないと実感。それでも、県議会議員という肩書が、何となく後ろ盾にもなってくれているから、もし成功できたら、これは僕を選んでくれた有権者の皆さんの力なんだと思う。

”汗は自分でかきましょう!手柄は人にあげましょう!” そんな政治家にならなければ・・・そんな政治家になりたい。だから、敢えて問題提起し、課題をつくり、多くの人を巻き込みながら解決していく。そしてまた新たな課題が生まれる。世の中なんて、その繰り返しなんだと思う。だからこそ、どんなに苦しくても、辛くても、どんな困難な事でも、それを乗り越えていかなければならない。乗り越える強い精神力とバッシングに耐える鈍感力を持ち合わせなければならない。とにかく、一つひとつ全力で取り組むのみ。残すところあと3年。

2012.1.15



一番の理解者

政治家になるっていうのは、一生懸命に取り組んでいるのに、心もとない人たちによって、思ってもいない誹謗中傷やデマ情報が飛び交ったり、嫌味を言われたり、妬まれたり・・・そんな話ばかり聞かされると本当にメゲテしまうし、なかなかポジティブな気持ちになれない。きっと、政治家というのは、こういうバッシングに耐えながら、乗り越えながら、自らの信念を貫き、行動しているんのかなぁと思った。本人のために叱咤激励してくれても、度が過ぎ追い詰めると、本当にやる気さえなくしてしまう。だって、有権者(支持者)に反論なんてできなし、ただただ頭を下げるしかなく・・・

落ち込んだ時には、妻と一緒に飲んで語るに限る。何でも話せるし、価値観を共有できる。一番の理解者がいるっていうのは、何とも心地がよく落ち着く。ただ、神崎妻は愚痴を聞いてうなずくような感じじゃなく、こういう風に考えたらとか、批判されてももっと行動したらいいばいとか、だんだんポジティブな気持ちに変えてくれる。僕らは、新しいことにチャレンジする、やれなかったことに挑戦する、そこのところが非常に似ていて、お互いにやる気を出させるような関係なのかなぁと思う。

”失敗を恐れるよりも、何もやらないことを後悔することを恐れる”たった一度の人生だから、最後は自分の責任で頑張ろうと思う。

2012.10.24



本当に大事なのは、次の選挙か?次の時代(次代)か?

世の中、何がどうなっていくのか、世界を見ても、国も地方も政治も経済も、これから先どうなっていくのかよくわからない。決して悲観しているわけじゃない。こんな時代だからこそ、自分自身で将来を考え、今何をしなくてはならないのかを考える、構想を練る、行動をおこす。政治の世界に足を突っ込んでみて、見えてくるものがたくさんある。正直、空しくなる時もあり、しょうもないなぁ〜、話にならんなぁ〜と思ったりもする。何のために政治家になったんやろうと思う人もいたりする。たった一度の人生だったら、選挙で十分に人の意見も聞いてきたんだから、政治家として言動は、自分の判断で自分の考えや意志で、県民・国民にきちんと伝える事からしかないんじゃないかと思う。

政治屋のレベルの低い話には馬耳東風。選挙に出るときに、有権者の皆さんが言ってくれた言葉を思い出した。「政治屋は次の選挙のことを考え、政治家は次の時代のことを考える」 情けない政治には、あまり関心がない。

2012.6.5



いい・加減

福智町に設置している事務所で県政報告。12月定例会以降の活動や県政の動き、それに国政や地域の課題等について活発な意見交換をさせてもらった。

正直に言うと、こういったフランクな意見交換がいい。議会や委員会のように四角四面の余裕のない議論や会話よりも、ハンドルやブレーキの”あそび”のようなものがあった方がいい。県政報告作成も年に2・3度ぐらい出そうと思っていて、連休明けぐらいには皆さんの手元にお届けできると思う。2・3度ぐらいって、いい加減やなぁと言われそうだけど、年3回ぐらいが、「いい・加減」=ちょうどいいんじゃないかなぁ。神崎さん、テキトウな事を言って!”テキトウ”っていうのは、漢字で書くと、「適するに当たる」つまり、ちょうどいいと言う意味。ん!何を言いたいのかわからんようになってきた。日頃の窮屈な生活から抜け出したアバウトな休日ですので、ご容赦を!

2012.04.15



江戸では水も売っていますよ。

人は環境をつくれる。主体性を持ち、創造性豊かな人ほど立派な環境をつくる。今日は九州の自立を考える会の総会が県議会棟であり、夕方からは、参議院議員大家敏志先生の政経セミナーがホテルニューオータニ福岡で行なわれ、麻生太郎先生の講演があった。いろんな機会に立派な方の演説や話を聞くと、いつもある逸話を思い出す。

昔、山里の田舎に住む二人の農夫がいて、江戸に出て一旗揚げようと連れ立って村をあとにした。途中、峠の茶屋で江戸の事情に詳しい人に出会い、いろんな江戸の情報の中に「江戸では水も売ってますよ」という話を聞き、一人は「水も買わねばならんようでは、俺にはとても生活できそうもない」と、村に引返して貧しいもとの生活に戻った。が、もう一人は、「水を売っても商売できるか。それならこの俺にもできる」と、江戸に出て財を成したという。それぞれ別の道を選んだ二人の生活は遠く離れてしまった。

ある町に一人の旅人がやってきた。町の入り口の門の前に一人で老人が座っていた。旅人はその老人に尋ねる。「この街はどんな街か?」  するとその老人は聞き返す。「あなたが今までいた街はどんな街だったか?」 旅人は答える。「いやぁ〜前にいた街は、嫌な人ばかりでろくな街じゃなかったよ。」 「そうですか。この街もあなたが前にいた街と同じ街です。」 また別の日に旅人がやってきた。老人に「この街はどんな街か?」 するとその老人は聞き返す。「あなたが今までいた街はどんな街だったか?」 「今までの街は、素晴らしい街で、人々は親切で、あんな良い街はありませんよ。」 「そうですか。この街もあなたが前にいた街と同じ街です。」 と答える。

環境というものは人の心で決めるという事だと思う。僕らは環境をよりよくつくるために学び、環境をつくるのは人であり、人の心が環境を決めていくんだと思った。環境に左右されるんじゃなくて、よりよい環境づくりができる人になりたいものだと思った。

2012.02.24



信用と信頼

信頼関係をつくっていくには、真心で接していく事と、それには相当な時間が必要になってくる。その信頼関係も、自分に信用力がないとダメだし、相手の方が信用できる人なのかどうなのか、その人の長年積み上げられた社会的な人付合いで見定めれるところも大きいと思う。「信頼できない」となると2人だけの関係となるが、「信用できない」となると”社会的に”という意味合いになるから、自分だけじゃない評価になったりして、家族や次の代にまで関係してくるように思う。だから人は、何年も培って、何代にも渡って、誠実に実直に日々の生活を送って初めて信用を得るんじゃないかと思う。

それが一瞬にして崩れる時があるんやなぁ〜。選挙っていうのは、人間関係が一番ドロドロした部分であり、様々な状況の中で決断しなければならない時がくる。その判断を誤れば、「信頼」も「信用」も一瞬のうちに失ってしまう。もし、信頼関係を損なったとしても、2人だけの関係であれば、いつかは修復できるかもしれない。相手の意に沿わず信頼関係が損なわれたとしても、いつかはきっとわかってくれる日が来るんじゃないのかなぁと思っている。それに比べ、社会的信用はこれはもう取り返しがつかないように思う。「昨日の敵は今日の友」という言葉あるけど、自分の中じゃ割り切っていても、なかなか周りが評価しないのが世間というもの。「え!? へぇ〜」と少し耳を疑うような話が福智町であった。人は感動して動くものだと思っていたけど、理屈も通らず、そこには感じるものが何もない。もし、自分の利益だけで動いたんであれば、これはもう信用と言う言葉よりも人間不信に陥っていく。

選挙を通して思ったこと。お金とか自分の利益のために動く人は、信用を失う。信用というのは、次の世代まで影響する。だから僕は次世代に残さなければならないのは、”財産”じゃなく、”信用”なんだと確信した。

2011.1.20



今こそ変革の時

”至誠而不動者未之有也”〜至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり〜と読む。「誠(真の心)を以て行動すれば、人の心を動かさない事はない」孟子の言葉であり、吉田松陰が江戸へ行く前に書いて小田村伊之助にあたえたものである。

先日、共同通信社とNHKから福岡県議会議員選挙・調査票の依頼があった。いろいろ記入する欄があり、その中に「尊敬する人物は」という項目あった。迷わず、吉田松陰と書いた。神崎家の家訓でもある「誠実為道 人為宝」。 吉田松陰ほど至誠をもって生き抜いた人はいない。吉田松陰の言葉はすべて真心から発している。学問への修業も松下村塾の教育も国のために起こした行動も皆そう言えると思う。燃えるような向学心を生涯持ち続け、人を愛し、誰よりも強く国を愛し、至誠を貫いた吉田松陰の一生は本当に純粋で美しいと思う。

自宅の掛け軸

「志を立てるためには 人と異なることを恐れてはならない。世俗の意見に惑わされてもいけない。死んだ後の業苦を思いわずらうな。また、目の前の安楽は一時しのぎと知れ。 百年の時は一瞬にすぎない。君たちはどうかいたずらに時を過ごすことのないように・・・」

2010.12.26



びくびくすることもなければ、くよくよすることもない。

将来のこと、これからおこるであろう予期せぬことを考えて、一々びくびくするな!過去のこと、してしまったこと、やれなかったことをあれこれ考えて、くよくよするな!たまには、開き直りの気持ちがあれば、大したことないなぁと思い、どうってことない。「えいやっ」と行動すれば、どんな結果が待っていようとも、必ず道は開けてくる。

「えいやっ!」と行動を起こす時、世の中の風向きを読む能力が必要だと感じる。風を読んだら、自分の判断を信じて迷わずに突き進む。自分自身の智性と勘、そして行動する勇気。勇気を持続する力。これさえ、備わっていれば、勝利が必ずついてくる。将来に対して何の保証もないのが選挙戦。全知全能、すべてを出し切って今に取り組む。

2010.12.13



ゆでガエルにならないために

もし、諫言を聞く耳を持たなかったら、きっと自分にとって心地の良い人たちだけの付き合いに終わっていたのかもしれないなぁと思う。ぬるま湯に浸かったカエルが、少しずつ火を熱くして、飛び出す温度になってもじっとしている状況になったかもしれない。飛び出すタイミングを失ったカエルは、そのまま”ゆでガエル”になってしまう。環境は絶えず変化しているのに、変化に適応していくのと、変化に犯されているのとでは、えらい違いになってくる。調子が良い時は、それが当たり前だと思い、調子が思わしくない時には、言いわけに事欠かない。すべて他人のせいにして、言い訳探しになるとどうしようもない。大事なことは、環境の変化に絶えず適応すること。それには、本当に親身になって下さる多くの人の嫌ごとや諫言に耳を傾けることだが何より大切だと学んだ。

2010.10.27



努力逆転の法則を克服するには・・・

福岡県議選まで残すところ半年。「まだ、半年もある」と感じるか、「もう、半年しかない」と感じるかでは、取り組みや気持ちも大きく違ってくる。人は出来事で悩むんじゃなくて、それをどのように受け取り、感じたかで悩んだりする。何でも前向きに明るくポジティブに考える人と、ネガティブな考え方で自分自身を落ち込ませてしまう人がいる。この違いは何なのかなぁと考えた。

”努力逆転の法則”というのがある。失敗しないようにと思えば思うほど失敗が気になる。そして、他人の失敗に対しても許せなくなり、どんどん周りの人たちの心が離れてしまう。真面目に努力すればするほど、自分の至らなさに苛立ってしまう。完璧を求めながら、完璧からどんどん遠のいてしまう。

期待に応えようと猛烈にチャレンジし過ぎて、精神的にも参ってしまい、過労で倒れてしまったのでは、元も子もない。時に立ち止まり、ゆっくりした時間を何も考えずに過ごすことも必要なのかもしれない。先のことをあれこれ考えるよりも、今この時間を大切にすればいいんじゃないかと思ったりした。将来のことを真剣に考え過ぎて悩み、楽しい人たち、楽しい時間、楽しい場所にも関わらず、心はいつも将来の不安につかまったりする。過去を思い出しては、「あの時こうすればよかった」「何で、あんなことをしたのか」と心はどこか遠くにあるような状態になったりする。これじゃ、為す事も為せなくなる。こういう気持ちになってきた時には、”今”やるべきことに集中することかな。”今”をしっかり活動できれば、将来も過去もしっかり生きることにつながるんじゃないのかと思う。選挙情勢や人の気持ちのあれこれ心配しても、結局なるようにしかならない。

悪いことを想像をすると無意識のうちにマイナスイメージがすりこまれる。それが行動に影響したりする。不安や心配は、人の行動にブレーキをかけ、あれこれ考えすぎて絶好のチャンスを逃す。完璧を求めて、考えてばかりいても、結局疲れてしまって、何にも解決しない。だから、小さな行動から少しずつ前進すれば心が軽くなり、より行動が前へ前へと進んでいく。

他人の意見や評価に振り回されて、自分を見失うことも多々ある。確かに耳を傾けることも大事。あれもこれもやらなければならない事は山のようにあるけど、それに押しつぶされたんじゃ何のために取り組んでいるのかわからなくなり、気がつけば気持ちが落ち込んだりする。他者性じゃなく、あくまでも自主性が大事。自分の器や身の丈を知った上で、自分らしい努力と取り組みをする。結局のところ、ポジティブ思考になれるのか、ネガティブ思考に陥るのかは、過去でもなく、未来でもない今を見つめ、自分自身のアイデンティティと自主性を持っているかどうかというところじゃないかと思った。

大切なのは、THE BESTじゃなくていい。MY BEST!これがいい。

2010.9.25



今年は寅年、年男の誕生日(48才)。9月20日生まれ、おめでとう!

昨年同様に、誕生日に同級生たちからbirthdayメールを頂いた。家族からも朝から「ちち、おめでとう!」って言われ、本当に家族が元気で健やかに暮らせることに幸せを感じてしまう。屋久島に行っている陽行からも、「誕生日おめでとう」と夕方に電話がかかってきた。福岡県政まで残り半年となり、家族も周りも火が付いてきた。今日は妻育子が休みだったから、二人で挨拶やらいろいろ作業に二人三脚で取り組んでいた。誕生日とか味わう余裕なんて全然なくなってきていて、ずっとスケジュールが詰まっている。本当にやらなければならない事がたくさんあるから、段取りよく、多くの皆さんの協力を得ながら、頑張っていきたいと思う。

平成18年からブログを書いている誕生日のブログは、平成18年9月20日(9月20日 誕生日に思うこと。) 平成19年9月20日(Birthday秘話。) 平成20年9月20日(神崎聡 46才。) やはり、日記を残すと1年1年の出来事がよみがえってくるなぁと思う。今日の敬老の日でもあり、新聞にSUNTORYの広告欄に、とても心に響く言葉が掲載されていた。

「おめでとう」の多い人生に、おめでとうございます。

一年に、「おめでとう」といわれる日は、
何回ありますか。
あけましておめでとう。
お誕生日おめでとう。
もしかしたら、それくらいいかもしれません。
だけど、そんな「おめでとう」が
たくさんある人生って、しあわせですよね。

昨年より遠くまで歩けた。おめでとう。
毎日メシがうまい。おめでとう。
一緒に笑える友がいる。おめでとう。
学び続けたいものに出会った。おめでとう。
叶えたい夢がまだまだある。おめでとう。

小さなことでも
「おめでとう」という言葉にすると、
人生はもっと、楽しめる。
「おめでとう」といっぱい言える人生、
「おめでとう」といっぱい言われる人生。
それは、健康で元気だからこそ、味わえる。
それ自体も、とても「おめでとう」なこと。

きょうは、敬老の日。
積み重なった「おめでとう」を心から味わう日。
今年も健やかに敬老の日を迎えられること、
そして、すべての人生に、おめでとうございます。

2010.9.20



座右の銘

”着眼大局・着手小局” 山本徳孝(父)の座右の銘。近頃、山本の父がこの”着眼大局・着手小局”が大事だと話してくれる。もちろん、政治・選挙を意識しての話であり、着眼は広い視野でとらえることだと、大所高所から大局を見て計画や方法、方向性の戦略を立てなければならないと・・・着手は小さい事にも心を配り、大局を見ながら小さいことから実践するということだと・・・

理解しているつもりでも、実践できていない事が多い。目先の問題解決に一生懸命になってしまい、大局を見失う事が多々ある。そんな時、何のために問題を解決しようとしているのか、本来の目的を思い出すと大局が見えてくる、いろんな可能性が見えてくる。でも、可能性が見えても、いろいろ悩んで行動しなかったら、何も変わらない。だから、”着手小局”ということで、小さいことから実践していくことが大事になってくる。人は、ついつい小さな行動をバカにしがちになり、結局何もやらないことが多い。最初の一歩としてできることは何なのか。これを考えなくてはと思った。

政治や選挙だけじゃなく、経営や人生すべてにおいて、この”着眼大局・着手小局”が大事なんだと感じている。僕の子供(颯行・陽行・誉行)3人に囲碁を教えてもらっている。今は、誉行だけ教えてもらっているけど、この格言は囲碁から来たものかなぁ〜。ちなみに、親父(神崎次彦)の座右の銘は、”誠実之道人之為宝”だった。お座敷の掛け軸に描かれている。

2010.09.07



大岡裁きの続き?

左官屋さんが、書き付けと印形と3両入った財布を拾う。落とし主は印形から大工と解ったので、早速左官屋さんは大工の所に届けに行く。ところが大工は、書き付けと印形は貰うが、落とした金はもう自分のものでないから持って帰れと言って受け取らない。左官屋さんも強情で、金が欲しくて届けたのでないと、口論になる。取りあえず大工の大家さんが仲裁に入って、左官屋はそのまま帰った。今度は、左官屋が自分のところの大家に一部始終を話したら、その大家さんは怒って早速大岡越前守に訴え出る。白州にでた両人は各々言い分を述べて金はいらないと言い張った。そこで越前守は1両出して「2両ずつを両人に褒美としてつかわす。2人とも3両懐に入るところを2両となったのだから1両の損。奉行も1両出したのだから1両の損。これ呼んで三方一両損なり」で無事解決した。

これが有名な「三方一両損」の大岡裁き。

こんな話を聞いたら、必ず悪知恵を働かす輩がいる。大岡越前守から1両をせしめようとした悪知恵の2人組は、1両2分ずつ出し合って3両として、取れぬ取らぬの大喧嘩の真似をして白州の場へ。でも、さすがの越前守。悪知恵の2人が2両ずつもらって2分手にしようと企んでいるのを察知し、「2人にとって、もともと無かった金。1両ずつを両人に褒美としてつかわす。残りの1両は奉行がもらう。これ呼んで三方一両得なり」で無事解決した。(こんな続きがあったら面白い)

2010.8.9



過ぎたるは及ばざるがごとし

”過ぎたるは及ばざるがごとし”の諺の通り、何ごとも程々が一番やなぁ〜。前にブログで書いた孔子の中庸の思想が大事だなぁと感じる。人の5つの徳目といわれる「仁 義 礼 智 信」も同じ。
「仁を過ぎれば弱くなる」、情をかけ過ぎると他力本願になってくる。
「義に過ぎれば固くなる」、義理に縛られて、弾力的な活動ができなくなる。
「礼に過ぎればへつらいとなる」、バカ丁寧になると、ゴマスリのように思われる。
「智が過ぎれば、嘘をつく」、才に走ってウソをつきやすくなる。
「信に過ぎれば、損をする」、人を信用しすぎて損をする場合もでてくる。

年配の方々は、自分の経験から僕に様々なアドバイスをして下さる。どうしても若気の至りで、突っ走りそうになる事が多いけど、大事なところはきっちりと抑えてくれる。立ち止まって、ずっと先の事を考えながら行動することの大切さを教えてくれる。きっとその場の勢いで極端に走ってしまうと、取り返しのつかない状況に陥ってしまうことがわかっているからなんだと思う。妻育子から今日も言われた。「聡さんは、本当に恵まれちょうばい!家族だけじゃなくて、地域のみんなが聡さんのことを心配してくれちょうから・・・」

地元添田町は、とても難しい、厳しい局面が続いています。その中で、多くの皆さんが県政に再チャレンジする僕を温かく見守って、(中庸の道の)アドバイスをしてくれます。本当に、年配の方々は地域にとっても、僕にとっても大きな財産だと痛感しております。そして、もう一つ大事なことは、政治家(志す人)は家族がどうしても犠牲になってしまいます。だから、家族を守らないといけない、家族の気持ちを大切に想わないといけない。家族を想い、家族を守ろれない人に、どうしても地域を大切に想い、地域を守ることができるでしょうか。少しは人の痛みがわかる人間になったのかもしれません。今は、妻に守られ、家族に守られ、地域の皆さんに守られ、本当に感謝、感謝です。いつの日か必ず恩返しできるように・・・頑張るしかないと思っています。

2010.7.1



自分らしい生き方

大人になり年齢とともに、感情が表にでなくなってくるとは逆に、子供を見ていると、喜怒哀楽があって子供らしいくていいなぁと思う。自分自身の中でも人間関係の中でも、基礎となる部分は、この”感情”なんだと思う。家族や親戚、友人・知人、仕事仲間、近所付き合い、遊び仲間と、人間関係の中では、自分の心のありようを示さなければ、相手も心を開かない。農作物でも、日照り続きじゃ枯れてしまい、晴れた日だけじゃなく、雨による潤い、嵐による強い抵抗力、雲に包まれた穏やかさ、すべてが必要である。”感情”も同じようなもんじゃないのかな。

太陽のまばゆい光は、にこやかで積極的な気持ちにさせてくれる。困難な時にも笑顔で誠実に前向きに行動する大切さを学ぶことができる。梅雨のようにジメジメした時期も必要。つらい気持ち、悲しい時には大いに泣く。涙がつらさ悲しさを洗い流して心に潤いを与えてくれる。相手のつらさ・悲しみを感じられる自分がつくられる。荒れ狂う嵐のように、人間だから怒りや争いも起こる。でも、相手の悪口や誹謗中傷、攻撃する空しさを知ることができ、日頃からの平穏無事の有難さを感じることができる。

時間をかけて大切に育てた”感情”を素直に、相手のことを思いながら、下手でも失敗しても構わないから、自分の一番やりやすい表現方法であらわすことが大事なんだと思う。そして、受けとめてくれた人に感謝する気持ちを持つことなんよなぁ。子供たちの喜怒哀楽を見ていて、自分自身の僕らしい生き方があるんだと気づいた。

2010.06.20


候補者はみんな”韓信の股くぐり”

”病は口から入り、災いは口から出る” 言動には本当に気をつけねばと思う。訳のわからない噂話はどうでもいいけど、自分で発した言葉は、当然責任を伴うもの。自分の信念や想い・考えはしっかり持っとかないといけないけど、相手によっては、言葉は慎重に選ばないといけないなぁ〜と思っている。「腹の立つことは明日言え」とも言われるように、時にはグッと堪えて、”韓信の股くぐり”が大切。交渉事でもネゴシュエーションでも一緒。とっさの切り返しで一見その場を制したように見えることがあっても、相手が納得していない限り、一時しのぎにしかならないように思う。それでも、頭を冷やして考えて、どうしても言わなければならない、やらなければならない時には、覚悟の上で、”かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂” と吉田松陰の言葉に従うのもやむを得ないじゃないかな。

選挙に出馬する立場からすると、本当にいろんなことを言われたりする。嫌みや悪口、しょうもない他愛もない噂話。選挙に立った人は、きっと「何でここまで言われないかんとか」と思っているんだと思う。参院選も日程が決まり、まさに選挙モードになってきた。自分の持っている気力・体力・知力・財力・策力の限りを尽くして戦う候補者にもっとエールを送ってもいいんじゃないかと思う。

2010.6.15



熱を下げるには2通りのやり方がある。

人が失敗したり挫折したり落ち込んだりした時に、「何しよんかい!もっと頑張れ!」と悲しみから立ち直らせるやり方と、「辛かろうね〜わかるよ、そんなに無理せんでもいいから」と相手の心の重荷を下ろさせて立ち直らせるやり方がある。どっちが良いやり方なのかよくわからないけど、発熱した時に氷枕や冷えピタなんかで熱を下げるやり方と、温かくして汗を充分にかかせて熱をさげさせるやり方に何となく似ているように思った。時には、「何しようんか!そんなんじゃつまらん!」と叱咤激励も必要やと思うけど、人にはわからない挫折や失敗をした人には、悲しみを分かち合い、一緒に涙を流してくれる方が何倍も勇気づけられる思いがするんじゃないかと思った。

人生の転機となる大きな出来事を何の挫折も、波乱もなく、平穏無事に通過する人はごく稀で、自分の能力と努力だけじゃ、どうこうもならんことが人生にはたくさんある。顔で笑って心で泣いて・・・この気持ちをわかってもらえるのは、やっぱり家族しかおらんとよね。よく考えると、神崎妻はいつも悲しみを分かち合ってくれ、一緒に悔しがり涙を流してくれる。選挙に負けるというのは、こんなにも挫折感を味わい、大変で辛いものだとは思ってもみなかった。自分の痛みはよくわかるけど、なかなか人の痛みはわからない。人の痛みが少しでもわかるような人間になりたい、そう心がけたいと思っている。

2010.06.10



歴史は繰り返される。

企業の価値は、売上の大きさや資本力や社員の数じゃなくて、永く存続していくところにあるんだと思う。生き残るためには、常に変化し続けなければならない。ダーウィンの進化論じゃないけど、生き残るのは、”強いもの”でもなければ、”賢いもの”でもない。”変化できるもの”なんだと感じる。”強いもの”は強者がゆえに成功体験に浸り、自信が過信となり変化に疎くなりがちになる。過去の成功体験が足かせになっているからじゃないかと思う。政治も、地域が求めるニーズが時代と共に変わって来ているのに、そこを理解せず、過去の成功体験にこだわるために、打つ手がすべて裏目に出てしまっている。

国も企業でも、これまで中枢にいた人たちでは、変化に対応できないんじゃないのかなぁ〜、何の改革もできないんじゃないのかなぁ〜と思う時がある。強くもなく、賢くもなくないけど、小回りがきいてスピード感を持っている中小企業やベンチャー、地方の政治家や経験がないからこそ自由な発想が出来るこれからの政治家が、改革の担い手になれるんじゃないのかなぁ〜と思ったりしている。

「龍馬伝」じゃないけど、長く続いた江戸幕府の中枢にいた人たちは経験を持っている事が不利に働き、何も改革できなかった。維新の中心は20代の浪人であり、土佐・薩摩・長州など江戸から遠く離れた田舎のサムライであった。歴史は必ず繰り返される。

龍馬伝〜故郷の友よ

「いいか、武市はなぁ、もう覚悟してるよ、友達だと言うんだったら、遠くから見守ってやるしかねぇ」「日本のため、日本の将来のため 大いに働いてもらうために 弟子にしたんだぜ」「かわいい弟子をここで殺されてたまるか!」

2010.5.25



人にへつらわない真の強さ

山本父(山本徳孝)を傍で見ていて、あんなふうに寛大さと、もの柔らかさを持ちたいものだと思う。無道な目にあっても決して仕返しをしない。和を大事にしながら、といって大勢に流されたりしない。見せかけの強さは真の強さじゃないんだなぁ〜と教えてくれる。かたく志を守り、人にへつらわない、そんな真の強さを身につけたいものだと思う。今日(5月11日)twitterで書いた孔子の中庸の思想。孔子は、「中庸は最高の道徳的価値」だと言っている。世論の両極端の意見をしっかりととらえ、中間の意見を程良く採用する。中庸の道に合った政治とは、いつも心のバランスがとれていることである。中庸とは「偏らないこと、変わらないこと、中庸は天下の正道であり、天下の定理である」と説いている。 筋を曲げないということはいつの世も難しい。人間関係をよくすることをすすめながら、自説を曲げてはいけない「和して同せず」という故事にもあるように、孔子は主体的な協調と無原則な同調との違いを説いているんだ思う。企業経営でも、馴れ合いの”同”から、活力の”和”の集団へ変わるために何をなすべきか、競争力のある集団へ変貌を遂げるためには、馴れ合いからの脱却をはからないといけなかった。いろんな意見を拝聴しながら、でも、”流れに従い、流れに任せず” 自分の考えをしっかり持って、決して「同じて和せず」とならないような生き方を心がけていきたいものだと思っている。

2010.5.11



リンカーンの言葉と目黒のさんま

添田小学校5月号学校通信”夢をはぐくむ”に、太田亮一校長先生が書かれている「知恵と夢と」を読んで考えさせられるものがあった。

リンカーンの言葉に次のようなものがあります。
「私がもし、木を切り倒すのに8時間与えられたなら、6時間を斧を研ぐのに費やすだろう。」
リンカーンが、いかに準備を大切にしたかを表した言葉です。そして、派手に斧をふるうところに目を奪われがちな人間に、地味に斧を研ぐところこそ肝心だと諭しているのでしょうか。
大切なことはこの言葉を知識とするのか知恵にするかです。この言葉をただ知っているだけが知識で、自分の生き方に照らせたとき知恵となり、生き方が変わってきます。
将来のために、いやな勉強を我慢してしなさい。こういうスタイルの学習は「画竜点睛を欠く」学習で、知恵が身につきません。勉強で発見や感動、面白さや喜びを味わえた時に知恵が身につき、昇竜のように伸び、夢がはぐくまれていくのです。
今の日本には、知識があって知恵なしという場面が多く見られます。学ぶとはどういう事か、根本的に問い直す時期がきたということではないでしょうか。今こそ、夢と知恵につながる学習を積み重ねて行かなくてはなりません。

妻と二人で読みながら、太田先生らしいなぁ〜と話していた。先日、太田亮一先生・辻眞作先生と一緒だった時に、”目黒のさんま”の話題になった。
秋の一日、殿様が、家来をつれて、遠乗りにでかけた。昼近くになって、そのころはまだ江戸の郊外だった目黒についた。殿様お腹がすいたというので、家来がさんまを焼いていた家の主人にたのんで、昼食をごちそうになる。殿様は生まれてはじめてさんまを食べた。空腹の時に、脂ののったさんまを食べて、殿様は大満足した。
殿様は、さんまの味が忘れられず、お城から出かけた時に、「何かお好みのお料理はございませんか。なんなりとお申し付けくださいませ。」と家老に言われ、さんまをリクエストした。はじめは家老はわからなかったが、いろいろ調べてわかったので、さっそく日本橋魚河岸から最上等のさんまをとりよせたが、このように脂の多いものをさしあげて、もしもお身体にさわっては一大事というので、十分に蒸して、小骨なんかは毛抜きで丁寧に抜いて、さんまのだしがらのようなものをつくりあげた。
「殿、御注文のさんまです。」
「なに、これがさんまと申すか、ばかに白いではないか、たしかもっと黒くこげていたように思ったが・・・」
「いいえさんまに間違いありません。」
「さようか、どれどれ、う〜んこのにおいはまさしくさんまじゃ、これさんまよ、恋しかったぞ。」
殿様がひとくち召し上がったが、ぱさぱさのさんまはおいしくなかった。
「これがさんまか?」
「御意。」
「ふ〜ん、このさんま、いずれよりとりよせたのじゃ。」
「日本橋魚河岸にござります。」
「あっ、それはいかん、さんまは目黒にかぎる。」

学習の一番おいしいところは、発見であり感動である。それこそが一人ひとりが持っている学ぶ力の源だと思う。”リンカーンの木を切り倒す言葉”も”目黒のさんまの話”も、学ぶ力を身につけるためには何が大切なのかを考えさせてくれる。一番努力しなければならないところ(楽しみな、おいしいところ)を省いたんじゃ、何にも身につかないし感動もない。

2010.5.9



”人を見る目を養う”ことの難しさ

今日からまた活動再開。5月1日〜5日まで田川に居なかったので、地元の方々と情報収集・交換をしたり、アポイントが入っていた人にお会いしていた。基本的に、お会いできる人たちは信用のおける方であり、親身になって相談できる人たちでもある。それでも十人十色、同じ相談に乗ってもらっても、違った考え方、アドバイスも様々で、どのご意見もとても参考になる。最終的な判断は自分の責任で行なわなければならないから、一度決断した時はブレたり優柔不断になったりしない。「競って争わず」

”政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。” byマックス・ウェーバー「職業としての政治」

学校の試験にはすべて正解がある。でも、実社会には正解というものはない。100人いれば100人に対して同じ事を一生懸命に説得しても、最初からその気がなかったら逆に反発を買う。最初からノーという人に時間を使いすぎると、いくら精神力が強くても自己嫌悪に陥ってしまう。本当に協力して下さる方、支援して頂ける方を見極める目が大切だと思う。
4年前に選挙に出ようと決心した時、麻生ちかこ夫人から一通のお手紙を頂戴した。「決して無理や背伸びをせず、気負わず、力まず、多くの人に会って自分を知って頂くと共に、人を見る目を養い、本当に信用できる協力してくださる方を一人でも多く作ることが大切です。」 いつもずっと心配をし、親身になって下さり、何とお礼を申していいのか、本当に感謝しなければと思う。
今、本当に”人を見る目を養う”ことの難しさを実感している。

2010.5.6



競って争わず

政治家というのは、危機的状況にある時に、「これが敵である」と味方に示し、それに対抗する形で,味方の結束力を高めていく。選挙戦でも、敵をつくって味方を固めるという手法をよく使う。戦いが終われば、敵を囲んで味方を増やしていくやり方をするんだと思う。自分の選挙を有利にするためには、多くの支援者の一致団結が必要だから、これは有効な戦法なんだと思う。ところが、しがらみが絡んでくると、自分の選挙戦でもないのに、(自分の)選挙に影響を及ぼす出来事が突発的におきたりする。選挙で失敗した政治家をみると、自分の支援者が敵味方に分かれるような、(自分じゃない)人の選挙(問題)に顔を突っ込み過ぎて、支援者が離れてしまったという事例が結構ある。政治家(政治家を志す人)は、基本的に自分の主義主張を有権者の皆さんに訴えなければならない。当然、旗色(態度)を鮮明にしなければならない時が多々あると思う。

1年後、自分の選挙戦を控えている。いろんな選挙や予期せぬ出来事がり、様々な環境下にあって、もし支援してもらえるはずの人から応援してもらえない状況になったとしても、今はいかに敵対心を持たれないようにしていくかに注力しなければならないんだと思っている。僕自身が選挙を戦う本人であり、選挙参謀も兼ね、事務局も今はすべて一人でやっている。すべての判断を自分でしなければならないけど、今はただただ自分の選挙の事で精一杯なんです。

”競って争わず” 競わなければならないのは対立候補であり、僕の場合、他のところで争っていては勝利なんて到底覚束ないと思っている。僕がやらなければならないのは、これまでの人脈と経験で差別化できる政策で競い合い、地元に大きな利益をもたらすことだと強く思っている。国政じゃできない地域の将来ビジョンや地域の課題解決に取り組みたい。市町村じゃできない広域的な取り組み、特に民需や外需へのアプローチに真剣に取り組んでみたい。
なかなか想いが通じないところは、すごく反省していますが、是非、地元田川の皆様のご理解とご厚情を賜りたいものだと思っています。

2010.4.28



人との出会いがスケールを大きくする(ジョン万次郎)

>龍馬伝が第2部に入り、ますます面白くなってきた。昨日(4月25日)の第17回は「怪物 容堂」という題であったけど、人斬りに疑問を持ち始めた伊蔵、容堂の底知れぬ恐さ、一心に攘夷運動に傾注し富を気づかう武市、一途なお佐那様の龍馬への想い、おとぼけキャラの弥太郎とそれぞれが激変していく時代にあって、違った境遇で時代を生きている様子が面白い。その中でも、オープニングの前のジョン万次郎との出会いが一番興奮した。黒船に乗り込み無邪気に大はしゃぎに興奮している龍馬がいい。子供のように全身で喜びを表現している龍馬がいい。ジョン万次郎から、アメリカの“大統領”について知る龍馬。そして、民が入札(いりふだ)で”大統領”を決め、国の行方を決めるという仕組みに驚く。そして、そのアメリカから日本のために帰ってきたという万次郎。ジョン万次郎の生涯も波乱にみちた人生であり、万次郎がいなかったら、明治維新はどうなっていたのかわからないんじゃないのかと思う。またジョン万次郎との出会いが、龍馬をスケールを広げたんじゃないのかなぁと思う。
1853(嘉永六)年、ペリー提督は四隻の軍艦を並べて、江戸幕府に開国を迫った時、幕府はあわてて、土佐にいる万次郎を江戸に呼びよせた。その時の筆頭老中が阿部正弘で、万次郎は、「アメリカは日本と貿易がしたいだけで、開国をして、西洋と外交を持つべきである。日本は近代化をしなければならない」と意見している。きっと万次郎は、アメリカやヨーロッパ、それにアジアの国々を見てきていたから、日本のおかれている立場が良く分かっていて、はやく文明国の仲間入りをすることが日本にとって、いちばん利益になることだと思っていた。
1860(万延元)年、万次郎は、勝海舟や、福沢諭吉とともに、通訳として、咸臨丸に乗るよう、幕府からの命令を受ける。嵐の吹き荒れる中、咸臨丸が無事に太平洋を横断する事ができたのは、一等航海士だった万次郎がいたからだと言われている。
アメリカから帰って来ると、万次郎は幕府に命じられて、小笠原諸島に行き、島の外国人たちに、そこが日本の領土であることを認めてくれるように交渉にあたっている。また、薩摩藩に招かれて、近代的な海軍を作るのに力を貸したりと、その活躍はいろんなところに向けられ、日本の近代化と、外国との交流に力を注いでいる。

それと、お佐那様との別れ・・・激しく打ち込み合う龍馬と佐那。最初に出会った時に比べ、とてつもなく強くなった龍馬に、涙を流しながらお佐那様は、“本当に、強くなられましたね。いざという時は、きっとその腕が、あなたを守ってくれることでしょう。” 何か切なくもあり・・・”この9年、私は坂本さんのことを、ずっと待っていました。私は、やっぱり、坂本さんが好きだったんです。わたしはもう、誰の嫁にもなりません。これからも、剣一筋で生きていきます。私は幸せです。だって、坂本さんは、ここにいるのですから。”
世の中、いつの時代も、どうにもならない恋があるんですね。

2010.4.25



子供は親の言う通りには育たない・・・親のする通りに育つ

日頃は、わりと年配の方と会って話する事が多い。人生経験が豊富で地域の実情なりをよくご存じなので、本当に地域にとっての財産だなぁ〜って思った。今日は、選挙(政治)活動を休止し、子どもたちの学校(添田小・中学校)の授業参観とPTA総会に出ていた。学校行事に参加すると、いつも思う事やけど若い保護者の多い事。普段、年配の地域の人たちとしか会っていないから、皆さん知っている人ばかりだけど、こんなにも若い人がいるのかとびっくりする。そして、子どもたちも確実に大きく成長しているなぁ〜と感じる。今日学校長が良い言葉を話してくれた。「子供は親の言う通りには育たない。親のする通りに育つ。」 まさにその通り!

4人の子供を育てながら、何となく”教育とは何ぞや” ”人を育てるには何が大切なのか” と自分なりの考えを持てるようになってきた。子供は親の真似をして、生き方を学んでいく。真似る事が学ぶことの始めなんじゃないのかと思う。親も「育児」そのものが「育自」であり、子供を育てていくのと同時に親自身が育っていくもんだと感じてきた。だから、親が育てば、子も育つんだと思うようになった。

今、僕自身、子供たちの教育に対して反省している事は、誰かと比べたりしてきた”競育”をしたんじゃないのか、怒ったり叩いたりして少々恐がらせた”恐育”したんじゃないのか、今すぐできるようなれと要求した”今日育”だったんじゃないのか、親の意志を強いてきた”強育”・親の狭い了見を押しつけた”狭育”だったんじゃないのかと反省することばかり・・・後悔先に立たずやなぁ〜。でも、今日の授業を見ていると末っ子の誉行(たかゆき・小2)の天真爛漫さが何とも愛らしくもあり、4人の子供ともそれぞれ自分の道を一生懸命に歩んでいるんやなぁとうれしく思った。

地域の将来を担う子供たちが、未来に希望を持つためには、子供たち自身が将来ああなりたいなぁ〜と思える大人の背中が必要なんだと思うんです。

2010.4.25



ブレたり優柔不断にならないためには・・・

僕は常に新しい試みに挑戦し続けてきたと思っている。会社でも新分野、新規事業そして新たなマーケット(お客さん)に果敢にチャレンジしてきた。反対されたり、大きな壁にぶち当たって挫けそうになっても、何とか説得したり、一つひとつ壁を乗り越えてきた。成功を信じてやるとか、失敗したらどうしようかとか、そんな精神論を言っても始まらなかったから、「最悪の場合こうなるだけで大した問題じゃない」とある意味開き直って取り組んできた。これを僕がやらなダメなんや、失敗したっていい、僕じゃないとできない仕事なんだと腹をくくっていた。

腹をくくるとは、最悪の結果になった時のことで、もしそうなったら、僕は自分の行動を予め決めておくようにしている。予め決めておく事で、ブレたり優柔不断にならないようにしている。日頃は臨機応変さが何より大切であるけど、腹をくくるとは、難局の時でありここ一番の時だと思っている。ここ一番っていうのは、人生の中でもそんなに数多くはない。だから、その時に自分がとるべき行動を予め決めておくことが僕は大切なんじゃないのかなぁ〜と思っている。

そして最後の拠り所は、家庭であり家族。家族があればこそ思い切った仕事ができてきたんだと僕は思う。だから、妻とは本当に”同志”のような関係なのかもしれないなぁ〜。これまで何度も厳しい事業、厳しい環境や状況、厳しい災難にも見舞われてきた。そんな時、妻にはいつも「最悪の時は、こうしよう」と予め話し合ってきた。当然、最悪の結果にならないように、予めリスクを回避したり、人を見る目を養う努力もしてきてはいるんだけども・・・

まぁ、新しい事にチェンジしたりチャンレジしようとするっていうのは、何の保証もなく、明日への後ろ盾がないのと同じ。「何とかなるやろう!」と開き直って、楽観的に考えないとやっていけないところもある。事ここに及んでは、難問にぶち当たる星の下に生まれた実践的先駆者だと思い、「“失敗”の経験こそが最大の成功だ」と明るくポジティブに考えようと思う。次回選挙は、僕の人生にとって絶体絶命のピンチであり、本当に難局であり”ここ一番”だと僕は思っている。

2010.4.15



1912年4月15日〜タイタニック号沈没

子供たちが大きくなり、映画館に行く機会もつくるようにしてきたけど、10年前までシアターで映画を見ることなんてなかった。同級生から「泣きながら生きて」という映画が上映されていて、観終わったあと外に出れなかった。涙が乾かないのです。と書いてあった。僕が一番感動しあた映画は、1997年に上映された「タイタニック」だった。実は映画館で観たのではなく、翌年、学校の先生たちと一緒にヨーロッパ(イギリス・スイス・イタリア〜太田・八隅・小峠・中山・神崎)に旅した時に、行きの飛行機の中でビデオ放映されていた。もちろん、英語バージョンだけど、もう涙が溢れて来て止まらなかった。終了後、後ろの席を振り返ると八隅先生も目を真っ赤にして泣いていた。何度か、タイタニックの事を、このブログでも書いてきた。(2010年には)(ハインリッヒの法則)(船場吉兆問題を対岸の火事にしない) それは、映画「タイタニック」は、氷山があってぶつかるかもしれないという忠告を無視して、人命よりも船長やオーナーの名誉を優先させてしまい、今、僕らの周りにも同じような状況にあるんじゃないのかと思ったから・・・どうしても、映画のシーンと同じ状況に政治も経済も直面しているような気がしてきて・・・

ヨーロッパから帰国して、すぐに妻育子と二人で、飯塚シネマセントラルにタイタニック(字幕)を観に行った。もちろん、育子は号泣していたが、どうも僕が飛行機の中で見た字幕なし英語バージョンとは内容が違っていた。自分勝手に解釈していたようで、本物の内容は内容でまた感動してしまった。1912年4月10日に出港、4月14日23時40分〜15日2時30分沈没までの人間模様っていうか、ジャックとローズの偶然の出会い、そしてタイタニック号の運命が切ないというか、胸が苦しくなってくる。

海に投げ出されたジャックとローズ、流されてきた木の扉にローズを乗せて、震えながらジャックが言った、
「君はこんな状況から抜け出して・・・生き続けるんだ」
「子供をたくさん産んで・・・彼らの成長を見守って、」
「死ぬのは老婦人になってからだ。暖かいベッドでね。」
「こんなところじゃない。今夜じゃない。」
「わかるね。・・・」

「チケットを勝ち取ったのは僕の人生で一番すばらしい出来事だった。」
「僕を君へと導いてきてくれたのだから。僕は感謝しているよ、ローズ。とても感謝している。」
「僕のために・・・」「君は僕の名誉・誉れになってくれ」
「生き延びると約束してくれ。」
「決してあきらめたりしないと・・・」「どんなに絶望しても・・・」「さぁ、約束してくれ。」
「そして決して約束を破らないと。」

「約束するわ。」「どんなことがあっても決してあきらめないと・・・」
安心したようにジャックは微笑んだ。最後のジャックの言葉がたまらなかった。そして、遠ざかる意識の中で、ローズが助けに来た救命ボートの明かりを見つけ、冷たくなっていたジャックの手を離し、「あきらめないわ」と泳ぎだし、既に凍死している乗務員の首に下がっていた笛を取って必死に吹き続ける。

2010.4.15



日本人の美意識〜散る桜の美しさ

昨日(4月1日)ブログのエイプリルフールは、おもしろ画像を貼りつけました。2010.04.01の下に黄色の文字で、”PS:April Fool's Day で害のない嘘もいいでしょ。” と付け加えておきましたが、気づかれたでしょうか?

4月1日は全国各地で、約76万人の新社会人が誕生したと報道されていた。大変厳しい就職活動を乗り越えての入社式で、緊張の中にも期待と不安、そして夢と希望を胸にふくらませた一日だったんじゃないかと思う。一方で、大学・高校生の就職内定率は、あの就職氷河期よりも厳しい状況というから、まだ就職先が決まっていない学生にとって本当に辛い日々を送っているんだと思う。景気は緩やかな回復傾向をたどっているらしいけど、依然として失業率は高止まっているから、政治がゴタゴタしている状況じゃないと思う。1にも2にも景気回復と雇用創出に取り組んでほしいと思う。就職もたくさん頼まれたりするけど、本当に厳しい状況なんだと痛感している。

3月末は卒業や退職する人たちとの別れ、そして4月は新しい人との出会いが始まる。桜の花も昨日からの雨と風で、まだ8分咲きなのに、かなり散っている。桜の花は、しおれたり枯れたりして、花びらの一枚一枚がヒラヒラと落ちたりしない。花が一つ丸ごと落ちてしまう。絶頂の時の姿そのままで落ちるんよなぁ〜。何か日本人の美意識っていうか、一斉に開花して一斉に散る。日本人はこの桜の散り際の美しさ、潔さを誇りとしているんやなぁ〜と思う。

”散る桜 姿そのまま 美しく”
”一年中 咲けば桜も あきられる”
”惜しまれて 惜しまれて すぐ忘れられ”

2010.4.2



龍馬伝〜第1部完結

”丸くとも 一かどあれや 人心 あまりまろきは 転びやすきぞ”

人との結びつきを非常に大事にし、丸く円満な性格であってもどこか毅然とし自分の意見をしっかり持って生きている。あまり性格が丸すぎると自分の意見も持てず他人に流されて生きるしかなくなる。龍馬が読んだ句の中で「世の人は 我を何と云えばいえ・・・」に次いで僕はこれがとても気に入っている。

今日の龍馬伝「さらば土佐よ」、龍馬脱藩への道は、藩や家のことよりも国家の行末を案じた、龍馬にとって自然で純粋で正直な気持ちからの生まれた道だったんだと思った。坂本権平の「わしらには、わしらの戦い方があるがぜよ!」と言った坂本家の龍馬への想いと覚悟が、それに乙女姉あんの存在の大きさが印象的だった。時として時代の寵児は、猪突猛進に突っ走ってしまいがちになる。 龍馬は一見猪突猛進型のようだけど、とても思慮深く、冷静沈着な洞察力も兼ね備えていたんじゃないかと思う。常に謙虚に慎みを忘れず、優れたバランス感覚の持ち主やったんやなぁと思う。

脱藩への道か!家族が、やっと見つけた龍馬の生きる道を応援しようとしている姿は、何となく自分を顧みると、脱藩じゃないけど麻生を辞めて政治への道を志した時と重なってしまう。家族や郷土との別れとは全然比較にならないけど、道なき道を進んでいくリスクはやった人じゃないとわからない。これまでの社会は誰かが切り開いた道を後から歩いていけば良かったんだと思う。でも維新の時代には、政治も経済も先が見えないから、新しい可能性を求めてリスクを承知で取り組む勇気も必要なんだと思う。でも、こういった変革の時代に生まれてきたことに感謝したいなぁと思う。出来る事は何でもチャレンジしていきたい。

2010/03/28 22:47


単独行動する蟻

今は出張もなければ家族で遠出の旅行というのもない。どちらかというと団体行動を取るようよりも、単独行動が好きな方で、会いたい人や行ってみたい場所があると、すぐに行動をおこしたりする。一応自分では予定を組んでいて、メインの人の予定や場所だけ一ヶ所決めて、後はアポなしでもの凄くパワフルに分刻みで廻る。神出鬼没のような動きをするので、びっくり(迷惑?!)される事もあるけど、そこは厚かましく訪ね歩く。でも、これが思わぬ収穫を得ることが多く、事業に結びついたりいろんな発見ができたりして、本来の目的以外に大きな副産物が生まれてくる。

ずっと前に庭の地面を見たら、蟻が一匹どこへいくともなく、あっちへふらふらとこっちへふらふらと単独行動をとっていた。多分、この蟻はエサを探す偵察アリだったのかもしれない。蟻にはそれぞれ役目があって、この単独行動をしているように見える蟻は、自分でエサを見つけ出し、フェロモンを出しながら巣まで帰り、エサの在りかを知らせている。他の蟻たちがフェロモンを辿ってエサまでたどり着き、巣に持ち帰るというわけ。庭で見たふらふらしていた蟻は、決して自分勝手な行動をしているわけではなく、大きな目標があってこその単独行動だったんだと思う。

一緒に仕事をしてきた仲間や取引会社・お客様は、僕の取り組みや手法等をよく知っていますが、まだ地域の方々は僕のことをあまり知らないと思います。政治家や県会議員になることが目的じゃなく、新しい産業創出と雇用創出をその立場でやりたいと思っているんです。安心した老後も福祉の充実も子供たちへの教育も、働く場をきちんと創っていかないと始まらないんです。どうかその役割と使命をわたくしに与えて下さい。皆さんの夢と幸せの実現のお手伝いをさせて下さい。

2010/03/24 19:05


部下のモチベーションを高めることこそが上司の最大の役割。

楽しい愉快な仲間たちとの会話は、本当に気持ちがいい。昨日は、福智町伊方で、辻教頭先生家族や太田校長先生家族それと小峠教頭先生、途中から八隅教頭先生家族、松村教頭先生も加わり、楽しい時間を過ごせた。よく考えると20年来のお付き合いになっている。本当に家族ぐるみのお付き合いであり、仕事に地域に政治に教育に、僕にとっては何にも代え難い、大きな存在の人たちでもある。

20年前、ここにいる皆さんは田川郡教育研究所で指導主事もされていた。故辻畑信彦先生(元福岡県教育庁筑豊教育事務所長)の門下生で、全国で初めて取り組んだ、IPA(情報処理推進機構)の「教育の情報化推進事業」の主要メンバーでもある。ここでの会話は、人材育成の大切さ、教育の原点が何なのかを改めて認識できる。本当に素晴らしい先生たちだと思う。皆さん本当に苦労していて、もしかすると素晴らしい人生じゃないかもしれないけど、でも素晴らしい生き方をしているなぁ〜て妻育子と話している。

先日、福岡で企業訪問していた時の話。昔の仕事仲間から、「神崎さん、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんですけど」と相談された。何の事かなぁ〜て思いながら会うと、職場の人間関係、所属長のことだった。
”上司は何にもしないで、こちらにばかり仕事をさせる。いつも何を考えているのか分からず、突然おかしな事を言い出しては、余計な仕事を増やしてくれる等々・・・。とにかくモチベーションが上がらず、どうしたもんでしょうか?と・・・”

部下のモチベーションを引き出し、企業に最大の効果を発揮させなければならないトップ(所属長)が、この無能ぶりじゃどうしようもない。「ピーターの法則」というのがあり、あるポジションになったとたんに無能になるという法則なんだけど、こういう人に限って、自分がピーターになっている事に気づかないし、全く意識していないから始末に負えない。自分が仕事ができないので、部下や同僚に仕事を何でも押し付ける。しかも、他の人がどのくらい仕事を抱えているかなど、考える余地がまったくないし、挙げ句の果てには、仕事の山でアップアップしている部下に向かって、「何?まだできていないのか?」と言い放ち、おまけに「よくよく部下に恵まれていない」と思いこんだりしている。
自分が辞めることで何かを訴えようとしても、その後に苦しむのは、当事者のトップ(所属長)じゃなく、周りの同僚たちになってしまう。本当に難しい問題だと思う。一番いい解決方法は、「深く考えない。余計なことをしない。必要なことだけをする。」ことなのかなぁ。でも、自分自身が不利益を被ったり、企業として本当に問題があるんであれば、必ずその上司よりも上の上司に頼ることが大切だと思う。こういう人は、必ず立場の強い人、自分よりも権限・権力がある人に弱い。どこの世界でも同じような境遇があるかもしれないけど、結局、それしか解決方法はないかもしれないねぇ〜。

2010/03/14 13:36


頭を下げるんであれば、”頭が下がる生き方”をしている人に下げたい。

時々、過去のブログを読み返してみる。初めての選挙戦で惨敗し、その数日後のブログで、「御礼とお詫び」を書いた。このブログの中に、
”これからどうするかはまったく白紙ですが、4人の子供達への責任もある。妻と相談し家族の基盤をしっかり築いた上で、チャンスがあれば再チャレンジすることになると思います。大事な事は倒れない事ではない。倒れても立ち上がる事だと思う。立ち上がる勇気を持つ事だと思う。逆境という負の境遇を不運だとせず、このつらさを積極的に生かして自己を創造する機会としよう。何事も大自然の意思だと無心に受け入れよう。しなければならない仕事を黙々と取り組んでいると、いつも間にか進まなければならない方向に自ずと動いていくのかもしれない。”
こんな想いを書いていた。3年経ち、”流れに従い、されど流れに任せず” 自然のままに、でも信念だけは変わらず今日に至っている。僕のまわりには、凄い人たちがたくさんいる。そんな先輩たちを見てきて、いろいろな災難や様々な失敗・挫折・逆境・試練をどう乗り越えてきたか、少しは学んできたように思う。普通だったら、愚痴や泣き言を言って、なかなか起き上がれないことが多い中、先輩たちの懸命に起き上がろうとする前向きな姿勢に本当に頭が下がる思いがした。

僕は前回の選挙で、「負けた事が、大きく成長できる大事な試練なんだ」と受け止めるようと努力してきた。辛くても苦しくても、負けたことを自分で背負う以外、誰も代わってくれない。自分の身に起こるすべての出来事は、自分がまいたタネが芽生えてきただけなんだと思うように心がけた。だから、負けたことを自らの責任として果たさないといけない・・・そう思った。そのことをしっかり腹に据えて、僕は今、どんなことがあろうと、起き上がっていこうと肝に銘じている。選挙に出る事でいろんな人たちともお会いし、えらい人や肩書のある人たちにも頭を下げてまわっている。でも、人の価値は、肩書や役職じゃないことが選挙を通じてよくわかった。企業でもそう、実は頭を下げているのは、組織の役職や肩書であったんだなぁ〜と思うようになった。「しょうもないなぁ、そんな肩書や役職に頭を下げても・・・」 同じ頭を下げるんであれば”頭が下がる”生き方をしている人に心を込めて接したいと思うようになった。僕の周りには、そんな生き方をしている人がたくさんいる。

2010/03/11 22:45



”自由な生き方”というより”自在な生き方”がいい。

凧が空高く舞い上がるのは、人が糸を引っぱっているからであり、この強い糸から縛られているからこそ、強い風に立ち向かい高く高く舞い上がっていく。糸が切れた凧というと、何の制約も受けずに何となくフラフラと自由を手に入れたような感じがするけど、もし糸がなければもっと高く舞い上がるかというと、そんな事はなくて、地面に真っ逆さまに落ちてしまう。自分にとって、邪魔なもの、制約を受けるものがあれば、それを排除しようとする。「あの人さえいなければ・・・」「これさえなけりゃ・・・」もっと自由になれるのに、万事うまく行くのにと思ったりするけど、そうじゃないという考えがあるんだなぁ〜と思った。糸があるからこそ、凧は空高く舞い上がることができるように、妨げるもの、邪魔だと感じるものがあるからこそ、人はたくましく生きていけるんじゃないのかとも思う。”これさえなければ”ではなく、”これがあればこそ”と受け止め、”あの人さえいなければ”ではなく、”あの人がいてくれるからこそ”と思うことが大事なんじゃないのかなぁ〜って。そう心から思ってくると、邪魔だと思っていたものが邪魔じゃなくなり、制約を受けていたものを制約だと感じなくなってくる。

要は、自分の夢や自由を妨げるものを妨げだと感じなくなった時、真に自分自身の生き方ができるんじゃないのかと思うようになった。僕の人生の前に何があってもかまわない。すべては「これでいいのだ」。3月4日に書いたブログ(Understand(アンダースタンド)?)のように、上善は水の如し。川の水は、岩や木なんかの障害があっても、それを障害とせず、川上から川下へと自在に流れて行く。障害を避けようともせず、ただただ淡々と流れて行く。僕は、川の流れのような「自由な生き方」というよりも「自在な生き方」がいい。

2010.3.10



行動だけが現実を変えて行く。

地盤・看板・カバンのないと本当に選挙というのは厳しい。特に、強力な現職議員と戦わないといけなかったわけで、無謀と思われたかもしれない。実際に前回の選挙では、対立候補の支援者から、次回のための売名行為だとか、若いし何度でもチャレンジできるからとか言われ、根も葉もない噂も流されたりした。選挙になれば、大変な資金が必要だし、仕事も辞め、キャリアも捨て、家族や地域をすべて巻き込んでの戦いなので、誰しも、初めから負けがわかって戦う人なんていない。ワンチャンスに全精力を傾け、人生のすべてをかけて戦わなければならない。当然しこりも残るし、複雑な人間関係にもなってくる。きれいごとばかりじゃ通用しないのも選挙の現実なんだと思う。

でも、この選挙戦を乗り越えるからこそ、政治家って育つのかなぁ〜。辛いしんどい厳しい選挙戦があるから、この街をよくしていこう、期待に応えるために公約(マニフェスト)を実践しよう、地域の皆さんが、よりよい活動ができるように、よりよく暮らせるように、環境やインフラ、制度や仕組みを整備しようと・・・頑張るんだと僕は思う。

日本の政治は大きな転換期を迎え、地方もまた大きく変わろうとしているんじゃないのか。すべてをCHANGE(チェンジ)していかなければならない時期に来たのかもしれない。まるで明治維新のような凄い時代に生きているような気がしてくる。添田町内外からは、様々な声が聞こえてくる。本当にどうなっていくのか不安で事態を見守っている。僕は、評論家になったり批評する側ではなく、常に自分から行動して、周りに良い影響と結果を出す事を心がけていこうと思う。とにかく、何事にも明るくポジティブに行動してみる。行動だけが、現実を変えて行くんだと思う。常に新しい道に果敢に挑戦するしかない。

2010.3.5



相田みつをの作品〜おかげさま

人の見えないところで、隠れているところで、気がつかないところで、多くの皆さんからお世話になっている。選挙がなければわからなかった事も見えてきたような気がする。本当に「おかげさま」に感謝しなければなぁ〜と思う。失敗したり、つまづいたりしたおかげで自分のことが少しはわかるようになってきた。負けて、くじけて、挫折したおかげで、自分のいたらなさ、だらしなさ、弱さを知ることができた。人のことなんて言える資格がないことにも気づかせてくれた。

僕は「相田みつを」の作品がいい。なんか心がほっとする。爲人所推堕(いにんしょすいだ)という言葉がある。”人からおしおとされる”ということで、ようやくいいところまできたのに、意地悪なものに足を引っぱられて転落するという意味。世間ではよくあることだけど、冷静に考えると、足を引っぱられるような、種をまいていたのは往々にして自分なんで、だれを恨むこともなんてない。身から出た”さび”なんだと・・・

”いいことは おかげさま わるいことは 身から出たさび” 相田みつを

2010/03/02 18:29



坂本龍馬〜名言

2010年は坂本龍馬ブームになってくる。NHKが「龍馬伝」に登場するひと言や、龍馬が書いた手紙から名ゼリフをブログバーツにしてくれている。またブログバーツをクリックするとサプライズの演出もあり面白い。坂本龍馬検定も出ていて、龍馬ファンには本当にたまらない。今の日本は明治維新に匹敵するくらいの時代だと思う。平成維新はすぐそこに来ているのかもしれない。自民党も民主党も、ガラガラポンして、本当に希望が持て、世界から尊敬され、誇れる日本にしていかなくてはと思う。”留め置きまし大和魂”次の世代のためっちゃ!龍馬は今どこにおるんかい! 

2010/02/20 20:09



生きることの喜び

仕事が大変で苦しい時、誰かに癒してもらいたいなぁ〜と思ったりすると、それは癒しにはならない。そんな考えを“卑しい”と言うのかもしれない。人に喜んでもらいたい、人の笑顔がみたいと思って考え、行動している時に、気がつけばそれが自分の“癒し”になっていたのに気づかせてくれる。ウインカーを出している車に、前の場所をゆずってあげた時、ゆずられた車が「ありがとう」のサインを出す。そんな時に僕は小さな幸せを感じる。

前に、こんな話を聞いた事がある。
不登校の女の子がいた。でも、母親を心配させたくない彼女は、登校時には家を出るが、ゲームセンターに行くタイプでもない。ある日、彼女は農家のおじいさんに出会う。「お姉ちゃん。暇なら手伝ってくれ」このおじいさんは学校のことも何も聞かない。そして彼女はおじいさんと一緒に畑仕事に取り組んだ。そして自分で作ったトマトを初めて食べた。本当においしくできたトマトを食べて、おじいさんが「お姉ちゃん。こんなおいしいトマトは、おじいさん初めてや。やっぱり一生懸命に世話をすると、こんなおいしいトマトが作れるんやなぁ。このトマトやったら人がお金出しても食べてたいと思うやろなぁ。お姉ちゃんはこれで社会で生きて行けるんや。こんなにおいしいトマトを作れるんやから、自信を持ちなさい。君をみんなが必要としてるよ」

彼女は次の日から学校に通えるようになった。彼女は学校に行ける理由をこう言った。「私、学校では自分は要らん人間と思って過ごす日々でした。成績の順位だけで。私は何になれるんやろうって。私なんか必要とされてない、生きていても意味があるのかと・・・でも、私は人が喜んでくれるトマト作れるもの。誰かに必要とされる方法を一つ見つけたの。だから、もっと喜んでもらえるトマトや野菜を作れるために知識が必要かなと思ったの・・・・そう思ったら勉強が必要かなって」と彼女はくったくなく笑った。

生きることの喜びは、自分の存在が誰かに必要とされていること。自分の行動が誰かに喜んでもらえることなんだと思う。

2010.2.15



どんな運命が待っちょろうが後悔せん!

地方議会は一体何のためにあるのか?首長の政策を追認しているだけの議会だったら、議会そのものの存在意義が失われる。住民の皆さんの声を聞き、課題を見い出し、議会自らが住民生活を変えるためには、議員提案条例を行なう方法がある。議員が立案し、提出・制定・議決し、首長に執行させることができる。僕は積極的に条例を提案し、住民生活を変えていきたいと思っている。県会は国会の下請けじゃなく、国の抱えている問題と地方が抱えて問題はかなり違うと思う。国政によって、県民の生活や地方の暮らしが振り回されたらたまったものじゃない。自民党とか民主党とか政党の立場を超えて、県民党の立場で一生懸命に行動していきたいと心から思っている。正直に言うと、4年前に県政にチャレンジしようと思っていたあの時とかなり考えが変わってきた。というか、僕自身、政治と言うものが何となく身近なものになってきた。こんな僕を傍で見ている妻は、「少年のような人やねぇ〜」から「少年そのものやん」と学校で話していると言っていた。・・・よくわからないけど・・・

先週の大河ドラマ「龍馬伝〜松陰はどこだ?」の一場面に、吉田松陰「失敗するかもしれん。黒船に着く前に捕らえられるかもしれんし、アメリカ人に乗船を拒まれるかもしれん。それでええんちゃ〜。何もせんでおることより、その方が何千倍も、何万倍も、値打ちがある。僕は死など怖わおうない。そげなことより、行きたいちう気持ちの方がはるかに強いんじゃ。しかし、桂君も君が本当に異国に興味あるんなら、きっと僕と同じことをするはずじゃ。じゃが、君はそれをせん。なぜじゃ、殺されるからか、日本に帰れんからか、別れがつらいからか。そんなもんはなぁ、すべて言い訳じゃ!見ろ!僕には言い訳など何もない。どんな運命が待っちょろうが後悔せん!僕が今やるべきことは、黒船に乗り込んでアメリカに行くことじゃ!」僕は、見ながら涙が込み上げてきた。

2010.2.12



一源三流の精神

建国記念日ということで、何か良い言葉がないかなぁ〜と考えていたら、「一源三流の精神」を思いついた。一つの源は、誠の心。この心から三つの流れがほとばしる。
一つは、国のために血を流す
二つは、家のために汗を流す
三つは、人のために涙を流す
血は信念を、汗は努力を、涙は感情を表現しているという。信念を貫くことは、命をかけるくらい真剣に物事に打ち込まないとできない。額に汗して労を惜しまず働き、涙を流すというのは、辛いこといやなことに耐えるということであり、同時に感動感激の涙は、自らを高揚させるエネルギーにもなる。
人が生きていく上で、とても大切な言葉だと思う。家の座敷の掛け軸に「誠実之道人之為宝」を掛けている。僕の父が一番好きな言葉だった。世のため、人のためという精神で、人生を歩んでいても、権力の座に身を置くと、いつの間にか「誠の心」の源を忘れてしまうのか?今の政治家に求められるのは「一源三流の精神」なんだと肝に銘じよう。

2010/02/11 17:56


後継者育成の難しさ

次世代のリーダーを育てることが、経営の最大の戦略だとよく言われる。企業にとって後継者問題は、企業が永続的に飛躍する上で、避けては通れない最大の課題である。政治の世界も同様で、自民党が下野したのも、もしかすると若い後継者を育ててこなかった事が一番の原因だったのかもしれない。でも、後継者育成の難しさは、イコール、リーダーの引き際の難しさでもあるから、政治の世界の場合は、わかっちゃいるけど辞められないという事なのか?

僕が�衙秬絃霾鵐轡好謄爐亮卍垢砲覆辰燭里�38才の時だった。前社長の国崎社長から22才若返りの後継者ということだったので、期待も大きかった(?)反面、不安もかなりあったんだと思う。トップに就くと必ず後継者や次の世代の人材の話になる。そこを避けて、なかなか優秀な部下がいないと言い訳したり、権力を維持するために優秀な人材を締めだしたりすると、組織は必ず衰退し崩壊してしまう。だからトップ(経営者)が一番頭を悩ませるのは、部下の教育・後継者育成なんであり、だからこそ経営の最大の戦略なんだと言われる所以なんだと思う。

ただ、部下の教育と後継者の育成とでは、大きな違いがあるように思っていた。それは、言われたことに対してきちんと処理をするタイプ(部下)と、自分で考えて問題解決していくタイプ(後継者)がいるということ。ここを見分けなければいけないのが、トップのマネジメントだとも思う。どうしても自分で考えて問題解決していくタイプは、トップと衝突する場合もあるから、トップはそこを周りと共感しながら物事を進めるように助言し、リーダーの条件として指導ていければ、うまく育てていけるんじゃないのかなぁ〜と思っていた。要は、仕事に対しての夢やビジョンを部下と共有・共感できるリーダーが、これからの社会のリーダーに求められてくるんじゃないのかと思う。

特に、選挙に出て感じたことは、上から目線じゃ絶対にダメだと言う事。企業で言うと、プロジェクト推進ではプロジェクトリーダーの目線で取り組まないといけないけど、気持ちの上では、メンバーがどんな気持ちでプロジェクトに参加しているのか、何に不満があるのか、どんな環境を整えればスムーズにプロジェクトが推進できるのか等々、社員やメンバーと同じ感性が重要だと思う。政治も同じ、有権者・住民の皆さんと同じ感性を持つことが何より大事なんだと言うことがよくわかった。

苦しい時、危機的状況にある時、逆境にある時こそチャンスだと思う。みんなで夢や希望をもって盛り上げていこうという雰囲気さえあれば、地域・組織はきっと良くなる。そして、必ず多くの人が集まってくる。

2010.2.6



人生は、勝つ時もあれば負ける時もある。

自民党大会でゲストとして講演された野村克也前楽天監督、「私は『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』と言い続けてきた。勝っては反省はあまりしない。そこに落とし穴があったのではないか」と述べて、長期政権にあぐらをかいてきたことが自民党の「敗因」と解説した。先日、ブログで書いた「成功(勝利)に偶然あり、失敗(敗北)に必然あり。」やなぁ〜。勝てば官軍ってよく言われるけど、それがすべてじゃないようにも思う。野村監督が言うように、勝つことに慣れてくると人間誰しも心に驕りが生まれてくる。人生は、負けることで学ぶことも、時には必要なんだと思う。前回、選挙で負けて本当に大きな試練に直面している。懸命に頑張っても、次回どうなるのか誰もわからないし、何の保証もない。でも、頑張るしかないんよなぁ〜。落選して、人の情の温かさも知った。少しは人間が謙虚にもなったかもしれない。そう考えると、負けたことで得るものがあったようにも思う。

人生は、勝つ時もありゃ負ける時もある。人が生きるっていうことは、そういう事なんや!(今さらながら・・・そう思った)

2010.1.25



成功(勝利)に偶然あり、失敗(敗北)に必然あり。

今日は月に一度のランチミーティング。”ビストロみな川”でいつものメンバーと、地域のこと、政治のこと、福祉やビジネス・仕事のこと、教育のこと、選挙のこと・・・実に面白い情報やら、自分とは違った考え方やら、本当にいつも話題には事欠かない。もうすぐ、メンバーに仲間入りさせて頂いて4年になる。本当に信頼のおける、言いたいことが言えるメンバーの方々だと思っている。初めてゲストとして参加した時は、正直、身構えられているような批判的な事もズバッと言われた。きっと僕が大風呂敷を広げたり、これまで仕事(ビジネス)で、取り組んできたことを自慢げに話したり、自分を売り込むためだったとはいえ、到底選挙に出る人とは思えないような、自分のビジネスを語り、仕事に対しての自信に満ち溢れた発言をしていたからだと思う。本当にお恥ずかしい限りであり、今考えると、選挙は一人じゃ戦えず、皆さんのお力を借りないことには始まらないという事を、頭で理解していただけで、言動が伴っていなかったんだと思う。いや、本質をちっとも理解していなかったんやなぁ〜と思う。”成功(勝ち)に偶然あり、失敗(負け)に必然あり”まさに僕のために用意されていた言葉だったんだなぁ〜て反省。

楽しい会話はあっという間に時間が経ってしまう。中身の濃い2時間半のディスカッションだった。特に、教育は本当に大切で、田川の子供たちがこれからどんな大人へと成長していくのか、僕らの責任にかかっているんだと痛感させられる。その後、直方市の麻生太郎事務所に行く。秘書の高木さんともゆっくり話ができて、いろんなアドバイスをもらった。あっ!それと麻生太郎先生からの色紙を頂いた。こういう時は、”チョーうれしい”って言うの?ん〜!全然、似合わないなぁ〜。直ぐに額を買いに行き、自宅の床の間に飾った。本当に達筆だなぁ〜!自分の名前と座右の銘ぐらい筆で立派に書きたいものだと思う。

あっ!それと県政選挙での新しい情報をGET!誰かが出馬するんやろうなぁって思っていたけど、それもあり得るなぁって思った。

2010/01/20 22:50


大人の夢

「夢からはじまる」とタイトルをつけているのは、「夢」のない人生ほど味気ないものはないと、僕自身そう思っているから。「夢」とは本来、現実にありえないことであり、実現したいけれども、まだ実行するには難題がたくさんある「希望」とも、僕は考えている。「夢」の実現に向かって一歩一歩進んでいくためには、もしかすると、その「夢」とは関係ない努力をしなければならないことだってある。夢を実現するためには厄介ない面も多々あるけど、一度の人生ならば、何らかの夢を持ち続けていくことが大切なんだと思う。

40代という年代だからこそ新しい試みにチャレンジし成果を出す可能性を大いに秘めていると思っている。40代は、「今を変えていく」ことへの飽くなきチャレンジ精神と使命感。チャレンジは決して平坦な道じゃなく、むしろ、いばらの道であり、でも傷つきながらも「夢」に立ち向かい、信念を貫かないといけない。40代の夢は、「大人の夢」だからこそ多くの人に接し、語らい、共感できる支持を得て、社会に貢献できる。「大人の夢」は必ず実現できるという不退転の決意もまた、この年代だからこそできると思っている。

2010.1.18



百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず。

1月9日(土)、大任町を自転車遊説。途中、応援して下さっている方が家から出てくれたり、お茶をご馳走になったり、握手や話しかけてくれたりと本当に有難いことだなぁって思う。まだ今年になって行っていない香春町・糸田町・赤村に早く行かねばと少々焦ってくる。

1月10日(日)Twitterでつぶやいたけど、急に思い立ってと言うか、たまたま家族全員が何も予定がなかったので、九重森林公園スキー場に行こうという事になり、午前8時には現地に着いて、今年の初滑りを楽しんだ。一番下の子も小学校1年生、もう自分一人で何でもできるから父親としてスキーを教える事はなくなってしまった。こけ方も豪快になってきたし、自分できちんと起き上がれるようにもなった。4人の子供とも、初スキーは2才半から3才ぐらいでさせている。後は自分で感覚をつかんで頑張ってね。
”百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず”

1月11日(月)17時より、前内閣総理大臣麻生太郎先生の「麻生太郎を囲む新春の集い」が、のがみプレジデントホテルで行なわれ出席してきた。毎年恒例の行事であり、麻生太郎先生とも麻生ちかこ夫人とも二言三言話が出来たのでうれしい。事務所の秘書の人たちとも後援会の方々とも、それに会社関係の人たちともご挨拶ができたので良かった。飯塚からも直方からも、僕の選挙時に応援に駆け付けてくれる方々がおられ、案内を頂戴した集い(会)や人の集まるイベントには、どこへでも顔を出さないといけない。いろんな会合もあるけど、あれこれ考えてもはじまらない。とにかく行動に移すこと。
これも”百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず”ということかな。

2010/01/11 21:03


選挙は人間関係の集大成、そして人生の総決算。

今日は福智町(方城→赤池→金田)の自転車遊説。新年のご挨拶という事でまわっている。途中、道で出会う方々に名刺を渡しながら、話をしたり話しかけられたり、ゲートボール場で試合をしている地域の人たちに一人ひとり握手をしたりと、寒風の中一生懸命に頑張っている。でも、小雪が吹雪いたりして、手もかじかんできて、おまけに防寒着を着ていなかったので、途中でやめて帰ろうかなと思った。あと少しだけ頑張ろう、赤池郵便局までは行こうと思いながら・・・自分との戦いやなぁ〜。正直、こんなことをしていていいのかって思う時がある。仕事もやめて、ビジネス感覚も遠のいて、何の生産性もない(利潤を得るわけでない)挨拶廻りと自転車遊説に一生懸命になって・・・「頑張ります」「よろしくお願いします」の言葉をいつも口にし、道行く人には誰にでも頭を下げて・・・そして、何の保証もない。

あっ!自分で選んだ道だから、弱音を吐くのはやめよう。信念を貫くしかない。頑張って、頑張って、栄光を勝ち取った時にはきっと地域の人たちに喜んでもらえる事業ができる。安心した老後も、子供たちの未来も、現役世代の希望もきっと実現できる。そう信じるしかないんよなぁ〜。

いつか子供たちがこのブログを見た時に、「父も弱気の時があったんやね」って思われるかもしれから、「当たり前たい!選挙は本当に厳しい!人生そんなに甘くない!」と書いておこう。
”選挙は人間関係の集大成、そして人生の総決算。” たい!(←大人になった時の子供たちへ)

2010.1.8



紅葉のように・・・

今年もいろいろな出来事、事件・ニュースがあった。人間には必ず表と裏がある。本音とたてまえで生きているのかもしれない。本音を通し過ぎると、何かとギクシャクしてくるし、たてまえばかりだと人が寄り付かない。きっと、この2つのバランス感覚を備え、保てる人が何とも人間らしくていいんよなぁ〜。自分自信の良い面だけじゃなくて、弱みや裏の部分すべて見せても、それでも人から尊敬されるような・・・人がついてきてくれるような人物になりたいものだと思う。(なかなか難しい)

良寛さんじゃないけど、”うらを見せ、おもてを見せて、散るもみじ”
この句に尽きるような気がしてくる。こんな人生を送れたら幸せやろうなぁ〜と思う。今年の大河ドラマ「天地人」は、兼続が掲げた「愛」の精神をテーマとしていたが、その愛を支えたのが「紅葉の教え」だったんだと思う。「義」を重んじ、上杉家のためには、(冬仕度する幹の為、散りゆく紅葉のように)自らの命も差し出す覚悟で挑んだ侍の姿だったんだと・・・ゆずり葉を思い出した。

”譲るため 散った紅葉の 鮮やかさ”

2009.12.29



花は香り 人は人柄

政治家は50年100年先を語る大風呂敷は広げても良いが、嘘を言っちゃいけない。「やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」じゃないけど、人が一番影響を受けるのは、「言動よりも行動」なんだと思う。いつも時間にルーズな上司が、「みなさん、時は金なり」と指導したところで、全く説得力がない。いくら理屈が正しいと言ってみても、理屈じゃ人は動きません。「理動」という言葉がないように、人は感じて動く「感動」の存在だと思う。

”花は香り 人は人柄”という言葉がある。
見た目にいくら華やかで、艶やかでも造花には真に人を惹きつける魅力はない。
人もいくら実力があっても、傲慢で、鼻もちならない人に人間的魅力は感じられない。

人間的魅力は、人生に対して覚悟を決めることであり、覚悟を決めない限り、真の人生は始まらない。そして他を敬い、傲慢にならないこと。最後に久しく続けること。この3つに尽きるんだと思う。

2009.12.19



坂の上の雲〜第2回「青雲」

坂の上の雲−第2回「青雲」は、秋山真之と正岡子規が東大予備門に合格後、俳句を志す子規に真之が「自分は何ができるのか」という問いに直面する。兄の秋山好古の「一身独立するには、まず質素を旨として、単純明快な生活を叩きこめ」という言葉に、真之は海軍兵学校に入学し自分の道を探し始める。

「一身独立し一国独立す」・・・独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり
福沢諭吉の「学問のすゝめ」は何度も読んでみた。子どもたちにも読ませたいと書棚にある。「学問のすゝめ」は、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というイメージがあまりにも強すぎるため、本のテーマが自由や平等だと思われる人が多いけど、そんな単純な読み物じゃない。もっと重要なテーマは、「独立」ではないのかと思っていた。そして、独立によって責任が果たせると言っているようにも思った。

あの古代ローマ帝国は、侵略されて滅んだんではなく、政府がパンとサーカスを与えすぎたため滅んだと言うのは歴史上の事実である。福祉と娯楽を国民に与えすぎたため、結果財政が破綻、人材も育ってなかったため、史上最強の帝国が滅んだということ。やはり、大事なことは独立自尊の精神で、頼らず求めず自立自助で乗り越えて行くしか、地域の再生はないのではないかと思う。

2009.12.9



勝つ抜くための「守破離」

めっきり肌寒くなってきて、本格的な冬将軍が来ると自転車遊説も厳しくなってくるなぁ〜て思った。でも、しっかり続けて行こうと思っている。「継続は力なり」、辻立ち演説も何となく自分のスタイルになってきたし、言葉もスイスイ出てくるようになってきた。 この経験こそが何物にも変えがたい“力”になってくるような気がしてきた。自分が何をしたいのか、何ができるのかを有権者の皆さんに訴える。政治の基礎基本だったんだと気づかせてくれた。

前回の選挙では、「どんな人も平等に一票の権利を持っていて、一票一票の積み重ねしかない。従って、歩いて歩いて歩く以外方法はないと思う。」(大きな大きな「守破離」)そう考えていた。間違いなくその通りなんだけど、実はこの時、自分の殻を破りきれなかったように思う。自分自信でブログに「守破離」と書いているにもかかわらず、現実の自分を直視できなかったのかもしれないなぁ。

たしかに前回は、社会人としての大きな「守破離」を経験した。でも、選挙に勝ち抜くための「守破離」はできなかったのかもしれない。先日、神崎妻が実家に野菜をもらいに行った時、こんな会話になったと話していた。
母 「家にいたら、遠くからスピーカーで”さとっさん”の声が聞こえてきて、姿は見えなかったけど、自転車で頑張りようと、お父さんと話しよったんよ。 あそこまでして、大変やねぇ〜・・・かわいそうで・・・涙が出てきた。」

妻 「本当!真木の方を自転車で廻っていたって聡さんが言いよったもんね」
母 「でも、よっぽど好きなんやねぇ〜」
妻 ”大笑い”

それを聞いた僕は、ガクッとこけてしまった。

暫くは、前回から殻を破ったこのスタイルを続けようと思う。
でも最後は、「規矩作法守り尽くして、破るとも、離るるとても、もとを忘るな」

2009.11.18



家は人を縛る

「家は家具を縛り、家具は人を縛る。」 これは、坂本龍馬の名言。 今の僕の心境は、「家具は家を縛り、家は土地と人を縛る。」 コストをかけ、もったいないから何とか回収しようとすると、選択肢が狭まり、盲目になってしまう。こんな時は、第三者になったつもりで考えることかな。冷静に時間をかけて、将来の想定されるリスクへの対応を考えれば、予めリスクヘッジができる。「悩む」って言葉には、「苦しむ」と「考える」が含まれるが、苦しまずに考えることが大事なんよなぁ〜。本当に周りの人たちに心配や迷惑をかけしっぱなしで、申し訳ない気持ちで一杯で…でも、一旦自分で決断し契約した時には、あとはすべて自己責任でやり抜こうと思う。そのためにも、情報収集し、自分なりに考え、最終判断する。そして、自分で決めたことは、自分で責任を取る。

「疲れちょると思案が滅入る。よう寝ると猛然と自信がわく。」 by坂本龍馬

動揺し落ち込んだりして、自信を失うと悪循環そのものになる。失敗を恐れて、行動できなくなったりもする。人のせいにしたり、八つ当たりなんかをすると人間関係さえも悪影響を及ぼし、結果自分が辛い思いするだけなんよなぁ。小さなことを心配してみたり、自分の中で落ち込みを大きくしたところで、何の解決にもならない。選挙って言うのは、相手候補だけじゃなく、自分自身だけでもなく、時間とお金と、周りの人たちの気持ちが複雑に絡み合った戦いでもあるように思う。それをじっくりと、ひもをとくように解決していく地道な作業なのかもしれない。最終的には、肯定的・楽観的に考え、最後は、「まっ、いいか!」と言ってしまうことかな。今日は、ぐっすり眠むれて清々しい朝を迎えた。
”何をくよくよ北山しぐれ、思いなければ晴れていく”

”政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。” byマックス・ウェーバー「職業としての政治」

2009.10.28



「楽(らく)」は落になる。

「楽しい」と「楽(らく)」は同じ漢字にして意味は全然違っている。楽しいは満足で愉快な気分という意味で、楽(らく)は心身が安らかで楽しいと言う意味。でも、楽(らく)という言葉には他に、「容易いこと、簡単なこと」と言う意味で一般的に使われている。だから、楽しいことは気持ちを良くしてくれるが、楽なことは精神を堕落させていくだけ。「楽しい事は楽になるが、楽な事は落につながる」かも知れない。コツコツと日々の小さな成果を重ねれば、凡人の僕にも成し遂げることができるんだと言い聞かせている。「一歩一歩の努力」を重ねることで希望が叶うんだと思っている。「忍耐の先に希望が見える」

今の田川に、今の日本に必要なものは、この“希望”という二文字なんじゃないのかなぁ〜。

2009.10.24



本当に感謝しなくては・・・

持つべきものは、素晴らしい仲間!今日はとても嬉しく、とても有難いお話を頂いた。ここ数週間、いろいろ考え、動きまわり、でもなかなか解決できずにいた。選挙を戦うにあたって、クリアーしなければならない問題だった。少し遅れて帰宅した妻に話をしたら、「本当に感謝せなねぇ」って喜んでくれた。「地の利、人の和、天の時」って言うけど、自分ひとりの力じゃどうしようもない事が、世の中なんだとつくづく感じる。

一歩一歩、山を登るように歩んでいくしかないんよなぁ。”山を登ることは努力の一歩、人生を開くことも努力の一歩” 選挙って言うのは、自分だけが努力しているんじゃなくて、多くの人から助けられ、多くの人が努力して頂いていることを忘れちゃならんと肝に銘じた。

2009.10.20



「義」と「愛」〜時代を超えて語りかけるリーダー像

NHK大河ドラマは、中学校1年生(昭和51年)の「風と雲と虹と」からずっと見ている。今年の大河ドラマは「天地人」。実は、自称歴史好きと思っていたが、主人公である直江兼続は大河ドラマを見るまで知らなかった。先週(9月13日)のドラマで、徳川家康に対して「直江状」を叩きつけ、意気地を示した戦略武将だったんだと感心した。上杉謙信の一番弟子の存在となり、上杉謙信の経済政策と「義」による国を治めるという政策を引き継いだ。「義」の精神とは私利私欲じゃなくて、公のため、世間のために自分に何ができるのかを考え、行動することにある。権力を取るためなら何でもやる戦国時代にあって、人間らしく生きることができないのかと問いかけた謙信。「大将というものは、強くなければならない。しかし、強いだけでは真の大将とはいえない。大将には仁、義、礼、智、信の5つの心で自らを律しなければならない」と上杉謙信は述べている。これに加え、直江兼続は愛を持って民の生活を考えることを実行したんだと思う。今まさに政治家は、「義」を重んじ「愛」を持ってリードしていく。「人間の情」はリーダーにとって大切な素養だと思う。

「直江状」が引き金となった関ヶ原の戦い。徳川政権になり、上杉家は120万石から30万石に減らされ米沢の地へと移された。この時、兼続は「家臣は大名家にとって財産である」とし、リストラは行なわず、自分の石高6万石のうち5万石を藩に返上し、残りの1万石のうち5,000石を家臣に分け与えた。そして、様々な工夫と財政改革、そして積極的な経済政策の推進により、藩財政の苦しさを変革していった。

その後、上杉米沢藩の9代藩主に上杉鷹山という名君が現れる。実は、鷹山の改革はすべて直江兼続が行った財政改革を手本としていたんだと今度わかった。「義」と「愛」の精神を貫き通しながら、部下とそこで暮らす人たちのマネジメントと経済政策を実践した直江兼続。時代を超えてリーダーとしての資質を僕らに語りかけてくれている。



こんな時こそ、老荘思想。

失敗して気づかされる。
貧乏して強くなる。
病気してご恩がわかる。
高い所は風当たりが強い。
光のあたるところは影が深い。
大きいものは荷が重い。
苦の裏には楽がある。
うまいものを三日食べれば飽きてくる。
贅沢な住まいも慣れれば不足になる。
遊んで暮らせば退屈になる。
強いものは折れやすく、柔らかいものは保たれる。

「上善は水のごとし」 水は万物を助け育てながらも自己主張をせず、誰もが嫌う低きへ低きへと下る。そのはたらきは無理がなく、変化に応じて窮まるところがない。しばらく、老荘思想にふけってみよう。
曲がるからまっすぐになる。
屈することによって、伸びることができる。
窪んでいるから満たされる。
古ければこそ、新しいものが生まれる。
今回の試練は、きっと下野した自民党にとって、いやいや日本にとって、大きな糧になるに違いない。目立たなく弱く、柔らかい多くの声、名もない地方の若者が、その答えをもっているんじゃないのかと感じる。

2009.9.5



火事は最初の5分、選挙は最後の5分までが勝負!

こんな格言がある。火事も選挙も経験済みで、自宅が類焼したのが8年前。この時、海外出張中で、妻からの話だと隣の家のボンベーに引火して、その爆発音で気づいたらしい。従って、かなりの時間がたっていたものと思われる。そして、2年半前の選挙では、20時までと思っていた投票時間が繰り上げられていた(添田町では投票時間は18時)ことに気づかず、”最後の5分が勝負”なのに、既に終わっていた。

結果、どちらも格言が生かされなかった。次回の選挙では、投票時間はしっかり確認して周知しよう。今は期日前投票があるから、できるだけ呼びかけ・声かけをすることが大切である。

2009.8.26



「お勤め」と「稼ぎ」

お盆前、時間がない中でお墓掃除や庭木の手入れやら、お盆を迎える準備をし、お墓参り・初盆参り・盆踊り等々・・・家族で手分けしてお盆を終えることができた。今日(16日)から通常通り、麻生太郎飯塚事務所に詰めているが、公示日まであと2日。こちらも準備に抜けがないように万全で望まないといけない。

家のこと、地域の行事、ボランティア活動等々っていうのは、昔で言うと「お勤め」っていうのかな。ビジネス活動や同じ仕事でもお金をもらうといわゆる「稼ぎ」って言うことになってしまう。そう言えば時代劇なんかで、見廻りを終えて家に帰ると「お勤め、ご苦労様です。」って言うし、商売に出かける時なんかは、「ちょっくら稼いでくらぁ〜」っていうセリフをよく耳にする。社会貢献・社会奉仕と収入・利益、今の時代の仕事は「お勤め」と「稼ぎ」が一緒になっている。なかなか難しい定義でもあるが、政治には権力がつきもの。権力を持つ人は、お金を持ってはいけない。お金を持つ人は、名誉を求めてはいけない。っていう言葉の通り、昔の三権分立が理想の姿かもしれないと思った。

子どもたちは、11日に颯行(中1)が添田町少年アドベンチャーin「ヨロン島」から帰ってきた。身になる研修と同時に、たくさんの思い出をつくってきたと思う。今日は、第3回ALLJAPAN中学生ドッジボール大会(スーパードッジ)で、添田フレンズとして出場している。妻育子が応援に同行。陽行(小4)と誉行(小1)は、添田東育成子供会の行事で福岡市民防災センター・ロボスクウェアへバスハイクで出かけた。親がついていってやれず、育成会の皆さんには大変迷惑をかけてしまった。

2009.8.16



お客様の期待を越える価値やサービスを永続的に提供する

”「志」こころざし”という言葉は、武士の心って書く。誰しも、人生には価値があり、かつ人生には乗り越えなくてはならない試練がたくさんある。高い理想と大きなロマンを掲げ、一生の”こころざし”を持つ事が何より大切だと思う。挫折のない人生なんてありえないし、だからこそ「逆境こそチャンス」だと僕は信じる。理想と現実とのギャップは感じつつも、それを埋めて行く努力をし、信念を貫かなくては!必ず道は開かれると思う。

今日、麻生太郎事務所で過去のデータの整理をしていたら、麻生情報システムの奥山社長が来られた。昨日から、ISO9001(品質マネジメントシステム)サーベランス(監査)が行なわれているという。もう、麻生情報システムの社長を退任して4年になるから、懐かしいなぁって思って聞いていた。当時、品質目標を「お客様の期待を超える価値やサービスを永続的に提供する」という方針を打ち出した。顧客満足じゃ物足りない。お客様に感動を与える価値とサービスを提供し続ける会社にしたいという思いだった。技術の会社であり、システムを提供する企業だったが、そうじゃなく、お客様の声を聞き、より感動してもらえる付加価値サービスを提供するサービス業でありたいと思っていた。そして、お客様(ユーザー)との人間関係、信頼関係が何より大事。その信頼関係を築くのは、トップや管理職でもない。第一線で働く現場の人たちである。現場で活躍する社員こそが、お客様から信頼され信用され、そして初めて企業価値が生まれてくるんだと思う。企業のブランド力とは、歴史と伝統、そしてお客様と一緒に価値を共有している現場力によるところが大だと、僕は思う。

政治の世界も一緒じゃないのか。地域の皆さんとの心と心のふれ合いからしか信頼関係は生まれない。地域の皆さんの声をしっかりと聞いて、いつも現場で働く政治家を目指したい。「地域の皆さんの期待を越える価値やサービスを永続的に提供する」ここを忘れてはならないと思っている。

2009.8.4



「ぼけたらあかん、長生きしなされ」

「神崎さんの手帳、何が書いてあるんですか?」って聞かれた。僕の手帳、仕事関係の人は結構知っていて、昔から講演を聞いたり、本を読んだりして面白い話だなぁと思った事を別冊の手帳に書き込んでいる。まぁ、ネタ帳というところか。人生教訓にしたいものも結構あり、「つもり違い十ヵ条」もその一つ。とにかく、いろんなジャンルを書きこんでいる。ただ、誰から聞いたのか、どの本を読んだのかは書き留めておらず、たまに聞いた本人に話をして、恥ずかしい思いをした事も多々ある。

「ぼけたらあかん 長生きしなされ」(読み人知らず)

1.年を取ったら出しゃばらず  憎まれ口に 泣き言に
  人の陰口 愚痴言わず  他人のことは ほめなされ
  聞かれりゃ教えてあげるけど  知ってることでも 知らんふり
  何時でも阿呆でいなされや

2.勝ったらあかん 負けなされ  いずれお世話になる身なら
  若い者には花もたせ  一歩さがってゆずるのが  
  円満にいくコツですよ
  何時も感謝を忘れずに  どんな時にも ハイおおきに

3.お金の欲を捨てなされ なんぼお金があったとて 
  死んだら持って行けません
  あの人ほんまに ええ人や  その様に人から言われるよう
  生きてる内にばらまいて  山ほど徳を積みなされ

4.と言ってもそれは 表向き  ほんまに銭は離さずに
  死ぬまでしっかり持っておれ  人にケチやと言われても
  お金があるから大事にし  皆がベンチャラ言ってくれる
  内証だけれど ほんまやで

5.昔のことは皆忘れ 自慢話はしなさんな
  我らの時代はもう過ぎた なんぼ頑張り力んでも 
  体が言うこと ききません
  あんたはえらい わしゃあかん  そんな気持ちでおりなされ

6.我が子に 孫に 世間様  どなたからも慕われる
  ええ年寄りになりなされ
  ぼけたらあかん その為に  頭の洗濯生甲斐に
  何か一つ趣味持って  元気に長生きしなされや  

2009/07/10 16:29


氷が溶けると何になる?

7月12日は次男陽行(あきゆき)10才の誕生日。早いもので添田小学校4年生になった。妻も現在、添田町立落合小学校4年の担任だから、家庭でもしっかり勉強を教えてくれればと思っているが、とてもじゃないけどそんな時間的な余裕はない。そう言えば、昔ある講演会でこんな話を聞いた事があった。小学校4年生理科で、”氷が溶けたら何になる”という問題があり、ある子どもが「春になる」という答えを言った、子どもたちの柔軟な発想を大切に育てることが大切であると・・・それを聞きながら、創造性豊かな人間性を育てる教育が本当に大事なんだと思った。大人に同じ質問をしたら、ありきたりの「水になる」と答える人が多いに違いない。もしかすると、焼酎の水割りを飲んでいる”おやじさん”たちは、焼酎が薄くなると真剣に言うんやろうなぁ〜何とも味気ない。

もしかすると、今どきの子供は、氷が溶けたら(温暖化で)日本沈没って言うかもしれない。それじゃと、先程子どもたちに実験して見せた。コップの中に水一杯にし氷を入れた。水は溢れんばかりで、氷は水面から浮いている。さて、氷が溶けたら、コップの中の水はどうなるかな?上3人はすぐにわかったが、一番下(小1)には理解できない。???これが大事。

2009/07/08 21:24


諸行無常

午前中、添田町内を自転車で廻る。日射病になりそうだけど、とにかく添田町をくまなく漏れなく、早く廻らないといけない。午後からは、高校時代の同級生のお父様がお亡くなりになり、お葬儀に参列する。昭和8年生まれって言われていたので、僕の親父と同じ年だったんだ。亡くなって(いなくなって)、初めてその存在の大きさがわかる。社会人となり、仕事もできるようになり、結婚もして子供も生まれ、もうそんなに相談する事もないんだけれども、いてくれるだけで、何となく後ろ盾っていうか、安心感がある。それが父親としての存在感なのかもしれない。親父が亡くなり、今年で10年目。今では義父(山本徳孝)が後ろ盾になってくれている。いつか僕も子供たちにとっての後ろ盾になれるように頑張らねば・・・そして、地域社会のためにも地域の皆さんの後ろ盾になれるような地力をつけたいと思う。選挙に勝って、仕事をきっちりとし、お役に立つこと。すべては世のため人のために頑張ろう!

この後、19時30分より法光寺の聞法会がある。大きな声でお経を読むのもまた良い。人の一生は、生まれてから死ぬまでの無常の世界。いつ何が起こるのかわからない。いつ何が起こっても不思議ではない。だから、人の死をご縁に命の尊さを知り、喜びよりも悲しみの方が人は目覚めるのかもしれない。だから、終わりから始まり、なくなったところから拾われ、なくしたところからいただく。悪いこと、悲しいこと、辛いことの中に光があるんだと強く思う。

2009/06/16 16:23


砂漠のダチョウ

福智町の”とある方”の自宅に挨拶に伺うとお座敷に通されて、中身の濃い話を聞くことができた。政治家としての心得や国民として最大の権利である選挙がどうして投票率が低いのか、マスコミ等の影響で何となくタブー視されている問題等々について持論を話してくれた。基本的には同じ意見であったが、人権問題にしても教育問題にしても行き過ぎた格差社会にしても是正が必要だと思っている。基本的に平等社会っていうのはあり得なく、いつの時代もどこの世界でも格差っていうのはある。それが行き過ぎた市場原理主義のような改革だったところに問題があるのであって、もう一度日本は一億総中流社会へ、それでいて国際競争力をもっている国へと目指すべきだと考える。だから、結果の平等を求めるのではなく機会(チャンス)の平等をいかに創っていけるか、ここが一番大事だと思っている。

タブー視されている問題についても、政治家はやはり真正面からきちんと取り組まなければならない。じゃないと主義主張・信念が伝わってこないし、煩わしさから逃げて、結果状況は何も変わらない。選挙に立つ人は、投票してもらいたいから何でも「はい、はい」と聞き流せともよく言われるけれど、本当にそれで良いのかなぁと思ってしまう。それじゃ地域を良くしていこうという改革なんてできないとも思う。

「砂漠のダチョウ」という話がある。砂漠に取り残されたダチョウがいた。あたりを見回すと何もない。ふと振り返るとそこに自分を狙っているライオンがいる。「あ〜どうしよう」 どうしようとする気ばかり焦り、うろたえ、このダチョウは、どう対処して良いのかわからない。こんんな状況の時に、このダチョウのとった行動は、砂漠に自分の顔を突っ込んでしまった。すると不思議なことに、何も見えない、何も聞こえない、ダチョウはホッと安心した。

当然のことながら、状況は何にも変わらない。ダチョウの運命は言うまでもない。実態なり問題を直視しないで、その場を凌いでも何も解決しない。もしかすると、教育問題、高齢化社会への対応、地域活性化について・・・砂漠のダチョウは今の田川のことじゃないのか?福智町の”とある方”の話を聞きながら、「砂漠のダチョウ」を思い出した。

2009/05/07 22:41


動けば雷電の如く

一昨日、(有)キムラの木村知弘社長が自宅に見えられた。劇団はぐるま座の人と一緒で、6月13日(土)田川文化センターで、劇団はぐるま座公演「動けば雷電の如く」高杉晋作と明治維新革命が開催されるという。

「閉塞感のある世の中だからこそ、田川の現状を打破していく起爆剤としよう!」「これからの日本を担っていく若者たちに、どういう日本をつくっていくのか、その基本となるものが伝わる舞台だ」「青少年に是非みてもらい、地域の将来を担う人材を育成していく契機にしよう」と木村社長の田川公演にかける熱い想いが伝わってきた。昨年も4月27日に「高杉晋作と奇兵隊」で公演が行われたが、是非とも田川の子どもたちに見てもらいたいものだと思った。

「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」高杉晋作を評して伊藤博文(俊輔)が発した言葉。「草莽崛起(そうもうきっき)」の思想で維新革命をみちびいた師である吉田松陰。松陰の教えを実践に移した高杉晋作。明治維新を成し遂げたのは、まぎれもなく僕らの祖先であり、日本人であり、草莽崛起の人たちであった。前回選挙告示3日前に、「立志」「挑戦」「創造」という題でブログを書いている。例えるならば、「立志」が吉田松陰であり、「挑戦」が久坂玄瑞であり、そして「創造」が高杉晋作という事になるのか。

明治維新の心意気が、今の日本に必要なんだと強く感じる。
「真があるなら今月今宵 あけて正月 だれも来る」

2009/04/24 08:25


「子ども」という詩

子ども

批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし、激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛を受けた 子どもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる

(「あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書」アーネ・リンドクウィスト、ヤン・ウェステル著 川上邦夫訳 新評論刊)

何年か前に話題になった、ドロシー・ロー・ノルトというアメリカの家庭教育学者の作った「子ども」という詩で、スウェーデンの中学校の社会科の教科書にも収録されている。スウェーデンの教科書には、生きていく上で最も肝要なこと、納税者としての義務と責任から、ローンの組み方、親子・夫婦関係や結婚と離婚、犯罪を起こしたらどのようになるのか、といった生きた”社会”を教えている。子どもたちが早い時期から日常生活を安全・快適に暮らせるため、近い将来において必要となる基礎的知識を教えている。実社会を生き抜いていく上での人生案内書でもあるんだと思う。そういう意味では、日本とはえらく違うようにも思う。「近づけるな。知らせるな。教えるな。」という昔ながらの政治手法と同じような教育をしていては、本来の国力(教育力)を底上げすることはなかなかできないと思う。

”若い芽を 伸ばせ育め 国造り”
”芽を伸ばせ 明日の希望が 見えてくる”

2009.4.22



「7つのシン」

福岡県立育徳館高等学校入学式

4月、新年度になり世間では新入社員、新入学と春満開の季節である。我が家も高校・中学校・小学校と新1年生が同時に入学式を迎える。誰が言ったか忘れたけど、手帳に「7つのシン」の言葉を書きとめている。新しい門出に「7つのシン」の言葉を贈ろう。

1つ目は「新」、新鮮な感覚をいつも持ち続ける。
2つ目は「真」、嘘や誤魔化しのない真実一路。
3つ目は「信」、人間で一番大事な信用。
4つ目は「親」、親しみを持たれる人、親切な人、そして親の恩に感謝する人間。
5つ目は「伸」、自分を伸ばすために努力する。
6つ目は「進」、世の中は日進月歩、常に前進する。
7つ目は「心」、真心がこもる人、それを願う「心」。

以上、「7つのシン」を忘れずにそれぞれの新天地で頑張ってほしい。父も頑張る。 

2009/04/07 18:33


梅にうぐいす 柳につばめ

自宅の門かぶりの梅のつぼみが咲き始め、春の予感がする三寒四温の季節となった。何という事か、中川昭一財務相が辞任すると会見された。残念でならない。これまでの功績(拉致問題、東シナ海ガス田問題、歴史認識、人権擁護法案への反対、国旗掲揚、領土問題等々・・・)を考えたら、国益を損なうことは免れないと思う。もちろん今回の失態は既に国益を損なっているじゃないかと反論もあると思うが、辞任はそれ以上の損失のような気がする。是非是非、復活を期待したい。

♪ 梅にうぐいす 柳につばめ 人の世界は 色と酒 ♪

中国最古の王朝・夏の禹王(うおう)が、儀狄(ぎてき)が造った酒を飲み、あまりの美味しさに驚き、「後世必ず酒を以て国を滅ぼす者あらん」と言って、儀狄と酒を退けた。また、晋の文公は「後世必ず色を以て国を滅ぼす者あらん」と言って、女を遠ざけたと言われる。でも、そんな世の中楽しいかな?人間味がなく面白くない社会になってしまう。人間、一つや二つの欠点はあるもの。聖人君子のような人はいない。(いや、たしかに全世界に流れたのはまずかったが・・・) 僕も妻をはじめ周りの人たちから、くれぐれもお酒には注意するように・・・口を滑らさないように・・・念を押され続けている。今日もこれから懇親会。相田みつをの「にんげんだもの」を思い出した。
”つまづいたって いいじゃないか にんげんだもの”
”あながたそこに ただいるだけで その場の空気が あかるくなる あなたがそこに ただいるだけで みんなのこころが やすらぐ そんなあたなに わたしはなりたい”

♪ 酒飲む人 花ならつぼみ 今日も咲け(酒)咲け(酒) 明日も酒(咲け) ♪

こんな時こそ、勇気100%だ!

2009.2.17



ゆずり葉

「ゆずり葉」 河井酔名

 子どもたちよ
 これは譲り葉の木です
 この譲り葉は
 新しい葉が出来ると無造作に落ちる
 新しい葉に命を譲って
   
 子供達よ
 お前達は何を欲しがらないでも
 凡てのものがお前たちに譲られるのです
 太陽の回るかぎり
 護られものは絶えません
  
 輝ける大都会も
 そっくりお前たちが譲り受けるのです
 読みきれないほどの書物も
 みんなお前たちの手に受け取るのです
 幸福なる子供達よ
 お前たちの手はまだ小さいけれど

 世のお父さん、お母さんたちは
 何一つ持ってゆかない
 みんなお前たちに譲ってゆくために
 いのちあるもの、よいもの、美しいものを
 一生懸命に造っています

 今、お前たちは気が附かないけれど
 ひとりでにいのちは延びる
 鳥のようにうたひ
 花のように笑っている間に
 気が附いてきます
 そしたら子供達よ
 もう一度、譲り葉の木の下に立って
 譲り葉を見るときが来るでしょう 

新しい葉が生え終わってから古い葉が散って行く。親が死んで何かを感じ取れない人はいないと思う。親は命をかけて何かを伝えようとしているようにも思う。親父の死で間違いなく自分の人生観は変わった。あれから次から次へと訪れる人生の転機。たった一度の人生、与えてもらった人生を、自分の責任で切り開いていこうと思った。

「ゆずり葉」、これは家族に限らず、どんな組織にも言えること。後継者が育たない、育てていない組織は何れ行き詰まる。幹部ともなれば一定の権限と責任を持っているからこそ、突然トップが交代しても経営判断を誤ることがないと思う。企業価値って何かなぁと考えた時に、資本金や事業規模、社員数の大きさよりも、永続的に事業を営んでいる事にあるように思う。創業から100年以上続いている企業は、常に時代の変化に対応し、非常時にこそ勇気を持って決断し、そして共通して人材育成に力を注いでいる。

僕は、すべての人は生まれながらにして社会的役割を担っていると思う。どんな人にも絶対に役に立てる仕事があるはずだと思う。今は目に見えないかもしれないけど、しっかり大地に根を張り、水分を十分蓄えている時期が必ずある。だから、後継者を育てる立場の人や組織は、やっと出てきた若い芽を摘むような行為をしてはいけない。トップは若い世代をしっかりと育てることを第一に考える事が何より大切。そして人材育成の一番の手法は、若い世代にバトンタッチする事に他ならない。

 父から息子へ

 バトンタッチ 何れは自分も・・・

2009/01/23 20:29


子どもの世界にも自由経済がある

♪  手がかかり お金がかかり 気がかかり
                  人が育つにゃ  時かかる  ♪

ちょっと一句詠んでみた。子どもを育てるとは、こういう事だよなぁ。今年4月からは、長女は高校生。長男は中学生、次男は4年生、三男は小学校に入学する。かなり手がかかっていた時代からは解放されるが、その分これからお金がかかってくる。その内、成人式を迎え、社会人に巣立っていき、仕事・結婚・子育て・地域・・・と親元を離れていくんだろうけども、いくつになっても気にかかるのが子どもの将来なのかもしれない。一人前の人間に育つには、相当な時間がかかる。まだまだ先の話だけれども、しっかり子育て4ヵ条を心掛けていこうと思う。

乳児のうちはしっかりと肌を離すな
幼児になると肌を離せ 手を離すな
少年になると手を離せ 目を離すな
そして青年になると目を離せ 心を離すな

不思議なもので4人の子どもがいると、親としては、同じ年齢の時に同じ機会を創っているつもりなんだけど、結果は決して同じようにはならない。当然だと思う。それは今を育っている環境が全然違うんだから・・・同じ6才の時の環境が違いすぎるから・・・

ケーキだって均等に分けたりしない。適当に切って一番大きいケーキを末っ子にやる。上の姉兄は多少文句も言ったりするが、上の子ども程、我慢している。小さい子どもに話しても、収まらないから仕方がない。本来、自由経済とはこういう事じゃないのかなぁ〜と思った。中央と地方との問題をはじめ、行き過ぎた格差は間違いなく是正する必要はあると思う。地方の活性化こそが大事。だからと言って何でも均一だとか平等とかいった、社会主義的思想には僕はついていけない。

2009.1.12



歴史の中に生きている

世界史、特に中国史が好きで、特に「史記」や「三国志」は何度も読んだ。劉邦の家臣で国士無双と言われた韓信。その故事で「韓信の股くぐり」がある。”大志ある者は目前の恥を耐え忍ばなければならない”との教訓である。トップに立つ人、また大きな志を持って事にあたろうとする人、新しい事業に取り組もうとする人は、必ず世間からの批判や冷たい仕打ちや裏切りに遭ったり、ねたみ買ったりする。にもかかわらず、それを成し遂げようとするのは、必ず成功するという強い信念と使命感があるからだと思う。社長時代に限らず、何か新しい事業や誰も手をつけなかった制度に取り組もうとした時、それがどんなに有益であっても、必ず怨み買ったり抵抗にあったりした。でも、それを恐れていたら絶対に成功しない。(選挙に出馬することそのものがそうだったと思う。)

王陽明の言葉がある。「冷に耐え、煩に耐え、激せず、競わず、もって天下の大事を成す」 自分の手帳に小さく書き残している。何が何でもやりとげるという決心こそすべてだと僕は思っている。それが、一国の首相ともなれば、想像を絶するなぁ。使命感、深い洞察や創造力、そして孤独感・・・この未曾有の時代にあって、身近なところで「天下の大事を成す」ことが見れるのは、歴史の中に生きている感じがする。

2009.1.7



長寿の心得

ここ最近よく存じ上げている方が、お亡くなりになって、皆さんよく知っているだけに、何とも悲しく・・・謹んでご冥福をお祈り致します。今日はわりと暖かい日だったが、このところ寒かったり暖かかったり、昼間と朝晩の気温の差も激しい。特にお年寄りの方には、体調に気をつけてられて下さい。僕の家には「長寿の心得」って言うのが飾ってある。健康で長生き、これを読むと元気が出てくる。

人の世は山坂多い旅の道、命の齢にお迎え来たら
還暦:60歳 命の60に迎えが来たら とんでもないと追い返せ
古希:70歳 命の70に迎えが来たら まだまだ早いとつっぱなせ
喜寿:77歳 命の77に迎えが来たら せくな老楽 これからよ
傘寿:80歳 命の80に迎えが来たら なんのなんの まだ役に立つ
米寿:88歳 命の88に迎えが来たら もう少し お米を食べてから
卒寿:90歳 命の90に迎えが来たら 年に卒業はないはずだ
白寿:99歳 命の99に迎えが来たら 百の祝いが終わるまで
茶寿:108歳 命の108に迎えが来たら まだまだお茶が飲みたいね
皇寿:111歳 命の111に迎えが来たら そろそろ譲ろうか日本一
気は長く、心は丸く、腹立てず、口つづしめば、命ながらえる。

そう言えば、大学時代に伯母の会社(�蟯慇梢契験荼濬�会・株式会社レック KSGグループ)でアルバイトをしていた時に、下所(しもんじょ)さんという明治38年生まれの大御所と一緒に仕事をさせてもらっていた。その下所さんが、僕の20才のお祝いに色紙に書いてくれた言葉が残っている。存命だったら102歳になられるのかぁ〜。今から10年前にお亡くなりになった。


2008/12/17 05:38


白い寫眞館

中村雅俊 / 白い寫眞館

♪あの町にはまだあるのだろうか。白いペンキの小さな写真館。窓には女学生の写真が一つ額に飾ってあった♪
♪その黒髪はかすかに揺れ、薄紫の日暮れに解けた。その微笑みを見つめた時、我がまなざしは炎と燃えた♪
♪それがあいつの恋人だとは、その時少しも気づかなかった♪

ちょっと早めの(10月25日)七五三のお祝いだったが、岡本写真館で撮影してきた写真が出来上がっていて、月曜日に取りに行ってきた。それが、岡本写真館の窓に僕ら家族の写真が飾ってあったので、何となく中村雅俊の「白い寫眞館」を思い出した。飾られた写真はともかく、この歌はいいなぁ。学生時代にレコードを聞いていて、何とも切なく・・・そして写真館があるとそんな女の子がいないかなぁとのぞいていた。(暗っ!)

いつまで飾られているかわからないけど・・・

2008/11/25 19:01


家族がバラバラ?

という事じゃないが、休日ともなれば家族一緒に温泉に行ったり山登りしたり、キャンプをしたりしていたが、子供たちにもそれぞれ休日にも予定があり、クラブ活動、習い事、幼稚園の行事にと、バラバラの動きになってきた。これからは、もっと一人ひとりの動きになるんやろうなぁと思う。ちょっと寂しい気がするけど、これも致し方がない。

思春期(反抗期)の子育ては、親としては悩むところだと思う。今日もまた15才になる中3女子が父親を殺害したと報道があった。この前は14才の男子が刃物を持ってバスジャック。何れも親子関係の行き違いによるところが大きかったのか?考えさせられてしまう。

親は自分の経験に基づいて子どもに話をしたりするが、世の中が大きく変わってきている今の時代、30年前の常識を押し付けても、子供にはマイナスに働くこともあるように思う。だから、親の価値観を押し付けたり、教えるというんじゃないような気がする。別に学校の勉強が出来たから、人生が幸せになるわけじゃない。いい学校に行ったから一流会社に入社できたから、いい人生とは限らない。

今、国も地方も過去の成功体験が不利に働き、結果何も改革できないのが現状じゃないのかなぁ。だから何十年も中枢にいた人たちには、これからの変革の時代、もう期待できないと多くの人が気付き始めているのかもしれない。明治維新もそうだった。新しい価値観を持った20代の脱藩者や浪人が時代を動かした。しかも、江戸から遠く離れた薩長土肥から・・・経験がなかったからこそ、改革の担い手になったんじゃないのか。これまでのトップやお上の言うとおりにやれば良かった時代はもう終わり、現場や生活者の声、あるいは時代を担う子どもたちの考え方から学ぶ時代になってきたんだと感じている。

思春期の子供を持っている家庭の悩みはそれぞれ違うと思うけど、子どもたちには自分の人生は自分で選択し、それはいつからでもやり直しがきくということ。長い人生、勉強は学校だけじゃなく、もしそこで失敗しても遅れなんて直ぐに取り戻せる。レールを外れても自分でレールは敷けるから決して恐れることなんてない、と子どもたちに勇気づける教育こそが今の日本に必要だと思う。

高村光太郎 「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる」

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2008/07/19 21:47


田川独自の教育課程「田川プラン」

明日(7月18日)で学校は一学期の修業式。早いなぁ。よく考えるとこんなふうに子供たちと過ごせる時間は、人生の中で限られているんだなぁとふと思った。子供は日々成長している。この瞬間瞬間を大切にしないと後で後悔するかもしれない。「ね!そうやろう。仕事や選挙で殆ど家に居なかったけど、子どもたちと一緒にいると面白いば〜い。いろいろ話をしてくれるんよ」と妻が言っていた。遅まきながら、気づいて良かった。

学校の先生たちともご無沙汰しているなぁ。初心に返り教育論議で花をさかせよう。よく食べ、よく遊び、よく寝て、よく叱られる。子どもって言うのは失敗が多いほど成長するなぁとつくづく感じる。だから子どもから学ぶところも大である。何よりも先生たちと地域の現状を語ろう。目の前にあるタマゴを食べるのか、それとも鶏にふ化させてタマゴをどんどん生産させるのか、地域再生には、タマゴをニワトリにかえすことが大事。やっぱり人材育成なんよなぁ。先生たちと語らうと元気が出てくる。・・・・がっくりきて、出てこない時もある。でも、夢がある。やりがいもある。今、取り組んでいることも次の世代につないでいかなければと使命感が湧いてくる。

田川から輩出され、活躍されている多くの人たちは田川の教育環境で育ってきた。今こそ、田川独自の教育課程「田川プラン」を実践してほしいなぁと思う。故辻畑信彦先生(元福岡県教育庁筑豊教育事務所長)が田川プランについて熱く語ってくれたのを思い出した。

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2008/07/17 22:28


父の言葉

父とは大学に入学して一緒に酒を飲むようになってよく話すようになった。特に就職してからは、節目節目、要所要所でやる気を出せるようなアドバイスをしてくれた。父は仕事にも趣味にも器用であり、のめり込んで行くタイプだったが、人と交わったり人にへつらったりするのが嫌いな性格だった。仕事はそれは一生懸命で一つの事に集中し過ぎるくらいで、職場の人たちはきっと近寄り難い一面もあったに違いない。何でも自分で率先し開拓しているようだった。人に頼る事が嫌いだったせいか、何でも自分でし、見ていて大変な苦労をしていた。そんな父が言った言葉がある。「聡、お前は俺と同じ生き方をするなよ。人に頭下げなつまらんぞ。風当たりが強くならないように、人に気を使え。俺にはできんかったが・・・」何とも勝手な言い分であった。でも、なぜかそんな言葉を聞くとうれしくもあり、俄然やる気になっている自分がいた。

子ども一人ひとりの本当の個性を見極め、それを伸ばせる存在があるとすれば、それは親以外にありえない。子どもの弱点や欠点を意識して、感性や情念を育てられるのは間違いなく親であり、教育の最高責任者だと強く思う。子どもを持ってはじめて親の思いを知ったんじゃなく、親を亡くしてはじめて人を育てることの大切さを知った。

人と人が出会いは、結局”縁”なんだと感じる。本を読んで印象に残った言葉を手帳に残こす習慣があるが、その中に柳生家の家訓がある。
「小才は、縁に出会って縁に気づかず」
「中才は、縁に気づいて縁を生かさず」
「大才は、袖すりおうた縁をも生かす」とある。昨日の話ではないが、”ご縁”に出会えて父が身を持って伝えようとした事を、僕も子たちに命がけで伝えていこうと考える。

昨夜は福智町津田商事の津田社長、田川情報センター指定管理者の鬼丸社長と一緒だった。上記の話やら田川の活性化についての具現策を話す。田川のあるべき姿に向けて一緒に取り組んでいく仲間がまた増えた。

2008.6.20



史記の格言

「世界史の神崎」と高校の時、自他共に認める歴史好きだった。大学入試時にはどんな問題もまた小論文も100%答えるぐらい丸暗記していた。丸暗記は丸忘れで、何の役にも立たないと社会人になって初めて気づいた。それでも国内外に出張や旅行した時、そこそこの歴史を見聞すると年代や時代背景が思い出され、歴史上の人物像や考え方どんな思いだったのか興味関心が湧いてきて、そちらの方が社会で役に立つようになった。

歴史書物は活字もいいがマンガが面白い。特に横山光輝の「三国志」や「史記」は素晴らしい。歴史もこのように人間模様を学ぶようにすればもっと楽しく、もっと自分自身の肥やしになるんじゃないかと思ったりする。丸暗記しても何の役にも立ちません(実証済み)。

史記の中には今に通用する様々な格言がある。
「遠交近攻」〜戦国時代の范雎の言葉。遠国と同盟を結んでおいて、近隣諸国を攻める。
「臥薪嘗胆」〜呉越戦争の夫差と句銭のエピソード。
「奇貨居くべし」〜掘り出し物は買っておけ。呂不韋が趙にいた頃、人質になっていた秦の公子子楚を世話をした時。
「国士無双」〜韓信のこと。国を背負って立つただ一人の人物。
「左遷」〜項羽が劉邦を蜀漢の地に遷れた。左へ左へ。
「四面楚歌」〜項羽が敵の漢から包囲され、楚の歌が聞こえた。
「馬鹿」〜鹿を馬という。趙高の故事から。
「日暮れて道遠し」〜呉の伍子胥が父兄の敵である平王の屍に鞭を打った時のこと。  「一旦の功、万世の功」〜劉邦が戦で全面に出て活躍しなかった蕭何を第一に評価した言葉・・・

「先んずれば人を制す」「背水の陣」等々大きな指針にもなっている。ただ格言を知っているだけでなく、実践してはじめて活かされるものだと思う。歴史を学ぶ、歴史から学ぶって、仕事や日常生活の中に活かされる事じゃないかと思っている。

さぁ!明日から東京出張。APPLIC(財団法人全国地域情報化推進協会)の総会及び講演会&情報交換会が全国町村会館で行われる。講演会の講師に新ふくおかIT戦略会議委員長をされておられる東京大学大学院教授の須藤先生が「次世代電子行政サービスの展望」で講演される。

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2008/06/11 20:54


焦らず、慌てず、諦めず

昨夜(6月9日)は福岡泊だった。従姉弟でKSGインターナショナル社長の高橋泉さんとミカサ商事の戸田さんとe-denpoでの通信事業者との協業についての打ち合わせを兼ねてラ・ロシェル福岡で食事をする。何度かブログ(面白いBtoCモデル、美味しかったフランス料理)には書いたが、いよいよネットだけじゃなく電話115番での参入も視野に入ってきた。今年度に入って総務省(報道資料)が「信書の送達サービス受付用への115番の使用に関する検討会」を開催している。9月には結論がでるようだけど、ここまで来るのに実に4年近くかかっている。(根気よく、「焦らず慌てずあきらめず」やね。)

焦らず、慌てず、諦めず、か!仕事だけじゃなく選挙も一緒やな。結局前回は1年半かけての戦いだったけど、今度は4年。通算すると5年半じゃないか。まぁその間ずっと選挙活動っていう事じゃないが、ずっとプレッシャーはかかっている。周りからは「今度は大丈夫」ってよく言われるけど、それこそまったく根拠のない大丈夫だし・・・ん〜んやっぱり「焦らず慌てず諦めず」地道に努力していく以外に道はない。

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2008/06/10 21:12


相場の格言

ニューヨーク原油価格が高騰し1バレル140ドル目前まで来ている。円は105円前後で推移し株価も14,500ぐらいで落ち着いている。株式ももう殆どやっていなく、残っているのは一銘柄だけ。大した金額じゃないがずっと長期保有している。長期保有といより「塩漬け」状態が本音のところ。社会人になった時、父の勧めで株式投資を行なった。最初に購入したのが(抽選で当たった)NTTだった。その後いろいろ売買してきたが、お陰さまで日経新聞や株式情報をよく読むようになった。まぁ株価が上がっても下がっても、決して騒がず焦らず、熱くならず、そんな事を父が話してくれたっけ。

相場の格言
「人の行く裏に道あり、花の山」
「遠くのものは避けよ」
「備えあれば迷いなし」
「山高ければ谷深し」
「天井三日、底百日」
「売るべし、買うべし、休むべし」
「まだはもうなり、もうはまだなり」
「押目待ちの押目なし」
「相場は明日もある」
「相場は相場に聞け」
「売り買いは腹八分」・・・・・

相場の格言は結構身近なところでも役に立つ。自分の融通のきく範囲内で、生活を守るため、リスクを考えながら運用するのも良いと思う。・・・残念な事に、今の僕にはそんな余裕はないなぁ〜。

政治ブログ 

2008/06/08 21:05



つもり違い十ヵ条

高いつもりで低いのは、教養
低いつもりで高いのは、気位
深いつもりで浅いのは、知識
浅いつもりで深いのは、欲
厚いつもりで薄いのは、人情
薄いつもりで厚いのは、面の皮
強いつもりで弱いのは、根性
弱いつもりで強いのは、我
多いつもりで少ないのは、分別
少ないつもりで多いのは、無駄

「つもり違い十ヵ条」を自宅裏の選挙事務所の壁に掛けている。自問自答してみたり、自分を評価してみたり・・・別に自分自身の芯を曲げたり他の人に媚びたりする必要もないが、たまには自分を戒める気持ちを持つことも大事かなぁ。

この選挙事務所(僕が13才中学1年生の時に父が新築)にいると、3年前に選挙事務所を立ち上げた頃を思い出す。”初心忘れるべからず”〜選挙に対してはまったくの初心者で失敗だらけで、苦しさやそれを乗り越えるための努力を決して忘れないようにしようと思う。

「夢からはじまる」としたタイトルも、苦しさや試練を乗り越えるため自分に言い聞かせた言葉であった。誰にでも一つや二つの夢は持っていると思う。もしかすると今の生活から遠いものかもしれない。でも落ち込む必要もない。夢は持ち続けることに意味があると思っている。人は焦りや不安に押しつぶされそうになった時、状況に流され現実を忘れ、自分さえも忘れてしまいたいと思う。今、状況に流されているのかなぁと思ったりする。今こそ、夢を描いた時の自分に立ち戻ることが必要なんだ。そして夢を持ち続けるにはエネルギーが必要だから、自分の心の中で「夢」を温め、エネルギーをたっぷりためておく事が何より大切じゃないかと言い聞かせる。この事務所に1人でいるとなぜか自分自身が奮い立ってくる。

政治ぶろぐ   

2008/06/03 21:35


B型人間

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B型が好き。楽天家って言われるけど、実は結構考えてる。だけど楽天的な時もある。集団行動の中で1人だけフラフラ散歩したりする。時には人生まで賭ける。「変」て言われるとなんだかうれしい。気になると即行動。その時の行動力はすさまじい。だけど、興味がないとどーでもいい。突然、何かしでかす。自分論がめじろおし。大勢でワイワイは好き。でも1人が好き。でも寂しがり屋。割と小心。時には気分で小心も乗り越える。だから本番に強い。人見知り。だけど、気分で人見知りをも乗り越える。人と同じは嫌、絶対。生まれる時代や場所をまちがえた?と思う時がある。「不可能なことなんてホントはないんじゃないかな?」って思う。言い訳するとなんか白々しい。だからあんまりしない。それゆえ誤解を受けやすい。結果、落ち込む、どん底。会話に主語がない。お金の使い方が、なんかどっか人と違う。人の顔、名前、あんまり覚えていない。というか覚えない最初から。

人の話聞かない。他人情報はどーでもいい。考えを理解してもらえない。自分が認めている自分らしさを人から言われるとウレしい。でも、「あなたはこう!」って言い切られるとムカッ腹立つ。あんまり人になつかない。でもなつくと、とことん。そんな自分を知る前に去っていく人がいると「もったいない」って思う。まわりがやる気満々だとやる気しない。まわりがやる気がないと、がぜんやる気。反対意見は大嫌い。たいがい自分の理屈の方が納得だから。でも反対意見でも納得いく説明をする人がたまにいる。その人はスゴイって思う。大好きになる。

これは自分をうまく説明したいB型の、B型の実態を知りたいB型以外のための、B型説明書だそうだ。B型自分の説明書(文芸社定価1,000円)を持って帰って僕に読んで聞かせる。当たっている。聞けば聞くほど、当たっていた。僕も妻も二人揃ってB型であり、子どもたちも家族揃ってB型である。

2008/05/20 22:31


生まれて数年で親孝行してくれている

”親孝行したい時に親はなし” 今朝久しぶりに朝4時起床、犬の散歩後に5時より6時まで田川市の武徳殿まで朝起会に行ってきた。ここに集いている方々の話を聞くと皆さん一生懸命で前向きに人生を歩んでいるなぁと感動し、心が洗われる思いがする。今朝朝起会で”親孝行したい時に親はなし”っていう話があった。

父親(神崎次彦)が亡くなり来年で10年になる。先日、関西の伯母さん(父の姉)から「聡君がんばりや。次さんは、聡君を手塩にかけて育てたからなぁ」と昔話を話してくれた。小さい頃から山や川、海によく連れて行ってくれ、小学校まではよく殴られ叱られていた。それでもよく相談にものってくれ、大学から社会人になってからはよく飲みながら教育論を話していた。だから何の恩返しもできないうちにと思っていたが・・・自分が親になってはじめて親の有難さや育てることの難しさがわかる。そして僕自身子どもに見返りを求めてもいない。

今日の話は、子どもが生まれてから数年で十分親孝行してもらっているという話だった。本当にそうだなぁと思う。胎内にいる時、そして生まれてから、何とも嬉しく何とも可愛らしく、毎日毎日が楽しい時間であり、一日一日成長していくのを見る感動がある。それだけでじゅうぶんに親孝行してもらっているんだと共感した。

夕方、数年ぶりに家の駐車場でバーベキューをした。甲高い声や笑い声が近所中に響き渡り、これ以上の幸せがあるのかなぁ〜と思った。仕事で家をいつも留守にし、選挙運動で子どもたちとの対話もなかった。今しかできない時間があった。大切にしたいものだと思う。

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2008/04/29 21:42


高杉晋作と奇兵隊

劇団はぐるま座公演「高杉晋作と奇兵隊」が、香春町町民センター(4月19日)・赤村健康増進センター(4月26日)・田川青少年文化ホール(4月27日)開演されるとあった。近代日本の夜明けをひらいた若者たちのロマン、時間をつくって子どもたちに見せたいものだと思う。(いや、僕自身が見てみたい)

高杉晋作は、吉田松陰の松下村塾で学び、若くして俊才ぶりを発揮している。やがて晋作は、アヘン戦争後の上海に渡航し、西欧の列強に支配される清国の実情を知って危機感を抱くが、帰国後英国公使館を焼き討ちにして「攘夷」を実行し、幕府に攘夷を迫っていた長州藩も、下関海峡で外国船を砲撃する。結局報復を受けて惨敗してしまうが、晋作は過激な尊攘派と決別し、幕末日本の変革に身を投じていく。

そして高杉晋作は、武士の時代の終わりを象徴する革新的な組織「奇兵隊」をつくりあげ、禁門の変や幕府の長州征伐に揺れる藩を主導し、長州藩の進むべき方向を討幕維新へと導く原動力になっていった。一方、三味線を弾きながら「三千世界の烏を殺しぬしと朝寝がしてみたい」「わしとお前は焼山かづら うらは切れても根はきれぬ」と自作の都々逸を謡ったり、激しくもあり風流な面を持っていた。

どんな劇なのか見てみたい。晋作は、常識にとらわれない激しい言動とバイタリティがあったからこそ、変革の中心人物となり、維新への道筋をつけたんだと思う。吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬・・・150年経った平成の時代をどんな思いで見ているのか?

「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」〜吉田松陰時世の句

「おもしろき 事もなき世を おもしろく ・・・・・・」〜高杉晋作時世の句

「世の人は 我を何とも言はば言へ  我なす事は 我のみぞ知る」〜坂本龍馬

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2008/04/23 19:11



功遂げて身退く

ゆっくり花見もできないので、早朝(4時30分)添田公園を散歩してきた。満開の桜はほのぼのとした気持ちにさせてくれる。やっぱり自然っていいな。桜の花は人を惹きつけてくれる。見せかけの建造物やアトラクションがなくても自然と人が集まってくるんだなぁ。桜はつぼみを一杯にしている時も3分咲き5分咲きも良い。今日のような満開はまた格別。そして散り初めもまた風流があって良い。この季節の短い一時のことだけど、人間の一生も花の命と同じようなものかもしれない。

満開の桜は、決して自分の美しさ(能力)を誇示せず、功成っても居座ることがない。どんな器でも水が満ちれば溢れてしまう。だから、成功した後や得意な時に思い切って身を退くことが、自然に合っているのかもしれない。「功遂げて身退く」なかなかわかっているようで、難しいんだよなぁ。

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2008/04/04 05:39


新年度が始まる

今日から新年度が始まった。朝、飯塚病院に行っていたら入社式が終わった後だったのか、偶然田中院長先生とお会いした。ほんの少しの時間だったが、近況報告と次回選挙のお願いができ良かった。午前中福岡県庁にも行って組織機構も人事異動もかなりだったので少々驚いた。学校関係も新聞に掲載しているのを見たが殆ど知っている先生ばかりなので、興味深かった。

今IT業界は冬の時代なのか?採用がなかなか思うようにならないらしい。新3K(暗い、きつい、帰れない)と言われているから?それでも優良企業には人は集まってくる。ダイナミックにアクティブに時流に乗っているIT企業には多くの人が集まる。自分が新入社員の時を思い出すと新人の人たちには是非あせらず、じっくり仕事に就いてもらいたいと思う。きっと理不尽な事や納得のいかない事、何しろ仕事なんてわからないから思い通りになるなんて思っちゃいけない。1年や2年で答え(成果)なんて出るはずもない。挫折の連続だけど、その先に仕事の面白さがきっと見つかる。歴史は自分で創り今から始まる。

高村光太郎「道程」

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため 

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2008/04/01 19:45


思わずクスッ

子どもって面白いよなぁ〜、特に小さい子どもほど。一人前の事を言ったり、わかっているのかわかっていないのか理屈(筋)が通っていたり、大人のような言葉を使ったり、ホント面白い。今も失敗をして食べ物をこぼしていた。気づかれていなかったと思ったのか黙っていたので、「失敗したら正直に謝らんか」と言ったら、掃除機(しょうじき)のところにすばやく行って「ごめんなさい」とわざと頭を下げる。怒るに怒れない。

昨日もそうだった。家でNTTの話をしていると、話に割り込んできて「僕も知っちょうよ、イーテーシー」と言うので、何の事かなぁ(???)と妻と二人顔を見合わせていたら、お姉ちゃんが「高速道路のETCの事たい」って解説する。さすが姉弟!

この前は「耳が痛い、耳が痛い」(泣)言うので、中耳炎になったのかと「どのくらい痛いんか?」と聞くと、「鼻血がでるくらい痛い」(???)と意味の分からない事を言う。まだまだ、思い出すと出てくる。毎日がこんな調子で、でも一つひとつのしぐさや言い方に悪気がないから、子供って言うのは本当に可愛らしい。

 

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2008/02/22 19:58


親孝行ってなんぞや?

親孝行ってどうすればできるのかと考えてみた。何を持って親孝行って言うのか?既に僕には父親が8年前に亡くなった。母と妻の両親と・・・何の心配もさせず、安定した生活と社会人として自立していること、親を大事にすること、何よりも家族が元気で健康に過ごすこと・・・なのかなぁと何となく思うが、それでも本当の親孝行ってなんぞや?

人間って言うのは、何十年もかけて一人前に育っていく。親はその見返りを求めないし、きっと親は自分の思い通りの育たなかったことを悔いたりはしない。むしろ、大きな決断を子供自身で下せるようになった時、幸せを感じたりするんじゃないかな。だから、僕が思う最高の親孝行って言うのは、長い年月をかけて我が子を育てる事じゃないかと思っている。そして、子どもたちが立派に社会人として自立した時、僕は親に報告したいと思う。「おー聡、お前もよくがんばったな」と・・・

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2008.1.29



「いのち」がつながる

東京に出張している間に不幸な事があった。高校の友だちのお母さんが亡くなられ、妻の父の叔父が亡くなられた。お参りとお葬式に参列させてもらったが、身近な人の死、いろんな想い出がよみがえり涙が出てくる。家族だったらなおさらの事、深い悲しみに包まれているんだと思う。

前に住職から聞いたことを思い出した。「息を引き取る」という言葉は、「息が止まる」という意味だけじゃないと言われていた。家族が枕もとに来て呼びかけた時に、亡くなられる人の息を引き取っていくんだと。残された人が、その人の息を引き取っていく、つまり「いのち」を伝えていくという。家族が見守る中で「息を引き取る」という、それを親から子へ伝えていく、という日本人が持っている習慣っていうのか伝統っていうか、日本人の価値観っていうのは本当に素晴らしいと思う。

「いのち」と言うのも、「息の道」「息の内」から来ていると言われる。親から子へ、そして孫へ「息を引き取る」ことで「いのち」がつながっている。誰もが乗り越えていかないといけない試練、心からご冥福をお祈りしたい。

2007.12.14



生活の豊かさより、人生の豊かさを。

東京から帰郷する。一通りスケジュール通りには廻ってきた。東京っていうところは仕事が山のようにあるんだなぁといつも思う。それだけ人・もの・金・情報が氾濫しているということだと思う。だから、東京の仕事を地方に持ってくるという発想になり、事実これまで地方は中央の下請け的仕事に甘んじてきたとも思う。でも、これじゃ今の格差社会の解決につながらないし、問題なのは人も技術もそんなに育たないことだと思う。

さて、どうしたものか。何から取り組むか。東京から発信したものじゃなく、地方から仕掛けをしていく。中央や都会じゃなかなか味わえない地方発のものや情報を提供していくことから始める。特に農林水産、生活必需品等、こういった地方の素材をまず地方出身者に提供していく事から始めよう。そういったビジネスモデルを確立する事で、技術力も人材も大きく伸びていくと思う。変革の時代っていうのは、ものだけじゃなく、そのサービスやプロモーション、ビジネスモデルっていうもの全体をイノベーションしていかないといけない。中央からのいつも提供されるんじゃなく、地方から提供してもいいんじゃないかと思う。

僕は思う。「生活の豊かさを求めるよりも、人生の豊かさを求めたい。」 きっと中央や都会に出て行った人たちは、今の生活に疑問を持っている人も少なからずいるんじゃないかと。

2007.11.1



愚行移山

今週は3つの懇親会があり、ちょっと疲れ気味。家での食事もなかなか一緒にできないが、それでも朝食はいつも家族一緒に食べられるので有難い。全国各地を飛び回っていた時なんてほとんど家にいなかったから、今の生活に感謝しなければと思う。

秋は本当に行事が多いこと。休みに何かしらのイベントが入っている。今日から添田岩石城まつりがあり、幼稚園お誕生日会、子どものピアノレッスンやクラブ活動の送り迎え等々・・・後援会活動も滞っていて、後援会報のようなものも作成しなければ。タックラベルで宛名打ち出し、封筒詰め、発送作業と休日にしかできないからしかたがない。テレビと同様にインタネットが当たり前のように家庭にあればいいが、まだまだ田川での普及率はそんなにない。ホームページやブログを見られていない支持者の方にも活動報告を紙ベースでお渡ししよう。でも、結構僕のブログを見てくれる人も多い。アクセス数もかなり増えてきているのも、正直うれしい。

継続は力なり。これからもこのブログ(夢から始まる)続けていこうと思う。選挙があるからというよりも、いつか子どもたちが僕と同じくらいの年齢になった時、父やお母さんはこんな事をやっていた。こんな考えを持っていた。壁に当たった時、こうやって乗り越えてきた。「へぇ〜なかなか親父もやるやないか」って感じてくれればそれでいい。「愚行移山」〜僕の父が言っていたが努力の積み重ね、代々かかってもやらなければならない事がある。言葉だって一代じゃ絶対にできない。

2007.10.20



風林火山を見ていて

NHK大河ドラマ「風林火山」を見ながら、戦国時代甲斐の武田信玄に仕えた山本勘助の主君に対する接し方を学ぶことができる。主君である武田信玄の性格をよく知っている。主君は気が短く、忙しい。だから、用を命じられるとすぐに結論から報告する事が大事である。しかも、簡潔に。成功した時は決して得意になって自慢めいた話などしない。というのも、その時は褒められるが、後でさげすまれ、まわりからも嫉妬されるだけで、何の得にもならない。武田家だけじゃなく、長尾家(上杉家)も今川家も軍師が優れている様子が大河ドラマをみていてよくわかる。主君あっての軍師であり、その軍師の長所短所もよく理解して使いこなすからこそ、名君と言われるんだろうと思う。

山本勘助という名将を活用した武田信玄もまた名君である。よく、部下は上司のことは3日あれば知る。上司は部下を知るのに3年かかるといわれるくらい、部下のことをよく知らないのが現状なんだと思う。でも、それじゃなかなか統率できない。もっと、コミュニケーションを図らないといけない。部下の実力を知っていれば、行動を起こしてからは迷うことがなく、戦っても苦境に陥ることはない、とは孫子の兵法の「兵を知る者は、動いて迷わず、挙げて窮せず」 言葉の中にもある。

2007.10.14



それって、こころざし?こころがけ?

福智町の人たちとの街づくり話し合いやライオンズクラブ例会、NPOの方との意見交換等々、地域活性化や地域づくりを仕事の中でどう活かせるか、地域の人たちと楽しくお会いできている。ローカルでの議論だけじゃなく、行政の在り方から地方分権社会への実現、仕事もグローバルな視野で展開できるので、本当に楽しく元気にポジティブに取り組めている今に感謝している。好きな(活動的な)仕事ができ、、好きな(やりがいのある)趣味を持て、好きな(同じ志の)人たちと会って好きな酒を飲み、好きな家族と一緒に過ごせる。

だから僕は、何事にも「好きで」やっている人にたくさん会いたいと思う。しかたなく仕事に取り組んでいたり、趣味もなく、愚痴ばかりこぼしている人ってあまり魅力を感じない。毎日の生活の中での目標も大事、でも一生のこころざしを持つ事が何より大切だと思う。人生には価値があり、かつ生きる事は楽しい。上司から言われたから、こんな目標を持ちました、では大きな理想、大きなロマンは感じられない。それは、「こころざし」と言うよりも「こころがけ」って言うんじゃないかと思う。

大きな夢とロマンと情熱で底力を発揮したい。

2007.9.22



僕はビー玉になる。

子どもがラムネを飲む。ラムネの中にある球を「A玉、A玉」と言って、飲みほした後に取り出す。子どもの頃、ビー玉で天国と地獄とか、ケンケンしながらビー玉を弾き飛ばした遊びを思い出す。ラムネの規格にあったものをA玉(A級品)と言い、規格外のデコボコしたものをB玉(B級品)と呼んだ事から、ビー玉が普及した。子どもたちに数年前にその話をしたのだけど、4才になる末っ子は上の姉兄から聞いたのか、エー玉、エー玉と言って遊んでいる。すごいなぁと思った。

大事なのは、ラムネの規格外になったビー玉の方が一般的になっている事。まさに敗者復活である。今日天神の�衒_�CSKでRubyビジネスコモンズのブレストを行なった。FONというスペインで爆発的に普及しているルーターを天神に数千台配布して面白い活用方法を考えていた。数年前から構想を練っている街ごとBB(ブロードバンド)である。これを行政じゃなく民間主導でやることがすごい。行政は後からついてきてね、である。

これまでの既成概念やマニュアル通り規格通りじゃないところが、大好きである。ラムネの規格から外れたビー玉根性で福岡の街を活性化しようとするんであります。

2007.8.17



本当の事は一度しか言わない?!

子どもの会話から、ハッと気づく事もある。下の子ども二人が口喧嘩をしていた。ずっと聞いていたら、最後に4才の子どもが「お兄ちゃん、もう××言わないで下さい」と言った後、お兄ちゃんの方は、「はい、はい、もう言いません」と言っていた。「はい、は一回でいい!」 そんな会話を聞きながら、クスッと笑ってしまう。 本当の事は一度しか言わない、と誰かが言っていたが、子供の世界でもその通りの会話が成立しているから面白い。

そう言えばお酒のCMでも何かあったなぁ。深夜、帰宅する夫。台所のテーブルに座り、家計簿をつけている妻に、声をかける。「何だ、まだ起きてたのか」「ずいぶん遅かったですね」 妻の問いに、夫は流しでコップに水をくみながら、背を向けたまま答える。「……接待、接待」。

ソファに座って、テレビを見ている彼女。 トイレに行っていた彼氏が、部屋に戻って来る。
「トイレの便座が上がってたけど…何で?」 彼女、テレビに視線を向けたまま。「……弟、弟」

女「ねぇ、私彼女だよね」 男「……彼女、彼女」。

なかなか本質をついている。

2007.7.8



ミス日本は?

自民党費の払込票が来ていたので振込みをする。自民党県連に添田町に住所変更届けをしていたので少し遅くなった。そう言えば県議選挙期間中、ある町で「神崎さんは共産党でしょう」という噂があったのには驚いた。自民党公認の日野さん、社民党公認が富原さん、だから神崎さんは?という事らしい。それ以降、党員証を携帯するようにした。

昨日TVタックルを見ながら思った事は、年金問題が間違いなく参議院議員選挙の焦点になる。テレビを見ていると関心や取り組みの仕方が国民との認識にかなり開きがあるように思ってならない。政治資金や憲法、教育なんかも根幹をなすものだけど、あまりにも年金は自分たちの生活そのものに関わっているから、今回の件は不信感・不満を通り越して不安に陥れていると思う。ただ、参議院議員の任期は6年間なので、6年間影響する事も有権者は忘れてはならないとも思った。

先日の有田先生の講演で、子どもに質問をした。「ミスユニバースは森理世さんですね。みなさんは、ミス日本は誰か知っていますか?」 「ミス日本は社会保険庁です。」 こんなユーモアがわかる子どもを育てないといけないと言っていた。身近な問題を教育で実践していく吉田松陰を思い出した。

2007.6.26



有田和正先生公開授業

今日も筑豊地域を廻っていた。途中福智町市場小学校で授業研究があると聞いていたので参加させてもらった。久しぶりの研究発表。ちょうど有田和正先生の公開授業を見る事ができた。子供たちの様子も見ていたが、だんだん子供たちが授業に引き込まれていっているのがよくわかった。本当に凄いスーパー先生がいるんだなぁと思う。それに17年も続いている事が素晴らしい。よく言われる子どもは学級の力で育つ、そして学級をつくるのは授業だという事を身を持って答えてくれる。久しぶりに原点に帰ったような気がした。

もらった資料や本を読んでいると「追求し続ける子どもの育て方」の中に、ある子供のエピソードが書かれていた。その子供が6年生の時に「一寸法師」の単元を開発して、授業公開の研究会を行った。その時にある子供が「一寸法師がのぼった川は何と言う川ですか」と質問したそうで、みんなで地図を開いて「淀川ではないか」「いや鴨川ではないか」とか「流れがあるのにお椀の船などで川をのぼることができたのか」等の意見を述べ合っていた。その時、その子供が、「僕の考えはみんなと少し違う。ここでいう『川』は、本当の川ではないのだ。一寸法師がのぼった川というのは『時流』つまり『時の流れ』なのだ。一寸法師は『時の流れ』に乗ったからこそ出世することができたのだ。だから現実の地図帳を探すなんてナンセンスだ」と書かれている。また、この子どもは一番最初には発言しない。みんなの意見をずっと聞いていて、最後に手をあげる。これがまた効く。

恐るべし、この小学6年生と思う。子どもの力を引き出すこと。まさに追求し続けると、とんでもない力がつくんだと改めて感じた今日の研究発表であった。

2007.6.22



人生を面白く・・・

今日は福岡のIT企業の社長を呼んで、田川の面白いビジネス展開を図っている優良企業のトップと懇談(飲み会)した。帰宅して妻と一緒に話そうと思い起こそうとしたが、既に午前様で熟睡している。残念!でも、だんだんビジネスの感覚が戻ってきた。事業計画について、業務改善について、経営戦略・IT戦略について等々、話をしていくうちに構想が湧いてくる。やはり人とのコミュニケーションの中で感覚が戻ってくるようだ。やはりビジネスの話は面白い。いい企業が田川にはたくさんあるから、もっといろんな意味でマネジメントをしっかりやれば、すごい成長するのになぁと思ったりする。

神崎妻にいろいろ話したいが、もう寝ているのでそっとしておこう。何を考えているのやら。きっと神崎妻も口には出さないが、「一体この先どういう人生を送るんやろうか?」と心配しているんだと思う。次から次へと予想もできなかった事を体験し、これから先も見通した人生があるわけじゃないから、悪く言えば不安。よく言えば「ワクワク、ドキドキ」といったところか。

”大丈夫 共働きの 君がいる”

本当に!だから、僕は伸び伸びとやりたい事ができるんだと思う。感謝、感謝。      偶然の出会いから結婚し、子供にも恵まれ、ぶつかり合うこともあるが、二人で一緒に乗り越えてきた。苦しい事もあったが、楽しい事もたくさんある。これからどんな人生になっていくかわからないが、基本的には、前向きにポジティブにプラス思考でやっていこう。地域社会に貢献する。人の役立つ仕事をする。という自分なりの理念なりビジョンを持っている。その中で自分なりの役割を担っていけば良い。人生っていうのは面白い。

寝顔を見ながら、あ〜僕と一緒にならなかったらもっと普通の人生を送っていたのになぁと思いつつ、でも、もっと予期せぬ面白い「ワクワク、ドキドキ」するような人生を共に送りたいと思っているよ。(酔っ払いの戯言)

2007.6.8



信頼なくして仕事はなし

6月に入った。5月31日は妻の誕生日であり、昨日は1日遅れだったが家族で誕生日会をする。みんなでホタル狩りにも出かけ、何ともほのぼのする時間が流れる。こんな生活があった事すら忘れていたと妻が言う。やはりオフの充実があればこそ、オンの活力が生まれると思う。まだまだ子供たちも幼く、家族で充実した時間と空間が必要だと強く思った。

ここ一週間、仕事(ビジネス)の下地をつくるためにいろいろ企業廻りや元同僚に挨拶や現況を聞いてまわった。やはり現場の実践力が何より大事で、課題も見えてくるし自分自身のミッションも高めていける。選挙と一緒で会って話す事が大切。信頼関係なくして良い仕事はできない。限られた時間の中で精一杯がんばろうと思う。

政治や経済も何となくおかしくなってきているようにも思える。本当にいろんな事が世の中起こっている。「政治とカネ」「中国農産物や環境問題」「社会保険庁の年金問題」・・・どれもこれも政治問題である。それでも国民や生活者にとって一番大きな関心事は年金問題じゃないかなぁと思う。これは大きな問題だし、本当におかしいよなぁ。疑心暗鬼になるし、信用が大きく揺らぐよなぁ。国民に対しての信頼をどう取り戻すのか。やはり急場しのぎじゃなくて、時間をかけて信頼を取り戻す議論や取り組みが必要じゃないかしらと思う。個人も企業も不祥事をした場合同じであって、だからこそ国民生活に一番直結している問題は、納得のいくプロセスが何より大事だと思う。

2007.6.2



「立志」「挑戦」「創造」

3月27日(火曜日)、3日後には告示日となる。選挙活動としての一年半、長くもあり短くもあり。振り返ると「立志」「挑戦」「創造」であった。夢と情熱とロマンを持って、地域社会に貢献したいという思いで、エネルギッシュに一生懸命にお願いしてきた。最後まで力強く戦っていこう。時代は大きく変わってきている。石炭からセメントへ、黒から白へと華麗なる変身を遂げた筑豊ではあるが、次世代の産業を構築していくビジョンを持たないといけないと痛切に感じる。それはすべて人材育成であり、黒ダイヤから白ダイヤへとそして人ダイヤへとつないでいかないといけない。20世紀型の産業から21世紀型産業へと切り開き、新しい需要と雇用を創り出さなければならない。産業とは潜在的な思いが顕在化した時に花開く。今提供されていないけど、みんなが心の中で望んでいるサービスや商品を作り出すと新しい需要が生まれてくる。田川に新産業を創っていきたい。若い人たちが魅力を持ち、別に東京や都会じゃなくても地方できちんとした仕事や事業が行えるようにしていきたい。デジタルとアナログを融合する産業を創出する政策をどんどん提言したい。官と民が融合しあう街づくり、地域づくりに取り組んでいきたい。具体的には、文書管理センター構想であり、行政のワンストップサービスから民間企業を窓口としたノンストップサービスへと住民サービスを向上させていきたい。そうする事によって、民間に地方に新しい産業や雇用が生まれてくる。まだ誰も、どこの地域も取り組んでいないからこそ、チャレンジしたい。これまで麻生グループ・麻生情報システムのバックボーンで、新規事業や先進的モデル事業、地域づくり、新産業創出、そのための人材育成に、がんがん取り組んできた。失敗もあったが大きな成果も出してきた。今度は田川の番であります。21世紀に相応しい地域、産業を多くの方と一緒に創っていくために、こうざき聡はがんばります。

ブログも29日まで。なかなかパソコンと向き合う時間もなくなり・・・とにかく今はただ頑張る(願張る)しかない。

2007.3.27



理想と思想

数々の応援メッセージ本当にありがとうございます。私にとってこれまでお付き合いして頂いた方々は本当にお金にかえられない財産です。これからも末永いおつきあいをしていきたいと思っています。夢を語り、仕事や地域活動を通じて大いに社会貢献されている皆さんと一緒に自分の人生をもっと謳歌していきたいと思っています。

理想とする生き方なり地域づくり、社会に貢献していきたいという思いをいかに具体的な取り組みとして実現していくか、今問われているのはこの具現策じゃないかと思う。例えば「平和を願う」という事については、みんなが願っている事だと思う。この事は理想である。でも、戦争反対という事で平和を求めている人とか、自国を守ろうとして自衛力を強化して平和を守ろうとする人、いろいろな考えがあるが、要は理想とする目的を達成するための考え方が違う。これが思想という事か。だからこの選挙も、思想というか政策というか方法が、どうなのかを問う選挙だと思う。

みんな田川を良くしたいという思いは間違いなく同じだと思う。でも、路線が違っているだと思う。一点に絞ると、僕はこれからの若い人たちが働く場だと思っている。ここから田川を活性化できると思う。そのために人材を育成する事。第一線となって、次の世代を担っていく人材育成に取り組んでいきたいと思っている。他候補の方々の具体的な方法を聞いてみたい。田川の課題はみんな理解している通りであり、本当に具体的な解決方法を提示しないと有権者もわからないじゃないかと思う。そういった機会はないもんでしょうか?

2007.2.17



笑いのある暮らし

今年も残すところ、あと1日となった。今日も一軒一軒廻っている。明日も午前中まで挨拶廻りをする予定になっていて、明けて2日からもずっと予定が入っている。足もパンパンに張っていて、選挙って言うのは山登りするようなものかもしれない。一歩一歩、自分の足で歩んでいく以外方法はないと思う。

「山を登るのは努力の一歩、選挙で歩くのも努力の一歩」

さぁ明日は大晦日、一年の締めくくりであるが、今日は家族と友人の家族で家で9ヶ月ぶりぐらいに一緒に飲んだ。月に一度は一緒に旅行なんかも行っていたのに、本当に久しぶりだった。仕事に子どもの事に課題も多く、でも楽しく面白く、よく話をした。選挙の話を抜きに楽しい一時を過ごす事ができ、妻も大変ご機嫌で良かった。そこで一句。

’雪はちらちら降る大晦日、家族揃って飲む暖かさ’

家族揃って過ごす生活は本当に心地がよい。疲れも不安もいっぺんに吹き飛んでしまう。そこには笑顔があるからだと思う。子供たちの屈託ない笑顔は温かさがあり、何よりも旺盛な生命力を感じる。「笑うかどには福来る」

実は、家庭も地域も同じで、ドロドロとしたギスギスとした環境よりも、「笑いのある」地域づくりが何より大事。バカ笑い、豪傑笑い、照れ笑い、高笑い、ニタニタ笑い、思い出し笑い、何でも良い。笑いは人間の感情の中で最も社会性の強い感情だから、笑いのある暮らしや社会が何より大事だと思ったりする。  

2006.12.30



日本は「恥」の文化

実にいろいろな人たちと出会い、その中で自分の知らない世界の多いことに気づいた。生活実態のこと。仕事のこと。様々な分野の政策。人間関係や田川の政局について・・・知らないから恥ずかしい思いもする。だから、何とかわからない事を知るために、自分を向上させたり努力しないといけない。「無知の知」という言葉があるが、知らないからこそ知ろうとし、新たな知識や知恵を習得する。

ヨーロッパやアメリカなんかは「罪」の文化であると言われるが、それに対して日本の場合は「恥」の文化の国かもしれない。自分のことを振り返って、改善していこうとする意思をもっている人は、まだまだ見込みのある人間だと常に自分に言い聞かせている。一度失敗して恥ずかしい思いをしたことは、なかなか忘れないものである。人生とは何となく、その繰り返しのような気もする。生きている限り・・・

例え話にならないが、ミミズが通る通路に電気の通った電線を仕掛けておく。ミミズがそれにふれるとそれ以降、2度とミミズはその経路は通らない。ミミズだって学習するから、人間だって当たり前の事だと思うが、一つどうしても学習しない事がある。お酒を飲むと次の日に二日酔いになることがわかっているのに、ついつい飲みすぎを繰り返してしまう。ミミズでさえ学習するのに、お酒が入るとミミズ以下になってしまうっていう事か?!飲み会続き。肝に銘じておかなければ・・・

2006.12.14



緊急性と重要性

限られた時間の中で、最大限の効果を出さないといけないから優先順位は何なのか、今どれから手をつけなければならないか判断しないといけない。こういったブログやネット戦略も大事だと思うが、それ以上に一人でも多くの人と接し、一人一人の横の広がりになっていかないと、と思っている。従って、本当だったらもう少しホームページも更新し、写真や動画なんかを取り入れたらと思ったりするが、何せ要員もいない中での事務作業、なかなか時間的、コスト的な面で後回しになってしまう。それでも、やれる事は何でも取り組んでいこう。24時間みんな平等に与えられているから。

どの仕事を優先すべきかについて自分なりの原則を持っていれば、作業と時間をコントロールできると思う。息の長い取り組みだけに、モチベーションを高め持ち続けて行く事が何より大事。時間に追われ、なかなか思った以上に成果があがらない事がよくある。これは、急ぎの仕事と重要な仕事を混同している場合におこる。緊急性のある仕事と重要な仕事はまったく違う。振り返ると、どうも急ぎの用件や手のつけやすい作業から取り組んでいる事に気づいた。重要性と緊急性のマトリックスを作り、これからは目標と自らの価値観が一体となる取り組みをしていこう。ちょっと立ち止まる事も大切だと思う。時間投下と優先順位、企業に勤めた時は、当たり前のように考えていた事が、できていない自分に気づいた。

2006.11.21



決意と決断

ゼロからの出発であるので、実に様々な事を決断して実行に移していかないといけない。決断というのは、過去のデータによって確実に選択していくものではなくて、あくまでも将来を対象にした意思決定じゃないかと思う。今までいろいろな立場や役割の中で意思決定してきたが、5割の成功率と5割の失敗率、辛くて地道な仕事とパッとひらめく感、もうここら辺でという妥協ととことん追求しようという欲望、年配の持つ経験や知恵と若者の持つ情熱やエネルギーとの間での葛藤、等々決断には絶対に確実だということはないと思う。

決断をする時、もう一つ基準みたいなものがあったようにも思う。自分が何をしたいか?というよりも、この場でどのようなニーズを満たすべきなのか、何に対して貢献することが要求されるのか。決意と決断は違うと言われる。「意を決する」ことと「断つことを決める」こととの違いである。決断は自分の職業を断ち、退路を断つという事であり、政治の世界に入っていこうとする自分は、そういうものをすべて断ち切って可能性にかけていく。

2006.11.17



水槽の中のカマス

11月に入り下期も一ヶ月過ぎた。もう会社人間じゃないのに、どうしても決算が頭をよぎる。上期の反省を踏まえ、下期の巻き返しに頑張らねばといつも思っていた。やはり経営者は結果がすべてだから、あらゆる手立てを講じてきちんとした成果を出さなければならない。気が休まることはないが、それだけにやりがいも大いにある。たった一度の人生だから、世のため、人のために努力しないといけない。

会社在籍中にこんな話をした事がある。水槽にカマスという魚を入れて、餌になる小魚を一緒に入れる。ただし、水槽の真ん中には透明のガラスで仕切らせておく。カマスは何度も小魚を食べようと近づくが、ガラスにぶつかって痛い目にあう。やがて、カマスはあきらめて動かない。そこで、ガラスの仕切りを取って小魚を自由に泳がせるが、カマスの近くを泳いでも、カマスは痛い目にあっているので食べようとしない。

さぁ、そこで皆さんに質問です。カマスが状況の変化に気づいて小魚を食べるようにするにはどんな手を打ったらいいですか?

2006.11.2



新しいカマスを入れる

カマスの話は例え話でよく出てくるので知っている方もおられると思うが、水槽の中に新しいカマスを入れるとわかりやすい。新しいカマスは痛い目にあっていないので、自由に泳ぎ小魚を食べ始め、その様子を見て前からのカマスも状況の変化に気づき、動き始める。

新しい人材を投入したり、新しい技術やノウハウを注入することで組織は活性化できるんじゃないでしょうか?地域もそうだけど組織っていうのは、何となく暗黙の内にこれが当たり前なんだと凝り固まっているところにある。「今までこうだったから」とか、「自分の会社ではこうはやらない」とか薄々間違っていると感じているのに変われないところにあるんじゃないかと思う。組織が硬直化し、様々なしがらみから解き放ち、活性化させるには、「いままでこうだったから」という論法が通じない新しいカマスを投入するやり方も一つだと思う。

2006.11.3



絶体絶命のピンチが、千載一遇のチャンス

チャンスは誰にでも訪れるが、千載一遇のチャンスとなると一生のうちで、そう何回もないと思う。でも、千載一遇のチャンスっていうのは、同時に絶体絶命のピンチの時で、チャンスとピンチは表裏一体じゃないかと、ふと思ったりする。あの松下幸之助や本田宗一郎の名経営者たちは、成功する前の段階では、絶体絶命の状態であり、危機一髪のピンチを体験してきている。そして、それを乗り越え、活路を開いてきた事は有名である。どんな人も、順風満帆の人生を送っている、なんて事はない。今はただ、勇気と希望を持って大きな壁を乗り越えていこう。

歴史上の人物をみても、桶狭間の戦いの織田信長、中国大返しの豊臣秀吉、関が原の戦い徳川家康、どれをとっても危機一髪のピンチを経験して飛躍、成功している。今、本当に支援して下さる方々や応援して頂ける方々に支えられ、一生懸命に努力している。が、人生の大ピンチに遭遇している気持ちでもある。でも、これが千載一遇のチャンスと思い、たとえ四面楚歌、孤立無援の状態にあったとしても、決して諦めない。希望を持ち続けようと思う。夜明け前が一番暗いと言われるように、人生で一番苦しいと思う時こそ、成長や飛躍、成功の寸前にいるという歴史があるから。

この体験をしっかりと、子供たちが大きく育った時に伝えよう。また、この地域で生活し、仕事に一生懸命に取り組んでいる人たちにも伝えよう。新しい事業に取り組み、試行錯誤しながら前向きにチャレンジしている人に伝えよう。そして、知恵やアイデアを出し合い、行動することで必ず難局は乗り切れる事を忘れてはいけない。

2006.10.18



人罪・人材・人財

企業で言えば4−9月の上期決算である。どうしても下期に受注確定物件が集中している企業は、上期決算は厳しい数字にどうしてもなる。ただ、経営者は、完成基準ではなく進行基準で状態をチェックしておくことが大事で、これは経営改善の一つの要素だと思う。コストとの兼ね合いもあるが、進行基準を把握しておくと、今の進捗状況に対して、どのくらい費用がかかっているのか、あとどのくらいコストをかけられるのか、それによってきちんとした管理体制が充実し、結果収益力の向上が期待できる。

特に、人の原価管理はとても繁雑だが、しっかりとした原価管理をしておかないとプロジェクトが吹き飛んでしまう。そういった意味でプロジェクトマネージメントの役割は極めて高く、かつ重大な責務を担っている。でも今、どの業界もそこを担う人材が不足しているのが実態だと思う。一人一人の能力やスキルを分析し、個別の進捗を管理、ユーザーや外注先との意思疎通、コミュニケーション能力、そういったリーダシップとマネジメントを兼ね備えておかないと一つのプロジェクトは成功しない。すべては人材育成。これからの企業や地域の発展は、ひとえに人材の育成にかかっている。じんざいには、人罪・人材・人財があるとよく言われる。たゆまない努力によって、どんな人も人財になれることを僕は知っている。

2006.10.1



炉辺談話「老防人の独り言」

28日夕方から川崎町大ヶ原のラピュタで、全日空空輸、川崎重工業顧問で元航空幕僚長の鈴木昭雄氏の講演会&懇親会に出席する。自衛隊の歴史から憲法問題まで、一時間半の講演は、日頃そんな講演を聞いた事がなかったので興味深く聞き入った。安部総理も憲法改正や自主憲法制定の問題に取り組もうとしている。単純に思うのは、日本国憲法を読むとどうもわかりづらいと思う。中学生からその条文が出てくると思うが、中学生でもわかる内容・言葉にならないものか?と率直に思う。また、講演の中でメモを取っていたが、その中で、「人は人格、憲法は国の品格である。」という言葉が妙に印象に残った。それと、憲法は平時よりも国家的危機時に発揮されなければならない、と言うもの、世界平和を願いつつも絶えずどこかの国々で緊張状態にある現実をみると、納得するものがある。

日本は資源がないから、海外から資源を輸入し、加工・製品を作り出し、輸出するというビジネスモデルであるから、世界が平和じゃないと困る。だから、世界平和に貢献できる憲法が今の時代求められているんじゃないかと思う。戦争反対と唱えると世界中の緊張はなくならないかと言えば、そうな甘いものじゃない。日本は危機的状態の時に頼りになる国かどうかを世界からはみられているんじゃないかと思った。

2006.9.28



便利は不便

台風も各地で相当な被害をもたらした。家も町も木の枝が折れていたり、カーブミラーが折れていたりしている。自然の脅威にはなすすべもない。自宅はオール電化にしているけど、停電になるとお風呂も沸かないし、トイレの水も流れない。便利なはずの生活が、一転して不便になる。ドラマ「北の国」の中に、冬に大雪で電気が使えず、近代的につくった牛舎に暖房が入らなかった事を思い出す。利便性や効率性を追求した結果、何か事があったときに、不便に感じることが多々あるように思う。リモコンが無くなり探している時。携帯電話に番号を登録しているため、携帯を忘れた時に相手番号がわからない。車のナビゲーションに振り回される。立場や環境が変わっても、今まで便利だと思っていた事が、人によっては不便に感じることもあると思う。

都会の人は田舎は不便だと感じることが多くあると思うが、だからそこに不便さを知って感動することもある。都会との差別化、地方にしか体験できない居住空間。もしかすると、いつもの生活と違う不便さを求めている人もいるんじゃないかと思った。それにしても、自然の猛威は凄まじい。

2006.9.18



結婚披露宴で思う

会社に在籍中は比較的若い社員が多かったので、結婚式が結構あった。でも、今では格段にお葬式に参列する機会が多くなった。今日は、結婚披露宴に招かれ午後から小倉に行って先程帰宅した。盛大な結婚式だった。まだ新郎新婦の親の気持ちはわからないが、僕らが結婚したときは双方の両親ともホッと安心したんだろうなぁと思う。当時、弓削田の福寿会館だったが、300人を超える方を招待させて頂き、またご媒酌も麻生太郎先生ご夫妻が快く引き受けて頂き、その時の皆さんのご恩は忘れることはないと夫婦でそう思っている。

よく価値観が同じ人と一緒になりたいと言われる方がいるが、違った環境で育つから、なかなか価値観が同じ人なんていないと思う。価値観っていうのは二人で築いていくものだと感じる。いつだったか結婚式で夫婦の絆についてスピーチしている方がおられた。20代の夫婦は「愛情」である。30代の夫婦は「希望」、40代は「忍耐」、50代は「諦め」、60代は「感謝」、70代は「いたわり」、そして80代の夫婦は「墓参り」って言っていた。なかなか的を得ているなと思いながら、メモをしていた。

そう言えば、改めて妻の顔を見ると、何となくしぐさや表情、顔つきが自分と似てきた様な気がする。本当に不思議な現象である。

2006.9.9



アリとキリギリス

選挙に終わりというものはない。「もう十分にやった、明日は日曜日だ。」と言える日はないんだなぁとしみじみ思う。夏の暑い中、毎日懸命に歩いた。帰宅すると、犬の餌の周りでアリがせっせと餌を運んでいる。イソップの「アリとキリギリス」を思い出す。日本では、親切なアリが、キリギリスに食べ物を分けてやりました。でハッピーエンドになっているが、原作ではアリはキリギリスが飢えて死ぬのを待って、その死体を全部食べました。と話になっている。欧米の社会では、幼い頃から生存競争の厳しさを教えているのかと思う。陸続きで国境を接し、常に戦乱に明け暮れた、歴史と風土がそうさせたのかもしれない。

そう言えば、おとぎ話の結末も本来のものと変えられていると何かの本にあったのを記憶する。桃太郎は鬼が島に鬼をみな殺しにして財宝を奪って凱旋する。それを鬼が謝ってお詫びに宝物を差し出すという結末に変える。かちかち山は、人を殺した、たぬきをうさぎが火刑や水刑で残忍なまでに復讐する。これをたぬきが、もう悪いことはしませんと謝り、うさぎが許して仲良く暮らしたという結末に変える。

「めでたし、めでたし」にした方が、思いやりのある子や優しい子に育つと考え、変わってしまったのか、よくわからないが、おとぎ話の原作の本来のねらいは何なのか、一度ゆっくりした時に誰かに聞いてみよう。

2006.9.5



上杉鷹山で語らう

先日、知人が東北出張で米沢に立ち寄った話をしてくれた。「上杉鷹山」、米沢藩の藩政改革を成し遂げた事で有名であるが、関が原の戦いで破れ、徳川幕府によって会津120万石から30万石に所領を削られ、米沢へ移封された。その後、何かの不手際で15万石に減らされが、上杉家は家臣団を減らすことなく、格式も落とさなかったので、窮地に追い込まれた。8代藩主の頃になると既に自己破産に近い状態。その後を上杉鷹山が家督が譲り受けた。その時には米沢藩の総収入の9割近くは給与だったから、どうしようもなかったという。

一口に言って上杉鷹山の藩政改革・財政再建は、12項目からなる大倹約令と大胆な殖産興行を行なったこと。また、他藩から職人を招き特産品作りの先行投資を行なった。そして何よりも人材育成に力を入れる。また鷹山は、3助の精神(自助・互助・扶助)を基本政策として、弱者救済を実現する社会を理想としていた。領民や家臣に我慢を強いるには、その先に希望の光が見えなければならない。鷹山の経営理念と将来のビジョンが、改革を成功させた原動力となった事は歴史が物語っている。

もう一度、知人とお酒を飲み交わしながら上杉鷹山の改革について話してみよう。この知人は、実際にその地まで行って、地元の人たちに溶け込んで語らうところが凄いと思う。本を読んで米沢に行く気になったのか?それとも、たまたま行く機会があり、後で本を読んだのか?本当のところはわからないが・・・

2006.9.2



いい子、いい社員が本当にいいの?

世間では、大人のいいなりになる子、大人の考え方の枠から飛躍しようとしない子が「いい子」であり、自分の意思を堂々と主張したり、個性的な考え方や行動をする子を「悪い子」というレッテルをはりがちであるように思う。親の期待通りに勉強して、先生の言う通りに進学して、親が喜ぶ会社に入って、会社では上司の言う通り。でも、みんなが言う通り、期待する通りにやってきた結果、人生の方向を見失っている人も多くいるように思える。今自分たちの30代40代の世代が、リストラや倒産、負け組みの淘汰といった激変する企業環境にほんろうされ、不安に駆られ自信喪失状態になっている人も見受けられる。どうしてこれから日本を背負って立つ僕ら世代までが、そんな風になってしまったのか。今まで通りでいいんですか? これからの時代、自分たちで活路を見い出し創造していかないといけないんじゃないですか? いい子、いい社員で本当にいいのですか?子供は、いつの時期に手がかかるかが違うだけで、どこ子もみんな手がかかる。親の思い通りにはなかなか成長しない。でも、人間が成長するためには、必要な欠点もあると思う。世間で言う「わるい子」は個性にあふれ、可能性に満ちた本当の意味での「いい子」かもしれない。

2006.8.26



不自由さを知って自由の有難さがわかる。

親の脛をかじっている時も我慢しなければならない事が多い。早く社会人になり自分で自立できるようにと思っていても、今度は組織の中にいるとどうしても好き勝手な”自由”は許されない。今は組織もなく、自分で決心して選んだ道であり自由業のようなものだから、さぞ自由な生活をしているんじゃないかと言えば、休日もなければ遊ぶ自由もない。政治っていうのは何とも不自由な職業だと痛感する。時間にもお金にも終始、”不自由”しているのが現実であり、病気になる自由さえもないのだから、元気でいるしかない。

でも、この不自由さを知って初めて自由の有難さがわかり、お金や時間の大切さもわかる。子供たちにも何でも与えて、何不自由なく育てていくことが良いことなのか?物があるのが当たり前から、なかったら無いなりに工夫して知恵を出す事の方が子供にとって大事なのではないかと思う。

3年前、長女が小学校4年生の時に屋久島に1年間山村留学をした。親元を離れて知らない土地で生活した。今まで経験した事のない不自由さも味わったと思う。でも大きく成長したようにも思えた。ちょうど10才は親離れ子離れの時かもしれない。次の番は長男だ。本人は自覚しているのか?していないのか?

2006.8.24



「逆境こそチャンス」

一昨日から台風圏だったので活動は休止、久しぶりの休養となった。昨日から妻ともゆっくり話をする時間ができた。僕も人間だから迷ったり、苦しんだり、途方に暮れたりすることもあるくさ。それでも、いろいろ話の角度や切り口を変えて話し込む。

これまでの活動、そして今後の活動を考えると、なかなか理想と現実のギャップを埋めていくのは難しい。会社だってそうだったように経営理念や方針、それに基づく新しい戦略・戦術を打ち出しても、現実の経営は理想通りにいかないことがほとんど。だからすぐに、「時期尚早だ」「行き過ぎだ」「これを続けるのは無謀だ」等々、強い批判や抵抗が起こり、自信をなくしたり、最初の方針をトーンダウンしたりすることがある。が、これは大きな間違いだという事に気づく。

一旦方向を決めたら迷ったらダメだと思う。取り越し苦労から最初の志を変えてしまったら、新しい仕事なんてできないと思う。最終的に会話の結論はここにたどり着いた。  「逆境こそチャンス」 なかなか神崎妻は僕の心の中を読んでいる。

2006.8.19



人物は苦労してつくられる

お盆も終わり、少々疲労気味。伯父や祖母も初盆だった。祖母のところは神徒だったのでお神楽があり、夜は遅くまで盆踊りをあった。いろんな家の初盆にお参りさせて頂くと様々な人生があるんだなぁとしみじみ思う。そして、選挙に立つことを決意してもうすぐ一年になろうとしているが、毎日のように妻の父と行動を共にし、こんなにも素晴らしい人が身近にいることに感謝している。妻の父を見ていると、これまでの人生経験、いろいろな壁につきあたり、幾度の修羅場を体験し、本当に大変な苦労を重ねてきている。人情もあり、自分が今日あるのは周囲の人に支えられたお陰だと感謝し、常に謙虚な態度を持ち続ける。決して学校や書物じゃ得られない。苦労は人物をつくるんだなぁと率直に感じる。父だけじゃなく、多くの人たちがこれまで大変なご苦労されてきている。そんな人たちに支えられ、何が何でも恩返しをしないといけないと思った。

妻の父は、何よりも人づくりの大切さを言う。本当にそう思う。学校でのパソコン指導をボランティアではじめたのがきっかけで、今でも多くの先生方と人材育成、人間教育について話をする。

「財を残すよりも人を残せ」   まだ、僕が大学生だった頃、亡き父が飲みながら話してくれた言葉を思い出す。

2006.8.16



ランチェスター戦略

顧客を知り、競合を知る。マーケティング要素としてよくいわれる3C、つまり Customer(顧客) Company(自社) Competitor(競合) を知り、把握するためには定期的な情報収集が必要であり、選挙もまったく企業のマーケティングと一緒だと感じる。ビジネスマンだと「ランチェスターの戦略」を学ぶが、これは弱者が活用すべき戦略であり、ビジネス戦略のバイブルと言われるゆえんでもある。そのランチェスター戦略でも選挙戦で大事な要素は地域戦略であると思う。弱者(自分)の基本戦略は差別化にあり、No1.主義の中では、3つの領域「地域」「得意先」「商品」においてNo1.をつくることが重要であり、その中でも弱者はまず地域のNo1.をつくることが第一優先であるという事を実践を通じて学んできた。

一般的にエリアマーケティング等といわれるランチェスター戦略では、地域でNo1.になるための戦略のことをいい、そして、NO1.の判断基準は、市場占拠率と射程距離による。ランチェスターではどうして地域戦略にこだわるのか。これは筑豊地域で小・中学校の情報教育に取り組んでいた時に、パソコン導入で約9割のシェアーを獲得した時に学んだ。それは、�� 地域戦略が差別化戦略の切り札だから、�� 地域特性を把握することが成否のカギとなるから、�� 地域の重点化で生産性の向上が図れるから

ランチェスター戦略では、相対的な平準化よりも、特別に強いNo1.地域をつくっていくことを目指している。弱者には弱者の戦い方がある。これまで培ってきた経験と実践、全知全能をもって挑んでいこう。

2006.8.3



良い出会いがありますように!

女性の未婚化は福岡県が東京に次いで全国2位らしい。様々な理由があると思うが、結婚すれば家事等で自分の時間がなくなるというのが大きな理由だと言う。確かに親元での快適な生活を考えれば二の足を踏むかもしれないけど、それだけのような気がしない。やはりこの人とだったら一緒に歩んでゆきたいと心から思える縁がなかなかないのが実態じゃないかな?男女人口の不均衡が一因というのもわかる。また、実際は一人ひとりの問題であり、恋愛なんで、良い出会い(縁)が少ないのもわかる。

就職の採用で面接をすると、間違いなく男性よりも女性の方が活発でハキハキと自分の意見をしっかりもっている人が多い。男性が優しくなりすぎたのか、女性がリーダーシップをとっているのか、時代は確実に変わってきている。「汗と涙と根性」の20世紀の時代から「女性とシニアとコミュニティ」の21世紀へと・・・神崎妻には何度も何度もプロポーズをして、背水の陣でアタックした。我ながら涙ぐましい努力をしたから結婚もできた。汗と涙と根性は決して無駄にはならない。

「丸くとも一かどあれや人心  あまりまろきは転びやすきぞ」

2006.8.2



上善は水の如し

「上善は水の如し」

徳のある人はまるで水のようである。水には3つの特性がある。
水はありのままを映し出し、徳のある人の言葉は偽りがない。水は柔らかく、弱く、どこにでも流れていく。人も水のように争わず、下に立つことができて、はじめて「道」に近づくのである。

この言葉がとても大好きだ。水は上から下に、高いところから低いところに、きれいな所からきたない所に流れる。どんな形にも柔軟に対応する。でも、一度勢いがつくと、岩をも突き通す事もできるのも水である。火災で亡くなる人よりも水難で命を落とす人が多い。火は危ないと用心するが、水は無防備になりやすい。今朝の新聞でも水で多くの人命が失われている。油断大敵。日射病、熱中症にならないように水分を充分にとって、さぁ張り切って挨拶に出かけよう。

2006.8.1



先入観や思い込み

孫子の兵法に「正々堂々」とある。正々堂々と戦うべしと、ほとんどの人が間違った解釈をしているが、兵法を読んでみるとそこには「正正の旗をむかうること無かれ、堂堂の陣を撃つこと勿れ」とあって、その趣意は「正正と進撃してくる敵軍に立ちむかったり、堂堂と布陣している敵を攻めたりするのは、いたずらに自軍の兵力を無駄にするだけである。すべからく正面衝突を避け、敵の崩れるのを待って意表を衝くべきである」とある。つまり、孫子の兵法とは、正々堂々と戦うべし、ではなく、正々堂々たる敵とは戦うべからず、という事。従って、新人である自分は下手な小手先の戦略ではなく、一つ一つ正攻法で戦うことが何より大事だと心得ている。

孫子の兵法に限らず、私どもは日頃、先入観や思い込みから、間違って受け取ることが多い。例えば、「ぞうさん」は、仲の良い母子の象を歌ったほほえましい童謡と思われているが、そうではなく、「象の子が鼻が長いと、けなされている歌」なんだけれども、象の子はいじけたりせず、一番好きな母さんの鼻も長いと、いばって答えるのは、子象が象に生まれたことは素晴らしいと思っているからなんだという。

「竹馬の友」の言葉も、ふつうは子供の頃仲良く遊んだ幼友達のことだと、だれしも思っているが、「広辞苑」によれば、幼なじみの「いんこう」と並び称されるのを不満に思った「かんおん」が、彼は幼いころ、私の捨てた竹馬で遊んだものだと、自分の優位を吹聴した故事が転じたものだという。仲の良いどころか、見下した言葉で、まったく逆の意味に使われている。

現職だからとか、○○党だからとかいう先入観や思い込みが人にはあるが、本当に大事なことはその人が、何をしたのか、どういう成果を出してきたのか、また今後どういった目標で、それを達成するためにはどのような手段を用いるのか、私たちは確かな目で評価・検証し、政策を見ていくことがますます必要になってくると思う。

2006.7.30



人権講演会

やっと梅雨が明けたのか、本格的な夏が訪れようとしている。夜添田町のオークホールで妻と落語家の露の新治さんの人権講演会に行った。人権問題を題材にしながら、久しぶりに大声で笑った。初めからどんな面白い落語になるのか笑えることを前提に行っていたので、期待通りで良かった。笑いは健康に良い。そう言うえば何年か前にNEC九州支社販売店会がハウステンボスで開催された時に博多笑い塾というNPO法人があり、Dr.マジックの伊藤実喜先生の講演会があった。これはもう腹を抱えて大いに笑った。笑いで病気を治すという、いや〜本当にすばらしい先生でありマジシャンだったが、これがご縁で福岡県情報サービス産業協会の総会の講師に是非お招きしてもらったらいかがかと理事会で提案させて頂き、福岡県情産協でも講演してもらった。本当に笑えますよ。

印象に残った言葉に「頑張る」を「願生る」と書いた子供の紹介があった。願いに生きる。なんて感性が豊かなのか。子供の想像力なり発想にはいつも驚かされる。また、人間の受精の話も面白かった。何億分の一の確立で自分が生まれるが、3億の精子が卵子をめがけて飛び込んでいく。一番元気の良い、到着の早い精子が受精するかと思っていたが、それはことごとく弾き飛ばされ、たまたま後から遅れてやってきて少し薄くなった箇所からスルっと卵子に入ると言う。だから元気で一番に到達し競争に勝ったのがあなたじゃないんですよ、たまたま遅れたからあなたが生まれたんですよと、また面白おかしく話をしていた。楽しい講演会だった。

2006.7.26



世界一短い感謝状

「こどもたちの世界一短い感謝状」というのがラジオ番組で放送されるらしい。その中にとても涙が出てくる詩があった。

「今はいない弟、賢太郎にありがとう。つらい病気との闘いにがんばった賢太郎の勇気。兄ちゃんは賢太郎の兄で最高に幸せでした。たくさんけんかもしたけど、兄ちゃんはいつも賢太郎が大好きでした。勇気と希望、そして笑顔をありがとう。」

そしてこのお母さんは息子が感謝状を書いている事を知らなかったらしく、驚いたそうで、ちょうど3年半前、弟(当時5才)は突然、小児ガン(脳腫瘍)の告知を受け、闘病6ヶ月の末亡くなったとの事。このことは私達にとりまして、この上ない衝撃であり試練となったが、一番近くで弟を応援し、最後を共に看取った息子が、弟のこと(生き様)を自分の誇りにしていること、そしてそれを今も心に抱いていることを今回知り、父親と共に胸がいっぱいになりました。天国の弟が、誰よりも喜んでいることと思います。

4人の子供の親となり、親が子供を思う気持ち、けんかをしながらも仲良く遊ぶ兄弟、目頭があつくなった。

2006.7.22



土用の丑の日に思う

昨日は7月20日、子供たちも一学期終業式で今日からは夏休み。また昨日から土用入りした。23日が丑の日にあたるが、夏の土用の丑の日にうなぎを食べる習慣が出来たのは、江戸時代に平賀源内が、夏場にウナギが売れないので何とかしてほしいと近所のうなぎ屋に相談されて、「本日土用丑の日」という看板を店先に出し、大繁盛したのがきっかけだと言われる。以後、今日まで続いているが、このように需要を掘り起こし、習慣づけさせることによって大きなビジネスへと展開していける。2月14日のバレンタインデーに女性がチョコレート贈る、男性からもお返しがあっても良いのではないかと3月14日にマシュマロデー(ホワイトデー)を発案したのが、石村萬盛堂の石村善悟社長なのは承知の通りで、記念日やそれを習慣づけしていくと大きな市場を開拓できる。

実は日本の成功しているビジネスモデルは、海外から原材料を調達し日本で加工・商品化して輸出する。資源のない日本は、知恵や工夫で外貨を稼いできた。中国等の台頭によって、今度はこの文化や習慣、あるいは制度・システムを日本なりに加工・習慣づけたものを輸出していければ、もっと海外からも尊敬されるようになりビジネスチャンスも大きく開けるんじゃないかと常々考えていた。

2006.7.21



6つの「り」

社長時代にアサヒ飲料顧問の方に社員研修で講師になってもらい講演した頂いた。その時、6つの「り」という話題を提供してくれた。「いたわり、思いやり、心配り、ゆとり、こだわり、そして誇り」だと言う。酒屋さんを相手で、どうしても酒屋さんの多くは夫婦か店員を含めた少人数での経営がほとんどなので、この6つの「り」の話をする。なるほどなぁ、特に夫婦関係はこの6つの「り」がとても大事だと改めて認識させられた。サービス業に従事しているとお客様との関係が最も重要。また最後の「誇り」は、自分の職業に対してプライドを持っている事が大切だと思う。

どんな人でも、仕方なく強いられてやっている仕事には、プライドを持つことなどできないと思う。それは自分の気持ちが積極的に働いてないから。逆に仕事について自分なりに目標と価値観を持っていれば、プライドを持って仕事に就くことができる。上司から押し付けられたノルマを達成できたとホッとしている人にはプライドは生まれない。多くのお客様に満足していただけるのが嬉しいと自分の仕事に自分で価値をプラスしている人には達成感とプライドが生まれる。是非、今取り組んでいることに「誇り」をもって、一人でも多くの人たちから喜ばれる成果をだしていきたいものだと思う。

2006.7.9



人の心を和やかにしてくれる人

「酒の飲む人 花ならつぼみ 今日も咲け(酒)咲け(酒) 明日も咲け(酒)」

飲み会が続くのは大丈夫だけど、二日酔いの辛さには参る。健康は自分で管理するしかない。程々にしないといけない。先日も一緒に会食した人が、「実は医者からお酒を断つように言わた。そうじゃないと肝臓がもちませんよ」とドクターストップがかかっていると言っていた。そりゃ悪いですねと、ビールを注ぐのをやめると、「どうして注いでくれないのか、止めたのはそこの病院で、今は少しぐらいなら大丈夫と言ってくれる病院に通っているから大丈夫」だと・・・その後、話は大いに盛り上がり楽しいひと時だった。

こんな雰囲気をもっている人がいいな。別に社会的地位があるとか、お金持ちだとかで得られる存在感じゃないし、日ごろから周囲の人を大事にして、感謝しているからこそ、何となくホッとするんじゃないかと思う。素直で正直な本当の自分、喜怒哀楽の感情を大切にしているから、人の心を和やかにしてくれる。

2006.6.22



一通のお手紙

こんな時だからこそ、心に「ゆとり」を持ちたい。相手の立場になって考える習慣を身につけたい。本当に地域を憂いている多くの人がいる。人が憂えることは「優しさ」だとは、坂本龍馬の母の言葉だった。優しさは「優れている」とも書ける。やさしさが行き来してこそ、人間関係もうまくいくと思う。人が人にやさしくなれる源泉は、人と人との関係の中で「つらい」思いをした時にあるような気もする。仕事で失敗して、自己嫌悪になった時。頑張ってもなかなか評価されずに自信をなくしかけた時。親しいと思っていた人から冷たい態度をされた時等々。

一通のお手紙を頂戴した。「決して無理や背伸びをせず、気負わず、力まず、多くの人に会って自分を知って頂くと共に、人を見る目を養い、本当に信用できる協力してくださる方を一人でも多く作ることが大切です。」

「ゆとり」と「やさしさ」、少し立ち止まり、肩の力を抜いて自分の意見ややり方をさりげなく表現、行動できるようになりたい。

2006.6.13



結婚〜恋から愛に変わる時

夜のお付き合いが続く。一緒に同行してもらったり、訪問するところは第一線を退いた方が多く、たまに会話の中で、子供さんがまだ結婚していないので、という話をよく耳にする。晩婚化の現象なのか、親としては気がかりで心配の種だと思う。ただ、こればかりは本人次第だし、またご縁なので如何ともしがたいものだと思う。結婚式も随分出席させてもらったが、親御さんの気持ちを考えると涙が出てきて感動する。お付き合いから結婚へ決意する時、そこには気持ちの変化なり整理なりをすると思うが、まぁ男性の場合、恋から愛へと気持ちが変わるんじゃないかと思う。恋は心が下にあるから下心、結婚する時それが愛へと変わり、愛という字は、心が真ん中にあるので、真心になる。そして、愛は心を受けると書く。結婚式でこんなスピーチをしたのを記憶する。

2006.5.26



大きな大きな「守破離」

「稽古とは、一より習い十を知り、十よりかえる元のその一」 学校でも社会の中でもスポーツでも、すべてに共通する言葉かな。基礎基本が大事であり、選挙で言うとひたむきに一人一人と会うことだと思う。投票用紙に名前を書けるのは、どんな人も一人だし、こればかりはみんな平等であり、一票一票の積み重ねしかない。従って、歩いて歩いて歩く以外方法はないと思う。

社員研修でよく話をしていたのは、社会にでるといろいろな壁に当たる。そんな時、どこかの時点で今までのスタイルを一度破り、自分なりのやり方や時代にあったモデルを構築していかないといけない。自分自身のオリジナリティを持つ事で、人は大きく伸びるものだと・・・でも、今まで学んだ基礎基本やルール、規律等をしっかり守ることが大事であると・・・。今の自分自身は、社会人として、人生としての大きな大きな「守破離」を経験しているんだと思う。

「規矩作法守り尽くして、破るとも、離るるとても、もとを忘るな」

千利休の「守破離」の言葉である。

2006.5.24



ゴルフでのポリシー

ゴルフコンペの表彰式&懇親会で挨拶をさせてもらう。ゴルフも暫くしていない。ゴルフは麻生セメントに入社した時、所属長から勧められ始めたが、熱中し過ぎてゴルフ学校にも通い、給料の殆どがはゴルフ代に消えていた。結婚した頃からまったくしなくなったが、社長になり付き合いも増え、また始めるようになった。でも、なかなか上達できないので、ゴルフに対して自分なりのポリシーみたいなものをもった。ゴルフで100を切らない人、これはゴルフをおろそかにしている。ゴルフで90を切る人、これは仕事をおろそかにしている。じゃゴルフで80を切る人はどうか?この人は家庭をおろそかにしている。だから自分には90台がちょうど良い。

ハーフをあがっての食事やゴルフ終了後の表彰式で、こんな会話をしながら懇親を深めていたが、今日のような挨拶の中でそんな冗談を言える余裕は今の自分にはない。

2006.5.16



ハインリッヒの法則

企業の朝礼で挨拶をさせてもらう。社長や主任の人が工場の安全対策、事故防止についての話があった。昨今、社会的な事故が数多くおきているが、事故がおきると以前は個人の失敗を突き止める風潮があったように思う。なぜその事故は起こったのか?どのようにして起こったのか?を追求してシステムの改善を行い再発防止の対策を立てる事が重要だと思う。徹底した原因究明により、再発防止対策を立てる事が大事。1:29:300というハインリッヒの法則があるが、1つの重大事故には29件の軽い事故が発生し、300件のヒヤリ・ハットが発生している。ヒヤリ・ハットとする状態をなくすことが事故防止につながる安全対策である。あの六本木ヒルズの回転ドアの事故でも、報道等では、いままで過去に救急車に乗るような事故が起きていたと伝えられていた。同じように三菱のトレーラーの事故も死亡事故が起こったあとから、タイヤの脱輪事故や検査で見つかった異常がかなりあったという事。あのタイタニックの中でも人命よりも船長の名誉を優先するシーンがあり、部下が、「氷山があってぶつかりますよ」という、忠告を無視して結局海の藻屑になってしまったのを思い出す。

人間だからミスはあるわけで、それを身近にいる人が注意して改める事が大切であり、注意を受けた時も他人の意見に耳を傾ける謙虚さが必要じゃないかと思う。

2006.5.13



オフの充実がオンの活力に

大型連休も終わり、もう5月中旬となる。2日間活動中止、家族と一緒にオフを楽しむ。やはり職場からも自宅からも離れた場所でくつろぐことが充実したオフを過ごせると思う。そこで家族や友人たちと飲み語らいを楽しむ。普段とは異なる環境に身を置くそれだけで心身ともにリラックス、リフレッシュできる。周囲には自然が溢れ、子供にとってもいい影響があるのはいうまでもない。仕事からも日常生活からも離れて普通のことをする。これがオフを満喫できる極意なのだと思う。地方にいる自分たちでも、普段と違う自然に触れ温泉なんかに入り美味しいものを食べ週末や長期休暇を楽しもうとするのだから、都会の人たちはなおさらの事だと思う。セカンドハウスなり第2の故郷のような施策が必要だと痛感する。昔ながらの農家が残っている田川で週末に、のんびり過ごせる空間を是非提供したいものだ。

2006.5.8



明治の言葉

神崎聡君   「気はながく、心は丸く、腹立てず、誓いはかたく、言葉すくなく」

大学時代、夏・春休みには、九州に帰らず関西の伯母の会社でアルバイトをしていた時、当時80才を越えた会社の方から贈られた言葉だった。明治の気骨ある方で今ご存命だったら100才をこえている。冠婚葬祭を営む会社で今では本当に大きな会社になっている。振り返るとこの時の経験が自分にとって大きな原動力にもなったような気もする。社会人としての心構えから、仕事の取り組み方、儀式の大切さから宗教の事等々、学生の身でありながら本当に学ぶべき事が大きかった。ここでの経験や生活、いつかご恩返しができればと思いつつ、なかなか果たせず申し訳なく思っている。

2006.4.21



ヨッロッパは石の文化、日本は?

昨年11月、パリに仕事で行った時、ヨッロッパは石の文化だなぁと改めて思った。何年か前に従兄弟がロンドンの日本人学校の先生として行っていたので学校の先生の仲間と一緒に訪問し、イギリス・スイス・イタリアと旅行をしたが、あの時のローマでの感動は忘れない。ルネッサンス時代の様式や芸術・文化等々すべてが世界遺産だった。海外に行くと日本を語れる。ヨッロッパが石の文化だったら日本はやはり木の文化だと思う。国土の70%が森林で何よりも木には温もりがある。情報化社会、21世紀型の産業は観光(光を観る)であり、この木の温もりと観光を結びつけるアイデアはないかと考えた。

例えば、田川には自然豊かな森林浴に温泉があり、農産物も美味い。そこでネットで詩なんかを募集し、書道の達筆な方に地元の製材した材木を使って、遊歩道に自分の名前入りで建てる。一本1万円で1万本集まれば、1億の事業になる。ネット注文なので国内を対象にする必要も無く、世界からの注文に応える。結婚記念日、銀・金婚式式とか、子供や孫の誕生や卒業記念・・・市場規模は計り知れない。自分の名前入りの詩が書かれたところに一度は行ってみたいと思うのが普通じゃないのかな。必然的に観光客が増える。需要を掘り起こすとは、待っているだけじゃダメで、こちらからどんどん仕掛け作りをしていく事が大事であり、民間の創意工夫によって観光事業の活性化と地元の特産にブランド力がつき、プレミアムが生まれる。行政は補助金や助成金等をつけるのではなく、その環境やシステムを作り上げ、大々的に広告宣伝していく。地元の素材と観光、事業化していくには官と民がタイアップして、しかもどうしても行って見たくなる、この必然性が何よりも大事だと僕は思う。そこで、今の心境を一句したためる。

「さしあたり、今日の事のみ思えたら、昨日は過ぎつ、明日は来たらず」

2006.4.20



江戸では水も売ってますよ

筑豊の中でも飯塚は本当に良くなっているが、田川はね?とよく話で出てくる。たしかに飯塚や直方と田川は歴史も違うし文化圏・生活圏も違っているが、どうしてなのか。学園都市から情報都市e−zukaに変貌を遂げ、その一端を担っていたので何となく飯塚が良くなって言っているのが実感できた。明確なビジョンと確かな構想力があり、何よりも実践できる人材が育っている。田川はどうか?これからだと思う。課題が多いだけに大きく伸びる可能性もあるし、その課題解決のノウハウが全国に展開できると思っている。こんな話がある。

昔、山里の田舎に住む二人の農夫がいて、江戸に出て一旗揚げようと連れ立って村をあとにした。途中、峠の茶屋で江戸の事情に詳しい人に出会い、いろんな江戸の情報の中に「江戸では水も売ってますよ」という話を聞き、一人は「水も買わねばならんようでは俺にはとても生活できそうもない」と、村に引返して貧しいもとの生活に戻った。が、もう一人は、「水を売っても商売できるか。それならこの俺にもできる」と、江戸に出て財を成したという。それぞれ別の道を選んだ二人の生活は遠く離れてしまった。

田川には解決しなければならない課題が山のようにあるが、その多さにあきらめるのか、それを宝の山と思い創意工夫、英知を結集するのか、これを実践できた時、田川は日本だけにとどまらず世界に通用する仕組みやシステムができるかもしれない夢を秘めている。

2006.4.10



4つの責任

今日はどこも新入社員の入社式があっているんだろうなぁと思う。緊張した面持ちで社会への第一歩を踏み出す新人は、本当に清々しく型にはまっていなくて気持ちがいい。いつもどんな話をしていたのか思い出す。基本的に学生生活とは、お金を払って学校に行っているのと、お金を頂いて会社に行くという大きな違いがある。それだけ責任が伴うわけで社会の厳しさが少しずつわかってくるんだと思う。きっと失敗もたくさんするし、それでもへこたれないで辛抱するとそれが良い経験となり、成功へとつながって行く。是非、青春を謳歌してほしいと思うし、やれる事は何でもチャンレンジしてほしいと願う。

社会人には4つの責任がある。一つは自分に対する責任。一つは家族に対する責任。一つは会社に対しての責任。そして社会(国)に対しての責任。権利と自由には義務と責任が伴うことが社会人には求められる。頑張ってね。新社会人のみなさん!

2006.4.3



「こころざし」という言葉

4月が始まる。気持ちも新たに気持ちを引き締めて活動しようと心に誓う。志という言葉、武士の心と書くが、本来「こころざす」という言葉は、「心」が「指す」という意味からきている。心が指し示すところ。振り返ると社会人になって20年、どんな時もチャレンジ精神で新しい事業に取り組んできた。無から有を生むのは本当に大変だが、それだけにやりがいは大きかった。そして、どの事業も自分なりに高い志があった。こころざしたものが正しかったか間違ったかはよくわからないが、自分に誇りが持てる時、そのこころざしは間違っていないと思うようになった。また、こころざしが高いとか低いとか、そんな事は他人が決める事でもなく、自分自身の姿勢の問題だとも思うようになった。今、大きな夢と高い志、情熱を持って事にあたろうとしている。千里の道も一歩から、何事もその一歩を踏み出す勇気をみんなが持てれば、面白い社会が築けると確信している。

2006.4.1



ほのぼのするユーモア

事務所の机に向かう時間がなかなか出来なくなってきた。毎日パワー全開で飛び回っているが、ちょっとした事で大笑いしたりする。殆どが退職された方々(60才以上)と同行しているが、顔と名前を覚えてもらうのに最初に作ったのが名刺だった。最初に1万枚作成したが一ヶ月でなくなり、もう1万枚追加した。そして今度はハガキサイズの趣意書を作成、支援者の方々に配ってもらっている。ある時、支持者の方同士が「神崎を応援してくれよ」と一人は名刺、一人は趣意書を見せた。「なしか、お前の方が大きいのを持っていて」と言って、僕のところに来て面白おかしく話をしてくれた。

去年、父が郵便局に行った時の事。郵便局の人から、「定期が満期になりますので、こちらに乗り換えられたら如何ですか?」と新しい定期を勧められた。すると「いや〜、こちらの方がもう満期が近づいているので・・・」とやんわりと返した。すると、郵便局中、爆笑の渦になって帰宅してきたと話していた。

年配の方々と一緒にいるといろいろな話をしてくれる。大変で厳しい中であるが、ほのぼのとしかもホッとするユーモアに接するとめげずに頑張ろうという勇気が沸いてくる。

2006.3.22



期待を超える価値やサービス

夜の会合が増えてきた。次の日、二日酔いにならないように程々にしておかないといけない。先日は座談会のような集まりをして頂いた。2時間ぐらい話をさせてもらったが、今まで取り組んできた事、何をしたいのか、じっくり話をする事で人柄なり政策なりを知ってもらい、かつ夢を語り合えるのが楽しい。色々な考え方を持っている人もいるし、業種業界から地域の事、子育てから介護の事までいろんな話も聞ける。最後は、「神崎さん、頑張りましょう、応援しますよ」と激励を受ける。是非とも期待に応えねばと思う。AIS社長時代に会社の品質方針を「お客様の期待を超える価値やサービスを永続的に提供する」としていた。これからは自分自身の方針にしていこうと心に決めている。

2006.3.16



狐とはりねずみ

場の雰囲気を察知する。挨拶をさせてもらう時にどのような会合でどんな人たちが集まっているか予め知っておく事は当然だけど、それ以上に場の雰囲気を読めないといけない。5分話せるのか30秒ぐらいなのか、人の顔を見ながら判断する。よくエレベータスピーチと言って偉い方と話をするにはエレベータに乗った時で、この短い時間で自分の思いを伝える事が大事だと訓練された。単純明快が基本という事だと思う。

単純といえば古代ギリシャの「狐とはりねずみ」の話がある。きつねはたくさんの事を知っているが、針鼠はたったひとつ、肝心かなめの点を知っている。狐は賢い動物なので複雑な作戦を次から次に編み出して、はりねずみにおそいかかろうとする。でも、はりねずみは身を丸めて鋭い針がどの方向にも突き出し、結局狐を退ける。狐のほうがはるかに知恵があるのに、勝つのはいつも針鼠。

選挙では考えられるいろんな試みをやらないといけないが、結局単純明快な戦略が大事じゃないかと思う。地に足をつけてきっちりと自分の地盤を作る。どういう結果になろうともお礼の挨拶もきちんとしよう。誠心誠意、取り組む姿勢が何より大事だと思っている。

大前研一先生の向研会で大塚製薬に行った時の事、あそこはポカリスウェットで大もうけをし、これは単に水に食塩を入れただけで、いたって簡単な発想だった。味の素が大きく飛躍したのも同じで、味の素は、どうすれば売上げを倍にできるかを討論していた時、ビンの穴の数を倍にすればいい。という答えだった。

何事も単純明快、「狐とはりねずみ」の話はどこの世界にも通用する。

2006.3.12



「理動」という言葉はない

有難い事に、このところ会合や決起集会で激励を受ける。昨日も遅くまで語り、話はつきない。何としても期待に応えないといけない。                          山本五十六の「やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」これは、言動よりも行動が人に一番影響を与えると言うことだと思う。「ウソをついてはいけません」と子供にいつも口うるさく言う親がいて、例えば都合の悪い人から電話がかかり、「今留守だと言って頂だい」と今度は親の都合でウソをつく。これじゃ子供は納得いかない。例えば、いつも時間にルーズな上司がいて、朝礼の時なんかに「みなさん、時は金なり」な〜んて言っても誰も聞く耳は持たない。人は理屈が正しければ従うものではない。「理動」という言葉がないように、人は感じて動く「感動」の存在だと思う。

社会への使命感、自分自身のビジョンに基づく構想、夢・ロマン・情熱、どんな問題にも立ち向かう気力や気迫もある。失敗したら責任もきっちりとろう。それでも言動よりも行動。自分で道を切り開かないで、人はどうして支援、支持をしてくれるやろうか。

2006.3.4



魚の取り方を学ぶ

子供に魚を与えると、一日は食っていける。でも、魚の取り方を教えると、一生食っていける。仕事だって一緒で、いつも与えられた仕事しかしていないとその仕事が途絶えた時、きっと飢え死にしてしまうと思う。地域もきっと同じじゃないかと思う。今、三位一体の改革と言われているが、要するに自分の飯は自分で調達して下さいね、と言う事じゃないかと思う。地方分権社会や自主自立と言葉の響きは良いが、これから厳しい現実がこの田川地域には待っている。本当に独立自尊の気概をもって取り組まねばと思う。地域の経営は地域で考え創意工夫をもってすれば、間違いなくここは面白い地域になると思う。

経営の基本は「入るを図り出ずるを制す」であり、「入る」範囲内で「出ずる」を制するのが根本であり、この原則が逆転すると赤字となり経営は破綻する。地域経済成功の最大のテーマは、「入るを図る」ことであり、「需要を創造する」ことだと考える。

2006.2.22



流れに従い、流れに任せず

昨日は久しぶりの仲間との飲み会だった。7年前に仕事で経済産業省の案件を一緒に取り組んだが、その時の話題で大いに盛り上がった。まさかこの田川郡内で国の実証実験の先駆的役割を担うとは思っていなかったが、はじめての試みには必ず失敗がつきもので、でもその分ある意味で大きな成果となって今に活かされている。何度も何度も計画をつき返され、プライマリー企業の責任者は「神崎さん、もうやめましょう。私が責任をとって会社をやめます。もう私の人生は終わりです。」とその方は嘆いていた。本当に逆境に立たされたが、その逆境にあるのを不運だと思わず、みんなの総力で創造し乗り越えた事業だった。

大事な事は、倒れないことじゃなく、倒れても立ち上がる事だと思った。何事も自然の意思だと無心に受け入れて、しなくてはいけない仕事に黙々と取り組んでいくと、求めなくてもいつの間にか進まなければならない方向に自ら動くんじゃないかと思う。「流れに従い、されど流れに任せず」これが今の自分の心境かもしれない。

2006.2.8



木の上に立って見る

ここ二日間、時間に追われ、まったく机上で事務ができなかった。一軒倉庫代わりの家があったので、そこを事務所に使っている。机が3つ、コピー機兼FAX、電話も引いて事務所らしくなる。名簿整理に資料作成と事務処理は山のようにあり、また会社だったら当たり前のようにある事務用品なんかも一から揃えなくてはならず、本当に大変な状況になったが、とにかく一つ一つ片付けていこう。と思いきや、外出から帰ってくると子どもたちが勝手に入ってきて遊び場にしていて叱る。でも家族みんなが今の僕を支えくれているので、やんちゃ坊主の子どもたちにも大目に見なくてはかな?親って言うのは「木の上に立って見る」と書く。まだまだ修行が足りないのは小生かも知れない。

2006.2.5



犬も歩けば・・・

ライブドア事件が大きく取り上げられている。「犬も歩けば棒にあたる」という諺があるが、これは、ともかく歩けば何かいいものに出会うように解釈されているが、本来の解釈は、犬があっちうろうろ、こっちうろうろ、何かいいものはないかと餌をあさって歩いていれば、棒にぶたれるよ。という意味。会社は本業以外にあれこれ手を出すと痛い目にあう。人は欲望のまま手を出すとしっぺ返しを食う。まさに今回の事件は本業以外に手を出し、こういう結果になったんじゃないかと思う。
やはり地域社会、顧客のニーズに応えていかないと永続した企業にはならないと思う。ただ、地域や顧客の期待を越える価値やサービスを提供するためには、ニーズを聞くだけではダメで、需要を掘り起こすことも重要になる。
先日はある地域でお世話をして下さる方と挨拶廻りをした。30軒近く廻ったが途中から犬がついてきて、「この犬は最後まで一緒についてくるよ」との事。本当に最後まで行く先々、おしっこをかけながら道案内をしてくれた。
「犬と一緒に歩けば親しくなれる」 ほのぼのした挨拶廻りだった。

2006/1/29



今を生きる

人の死は、生まれる時と逆にならなければならないと言う。生まれる時は、人は泣きながら生まれてくる。でも、死ぬ時には本人が大笑いして、周りがその人と別れることがいやだと泣いてくれるのが最高の死に方だそうだ。昨日は本当にそんなお葬式だった。人生は一度。しかも人それぞれ違う。試練から逃げる人、どんな環境にもなってもくじけずに立ち向かう人、きっと自分が問われる瞬間がくると思う。先のことは誰にもわからない。だから今を精一杯生きようと思う。

「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかも」

2006.1.28



生老病死

昨日身内の叔父が亡くなった。昨日のお通夜今日のお葬式。涙が出てきた。今週の月曜日にお見舞いに行った時にはしっかりと話をしていたのに、本当に残念でしかたがない。ご遺族・家族の事を考えると何と言葉をかけていいのか言葉に詰まる。11月に選挙に立つという事で親戚寄りして頂き、「がんばるきな、やるきな、任せちょきない」と元気が良かったのに・・・父も亡くなり7年になるが、叔父も同じ添田町役場に勤務し頼りにしていたのに本当に寂しく、残念です。いつかは人は死ぬんでしょうけど、本当に残念で・・・

「誠実の道、人の宝なり」が亡き父のモットーであった。真心をこめて事にあたれば、やれない事はない。どんな人もまごころをこめて話し合えばきっとわかってくれる。と・・・何事をするにも、しっかりとした志を立てることが大事であり、はじめたらやり遂げるまで強い心を持ってがんばりぬかねばとならない。と父の言葉を思い出す。亡くなったおいちゃんの在りし日を想いながら今はただ心からご冥福をお祈りいたします。

2006.1.27



子育て4ヶ条

今日は長女の誕生日。昨日は3番目の幼稚園のお誕生日会。合間をぬって顔を出した。子供たちの歌や劇など屈託のない笑顔を見るとこちらまで元気がでてくる。近頃なかなかかまってやれていないので、どこか一日時間をつくって遊んでやろう。それにしても幼稚園の先生には頭が下がる。あのワンパクな子どもたちをきちんと指導している事。すごいエネルギーを使っているんだろうと思う。

4人の子どもの親になってはじめて親の有難さがわかる。家はいつも騒がしいが、子どものお陰でとても楽しい。私の子育て4ヶ条 「乳児のうちはしっかりと肌を離すな」 「幼児になると肌を離せ、手を離すな」 「少年になると手を離せ、目を離すな」 そして「青年になると目を離せ、心を離すな」

僕の親もそんな思いで育ててくれたんだろうか。やはり「親思う心にまさる親ごころ」だと痛感する。

2006.1.22



人を知らないと仕事はできない。

就職した時に父が言っていた言葉を思い出す。「仕事が仕事を教えてくれるが、人を知らないと仕事はできない。」  コンピュータやITと言うと何となく冷たくパソコン画面とにらめっこしているような印象をもたれるが、そんな事はなく本当に人間関係で仕事をしている最たる業種だと思う。話をする時によく「情報化社会と言いますが、情報とは情けに報いる社会と書きます」と話す。コミュニケーションも大事、同時に飲ミュニケーションも大切だと思う。

就職して20年、人脈はある方だと思っていたが、話にならないくらい地元にはなかった。親類縁者、地元の方々、友人知人、多くの人の助けを借りないと何もできない自分がいる。あれだけ人を知っていると思っていたのに、実はまったくわかっていない自分がいる。亡くなった祖父や祖母、父と深く関係があった人と会って、お世話になりましたと言われると本当に祖先に感謝しなければと思う。多くの関係の中で人は生かされ、また次の代に受け継がれていくんだと痛切に感じる。本当に感謝しなければ。

2006.1.16



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